いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2013年09月01日

(67)神田神保町「鶴八」

江戸前の楽しみはおこのみ、を

改めて実感

一回分、お休みをいただきました。
申し訳ありませんでした。

さて、8月1日にアップ予定だった「新・大人の食べ歩き」では、2013年5月に新しくオープンしたフランス料理店を紹介しようと考え、原稿をすすめていた。ただ、8月頭からの海外での仕事の準備が佳境に入り、なかなか原稿に取り組む時間がとれず、このサイト大家に詫びて一回お休みをいただいた。

そして、しばらく外国にいてナイフ・フォークでオイルまみれの食事をしていると(といってもこちらも決して嫌いではないけど)、帰国後フランス料理店をまとめるよりも、ずっと渡米中に恋いこがれていた「鮨」について、またまた書きたくなってしまった。前回に引き続き再び鮨店の登場で恐縮なんだけど、多少は秋の声も聞けるようにはなったとはいえ、まだまだ熱気ムンムンの都会にいると、フランス料理より鮨に食指が動いてしまうものだ。

ずっと以前だが、サイト大家と話していて、あまり食に詳しくない友人たちとレストランに行けば、コースならまだいいけれどアラカルトの場合、メニューを組んだりワインを選んだりするのは、たいていはこちら側(つまり、ぼくや大家)の役割になってしまうよね。みたいな流れになった。彼らに好みを聞いても返ってくる答えは「任せるよ」とか「信じてるから……」である。結果、こちら側の注文に食前も食後も異議を唱える人はいないけど、それなりに選ぶ側にも緊張やストレスはある。鮨屋に行くと、最初に飲み物、といってもビールか清酒ぐらいを決めて「お任せで」と伝えればあとは次々と出てくるわけで、これはある意味、同席する人との会話に集中できるし、次にどうしようとか先々に気を回さなくてもよくて、意外と快適なんだよね。との意見の一致を見た。

例えば、廉価な寿司店や回転寿司では、お好みを告げたり紙に書いたりして注文するのがカッコいいみたいな風潮もあるが、基本的には、それらの店でのにぎりたては、タネと酢飯の温度差がありすぎるので、回って来たものを選んだ方が賢明である。一方、高級とカテゴライズされる江戸前鮨は、ほとんど全ての店で、「おまかせ」と呼ばれる決まったコース料理を提供する。

座ったら、最後にお茶をいただくまでずっと、なにも注文をすることなく順々に出てくるシステムは、上述したようにラクではある。一方、食材のロスを極力減らし、旬を理由にしつつもその日の仕入れ具合によってにぎりの種類や数も決めてしまうやり方は、隣の客と同じものが出て面白みが感じられず、また店側も様々な客にフレキシブルに対応する技量を磨くことなく、仕入れと仕込みに注力すれば事足りるという結果になる。

ただ、久しぶりに「おまかせ」の存在しない、神田神保町「鶴八」を訪れ、江戸前鮨の究極の楽しみは、「おこのみ」と称される、自ら好みのタネを注文するやり方に見いだすぺきだなあと痛感した。

「鶴八」には、他界された食べ歩きの大先輩に最初に連れて行っていただいた。当時は、江戸前鮨の象徴的存在であった師岡幸夫氏が健在で、現在板場を仕切っておられる田島さんは、ぼくの大先輩を含め、常連客からみっちゃんと親しみを込めて呼ばれていた。

田島親方の代になってからも、しばらくご無沙汰をしてしまったが、何も足されず何もひかない、あのころと同じ静謐な空間がそこにあった。磨き込まれ、しっとりとした光を放つ「つけ台」にそっと手を触れてみたくなる。多くの鮨屋において、つけ台に直接、刺身やにぎりを置く店はなくなった。ただ洗うだけの皿とは違い、毎日相当の力で磨かなければならない「つけ台」の手入れは、相当に大変なのだろうと想像がつくし、また、直接置くことを清潔ではないと嫌う客も多いと聞いた。そんな中で、今でもここ「鶴八」から、「新橋鶴八」〜「しみづ」と、つけ台の上で勝負する伝統が脈々と引き継がれている。

おこのみ、でしか注文を受け付けないゆえ、逆に日々用意される鮨タネの種類は少ない。ロスは出さないように、というより、旬を逸脱した魚や品薄の魚も一切置かない。盛夏に訪れても当然シンコはないばかりではなく、サバもコハダも用意しない潔さである。

注文は板場のバックにかかげられた、その日仕入れた魚介の札を見て確認。まずは刺身として少量切っていただき、続いてにぎりとなる。刺身として食べてみると面白いもの、にぎりでぜひ味わうべきもの、などと、いくつかのタネの中で向き不向きもあって、親方と相談しつつも意外と頭を悩ませる。

にぎりは、ひとネタ二貫が基本。「おまかせ」だと確実に一貫ずつで、もう一つ食べたいなあと言い出しにくいものだし、仕入れによっては冷たく「品切れです」と断られることもある。好みのタネを二貫ずつ食べることができるというのは、こんなにも満足度が高いのかと頬が緩む。

酒はビールと清酒。冷やした清酒はないので、熱燗か常温で。鮨屋にてワインや焼酎を選ぶことは絶対にないが、もちろん「鶴ハ」には最初から存在しない。本当に、酒というのは最低限そろっていれば十分だと実感する。

酢飯はさほど酸がたっておらず優しい。炊き加減もアルデンテというには少し柔らかい。そんな話を親方としたら、昨今、特に若い鮨職人は酢飯の塩や酢が強く、固く仕上げるのがいい、といった風潮がありますが、自分は、それは好まないんですよ。と返って来た。最近の傾向に対する反発もあるかもしれない。でも、そのにぎりに込められたやさしさは、まさに親方の人柄そのものだと感じた。

神田神保町「鶴八」
●東京都千代田区神田神保町2-4
●03-3262-0665
●12:00〜14:00 17:30〜22:00
●日祝
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2013年08月01日

今月はお休みです

いつも新・大人の食べ歩きをお読みいただき、ありがとうございます。

今月、伊藤章良さんが海外出張のためお休みです。大変申し訳ありません。

次回は9月1日になります。

よろしくお願いいたします。
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2013年07月01日

(66)銀座「鮨 わたなべ」

つまみににぎりと、流れるような「おまかせ」の仕掛け

銀座では破格の値段設定に、主の心意気を見た

久しぶりに鮨店の紹介である。

いろいろなところで書いているが、外食の中で何が一番好きかと問われれば、今でも鮨と答えるし、江戸前鮨の行脚は現在もずっと続けている。特に最近は、一人15000円前後で収まる店を見つけることに心血を注いでいる。

もちろん金銭的な注目だけではなく、仕入れの吟味、つまり魚の旬をうまく取り入れることで高級食材に頼らない工夫がある。もっといえば、大トロやウニ等を外してでも客が十分に満足できる「おまかせ」を組み立てることができる。そんな店が理想。新・大人の食べ歩きでも、同様の縛りで何軒か紹介をしてきたし、その全ての店が今でも高いクオリティを保っていると思う。

今回取り上げる「わたなぺ」は、過去に紹介して来た若手の店に比べるとすでに大御所。ご主人は、柳橋「美家古鮨」四代目に師事した最後の弟子、とかいうふれこみも見かける。そこを巣立った「鶴八」「しみづ」は、確固たるファンとポジションを確立していることでも有名だ。「わたなぺ」のご主人も、銀座に出る前は、湯島の「一心」にて、独自の技量と師匠の教えに磨きをかけてこられた。

いわゆる銀座の雑居ビル。バー、クラブ、小料理屋、鮨などが肩を寄せ合いひしめき合う中に「わたなべ」もある。ここのスペースが過去からどのように売られて来たのかは不明だけど、「わたなべ」のカウンターに座るまでの道程は、とてもよくできている。エレベーターホールこそ狭いが、そこから入り口までの、暗くて渋いアプローチは、わずかな距離ではあるが「雑居」なイメージをリセット。入口の引き戸を開けると一瞬で全貌がつかめる「わたなべ」のL字カウンターが待っている。

最近オープンする鮨屋、特に若い鮨職人が手がける店は、ほとんどみんな同じデザインの内装・照明で、同じような顔つき・佇まい・ユニフォームの職人が立っていて、高級鮨チェーンかと勘違いしてしまう、とよく書いている。確かに、魚への仕事も酢飯の仕上がりも似通っていて、魚の中卸の巧みさを見たり、修業先の指導が行き届いているよなあと、皮肉にも感じたりする。ところが、「わたなべ」はさすがである。同様に清潔で美しく明るいカウンターながら、ほんの少しだけデコラティブ。細かい小さなところで装飾のこだわりがある。「お前ら、若い連中とはひと味違うぞ、見てごらん」と余裕で主張されているようでもあり、そのセンスにまず脱帽する。

「おまかせ」は13000円だという。「菊鮨」など一部を除けば、銀座では破格値だ。というか、この価格をボーダーラインとして、そこに意識的にご自身の仕事を集中させていったと解釈するに足る、考え抜かれたつまみとにぎりだった。

つまみはもちろん魚介類と少量の野菜のみ。鮨屋としてのフィールドを逸脱することなく豊富で飽きさせない展開である。刺身にはそれぞれ異なる下処理がしてあって、香りや触感、味わいが、魚介の持つ様々な可能性を客に堪能させる。酒がすすむのはもちろんだが、さらっとジュンサイの酢の物なども供され、口に残った清酒の甘みがすっきりと緩和した。

にぎりは一転、おなかを満たす食事としての満足感も加味される。もちろん、酢飯の炊き加減・温度はいうまでもないが、実際にそうなのか技法なのか、口に運ぶと、上に載ったタネが少し分厚く感じられ、最初に噛んだときの反発やその後の持続性に、食べる喜びがさらに一枚加わるような気がした。

さて、柳橋「美家古鮨」から「鶴八」「しみづ」へと引き継がれる、トロ・中トロ・赤身の三種類を使った太い鉄火巻がある。「わたなべ」で「おまかせ」をひととおりいただいた後、どのような鉄火巻を出されるのか興味があって追加でお願いしてみた(ちなみに、最後はかんぴょう巻だった)。
「わたなべ」では、文字通り細巻の鉄火が出たので、そのうまみを堪能しつつ「太い鉄火巻はやっておられないんですか」と尋ねてみた。すると渡部さんは「うちは鶴八とは違いますからね」と相好を崩し、小さく胸を張った。

間違いなく自分が大好きであろうことが確信できた店なので、銀座への移転後、一刻も早く訪問したくてスケジュールの調整を何度も試みたが、不覚にも、たどり着くまで半年もかかってしまった。そんな自分を、久しぶりに後悔し叱咤した。

「鮨 わたなべ」
●東京都中央区銀座5-6-14 銀座ビルディング 3F
●03-3572-3330
●17:00〜23:00
●日祝休

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2013年06月01日

(65)代官山「Ata」

聞こえてくる高評価。“カワイイ”スタッフに和みながら

ガッツリ食べる魚介中心のフランス料理

オープン半年足らずで、ここまで高い評判を聞く店も久しぶりだ。
会う人会う人、特に外食のリテラシーが高いヒトほど、あそこはいい、と言う。
まだまだ情報がひとびとに浸透しておらず営業時間も長いので、ふと思い立って当日の電話でも予約がとれるのが喜ばしい。

雑誌の紹介記事でも食べログでも「すべてが魚介類専門のフランス料理店」との位置づけだ。しかし、少数ながら肉料理もあるし野菜料理は豊富。ぼく自身は、その点にさほど個性とか新しさとかを感じるわけではない。普通にフランス料理店に行って魚介を中心にオーダーすれば、ココと同じ流れを作ることもできよう。でも、今まではあまり存在しなかったタイプの料理店であることは確かで、その魅力のすべては、後述もするが厨房に立つ男女二人の料理人から発せられているように思う。

一方、当然、客の前で取り分ける演出=デクパージュが期待できる環境ではなく、ドーバーソールのように骨付きの魚を注文してカッコよく食べることができるか、という認識に立つと、意外とハードルは高く設定された店なのかもしれない。メニューはアラカルトオンリーで安価なコース設定がなく、しかも魚介類中心となれば、食べログラバーは敬遠するだろう。点数も低い。意識してのことかどうかはわからないものの、あらかじめ上客を選別することにも成功していて、大いに参考になる。

「Ata」は、代官山というより、どちらかと言うと渋谷にあるといっていいだろう。昔から、しぶーいレストランがポツポツと並ぶエリアで、そんな店の等間隔の灯りがふわっと緩くて、おいしさまでも匂わせる雰囲気を持っている場所だ。

かわいい階段を上り、可愛いエントランスを開けると、そこにカワイイ二人がいる。キャリアも積んだ(そして、まったく動きに無駄のない)お二人を称してカワイイとするのは恐縮だが、まさにそんな親しみやすさが先行するオープンキッチン。料理に詳しい人ではなくてもなんとなくわかる最新の調理器具が並んでいて、それをカワイイ人たちが、縦横無尽に動かす。

メニューは、キッチン上の黒板に、でっかく書かれている。
まずはスペシャリテとして、蒸した魚介と野菜をアイオリソースにディップして食べるか、ガッツリとブイヤベースを選ぶかをチョイス。加えて前菜とメインがある。まさに、食べろ!食べろ!と叫んでいるような構成で、代官山散歩の途中に立ち寄り、ちょこっと食べてその後スイーツでも・・・な客はターゲットではない。

奥に何卓かテーブルがあるようで、そちらもにぎわっていたが、「Ata」では、カウンター席以外には考えられない。おそらくテーブル席は、文字通り魚介類専門のフランス料理屋なのだろう、でも、カウンターに陣取ると、そこは、溌剌と動くカワイイ二人に見とれつつ和む、特別の空間なのである。

メニュー名は確かに少々上級かもしれない。ただ、その日の隣りの客は「パテカン」と書かれた意味を質問しており(実際には、パテカソって何ですか? と聞いていたが 笑)、そんなフランクなコミュニケーションが自然発生的に起こる環境だ。

シェフは最初に、キチンと自分の店の個性や特徴と注文の仕方を説明するし、忙しい合間にも手を止めて、こちらからの問いにも丁寧にユーモアを交えて応える。そのトークがあまりになじむので、恐縮ながら何度も質問を投げかけたくなる。

シェフは、客がオーダーしたメニューを、どの順番でもう一人の女性料理人と分担してこなしていくかをすべて大声で公開し、ホールのサービススタッフへの指示も同じように分け隔てなく大声で伝えている。特にもう一人の厨房の女性は、単なるアシスタントではなく、シェフが火の前に立つときには冷たい料理を、シェフが魚を焼くときにはソース作りを、と、見ていてオオッと感心するぐらい完璧なチームワーク。キッチン狭しと立ち位置が入れ替わる様は、まるでバトミントンのダブルスを見ているようにも映る。

最後に。最近の傾向として、というか流行る店の一つの特徴は、女性がイキイキと(悲壮感なく)働いている様子が客の視野の中にあること、ではないかと考えている。それは自分が男だからなどと偏った見方ではなく、長らく男の現場であり、しかもブラックボックスのイメージが強かった厨房が公開され、辛い仕事の象徴のような白いコックコート以外の清潔な服装で機敏に動く女性の存在。それは、食べるという欲望をさらに膨らませることに、より一層好条件として作用しているのではないか、と密かに感じているのである。

「Ata」
東京都渋谷区猿楽町2-5 1F
●03-6809-0965
●17:00-26:00
●日休
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2013年05月01日

(64)京都「割烹 たいら」

京都観光はここで十分と思わせる

スピリチャルでトラディショナルなパワー溢れる割烹

ずいぶん以前だが、高名な料理評論家の方が「本格的な日本料理のだしの味を知るために、毎月京都の同じ店に一年間通い、その味を会得した」と、何かに書かれていて、なるほど! と思った。そして、自分もダシの味がわかるようになりたいとの一念で、その店を久しぶりに再訪したことがあった。古い出来事なのであまり詳細な記憶はないが、ぼくはその店で上記の料理評論家の言葉を、恐れ多くも店主にぶつけてみた。すると店主は、「だしの味がわかるヒトになるより、店からも愛される客になってください。うちの店は、毎月毎月一年通っても、その後まったく来なくなる方は客ではない。毎年一回でもいいから十年以上通ってくださる方が当店のお客様です」と言われた。

この言葉に強く感銘を受けた。そして、ぼくが『東京百年レストラン』という本をシリーズで著そうと意図した原動力となっている。つまり、料理店にとっては、一時に続けて何度も来る人より、末永く愛し末永く通ってくださる方こそが自分たちのお客様だ、という気持ちを持って営業されているということを再認識したからだ。

その言葉を受け、ぼくはその店に毎年通った。ただ大台を迎える前に、なんとなく気持ちが離れその店から遠ざかってしまうことになった。最大の理由は、その店がミシュランで三ツ星を獲得したからだろうと思う。まったく店の責任ではないので恐縮至極ではある。でも、ぼくにとってのミシュランとは、そこまで程度の低いものなのだ。フランス料理店についてはさほど感じないけど、ミシュランで高いランクを獲得している日本料理店には、その評価基準に首をかしげる。自分が生涯かけて通おうとした店が高評価されている事実を、素直に喜べなかったのだろう。

ところが昨年、実は待ちに待っていた新規オープンの情報を得る。

ポールボキューズに影響を与えたとまでいわれる、他界された先代と大女将との全盛期に入店。それ以降、息子兄弟が板場に立つ時代を経て、兄の二代目となっても板場の定位置で店を支えて来た平 智明さんが、21年目にして独立。激戦区の祇園を離れて四条烏丸駅から最寄りの静かな住宅街の中に新店を構えた。「たいら」という。

以前の店も祇園の中心にあり、それなりに割烹として申し分のない店構え。2階には座敷も設けて料亭としても使える立派なものだったが、「たいら」は、東京人の誰もが憧れる町屋の一角。引き戸をあけても、その瞬間は割烹とは思えず、呉服屋の番頭さんが座っていて「おいでやす」と頭を下げるような風情。入口側は、クルマの往来も激しく近くに小学校があって昼間は子供の声も聞こえ、店の奥側は小さな庭があり、たくさんの緑が静かにきらめく。そして、その間を心地よい自然の風が通る。これぞ日本家屋、我が国が誇る文化と機能性。真ん中に設けられたカウンターに座って、マンション暮らしからは考えられない高い天井を見上げつつ、日本人に生まれた悦びさえ感じてしまう。

昼に訪れた際、同席者は当初、食事の後に銀閣寺に行ってみようとか、龍安寺の石庭を見たいと、京都観光に思いを馳せていたが、「たいら」の店内からあふれるスピリチュアルでトラディショナルなパワーに接した結果だろうか、もうどこに行かなくても京都はここで十分。と悟った。

平さんは、20年以上の修業から経験値は十分だと思うが、見かけはまだまだ青年である。ピンと張りつめた空気感がよくも悪くも前の店での特徴だった中に、板場の隅っこでいつも笑顔を絶やさずもくもくと仕事をこなしていた姿は、客の心を和ませ、カレをいじることで客は店へのメッセージを間接的に伝えた。ぼくは鱧の時期に訪れることが多かったこともあり、平さんがいつも、シャリッシャリッと鱧の骨切りをしていた姿が目に焼き付いている。

飲物を聞かれ、まず清酒のメニューに惹かれた。すばらしい。特に最近ぼくが東京でも好んで選んでいる「七本槍」や「不老泉」など、滋賀県中心の品揃えがお膝元の個性だ。

そして、一皿に多くの料理を盛り込まず小皿で一品ずつ提供する、それこそフランスのヌーベルキュイジーヌのルーツといわれる「千花」スタイルは踏襲。だが、出される料理の流れ、選ぶ食材や調味料は、よりシンプルにそぎ落とされていて、お椀に至っては老成さすら感じるできばえだ。

食事の途中に、何度か先代の言葉、先代の手法を、平さんの口から聞いた。彼の料理哲学の中には、きっと先代の教えがぎっしり詰まっているのだろう。先代の料理も何度か体験したものの、今の自分にその記憶は薄い。

平さんの中にその先代の魂が再び灯っているとするなら、新しい若い力との融合こそが、食べ手にとってもっとも頼もしい形に違いない。

「たいら」
●京都府京都市下京区仏光寺通柳馬場西入ル
●075-341-1608
●月休、月一回日休
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2013年04月01日

今月は1回お休みです

4月1日、新年度が始まりました。

ただ、フレッシュな時に大変申し訳ありません。著者都合により今月号はお休みさせていただきます。

次回は5月1日です。おいしいトピックを2か月分のパワーでアップしてくださることでしょう。

引き続き新・大人の食べ歩きをよろしくお願いいたします。
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2013年03月01日

(63)中目黒「クオーレ アズーロ」

東京イタリアンの“呪縛”を感じさせない

のびのびとした姿勢が頼もしい

前々回、東京のイタリア料理店に強く惹かれる店が少なくなってきたことを書いた。あれからもずっとそのことを考え続けていて、新規オープンの店をのぞいたり、人気店に再訪問してみるものの、やはり「強く惹かれない」という感覚に変化がない。一時のような、イタリア料理にワクワクする、というかゾクゾクする気持ちが沸き起こってこない。

その理由として、東京のイタリア料理店が一定の円熟期を迎え「優等生」になりすぎているのではと、個人的には感じている。なんとなく70点ぐらいにまとめておけば、客も満足するしネットで悪く書かれることもない。シェフ個人の嗜好や目指す姿が明確にあったとしても、経営的に存続させることが第一。もちろん、キチンと儲けて長く続けていただくことがもっとも大切で、ダイニングをカウンター中心にするなど効率面での工夫は見られても、冒険や挑戦をしているなあと感じる皿に出会わなくなっている。

同じ土俵では、日本料理やフランス料理の方がチャレンジ精神的な強さや期待を持って接することができ、なによりそれが客を楽しませる。いっぽう優等生との付き合いは、それなりに心地よく同席者に不快な思いをさせることも少ない。しかし、ぼくのように単純に友と食べて友と語ることだけが目的で利用する客には、以前はあんなにワクワクしたイタリア料理店から楽しさがこみあげてこないのだ。

昨年末に上梓した拙著「東京百年レストランII」では4軒のイタリア料理店を紹介したが、特にその中でも「GANZO」は、シェフ自身の店舗に対するこだわり、料理へのやんちゃなアプローチや主張が気に入っていた。

そしてもう一軒。中目黒に昨年春オープンした「クオーレ アズーロ」を取り上げたいと思う。なにより、東京イタリアンの呪縛やヒエラルキーを感じさせない、のびのびとしたシェフの姿勢が頼もしいのだ。

場所は、中目黒商店街をずんずん進んだ終点近く。界隈にも「ラ・ブーシェリー・デュ・ブッパ」や「タツミ」などビストロの名店が並ぶが、正に「タツミ」の隣りにあるのが「クオーレ アズーロ」である。

「タツミ」との相似形を感じてしまうような細長い店内に「タツミ」よりさらに狭い厨房の中から、実に様々な料理が巧みに生み出されていく。

ダイニングのキャパもレイアウト的にも、基本はバール。入口付近と奥にはテーブル席があるものの、メインはキッチンを囲むようにしつらえたカウンター。オープン当初は飲み中心の展開をコンセプトとしたようだが、ワインのつまみにしてはもったいない多種多様な料理の数々かイタリア料理好きの琴線に触れ、ウェブ上で取り上げられる以前から、じわじわとその魅力が口コミで伝わった。かく言うぼくも、そんなイタリア料理好きの友人からココを教えられ、さっそくファンになったひとりである。

店内はサラッとシンプルに組み合わさっていて、色使いの中に可愛らしい主張がある程度。だが詳細を見ていくと細かい部分にこだわりや個性が見いだせて、単純にバールというスタートではなく、この場所で長く営んで行こうという心意気が響いてくる。特に化粧室はドアの雰囲気から室内のアイテムのおもしろさ・居心地よさまで、思わず長居したくなる。

シェフはイタリアの北から南、ピエモンテからサルデニアまで修業したと聞くが、帰国後はしばらく神戸でならし運転をして中目黒にたどり着いた。どちらかというと北イタリアの料理が中心に感じるが、そのバリエーションは、メニューが書かれた黒板を眺めるだけでも飽きないどころか、満腹感まで追いついてくるようだ。

パスタは、イタリア修業時代に木型を集めてきたそうで、小さな見本に入れられ幅広く用意されている。多くの手打ちバスタは、ゆでた際にゆるくなってしまうのか個人的には残念だったが、「クオーレ アズーロ」の手打ちバスタはいずれもカチッとしたアルデンテで提供され、乾麺フリークの心も掴むことだろう。

もれ聞くところによると、シェフの奥様はまったく違う業界の方ながら、イタリア好きが共通のベクトルで現地で知り合われたとか。「イタリア」という共通項で結ばれたながらも、夫婦で違うキャリアを積んでいく流れが、のびのびとした前向きな楽しさを生み出す「クオーレ アズーロ」の源泉となっているのかもしれない。

「クオーレ アズーロ」
●東京都 目黒区上目黒2-42-12渋谷ビル1F
●03-5708-5101
●18:00〜25:00LO
●火休
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2013年02月01日

(62)麻布十番「ナポレオンフィッシュ」

料理長が思うがままに展開する

不思議な中国地方料理の世界

食べ好きの方に対しては釈迦に説法と自覚するが、中国料理のフィールドは実に幅広く多彩だ。大まかには四種類に分類されるとして長く語り継がれてきたものの、そんな区分けも今や形骸化して、広い国家と世界一の人口が成せるそれぞれの地での料理の実態は、少しずつだがやっと理解されるようになってきた。

とはいうものの、やはり主流は広東料理。高級食材オンパレードで客単価も高い。誰もが好む接待系な用途でしか個人的には選択肢に上がらない。そんなに払うならいっそのこと香港に行こうと思ってしまう。そして、辛さや廉価のパワーで麻痺させられる四川料理。中国の本場にて四川料理を食した経験はないけど、日本の四川料理はどうも、麻や辣よりも塩の方が強いように感じて多種類を食べているとつらくなってくる。

そんな中、2012年夏「ナポレオンフィッシュ」なる中国地方料理店がオープンした。ここは「club子羊」など、看板のない不思議な飲食店を何店か経営している会社がオーナー。こう書くと、奇をてらった隠れ家系の新業態かと一瞬思える。ところが、ココが他のハヤリ先行型と一線を画する点は、一旦決めたコンセプトをずっと持続しそれを醸成する体力というか、ベタな表現だが根性があるように感じる。

何度か業態を変化させつつ今は、発酵をベースに据えて何店舗かを動かしている。そのうちの一店、渋谷のラブホ街にある「月世界」は何度か訪れ面白さの片鱗を発見したものの、立地や照明の怪しさに反して客層がキャピキャピすぎで、純粋に飲食を楽しみたいぼくには違和感があった。

「ナポレオンフィシュ」は、そんな「月世界」のシェフを担いで、食べることを第一目的とした人が集まる場にふさわしい、麻布十番のビルの二階にお目みえした。

「ナポレオンフィッシュ」とは、取りようによってはバーにもビストロにもなり得る。にもかかわらず、中国の貴州を中心とした地方の料理と発酵食品を組み合わせた、店名を凌駕する斬新な展開。しかも今度こそ小さいながらも堂々とサインが出ている。きっちり看板を出し料理で勝負できる店を、と考えつつ機が熟したのだろう。

それにしても、「月世界」という、雰囲気はハマっているが料理はまったくイメージできない怪しい空間から、日本人に馴染みのない魚の名前を冠し、その珍しい食材を店のメインに提供する英断はすばらしいと思う。そして、その意気込みすら上回るぐらい、不思議で珍しく、しかもおいしい料理の数々には本当に驚き、そして楽しんだ。

料理は、希少な中国食材を取り寄せ、それを発酵させたり形を変えたりしてメニューを構成。ここを任された料理長は、本当に自分が思うがまま縦横無尽に展開していて、日本人に馴染みの薄い中国地方料理を紹介したい強い思いは、メニュー名からダイレクトに体感できる。たとえば「貴州名物 黒わらび春雨の冷製」。黒わらび春雨の実態は最後まで把握できなかったものの、黒酢のタレに浸かった春雨の弾力や喉ごしは格別。また、別名「白い麻婆豆腐」とも言われるこちらの「正宗麻婆豆腐」。しびれる辛さに強いスッパさが加わり強烈に後を引く味。こちらも外せない。また、オンメニューにはなっていないようだが、「ナポレオンフィッシユ」のポテトチップは瞠目のテイスト。ぜひスタッフに尋ねてほしい。

店内は、意外にも明るくカジュアルでエントランス付近には大きなワインセラーもあり、スタッフのスマートさや人なつっこさとも相まって中国料理店には感じない。が、漂う香りやシャカシャカとリズミカルな鍋の音はまさに中国。そして、大皿を取り分けながら、各所で「なにこれ〜」とか「おいしー」との声が上がる和やかな空気もまた、中国料理を味わうときならではの悦楽であろう。

「ナポレオンフィッシュ」
●東京都港区麻布十番1-6-7 2F
●03-3479-6687
●11:30〜14:00LO(火〜日祝)、18:00〜22:30LO(火〜金)、17:00〜21:00LO(土日祝)
●月休
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2013年01月01日

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

いつも新・大人の食べ歩きをお読みいただき、ありがとうございます。

次回は2月1日のアップとなります。

今年もよろしくお願い申し上げます。

『東京百年レストランII――通えば心が温まる40の店(亜紀書房)』発売中です。
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2012年12月01日

(61)恵比寿「ビストロ ジャズキッサ」

つまらない男は連れて行きたくない。

姉妹による気品ある料理が魅力のビストロ

まず始めに、少し告知をさせてください。
先月、大家の土田さんにもブログで紹介していだたきましたが、このたび、『東京百年レストランU』を出版いたしました。
この本は前作に引き続き、百年後も存在していてほしいという、ぼくの独自の視点で40軒のレストランを厳選し、紹介しています。食マスコミもブロガーもレビュアーも、新しくオープンした店ばかりを必死で追いかける昨今、こういったコンセプトの本や活動を地道に続けていきたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。

*******

さて、今回の本題。

「ラ・シュエット」という、静かに追っかけてきたレストランがある。

例によってぼくは、店のシェフやスタッフに根掘り葉掘り聞くこともないし、ブログやレビューを読み漁ることもしない。正確なウラもとらずに記憶のままを振り返ってみると、「ラ・シュエット」に初めていったのは、もう20年近く前だろう。白金高輪の、マンションの2階のような場所にその店はあり、オーナーがすさまじいワインのコレクターということで、彼の秘蔵ワインをかなりの適正価格で飲ませていただくサロンのような店だった。

ただ「ラ・シュエット」は、単に高級ワインサロンと呼ぶにはふさわしくない。すぐれたフランス料理も合わせて提供されるのだ。ぼくの記憶は、卓越した料理が味わえるフレンチレストランで、加えて、それに合わせるワインも充実。と、捉えていたかと思う。

時期を同じくしてかどうか定かではないが、西麻布にも「ラ・シュエット」は存在した。確か「バー・ラジオ」にいた方が出した「バー・ラジオ」そっくりの店の跡に(もしくは、同じビルだけだったかもしれないが)入っていたはずだ。白金高輪よりはワイン中心だった気がするが、こちらの格別な居心地良さも、きちんと覚えている。

白金高輪の店を移転させたのだったか、銀座に、こちらはフランス料理店として出店されていた。ウッディで重厚感のあるダイニングにて、あまり銀座らしからぬ夜を楽しんだ。

それと、白金高輪におられたシェフが沼津でフランス料理店をオープンされたことを知り、泊りがけで沼津まで食べに行ったこともあった。沼津という漁港で名を馳せた小都市とは思えない落ち着いた品のあるレストランで、ときを忘れるほど幸せな体験は、クリアに頭に残っている。

アメリカに行く機会がなくなってしまったので残念ながら未訪だが、「ラ・シュエット」は、違う名前でサンフランシスコにも出店。ザガットやミシュランでもその店の女性シェフが高い評価を得ていると聞いた。

そんなレストランシーンを、日本とアメリカの各所で静かに長い時間をかけて創りあげてきた「ラ・シュエット」は今、銀座は名前や経営が変わり、西麻布は六本木に移転。現在日本の拠点は、六本木に集約された様子。残念ながら、最終形の六本木の店は未訪である。ただ今回は、そこを巣立って、恵比寿にカウンターのみのビストロを開いた姉妹の店を紹介したい。「ビストロ ジャズキッサ」という。

場所は、日赤通りから明治通りを超え恵比寿ガーデンプレイスへと続く細い道沿い。以前ここでも紹介した中国料理「廣安」や、「トシヨロイヅカ」「くろいわ」「蟻月」などがひしめくグルメストリートだけど、最も分かりやすく言うなら、界隈でも老舗になってしまった「フミーズ・グリル」の下である。

この場所、定点観測ほど見ていたワケではないものの、ずっと和系(焼鳥屋とか焼酎・清酒を飲ませる店)が入っていて、しかもなかなか定着していなかった。反面、ここを巣立って恵比寿駅の反対側に立派な店を構えた「おやまだ」など、成功している店もある、そんな小さな空間。

足を踏み入れると、サービス担当でやさしい感じの妹さんが迎えてくださり、カウンターの向こうには、コックコートをキリリと着こなす姉さん。いずれもタイプの異なる美しい方々で、まず(男なら誰でも)オッとなる。店の内装はほとんど手を入れていないというが、ちょっとした品のいい置物や、「ジャズキッサ」たる所以のレコードジャケットなどを施しただけで、瞬時にカウンタービストロへと変身する。なにより、今までのオッサン系とは180度異なる、姉妹二人の醸す雰囲気が最大の特徴だろう。

店内にはジャズが薄く流れ、料理のメニューとワインリストはレコードジャケットを使うなど、ジャズ喫茶なところも多少はあるが、もちろんワインとフランス料理を楽しむレストラン。元々料理人だった姉さんが、妹さんと二人で店をやろうと決意。妹さんは飲食ではなかったそうだが、その気持ちに賛同し、レストランでサービスの修業をされたと聞く。

料理ができあがるまでをカウンターから眺めていると、まったく危なっかしいところがなくすでに完成された力量だ。手際もよく、時間がかかる料理の前には小さな野菜の皿をサッとサービスしてくれるなど、心憎い。

恵比寿、広尾。いずれの最寄駅からも少し遠い立地だが、ゆったりとした空気感と丁寧で気品のある料理。なりより姉妹の謙虚でけなげな振る舞いは、東京にビストロ多しといえども得難い魅力だと確信。

そして、つまらない男だけは、絶対に連れて行きたくないと心に誓うのだった。

「ビストロ ジャズキッサ」
●東京都渋谷区恵比寿2-1-5 佐々木ビル B102
●03-6721-7988
●18:00〜翌2:00LO
●不定休
posted by 伊藤章良 at 13:05| Comment(2) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする