いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2012年05月01日

(55)和歌山「オテル・ド・ヨシノ」

本州最南端のフレンチで感じた

神々しいほどのモチベーション

イチローという野球選手が、アメリカでとんでもない偉業を成し遂げ、今もその自分自身の記録に対して挑戦を続けている。多くの専門家がイチローについて分析したり語ったりしているし、それをここに書くつもりはないが、それにしても凡人にもっとも真似できないのは、あれだけの業績をずっと出し続けることのできる、モチベーションの高さである。今やイチローは、マリナーズ打線の中で最年長だそうだが、そんな立場となっても常に見据えている微動だにしない高い目標がある。

そんなイチローをも想起させるような高いモチベーションを維持し、託された店を成功に導きつつある料理人のレストランに行ってきた。和歌山の「オテル・ド・ヨシノ」である。

ヨシノというからには、もちろん日本のフランス料理界重鎮、吉野建シェフの店。吉野シェフは、ミシュランの星にこだわり続けた男として知られ、小田原に開いた自身のレストラン「ステラマリス」を閉め、改めてパリにオープン。日本人オーナー店初の星獲得に挑戦した。タイミングこそ「ひらまつ」に遅れをとったものの、その後の日本での活躍も広く知られるところである。

そんな吉野シェフをずっと支えてきたマダムの故・美智子さんが和歌山出身ということで、このスペースのオーナーから出店を打診されたと聞く。ぼくは、以前投稿していた情報ポータルサイトで、オープン当初の「タテル・ヨシノ芝」について書いた経緯から、美智子さんから直々に「オテル・ド・ヨシノ」オープンの案内をいただいていた。

ただ、関東の人が考える和歌山県と違い、関西人の思う和歌山とは、相当にツブシが効かない場所である。梅干しやミカンが有名で熊野古道や白浜といった観光名所もあるものの、大阪から1時間足らずな距離にもかかわらず、よほどのことがないと和歌山に行く機会には恵まれない。もっと言うと、そんな土壌ゆえ高級フランス料理店が脚光を浴びる、というか育つ下地さえ考えにくいのだ。

住所を見ると、建物名が「ビッグ愛」とある。当時いただいたオープン案内からは、和歌山市郊外の海に面したホテルの最上階、みたいな勝手な幻想を抱いていたんだけど、見た瞬間「え、パチンコ屋?」としか思えなかった。タクシーにビル名を告げると何の抵抗もなくスタートしたのでそれなりにランドマークなのだろう。で、近づくにつれさらに驚きは続く。「ビッグ愛」とは和歌山県の公共施設なのである。正式名称は「県民交流プラザ ビッグ愛」。それにしても、人に聞かれて答えに窮するようなネーミングのビルに高級フランス料理店……。いったいどんなところなのだろうか。不安におののきつつエレベーターホールに向かうと、合宿だの研修だのと県民施設を利用するジャージ姿の学生さんと相乗り。確かにビルの上層階には2フロアほどホテルも入っているようだが、見るからにビジネスホテルの様相。

降り立った最上階フロアは展望レストラン、とある。バイキング料理をやっていて行列ができている。恐る恐る予約名を告げようとレセプションに向かうが人はおらず、スタッフはバイキングの客をさばくのに精いっぱいだ。大声で「予約した伊藤です」というと、あっちですと顎で誘導。

いやはや、どーなるんや……と思いながら、バイキング会場とは隔てられた窓際のエントランスを通って中へと進むと、さすがにそこは別世界。銀座にあっても遜色ない美しいダイニングが登場し、今までのアプローチはこの空間との落差を感じてもらうため仕掛けではないか、と勝手に納得してガゼン高揚し始めた。

料理もサービスも、日本はおろかワールドクラスである。支配人は、もともと「タテル・ヨシノ芝」のオープン時に在籍していというが、端正さと人なっこさが同居する高級フランス料理店では理想的な接客。そんな支配人を中心に、周りで動くスタッフも見事に統制がとれていて、しかも彼ら彼女らの目の輝きは眩しいほど。自分たちの仕事をいかに誇りに思っているか、とそこに書いてある。

本州最南端和歌山の、そして「ビッグ愛」というビルの最上階レストラン、そのどこに、ここまで神々しいチームを生むモチベーションが存在するのか。手島純也料理長は自ら「吉野組」と語り、吉野シェフの強い信奉者の一人。吉野シェフが最初に独立オープンした小田原の「ステラマリス」が東京から多くの客を引き寄せていたことを手本に、大阪からの和歌山を小田原に見立て、そこで吉野シェフがやったであろうことをトレースしようと考えた。小田原と違い、和歌山の農家や漁師・猟師は、想像以上に保守的で商売っ気がなく、試食すると間違いなく全国区のブランドとなるような食材でも、地元で消費されることで十分満足に感じている。自ら「フランス料理馬鹿」と語る山梨県出身の料理長は、関西人特有の閉鎖的な壁の一つ一つと折衝し取り崩しながら、高級レストランという新しい市場があるんだよ、と説いて回った。ゆえ、今では、不思議なものが掛かったり、他に売れない小動物が獲れたりしたら、とにかく「オテル・ド・ヨシノ」に持ち込んでくるようになったそうだ。それは、例えば、吉野シェフのスペシャリテである、とても上質な野ウサギだったこともあったらしい。

そうして、一つ一つ地元の、特に漁場豊かな魚介を自分の料理の中に取り入れ構成された「オテル・ド・ヨシノ」のメニューは、すでに和歌山の地でしか実現しえない領域まで達している。

和歌山というレストラン不毛の地に、たった6年で全国からファンが集まるレベルのガストロノミーを作り上げた「オテル・ド・ヨシノ」。料理長にすごいですね、と話すと「自分だけが優秀でもレストランは育ちません」と、ぼくが前月書いたレストランとの比較を例に挙げた。「スタッフ全員のやる気やスキルが上がっていくような環境を作ることがぼくは大切だと思うんです」と締め括る。そんな料理長の元で働く若人がうらやましい。

「オテル・ド・ヨシノ」
●和歌山県和歌山市手平2-1-2 ビッグ愛 12F
●073-422-0001
●11:30〜14:00 17:30〜21:00
●月、第2火曜休
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2012年04月01日

(54)南青山「L'AS」

「コストパフォーマンスよし」なのか?

徹底的にコストカットした店作り

不況という二文字の重圧で誰もが下を向いてしまった2012年の日本に、逆風を覆すような興味深いレストランがオープンした。骨董通りを少し脇に入ったところにある「L'AS」。

個人的には、この「L'AS」こそは、イマの料理店におけるコスト削減の成功法は何か、という最重要な課題に、数々の正解を(今のところ)出しているレストラン、という捉え方をしてみた。どんなスタッフが、この店の内装を作り、オペレーションを考え、料理やサービスを実践しているのか、詳しいところはシェフの経歴程度しか知らない。ただ、敏腕の経営コンサルタントが知恵を絞りきって協議しても、こういった優れた展開は生まれなかったであろう気がする。

オープン数日後に訪れたものの、入店すると何となくすでに古い感じを受ける。色使いにもよるが、決して高級な調度品を持ち込んでいるわけではない。さらに驚くのは厨房だ。ダイニングとまったくフラットな位置関係にあり、壁やパネルの隔たりは一切ない。いわゆるフルオープンキッチン。一瞬、先ごろ流行りの合コン専門キッチンスタジオに踏み込んだ感覚だった。換気や夏場の冷房効率などはまだまだ未知数だけど、内装費の初期投資では、相当なコストダウンに成功したであろう。

テーブルにクロスは掛かっておらずナプキンもない。狭いテーブルスペースを確保するためか、カマボコ板のような細長いパン皿に安定感の悪いパンが置かれる(これはそのうち改善されるに違いない)。カトラリー(ナイフ・フォーク)は、テーブルの下に引出しがあって、そこから客が必要なモノを出して使うという段取り。

この仕組みはすでに知っていたので、訪問時まず引出しを開けてみたら何も入っていない。さっそく評判が悪くて廃止したのかと思いきや、入れ忘れていただけ、というさらに悪いパターンだった。こちらも、サービススタッフの作業工数を減らすことによる人件費のコストダウンである。しかも、クロスが掛けられていないテーブルの上にそのまま置くより、なんとなく清潔感もある。

そんなことより、なんといってもスゴイと感心したのが料理。週末のランチも日々のデイナーも同じ内容の5,250円コースのみ。2週間ごとに変えていくというが、1種類しかない同じコース料理を2週間昼夜出し続けるフランス料理店って他にあるだろうか。2週間分の食材を計画的に仕入れロスが出ないように使い切れば、相当なコストダウンだ。また、この方法ではポーションを小さくすればするほど利益が上がる。そして、メインを除けば「L'AS」のポーションはとても小さい。ぼくレベルでは全く満腹にならない。何人か女性にも聞いてみたが、満腹にはならなかったと応えた人もいた。

多くのレビュアーやブロガーがこの店のコスパが最高と書く。ただしそれは、上記の点から見ても単に量が少なくて安価なだけなのだ。しかし、デザートを2品出すなど視覚的な満足度も含め、トータルでは不満が出にくい構成に仕上げているのはサスガだと思う。

しかも、エッと驚くほどダイニングには客が詰め込まれている。入口近くには3名掛け程度の丸テープルに5名が肩寄せあって座るといった光景も見られた。ゆえ、満席になればかなりの騒々しさで、隣の会話も丸聞こえ。はっきり言ってデート向きではない。

などなど、決してあまのじゃくではなく普通に食事をして受け止めた感想なんだけど、こうして様々にコストカットされた部分が、180度反対の「魅力」として受け止められ、グルメブログや食べログレビューで大絶賛されているのだ。

料理自体は、量を除けば決して悪いものではなく、コート・ドール等シェフの修業先からのエスプリも十分に含んでいる。欧州本場への憧憬も感じられる。メニューの作り方も、キッチンの環境・客層・利益など、いくつかのポイントを決めて、きちんとそこに照準を定めているのだと思う。あまりにも科学的・データ的な取り組みで、一料理人の発想とはなかなか考えにくい。

いっぽう、対客という立場で言えば、レストランは客単位での独立したプライベートな集合体であり、オープンキッチンを受け入れるのは好事家の一部。しかも、舞台裏を見せることは、手品のネタ晴らしとかがいい例で、初回は大変な感動を覚えるが、それ以降は逆効果となる可能性が強い。ナイフ・フォークを格納した引き出しも使いにくく、ナイフは、刃の部分を持たないと取り出せない。

節約・節電・省エネ・・・。ぼくたちは日々我慢を強いられて、それに対し強く反発や憤りも感じながら今を生きている。でも、「L'AS」における窮屈な感覚や客側への要求のほとんどが、この店の新しさや個性として捉えられているところが、なんともスゴイとしか言いようがない。本当にうまい。

ただ、フルオープンキッチンやナイフ・フォークを引き出しに格納するといったレストランも過去何軒か見てきたが、そのいずれもが現在まで存続していない印象がある。「L'AS」が百年続くレストランと思えるかどうか。今後の展開と軌道修正が注目される。

なお、「L'AS」の公式ホームページには、すでに予約受付時間を14:00〜18:00、22:00〜24:00に限定する旨が表記されている。オープン当初から予約の電話がジャンジャン鳴ることを想定した防御策。やはり只者ではない。

「L'AS」
●東京都港区南青山 5-16-5 MA FIVE 1F
●03-3406-0880
●17:30〜22:30 L.O(日・祝〜22:00 L.O)
●火曜日を中心に月6回程休
●予約受付時間14:00〜18:00 / 22:00〜24:00
http://www.las-minamiaoyama.com/
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2012年03月01日

(53)銀座「銀座しまだ」

立ち飲みスタイルに高級割烹出身の腕がさえる

定食屋さながらの多彩な料理

銀座はコリドー街と電通通りの間、こんなところに道が存在したのかとも思える細い路地に「藍」という小さな割烹があった。食に関して深い信頼を置く文芸春秋社のk氏をして、もっとも銀座らしいといわしめる店。ぼくは、最寄の蕎麦屋「ふく留」にしばしば通っていたので「藍」の存在は知っていたが、k氏から話を伺うまで、ここがそんなスバラシイ店とは想像もしなかった。食べログを見ても、その歴史ある名店に関しデータの登録はあるもののレビューは1件もない。

k氏にいつかお連れいただこうとタイミングを測るも、そのk氏より「藍」が閉店してしまうことを知る。それを惜しんで訪れたk氏は、「藍」の女将さんから、次にできる「しまだ」という店もご贔屓にと、引継ぎまでされたそうだ。そして、「藍」には訪問が叶わなかったゆえ早々に顔を出したのが、同じ場所にオープンした「銀座しまだ」である。

ここで一つ、面白い現象を紹介しよう。「藍」が銀座で何年営まれていたかは詳らかではないが、上述したように食べログには1件のレビューもなかった。ところが「銀座しまだ」は、オープンしてまだ1か月にも関わらず、原稿を書いている時点で22件の書き込みがあり、しかも得点はすでに4点を超えている。

これこそが、口コミという最も信頼できるコミュニケーションの形態を、すっかりマス化して疑心暗鬼にさせてしまった食べログというサイトの特徴といえよう。

食べログレビュアーというか食べログラバーは、レイティングにはぜひ参加したいがそのためには必ずレビューを書かなければならない。プロでさえ四苦八苦する食に関する記述は、語彙も多くは流通しておらず、ほとんどの表現が生涯最高とかCP抜群程度に終始してしまう。となると、その店自体のスペックやメニューの品数が豊富であればあるほどレビューのボリュームを増やせるという、食べログラバーにはウレシイ状況となる。

さて「銀座しまだ」に戻ろう。店主の島田博司は、ミシュラン東京で三ツ星を取っている「幸村」出身。つまり、レビューを書く際こんなにおいしいスペックはない。さらに、高級割烹で修業したにもかかわず店内は立ち飲みスタイル。メニューが豊富にあってしかも安価等々、表現の巧拙が問われる具体的な記述に至らないまでも、事実として書けるポイントが事欠かないのだ。よって、以前の「藍」では1件もなかったレビューが1か月で22件にもなりtop500店入りも果たすわけだ。

こうして説明してくると、食べログのレイティングは全く参考にならないことが分かる。しかし、ここに取り上げるからには、本当にいい店なのである。

ガラッと開けて店内に入るとすでに客層が若者ばかりなのは、食べログ高得点ゆえ「ま、しゃーないな」とあきらめるが、店主がそれを望んだのかどうかは疑問だ。ただ、多くのレビュアーが「新しいスタイル」と書くほど新しい点があるわけではなく、浪速割烹「喜川」のやり方を店のスペースの都合で立ち飲みカウンターにしたと思えば分かりやすい。といっても、浪速割烹「喜川」スタイルが東京では全く認識されていないので、実際には新しいのかな。
(なお、浪速割烹スタイルについては、(26)二戀 の記事で解説を試みているので参照してください)

料理は高級割烹出身からは想像できないバリエーションである。カツも唐揚げもバター焼きもコロッケもある。と書くとさしずめ定食屋のようだが、使う食材は白子、白魚、ズワイガニ、さつま揚げと、当然ながら修業で蓄えた職人としての技は冴える。くわいチップやおひたし、きんぴら等のちょっとした小鉢も、さまざまにひとヒネリして用意されている。

ぼくが訪れた際、メニュー黒板の冒頭に「バチコそば」なる6000円もするものがあった。その他は2000円程度が最高ランクで、1000円のものも500円のものもある中に、ひときわ輝いていた。

バチコとは、三味線のバチに似ていることからその名がついた、いわば京都流の呼び方で、本来はくちこという。聞けば、そんな高級珍味を蕎麦の上に惜しみなく振りかけた料理らしい。しばし検討の後、一段階安価な「からすみそば」1600円に落ち着いたが、固めに茹でた蕎麦の上に大量のからすみ粉が緬が見えなくなるぐらい振ってあるシンプルなもの。なんとなく「銀座しまだ」のコンセプト、というかやりたいコトが、この「からすみそば」に凝縮しているような印象を受けた。

次回、まだメニューに「バチコそば」があれば挑戦してみたい。

「銀座しまだ」
●東京都中央区銀座8-2-8 高坂ビル1F
●03-3572-8972
●17:00〜23:00LO
●日祝休

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2012年02月01日

(52)神楽坂「アンティカ オステリア カルネヤ」

熟成牛のカツレツで感じた

イタリアンとしての上質度

ぼくは、東京でほとんど牛肉を食べない。もちろん「コート・ドール」に行けば「牛しっぽの赤ワイン煮」が待ち遠しく、四川料理店では「水煮牛肉」を欠かせない。ただ、そういったスペシャリテ以外の牛肉料理をレストランで自らオーダーすることはほとんどないし、その道のスペシャリストからのお導き以外では、焼肉・ステーキの類に足は向かない。

ただそれは東京に限ったことで、大阪に帰省すれば日課のように焼肉屋へ出向き、アメリカに渡れば、3日に1度ぐらいの頻度でステーキにはまる。昨年出張したウイーンでは幸いにも高級ホテルに泊まったので、朝食メニューにステーキがあり、卵ではなく牛肉を毎朝チョイスしていた。

なぜ東京で牛肉を食べないのか。第一に値段が高いからである。ずっと様々に書いてきたが、「肉いうたら牛肉」の関西と「肉といえば豚」の関東とでは、市場規模、流通、価格とも異なり、わざわざ高い東京で食べることはないと思ってしまう。例えば、沖縄や北海道に行くより安価に台北や香港に行ける今日、わざわざ高くておいしくない日本で中国料理を食べることはない、というのに近い発想だ。

加えて、東京の焼肉店のうま味調味料まみれには閉口する。今やラーメンに代わって最もうま味調味料満載な料理は、東京の焼肉である。肉の表面が真っ白になるぐらい振る人気店も存在するし、焼肉フリークには聖地のように語られても、うま味調味料を舐めている感じが拭いきれない店もある。

また、サシの入った霜降りの肉を好まないのも大きな理由のひとつ。甘いとかとろけるとか、そういった形容が霜降り肉には頻繁に加えられるけど、それは、肉に対してではなく脂への賛辞なのだ。その不健康な脂を愛でるつもりはない。

一方欧米の牛肉は赤身オンリー。また熟成の方法も、国や地方、店それぞれに個性がある。ウィーンで毎朝食べていた牛肉は、マグロの赤身に匹敵するぐらいにあっさりとしていて噛むほどに強い酸味があった。ちなみに生涯最高の牛肉は、フランス・ラギオールの「ミシェル・ブラ」で出会ったオーブラック牛である。

そんな話をツラツラと肉のスペシャリストにしていたら、お前に食べさせたい牛肉店がある、という。神楽坂の「カルネヤ」。ここはアンティカオステリアと称するようでイタリア料理店らしい。というか、そこそこ肉イタリアンとしての名声はぼくにも聞こえていて、ランチ・ディナーともに訪問経験あり。昼のハンバーガーはアメリカの優良店を思わせるもので、ディナーでは「カルネヤオールスターズ」なる肉ばかりのスペシャリテにも、それなりに満足だった。

ただ、肉を本格的に食べさせるイタリア料理店なら、ン10年前から「トゥリオ」や「ラ・ビスポッチャ」等が普通に存在し、今はなき「テラウチ」も、以前投稿していたサイトで紹介するほどのお気に入り。それらの印象から、イマの「カルネヤ」が大きく上回ることはなかった。

ところがスペシャリスト曰く「熟成牛のカツレツを食べたのか?」と質す。和牛ではなくホルスタイン種を使いながら、牛肉を扱うその道の熟練者たちによって極めて上質かつ個性豊かに長期熟成され、最後に「カルネヤ」シェフの巧みな火入れや味付けによって完成する合作だと言うのだ。

確かにすばらしく、そして実に楽しい料理だった。自分が経験したことのある欧米の牛肉、特に何度も通ったニューヨークの「ピータールーガー」が試みる熟成香・熟成感とは表現方法自体が異種のもの。

まさしく「枯れた」とでも言おうか。枯れるのは悪い意味ではなく、熟成を経ることによって、甘いとかとろけるといった牛肉の最も興味を感じない部分がそぎ落とされ、その代り咀嚼したときの肉の香りと味にほんのりした野生味が蘇る。そして最後の叫び的な肉汁は、それはそれは儚く独創的だった。

「お腹の具合はどうです? パスタなどいかがですか」とシェフから聞かれ、お、ここはイタリアンだったと思い出す。再びメニューを見つつ「かなうなら、先ほどの熟成牛のローストを今度はいただきたく……」。さすがにカツレツのおかわりとは言い難くローストを所望。

ただローストは、個人的には「ピータールーガー」に軍配。というより、改めてコートレット(カツレツ)という料理の完成度に瞠目して、「カルネヤ」が上質のイタリア料理店であることを認識。今度はパスタもいただこう。

「アンティカ オステリア カルネヤ」
●東京都新宿区南山伏町3-6 市ヶ谷NHビル1F
●03-5228-3611
●12:00〜14:00LO、18:00〜22:00LO
●日休
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2012年01月01日

(51)茅場町「アメ」

“がむしゃら感”からの遠さが生み出す

新感覚の心地よいワインバー

あけましておめでとうございます。
今年も新・大人の食べ歩きをよろしくお願いします。

                ***

ここ1〜2年、日本の飲食シーンに関して強く感じていることのひとつに、レストラン運営に携わる皆さんの、意識の変化がある。

まともな収入も得られない長期の下積みや修業を経てやっと独立、とまではいいが、新たな開業に際し多大な投資が必須だった一昔前。料理人として大成したいなら、まずは良家の女性をゲットすること、と普通に言われた過去もあった。

ところが最近、特に若い料理人の独り立ちを見ていると「まずはやってみようよ」との彼らの声が聞こえてきそうな、「独立」の二文字にプレッシャー感のないレストランが多いように感じる。

もちろん当のご本人は本当にタイヘンだろう。でも、20年前と比較して、修業という過程に対するストレスの低さや、物件の価格下落、ネット口コミの発達で立地条件と店の繁盛にはあまり関係がなくなってきたことも大きい。でも、ぼくが個人的に一番変わった気がするのは、飲食店における女性の存在である。

一時代前の保守的な食の世界において、日本の場合、女性は陰で出資者となるか、マダムや女将といわれつつも一人のサービススタッフとして主人を支えるかの2通りだった。ところが最近は、女性の持つスキルや今まで培った経験もふまえ、自分達2人の店なんだから、「共に働こうよ」という強い空気が伝わってくるのだ。

それにはまず、男性側の理解と協調が必要となろう。もっとさかのぼれば、封建的な厨房内にて長期にわたる追い回しを体験したなら、男はなかなかそんな気分にはなれない。だけど、修業形態の近代化もあり(多くの人が未だに間違うが、修行ではなくやっと修業と言えるようになった)、自分ひとりがイバるより、協力して店を盛り上げていった方が、楽しいし合理的だとの変化が生まれたに違いない。

そして、リベラルというかフラットというか平等というか……、ぼくのような年齢からすると一番ピタッと来る言葉は「ほほえましい」ワケだが、そういった店側の雰囲気や意欲は必ずダイニングの客にも伝わり、確実に居心地のよさや再訪への意欲へと置き換わっていく。

ここ最近オープンした店で例を挙げると、「ビストロエビス」「アヒルストア」「たく庵」「くろいわ」など和洋も問わない。
料理には、一過性ではなくキチンと学んできた技量を十分感られる反面、毎日100%の力を出し切ろうという気負いは薄い。そして、意外にも彼ら2人から、5年後10年後の自分達のグランドデザインを聞かされることもあって密かに唸る。「がむしゃら」とか「ひたすら」といった言葉が普通に似合っていた飲食業界において、こんなにも最近の若い連中は冴えているのかと、「ひたすら」感心するのだった。

今回取り上げる「アメ」もまた同様に男女2人で営むワインバー。東京メトロの茅場町と水天宮前が駅としては近いので、路線で選ぶとよいだろう。長めのカウンターとテーブルが一卓、そして小さな立ち飲みスペース。カウンターの奥で腕を振るうシェフは、料理のウマさでも知られる「山利喜」という居酒屋からイタリアに渡り、日本に戻って「アメ」のオープンに参加した。明るくてゆるいキャラも魅力的だが、いったん背中を見せて鍋を持つと、その手際から料理の質の高さは容易に想像できる。加えて、共に働く女性が爽やかで美しい。シェフ同様にワインの特徴を語り栓を抜く。さらに、彼女の担当はパン。日替わりで何種類かの個性的なパンがメニューのトップにオンリストされていて、アミューズにも前菜にも主食にもなる幸せ。普段のぼくは、パンをつまみにワインを飲むことをほとんどしないが、久しぶりにそのマリアージュの素晴らしさを実感した。

こんな感じのノリから、「アメ」は東の「アヒルストア」とも称されるらしい。激混みの渋谷店より入れる茅場町店、が、最近の狙い目とのこと。

ところで、「アメ」なる店名は、「雨降って地固まる」から取ったそうだ。まるで結婚式や政治家の挨拶のようだが、そんな不思議な感覚もまた、「がむしゃら」からもっとも遠いところにある。

なお、この「アメ」という店。ウェブサイトによれば、意外にも多店舗展開をしているチェーンの一店のようである。例え現実にはそうであっても、店の成り立ちや個性を考えれば、立ち飲みバルチェーンの一形態というウェブでの打ち出しにはあまり感心しない。

「ワインバー アメ」
●東京都中央区日本橋箱崎町5-15エヴァーグリーンマツモト 1F
●Tel:03-3662-3226
●18:00〜翌2:00(月〜金)
●17:00〜23:30(土)
●日祝休
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2011年12月01日

(50)恵比寿「廣安」

外食ストリート根づいて欲しい

新生、中国料理店

恵比寿の裏通り、というか、恵比寿ガーデンプレイスから明治通りを横切って日赤病院の方へと抜ける道を歩いていた時のこと。この通りは、バブル期には「フミーズグリル」来店者による駐車車両渋滞が懐かしく思い出されるし、移転拡張した「ノミの市」やオープン当初は生ビール券も配っていた「蟻月」の賑わい、「ヨロイヅカ」の大行列もあった。最近では「くろいわ」という秀逸の日本料理店も登場するなど、外食ファンにはなかなか注目のストリートである。

ただ、こんな通りにもなかなか飲食店が定着しない物件があった。詳しく覚えきれないほど通るたびに店が変わっている印象の場所。つい先日はカキ食べ放題の海鮮料理店だった記憶があるのだが、「廣安」という中国料理店へと改装中であることに気づいた。

今度はどんな店になるのだろう、期待を胸に近づいてみると、ベビーカーに子供を乗せた感じのいい夫妻がその店先にいて、オープン前の様子が心配で見に来た風情。

「ぼくは伊勢廣って焼鳥屋なんですが、ここ、友達がオープンする店なんです。彼、腕がいいから必ずいい店になりますよ」と言う。さらっと聞き流しそうになったが、「伊勢廣って、あの……」「はい、そうです。三代目になります」と、にこやかに応えた。

おお、それはなかなかの注目株だ。とはいうものの、この通り沿いにも古くから中国料理店があり、明治通りとの交差点近くには、「カーディナスシノワ」の後に、グランドハイアット六本木の厨房にいたシェフによる秀逸の中国料理店「ジャスミン」ができている。もともと「廣安」場所は、間口が小さくて奥に長い俗に言ううなぎの寝床のようなダイニング。幹線道路に面したガラス張りの「ジャスミン」に比べても相当なハンディが予想された。

その後しばらく自分の中の選択肢に登場しなかったのだが、先日ふと、明治通り沿いの「ジャスミン」に行く代わりに、一度「廣安」をのぞいてみようと思い立った。

とても真面目なシェフなのだろう。店の前まで行くと、いろいろなサービスやオープン記念コースなどを設けて、エントランスにも掲示しているわけだが、プロの飲食オペレーションチームが手掛けたとも感じられる「ジャスミン」に比べ垢抜けず、価格やとっつきやすさをメインとし、良質の飲食店を想起させない風情も少し残念。しかも冠は上海四川料理とあり、結局どっちつかずなんじゃないかと不安になる、とはいえ、伊勢廣三代目の言葉を信じてドアを開けた。

前回までのレイアウトをほとんど覚えていなかったが、入店した瞬間、そういえば左にカウンター右にテーブルの、奥に長いダイニングだったなあと思いだす。基本的には変えていないようだ。

案内されてメニューを見る。頼みたいものが多すぎるぐらいの爽快に驚く。エントランスに置かれた掲示やオープン企画のコース料理からは決して見えてこない、料理人としての主張や絞込みも伝わってくる。

「ピータンのたまご巻」といったオリジナルのものから、魚香茄子、麻婆豆腐など四川の代表料理、フカヒレや酢豚まで、この辺は確かに上海四川料理店ではあるけど、だらだらと大量に寄せ集めるのではなく、キッチリと自分自身の領域でセグメントされた意思が見える。

ぼくの最近の中国料理でのポイントは、オイルの使い方にあると考えている。いかに適量で適温の油を使って最適の時間で調理するか。当たり前のことなんだけど、それがうまくいかない市井の中華料理屋は、必然的にうま味調味料や塩に頼らざるを得ないし、東京の著名な中国料理店でも、中国本土や台湾とは一日の長を感じてしまう。

その観点で見る「廣安」の料理は、オイルのバランスのよさが際立っていた。カリッと揚げる料理は画期的に油臭さが落ちていて爽やか、そしてしっとり油を吸わせる皿においても、香りとキレのよさに唸った。

シェフに、上海四川料理とは? と聞いてみたところ、シェフ自身は上海料理の方が得意なのだが、煮込みが主体の上海料理に比べ、四川料理は個性のあるメニューが多く味もハッキリしていて酒のつまみにもなる。それで、両方をメニューに並べてみることにしたんです、とのこと。なるほど、お店にもウェブサイトのどこにも書かれてはいないが、明快だし客側にもありがたい発想だと思った。

お店自体の上手なアピール方法に始まり、店内レイアウトやサービスの面など課題は多い。でも、ラーメンだけで帰る客にも逐次厨房から顔を出して頭を下げるシェフの姿勢は謙虚で、ニコッと笑う面構えも頼もしい。なんとかこの地に定着して、中国料理の新しい担い手に成長されんことを願う。

「廣安」
●東京都渋谷区広尾5-23-2
●03-6277-2623
●11:30〜14:00、17:00〜22:30
●無休
posted by 伊藤章良 at 16:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 中国料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月01日

(49)中目黒「ヒナアゲ嫡嫡(チャキチャキ)」

素揚げのコース1本で勝負!

大人のフライドチキン店

ぼくはニワトリがとても好きである。

大阪で生活をしているときには、チキンよりは肉(牛肉)文化な土地柄ゆえ、どちらかというと焼鳥や鳥料理のプライオリティは低く、定期的に通える店は少なかったが、東京に出てきて、かくも多種多様な鳥料理店があることに大変喜んだ。

加えて、定食屋のメニューに鶏の唐揚げを見つければ、まずはそこから注文する。蕎麦屋では「かしわ南蛮」だし、宮崎料理でもひたすら「地鶏の炭火焼」と「チキン南蛮」を食う。鶏一羽それぞれの部位をナマで提供する(現在は未確認)蒲田の「鳥樹」に出会った折には本当に感動した。

9.11の同時多発テロがあったおかげで断念したが、2000年の初めごろ、ニューヨークで焼鳥屋が開けないかと真剣に物件まで探したこともある。

世界最高峰としてフランスはブレス地方の地鶏が挙げられるが、そのブレス産地鶏をこれまた最高の調理法で食べさせる、ミシュラン三ツ星レストラン「ジョルジュ・ブラン」にも遠征してきた。

とは言いつつ、もっともオイシイ鶏の調理法は、限りなくB級に近いフライドチキンかローストチキンだと思っている。ナゼかというと、上記につらつらと書いてきた料理はそのほとんどが骨なし(骨抜きとも言えそう)だが、フライドチキンもローストチキンも、骨付きのままに調理されガシガシとかぶりつけるのがいいのだ。

現在のところローストチキンのマイベストは、ハワイ オアフ島でワイキキから車で1時間ぐらい走った島のちょうど真ん中辺にある「マウイ・マイクス」。いっぽうフライドチキンとなると、これは頭を抱えてしまうぐらいに迷う。

そんな中で、新たにぼくを悩ませるフライドチキン店が中目黒に登場した。「ヒナアゲ嫡嫡」である。

中目黒といっても、山手通り沿いでも商店街でもなく、駒沢通りと山手通りの交差点から少し恵比寿側に入って目黒方面に進んだ辺り。ジンギスカンの「まえだや」やワインバー「モノポール」の並びといえばわかりやすいだろうか。

ここは、エントランスの構えや洗練された内装から、レストラン運営のプロというかマーケティング的に計算された印象も受ける。つき出しにオニオンスライスを出すなど、自由が丘の有名店を模した感じも否めない。

でも、雛鳥の素揚げコース一本(現在のところ2000円)で勝負をしている潔さと自信に、フライドチキン好きとしてまず強い興味を覚えた。

食べ放題のオニオンスライスと、もう一品のお通し。砂肝もしくはナンコツ揚げいずれかと、手羽そしてモモの素揚げ、ラストのスープ。以上の流れがコースで、サイドメニューも野菜天ぷらやお新香等、数種しかない。この品揃えは、客には若干の寂しさも感じさせるが、素揚げ一本で行列を作っている自由が丘の有名店を模範とすれば、十分に勝算があると見たのだろう。

また、立石の「鳥房」や自由が丘の「とよ田」、蒲田で名店「なか川」の流れを汲む「うえ山」等に比べると、換気がすばらしいのは油を扱う店として特筆すべきで、火入れの絶妙さもピカイチ。席は、ゆったりと幅広くとってあり(その分はコストには跳ね返るが)大人仕様でもある。

そんな点も意識してか、油も塩も良質で全体的にマイルドな仕上げ。塩も控えめで、足りなければ別途テーブルで追加する仕組みは大変喜ばしい。また、ドンペリやクリスタルといった高級シャンパンがメニューにあるのも、そういったターゲットに対するアプローチだろう(個人的にはここで飲む人がいるとは思えないけど)。

なお「ヒナアゲ嫡嫡」は、チャキチャキと読ませ、江戸っ子らしい店を目指すコンセプトだそうだが、実際にはチャクチャクとしか読めないような気がする。個人的には、江戸っ子らしい威勢のいいチャキチャキ感というより、良家の嫡男が責任とプライドを持ってじっくり仕事をこなしている落ち着いた店、としてオススメしたい。

ヒナアゲ嫡嫡
●東京都目黒区 中目黒1-6-15ノブジィーハウス101
●03-5734-1318
●16:00〜23:00
●日休
posted by 伊藤章良 at 20:42| Comment(1) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月01日

(48)シンガポール「Restaurant Andre」

シェフは「カンテサンス」岸田さんの盟友との噂、

ソムリエは日本人。アジア最高峰、くすぐられる一軒

8月の長期ハワイ滞在に続いて、9月は1週間ほどシンガポールに出張した。

シンガポールには、マイレージを使ってプライベートで訪れたことがあるのみで、それも10年以上前。ハワイ同様に南に下るとの解放的な意識でその街に立ったぼくは、あまりの暑さに打ちひしがれた。また、リゾートや観光がメインであるハワイに比べ、当然ながらアジアを代表するビジネス拠点シンガポールは、ヒト、ビル、道路、クルマ……、そのほとんどすべてにおいて東京と変わらない。そして東京をしのぐ暑さと湿気である。ビジネスで来ているので解放されたいとは贅沢な話。とはいえ、想像と違ったことによる落差は、疲労に形を変えて押し寄せた。

ただ、かねてから楽しみにしていたレストランへの訪問は、やはりぼくに最高の時間をもたらしてくれた。今回はその、シンガポールにあるフランス料理店「Restaurant Andre」を紹介したい。

この店、イギリスの飲食専門誌「レストランマガジン」が企画する「世界のベストレストラン100」にオープン半年でランク入りするなど、実は相当キテるんだけど、まだ日本ではまったく知られていない。シェフは台湾人で、日本に暮らしたこともあり、料理の鉄人を観てフランス料理人を志し15歳で渡仏。「ジャルダン・デ・サンス」「アストランス」「ピエール・ガニエール」等で15年間修業後、シンガポールに渡ってこの店を開いたという。「アストランス」時代は、「カンテサンス」の岸田シェフとともにキッチンで働き、盟友の間柄とか。

なんとも、この事実が知れ渡れば、肩書き好き・高スペック好きの日本人なら、すかさず飛びつくはずだ。

ただぼくも、シェフの釣書(笑)を情報として知っていたのではなく、実は「Restaurant Andre」のソムリエは日本人で、ぼくの友達なのだ。
(ということで今回は、友人の働く店として、あらかじめお断りをしたい)

ソムリエの長谷川さんは、大学でフランス語を学び、語学力を生かしてソムリエやバイヤーとしての道を究めてきた根っからのワインスペシャリスト。5年ほど前にシンガポールの日本料理店で働いてみます……とのメールをいただき、その後facebook等での交流が続いていたのだが、彼のページの勤務先を見ると「Restaurant Andre」となっている。ほう、聞き慣れない名前だがフランス料理店に移ったんだなと、この店を検索してみれば、上記のようなとんでもないことがわかり、この日が来るのを心待ちにしていたのだった。

場所はシンガポール市内チャイナタウンの一角。「New Majestic Hotel」という高級ブティックホテルの隣なので、ここを目指すとよい。当初このホテル内に「Restaurant Andre」があるのかと思ってホテルに入ろうとすると、泊り客以外は通さないような厳しいセキュリティ。でも親切に「隣のドアだよ」と教えてくれた。ただ、隣のドアといっても、建物と建物の間の狭いスペースにしか見えず、しかも看板も出ていない。7時の予約に少し早く着いたので、ドアを押してみたがビクともしない。もう一軒先かなあと、さらに隣のビルものぞいてみたが、中国人専用のサロンがあるだけで、全くフランス料理店の気配はしない。

7時を過ぎて、ようやく動かなかったドアが開き、黒ずくめのレセプション嬢が姿を見せたのでホッ。早速、その日一番目の客となった。すぐに長谷川さんが出迎えてくれて再会を喜び、さっそく話題は「Restaurant Andre」について。オープンしてまだ一年にも満たない小さなこの店に、シェフの修業先だった「アストランス」のパスカル・ バルボ氏を筆頭として、フランスから有名シェフが続々と訪れているそうだ。長谷川さんは連日のそんな状況を実に楽しそうに誇らしげに語ってくれた。

ワインは、それぞれの皿に合わせた長谷川さんの構成によるグラスでの提供をチョイス。「カンテサンス」や「ラ・バリック」でもこういったオーダーができるが、「Restaurant Andre」の場合は、一度飲んで味わってみた後、銘柄が明かされるという、二度愉しめる趣向。内容は訪れてのお楽しみだが、いつの間にこんなレアなビオワインを多数集めるネットワークを築いたのかと、彼に対する瞠目の連続だった。ちなみに、ワインリストも大変ステキなので、リストから選ばずともぜひ見せてもらうことをオススメする。

そして料理。料理名が記されたメニューはないが、8品登場するすべての皿に対して、「Octaphilosophy」つまり8つの哲学を感じてもらわんと、8個の単語が書かれたカードのみが渡される。それぞれは、Salt、South、Texture、Memory等、日本人でも理解できるワードが多く、その言葉に込めたシェフの想いを自ら五感に訴えつつ口に運ぶ。

月並みだけど、美しさに驚き、匂いに繋がり、味覚へと響く。これを8回も繰り返すことができる。重ねていくうち、見た目の造形や複雑さは、口の中でどんどんストレートにピュアに変化していくのが分かってくる。美しいものをドキドキしながら壊し、舌や鼻腔を通してまた新たなまったく違うイメージが形作られる感覚。

そして、マリネしたナスの上に鴨の舌を載せるといった、日本人ともフランス人とも異なる食材組合せの妙や、時折感じるオリエンタルな香りは、シェフの出身地台湾にルーツを見る。それを国際都市シンガポールの地で味わえる不思議な昂揚感も、「Restaurant Andre」ゆえの悦楽だろう。

一方、ぼく以外のすべての客が、料理やワインボトルを写メし(中にはストロボをたく人も)、大きなノートをテーブルに広げて、逐次スタッフのしゃべる内容をメモする女性なども散見。著名レストランでの客の醜態は日本の現状と全く同じ。その点はすこぶる残念だった。アジアのレストランが、大人の空間として成熟するのはいつの日なのだろうか……。

さて、今年の年末にはミシュランのシンガポール版が出るそうで、すでに調査員が2度来ているらしい。とても結果が楽しみだけど、日本人が気づいたころにはまったく予約のとれない店になっている可能性も十分ありうる。

日本人ソムリエがお店にいるだけでもかなり高いアドバンテージ。もし食べ好きのあなたがシンガポールに行くなら、絶対に外せないことは確かだ。ただし物価もそれなりに高いシンガポール、コース料金は「カンテサンス」とほぼ同額であることも付け加えておきたい。

Restaurant Andre
アンドレ.jpg
http://restaurantandre.com/
posted by 伊藤章良 at 13:44| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月01日

(47)恵比寿「ル・マリアージュ・ドゥ・ガク」

フランス料理を心から愛する面々が

静かに訪れて欲しい

8月はほとんどハワイにいた。
日々宿泊先のホテルから仕事先のイベントの会場、もしくは日本の会社のハワイ支社で打合せ。ホテルに戻って、台本の執筆、イベントのマニュアル類作成……。確かに、くそ暑いトウキョウを脱して避暑としてステイするにはハワイは最高である。ただそれは、バケーションであれば、の話。

基本的に、人が食事を楽しんでいる時間帯が、まさにイベント屋であるぼくのコア稼働域。外食が大好きでも普通の営業時間にテーブルにつくことは難しい。ハワイに何度か訪れたことのある方なら想像できると思うが、ぼくの晩メシは、ほとんどABC(ハワイで最もポピュラーなコンビニ)定番の「ざるそば」か「そうめん」。ハッキリ言って恐ろしくマズイのだけど、仕事が終わった後の解放感とライトなアメリカンビールとで、毎夜流し込んでいた。

そしてハワイを発つ前日、現地在住の友人が連れて行ってくれたのは、渋谷に本店のある居酒屋「成ル」。またその前日、イベントの打ち上げで集まったのが、博多ラーメンの「めんちゃんこ亭」。アメリカ合衆国50番目の州に行きながらも、いつナイフ・フォークを使ったのか思いだせないぐらいのジャパニーズぶり。

ということで、東京に戻ってからも特に「和」を欲することもなく、帰京の翌日からフランス料理三昧。そんな中の一軒が今回取り上げる「レ・マリアージュ・ドゥ・ガク」である。

ここは、オープンしてすでに1年半ぐらい。恵比寿は外食するにもっとも好きな街でもあり、開店当初からもちろん存在は知っていた。ところが、隣にあった天ぷら店「さわき」(今は別の店)、反対隣の居酒屋「ほりこし亭」には訪れるものの、この場所に以前あったカフェはまったく未訪。しかもカフェをフランス料理店へとリモデルするには、厨房スペースなど無理があるのではないかと想像していた。

表に掲げられたメニューを見ると、男性用と女性用の二種類のコースがあるらしい。ランチには顔を出してみたものの、短時間の滞在もあって、カフェだったサイズの店舗をよくここまでフランス料理店にしたなあとの感慨ぐらい。それ以上の印象を持つに至らなかった。

そして今回、ハワイ長期滞在中に友人がディナーの予約を入れてくれていて、帰国後すぐの訪問。ぼくが今まで持っていた先入観とも言える軽い思い込みは、大きく崩れ去ることとなった。

さて、メールをくれた友人が場所の案内のために添付したのが食べログ。「レ・マリアージュ・ドゥ・ガク」の点数はかなり高い。食べログの点が高いと、「食べログの点が高い店に行く」ことをモットーとする皆さんが殺到するので、その店の実力とは関係なく、客層が乱れ予約が全くとれなくなる。ひいては、店自身が思い描くコンセプトとは別の方向へと勝手に店のイメージが作り上げられていく。「フロリレージュ」「くろぎ」などが顕著な例だが、ぼくはこれを、もう一軒その代表的なレストランにちなんで「バカール現象」と呼んでいる。

食べログでバカール現象を生む条件はおよそ二つ。必ずわかりやすい低価格のコースを設け、シェフやスタッフが有名店出身であること。「レ・マリアージュ・ドゥ・ガク」はその条件を完璧に満たしているようだ。

それを裏付けるかのごとく、客はぼくたちグループ以外すべて女性。すでにオープン当初の男性用メニュー、女性用メニューというコンセプトは形骸化していて(ここまで女性ばかりだとそうなるよなあ……)、結局は一部選択制のコース5,250円のみ。

そんな不安をよそに、いったん席に着いてしまうと、狭いながらもとても落ち着く内装で、目線に様々な画を施すなど随所に細かな工夫がなされていることに気づく。しかも恵比寿駅から徒歩2分程度の好立地(というか駅前すぎ)ながら、スタッフの温かく人懐っこい対応で、アットホームな雰囲気も醸し出している。

心地よくて、なんかこの場所に根を生やしそう、と目を細めつつメニューの説明を聞く。一つのコースゆえみんなで同じものを食べるのかと思いきや、前菜にもメインにも、この店の特徴である、箸で食べる最後の炭水化物にも選択肢があるので、さあ皆さんイッセーに、というブロイラー状態は避けられそうだ。

そして肝心の料理だが、これこそ特筆に値する。女性ばかりが席を埋めるには悲しいぐらいのしっかしたポーション。前菜は、すべて同じ食材を用いながら、温かい料理か冷たい料理を選ぶというエンターテインメント性。ワンコースのみにしては多少時間を要するが、丁寧さと実力派としての力量との双方が皿の中にみなぎるメイン、フランス料理人としての立ち位置で生まれるラストの和テイスト。

また、絞りに絞ったワインリストも秀逸。この規模の店ゆえ大量のラインナップは期待できないものの、きちんと吟味してきれいなデザインのリストにまとめ、客の希望を聞いておだやかに提供する。その姿勢とそれに見合う価格、そして料理とのマリアージュも、さすがに店名につけるだけあって納得できた。

今回は、厨房を背にするテーブル席で食事をしたので、次回はカウンターでディナーをと、ぼくの中での再訪意欲も高い。また化粧室がとてもかわいらしく、手狭なダイニングから抜け出るような解放感の演出も工夫されている。

バカール現象にて予約がとれなくなってしまう前に(といっても少々手遅れ気味だが)、本当にフランス料理を愛する面々が静かに訪れてほしい良店だと思う。しいていえば、もう少しアクセスが不便で駅から離れていた方が、この店本来の個性が光ったかなあ……。

「ル・マリアージュ・ドゥ・ガク」
●東京都渋谷区恵比寿1-4-1 恵比寿アーバンハウス105
●03-6450-4743
●18:00〜21:30LO
(ランチはしばらく土のみ。12:00〜限定20食)
●日、第1月休
http://gaku-san.com/index.html
posted by 伊藤章良 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月01日

(46)Side Street Inn On Da' Strip

地元客に混ざって

観光客らしくENJOYできる

何度もお休みをいただいた上に、一か月に一回に戻すよう、家主にお願いをしてしまいました。訪問してくださる皆様には本当に申し訳ございません。

海外出張が続いて多忙という釈明をさせていただきましたが、もっと正確に言うと、海外でばかり仕事をしていて東京の紹介すべきレストランにほとんど行けていない、というのが本音のところです。

私事ながら、2011年はかなり稀有の年として記憶に残りそうです。というのも、私はイベントの企画・運営を生業にしていますが、今回の東日本大震災の影響で、今年予定されていた仕事の80%はキャンセルになりました。

ところが、すっかり仕事がなくなったおかげで、普段なら長く東京を空けることができない現状が、長期出張の依頼にもお応えすることができ、海外にばかり仕事の場が与えられるという流れになってしまったわけです。

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さて、のべ20日以上に渡り、プラハとウィーンに滞在。それなりに食事はしたものの、さすがにその地のレストランを紹介するには、その土地自体があまりポピュラーとはいえない。

いっぽう、その後数日訪れたハワイでは、いくつもの収穫があった。オアフ島のしかもワイキキからタクシーで10分、歩いても30分もあれば行ける場所なら、ここに紹介するに値すると考え、今回はハワイのレストランを取り上げてみたい。

「Side Street Inn On Da' Strip」である。

ハワイには○○Innという建物が多くある。Innとは、英語本来の意味だと、東急インなどに使われるように宿泊施設をさすが、ハワイではドライブインからの発展形で、食事場所なことが多い。

もともと「Side Street Inn」という店は、巨大ショッピングモール、アラモアナセンターの裏辺りに存在し、ホノルルの地元では相当に知られたレストランだ。この店が広く認知されるようになったのは、ホノルルで著名レストランを展開しているスターシェフたちが、仕事が終わってからこの店に夜な夜な集まった、ということに始まるらしい。平たく言えば、東京は広尾にある「餃子の王将」に、仕事が終わった超人気フランス料理店などのスタッフが集まってくる様子と似ている。

シェフたちが集まる大きな理由は、きっと観光客が少なくて気を使わなくてすむ、からだろうか。場所が分かりにくく若干治安の悪い雰囲気を漂わせるエリアなこともあって(実際にはそんなことはないです)、ローカルレストランを代表する店とまで言われるぐらいの評価も受けていた。

その2号店が、「Side Street Inn On Da' Strip」である。Stripとは、日本人にはダイレクトにヌードショーを想起させてしまうが、アメリカでは、レストラン・ショップ・ガソリンスタンドなどが大通りの両側に立ち並ぶ街路を指す。確かに「Side Street Inn On Da' Strip」があるカパフル大通りは、昔「サム・チョイズ」の本店があったことでも知られた、まさにOn Da' Strip。なお、Daとは、ハワイローカルの言葉でTheのこと。やはり「th」の発音が難しいのは万国共通のよう。

徒歩で向かう場合は、ワイキキ目抜き通りの東端から、右手に動物園、左手にゴルフ場を見ながら北上すればよく、ハイウェイワンから車をつかうなら、ハワイローカルフードの名店「オノ・ハワイアンフード」の行列を過ぎてすぐに見つかる。ただ、そこが「Side Street Inn On Da' Strip」のイキなところで、店の看板が道路沿いの街路樹に隠れて見えにくく、気をつけないと通り過ぎてしまう可能性がある。

2010年9月にオープンしたばかりなので、もちろん店内は新しく清潔だし、随所に大型モニターが設置されていて、一見するとAmericanなスポーツバーといった風情。若い世代のカジュアルな男女がグループで楽しく騒ぐ、とマーケティングの資料には書かれていそうな雰囲気である。

ただ、誤解を恐れず言えば、この店は、もっともハワイらしい大衆食堂という表現が一番しっくりくる。そのワケは客層にある。ここには、ハワイに住むすべての人種が集まる。バーとかレストランとかのカテゴリーではおよそ判別がつかない、あらゆる年代、あらゆる肌の色のヒトビトが、各自オリジナルの過ごした方でここを利用する。もちろん夜のコアな時間でも、ソフトドリンクしか飲んでいない客も大勢いる。

そしてそのすべての客の「お目当て」が料理。

ハワイをご存じない方は意外に思うかもしれないが、ハワイのInnと呼ばれるレストランのメニューは、ほとんど日本の定食屋と同じである。ここも、枝豆、冷奴に始まり、チキンカツ、照り焼きチキン、ポークチョップ(と、店では言うが、ほとんどとんかつ)、ステーキ、そして、焼きそは、チャーハン……。それが、日本人の感覚では、ひと皿4人前ぐらいのボリュームで登場する。たとえるなら、中国料理の赤い回転テーブルの真ん中に、ドンと置かれるレベルである。

となると、「今日、サイド・ストリート・インでゴハン食べるよ」「しゃ、おばあちゃんも行きたいね」「孫も連れて行こうか」、みたいなノリになることも安易に想像がつく。

量が増えれば増えるほど大味になると思われがちだけど、そこは、強い火力、大きな鍋、そして屈強の男たちが手を抜かず調理をするのであろう、決して大味にはならないギリギリのところで踏みとどまっている。それが他のInnとは大きく異なるところかもしれない。

最後に、このような形で紹介すると、「ああ、日本人観光客にも行きやすそうな店だなあ」と判断されるかもしれない。
ただそれは違う。当たり前だが、日本語は通じないし日本語のメニューもない(写真付きのメニューもなかったと思う。ウェブにはメニューがアップされているので事前に勉強をしていくことはできる)。店内は広い上混んでいることもあり、スタッフの愛想も決して期待できない。

観光客らしく、地元の皆さんの楽しみを垣間見させていただきたい、ひいてはその中に混ざって一緒にenjoyしたい、そんな気持ちで訪れてみると、普段の観光旅行では決して味わうことのできない、充実したハワイの夜が待っていることを保障する。

Side Street Inn On Da' Strip
posted by 伊藤章良 at 14:58| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする