いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2013年01月01日

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

いつも新・大人の食べ歩きをお読みいただき、ありがとうございます。

次回は2月1日のアップとなります。

今年もよろしくお願い申し上げます。

『東京百年レストランII――通えば心が温まる40の店(亜紀書房)』発売中です。
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2012年12月01日

(61)恵比寿「ビストロ ジャズキッサ」

つまらない男は連れて行きたくない。

姉妹による気品ある料理が魅力のビストロ

まず始めに、少し告知をさせてください。
先月、大家の土田さんにもブログで紹介していだたきましたが、このたび、『東京百年レストランU』を出版いたしました。
この本は前作に引き続き、百年後も存在していてほしいという、ぼくの独自の視点で40軒のレストランを厳選し、紹介しています。食マスコミもブロガーもレビュアーも、新しくオープンした店ばかりを必死で追いかける昨今、こういったコンセプトの本や活動を地道に続けていきたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。

*******

さて、今回の本題。

「ラ・シュエット」という、静かに追っかけてきたレストランがある。

例によってぼくは、店のシェフやスタッフに根掘り葉掘り聞くこともないし、ブログやレビューを読み漁ることもしない。正確なウラもとらずに記憶のままを振り返ってみると、「ラ・シュエット」に初めていったのは、もう20年近く前だろう。白金高輪の、マンションの2階のような場所にその店はあり、オーナーがすさまじいワインのコレクターということで、彼の秘蔵ワインをかなりの適正価格で飲ませていただくサロンのような店だった。

ただ「ラ・シュエット」は、単に高級ワインサロンと呼ぶにはふさわしくない。すぐれたフランス料理も合わせて提供されるのだ。ぼくの記憶は、卓越した料理が味わえるフレンチレストランで、加えて、それに合わせるワインも充実。と、捉えていたかと思う。

時期を同じくしてかどうか定かではないが、西麻布にも「ラ・シュエット」は存在した。確か「バー・ラジオ」にいた方が出した「バー・ラジオ」そっくりの店の跡に(もしくは、同じビルだけだったかもしれないが)入っていたはずだ。白金高輪よりはワイン中心だった気がするが、こちらの格別な居心地良さも、きちんと覚えている。

白金高輪の店を移転させたのだったか、銀座に、こちらはフランス料理店として出店されていた。ウッディで重厚感のあるダイニングにて、あまり銀座らしからぬ夜を楽しんだ。

それと、白金高輪におられたシェフが沼津でフランス料理店をオープンされたことを知り、泊りがけで沼津まで食べに行ったこともあった。沼津という漁港で名を馳せた小都市とは思えない落ち着いた品のあるレストランで、ときを忘れるほど幸せな体験は、クリアに頭に残っている。

アメリカに行く機会がなくなってしまったので残念ながら未訪だが、「ラ・シュエット」は、違う名前でサンフランシスコにも出店。ザガットやミシュランでもその店の女性シェフが高い評価を得ていると聞いた。

そんなレストランシーンを、日本とアメリカの各所で静かに長い時間をかけて創りあげてきた「ラ・シュエット」は今、銀座は名前や経営が変わり、西麻布は六本木に移転。現在日本の拠点は、六本木に集約された様子。残念ながら、最終形の六本木の店は未訪である。ただ今回は、そこを巣立って、恵比寿にカウンターのみのビストロを開いた姉妹の店を紹介したい。「ビストロ ジャズキッサ」という。

場所は、日赤通りから明治通りを超え恵比寿ガーデンプレイスへと続く細い道沿い。以前ここでも紹介した中国料理「廣安」や、「トシヨロイヅカ」「くろいわ」「蟻月」などがひしめくグルメストリートだけど、最も分かりやすく言うなら、界隈でも老舗になってしまった「フミーズ・グリル」の下である。

この場所、定点観測ほど見ていたワケではないものの、ずっと和系(焼鳥屋とか焼酎・清酒を飲ませる店)が入っていて、しかもなかなか定着していなかった。反面、ここを巣立って恵比寿駅の反対側に立派な店を構えた「おやまだ」など、成功している店もある、そんな小さな空間。

足を踏み入れると、サービス担当でやさしい感じの妹さんが迎えてくださり、カウンターの向こうには、コックコートをキリリと着こなす姉さん。いずれもタイプの異なる美しい方々で、まず(男なら誰でも)オッとなる。店の内装はほとんど手を入れていないというが、ちょっとした品のいい置物や、「ジャズキッサ」たる所以のレコードジャケットなどを施しただけで、瞬時にカウンタービストロへと変身する。なにより、今までのオッサン系とは180度異なる、姉妹二人の醸す雰囲気が最大の特徴だろう。

店内にはジャズが薄く流れ、料理のメニューとワインリストはレコードジャケットを使うなど、ジャズ喫茶なところも多少はあるが、もちろんワインとフランス料理を楽しむレストラン。元々料理人だった姉さんが、妹さんと二人で店をやろうと決意。妹さんは飲食ではなかったそうだが、その気持ちに賛同し、レストランでサービスの修業をされたと聞く。

料理ができあがるまでをカウンターから眺めていると、まったく危なっかしいところがなくすでに完成された力量だ。手際もよく、時間がかかる料理の前には小さな野菜の皿をサッとサービスしてくれるなど、心憎い。

恵比寿、広尾。いずれの最寄駅からも少し遠い立地だが、ゆったりとした空気感と丁寧で気品のある料理。なりより姉妹の謙虚でけなげな振る舞いは、東京にビストロ多しといえども得難い魅力だと確信。

そして、つまらない男だけは、絶対に連れて行きたくないと心に誓うのだった。

「ビストロ ジャズキッサ」
●東京都渋谷区恵比寿2-1-5 佐々木ビル B102
●03-6721-7988
●18:00〜翌2:00LO
●不定休
posted by 伊藤章良 at 13:05| Comment(2) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月01日

(60)恵比寿「サリュー」

まったくブレないスタンスで

10年間輝き続ける街場フレンチの鑑

不況やデフレという文字が新聞などに大きく並んでも、もはや何の痛みも感じなくなった昨今。経済的な地盤沈下はすっかり受け入れられ、しかもそれに慣れてしまったぼくたちは、「格安」とか「CP最高!」と言われても、それがスタンダードだよね、としか反応できなくなってしまった。

レストラン業界においても低価格路線はすでに標準。個人的には決していいことではないと思うけど、メニューに見る値段はますますデフレ傾向にある。そして、安値のみをウリにしているような極端な店をのぞけば、フランス料理・イタリア料理のコースでも、懐石でも、まして中国料理の場合も含め、五千円台というボーダーラインがすっかり確立してしまったようだ。

客にとっては悪いことではない。でも、このボーダーラインでしか商売を始められない、今から一国一城の主となる若い料理人には相当な努力が求められる。とはいえ、天災人災の逆風が吹き荒れた以降でも着実に五千円台の料理店は登場し、ある程度のクオリティを保って食べ手の要求に応えるたくましさには、本当に頭が下がる。

ただ、その五千円台を実現するために、内装を極端にチープにしたり、客にナイフ・フォークの準備までやらせたり、実は最後のコーヒーが別料金だったり、日本料理なのに椀物がなかったりと、ボーダーラインを死守すべく様々な不便を客側にも求めていることは確かだ。

さて、今でこそこういったレストランが総じて脚光を浴びるようになったが、すでに10年前から五千円台のプリフィクスによるコース料理を設定し、チョイスできる皿はすべてコース料金の価格内(+1000円とかが一切なく)、内装にも手を抜かず、十年を経たとは想像がつかないぐらい美しく保たれ、きめ細かいすばらしいサービスを展開している店がある。イマのレストランにとっては、さまざまな面で規範となるにもかかわらず、派手な動きや飲食とは関係ない自己主張はせず、常にシェフと支配人が店にいて、すばらしいチームワークを発揮する。

そのレストランを「サリュー」という。

「サリュー」はもともと、乃木坂にある「レストラン馮」にて同僚だったシェフと支配人が独立し、恵比寿駅から少し歩いた、明治通り沿いに構えた小体な店である。オープン当初から低価格なプリフィクスコースで勝負。毎日でも来ていただけるレストランがコンセプトだった。

ところが、毎日どころか一か月先まで予約がいっぱいという時期が長く続き、もともと席数の少ないダイニングでもあることから、「電話しても予約が取れないだろう」イメージが定着して十年が過ぎた。

その間、通販を始める訳でもなく、アイアンシェフとしてブラウン管を賑わせることもない。一定の高いクオリティを保ち、必ずある定番のメニューと少し変わる季節の皿を大切に紡ぎ、それを継続してきた。

多くの食マスコミやブロガーやレビュアーが、血眼になって新規オープンのレストランを取り上げる。食べログを例にとれば、オープニングレセプションに行ったというレビューまで散見する。ハッキリ言って、レセプションにいったときの内容など、次にその店に訪問する人にとって何の参考にもならないゆえ、食べログ側も削除していくぐらいの矜持を持ってもらいたいものだ。

「サリュー」のような、まったくブレないスタンスで十年輝き続けているレストランが、交通至便で誰もが気軽に訪れるエリアにあること。それを、マスコミやレビュアーは自分たちの宝として誇るべきだろうと思う。

改めて言うまでもないが、「サリュー」は、昨今ハヤリの少量小皿ないつまでたっても満腹を感じることのできない料理ではない。チョイスは前菜・メイン・デザートの三皿構成だが、どの料理も、皿の白い部分がまったく見えなくなるぐらい、主菜、付け合せ、ソースで満ち溢れている。そして、何人が何通りの料理を一度に頼もうとも、時間的なストレスを客に感じさせることなく、最適な温度の状態で供される。シンプルに見えてなお、尋常ではないテクニックとチームワークの裏打ちが、さらに客の心を打つのだろう。

「サリュー」
●東京都渋谷区広尾1-4-10 鴻貴ビル 1F
●03-5791-2938
●12:00〜LO14:00、18:00〜LO21:30
●日曜・第3月

posted by 伊藤章良 at 23:10| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月02日

(59)大阪「カンティーナ ピアノ・ピアーノ」

イタリアンは西高東低と

改めて思えた1軒

イタリア料理店の紹介なのに、冒頭から日本料理の話で恐縮である。

そもそも、日本料理は西高東低と言われ、西に魅力を見出す向きが多かった。ところが、昨今の東京の食べ手は、京風であれば無批判に受け入れようとする京都コンプレックスの呪縛からやっと抜け出し、東京の日本料理を東京で生まれたものとして、楽しめるようになってきた。

そんな現象は、特に次々と独立する若手の料理人が、過去に修業した店のやり方にこだわらず、自分たちで食材の仕入れ先を探したり、新たなオペレーションを考えたりと、独自の道を歩み始めたことでも理解できる。

そんな日本料理の状況とは逆に、今やイタリア料理が西高東低ではないかなあと最近時々思う。東京のイタリア料理店は、一時期もの凄い隆盛を見せたが、現在はかなり飽和状態にあり、よほどの個性、地方性を発揮しないと、素人目には他店との差別化が難しくなっている。

加えて、イタリア料理は、ニンニク臭かったり塩辛かったりパスタが硬かったりしてはいけない。やさしくて美しくて野菜中心のヘルシーなものという、トウキョウイタリアンの呪縛から逃れるのが相当困難な様子。であれば、そんな縛りを受けにくい首都圏外のほうが、様々な個性を発揮する店が生まれやすい土壌を持っているように感じているのだ。

ではなぜ、縦に長い日本の中でも、関西地方なのだろうか。
すでに言われているスペイン料理なら関西、という流れが、同じラテン民族の食であるイタリア料理も、やっぱり関西人のスピリットに響くのだと考えれば、より面白い展開だ。それは、大阪だけではなく、京都や奈良の山奥にまで、出色のイタリア料理店が見つかるところも興味深い。

もちろん大阪の雄である「ポンテベッキオ」を筆頭としたい気持ちはあるが、今回はもう一つの潮流ピアーノ・ピアーノから、「カンティーナ ピアーノ・ピアーノ」を紹介したい。
場所は西梅田。関西人なら誰でも知っている大阪サンケイホールのビル。今は、なぜかブリーゼブリーゼという“広告代理店のプレゼンに対しまったく疑問を挟むことなくOKしてしまった”みたいな意味不明の名前になっている。こうして、古くからなじみある場所はどんどん失われ街は枯れていくんだなあとつくづく思うが、思うだけで自分にはどうしようもない。
ビル自体も決してわかりやすいレイアウトではなく、目的のフロア6階に上がっても、広いスペースではないにもかかわらず、なかなか目的の店が見つからない。天災などが起こったら、必ずやどちらに避難していいのかわからず、パニックになるだろう。

さほど人通りもないフロアゆえ、果たして「カンティーナ ピアーノ・ピアーノ」はどうなんだろうかと思いきや、入店した途端、それまでの迷いは杞憂に終わった。

満席、である。しかも、家族連れや落ち着いた年配のグループなど、客層は抜群にいい。東京にて、こんな客層で埋まるイタリア料理店は、ほとんど見かけない。ゆえ、大阪の客の成熟度を改めて認識すると同時に店側も幸せだろうなと感じた。

サービススタッフのノリのよさ、客を楽しませようというサービス精神は、改めて西のスピリットだと思うし、客からも「オモロないなー」とか言われ、相当鍛えられているに違いない。ここでも、単にボナセーラと叫んでいれば及第点の東京とは、一線を画する気がする。

料理は相当に塩が強い。煮込みなど舌が痺れるぐらいである。そのせいかもしれないが、各テーブルを見渡すと、今や客の半数以上が水しか飲んでいない東京より、圧倒的にワインをボトルで飲んでいる確率が高い。

パスタは、かなり個性的で他に類を見ないウマさ。手打ち麺だそうだが、同席した元日本製粉の知人ですら、乾麺じゃないの? といったぐらい、エッジの効いた乾麺特有の弾力がある。加えて手打ちのモチモチ感もじわじわと発揮するので、いわゆる双方のいいトコ取り。それを一つの方向のみに味付けしたシンプルなソースと具材に絡める。麺に相当自信があり、麺を食べさせる料理だ。

商業ビルの飲食フロア一角、化粧室も店の外しかもかなり遠い。そんな環境ながら、大阪の上顧客をキッチリ集め心から楽しませる。イタリア料理店としての熟成度合いは、かなり高いと感じた。

今後も関西のイタリアンに注目していきたい。

カンティーナ ピアノ・ピアーノ
●大阪府大阪市北区梅田2-4-9 ブリーゼブリーゼ 6F
●06-6136-5667
●11:00〜14:30LO、17:30〜21:30LO
●不定休
posted by 伊藤章良 at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | イタリア料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月01日

明日までお待ちください

先月お休みだった伊藤章良さんの「新・大人の食べ歩き」の更新日ですが、明日までお待ちください。

というのは、原稿はいつものとおりきっちりいただいたのですが、客観的な目線で見たときに勘違いされる書き方のように思え、手を加えてもらっています。

伊藤さんのきっちりとしたお人柄ゆえ、1日ください、とのことでした。もう少しお待ちください。

申し訳ありません。よろしくお願いします。  
posted by 伊藤章良 at 19:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月01日

(58)西麻布「アムール」

海外、一流店での修業経験を謳うシェフ過剰の時代。実力と

幸運を兼ね備えたフランス料理人がアロマフレスカ系に登場

前月の「レカイヨ」でも書いたが、今年はフランス料理店、特に、プロもアマもこぞって「グランメゾン」と間違ったフランス語で呼ぶ、高額フランス料理店が何軒かオープンしている。ただ、こういったグランメゾン(笑)だけではなく、大家の土田さんがブログで紹介した「ル・ボーズ」を筆頭に、様々な形態のフランス料理店も多く開き始めた印象がある。

一方それに乗じて、「俺のフレンチ」といった低価格レストランの台頭も話題になっている。多種のフランス料理店が新しくオープンするだけなら期待に胸をワクワクさせるのだが、「俺のフレンチ」なる安売店が出回り始めると、少し不安な気持ちにもなる。いったんユニクロを着てしまえば再び一流ブランドに手を出すのがしんどくなるのを例にとり、価格破壊そのものを危惧する声が多いけど、ぼくの不安はもっと別なところにある。

「俺のフレンチ」というレストランの形態を知れば知るほど、ぼくは、駅前や地下街にてハデなランプが回っている10分1000円の低価格理髪店を思い出す。というより、「俺のイタリアン」「俺のフレンチ」なるコンセプトは、この低価格理髪店を見ているうちに思いついたのではないか、とすら感じている。低価格理髪店は、理容師としての資格は当然所有するが自分の店を持てない、もしくはなんらかの理由で普通の理髪店に就職したくない人たちをうまくリクルートして始めたと聞いた。そして、それは度重なる不況の影響で店や仕事を失った理容師が、大幅にあまり出したことにも起因する。

その点を「俺のフレンチ」に当てはめるなら、自分の店は持てない、もしくは一国一城の主になろうという意欲はない料理人を上手に集めたと同時に、逆の見方をすれば、上の理容師同様、フレンチの料理人がすでにダブついていて、レストランのトータル席数が、日常的にフランス料理店を利用する人数をかなり上回っているのではないかと心配なのだ。

いっぽう、海外の星付きレストランや都内の有名店で修業を重ねた料理人が余り始めた時代に、今や全国規模で高級レストランを展開するアロマフレスカグループの代表が惚れ込んだという、幸運プラス実力を備えた料理人の店が西麻布に誕生した。「アムール」である。

実際に、オーナーからもシェフからも、どういう経緯で出店するに至ったかとの話を聞いた訳ではないけど、レストラン建屋の名前を「Maison510」つまり後藤祐輔というシェフの名前を冠に据えるぐらいだから、「あなたの名前を付けて待ってます」という意味にとらえても、あながちハズしてはいないだろう。

ただ、過去にアロマフレスカグループが展開してきた、ダイニングのカッコよさ、キュートさ、粋が、西麻布にもともとあった一軒家に再現されていないのは、個人的に最初のつまずきだった。ぼくは「アロマフレスカ」の広尾時代がタイヘンなファンなので、どうしてもそこから離れることができないのかもしれない。でも「アムール」は、ダイニングが広すぎるのだ。よって、過去の「アロマフレスカ」の店舗のように、キュッと音が聞こえてきそうなほど引き締まった感じの心地よさは、全体的に緩めな「アムール」に見つけることができない。だからといって居心地が悪いわけではなく、どちらかというと「ひらまつ」的なゴージャス感は充分に備えていて、サービス陣の、フレンドリーながらつかず離れずの接客もサスガである。

少し驚いたのは、ソムリエがとても長身なこと。長身・体育会系のソムリエは、意外と「アムール」のダイニングには溶け込んでいて好印象。さらにワインリストは、大きなフランスの地図上にワインの産地別に分けて表記されており、初代「アロマフレスカ」のリストを懐かしく思い出した。

シェフは「レカン」や「カンテサンス」を経て「アムール」に迎えられたと聞く。きっと真面目な方なのだろう、それぞれの店のエスプリをキチンと踏まえつつ、自分のオリジナリティも加えた、バランスのいい料理構成になっている。ただ、個人的には、器と料理の相性があまりよくないように、というか凝りすぎかなあとも感じた。せっかくの料理が引き立たない、もしくは食べにくい場面が何度かあったからだ。

メニューは、シェフのスペシャリテが詰まった定番コースと、少し価格を上げた季節のコースの2種類になるようで、こちらも「アロマフレスカ」を踏襲する。そんな様々な点を見ても、オーナーは、フランス料理版の原田シェフを育てていこうと考えておられるのだろう。それほど見込んだシェフゆえ、とても優れた将来ある方なのだとは思う。

実は後藤シェフ、“美食の王様”来栖けいがオーナーである「エキュレ」の初代シェフである。ただ、ぼくたちにとって、引退した「来栖けい」に対するアレルギーというか違和感は拭い去りようもなく、「こちらがエキュレ時代のスペシャリテです」と言われた瞬間、その料理が色あせてしまうのは、悲しい現実としか言いようがない。

*夏休みと海外出張のため、次回の「新・大人の食べ歩き」はお休みいたします。

「アムール」
●東京都港区西麻布4-10-3 2F
●03-3409-1331
●12:00〜13:30LO、18:00〜21:00LO
●月休
http://maison510.jp/
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2012年07月01日

(57)銀座「レカイヨ」

情報にまどわされず、自分の目で、

純粋にレストランを愉しめる客かどうかが試される

「レカイヨ」のオープンを知ったのは、当サイトの大家、土田さんのブログだった。昨年2011年は、震災の影響もありさすがに銀座、六本木といった一等地での高級レストランの出店は控えられたようだが、その反動か、2012年になって堰を切ったように動き始め、「レカイヨ」もその筆頭に挙げられる一店である。

ぼくは不思議でしょうがないのだが、未だにこういった「レカイヨ」のような高級フランス料理店に対し「グランメゾン」という意味不明の言葉が使われること。ブロガーやレビュアーなど見よう見まねの素人だけではなく、マスメディアに至ってもだ。誰が、文法的にも間違っているフランス語「グランメゾン」の、日本のレストランシーンにおける意味を説明できるのだろうか。
「レカイヨ」「フィネス」「アムール」「エスキス」、今年上半期に続々登場のグランメゾン・・・。それぞれコンセプトも想いも違う形でオープンしたフランス料理店を、グランメゾンという説明不可能な言葉でくくってしまう不作法は、もうそろそろやめるべきだ。
※なお、古い記事ですが、ここにぼくが考えるグランメゾンの意味とそれに対する考察を書いています。
http://eatout.jp/archives/2005/05/post_118.html

さて、「レカイヨ」は、当サイトの大家も料理長やソムリエを応援していると聞くし、設計・デザインは、当サイトで「レストランの空間考」を担当し友人でもある西森陸雄さん。となると、ぼくがここであれこれ書く際、言葉を入念に選んでしまう恐れもある。
だが、スタッフの経歴や店のスペックばかりが先行した多くの紋切評価やレビューがあるいっぽうで、ぼく自身は純粋に素直に愉しめたレストランゆえ、それをきちんと表しておきたいと考えた。

というのも、なぜ、オーナーが元「シェ・イノ」だとかシェフがサラブレッドだとか、そういった経歴が重要なのだろう。なぜ、シルバーがレイノーだとかカップがベルナルドといった、見れば誰でもわかる枝葉末節にこだわるのだろう。高額の支払いに対し客自身に納得がいかないからだろうか。
反面、ぼくが目にした書き込みのいずれにも、数多く掲げられた名画に対する賞賛の声もなければ、陰影や反射、ぎりぎりまで絞り込んだ色の扱いなど、内装・デザインのすはらしさへの評価も見つけられなかった。

レストランへは、何を求め、何を愉しむために訪れるのか? この店から感じとれる各人の評価によって、それが十分にわかっているヒトなのかどうかを判断することができる。前回の「クニオミ」にも書いたが、「レストランの上級者」、つまりレストランでの愉しみ方を理解しているかどうかの違いである。シェフやソムリエの経歴といった前情報、レストランとしてのスペック、支払った金額に対する満足度。そういった部分にしか着目できない人たちには、残念ながら「レカイヨ」の素晴らしさに気づかないと思う。

「レカイヨ」のアラカルトメニューにスープの欄を見つけ、過日はスープのチョイスからメニューを構成することにした。まず、メニューにきちんと何品かスープを揃えている点に、ググッと惹かれたからだ。もちろん選んだのはコンソメ。重厚な雰囲気に抗(あらが)うような、どことなくフレッシュ感のある爽やかなテイストだった。

ワインついてはソムリエの意見を問うた。その際に軽く「リーズナブルなものでお願いします」と言ったところ、「おねだん以上ニトリの精神で選びます」と言われた。
グランメゾンに、スターシェフや高いスペックを求めてやってきた面々にとっては、もしかしたらこの言葉は大いなる肩すかしなのかもしれない。でもぼくにとって、「レカイヨ」でこのひと言を聞いた瞬間、これからの愉しい時間はすでに約束されたな、と感じるのだ。

1950年代の絵画で飾られた店内。そこから放たれるアートのうねりには、当然ながらクラシックな料理で波長を合わせてくる。でも、そのクラシックさとは、伝統のコピーではなく伝統の解釈であると感じた。特にグランドメニュー外ではあったが、食感の妙を愉しむべく計算されたオマールとアスページュの取り合わせには瞠目させられた。

店主と少し話した際、一定期間を過ぎたらすべての絵画をモダンな現代物に替えようと考えている、と聞いた。きっとその時には、「レカイヨ」の新たなダイニングに調和した料理が待っているのだろうなと、再訪への期待感も膨らんでくる。

個人的に、唯一残念に思ったのは店のロゴである。「レカイヨ」のロゴからは、フランスの、そしてフランス料理のエスプリがあまり感じられない。ゆえ、店の近くまで来て最初にロゴを目にしたら、「ここは建築事務所か何かかな。フランス料理店ではないよな」と素通りしてしまうことだろう。
もしかすると、それも意図したとコト、との説明がなされるかもしれない。でも、新たに銀座に登場したフランス料理店であり、そこに来る客に、最初にフランスのエスプリを感じてもらえなければ、それはロゴの意味をなさないと思う。

レカイヨ
●東京都中央区銀座6-4-16 花椿ビル
●03-5537-7071
●11:30〜14:00LO、 18:00〜21:00LO
●日休
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2012年06月01日

(56)恵比寿「クニオミ ル・ネオ・ビストロ」

メニューを選ぶ喜び、ソースの存在感。

“フランス料理”らしさ溢れる新星

多少誤解を招くことを承知で書くと、久しぶりに「上級者向け」と言える、待望久しいフランス料理店が登場した。恵比寿の「クニオミ」である。

こんなボーダレスの時代となっても、未だにフランス料理は難しいと思われがちである。というか、残念ながら完全にそう認識されている。
巷の現象からも、安くて分かりやすいコースメニューを設けている店が確実に人気を博しているのがなによりの証拠だ。逆にフランス料理店として成功したければ、食べログラバーをコアターゲットとし、彼らがCPがよいと勘違いする安いコースメニュー用意すればよい、というオカシナ時代となった。それでは、いつまでたってもメニューを解析しようとの興味や努力が生まれず、永遠に難しいままになってしまう。

具体例を出せば、渋谷の「バカール」とか、前々回に書いた「L'AS」もしかり。恵比寿にできた「ビストロ間」は、オープン当初集客もままならない不安な状況だったが、安価なコースを始めた途端、急に予約の取れない人気店になり、今や二店目も出店する勢い。

メニューを隅々まで読んだり、どれを選ぼうかと迷ったりすることもない。ましてや、価格さえチェックすればメニューを見ることすらしないフィックスのコースは、すでにフランス料理店での愉しみを最初から半分にしているとぼくは考えるのだが、フランス料理が食べたいと望む意中の相手に対して、ミスなく穏便に、そして確実にカッコよくフランス料理店で過ごすには、この安くて解釈不要なコースしか選択肢がないのであろう。

雑誌のインタビューなどで、レストランでの注文を失敗しないためにはどうすればいいですか、と質問されると「メニューを熟読すること」と答えている。できるなら同席の相手より早く店に行き、先にメニューをもらって熟読するのだ。もっといえば、このメニューに込めたシェフの気持ち、今日はどれを食べてもらいたいのかというシェフのアピール、そういったものを行間から想像することさえやってみる。ぼくは今でも実践しているトレーニングである。

本来なら、一生懸命メニューを考え、食材を厳選して仕入れ、工夫してロスなく回そうと努力しているアラカルト中心の店こそ、フランス料理店としての存在を高く評価すべきだ。ただ、そんな店にてアラカルトで果敢に挑戦しようとするなら、それこそ、冒頭に書いた「フレンチ巧者」しかターゲットにならないという悲しい状況に陥っている。

さて、オープン2日目だったか。予約なしで行きずりに入ってみるのもいいかと思い、「クニオミ」の前に立った。そして、店頭に掲げられたメニューを読んだ。数分はかかっただろうか、それはアラカルトオンリー。コースは価格設定もなかったように記憶している(現在はあります)。そこには、恐ろしくおいしそうで巧みで複雑なメニュー名が、それなりの価格とともに瀟洒な文字で連ねられていた。ううむ。これは出直しだな、と判断。ふらっと入ってササッと食べるには申し訳ない、しかも自分も心の準備をして、ここまで志の高い店への久々の訪問を、もう少し盛り上げていきたかった。

そして改めて予約しての再トライ。
予想通り、というか予想以上の手ごたえがあった。

まず、フロアでサービスをする男性。すでに壮年で少しとっつきにくい雰囲気も感じる。ところが話してみると、今や伝説となりつつある「オーバカナル」一号店のスタッフだったという。ぼくがリストから選んだワインに対し、飲んだことがあるのかと問われ、昔、どこかでよく飲んだ記憶があるんだけど思い出せないと答えれば、なんとそれは、彼らが「オーバカナル」時代に強力プッシュしていたワインだった。「オーバカナル 原宿」とは、ぼくたちがフランスのエスプリをダイレクトにトウキョウで確認することのできた最初のレストラン。当サイトの家主・土田さんは、そこで結婚パーティを開いている。2012年の今、まさにそんな同時代を歩んできたサービスは、「クニオミ」のフロアにこそふさわしい人物であろう。

今さらながら、料理も圧巻である。ネオビストロという、およそ日本の食べ手には親しみのないパリの流行をうたうが、それは、ビストロ料理の現代解釈とでも思っておけばいいだろう。定番中の定番「アンドゥイエット」に添えられたブラックマスタード。例えれば極めて上質なとんかつソースのようで日本人にも郷愁のテイスト。鴨肉のローストには、コブミカンという東南アジア料理に欠かせないフレーバーをあえて投入。それが鴨の焦げ目とすばらしく調和する。

ただ、現代版といっても「カンテサンス」に代表される新しいフランス料理のカテゴリとは大きく異なる。それは、自分がリヨンで体験してきたビストロ料理のカタチをしており、大前提であるソースもたっぷりと添えられ、そして一皿にドカンドカンと盛られている。にもかかわらず、おいしさに加わった驚きという最高のスパイスが、随所に振りかけられているのだった。

メニューの難しさや真摯な姿勢と、実は対極にある食べやすさや「口に合うね」というウレシイ感覚は、普段のビストロ料理が重くなってきたなあ……とされる、それこそ上級者の面々にも、十分に受け入れられるに違いない。

「QUNIOMI le neo bistrot (クニオミ ル・ネオ・ビストロ)」
●東京都渋谷区恵比寿1-24-12 1F
●03-6721-6910
●12:00〜14:00(〜15:00土日祝)、18:00〜23:00(火〜日)
●月休
posted by 伊藤章良 at 19:18| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月01日

(55)和歌山「オテル・ド・ヨシノ」

本州最南端のフレンチで感じた

神々しいほどのモチベーション

イチローという野球選手が、アメリカでとんでもない偉業を成し遂げ、今もその自分自身の記録に対して挑戦を続けている。多くの専門家がイチローについて分析したり語ったりしているし、それをここに書くつもりはないが、それにしても凡人にもっとも真似できないのは、あれだけの業績をずっと出し続けることのできる、モチベーションの高さである。今やイチローは、マリナーズ打線の中で最年長だそうだが、そんな立場となっても常に見据えている微動だにしない高い目標がある。

そんなイチローをも想起させるような高いモチベーションを維持し、託された店を成功に導きつつある料理人のレストランに行ってきた。和歌山の「オテル・ド・ヨシノ」である。

ヨシノというからには、もちろん日本のフランス料理界重鎮、吉野建シェフの店。吉野シェフは、ミシュランの星にこだわり続けた男として知られ、小田原に開いた自身のレストラン「ステラマリス」を閉め、改めてパリにオープン。日本人オーナー店初の星獲得に挑戦した。タイミングこそ「ひらまつ」に遅れをとったものの、その後の日本での活躍も広く知られるところである。

そんな吉野シェフをずっと支えてきたマダムの故・美智子さんが和歌山出身ということで、このスペースのオーナーから出店を打診されたと聞く。ぼくは、以前投稿していた情報ポータルサイトで、オープン当初の「タテル・ヨシノ芝」について書いた経緯から、美智子さんから直々に「オテル・ド・ヨシノ」オープンの案内をいただいていた。

ただ、関東の人が考える和歌山県と違い、関西人の思う和歌山とは、相当にツブシが効かない場所である。梅干しやミカンが有名で熊野古道や白浜といった観光名所もあるものの、大阪から1時間足らずな距離にもかかわらず、よほどのことがないと和歌山に行く機会には恵まれない。もっと言うと、そんな土壌ゆえ高級フランス料理店が脚光を浴びる、というか育つ下地さえ考えにくいのだ。

住所を見ると、建物名が「ビッグ愛」とある。当時いただいたオープン案内からは、和歌山市郊外の海に面したホテルの最上階、みたいな勝手な幻想を抱いていたんだけど、見た瞬間「え、パチンコ屋?」としか思えなかった。タクシーにビル名を告げると何の抵抗もなくスタートしたのでそれなりにランドマークなのだろう。で、近づくにつれさらに驚きは続く。「ビッグ愛」とは和歌山県の公共施設なのである。正式名称は「県民交流プラザ ビッグ愛」。それにしても、人に聞かれて答えに窮するようなネーミングのビルに高級フランス料理店……。いったいどんなところなのだろうか。不安におののきつつエレベーターホールに向かうと、合宿だの研修だのと県民施設を利用するジャージ姿の学生さんと相乗り。確かにビルの上層階には2フロアほどホテルも入っているようだが、見るからにビジネスホテルの様相。

降り立った最上階フロアは展望レストラン、とある。バイキング料理をやっていて行列ができている。恐る恐る予約名を告げようとレセプションに向かうが人はおらず、スタッフはバイキングの客をさばくのに精いっぱいだ。大声で「予約した伊藤です」というと、あっちですと顎で誘導。

いやはや、どーなるんや……と思いながら、バイキング会場とは隔てられた窓際のエントランスを通って中へと進むと、さすがにそこは別世界。銀座にあっても遜色ない美しいダイニングが登場し、今までのアプローチはこの空間との落差を感じてもらうため仕掛けではないか、と勝手に納得してガゼン高揚し始めた。

料理もサービスも、日本はおろかワールドクラスである。支配人は、もともと「タテル・ヨシノ芝」のオープン時に在籍していというが、端正さと人なっこさが同居する高級フランス料理店では理想的な接客。そんな支配人を中心に、周りで動くスタッフも見事に統制がとれていて、しかも彼ら彼女らの目の輝きは眩しいほど。自分たちの仕事をいかに誇りに思っているか、とそこに書いてある。

本州最南端和歌山の、そして「ビッグ愛」というビルの最上階レストラン、そのどこに、ここまで神々しいチームを生むモチベーションが存在するのか。手島純也料理長は自ら「吉野組」と語り、吉野シェフの強い信奉者の一人。吉野シェフが最初に独立オープンした小田原の「ステラマリス」が東京から多くの客を引き寄せていたことを手本に、大阪からの和歌山を小田原に見立て、そこで吉野シェフがやったであろうことをトレースしようと考えた。小田原と違い、和歌山の農家や漁師・猟師は、想像以上に保守的で商売っ気がなく、試食すると間違いなく全国区のブランドとなるような食材でも、地元で消費されることで十分満足に感じている。自ら「フランス料理馬鹿」と語る山梨県出身の料理長は、関西人特有の閉鎖的な壁の一つ一つと折衝し取り崩しながら、高級レストランという新しい市場があるんだよ、と説いて回った。ゆえ、今では、不思議なものが掛かったり、他に売れない小動物が獲れたりしたら、とにかく「オテル・ド・ヨシノ」に持ち込んでくるようになったそうだ。それは、例えば、吉野シェフのスペシャリテである、とても上質な野ウサギだったこともあったらしい。

そうして、一つ一つ地元の、特に漁場豊かな魚介を自分の料理の中に取り入れ構成された「オテル・ド・ヨシノ」のメニューは、すでに和歌山の地でしか実現しえない領域まで達している。

和歌山というレストラン不毛の地に、たった6年で全国からファンが集まるレベルのガストロノミーを作り上げた「オテル・ド・ヨシノ」。料理長にすごいですね、と話すと「自分だけが優秀でもレストランは育ちません」と、ぼくが前月書いたレストランとの比較を例に挙げた。「スタッフ全員のやる気やスキルが上がっていくような環境を作ることがぼくは大切だと思うんです」と締め括る。そんな料理長の元で働く若人がうらやましい。

「オテル・ド・ヨシノ」
●和歌山県和歌山市手平2-1-2 ビッグ愛 12F
●073-422-0001
●11:30〜14:00 17:30〜21:00
●月、第2火曜休
posted by 伊藤章良 at 17:52| Comment(1) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月01日

(54)南青山「L'AS」

「コストパフォーマンスよし」なのか?

徹底的にコストカットした店作り

不況という二文字の重圧で誰もが下を向いてしまった2012年の日本に、逆風を覆すような興味深いレストランがオープンした。骨董通りを少し脇に入ったところにある「L'AS」。

個人的には、この「L'AS」こそは、イマの料理店におけるコスト削減の成功法は何か、という最重要な課題に、数々の正解を(今のところ)出しているレストラン、という捉え方をしてみた。どんなスタッフが、この店の内装を作り、オペレーションを考え、料理やサービスを実践しているのか、詳しいところはシェフの経歴程度しか知らない。ただ、敏腕の経営コンサルタントが知恵を絞りきって協議しても、こういった優れた展開は生まれなかったであろう気がする。

オープン数日後に訪れたものの、入店すると何となくすでに古い感じを受ける。色使いにもよるが、決して高級な調度品を持ち込んでいるわけではない。さらに驚くのは厨房だ。ダイニングとまったくフラットな位置関係にあり、壁やパネルの隔たりは一切ない。いわゆるフルオープンキッチン。一瞬、先ごろ流行りの合コン専門キッチンスタジオに踏み込んだ感覚だった。換気や夏場の冷房効率などはまだまだ未知数だけど、内装費の初期投資では、相当なコストダウンに成功したであろう。

テーブルにクロスは掛かっておらずナプキンもない。狭いテーブルスペースを確保するためか、カマボコ板のような細長いパン皿に安定感の悪いパンが置かれる(これはそのうち改善されるに違いない)。カトラリー(ナイフ・フォーク)は、テーブルの下に引出しがあって、そこから客が必要なモノを出して使うという段取り。

この仕組みはすでに知っていたので、訪問時まず引出しを開けてみたら何も入っていない。さっそく評判が悪くて廃止したのかと思いきや、入れ忘れていただけ、というさらに悪いパターンだった。こちらも、サービススタッフの作業工数を減らすことによる人件費のコストダウンである。しかも、クロスが掛けられていないテーブルの上にそのまま置くより、なんとなく清潔感もある。

そんなことより、なんといってもスゴイと感心したのが料理。週末のランチも日々のデイナーも同じ内容の5,250円コースのみ。2週間ごとに変えていくというが、1種類しかない同じコース料理を2週間昼夜出し続けるフランス料理店って他にあるだろうか。2週間分の食材を計画的に仕入れロスが出ないように使い切れば、相当なコストダウンだ。また、この方法ではポーションを小さくすればするほど利益が上がる。そして、メインを除けば「L'AS」のポーションはとても小さい。ぼくレベルでは全く満腹にならない。何人か女性にも聞いてみたが、満腹にはならなかったと応えた人もいた。

多くのレビュアーやブロガーがこの店のコスパが最高と書く。ただしそれは、上記の点から見ても単に量が少なくて安価なだけなのだ。しかし、デザートを2品出すなど視覚的な満足度も含め、トータルでは不満が出にくい構成に仕上げているのはサスガだと思う。

しかも、エッと驚くほどダイニングには客が詰め込まれている。入口近くには3名掛け程度の丸テープルに5名が肩寄せあって座るといった光景も見られた。ゆえ、満席になればかなりの騒々しさで、隣の会話も丸聞こえ。はっきり言ってデート向きではない。

などなど、決してあまのじゃくではなく普通に食事をして受け止めた感想なんだけど、こうして様々にコストカットされた部分が、180度反対の「魅力」として受け止められ、グルメブログや食べログレビューで大絶賛されているのだ。

料理自体は、量を除けば決して悪いものではなく、コート・ドール等シェフの修業先からのエスプリも十分に含んでいる。欧州本場への憧憬も感じられる。メニューの作り方も、キッチンの環境・客層・利益など、いくつかのポイントを決めて、きちんとそこに照準を定めているのだと思う。あまりにも科学的・データ的な取り組みで、一料理人の発想とはなかなか考えにくい。

いっぽう、対客という立場で言えば、レストランは客単位での独立したプライベートな集合体であり、オープンキッチンを受け入れるのは好事家の一部。しかも、舞台裏を見せることは、手品のネタ晴らしとかがいい例で、初回は大変な感動を覚えるが、それ以降は逆効果となる可能性が強い。ナイフ・フォークを格納した引き出しも使いにくく、ナイフは、刃の部分を持たないと取り出せない。

節約・節電・省エネ・・・。ぼくたちは日々我慢を強いられて、それに対し強く反発や憤りも感じながら今を生きている。でも、「L'AS」における窮屈な感覚や客側への要求のほとんどが、この店の新しさや個性として捉えられているところが、なんともスゴイとしか言いようがない。本当にうまい。

ただ、フルオープンキッチンやナイフ・フォークを引き出しに格納するといったレストランも過去何軒か見てきたが、そのいずれもが現在まで存続していない印象がある。「L'AS」が百年続くレストランと思えるかどうか。今後の展開と軌道修正が注目される。

なお、「L'AS」の公式ホームページには、すでに予約受付時間を14:00〜18:00、22:00〜24:00に限定する旨が表記されている。オープン当初から予約の電話がジャンジャン鳴ることを想定した防御策。やはり只者ではない。

「L'AS」
●東京都港区南青山 5-16-5 MA FIVE 1F
●03-3406-0880
●17:30〜22:30 L.O(日・祝〜22:00 L.O)
●火曜日を中心に月6回程休
●予約受付時間14:00〜18:00 / 22:00〜24:00
http://www.las-minamiaoyama.com/
posted by 伊藤章良 at 09:30| Comment(1) | TrackBack(1) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする