いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2013年05月01日

(64)京都「割烹 たいら」

京都観光はここで十分と思わせる

スピリチャルでトラディショナルなパワー溢れる割烹

ずいぶん以前だが、高名な料理評論家の方が「本格的な日本料理のだしの味を知るために、毎月京都の同じ店に一年間通い、その味を会得した」と、何かに書かれていて、なるほど! と思った。そして、自分もダシの味がわかるようになりたいとの一念で、その店を久しぶりに再訪したことがあった。古い出来事なのであまり詳細な記憶はないが、ぼくはその店で上記の料理評論家の言葉を、恐れ多くも店主にぶつけてみた。すると店主は、「だしの味がわかるヒトになるより、店からも愛される客になってください。うちの店は、毎月毎月一年通っても、その後まったく来なくなる方は客ではない。毎年一回でもいいから十年以上通ってくださる方が当店のお客様です」と言われた。

この言葉に強く感銘を受けた。そして、ぼくが『東京百年レストラン』という本をシリーズで著そうと意図した原動力となっている。つまり、料理店にとっては、一時に続けて何度も来る人より、末永く愛し末永く通ってくださる方こそが自分たちのお客様だ、という気持ちを持って営業されているということを再認識したからだ。

その言葉を受け、ぼくはその店に毎年通った。ただ大台を迎える前に、なんとなく気持ちが離れその店から遠ざかってしまうことになった。最大の理由は、その店がミシュランで三ツ星を獲得したからだろうと思う。まったく店の責任ではないので恐縮至極ではある。でも、ぼくにとってのミシュランとは、そこまで程度の低いものなのだ。フランス料理店についてはさほど感じないけど、ミシュランで高いランクを獲得している日本料理店には、その評価基準に首をかしげる。自分が生涯かけて通おうとした店が高評価されている事実を、素直に喜べなかったのだろう。

ところが昨年、実は待ちに待っていた新規オープンの情報を得る。

ポールボキューズに影響を与えたとまでいわれる、他界された先代と大女将との全盛期に入店。それ以降、息子兄弟が板場に立つ時代を経て、兄の二代目となっても板場の定位置で店を支えて来た平 智明さんが、21年目にして独立。激戦区の祇園を離れて四条烏丸駅から最寄りの静かな住宅街の中に新店を構えた。「たいら」という。

以前の店も祇園の中心にあり、それなりに割烹として申し分のない店構え。2階には座敷も設けて料亭としても使える立派なものだったが、「たいら」は、東京人の誰もが憧れる町屋の一角。引き戸をあけても、その瞬間は割烹とは思えず、呉服屋の番頭さんが座っていて「おいでやす」と頭を下げるような風情。入口側は、クルマの往来も激しく近くに小学校があって昼間は子供の声も聞こえ、店の奥側は小さな庭があり、たくさんの緑が静かにきらめく。そして、その間を心地よい自然の風が通る。これぞ日本家屋、我が国が誇る文化と機能性。真ん中に設けられたカウンターに座って、マンション暮らしからは考えられない高い天井を見上げつつ、日本人に生まれた悦びさえ感じてしまう。

昼に訪れた際、同席者は当初、食事の後に銀閣寺に行ってみようとか、龍安寺の石庭を見たいと、京都観光に思いを馳せていたが、「たいら」の店内からあふれるスピリチュアルでトラディショナルなパワーに接した結果だろうか、もうどこに行かなくても京都はここで十分。と悟った。

平さんは、20年以上の修業から経験値は十分だと思うが、見かけはまだまだ青年である。ピンと張りつめた空気感がよくも悪くも前の店での特徴だった中に、板場の隅っこでいつも笑顔を絶やさずもくもくと仕事をこなしていた姿は、客の心を和ませ、カレをいじることで客は店へのメッセージを間接的に伝えた。ぼくは鱧の時期に訪れることが多かったこともあり、平さんがいつも、シャリッシャリッと鱧の骨切りをしていた姿が目に焼き付いている。

飲物を聞かれ、まず清酒のメニューに惹かれた。すばらしい。特に最近ぼくが東京でも好んで選んでいる「七本槍」や「不老泉」など、滋賀県中心の品揃えがお膝元の個性だ。

そして、一皿に多くの料理を盛り込まず小皿で一品ずつ提供する、それこそフランスのヌーベルキュイジーヌのルーツといわれる「千花」スタイルは踏襲。だが、出される料理の流れ、選ぶ食材や調味料は、よりシンプルにそぎ落とされていて、お椀に至っては老成さすら感じるできばえだ。

食事の途中に、何度か先代の言葉、先代の手法を、平さんの口から聞いた。彼の料理哲学の中には、きっと先代の教えがぎっしり詰まっているのだろう。先代の料理も何度か体験したものの、今の自分にその記憶は薄い。

平さんの中にその先代の魂が再び灯っているとするなら、新しい若い力との融合こそが、食べ手にとってもっとも頼もしい形に違いない。

「たいら」
●京都府京都市下京区仏光寺通柳馬場西入ル
●075-341-1608
●月休、月一回日休
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2013年04月01日

今月は1回お休みです

4月1日、新年度が始まりました。

ただ、フレッシュな時に大変申し訳ありません。著者都合により今月号はお休みさせていただきます。

次回は5月1日です。おいしいトピックを2か月分のパワーでアップしてくださることでしょう。

引き続き新・大人の食べ歩きをよろしくお願いいたします。
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2013年03月01日

(63)中目黒「クオーレ アズーロ」

東京イタリアンの“呪縛”を感じさせない

のびのびとした姿勢が頼もしい

前々回、東京のイタリア料理店に強く惹かれる店が少なくなってきたことを書いた。あれからもずっとそのことを考え続けていて、新規オープンの店をのぞいたり、人気店に再訪問してみるものの、やはり「強く惹かれない」という感覚に変化がない。一時のような、イタリア料理にワクワクする、というかゾクゾクする気持ちが沸き起こってこない。

その理由として、東京のイタリア料理店が一定の円熟期を迎え「優等生」になりすぎているのではと、個人的には感じている。なんとなく70点ぐらいにまとめておけば、客も満足するしネットで悪く書かれることもない。シェフ個人の嗜好や目指す姿が明確にあったとしても、経営的に存続させることが第一。もちろん、キチンと儲けて長く続けていただくことがもっとも大切で、ダイニングをカウンター中心にするなど効率面での工夫は見られても、冒険や挑戦をしているなあと感じる皿に出会わなくなっている。

同じ土俵では、日本料理やフランス料理の方がチャレンジ精神的な強さや期待を持って接することができ、なによりそれが客を楽しませる。いっぽう優等生との付き合いは、それなりに心地よく同席者に不快な思いをさせることも少ない。しかし、ぼくのように単純に友と食べて友と語ることだけが目的で利用する客には、以前はあんなにワクワクしたイタリア料理店から楽しさがこみあげてこないのだ。

昨年末に上梓した拙著「東京百年レストランII」では4軒のイタリア料理店を紹介したが、特にその中でも「GANZO」は、シェフ自身の店舗に対するこだわり、料理へのやんちゃなアプローチや主張が気に入っていた。

そしてもう一軒。中目黒に昨年春オープンした「クオーレ アズーロ」を取り上げたいと思う。なにより、東京イタリアンの呪縛やヒエラルキーを感じさせない、のびのびとしたシェフの姿勢が頼もしいのだ。

場所は、中目黒商店街をずんずん進んだ終点近く。界隈にも「ラ・ブーシェリー・デュ・ブッパ」や「タツミ」などビストロの名店が並ぶが、正に「タツミ」の隣りにあるのが「クオーレ アズーロ」である。

「タツミ」との相似形を感じてしまうような細長い店内に「タツミ」よりさらに狭い厨房の中から、実に様々な料理が巧みに生み出されていく。

ダイニングのキャパもレイアウト的にも、基本はバール。入口付近と奥にはテーブル席があるものの、メインはキッチンを囲むようにしつらえたカウンター。オープン当初は飲み中心の展開をコンセプトとしたようだが、ワインのつまみにしてはもったいない多種多様な料理の数々かイタリア料理好きの琴線に触れ、ウェブ上で取り上げられる以前から、じわじわとその魅力が口コミで伝わった。かく言うぼくも、そんなイタリア料理好きの友人からココを教えられ、さっそくファンになったひとりである。

店内はサラッとシンプルに組み合わさっていて、色使いの中に可愛らしい主張がある程度。だが詳細を見ていくと細かい部分にこだわりや個性が見いだせて、単純にバールというスタートではなく、この場所で長く営んで行こうという心意気が響いてくる。特に化粧室はドアの雰囲気から室内のアイテムのおもしろさ・居心地よさまで、思わず長居したくなる。

シェフはイタリアの北から南、ピエモンテからサルデニアまで修業したと聞くが、帰国後はしばらく神戸でならし運転をして中目黒にたどり着いた。どちらかというと北イタリアの料理が中心に感じるが、そのバリエーションは、メニューが書かれた黒板を眺めるだけでも飽きないどころか、満腹感まで追いついてくるようだ。

パスタは、イタリア修業時代に木型を集めてきたそうで、小さな見本に入れられ幅広く用意されている。多くの手打ちバスタは、ゆでた際にゆるくなってしまうのか個人的には残念だったが、「クオーレ アズーロ」の手打ちバスタはいずれもカチッとしたアルデンテで提供され、乾麺フリークの心も掴むことだろう。

もれ聞くところによると、シェフの奥様はまったく違う業界の方ながら、イタリア好きが共通のベクトルで現地で知り合われたとか。「イタリア」という共通項で結ばれたながらも、夫婦で違うキャリアを積んでいく流れが、のびのびとした前向きな楽しさを生み出す「クオーレ アズーロ」の源泉となっているのかもしれない。

「クオーレ アズーロ」
●東京都 目黒区上目黒2-42-12渋谷ビル1F
●03-5708-5101
●18:00〜25:00LO
●火休
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2013年02月01日

(62)麻布十番「ナポレオンフィッシュ」

料理長が思うがままに展開する

不思議な中国地方料理の世界

食べ好きの方に対しては釈迦に説法と自覚するが、中国料理のフィールドは実に幅広く多彩だ。大まかには四種類に分類されるとして長く語り継がれてきたものの、そんな区分けも今や形骸化して、広い国家と世界一の人口が成せるそれぞれの地での料理の実態は、少しずつだがやっと理解されるようになってきた。

とはいうものの、やはり主流は広東料理。高級食材オンパレードで客単価も高い。誰もが好む接待系な用途でしか個人的には選択肢に上がらない。そんなに払うならいっそのこと香港に行こうと思ってしまう。そして、辛さや廉価のパワーで麻痺させられる四川料理。中国の本場にて四川料理を食した経験はないけど、日本の四川料理はどうも、麻や辣よりも塩の方が強いように感じて多種類を食べているとつらくなってくる。

そんな中、2012年夏「ナポレオンフィッシュ」なる中国地方料理店がオープンした。ここは「club子羊」など、看板のない不思議な飲食店を何店か経営している会社がオーナー。こう書くと、奇をてらった隠れ家系の新業態かと一瞬思える。ところが、ココが他のハヤリ先行型と一線を画する点は、一旦決めたコンセプトをずっと持続しそれを醸成する体力というか、ベタな表現だが根性があるように感じる。

何度か業態を変化させつつ今は、発酵をベースに据えて何店舗かを動かしている。そのうちの一店、渋谷のラブホ街にある「月世界」は何度か訪れ面白さの片鱗を発見したものの、立地や照明の怪しさに反して客層がキャピキャピすぎで、純粋に飲食を楽しみたいぼくには違和感があった。

「ナポレオンフィシュ」は、そんな「月世界」のシェフを担いで、食べることを第一目的とした人が集まる場にふさわしい、麻布十番のビルの二階にお目みえした。

「ナポレオンフィッシュ」とは、取りようによってはバーにもビストロにもなり得る。にもかかわらず、中国の貴州を中心とした地方の料理と発酵食品を組み合わせた、店名を凌駕する斬新な展開。しかも今度こそ小さいながらも堂々とサインが出ている。きっちり看板を出し料理で勝負できる店を、と考えつつ機が熟したのだろう。

それにしても、「月世界」という、雰囲気はハマっているが料理はまったくイメージできない怪しい空間から、日本人に馴染みのない魚の名前を冠し、その珍しい食材を店のメインに提供する英断はすばらしいと思う。そして、その意気込みすら上回るぐらい、不思議で珍しく、しかもおいしい料理の数々には本当に驚き、そして楽しんだ。

料理は、希少な中国食材を取り寄せ、それを発酵させたり形を変えたりしてメニューを構成。ここを任された料理長は、本当に自分が思うがまま縦横無尽に展開していて、日本人に馴染みの薄い中国地方料理を紹介したい強い思いは、メニュー名からダイレクトに体感できる。たとえば「貴州名物 黒わらび春雨の冷製」。黒わらび春雨の実態は最後まで把握できなかったものの、黒酢のタレに浸かった春雨の弾力や喉ごしは格別。また、別名「白い麻婆豆腐」とも言われるこちらの「正宗麻婆豆腐」。しびれる辛さに強いスッパさが加わり強烈に後を引く味。こちらも外せない。また、オンメニューにはなっていないようだが、「ナポレオンフィッシユ」のポテトチップは瞠目のテイスト。ぜひスタッフに尋ねてほしい。

店内は、意外にも明るくカジュアルでエントランス付近には大きなワインセラーもあり、スタッフのスマートさや人なつっこさとも相まって中国料理店には感じない。が、漂う香りやシャカシャカとリズミカルな鍋の音はまさに中国。そして、大皿を取り分けながら、各所で「なにこれ〜」とか「おいしー」との声が上がる和やかな空気もまた、中国料理を味わうときならではの悦楽であろう。

「ナポレオンフィッシュ」
●東京都港区麻布十番1-6-7 2F
●03-3479-6687
●11:30〜14:00LO(火〜日祝)、18:00〜22:30LO(火〜金)、17:00〜21:00LO(土日祝)
●月休
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2013年01月01日

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

いつも新・大人の食べ歩きをお読みいただき、ありがとうございます。

次回は2月1日のアップとなります。

今年もよろしくお願い申し上げます。

『東京百年レストランII――通えば心が温まる40の店(亜紀書房)』発売中です。
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2012年12月01日

(61)恵比寿「ビストロ ジャズキッサ」

つまらない男は連れて行きたくない。

姉妹による気品ある料理が魅力のビストロ

まず始めに、少し告知をさせてください。
先月、大家の土田さんにもブログで紹介していだたきましたが、このたび、『東京百年レストランU』を出版いたしました。
この本は前作に引き続き、百年後も存在していてほしいという、ぼくの独自の視点で40軒のレストランを厳選し、紹介しています。食マスコミもブロガーもレビュアーも、新しくオープンした店ばかりを必死で追いかける昨今、こういったコンセプトの本や活動を地道に続けていきたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。

*******

さて、今回の本題。

「ラ・シュエット」という、静かに追っかけてきたレストランがある。

例によってぼくは、店のシェフやスタッフに根掘り葉掘り聞くこともないし、ブログやレビューを読み漁ることもしない。正確なウラもとらずに記憶のままを振り返ってみると、「ラ・シュエット」に初めていったのは、もう20年近く前だろう。白金高輪の、マンションの2階のような場所にその店はあり、オーナーがすさまじいワインのコレクターということで、彼の秘蔵ワインをかなりの適正価格で飲ませていただくサロンのような店だった。

ただ「ラ・シュエット」は、単に高級ワインサロンと呼ぶにはふさわしくない。すぐれたフランス料理も合わせて提供されるのだ。ぼくの記憶は、卓越した料理が味わえるフレンチレストランで、加えて、それに合わせるワインも充実。と、捉えていたかと思う。

時期を同じくしてかどうか定かではないが、西麻布にも「ラ・シュエット」は存在した。確か「バー・ラジオ」にいた方が出した「バー・ラジオ」そっくりの店の跡に(もしくは、同じビルだけだったかもしれないが)入っていたはずだ。白金高輪よりはワイン中心だった気がするが、こちらの格別な居心地良さも、きちんと覚えている。

白金高輪の店を移転させたのだったか、銀座に、こちらはフランス料理店として出店されていた。ウッディで重厚感のあるダイニングにて、あまり銀座らしからぬ夜を楽しんだ。

それと、白金高輪におられたシェフが沼津でフランス料理店をオープンされたことを知り、泊りがけで沼津まで食べに行ったこともあった。沼津という漁港で名を馳せた小都市とは思えない落ち着いた品のあるレストランで、ときを忘れるほど幸せな体験は、クリアに頭に残っている。

アメリカに行く機会がなくなってしまったので残念ながら未訪だが、「ラ・シュエット」は、違う名前でサンフランシスコにも出店。ザガットやミシュランでもその店の女性シェフが高い評価を得ていると聞いた。

そんなレストランシーンを、日本とアメリカの各所で静かに長い時間をかけて創りあげてきた「ラ・シュエット」は今、銀座は名前や経営が変わり、西麻布は六本木に移転。現在日本の拠点は、六本木に集約された様子。残念ながら、最終形の六本木の店は未訪である。ただ今回は、そこを巣立って、恵比寿にカウンターのみのビストロを開いた姉妹の店を紹介したい。「ビストロ ジャズキッサ」という。

場所は、日赤通りから明治通りを超え恵比寿ガーデンプレイスへと続く細い道沿い。以前ここでも紹介した中国料理「廣安」や、「トシヨロイヅカ」「くろいわ」「蟻月」などがひしめくグルメストリートだけど、最も分かりやすく言うなら、界隈でも老舗になってしまった「フミーズ・グリル」の下である。

この場所、定点観測ほど見ていたワケではないものの、ずっと和系(焼鳥屋とか焼酎・清酒を飲ませる店)が入っていて、しかもなかなか定着していなかった。反面、ここを巣立って恵比寿駅の反対側に立派な店を構えた「おやまだ」など、成功している店もある、そんな小さな空間。

足を踏み入れると、サービス担当でやさしい感じの妹さんが迎えてくださり、カウンターの向こうには、コックコートをキリリと着こなす姉さん。いずれもタイプの異なる美しい方々で、まず(男なら誰でも)オッとなる。店の内装はほとんど手を入れていないというが、ちょっとした品のいい置物や、「ジャズキッサ」たる所以のレコードジャケットなどを施しただけで、瞬時にカウンタービストロへと変身する。なにより、今までのオッサン系とは180度異なる、姉妹二人の醸す雰囲気が最大の特徴だろう。

店内にはジャズが薄く流れ、料理のメニューとワインリストはレコードジャケットを使うなど、ジャズ喫茶なところも多少はあるが、もちろんワインとフランス料理を楽しむレストラン。元々料理人だった姉さんが、妹さんと二人で店をやろうと決意。妹さんは飲食ではなかったそうだが、その気持ちに賛同し、レストランでサービスの修業をされたと聞く。

料理ができあがるまでをカウンターから眺めていると、まったく危なっかしいところがなくすでに完成された力量だ。手際もよく、時間がかかる料理の前には小さな野菜の皿をサッとサービスしてくれるなど、心憎い。

恵比寿、広尾。いずれの最寄駅からも少し遠い立地だが、ゆったりとした空気感と丁寧で気品のある料理。なりより姉妹の謙虚でけなげな振る舞いは、東京にビストロ多しといえども得難い魅力だと確信。

そして、つまらない男だけは、絶対に連れて行きたくないと心に誓うのだった。

「ビストロ ジャズキッサ」
●東京都渋谷区恵比寿2-1-5 佐々木ビル B102
●03-6721-7988
●18:00〜翌2:00LO
●不定休
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2012年11月01日

(60)恵比寿「サリュー」

まったくブレないスタンスで

10年間輝き続ける街場フレンチの鑑

不況やデフレという文字が新聞などに大きく並んでも、もはや何の痛みも感じなくなった昨今。経済的な地盤沈下はすっかり受け入れられ、しかもそれに慣れてしまったぼくたちは、「格安」とか「CP最高!」と言われても、それがスタンダードだよね、としか反応できなくなってしまった。

レストラン業界においても低価格路線はすでに標準。個人的には決していいことではないと思うけど、メニューに見る値段はますますデフレ傾向にある。そして、安値のみをウリにしているような極端な店をのぞけば、フランス料理・イタリア料理のコースでも、懐石でも、まして中国料理の場合も含め、五千円台というボーダーラインがすっかり確立してしまったようだ。

客にとっては悪いことではない。でも、このボーダーラインでしか商売を始められない、今から一国一城の主となる若い料理人には相当な努力が求められる。とはいえ、天災人災の逆風が吹き荒れた以降でも着実に五千円台の料理店は登場し、ある程度のクオリティを保って食べ手の要求に応えるたくましさには、本当に頭が下がる。

ただ、その五千円台を実現するために、内装を極端にチープにしたり、客にナイフ・フォークの準備までやらせたり、実は最後のコーヒーが別料金だったり、日本料理なのに椀物がなかったりと、ボーダーラインを死守すべく様々な不便を客側にも求めていることは確かだ。

さて、今でこそこういったレストランが総じて脚光を浴びるようになったが、すでに10年前から五千円台のプリフィクスによるコース料理を設定し、チョイスできる皿はすべてコース料金の価格内(+1000円とかが一切なく)、内装にも手を抜かず、十年を経たとは想像がつかないぐらい美しく保たれ、きめ細かいすばらしいサービスを展開している店がある。イマのレストランにとっては、さまざまな面で規範となるにもかかわらず、派手な動きや飲食とは関係ない自己主張はせず、常にシェフと支配人が店にいて、すばらしいチームワークを発揮する。

そのレストランを「サリュー」という。

「サリュー」はもともと、乃木坂にある「レストラン馮」にて同僚だったシェフと支配人が独立し、恵比寿駅から少し歩いた、明治通り沿いに構えた小体な店である。オープン当初から低価格なプリフィクスコースで勝負。毎日でも来ていただけるレストランがコンセプトだった。

ところが、毎日どころか一か月先まで予約がいっぱいという時期が長く続き、もともと席数の少ないダイニングでもあることから、「電話しても予約が取れないだろう」イメージが定着して十年が過ぎた。

その間、通販を始める訳でもなく、アイアンシェフとしてブラウン管を賑わせることもない。一定の高いクオリティを保ち、必ずある定番のメニューと少し変わる季節の皿を大切に紡ぎ、それを継続してきた。

多くの食マスコミやブロガーやレビュアーが、血眼になって新規オープンのレストランを取り上げる。食べログを例にとれば、オープニングレセプションに行ったというレビューまで散見する。ハッキリ言って、レセプションにいったときの内容など、次にその店に訪問する人にとって何の参考にもならないゆえ、食べログ側も削除していくぐらいの矜持を持ってもらいたいものだ。

「サリュー」のような、まったくブレないスタンスで十年輝き続けているレストランが、交通至便で誰もが気軽に訪れるエリアにあること。それを、マスコミやレビュアーは自分たちの宝として誇るべきだろうと思う。

改めて言うまでもないが、「サリュー」は、昨今ハヤリの少量小皿ないつまでたっても満腹を感じることのできない料理ではない。チョイスは前菜・メイン・デザートの三皿構成だが、どの料理も、皿の白い部分がまったく見えなくなるぐらい、主菜、付け合せ、ソースで満ち溢れている。そして、何人が何通りの料理を一度に頼もうとも、時間的なストレスを客に感じさせることなく、最適な温度の状態で供される。シンプルに見えてなお、尋常ではないテクニックとチームワークの裏打ちが、さらに客の心を打つのだろう。

「サリュー」
●東京都渋谷区広尾1-4-10 鴻貴ビル 1F
●03-5791-2938
●12:00〜LO14:00、18:00〜LO21:30
●日曜・第3月

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2012年10月02日

(59)大阪「カンティーナ ピアノ・ピアーノ」

イタリアンは西高東低と

改めて思えた1軒

イタリア料理店の紹介なのに、冒頭から日本料理の話で恐縮である。

そもそも、日本料理は西高東低と言われ、西に魅力を見出す向きが多かった。ところが、昨今の東京の食べ手は、京風であれば無批判に受け入れようとする京都コンプレックスの呪縛からやっと抜け出し、東京の日本料理を東京で生まれたものとして、楽しめるようになってきた。

そんな現象は、特に次々と独立する若手の料理人が、過去に修業した店のやり方にこだわらず、自分たちで食材の仕入れ先を探したり、新たなオペレーションを考えたりと、独自の道を歩み始めたことでも理解できる。

そんな日本料理の状況とは逆に、今やイタリア料理が西高東低ではないかなあと最近時々思う。東京のイタリア料理店は、一時期もの凄い隆盛を見せたが、現在はかなり飽和状態にあり、よほどの個性、地方性を発揮しないと、素人目には他店との差別化が難しくなっている。

加えて、イタリア料理は、ニンニク臭かったり塩辛かったりパスタが硬かったりしてはいけない。やさしくて美しくて野菜中心のヘルシーなものという、トウキョウイタリアンの呪縛から逃れるのが相当困難な様子。であれば、そんな縛りを受けにくい首都圏外のほうが、様々な個性を発揮する店が生まれやすい土壌を持っているように感じているのだ。

ではなぜ、縦に長い日本の中でも、関西地方なのだろうか。
すでに言われているスペイン料理なら関西、という流れが、同じラテン民族の食であるイタリア料理も、やっぱり関西人のスピリットに響くのだと考えれば、より面白い展開だ。それは、大阪だけではなく、京都や奈良の山奥にまで、出色のイタリア料理店が見つかるところも興味深い。

もちろん大阪の雄である「ポンテベッキオ」を筆頭としたい気持ちはあるが、今回はもう一つの潮流ピアーノ・ピアーノから、「カンティーナ ピアーノ・ピアーノ」を紹介したい。
場所は西梅田。関西人なら誰でも知っている大阪サンケイホールのビル。今は、なぜかブリーゼブリーゼという“広告代理店のプレゼンに対しまったく疑問を挟むことなくOKしてしまった”みたいな意味不明の名前になっている。こうして、古くからなじみある場所はどんどん失われ街は枯れていくんだなあとつくづく思うが、思うだけで自分にはどうしようもない。
ビル自体も決してわかりやすいレイアウトではなく、目的のフロア6階に上がっても、広いスペースではないにもかかわらず、なかなか目的の店が見つからない。天災などが起こったら、必ずやどちらに避難していいのかわからず、パニックになるだろう。

さほど人通りもないフロアゆえ、果たして「カンティーナ ピアーノ・ピアーノ」はどうなんだろうかと思いきや、入店した途端、それまでの迷いは杞憂に終わった。

満席、である。しかも、家族連れや落ち着いた年配のグループなど、客層は抜群にいい。東京にて、こんな客層で埋まるイタリア料理店は、ほとんど見かけない。ゆえ、大阪の客の成熟度を改めて認識すると同時に店側も幸せだろうなと感じた。

サービススタッフのノリのよさ、客を楽しませようというサービス精神は、改めて西のスピリットだと思うし、客からも「オモロないなー」とか言われ、相当鍛えられているに違いない。ここでも、単にボナセーラと叫んでいれば及第点の東京とは、一線を画する気がする。

料理は相当に塩が強い。煮込みなど舌が痺れるぐらいである。そのせいかもしれないが、各テーブルを見渡すと、今や客の半数以上が水しか飲んでいない東京より、圧倒的にワインをボトルで飲んでいる確率が高い。

パスタは、かなり個性的で他に類を見ないウマさ。手打ち麺だそうだが、同席した元日本製粉の知人ですら、乾麺じゃないの? といったぐらい、エッジの効いた乾麺特有の弾力がある。加えて手打ちのモチモチ感もじわじわと発揮するので、いわゆる双方のいいトコ取り。それを一つの方向のみに味付けしたシンプルなソースと具材に絡める。麺に相当自信があり、麺を食べさせる料理だ。

商業ビルの飲食フロア一角、化粧室も店の外しかもかなり遠い。そんな環境ながら、大阪の上顧客をキッチリ集め心から楽しませる。イタリア料理店としての熟成度合いは、かなり高いと感じた。

今後も関西のイタリアンに注目していきたい。

カンティーナ ピアノ・ピアーノ
●大阪府大阪市北区梅田2-4-9 ブリーゼブリーゼ 6F
●06-6136-5667
●11:00〜14:30LO、17:30〜21:30LO
●不定休
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2012年10月01日

明日までお待ちください

先月お休みだった伊藤章良さんの「新・大人の食べ歩き」の更新日ですが、明日までお待ちください。

というのは、原稿はいつものとおりきっちりいただいたのですが、客観的な目線で見たときに勘違いされる書き方のように思え、手を加えてもらっています。

伊藤さんのきっちりとしたお人柄ゆえ、1日ください、とのことでした。もう少しお待ちください。

申し訳ありません。よろしくお願いします。  
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2012年08月01日

(58)西麻布「アムール」

海外、一流店での修業経験を謳うシェフ過剰の時代。実力と

幸運を兼ね備えたフランス料理人がアロマフレスカ系に登場

前月の「レカイヨ」でも書いたが、今年はフランス料理店、特に、プロもアマもこぞって「グランメゾン」と間違ったフランス語で呼ぶ、高額フランス料理店が何軒かオープンしている。ただ、こういったグランメゾン(笑)だけではなく、大家の土田さんがブログで紹介した「ル・ボーズ」を筆頭に、様々な形態のフランス料理店も多く開き始めた印象がある。

一方それに乗じて、「俺のフレンチ」といった低価格レストランの台頭も話題になっている。多種のフランス料理店が新しくオープンするだけなら期待に胸をワクワクさせるのだが、「俺のフレンチ」なる安売店が出回り始めると、少し不安な気持ちにもなる。いったんユニクロを着てしまえば再び一流ブランドに手を出すのがしんどくなるのを例にとり、価格破壊そのものを危惧する声が多いけど、ぼくの不安はもっと別なところにある。

「俺のフレンチ」というレストランの形態を知れば知るほど、ぼくは、駅前や地下街にてハデなランプが回っている10分1000円の低価格理髪店を思い出す。というより、「俺のイタリアン」「俺のフレンチ」なるコンセプトは、この低価格理髪店を見ているうちに思いついたのではないか、とすら感じている。低価格理髪店は、理容師としての資格は当然所有するが自分の店を持てない、もしくはなんらかの理由で普通の理髪店に就職したくない人たちをうまくリクルートして始めたと聞いた。そして、それは度重なる不況の影響で店や仕事を失った理容師が、大幅にあまり出したことにも起因する。

その点を「俺のフレンチ」に当てはめるなら、自分の店は持てない、もしくは一国一城の主になろうという意欲はない料理人を上手に集めたと同時に、逆の見方をすれば、上の理容師同様、フレンチの料理人がすでにダブついていて、レストランのトータル席数が、日常的にフランス料理店を利用する人数をかなり上回っているのではないかと心配なのだ。

いっぽう、海外の星付きレストランや都内の有名店で修業を重ねた料理人が余り始めた時代に、今や全国規模で高級レストランを展開するアロマフレスカグループの代表が惚れ込んだという、幸運プラス実力を備えた料理人の店が西麻布に誕生した。「アムール」である。

実際に、オーナーからもシェフからも、どういう経緯で出店するに至ったかとの話を聞いた訳ではないけど、レストラン建屋の名前を「Maison510」つまり後藤祐輔というシェフの名前を冠に据えるぐらいだから、「あなたの名前を付けて待ってます」という意味にとらえても、あながちハズしてはいないだろう。

ただ、過去にアロマフレスカグループが展開してきた、ダイニングのカッコよさ、キュートさ、粋が、西麻布にもともとあった一軒家に再現されていないのは、個人的に最初のつまずきだった。ぼくは「アロマフレスカ」の広尾時代がタイヘンなファンなので、どうしてもそこから離れることができないのかもしれない。でも「アムール」は、ダイニングが広すぎるのだ。よって、過去の「アロマフレスカ」の店舗のように、キュッと音が聞こえてきそうなほど引き締まった感じの心地よさは、全体的に緩めな「アムール」に見つけることができない。だからといって居心地が悪いわけではなく、どちらかというと「ひらまつ」的なゴージャス感は充分に備えていて、サービス陣の、フレンドリーながらつかず離れずの接客もサスガである。

少し驚いたのは、ソムリエがとても長身なこと。長身・体育会系のソムリエは、意外と「アムール」のダイニングには溶け込んでいて好印象。さらにワインリストは、大きなフランスの地図上にワインの産地別に分けて表記されており、初代「アロマフレスカ」のリストを懐かしく思い出した。

シェフは「レカン」や「カンテサンス」を経て「アムール」に迎えられたと聞く。きっと真面目な方なのだろう、それぞれの店のエスプリをキチンと踏まえつつ、自分のオリジナリティも加えた、バランスのいい料理構成になっている。ただ、個人的には、器と料理の相性があまりよくないように、というか凝りすぎかなあとも感じた。せっかくの料理が引き立たない、もしくは食べにくい場面が何度かあったからだ。

メニューは、シェフのスペシャリテが詰まった定番コースと、少し価格を上げた季節のコースの2種類になるようで、こちらも「アロマフレスカ」を踏襲する。そんな様々な点を見ても、オーナーは、フランス料理版の原田シェフを育てていこうと考えておられるのだろう。それほど見込んだシェフゆえ、とても優れた将来ある方なのだとは思う。

実は後藤シェフ、“美食の王様”来栖けいがオーナーである「エキュレ」の初代シェフである。ただ、ぼくたちにとって、引退した「来栖けい」に対するアレルギーというか違和感は拭い去りようもなく、「こちらがエキュレ時代のスペシャリテです」と言われた瞬間、その料理が色あせてしまうのは、悲しい現実としか言いようがない。

*夏休みと海外出張のため、次回の「新・大人の食べ歩き」はお休みいたします。

「アムール」
●東京都港区西麻布4-10-3 2F
●03-3409-1331
●12:00〜13:30LO、18:00〜21:00LO
●月休
http://maison510.jp/
posted by 伊藤章良 at 18:19| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする