いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2012年10月01日

明日までお待ちください

先月お休みだった伊藤章良さんの「新・大人の食べ歩き」の更新日ですが、明日までお待ちください。

というのは、原稿はいつものとおりきっちりいただいたのですが、客観的な目線で見たときに勘違いされる書き方のように思え、手を加えてもらっています。

伊藤さんのきっちりとしたお人柄ゆえ、1日ください、とのことでした。もう少しお待ちください。

申し訳ありません。よろしくお願いします。  
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2012年08月01日

(58)西麻布「アムール」

海外、一流店での修業経験を謳うシェフ過剰の時代。実力と

幸運を兼ね備えたフランス料理人がアロマフレスカ系に登場

前月の「レカイヨ」でも書いたが、今年はフランス料理店、特に、プロもアマもこぞって「グランメゾン」と間違ったフランス語で呼ぶ、高額フランス料理店が何軒かオープンしている。ただ、こういったグランメゾン(笑)だけではなく、大家の土田さんがブログで紹介した「ル・ボーズ」を筆頭に、様々な形態のフランス料理店も多く開き始めた印象がある。

一方それに乗じて、「俺のフレンチ」といった低価格レストランの台頭も話題になっている。多種のフランス料理店が新しくオープンするだけなら期待に胸をワクワクさせるのだが、「俺のフレンチ」なる安売店が出回り始めると、少し不安な気持ちにもなる。いったんユニクロを着てしまえば再び一流ブランドに手を出すのがしんどくなるのを例にとり、価格破壊そのものを危惧する声が多いけど、ぼくの不安はもっと別なところにある。

「俺のフレンチ」というレストランの形態を知れば知るほど、ぼくは、駅前や地下街にてハデなランプが回っている10分1000円の低価格理髪店を思い出す。というより、「俺のイタリアン」「俺のフレンチ」なるコンセプトは、この低価格理髪店を見ているうちに思いついたのではないか、とすら感じている。低価格理髪店は、理容師としての資格は当然所有するが自分の店を持てない、もしくはなんらかの理由で普通の理髪店に就職したくない人たちをうまくリクルートして始めたと聞いた。そして、それは度重なる不況の影響で店や仕事を失った理容師が、大幅にあまり出したことにも起因する。

その点を「俺のフレンチ」に当てはめるなら、自分の店は持てない、もしくは一国一城の主になろうという意欲はない料理人を上手に集めたと同時に、逆の見方をすれば、上の理容師同様、フレンチの料理人がすでにダブついていて、レストランのトータル席数が、日常的にフランス料理店を利用する人数をかなり上回っているのではないかと心配なのだ。

いっぽう、海外の星付きレストランや都内の有名店で修業を重ねた料理人が余り始めた時代に、今や全国規模で高級レストランを展開するアロマフレスカグループの代表が惚れ込んだという、幸運プラス実力を備えた料理人の店が西麻布に誕生した。「アムール」である。

実際に、オーナーからもシェフからも、どういう経緯で出店するに至ったかとの話を聞いた訳ではないけど、レストラン建屋の名前を「Maison510」つまり後藤祐輔というシェフの名前を冠に据えるぐらいだから、「あなたの名前を付けて待ってます」という意味にとらえても、あながちハズしてはいないだろう。

ただ、過去にアロマフレスカグループが展開してきた、ダイニングのカッコよさ、キュートさ、粋が、西麻布にもともとあった一軒家に再現されていないのは、個人的に最初のつまずきだった。ぼくは「アロマフレスカ」の広尾時代がタイヘンなファンなので、どうしてもそこから離れることができないのかもしれない。でも「アムール」は、ダイニングが広すぎるのだ。よって、過去の「アロマフレスカ」の店舗のように、キュッと音が聞こえてきそうなほど引き締まった感じの心地よさは、全体的に緩めな「アムール」に見つけることができない。だからといって居心地が悪いわけではなく、どちらかというと「ひらまつ」的なゴージャス感は充分に備えていて、サービス陣の、フレンドリーながらつかず離れずの接客もサスガである。

少し驚いたのは、ソムリエがとても長身なこと。長身・体育会系のソムリエは、意外と「アムール」のダイニングには溶け込んでいて好印象。さらにワインリストは、大きなフランスの地図上にワインの産地別に分けて表記されており、初代「アロマフレスカ」のリストを懐かしく思い出した。

シェフは「レカン」や「カンテサンス」を経て「アムール」に迎えられたと聞く。きっと真面目な方なのだろう、それぞれの店のエスプリをキチンと踏まえつつ、自分のオリジナリティも加えた、バランスのいい料理構成になっている。ただ、個人的には、器と料理の相性があまりよくないように、というか凝りすぎかなあとも感じた。せっかくの料理が引き立たない、もしくは食べにくい場面が何度かあったからだ。

メニューは、シェフのスペシャリテが詰まった定番コースと、少し価格を上げた季節のコースの2種類になるようで、こちらも「アロマフレスカ」を踏襲する。そんな様々な点を見ても、オーナーは、フランス料理版の原田シェフを育てていこうと考えておられるのだろう。それほど見込んだシェフゆえ、とても優れた将来ある方なのだとは思う。

実は後藤シェフ、“美食の王様”来栖けいがオーナーである「エキュレ」の初代シェフである。ただ、ぼくたちにとって、引退した「来栖けい」に対するアレルギーというか違和感は拭い去りようもなく、「こちらがエキュレ時代のスペシャリテです」と言われた瞬間、その料理が色あせてしまうのは、悲しい現実としか言いようがない。

*夏休みと海外出張のため、次回の「新・大人の食べ歩き」はお休みいたします。

「アムール」
●東京都港区西麻布4-10-3 2F
●03-3409-1331
●12:00〜13:30LO、18:00〜21:00LO
●月休
http://maison510.jp/
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2012年07月01日

(57)銀座「レカイヨ」

情報にまどわされず、自分の目で、

純粋にレストランを愉しめる客かどうかが試される

「レカイヨ」のオープンを知ったのは、当サイトの大家、土田さんのブログだった。昨年2011年は、震災の影響もありさすがに銀座、六本木といった一等地での高級レストランの出店は控えられたようだが、その反動か、2012年になって堰を切ったように動き始め、「レカイヨ」もその筆頭に挙げられる一店である。

ぼくは不思議でしょうがないのだが、未だにこういった「レカイヨ」のような高級フランス料理店に対し「グランメゾン」という意味不明の言葉が使われること。ブロガーやレビュアーなど見よう見まねの素人だけではなく、マスメディアに至ってもだ。誰が、文法的にも間違っているフランス語「グランメゾン」の、日本のレストランシーンにおける意味を説明できるのだろうか。
「レカイヨ」「フィネス」「アムール」「エスキス」、今年上半期に続々登場のグランメゾン・・・。それぞれコンセプトも想いも違う形でオープンしたフランス料理店を、グランメゾンという説明不可能な言葉でくくってしまう不作法は、もうそろそろやめるべきだ。
※なお、古い記事ですが、ここにぼくが考えるグランメゾンの意味とそれに対する考察を書いています。
http://eatout.jp/archives/2005/05/post_118.html

さて、「レカイヨ」は、当サイトの大家も料理長やソムリエを応援していると聞くし、設計・デザインは、当サイトで「レストランの空間考」を担当し友人でもある西森陸雄さん。となると、ぼくがここであれこれ書く際、言葉を入念に選んでしまう恐れもある。
だが、スタッフの経歴や店のスペックばかりが先行した多くの紋切評価やレビューがあるいっぽうで、ぼく自身は純粋に素直に愉しめたレストランゆえ、それをきちんと表しておきたいと考えた。

というのも、なぜ、オーナーが元「シェ・イノ」だとかシェフがサラブレッドだとか、そういった経歴が重要なのだろう。なぜ、シルバーがレイノーだとかカップがベルナルドといった、見れば誰でもわかる枝葉末節にこだわるのだろう。高額の支払いに対し客自身に納得がいかないからだろうか。
反面、ぼくが目にした書き込みのいずれにも、数多く掲げられた名画に対する賞賛の声もなければ、陰影や反射、ぎりぎりまで絞り込んだ色の扱いなど、内装・デザインのすはらしさへの評価も見つけられなかった。

レストランへは、何を求め、何を愉しむために訪れるのか? この店から感じとれる各人の評価によって、それが十分にわかっているヒトなのかどうかを判断することができる。前回の「クニオミ」にも書いたが、「レストランの上級者」、つまりレストランでの愉しみ方を理解しているかどうかの違いである。シェフやソムリエの経歴といった前情報、レストランとしてのスペック、支払った金額に対する満足度。そういった部分にしか着目できない人たちには、残念ながら「レカイヨ」の素晴らしさに気づかないと思う。

「レカイヨ」のアラカルトメニューにスープの欄を見つけ、過日はスープのチョイスからメニューを構成することにした。まず、メニューにきちんと何品かスープを揃えている点に、ググッと惹かれたからだ。もちろん選んだのはコンソメ。重厚な雰囲気に抗(あらが)うような、どことなくフレッシュ感のある爽やかなテイストだった。

ワインついてはソムリエの意見を問うた。その際に軽く「リーズナブルなものでお願いします」と言ったところ、「おねだん以上ニトリの精神で選びます」と言われた。
グランメゾンに、スターシェフや高いスペックを求めてやってきた面々にとっては、もしかしたらこの言葉は大いなる肩すかしなのかもしれない。でもぼくにとって、「レカイヨ」でこのひと言を聞いた瞬間、これからの愉しい時間はすでに約束されたな、と感じるのだ。

1950年代の絵画で飾られた店内。そこから放たれるアートのうねりには、当然ながらクラシックな料理で波長を合わせてくる。でも、そのクラシックさとは、伝統のコピーではなく伝統の解釈であると感じた。特にグランドメニュー外ではあったが、食感の妙を愉しむべく計算されたオマールとアスページュの取り合わせには瞠目させられた。

店主と少し話した際、一定期間を過ぎたらすべての絵画をモダンな現代物に替えようと考えている、と聞いた。きっとその時には、「レカイヨ」の新たなダイニングに調和した料理が待っているのだろうなと、再訪への期待感も膨らんでくる。

個人的に、唯一残念に思ったのは店のロゴである。「レカイヨ」のロゴからは、フランスの、そしてフランス料理のエスプリがあまり感じられない。ゆえ、店の近くまで来て最初にロゴを目にしたら、「ここは建築事務所か何かかな。フランス料理店ではないよな」と素通りしてしまうことだろう。
もしかすると、それも意図したとコト、との説明がなされるかもしれない。でも、新たに銀座に登場したフランス料理店であり、そこに来る客に、最初にフランスのエスプリを感じてもらえなければ、それはロゴの意味をなさないと思う。

レカイヨ
●東京都中央区銀座6-4-16 花椿ビル
●03-5537-7071
●11:30〜14:00LO、 18:00〜21:00LO
●日休
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2012年06月01日

(56)恵比寿「クニオミ ル・ネオ・ビストロ」

メニューを選ぶ喜び、ソースの存在感。

“フランス料理”らしさ溢れる新星

多少誤解を招くことを承知で書くと、久しぶりに「上級者向け」と言える、待望久しいフランス料理店が登場した。恵比寿の「クニオミ」である。

こんなボーダレスの時代となっても、未だにフランス料理は難しいと思われがちである。というか、残念ながら完全にそう認識されている。
巷の現象からも、安くて分かりやすいコースメニューを設けている店が確実に人気を博しているのがなによりの証拠だ。逆にフランス料理店として成功したければ、食べログラバーをコアターゲットとし、彼らがCPがよいと勘違いする安いコースメニュー用意すればよい、というオカシナ時代となった。それでは、いつまでたってもメニューを解析しようとの興味や努力が生まれず、永遠に難しいままになってしまう。

具体例を出せば、渋谷の「バカール」とか、前々回に書いた「L'AS」もしかり。恵比寿にできた「ビストロ間」は、オープン当初集客もままならない不安な状況だったが、安価なコースを始めた途端、急に予約の取れない人気店になり、今や二店目も出店する勢い。

メニューを隅々まで読んだり、どれを選ぼうかと迷ったりすることもない。ましてや、価格さえチェックすればメニューを見ることすらしないフィックスのコースは、すでにフランス料理店での愉しみを最初から半分にしているとぼくは考えるのだが、フランス料理が食べたいと望む意中の相手に対して、ミスなく穏便に、そして確実にカッコよくフランス料理店で過ごすには、この安くて解釈不要なコースしか選択肢がないのであろう。

雑誌のインタビューなどで、レストランでの注文を失敗しないためにはどうすればいいですか、と質問されると「メニューを熟読すること」と答えている。できるなら同席の相手より早く店に行き、先にメニューをもらって熟読するのだ。もっといえば、このメニューに込めたシェフの気持ち、今日はどれを食べてもらいたいのかというシェフのアピール、そういったものを行間から想像することさえやってみる。ぼくは今でも実践しているトレーニングである。

本来なら、一生懸命メニューを考え、食材を厳選して仕入れ、工夫してロスなく回そうと努力しているアラカルト中心の店こそ、フランス料理店としての存在を高く評価すべきだ。ただ、そんな店にてアラカルトで果敢に挑戦しようとするなら、それこそ、冒頭に書いた「フレンチ巧者」しかターゲットにならないという悲しい状況に陥っている。

さて、オープン2日目だったか。予約なしで行きずりに入ってみるのもいいかと思い、「クニオミ」の前に立った。そして、店頭に掲げられたメニューを読んだ。数分はかかっただろうか、それはアラカルトオンリー。コースは価格設定もなかったように記憶している(現在はあります)。そこには、恐ろしくおいしそうで巧みで複雑なメニュー名が、それなりの価格とともに瀟洒な文字で連ねられていた。ううむ。これは出直しだな、と判断。ふらっと入ってササッと食べるには申し訳ない、しかも自分も心の準備をして、ここまで志の高い店への久々の訪問を、もう少し盛り上げていきたかった。

そして改めて予約しての再トライ。
予想通り、というか予想以上の手ごたえがあった。

まず、フロアでサービスをする男性。すでに壮年で少しとっつきにくい雰囲気も感じる。ところが話してみると、今や伝説となりつつある「オーバカナル」一号店のスタッフだったという。ぼくがリストから選んだワインに対し、飲んだことがあるのかと問われ、昔、どこかでよく飲んだ記憶があるんだけど思い出せないと答えれば、なんとそれは、彼らが「オーバカナル」時代に強力プッシュしていたワインだった。「オーバカナル 原宿」とは、ぼくたちがフランスのエスプリをダイレクトにトウキョウで確認することのできた最初のレストラン。当サイトの家主・土田さんは、そこで結婚パーティを開いている。2012年の今、まさにそんな同時代を歩んできたサービスは、「クニオミ」のフロアにこそふさわしい人物であろう。

今さらながら、料理も圧巻である。ネオビストロという、およそ日本の食べ手には親しみのないパリの流行をうたうが、それは、ビストロ料理の現代解釈とでも思っておけばいいだろう。定番中の定番「アンドゥイエット」に添えられたブラックマスタード。例えれば極めて上質なとんかつソースのようで日本人にも郷愁のテイスト。鴨肉のローストには、コブミカンという東南アジア料理に欠かせないフレーバーをあえて投入。それが鴨の焦げ目とすばらしく調和する。

ただ、現代版といっても「カンテサンス」に代表される新しいフランス料理のカテゴリとは大きく異なる。それは、自分がリヨンで体験してきたビストロ料理のカタチをしており、大前提であるソースもたっぷりと添えられ、そして一皿にドカンドカンと盛られている。にもかかわらず、おいしさに加わった驚きという最高のスパイスが、随所に振りかけられているのだった。

メニューの難しさや真摯な姿勢と、実は対極にある食べやすさや「口に合うね」というウレシイ感覚は、普段のビストロ料理が重くなってきたなあ……とされる、それこそ上級者の面々にも、十分に受け入れられるに違いない。

「QUNIOMI le neo bistrot (クニオミ ル・ネオ・ビストロ)」
●東京都渋谷区恵比寿1-24-12 1F
●03-6721-6910
●12:00〜14:00(〜15:00土日祝)、18:00〜23:00(火〜日)
●月休
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2012年05月01日

(55)和歌山「オテル・ド・ヨシノ」

本州最南端のフレンチで感じた

神々しいほどのモチベーション

イチローという野球選手が、アメリカでとんでもない偉業を成し遂げ、今もその自分自身の記録に対して挑戦を続けている。多くの専門家がイチローについて分析したり語ったりしているし、それをここに書くつもりはないが、それにしても凡人にもっとも真似できないのは、あれだけの業績をずっと出し続けることのできる、モチベーションの高さである。今やイチローは、マリナーズ打線の中で最年長だそうだが、そんな立場となっても常に見据えている微動だにしない高い目標がある。

そんなイチローをも想起させるような高いモチベーションを維持し、託された店を成功に導きつつある料理人のレストランに行ってきた。和歌山の「オテル・ド・ヨシノ」である。

ヨシノというからには、もちろん日本のフランス料理界重鎮、吉野建シェフの店。吉野シェフは、ミシュランの星にこだわり続けた男として知られ、小田原に開いた自身のレストラン「ステラマリス」を閉め、改めてパリにオープン。日本人オーナー店初の星獲得に挑戦した。タイミングこそ「ひらまつ」に遅れをとったものの、その後の日本での活躍も広く知られるところである。

そんな吉野シェフをずっと支えてきたマダムの故・美智子さんが和歌山出身ということで、このスペースのオーナーから出店を打診されたと聞く。ぼくは、以前投稿していた情報ポータルサイトで、オープン当初の「タテル・ヨシノ芝」について書いた経緯から、美智子さんから直々に「オテル・ド・ヨシノ」オープンの案内をいただいていた。

ただ、関東の人が考える和歌山県と違い、関西人の思う和歌山とは、相当にツブシが効かない場所である。梅干しやミカンが有名で熊野古道や白浜といった観光名所もあるものの、大阪から1時間足らずな距離にもかかわらず、よほどのことがないと和歌山に行く機会には恵まれない。もっと言うと、そんな土壌ゆえ高級フランス料理店が脚光を浴びる、というか育つ下地さえ考えにくいのだ。

住所を見ると、建物名が「ビッグ愛」とある。当時いただいたオープン案内からは、和歌山市郊外の海に面したホテルの最上階、みたいな勝手な幻想を抱いていたんだけど、見た瞬間「え、パチンコ屋?」としか思えなかった。タクシーにビル名を告げると何の抵抗もなくスタートしたのでそれなりにランドマークなのだろう。で、近づくにつれさらに驚きは続く。「ビッグ愛」とは和歌山県の公共施設なのである。正式名称は「県民交流プラザ ビッグ愛」。それにしても、人に聞かれて答えに窮するようなネーミングのビルに高級フランス料理店……。いったいどんなところなのだろうか。不安におののきつつエレベーターホールに向かうと、合宿だの研修だのと県民施設を利用するジャージ姿の学生さんと相乗り。確かにビルの上層階には2フロアほどホテルも入っているようだが、見るからにビジネスホテルの様相。

降り立った最上階フロアは展望レストラン、とある。バイキング料理をやっていて行列ができている。恐る恐る予約名を告げようとレセプションに向かうが人はおらず、スタッフはバイキングの客をさばくのに精いっぱいだ。大声で「予約した伊藤です」というと、あっちですと顎で誘導。

いやはや、どーなるんや……と思いながら、バイキング会場とは隔てられた窓際のエントランスを通って中へと進むと、さすがにそこは別世界。銀座にあっても遜色ない美しいダイニングが登場し、今までのアプローチはこの空間との落差を感じてもらうため仕掛けではないか、と勝手に納得してガゼン高揚し始めた。

料理もサービスも、日本はおろかワールドクラスである。支配人は、もともと「タテル・ヨシノ芝」のオープン時に在籍していというが、端正さと人なっこさが同居する高級フランス料理店では理想的な接客。そんな支配人を中心に、周りで動くスタッフも見事に統制がとれていて、しかも彼ら彼女らの目の輝きは眩しいほど。自分たちの仕事をいかに誇りに思っているか、とそこに書いてある。

本州最南端和歌山の、そして「ビッグ愛」というビルの最上階レストラン、そのどこに、ここまで神々しいチームを生むモチベーションが存在するのか。手島純也料理長は自ら「吉野組」と語り、吉野シェフの強い信奉者の一人。吉野シェフが最初に独立オープンした小田原の「ステラマリス」が東京から多くの客を引き寄せていたことを手本に、大阪からの和歌山を小田原に見立て、そこで吉野シェフがやったであろうことをトレースしようと考えた。小田原と違い、和歌山の農家や漁師・猟師は、想像以上に保守的で商売っ気がなく、試食すると間違いなく全国区のブランドとなるような食材でも、地元で消費されることで十分満足に感じている。自ら「フランス料理馬鹿」と語る山梨県出身の料理長は、関西人特有の閉鎖的な壁の一つ一つと折衝し取り崩しながら、高級レストランという新しい市場があるんだよ、と説いて回った。ゆえ、今では、不思議なものが掛かったり、他に売れない小動物が獲れたりしたら、とにかく「オテル・ド・ヨシノ」に持ち込んでくるようになったそうだ。それは、例えば、吉野シェフのスペシャリテである、とても上質な野ウサギだったこともあったらしい。

そうして、一つ一つ地元の、特に漁場豊かな魚介を自分の料理の中に取り入れ構成された「オテル・ド・ヨシノ」のメニューは、すでに和歌山の地でしか実現しえない領域まで達している。

和歌山というレストラン不毛の地に、たった6年で全国からファンが集まるレベルのガストロノミーを作り上げた「オテル・ド・ヨシノ」。料理長にすごいですね、と話すと「自分だけが優秀でもレストランは育ちません」と、ぼくが前月書いたレストランとの比較を例に挙げた。「スタッフ全員のやる気やスキルが上がっていくような環境を作ることがぼくは大切だと思うんです」と締め括る。そんな料理長の元で働く若人がうらやましい。

「オテル・ド・ヨシノ」
●和歌山県和歌山市手平2-1-2 ビッグ愛 12F
●073-422-0001
●11:30〜14:00 17:30〜21:00
●月、第2火曜休
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2012年04月01日

(54)南青山「L'AS」

「コストパフォーマンスよし」なのか?

徹底的にコストカットした店作り

不況という二文字の重圧で誰もが下を向いてしまった2012年の日本に、逆風を覆すような興味深いレストランがオープンした。骨董通りを少し脇に入ったところにある「L'AS」。

個人的には、この「L'AS」こそは、イマの料理店におけるコスト削減の成功法は何か、という最重要な課題に、数々の正解を(今のところ)出しているレストラン、という捉え方をしてみた。どんなスタッフが、この店の内装を作り、オペレーションを考え、料理やサービスを実践しているのか、詳しいところはシェフの経歴程度しか知らない。ただ、敏腕の経営コンサルタントが知恵を絞りきって協議しても、こういった優れた展開は生まれなかったであろう気がする。

オープン数日後に訪れたものの、入店すると何となくすでに古い感じを受ける。色使いにもよるが、決して高級な調度品を持ち込んでいるわけではない。さらに驚くのは厨房だ。ダイニングとまったくフラットな位置関係にあり、壁やパネルの隔たりは一切ない。いわゆるフルオープンキッチン。一瞬、先ごろ流行りの合コン専門キッチンスタジオに踏み込んだ感覚だった。換気や夏場の冷房効率などはまだまだ未知数だけど、内装費の初期投資では、相当なコストダウンに成功したであろう。

テーブルにクロスは掛かっておらずナプキンもない。狭いテーブルスペースを確保するためか、カマボコ板のような細長いパン皿に安定感の悪いパンが置かれる(これはそのうち改善されるに違いない)。カトラリー(ナイフ・フォーク)は、テーブルの下に引出しがあって、そこから客が必要なモノを出して使うという段取り。

この仕組みはすでに知っていたので、訪問時まず引出しを開けてみたら何も入っていない。さっそく評判が悪くて廃止したのかと思いきや、入れ忘れていただけ、というさらに悪いパターンだった。こちらも、サービススタッフの作業工数を減らすことによる人件費のコストダウンである。しかも、クロスが掛けられていないテーブルの上にそのまま置くより、なんとなく清潔感もある。

そんなことより、なんといってもスゴイと感心したのが料理。週末のランチも日々のデイナーも同じ内容の5,250円コースのみ。2週間ごとに変えていくというが、1種類しかない同じコース料理を2週間昼夜出し続けるフランス料理店って他にあるだろうか。2週間分の食材を計画的に仕入れロスが出ないように使い切れば、相当なコストダウンだ。また、この方法ではポーションを小さくすればするほど利益が上がる。そして、メインを除けば「L'AS」のポーションはとても小さい。ぼくレベルでは全く満腹にならない。何人か女性にも聞いてみたが、満腹にはならなかったと応えた人もいた。

多くのレビュアーやブロガーがこの店のコスパが最高と書く。ただしそれは、上記の点から見ても単に量が少なくて安価なだけなのだ。しかし、デザートを2品出すなど視覚的な満足度も含め、トータルでは不満が出にくい構成に仕上げているのはサスガだと思う。

しかも、エッと驚くほどダイニングには客が詰め込まれている。入口近くには3名掛け程度の丸テープルに5名が肩寄せあって座るといった光景も見られた。ゆえ、満席になればかなりの騒々しさで、隣の会話も丸聞こえ。はっきり言ってデート向きではない。

などなど、決してあまのじゃくではなく普通に食事をして受け止めた感想なんだけど、こうして様々にコストカットされた部分が、180度反対の「魅力」として受け止められ、グルメブログや食べログレビューで大絶賛されているのだ。

料理自体は、量を除けば決して悪いものではなく、コート・ドール等シェフの修業先からのエスプリも十分に含んでいる。欧州本場への憧憬も感じられる。メニューの作り方も、キッチンの環境・客層・利益など、いくつかのポイントを決めて、きちんとそこに照準を定めているのだと思う。あまりにも科学的・データ的な取り組みで、一料理人の発想とはなかなか考えにくい。

いっぽう、対客という立場で言えば、レストランは客単位での独立したプライベートな集合体であり、オープンキッチンを受け入れるのは好事家の一部。しかも、舞台裏を見せることは、手品のネタ晴らしとかがいい例で、初回は大変な感動を覚えるが、それ以降は逆効果となる可能性が強い。ナイフ・フォークを格納した引き出しも使いにくく、ナイフは、刃の部分を持たないと取り出せない。

節約・節電・省エネ・・・。ぼくたちは日々我慢を強いられて、それに対し強く反発や憤りも感じながら今を生きている。でも、「L'AS」における窮屈な感覚や客側への要求のほとんどが、この店の新しさや個性として捉えられているところが、なんともスゴイとしか言いようがない。本当にうまい。

ただ、フルオープンキッチンやナイフ・フォークを引き出しに格納するといったレストランも過去何軒か見てきたが、そのいずれもが現在まで存続していない印象がある。「L'AS」が百年続くレストランと思えるかどうか。今後の展開と軌道修正が注目される。

なお、「L'AS」の公式ホームページには、すでに予約受付時間を14:00〜18:00、22:00〜24:00に限定する旨が表記されている。オープン当初から予約の電話がジャンジャン鳴ることを想定した防御策。やはり只者ではない。

「L'AS」
●東京都港区南青山 5-16-5 MA FIVE 1F
●03-3406-0880
●17:30〜22:30 L.O(日・祝〜22:00 L.O)
●火曜日を中心に月6回程休
●予約受付時間14:00〜18:00 / 22:00〜24:00
http://www.las-minamiaoyama.com/
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2012年03月01日

(53)銀座「銀座しまだ」

立ち飲みスタイルに高級割烹出身の腕がさえる

定食屋さながらの多彩な料理

銀座はコリドー街と電通通りの間、こんなところに道が存在したのかとも思える細い路地に「藍」という小さな割烹があった。食に関して深い信頼を置く文芸春秋社のk氏をして、もっとも銀座らしいといわしめる店。ぼくは、最寄の蕎麦屋「ふく留」にしばしば通っていたので「藍」の存在は知っていたが、k氏から話を伺うまで、ここがそんなスバラシイ店とは想像もしなかった。食べログを見ても、その歴史ある名店に関しデータの登録はあるもののレビューは1件もない。

k氏にいつかお連れいただこうとタイミングを測るも、そのk氏より「藍」が閉店してしまうことを知る。それを惜しんで訪れたk氏は、「藍」の女将さんから、次にできる「しまだ」という店もご贔屓にと、引継ぎまでされたそうだ。そして、「藍」には訪問が叶わなかったゆえ早々に顔を出したのが、同じ場所にオープンした「銀座しまだ」である。

ここで一つ、面白い現象を紹介しよう。「藍」が銀座で何年営まれていたかは詳らかではないが、上述したように食べログには1件のレビューもなかった。ところが「銀座しまだ」は、オープンしてまだ1か月にも関わらず、原稿を書いている時点で22件の書き込みがあり、しかも得点はすでに4点を超えている。

これこそが、口コミという最も信頼できるコミュニケーションの形態を、すっかりマス化して疑心暗鬼にさせてしまった食べログというサイトの特徴といえよう。

食べログレビュアーというか食べログラバーは、レイティングにはぜひ参加したいがそのためには必ずレビューを書かなければならない。プロでさえ四苦八苦する食に関する記述は、語彙も多くは流通しておらず、ほとんどの表現が生涯最高とかCP抜群程度に終始してしまう。となると、その店自体のスペックやメニューの品数が豊富であればあるほどレビューのボリュームを増やせるという、食べログラバーにはウレシイ状況となる。

さて「銀座しまだ」に戻ろう。店主の島田博司は、ミシュラン東京で三ツ星を取っている「幸村」出身。つまり、レビューを書く際こんなにおいしいスペックはない。さらに、高級割烹で修業したにもかかわず店内は立ち飲みスタイル。メニューが豊富にあってしかも安価等々、表現の巧拙が問われる具体的な記述に至らないまでも、事実として書けるポイントが事欠かないのだ。よって、以前の「藍」では1件もなかったレビューが1か月で22件にもなりtop500店入りも果たすわけだ。

こうして説明してくると、食べログのレイティングは全く参考にならないことが分かる。しかし、ここに取り上げるからには、本当にいい店なのである。

ガラッと開けて店内に入るとすでに客層が若者ばかりなのは、食べログ高得点ゆえ「ま、しゃーないな」とあきらめるが、店主がそれを望んだのかどうかは疑問だ。ただ、多くのレビュアーが「新しいスタイル」と書くほど新しい点があるわけではなく、浪速割烹「喜川」のやり方を店のスペースの都合で立ち飲みカウンターにしたと思えば分かりやすい。といっても、浪速割烹「喜川」スタイルが東京では全く認識されていないので、実際には新しいのかな。
(なお、浪速割烹スタイルについては、(26)二戀 の記事で解説を試みているので参照してください)

料理は高級割烹出身からは想像できないバリエーションである。カツも唐揚げもバター焼きもコロッケもある。と書くとさしずめ定食屋のようだが、使う食材は白子、白魚、ズワイガニ、さつま揚げと、当然ながら修業で蓄えた職人としての技は冴える。くわいチップやおひたし、きんぴら等のちょっとした小鉢も、さまざまにひとヒネリして用意されている。

ぼくが訪れた際、メニュー黒板の冒頭に「バチコそば」なる6000円もするものがあった。その他は2000円程度が最高ランクで、1000円のものも500円のものもある中に、ひときわ輝いていた。

バチコとは、三味線のバチに似ていることからその名がついた、いわば京都流の呼び方で、本来はくちこという。聞けば、そんな高級珍味を蕎麦の上に惜しみなく振りかけた料理らしい。しばし検討の後、一段階安価な「からすみそば」1600円に落ち着いたが、固めに茹でた蕎麦の上に大量のからすみ粉が緬が見えなくなるぐらい振ってあるシンプルなもの。なんとなく「銀座しまだ」のコンセプト、というかやりたいコトが、この「からすみそば」に凝縮しているような印象を受けた。

次回、まだメニューに「バチコそば」があれば挑戦してみたい。

「銀座しまだ」
●東京都中央区銀座8-2-8 高坂ビル1F
●03-3572-8972
●17:00〜23:00LO
●日祝休

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2012年02月01日

(52)神楽坂「アンティカ オステリア カルネヤ」

熟成牛のカツレツで感じた

イタリアンとしての上質度

ぼくは、東京でほとんど牛肉を食べない。もちろん「コート・ドール」に行けば「牛しっぽの赤ワイン煮」が待ち遠しく、四川料理店では「水煮牛肉」を欠かせない。ただ、そういったスペシャリテ以外の牛肉料理をレストランで自らオーダーすることはほとんどないし、その道のスペシャリストからのお導き以外では、焼肉・ステーキの類に足は向かない。

ただそれは東京に限ったことで、大阪に帰省すれば日課のように焼肉屋へ出向き、アメリカに渡れば、3日に1度ぐらいの頻度でステーキにはまる。昨年出張したウイーンでは幸いにも高級ホテルに泊まったので、朝食メニューにステーキがあり、卵ではなく牛肉を毎朝チョイスしていた。

なぜ東京で牛肉を食べないのか。第一に値段が高いからである。ずっと様々に書いてきたが、「肉いうたら牛肉」の関西と「肉といえば豚」の関東とでは、市場規模、流通、価格とも異なり、わざわざ高い東京で食べることはないと思ってしまう。例えば、沖縄や北海道に行くより安価に台北や香港に行ける今日、わざわざ高くておいしくない日本で中国料理を食べることはない、というのに近い発想だ。

加えて、東京の焼肉店のうま味調味料まみれには閉口する。今やラーメンに代わって最もうま味調味料満載な料理は、東京の焼肉である。肉の表面が真っ白になるぐらい振る人気店も存在するし、焼肉フリークには聖地のように語られても、うま味調味料を舐めている感じが拭いきれない店もある。

また、サシの入った霜降りの肉を好まないのも大きな理由のひとつ。甘いとかとろけるとか、そういった形容が霜降り肉には頻繁に加えられるけど、それは、肉に対してではなく脂への賛辞なのだ。その不健康な脂を愛でるつもりはない。

一方欧米の牛肉は赤身オンリー。また熟成の方法も、国や地方、店それぞれに個性がある。ウィーンで毎朝食べていた牛肉は、マグロの赤身に匹敵するぐらいにあっさりとしていて噛むほどに強い酸味があった。ちなみに生涯最高の牛肉は、フランス・ラギオールの「ミシェル・ブラ」で出会ったオーブラック牛である。

そんな話をツラツラと肉のスペシャリストにしていたら、お前に食べさせたい牛肉店がある、という。神楽坂の「カルネヤ」。ここはアンティカオステリアと称するようでイタリア料理店らしい。というか、そこそこ肉イタリアンとしての名声はぼくにも聞こえていて、ランチ・ディナーともに訪問経験あり。昼のハンバーガーはアメリカの優良店を思わせるもので、ディナーでは「カルネヤオールスターズ」なる肉ばかりのスペシャリテにも、それなりに満足だった。

ただ、肉を本格的に食べさせるイタリア料理店なら、ン10年前から「トゥリオ」や「ラ・ビスポッチャ」等が普通に存在し、今はなき「テラウチ」も、以前投稿していたサイトで紹介するほどのお気に入り。それらの印象から、イマの「カルネヤ」が大きく上回ることはなかった。

ところがスペシャリスト曰く「熟成牛のカツレツを食べたのか?」と質す。和牛ではなくホルスタイン種を使いながら、牛肉を扱うその道の熟練者たちによって極めて上質かつ個性豊かに長期熟成され、最後に「カルネヤ」シェフの巧みな火入れや味付けによって完成する合作だと言うのだ。

確かにすばらしく、そして実に楽しい料理だった。自分が経験したことのある欧米の牛肉、特に何度も通ったニューヨークの「ピータールーガー」が試みる熟成香・熟成感とは表現方法自体が異種のもの。

まさしく「枯れた」とでも言おうか。枯れるのは悪い意味ではなく、熟成を経ることによって、甘いとかとろけるといった牛肉の最も興味を感じない部分がそぎ落とされ、その代り咀嚼したときの肉の香りと味にほんのりした野生味が蘇る。そして最後の叫び的な肉汁は、それはそれは儚く独創的だった。

「お腹の具合はどうです? パスタなどいかがですか」とシェフから聞かれ、お、ここはイタリアンだったと思い出す。再びメニューを見つつ「かなうなら、先ほどの熟成牛のローストを今度はいただきたく……」。さすがにカツレツのおかわりとは言い難くローストを所望。

ただローストは、個人的には「ピータールーガー」に軍配。というより、改めてコートレット(カツレツ)という料理の完成度に瞠目して、「カルネヤ」が上質のイタリア料理店であることを認識。今度はパスタもいただこう。

「アンティカ オステリア カルネヤ」
●東京都新宿区南山伏町3-6 市ヶ谷NHビル1F
●03-5228-3611
●12:00〜14:00LO、18:00〜22:00LO
●日休
posted by 伊藤章良 at 12:40| Comment(0) | TrackBack(0) | イタリア料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月01日

(51)茅場町「アメ」

“がむしゃら感”からの遠さが生み出す

新感覚の心地よいワインバー

あけましておめでとうございます。
今年も新・大人の食べ歩きをよろしくお願いします。

                ***

ここ1〜2年、日本の飲食シーンに関して強く感じていることのひとつに、レストラン運営に携わる皆さんの、意識の変化がある。

まともな収入も得られない長期の下積みや修業を経てやっと独立、とまではいいが、新たな開業に際し多大な投資が必須だった一昔前。料理人として大成したいなら、まずは良家の女性をゲットすること、と普通に言われた過去もあった。

ところが最近、特に若い料理人の独り立ちを見ていると「まずはやってみようよ」との彼らの声が聞こえてきそうな、「独立」の二文字にプレッシャー感のないレストランが多いように感じる。

もちろん当のご本人は本当にタイヘンだろう。でも、20年前と比較して、修業という過程に対するストレスの低さや、物件の価格下落、ネット口コミの発達で立地条件と店の繁盛にはあまり関係がなくなってきたことも大きい。でも、ぼくが個人的に一番変わった気がするのは、飲食店における女性の存在である。

一時代前の保守的な食の世界において、日本の場合、女性は陰で出資者となるか、マダムや女将といわれつつも一人のサービススタッフとして主人を支えるかの2通りだった。ところが最近は、女性の持つスキルや今まで培った経験もふまえ、自分達2人の店なんだから、「共に働こうよ」という強い空気が伝わってくるのだ。

それにはまず、男性側の理解と協調が必要となろう。もっとさかのぼれば、封建的な厨房内にて長期にわたる追い回しを体験したなら、男はなかなかそんな気分にはなれない。だけど、修業形態の近代化もあり(多くの人が未だに間違うが、修行ではなくやっと修業と言えるようになった)、自分ひとりがイバるより、協力して店を盛り上げていった方が、楽しいし合理的だとの変化が生まれたに違いない。

そして、リベラルというかフラットというか平等というか……、ぼくのような年齢からすると一番ピタッと来る言葉は「ほほえましい」ワケだが、そういった店側の雰囲気や意欲は必ずダイニングの客にも伝わり、確実に居心地のよさや再訪への意欲へと置き換わっていく。

ここ最近オープンした店で例を挙げると、「ビストロエビス」「アヒルストア」「たく庵」「くろいわ」など和洋も問わない。
料理には、一過性ではなくキチンと学んできた技量を十分感られる反面、毎日100%の力を出し切ろうという気負いは薄い。そして、意外にも彼ら2人から、5年後10年後の自分達のグランドデザインを聞かされることもあって密かに唸る。「がむしゃら」とか「ひたすら」といった言葉が普通に似合っていた飲食業界において、こんなにも最近の若い連中は冴えているのかと、「ひたすら」感心するのだった。

今回取り上げる「アメ」もまた同様に男女2人で営むワインバー。東京メトロの茅場町と水天宮前が駅としては近いので、路線で選ぶとよいだろう。長めのカウンターとテーブルが一卓、そして小さな立ち飲みスペース。カウンターの奥で腕を振るうシェフは、料理のウマさでも知られる「山利喜」という居酒屋からイタリアに渡り、日本に戻って「アメ」のオープンに参加した。明るくてゆるいキャラも魅力的だが、いったん背中を見せて鍋を持つと、その手際から料理の質の高さは容易に想像できる。加えて、共に働く女性が爽やかで美しい。シェフ同様にワインの特徴を語り栓を抜く。さらに、彼女の担当はパン。日替わりで何種類かの個性的なパンがメニューのトップにオンリストされていて、アミューズにも前菜にも主食にもなる幸せ。普段のぼくは、パンをつまみにワインを飲むことをほとんどしないが、久しぶりにそのマリアージュの素晴らしさを実感した。

こんな感じのノリから、「アメ」は東の「アヒルストア」とも称されるらしい。激混みの渋谷店より入れる茅場町店、が、最近の狙い目とのこと。

ところで、「アメ」なる店名は、「雨降って地固まる」から取ったそうだ。まるで結婚式や政治家の挨拶のようだが、そんな不思議な感覚もまた、「がむしゃら」からもっとも遠いところにある。

なお、この「アメ」という店。ウェブサイトによれば、意外にも多店舗展開をしているチェーンの一店のようである。例え現実にはそうであっても、店の成り立ちや個性を考えれば、立ち飲みバルチェーンの一形態というウェブでの打ち出しにはあまり感心しない。

「ワインバー アメ」
●東京都中央区日本橋箱崎町5-15エヴァーグリーンマツモト 1F
●Tel:03-3662-3226
●18:00〜翌2:00(月〜金)
●17:00〜23:30(土)
●日祝休
posted by 伊藤章良 at 23:00| Comment(1) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月01日

(50)恵比寿「廣安」

外食ストリート根づいて欲しい

新生、中国料理店

恵比寿の裏通り、というか、恵比寿ガーデンプレイスから明治通りを横切って日赤病院の方へと抜ける道を歩いていた時のこと。この通りは、バブル期には「フミーズグリル」来店者による駐車車両渋滞が懐かしく思い出されるし、移転拡張した「ノミの市」やオープン当初は生ビール券も配っていた「蟻月」の賑わい、「ヨロイヅカ」の大行列もあった。最近では「くろいわ」という秀逸の日本料理店も登場するなど、外食ファンにはなかなか注目のストリートである。

ただ、こんな通りにもなかなか飲食店が定着しない物件があった。詳しく覚えきれないほど通るたびに店が変わっている印象の場所。つい先日はカキ食べ放題の海鮮料理店だった記憶があるのだが、「廣安」という中国料理店へと改装中であることに気づいた。

今度はどんな店になるのだろう、期待を胸に近づいてみると、ベビーカーに子供を乗せた感じのいい夫妻がその店先にいて、オープン前の様子が心配で見に来た風情。

「ぼくは伊勢廣って焼鳥屋なんですが、ここ、友達がオープンする店なんです。彼、腕がいいから必ずいい店になりますよ」と言う。さらっと聞き流しそうになったが、「伊勢廣って、あの……」「はい、そうです。三代目になります」と、にこやかに応えた。

おお、それはなかなかの注目株だ。とはいうものの、この通り沿いにも古くから中国料理店があり、明治通りとの交差点近くには、「カーディナスシノワ」の後に、グランドハイアット六本木の厨房にいたシェフによる秀逸の中国料理店「ジャスミン」ができている。もともと「廣安」場所は、間口が小さくて奥に長い俗に言ううなぎの寝床のようなダイニング。幹線道路に面したガラス張りの「ジャスミン」に比べても相当なハンディが予想された。

その後しばらく自分の中の選択肢に登場しなかったのだが、先日ふと、明治通り沿いの「ジャスミン」に行く代わりに、一度「廣安」をのぞいてみようと思い立った。

とても真面目なシェフなのだろう。店の前まで行くと、いろいろなサービスやオープン記念コースなどを設けて、エントランスにも掲示しているわけだが、プロの飲食オペレーションチームが手掛けたとも感じられる「ジャスミン」に比べ垢抜けず、価格やとっつきやすさをメインとし、良質の飲食店を想起させない風情も少し残念。しかも冠は上海四川料理とあり、結局どっちつかずなんじゃないかと不安になる、とはいえ、伊勢廣三代目の言葉を信じてドアを開けた。

前回までのレイアウトをほとんど覚えていなかったが、入店した瞬間、そういえば左にカウンター右にテーブルの、奥に長いダイニングだったなあと思いだす。基本的には変えていないようだ。

案内されてメニューを見る。頼みたいものが多すぎるぐらいの爽快に驚く。エントランスに置かれた掲示やオープン企画のコース料理からは決して見えてこない、料理人としての主張や絞込みも伝わってくる。

「ピータンのたまご巻」といったオリジナルのものから、魚香茄子、麻婆豆腐など四川の代表料理、フカヒレや酢豚まで、この辺は確かに上海四川料理店ではあるけど、だらだらと大量に寄せ集めるのではなく、キッチリと自分自身の領域でセグメントされた意思が見える。

ぼくの最近の中国料理でのポイントは、オイルの使い方にあると考えている。いかに適量で適温の油を使って最適の時間で調理するか。当たり前のことなんだけど、それがうまくいかない市井の中華料理屋は、必然的にうま味調味料や塩に頼らざるを得ないし、東京の著名な中国料理店でも、中国本土や台湾とは一日の長を感じてしまう。

その観点で見る「廣安」の料理は、オイルのバランスのよさが際立っていた。カリッと揚げる料理は画期的に油臭さが落ちていて爽やか、そしてしっとり油を吸わせる皿においても、香りとキレのよさに唸った。

シェフに、上海四川料理とは? と聞いてみたところ、シェフ自身は上海料理の方が得意なのだが、煮込みが主体の上海料理に比べ、四川料理は個性のあるメニューが多く味もハッキリしていて酒のつまみにもなる。それで、両方をメニューに並べてみることにしたんです、とのこと。なるほど、お店にもウェブサイトのどこにも書かれてはいないが、明快だし客側にもありがたい発想だと思った。

お店自体の上手なアピール方法に始まり、店内レイアウトやサービスの面など課題は多い。でも、ラーメンだけで帰る客にも逐次厨房から顔を出して頭を下げるシェフの姿勢は謙虚で、ニコッと笑う面構えも頼もしい。なんとかこの地に定着して、中国料理の新しい担い手に成長されんことを願う。

「廣安」
●東京都渋谷区広尾5-23-2
●03-6277-2623
●11:30〜14:00、17:00〜22:30
●無休
posted by 伊藤章良 at 16:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 中国料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする