いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2014年10月01日

(75)新宿「富の蔵」

名店の技を受け継ぐ主と女将さんとが

夫唱婦随の連携で築きあげる愛あるそば屋

虎ノ門、外堀通りに面したビルの地下に「本陣房」という蕎麦屋があった。現在その場所がどうなっているのか、最近界隈に行っておらず確認ができていない。確か、1990年ぐらいにこの場所に移転し、台頭し始めた記憶がある。

当時の保守的な蕎麦屋感をブレイクスルーし、今では普通になった、茶そば、ゆず切り、しそ切り等さまざまな食材と一緒に練り込んで打つ「変わりそば」を季節替りで実施。灘の樽酒が定番のところに地酒を提供。天ぷらをはじめ、蕎麦以外の料理を少しずつ広げ夜の客単価を上げることにも成功し、新橋界隈にほとんど同じスタイルの支店を増やし始めた。

そんな「本陣房」グループといえば、印象的な屋根付きの行燈と、黒い大きめの四角い器で刻みネギを。そしてメニューは必ず手書きで、失礼ながらその字がヘタだった。店名は違えどまるで同じ店が目と鼻の先に何軒もできて大丈夫なのかと少し思ったけど、持ちつ持たれつで着実に成長。確か現在の本店は、ニュー新橋ビル一階に移転したはずだ。

ぼくは、そんな「本陣房」の中でも「揚げ玉そば」が特にお気に入り。良質の天ぷらを提供しているので揚げ玉だけでもおいしいが、その中にドンと大きなドンコがひとつ入っていて、それとつゆとの相性が抜群。真夏でも冷たい蕎麦を選ばず「揚げ玉そば」にしていた記憶がある。

それから25年。新橋自体に行くことが少なくなり、「本陣房」にも顔を出さなくなってしまったが、先日新宿御苑を歩いていて、まさに本陣房関係の店だとすぐに分かる、屋根付きの行燈を見つけた。「富の蔵」という。

思わず、ドンコ入りの「揚げ玉そぱ」を求めて入店。まずメニューを見ると、伝統的な手書きで、うれしいことに字がヘタである。内容もほとんど「本陣房」を踏襲している。躊躇せず「揚げ玉そば」を注文。まったく同じテイストながら、残念なことにドンコが入っていない。

にも関わらず、ぼくはこの店の密かなリピーターとなった。
なにがいいって、女将さんがとてもステキなのである。
女将さんはおそらく接客のプロではない。客をいなしたり、ましてや、おべんちゃら等はまったく言えないタイプ。なのに、存在感があり、かわいらしくて、そして細かい点までの気配りがすばらしい。なんというのだろう。ご主人と独立を果たした二人の店を、ご主人を支えつつ盛り上げていこうとする「愛」なのだろうか。

さらに、滑舌がいい。いらっしゃい「ませ」。ありがとうござい「ました」。こういった飲食店での基本的な挨拶を語尾まではっきりと言い、そして気持ちを伝える。自分に向けられてものではなくても、その声を聴いているだけで、すがすがしくなる。忙しいランチタイムでも、キチンと人の話を聞き、自分の意図も伝えようとする。今月からの新しいメニュー「です」今、こちらをオススメして「おります」。こうして丁寧に礼儀正しく言われると、「あ、それ」「それも」とオーダー、ランチ時でもあっという間に千円を超える。でも、まったくしてやられた(笑)感がないのだ。当方も十分満足なのである。

後半、というか辞する際にも、できる限りレジまで戻って挨拶し、つり銭をやさしく渡し、深々と頭を下げるオープンしたてのころ、せっかく香り高い蕎麦を打っているのにダイニングが煙っていてとても残念な気がしたので、せめてランチタイムぐらいは禁煙にされたらどうですかと伝えて帰ったら、次から禁煙になっていた。

「富の蔵」には年配の客が多いのも、若いスタッフにぞんざいな対応をされ、気分を害した経験をお持ちの方なのだろうと想像する。年配の女性も、ずっと女将さんを自分たちの会話の中に入れて離さない。

長いサービス経験がなくても、料理に関する深い知識を持たなくても、気持ちや愛情、その人それぞれの育ちや経験が接客、というかコミュニケーションを形作るんだなと、つくづく思う。もしかすると、とんでもなく詳しい方なのかもしれないが。

もちろん「富の蔵」は、「本陣房」仕込みの蕎麦、そして日本料理全般、絞り込まれた地酒に、先進性と技量が見える。そしてなによりも、夫唱婦随の連携が「富の蔵」最大のソフト力となって、ダイニングや料理といった形あるものをさらに魅力的にしていると思う。

「新宿手打ちそば 富の蔵」
●東京都新宿区新宿1丁目3−5
●03-6380-4445
●月〜金11:30〜14:00、17:30〜22:00 (LO21:00)、土11:30〜15:00、17:30〜20:00
●日祝休
http://www.tominokura.jp/
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2014年09月01日

申し訳ありません。もう1回おやすみさせていただきます

いつも新・大人の食べ歩きを読んでいただき、ありがとうございます。

9月1日より再開させていただきたく、伊藤さんに原稿をお願いし、

昨日ギリギリまで店選びを悩んでくださいましたが、8月いっぱいの海外での長期出張と重なって

自信を持っておすすめいただける店がなかなか絞れないということで、

もうちょっと考える時間が欲しいとのことでした。いつも確認をしてから原稿をまとめる方ですので、

理解をし、もうしばらくお待ちすることにしました。ずっとおやすみになっていて

誠に申し訳ありません。今後ともよろしくお願いいたします。
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2014年08月01日

おやすみさせていただきます

いつも新・大人の食べ歩きを読んでいただき、ありがとうございます。

まだ管理側のサイトがご覧いただけない状態になっています。

大変申し訳ありません。

9月1日より再開させていただきたく存じます。

もうしばらくお待ちくださいませ。今後ともよろしくお願いいたします。
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2014年06月01日

今月はお休みさせていただきます

いつも新・大人の食べ歩きを読んでいただき、ありがとうございます。

諸事情により、管理側のサイトがご覧いただけない状態になっています。

大変申し訳ありません。

復旧次第、改めて情報をお届けしたいと思います。

今月号はお休みさせてください。

よろしくお願いいたします。
posted by 伊藤章良 at 14:18| Comment(2) | TrackBack(0) | 中国料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月01日

(74)滋賀「湖里庵」

琵琶湖湖畔で日本食文化を継承する

創業230年の料亭の圧倒的な存在感

狐狸庵先生、遠藤周作。違いがわかるオトコの……、というCM、ご記憶だろうか。インスタントコーヒーながら、実は高級品であることを印象づける優れたメッセージ広告だったと思う。

その狐狸庵先生 遠藤周作が愛した料亭が、琵琶湖の湖北マキノ町にある。先生はエリア一帯を奥琵琶湖と称するのだが、その店は立地にちなんで「湖里庵(こりあん)」と呼ばれ、まさに、狐狸庵先生が命名した。遠藤周作は北欧を愛していたそうで、湖の際に佇む「湖里庵」からの眺めが、小さな北欧もイメージしたという。

琵琶湖というと日本で一番大きな湖で、もろこや鮎といった淡水の魚介に恵まれ、東側の湖畔には近江なる商人の町が形成された。そんな一般的な琵琶湖イメージと直結する東側と異なり、「湖里庵」のある湖西・湖北は、のどかで自然が残る地域ながら、琵琶湖畔の美しさは随一。別荘が立ち並ぶ砂浜はリゾートの海岸線を想起させる。

いっぽう、マキノ町のエリアは古い町名を海津といい、若狭湾の海の幸を京都に運ぶ間の要所として栄え、一体を鯖街道と呼ばれていた。上記したような別荘地の一面と同時に、古くからの作り酒屋や佃煮屋などが軒を連ねて、日本の原風景を感じるすばらしさも同居している。

「湖里庵」は、そんな一角にひっそりと位置し、古い町並みにしっとり溶け込んだ抜群の風情。地元の特産である、日本古来の発酵食品「鮒すし」を中心とした店舗販売と料亭の二つの構えで、実に創業230年を数えるという。

お部屋に通され席に着くと、眼前に広がる湖畔の風景と遠方の緑、そして界隈では今年最後の桜。それはもう、瞬間的には息を呑みつつ時間が経っても飽きることのない日本の美。日が傾くにしたがってゆっくりと辺りが闇の中に溶け込んでいくさまも、その変化の妙だけでご飯をいただけそうだ。

といっても、やはりこちらの名物は伝統の鮒すし。鮒寿しとは、琵琶湖で獲れる上質のフナの内臓を抜き取り、飯を詰めて発酵させた、この界隈に古くから伝わる保存食。文字通り寿司の原点とも言われている。確かに強い発酵臭はあるが、匂いのデータ的には納豆とほとんど変わらないそうだ。

「湖里庵」にて鮒すし懐石を選ぶと、それぞれの皿のいずれかの場所に必ず鮒すしを入り込ませた、すばらしいコース料理が供される。ひとつは鮒すしの形そのものを残し、あるいは甘露煮にしたりチーズを巻いたり。一方、単なる香り付けだったり、パスタと絡めてソースに使われていたり。最後はお茶漬けの材料として効果的に〆られたり。

アイデアの豊富さ、熟練した皿の構成、そして、食べ始めはけっこう香りが強くて初めての体験だなあと逡巡しつつも、どんどん鮒寿しが好きになり最後にはクセになってしまいそうなコースの流れ。鮒すしという強烈な個性がここまで変化に富んだ料理の主役となるさまに唸りっぱなしだ。

酒は、道を隔てて斜め前にある吉田酒造の「竹生嶋」。「湖里庵」の鮒すしを洗うものと同じ水を使って醸したという。まさにこれしかないというハマりのチョイスである。

滋賀や岐阜あたりは、熊や雉、鴨といった日本のジビエを食べさせる料理店、料理旅館がいくつかあり、特に素人投稿サイト等では好評を博しているようだ。

それらも確かにすばらしいが、「湖里庵」は圧倒的に異なる存在である。

野山で獲れた食材ありきの料理に比して、古くから培って来た地元の加工品に新旧様々な手法を用い創造性豊かなイマの料理に昇華している「湖里庵」の形は、フランスやスペインの、都市部でなく地方というより片田舎にて独自に形成された、たとえば「ミシェル・ブラ」や「レジス・マルコン」といったオーペルジュを想起させる。

なによりも、日本の文化と伝承を感じる大人の店である。

「湖里庵」
●滋賀県高島市マキノ町海津2307
●0740-28-1010
●11:30〜13:00 17:00〜18:30 (予約制)
●火休(祝日の場合は営業)
http://www.korian.net/
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2014年04月01日

(73)ハワイ「PALACE SAIMIN」

見事に完成されたスープでまとめられた

ハワイ・ローカルフードの麺店

日本国内の店も書きたいところはいろいろとあるのだが、先週少しハワイに行っていて、そこで接した麺につ
いて、今回は考察と紹介をしたいと思う。

ハワイにもラーメン店は数多くある。そして意外にも、そのほとんどは日本からの観光客そして現地駐在の日本人が席を占めている。ほんの数日間滞在の貴重な食事の中で、なぜ日本でも食べられるラーメンを選ぶのか、そんな議論もしたくなるが、マクドナルドとスターバックスにしか行かず、ひたすら買い物をしてたという話も頻繁に聞くので、まあ、典型的な日本人らしいハワイへのアプローチなのであろう。

日本において、和洋中を問わずうまいといわれるほとんどの麺は、自家製である。うどんもそばも、そしてパスタも、その店内でオリジナルのおいしい麺を打っている。いっぽうラーメンはスープに力を注いだ結果、麺への注目が薄い時代か続き、他のヌードルに比べ自家製麺への対応が遅れてしまった。
ぼくはその点が、もっとも日本のラーメンに満足できないポイントだと思うし、麺のウマさで引っ張るつけ麺形態では、未だまったく魅力を感じていない。ただ、多くのラーメンスペシャリストが注目し指摘していく中で、ラーメンの麺に対する意識も上がり、今の進化形はスープ以上に麺が重要となってきたのは喜ばしい。

今回のハワイで新に知った事実として、ハワイを含む全米の日本式ラーメン店の麺はすべて同じ製麺会社で作られている、という事実。海外でのラーメン店展開を考えれば、大手の製麺所と組まざるを得ない状況は理解できるものの、誤解を恐れずあえて言うなら、アメリカでは、どこでラーメンを食べてもほとんど同じ麺である、という結論だ。ラーメンが世界的な和食となっている話題が最近のニュースでは喧(かまびす)しいけど、上記のような日本国内でのラーメン発展過程を考えれば、アメリカでおいしいラーメンにありつける日は相当先だろうと思う。

いっぽう製麺所と共同歩調の日式ラーメンとは別に、ハワイには「サイミン」と呼ばれる麺が、かなり昔から存在している。サイミンとは細緬がなまったとも言われ、その風貌やレイアウトから沖縄そばにもルーツを感じるが、いわゆるハワイへの移民がもたらした、というか創造した、ハワイローカルフードの典型であろうか。

ハワイには「ポキ」と呼ばれる代表的なローカルフードがある。これは、簡単に言ってしまえば生マグロのピリ辛マリネ。魚を生食するなんて南の島では考えにくい状況ながら、今やハワイのスーパー総菜コーナーには必ず置いてあるポピュラーメニューである。
きちんと調べたわけではないが、これはハワイに移住した日本人が、やっぱりマグロは生で食べるのが一番うまいという認識と切望から、ハワイで考案されたメニューではないかと推測する。ちなみに「yelp」という、アメリカ全域での、食べログみたいな一般人によるグルメ投稿サイトで、全米1位が、この「ポキ」をご飯の上に載せた「ポキ丼」を提供する店なのだ。

さて、ぼく自身もアメリカにおいては、地図アプリと連動している便利さもあり「yelp」をかなり活用して(特にB級グルメにおいては)動く。今回取り上げる、オアフ島でカリヒと呼ばれる地区にある「PALACE SAIMIN」も、最初はこのサイトで見つけて訪れた。

カリヒ地区というのは、日本人が大好きなワイキキからクルマで20分ぐらいだろうか。工場兼倉庫が建ち並ぶ風情で完全にローカル、というか下町。日本人はもとより、観光客の訪れるエリアでは当然ない。日本でいう質流れ品や倒産品を集めたかと思われるような、下着やシャツ等を大量販売している巨大なモールなども存在し、低所得者層の住宅地でもあるようだ。

そんな下町エリアゆえか、安くてウマくて、ローカライズされた飲食店の宝庫ともいえよう。。

「PALACE SAIMIN」は、そんな中の一軒。あらかじめ情報を入手していなければ到底行きつかない目立たない店。オモテからは、営業しているのかどうかすら分かりにくい(海外にはそういった店は多いけど)。ワイキキでこそサイミン専門店、というかサイミンを食べさせる店ですら見当たらなくなったけど、カリヒ界隈では「PALACE SAIMIN」以外にも、カウンター形式のサイミンスタンドが何店かあるようで、庶民の軽食として今でも愛されていることがよく分かる。

「PALACE SAIMIN」は、創業68年だそうだ。もちろん日本軍が真珠湾攻撃を仕掛けるずっと以前からそこにあった。そしてそのサイミンは、70年前の関西以西の日本人なら、きっとこんなスープで麺を食べていたんだなあと思わせる原型が、そこに残っている。化学調味料ができる前からの味、とでも言おうか。ワインに詳しい人ならフィロキセラ以前と例えてもご理解いただけるかもしれない。

化学調味料という味覚の大きな標準化があり、それに疑問を感じた料理人によるさまざまな試みがなされる現代の厨房だが、今の日本で、化学調味料以前を感じさせる食べ物に出くわすことは、不可能に近いだろう。
多少大仰かもしれないけど、ぼくにとってハワイの「PALACE SAIMIN」は、それを感じるテイストがあった。

もちろんこの店は、自分たちのサイミンの味が一般的に薄いモノであることを知っていて、必ずカラシが添えられる。客はそれを醤油で溶いてスープに継ぎ足し自分の味を調える。また強めのタレで味付けたBBQスティックも、ほとんどの人がサイドオーダーとして注文し、サイミンに投入する。

でも、当然ながら何も足すことなく「PALACE SAIMIN」のスープは完成していて、文字通りそこはかとなく、はかなく、そして日本人としての矜持を改めて認識する立ち位置をキッチリと守っている品だった。
麺屋を志す人はもちろん、料理全般に興味のある方には、ぜひ一度訪れてご意見をうかがいたいものだ。

なお、ハワイのサイミンが、すべて「PALACE SAIMIN」の味ではない。というか、色々と食べてみたが、この味はココだけ、である。多くのローカル定食屋にもサイミンはあるが、それらはすべて、化学調味料以降の味であるのは、残念ながら言うまでもない。

「PALACE SAIMIN」
http://www.palacesaimin.com/
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2014年03月01日

更新、もう少しお待ちください

いつも新・大人の食べ歩きをお読みくださり、ありがとうございます。

著者の伊藤章良さんが「これだ!」と感じられるような店を探していて、今回は執筆まで、もう少し時間がかかります。

もうしばらくお待ちくださいませ。
posted by 伊藤章良 at 09:20| Comment(1) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月01日

(72)銀座「明日葉」

レストラン評における“ぼく”の核を支え続ける

銀座の隠れ家割烹

ぼくは、このサイトの大家さんとの出会いがきっかけで、90年代後半から雑誌に寄稿するようになった。その後、情報ウェブサイト等にも広く記事を書く機会を経て、『東京百年レストラン』という、新規オープンや話題の店ばかりを追う料理マスコミやブロガー、レビュアーとは一線を画する、百年続いてほしいと願う独自の視点で選んだレストランガイドをシリーズで上梓するに至った。

今回は、自分が雑誌に書き始める以前から定期的に通い、雑誌やウェブサイト等で折に触れて紹介して来た思い出の店を改めて取り上げてみたいと思う。

その店「明日葉」は銀座一丁目にある。ご承知のように銀座の飲食店は、晴海通りを挟んで新橋側と京橋側では異なる顔を見せる。新橋側が夜の街になのに対し、京橋側は、銀座としながら「三州屋」に代表されるような庶民的な店も多く、かつ新橋側よりは飲食店の密集度が低いので「食べ歩き」の楽しさもある。

そんな一角、ビルの三階に「明日葉」は今日もひっそりと営業している。京都で修業し、本人曰く京都にいられなくなって東京に流れ銀座で旗を上げた。ぼくが東京に移ってきたとき、すでにこの店はあったので、少なくとも25年以上、銀座という地で営業を続けておられることになろうか。
若いスタッフがいた時期もあったようなような気もするが、調理はすべて店主ひとり。手際・機転・アイデア・経験、そのすべてをフル活動させて、カウンター10席とテーブル3卓分の厨房を切り盛りしている。

そんな孤高の料理人ゆえ、味も20年来ほとんど変わらないし、銀座の地においてもなお、完璧な京都なまりである。昔はキッチンでタバコを切らすことのないスモーカーだったが、今はすっかりやめて、その分顔色もよくなり、「毎日しんどいわー」と軽口をたたきつつも、健康的なイメージすら出てきた。

昔から、冬の時期に味わっている店の定番料理に「ぶりシャプ」がある。文字通り、ブリのしゃぶしゃぶ。今はブリ以外にも魚の切り身をしゃぶしゃぶ形式にして食べる料理を散見するが、20年前の当時はかなり新鮮だった。しかも、しゃぶしゃぶというと、薄い牛肉をさっと湯通しして・・・の印象から、ブリもそのように薄いものかと想像するが、「明日葉」のブリは分厚く、湯通しという感覚よりは湯洗いが近い。表面のみを強火で焼いて味を閉じ込めたステーキのごとく、噛めば、閉じ込められたブリ特有のうま味が口中に広がり、刺身でも照焼にしても引き出せない隠れた魅力を発見することになろう。これぞ出世魚の最終形と感嘆するに違いない。

もうひとつの特徴は、一握りの牛肉が「ぶりシャブ」に添えられていること。ブリを食べ終えた後のダシに改めて牛肉を投入。その対比は絶妙で牛肉のミルキーさが際立つのがおもしろい。

今回「明日葉」を紹介するに当たって、10年前に書いた紹介記事を読み直してみた。多少文章の表現力はついたかなあと思うものの、書いている内容はほとんど同じだった。これは、店が不変だからなのだと、いい方向に解釈することにしたい。

なお、最近とてもステキな「明日葉」のウェブサイトができて、食べる前後に目でも楽しませてくれる。でも、20年以上店主を知っているぼくは、そのウェブサイトのできばえに一番驚いている。

http://ashitaba.org/

「明日葉」
●東京都中央区銀座1-5-1太陽ビル3階
●03-3564-4675
●11:30〜13:00、17:00〜24:00
posted by 伊藤章良 at 10:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月01日

(71)中野「ランタン・ルージュ」

中野で意外(?)な発見。わざわざ行きたい

店主の経験が生きたステキなフレンチバル

中央線沿線在住のころはよく行ったものだが、てっきり中野には行かなくなった。食というカテゴリで中野という街から想起するのは、ホルモンやジンギスカンといった肉と煙。それらの店以外で中野を目指すことは、今はほとんどないような気がする。

さて今回、中野の劇場で関西出身の仲間と上方落語を鑑賞。その後どこかで食事をしましょう、との運びとなったのだが、リクエストはワインが飲める店。ふー、中野でワインの課題にはキツイものがあり、東中野か新宿に移動して改めて、という方向にしようかと逡巡するもふと一軒思い出した。「ランタン・ルージュ」である。

「ランタン・ルージュ」。字面通りフランス語で赤提灯を意識したのだろう。おそらくフランスで同じ意味を持つとは思えないが、まずはネーミングの魅力に吸い込まれる。

もともとこの店の主は、渋谷に1980年代から続くフランス料理店「アンドラ」で修業、その後下北沢に「酒党の店 安寅゛(もちろんアンドラと読ませる)」をオープンした。つまり、基本的に言葉のセンスにも溢れた方なのだ。

店の窓からJR線が見えるので中野駅からは最寄りかと思うが、メインストリートの商店街を横道に折れしばらく歩くと、かわいいランタンのイラストが見つかる。その横にもカジュアルなレストランがあるので、瞬間どっちかな?と迷うも、階段に吸い寄せられて2階へ。ダイニングはカウンター中心。4名がけのテーブルが一卓のみ。店の構造上しかたがないと思うけど、このテーブルは特等席。窓からの眺めも楽しめる。

ここで少し、冒頭に書いた渋谷の「アンドラ」、下北沢の「酒党 安寅゛」に話を戻したい。渋谷の「アンドラ」は、フランス料理店評価の草分け、見田盛夫・山本益博両氏にはほとんど紹介されなかったが(もしかすると拒否していたのかもしれない)、80年代初頭からビストロを冠にし、渋谷区神南という当時もっともオシャレエリアの一つだった場所で健闘していた。個人的には世界中のカキの中でも最高にうまいと思う、広島・地御前 川崎健のカキがシーズンには数種類食べることができ、それを楽しみに出かけていた記憶がある(このカキは、「ランタン・ルージュでも食べられます)。

そして「安寅゛」。ココはビストロ料理と清酒の店、とでも言おうか。そのマリア―ジュにかたくなに挑戦していて、メニューでは、料理名の横に必ずその皿に合う清酒(それ以外のも酒あったかな)が明記されていた。
言うなれば「凝りすぎ」なわけだが、ぼくはこの遊び心がとても好きでよく通ったものだ。そして「凝りすぎ」な面は料理自体にも反映。あまりに丁寧にじっくりと作るのでなかなか出てこない。出てこないから手持無沙汰で酒量が増え、必然的に「安寅゛」では飲み過ぎた。

こうして「アンドラ」「安寅゛」を経てきた店主が、続いて中野に興したのが「ランタン・ルージュ」。なぜ「安寅゛」を閉めたのか詳しく存じ上げないが、下北沢を経てきた分、「ランタン・ルージュ」はすっかり肩の力が抜け、とてもリラックスできる空間となっている。

フレンチバルと名乗り酒としてはワインを中心とするものの、清酒など日本の酒も様々に用意されている点は、下北沢の酒党の店の片鱗を見る。ただ、やはりカッチリとしたビストロ料理にはワインがうれしい。「柿と生ハム」みたいなチョイひねりのメニューもあれば、オニオングラタンスープをすすっているように濃厚な玉ねぎのキッシュも忘れがたい。料理一皿一皿にかける丁寧さは健在で、その分なかなか出てこないのも以前と同様で、やっぱり飲み過ぎる。

中野という猥雑に飲食店が林立するエリアの外れにて、可愛らしい看板に迎えられる心地よさ、そして店内での得難い寛ぎは、さまざまに飲食店を経験してきた店主だからこその成果だろう。わざわざ中野に行ってみようとすら思わせるステキな名店だと思う。

さて実際に「ランタン・ルージュ」なる言葉を紐解いてみると、自転車レースで最も総合タイムの遅い選手のことを指すらしい。つまり「赤ランプ点灯」のことだそうだ。

「ランタン・ルージュ」
●東京都中野市中の5-36-32
●03-3388-3802
●17:30〜24:30LO
●月休

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2013年12月01日

(70)赤坂「レストラン カナユニ」

午年生まれの名店。受け継がれる

不変的な魅力を感じたい

冒頭から突然だが、ユニクロという社名がユニーク・クロージング・ウェア・ハウスを短くしたという「いわれ」は、広く知られていると思う。それを社長が考案したのかどこかの企画会社なのか、その辺は知る由もないけど、実はその名前の由来に一役買っているのではないかと密かに思っているレストランが元赤坂にある。「カナユニ」である。

「カナユニ」というレストランは1966年創業。来年には48歳となる年男、年女なら「丙午」生まれだろうか。それだけでもかなり強靭な印象だし、「サングリア」や「ボージョレ・ヌーボー」や「エスプレッソ」を、レストランで初めて出したと店のホームページに記してある。
常に時代の先端を走ってきた、かなりユニークな店、ゆえ「カナユニ」なのだそうだ。

「カナユニ」がある元赤坂自体、東京でもかなりユニークなエリアだと思う。まず、赤坂全体からはじき出されたというか不思議な三角地帯なのだが、別の見方をすれば、もっとも皇室の住まいに近い場所でもある。幹線道路に挟まれ巨大なオフィスビルも建つが、なぜか妙に静けさが漂う落ち着いたレジデンスでもある。そして「辻留」「よしはし」、移転してきた「はしぐち」などの名店も散見する。

「カナユニ」はその中にあって、上の三軒と比較しても、やはり異彩を放っている。木造りの重い一枚扉を開くと地下へと階段が続く。「おおっ、パリのシャンソニエにこんなアプローチがあったなあ」とか思い出しながら下ると一気にドーンと眼下広がると思いきや、意外とダイニングもバーカウンターもテーブル配置も複雑に入り組んでいる。階段を降りながら、一瞬バブル期よりもさらに以前の「サパークラプ」のような店内を想像した。ところが、ポルトガルあたりにありそうな「根付いた感」をじんわり主張する、落ち着きと今の時代にはない色が存在していた。惜しむべくは、バブル期をそのまま引き継いだような客層以外は。

接客もまた、「カナユニ」の歩みをそのまま具現したような、柔らかい物腰の老齢ウエイター。ここにも、一時の感覚や創造力では実現可能とならない古いヨーロッパ的な味があった。

「カナユニ」に来たら食べるべき料理がいくつかある。まずひとつは「オニオングラタンスープ」。何と比べ、どこと比較してどうかといった愚論は無用。まさに畢竟(ひっきょう)とか原点としか言いようのない不動の宝である。

そして「タルタルステーキ」。果たして公に書いてもいいものかと不安になるけど、公式ホームページに堂々とメニューが掲載されているので紹介したい。たぶん日本で唯一、牛肉のタルタルステーキを食べることができる。ずっと以前、このタルタルステーキについて特許を出願したそうだが、肉何グラムに対してケッパー何個とかまで指定しなければならないとのことで、それは自分たちの想いとは違うとしてそのままにしているらしい。時代がどんなに動いても自分たちは変わらない、そして変えないことが、かなりではなくもっともユニークなポイントかもしれない。

もう一品挙げるなら「クレープシュゼット」だろか。ひと言で語るには恐れ多いが、「カナユニ」の料理は基本的にはクラシックである。だが、テーブルの横にワゴンを運んでウエイター自らの手によって作られる「クレープシュゼット」は、メニューのタイトルに「今の若さと美しさを保ちたい方へ」とあるように、柑橘系のさわやかな酸が食事のシメに抜群の心地よさをもたらす、甘さを押さえた極めてモダンなデザートだった。

客はほとんどが社用族、自腹で来ている人はほとんどいない様子だった。こういった方々が、バブル崩壊後も永きに渡って「カナユニ」を支えて来たと拝察する。変わらない・変えないスゴさは気安さに置き換えられ、常に「オレの店」であり続けたのだろう。ただ、タバコの煙が充満しオッサンの野卑な笑い声ばかりが響く店内は少し寂しい。オレの店を引き継ぐ若い食べ手にもぜひ「カナユニ」の普遍的な魅力に触れていただきたいと強く願う。

「レストラン カナユニ」
●03-3404-4776
●東京都港区元赤坂1-1中井ビルB1F
●17:30〜25:30LO(月〜金)、17:30〜23:00LO(土)
●日休
http://www.kanauni.jp/


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