いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2015年12月01日

(88)金沢「鰯組」

かの主が自身のリセットに訪れる

金沢の隠れた名店

北陸新幹線は、今年のヒット商品番付ナンバーワンだそうである。そんな話題の高速鉄道に乗って、金沢に行ってきた。

すでにたくさんニュースになっているのでご存知の方も多いと思うが、JRの金沢駅には度肝を抜かれる。入口にそびえる巨大な鼓門、そしてバス停での長蛇の列……。金沢に陸路で入るのは、もちろん初めての経験。
JR金沢駅自体通過点に過ぎなかったり、小松空港からタクシーで移動した経験しかない自分には、まさに最初から異次元。ただその駅前も、見慣れてくると、なんだか札幌にも福岡にも似てるように思える。JRのターミナル駅って結局このような形でしか帰結しないんだなあと、今さらながら気づかされる。

いろいろと話を聞いていると、特にタクシーの運転手さんや料理店の店主から耳するのは「格差」である。大量に人が入ってくることにより、大型バスを止めて誘導しやすい名所、例えば兼六園やひがし茶屋街や近江町市場等ばかりに集中。宿泊は、繁華街の中心にいくつもそびえる異常に高い「アパホテル」は避け金沢駅前を選ぶので、飲食店は金沢駅前ばかりが栄えはじめ、香林坊と呼ばれる旧来の繁華街から人を奪っていく。
名所のひとつ、近江町市場にも訪れたが、一杯三千円もする海鮮丼の店にも長蛇の列。丼によそったゴハンの上に刺身を載せるだけの何の調理もない料理に……と、観光地での金銭感覚に天を仰ぎたくなる。

かと思えば、金沢に来たからには、もうすぐ閉店する「小松弥助」に行かなきゃとか、鮨ならやっぱり「めくみ」だよとか、今からでも「乙女寿司」なら取れるかもと、多数の囁きが聞こえてくるが、何カ月も前から必死で予約を取り、スタンプラリーのように訪問したことだけで満足するグルメコレクションには、最近まったく興味がなくなった(以前からなかったですが 笑)。

そして目指すのは「鰯組」。金沢に来て、なぜ鰯料理店? しかも、なんとベタな店名。ノドグロやブリやガス海老を食べなきゃ。思いは同じなのか、店に向かうタクシーの運転手さんにも、どこか別の店を紹介するとまで言われた。もちろん食事は一回ではないので地の魚介に接する機会もゼロではないが、何しろメインイベントは、この鰯料理なのだ。

この店に魅かれ目指したのは、ひとつ理由がある。日本ジビエの大家とも、鮒ずしをはじめとする発酵の錬金術師とも称される名店のご主人が、金沢に行くと必ず立ち寄る店としてご紹介をいただいたからだ。
そのご主人は、ご自身をリセットする目的で、金沢に来ると必ずこの店を訪ねるという。

「鰯組」、入店すると、小道具や調度品にちょっと工夫を加えた、と居心地のいい居酒屋風情。二階もあるのか、二階から宴会のさんざめきが聞こえるが、一階のカウンター席は、一人客も多く静謐そのもの。カウンターの向こうも、寡黙に作業する料理人が、まな板と包丁の音でハーモニーを奏でる。

実にいさぎのいい見事なメニューだ。すべての料理のどこかにイワシ。刺身の盛り合わせにはイワシ以外の地の魚も入るようだが、それには目もくれず、まずは、イワシの刺身、たたき、南蛮漬け。そしてイワシと大根煮、イワシのコロッケ、なんとイワシ餃子まで。聞けば、鮮度を重視する料理については近海のもの、それ以外は別の地域と、イワシ自体も使い分けているという。

これらのメニュー、本当にイワシという一つの食材から出来上がったのかと首をかしげたくなるぐらい、個々に異なる味わいがあり特徴が顔を出し、そしておいしさが追いかける。その道を極めた料理人が、自分をリセットしたいと、そんな哲学的なことを念じるまでもなく、マジックを見ているがごとく不思議で愉しくて、そして確実に笑顔になる味がそこにあるのだ。しかも、たたきも南蛮漬けも餃子もコロッケも、イワシから作ったというより、もともと存在する料理がベース。普通にその味を確認しながら最後にイワシが登場する。いずれも、いい意味でイワシが強く主張することがない。ゆえにイワシ独特の臭みが嫌いな方も、何も気にせず、ホントにイワシ料理なの? と首をかしげながら愉しむことができよう。

圧巻は、「いわしいしるラーメン」。古くから加賀地方に伝わるイワシでつくった魚醤「いしる」をかえしに使い、干しイワシでダシをとったという。おそろしくうまい。すべてのラーメンフリークに体験いただきたい、魚介系スープの概念が変わる逸品である。

すべてイワシの料理でありながら、前述したように、どれを食べても違うテイストなのに加え、付け合せの生野菜にもすべて違うドレッシングが使われていて、思わず野菜サラダを追加注文した。もちろんこのサラダのドレッシングも新しい味覚だった。

すべてのメニューを制覇したくなったが、それにはさすがに体がついていかない。それでも目の前に作り置きしてあるイワシのばってらは食べてみたい。聞けば持ち帰りも可能という。そしてこのばってらが、翌日のぼくの最高の朝食となったのは、言うまでもないだろう。

「鰯組」
●石川県金沢市片町1-7-13
●076-224-1493
●17:00〜23:00 (L.O.22:30)
●日休
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2015年11月01日

(87)渋谷「まるこ」

どぶづけに突っ込まれた酒に魅力的な惣菜。

ふだん着感覚の酒場感がとにかく楽しい

先日、今福岡でももっとも人気のある居酒屋の一軒たという「炉端百式」を訪問した。いわゆる九州の特徴的な魚介に触れられて、炉端らしい活気に満ち溢れ、すばらしい、というより楽しく愉快な店だった。

というのも、炉端を取り巻くカウンターの前には、常に冷却水で満たされた幅50cmほどのステンレス水槽、通称どぶづけがあり、ビール、スパークリング・白ワイン、ソフトドリンク、そして水がストックされている。どぶづけは、お祭りの屋台などでよくみられる簡易の冷蔵庫。毎日使うとメンテナンスが大変だろうなと心配になるが、なにせそこから好きな飲物を勝手に取り出せるので、確実に普段の1.5倍は飲んでしまうし、水もスタッフに都度お願いする必要がなく、とても気が楽だ。

さらに、日本酒についてもセルフサービスが基本。
スタッフに声をかけて持ってきてもらうこともできるが、自ら日本酒セラーの前までいき、好きな酒を選んで注ぐ。自分で温度管理をしつつ燗酒も作れる。そしてさらに飲み過ぎるのだ。

料理はすでに完成の域。友人が取り置きを頼んでくれた「ごまさば」に始まり、炉端を活かした山海の食材がいかにも九州らしく味付けされる。それ以外にも、名物として「ウニの牛肉巻き」「バリバリピーマン」、面白いなあと注文したのが「大根の唐揚げ」等々。特にピーマンは添えられた肉味噌につけてモロキュウ感覚でいただくのだが、キャベツやキュウリ、根菜類でこういった食べ方をしたことはあるが、ピーマンとは驚き。さらにそのピーマンは肉厚ですごくおいしいのである。一度行ったぐらいでは全く物足りないラインナップに、福岡で暮らす人をうらやましく思ったぐらいだ。

そしてここからが本題。
つい先日渋谷におもしろい居酒屋ができたよと聞いて訪れたのが「まるこ」。この店は高円寺辺りで何軒か営んでいるグループが渋谷に進出した居酒屋とのこと。ただぼくは、この「まるこ」に入った瞬間に、ここは福岡の「百式」や、と思ってしまった。

店の造り自体は、「百式」よりずっと簡素化されていてシンプル。酒場感でムンムンだ。椅子やカウンターも客の長居を意識していない様子。カウンター中心の細長い店ながらテーブル席もある。
なんといってもカウンター前にあるどぶづけ。ここには、福岡と同様に、国内外のビール、ワイン、ソフトドリンク、そして水が冷やされていて、客はそれを選ぶことからスタート。日本酒はさすがにセルフサービスではないが、良質なモノを安価に多数そろえている。

かつおの藁焼きが名物だそうで、それ以外にも居酒屋らしい焼き物揚げ物が充実している。どぶづけの向こうの冷蔵のショーケースに惣菜が並べられ、あれもそれも注文したくてたまらない。そしていずれも廉価だ。

これまた嬉しいことに、〆に炊き立てのご飯が食べられる。白飯でもいいし鯛めしなどの炊き込みもある。ここで最後にご飯をいただけるなら、ふらふらと炭水化物を求めてラーメン店に入ってしまうこともないだろう。特に炊き立てのご飯は酔った脳を覚醒させる作用もあるように思う(医学的根拠はまったくないが)。

普段着感覚で楽しく愉快なひとときを。
ぼくが訪れたときは年配客が大多数だったが、渋谷という土地柄、こういった酒場の存在やここでの過ごし方をおもしろいと感じていただければ、文化も継承されるに違いない。

ところで、「まるこ」が「百式」をかなり意識し参考にしているのは、オペレーションだけではなくメニューにも見いだせた。上記の「百式」名物、ピーマンや大根は「まるこ」に存在したが、でき上がりそのものは残念ながら一日の長を感じてしまったことを少し付け加えておこう。

「まるこ」
●東京都渋谷区道玄坂1-18-4 和田ビル 102
●03-5784-1626
●16:00〜23:30(L.O.)
●無休
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2015年10月01日

(86)麻布十番「赤星とくまがい」

ニューヨークから凱旋帰国したふたりが奏でる

日本酒と料理が出会う「今」の形

そろそろキノコが出始めるという素敵な季節に、スペインのミシュランガイド三つ星店を4軒回ってきた。
とある店のメニューに「UMAMI」とあったのでその意味を問うと、人間の舌が持つ4種の味覚、酸味、甘味、苦味、塩味のそれぞれから総合的に感じられる味覚と店側は説明した。ぼくの記憶では、20世紀初頭に日本人が発見したグルタミン酸が、うま味という五番目の味覚と理解していたが、どうやら異なる説のようだ。試してみたその料理を大雑把に表現すれば、それぞれの4種の味覚が感じられる食材が皿に並べられ、別添えされたトロロ昆布をそれに絡めて食べるという趣向だった。うま味が何かはご承知のようである。
また別の店では、どう考えてもシメサバとしか思えない切り身の上に大量にゴマがふってあって、ゴマサバかと突っ込みたくなった。パリで立ち寄ったネオビストロのメニューにも、ゴマ塩の文字があった。その店のメインデッシュのソースには豆豉が使われていた。

和食とは、もうすでに箸を使って食べる場合の料理でしかないのかもしれない。
といつつも、先日テレビの食レポを見ていたら、おバカタレントと称される十代後半の女性が、箸で食べるのが苦手なのてフォーク使いまーすと言って、和食をフォークで食べていた。

そんな世の中だから、ニューヨークで長く日本酒バルをやっていた方が日本に戻って、ニューヨークさながらの店を出すという流れも、ごく普通の出来事なのだろう。今回紹介する「赤星とくまがい」は、まさにそんな空間である。

赤星とくまがい、つまり赤星さんとくまがいさんとで始めた店ということだ。赤星さんが清酒のソムリエで、くまがいさんは料理人。ともにニューヨークで修業というよりは、お互い第一線で、しかもかなり長期間働いていたそうだ。
シェフ・ソムリエそれぞれの名前を店名にして、もし喧嘩別れしたらどーするんだろうと友人は言ったが、それを払拭するような暖かくて優しく包み込むような人柄が、赤星さんの第一印象だった。

麻布十番の真新しい飲食ビル最上階にある「赤星とくまがい」は、皿数によって分けられているいくつかのコース料理と、それに合う清酒をペアリングで提供するというのが基本スタイル。内装は基本的に洋風だが、壁一面に清酒蔵のラベルデザインが何種類も貼り出されるという異次元。つまり洋風のカウンター席に座り顔を上げると、まるで清酒居酒屋さながらのラベルの漢字やひらがなが圧倒的な迫力で目を奪う。清酒居酒屋では気づかなかったが、清酒のラベル文字にここまでの美しさやデザイン性が秘められていたのかと驚く。まさに逆輸入といった表現がふさわしいが、そこに違和感は存在しない。

料理も、まったく何料理なのか判断がつかない。というか、そんな無粋な考えは「赤星とくまがい」を楽しむなかで、すでに捨てている。くまがいシェフはニューヨークのイタリア料理店にいたそうだが、それを感じさせるヒントは、いい意味で見つけられなかった。イタリアンのシェフという前に日本人なのである。

ここは日本で清酒の国。赤星さんから、なぜこの料理にこの酒を合わせたのか、なぜこの温度にしたのか、そしてなぜこのグラスを選んだのかなど、熱意のこもった丁寧な説明に納得しつつ杯を合わせると、料理の一つ一つと清酒との国際結婚は理想的な形で成立する。さらに、微妙な温度管理から様々な形のグラスまでを吟味して提供する姿は、ソムリエという言葉で片付けたくはない、日本国の酒を極限まで見極める伝道師とでも言いたいイメージだった。

冒頭にも書いたが、料理や酒に国別地域別みたいな仕分けはすでにない、いちいち考えること、いや、問題意識を持つこと自体もナンセンスだと思う。
純粋に、日本の英知・世界の英知をぼくたちの五つの味覚で感じとり、感動や未体験や、時折違和感も交えた世界について席を隣り合わせた同士で語り合う、それがあたりまえに楽しめる時代になってきたことを、「赤星とくまがい」がさりげなく教えてくれた。

さて、壁一面の清酒のラベルデザインをみながら、ふと不安になった。
すかさずぼくは質問する。
「この壁に貼られた蔵は、時々入れ替わるんですか」
すると赤星さんは少し困りながら、本当はそうしたいんですが、実はこの壁面を製作するのに大変なお金がかかるんですよ……と照れた。

「赤星とくまがい」
●東京都港区麻布十番3-3-9 COMS AZABUJYUBAN 7F
●03-6459-4589
●18:00〜翌4:00(LO翌3:00)
●日休
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2015年09月01日

(85)代々木上原「ル・デパール」

グルメエリアとなる遥か以前から

町を静かに見つめてきたワインビストロ

2015年の今、代々木上原のレストランといえば山手線内の一等地とほぼ同じ立地感覚である。例えば、恵比寿の飲食店が飽和状態になり地代が高止まりすぎて、中目黒へと移行していったように、代々木上原も渋谷から同心円上に大人の店が逃げていくなかで、その大いなるピンポイントとしてのポジションを確保したような気がする。地元のメンバーで集う止まり木から、優れた飲食店を求めて都内一円から人が集うグルメエリアとして。
それは、あらかじめ山手線外という認識で成熟し大衆化した下北沢や三軒茶屋と異なり、静かで便利な住宅街からトレンディなレストランスポットに変化しつつあると表現しても過言ではなかろう。

そんな代々木上原にて、平成元年にオープン。その後27年間ずっとこの町の変遷を見て感じて、確かな存在感を放ち続けてきたレストランがある。「ル・デパール」という。こちらに訪問の機会を得た際、自分では初だと思い込んでいたが、ふと店の前に立つと見覚えがあった。もちろん既視感ではない。1990年代、ぼくは代々木上原から徒歩圏に住んでいたので、この店に何度か訪れたことを思い出していた。

店は贅沢なほど駅前だ。でも、27年前だからこそこんな好立地に店を構えることができたわけで、今は相当難しいのではないかとそんな想像をする。入口の佇まいからバブルの香りが漂ってくる。というか、すでにバブルを知らない世代の方がマジョリティだろうから、そんなぼくの独白も誰も気に留めないに違いないが。

店内は、クラシックでもなくモダンでもない、でも、ああこんな店に通ったなあと自分がぐいぐい若返ってくるような、少し落ち着かない、素敵なのになんだか照れくさい、そんな感覚。そして、十数年を経てこの店にまた来ることができた喜びが、じわじわと腹の底から込み上がってくる。

バブルの名残がまだ感じられた時代、「ル・デパール」には、まずは少々遠方からの客、そして戻ってきた地元民、深夜に集う同業者と、深夜2時まで三回転したと店主は語る。当時は人も雇っていたようだが、今はマスター一人。酒も料理も筋金入りである。

今も昔も、ここをワインバーと称するのだろう。というより、ワインバーとしての走りかもしれない。ただ客の全員が一斉にぐるぐるとグラスをスワリングしていた、まるで新興宗教のような一時の片鱗はなく、今はビストロ料理を出す硬派なバーとすると上手に収まる。メニューの感じも、長年の経験で歩留まりのいいいように工夫された苦労が見えるし、一皿ごとにボリュームがあって、付け合せもこれでもかという具合。仕上げに胡椒をガリガリと多用してくるところも、リヨンのブションを想起させる。オープン当初からそうだったのか、いや店内に2000年代半ばのミシュランが置いてあったので、そのころからの流れなのか。時代の変遷を越えて長く続く飲食店を追いかけているぼくは、「ル・デパール」の変化を勝手に想像することで、よりこの空間を楽しんでいた。

カウンターやバックバーには、ワイン以外のお酒をたくさん置いてあるので、当然あらゆるアルコール類を楽しむことができるのだが、カウンターに置かれたボトルをみると、アプサンやパスティスばかり。普通のオーセンティグなバーならスコッチやジンが置かれている、まさにその場所から強烈なフランスのエスプリを感じて思わず店主の顔を仰いだ。あまりにもさりげなくてカッコいいこだわりだ。

先月、仕事でハワイに半月ほど滞在した際、ホノルルで19年続いているという「カフェ・ミロ」なるフラスン料理店を訪れた。実に10年以上ぶりかもしれない。客の大半がひけた後、この店の日本人シェフとお話しをする機会を得たが、彼はその間ずっと、パスティスを手放さずに飲んでいた。ハワイというフランスの対極のような場所にいながらも、フランスのスピリットを楽しんでいる、というか決して忘れないよう心のどこかに置いておく凄さ。
「ル・デパール」のカウンターを見て、その時のことを思い出した。

「ル・デパール」
●東京都渋谷区上原1-36-15
●03-3468-6228
●19:00〜翌2:00
●日休
http://loveledepart.tumblr.com/
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2015年08月01日

今月はおやすみいたします

いつも新・大人の食べ歩きをお読みいただきありがとうございます。

今月は伊藤章良さんの海外出張と夏休みが重なったためおやすみさせていただきます。
申し訳ありません。

次回は9月1日アップでよろしくお願いいたします。
posted by 伊藤章良 at 10:39| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月01日

(84)大阪「87(オッタンタ・セッテ)」

フランチャコルタで喉の渇きを癒したい。

在伊13年半の小さなイタリア料理店

「87」Ottanta Sette(オッタンタ・セッテ)というイタリア料理店が大阪にある。夫妻で切り盛りするとても小さな店だ。ご夫妻は、イタリア本国にてオステリアを営んでいたにもかかわらず、日本に、大阪に戻って新たにレストランを開き、合わせて心酔するイタリア産スパークリングワイン「フランチャコルタ」の日本での拡販に尽力する、そんな面々なのだ。

「オッタンタ・セッテ」とは不思議な店名だと思う。店の回りに87に関係している地名や番地などは皆無である。マダムにその理由聴くと明快でおもしろい答えが返ってきた。

以前イタリアで店をされているとき、夕暮れになると「オータンタ・セーテ オータンタ・セーテ」とつぶやきながら馴染みの客が入ってくる。オータンタ・セーテとは、Ho Tanta Sete = I am very thirsty(あー、ノドが渇いた) という意味だ。

ご夫妻は「オータンタ・セーテ」って87(オッタンタ・セッテ)と発音が似てるよねとその当時から話していたそうだ。そして日本に戻り大阪で店を開く際、当時のなじみ客の合言葉「オータンタ・セーテ」に似た「オッタンタ・セッテ」という店名にしたというのである。
先日、アブルッツォ出身のイタリア人マッシモにそのことを話したら、日本人とは思えないすばらしい言葉のセンスだ! と、感心していた。

イタリアを、そしてフランチャコルタを愛する二人が、日本で初めてのフランチャコルタ専門イタリア料理店を、大阪はキタの外れにオープンしたのが昨年(2014年)のこと。大阪はぼくが生まれ育った土地だし、キタには母が住むので、「87」の界隈にもそれなりに土地勘があると思っていた。父が写経に通い、没後の葬儀に来ていただいた院主の菩提寺も近い。ただ、自分が暮らしていた30年前に、当時の条例で風俗関係は一掃されたはずだったが、それらが業態を変えつつ存在し続けているようで、街並みは一変していた。加えて、大阪経済の凋落とともに町全体が枯れつつあり、自分の生まれ故郷なのに、東南アジアの片隅にでもいるような不思議な空気がモワっと流れているのを感じた。

そんなわけで、風を切ってとはいかずあちこち迷いながら「87」に向かう。
以前は焼鳥屋だったという店内。カウンター5席とテーブル2卓。そんな小さな空間を二人の熱すぎる情熱で、歩いていけるイタリアへと変化させた。店全体にイタリアの色、イタリアの空気、イタリアの香り、そしてイタリアの味が、折り重なるように存在している。

決して厨房の環境が万全とは見受けられないが、前菜・パスタ・メインとそれぞれに魅力的なアイテムがメニューに並ぶ。
まずはおつまみとして置かれていた「猫の舌」と呼ばれるスナックを一口。
おや、とても優しい味だ。ググッとワインをかき込みたくなる塩辛さはない。続いて、トリッパやパスタもトライするが、同様に深みのあるおだやかなテイスト。ただ、その控えめな塩がシャンパーニュ方式(瓶内2次発酵)のスパークリングワイン「フランチャコルタ」の味わいを邪魔せず、逆に改めて魅力に気づかせるバランスのようにも感じる。

某イタリアンのように、酒を多く売りたいがために強調する塩辛さも、店を経営していくためには必須なのかなあとも思う。確実にその方が客の酒も進むだろう。しかし「87」では、フランチャコルタの魅力を感じてもらえるレベルの塩加減に徹しているようだ。つまり、あくまで主体は「フランチャコルタ」なんだよと、そこに深い愛情と決意を見出す。

シェフはイタリアに13年半もいたそうだ。しかも後半の2年は修業ではなくレストランを営んでいた。そんなに長くイタリアに留まっていた料理人は、東京にも存在するだろうか。自分の記憶には上がらない。
そんなシェフに、「87」の料理の塩加減ってイタリアと比べてどうなんですかと聞いてみた。すると彼はボクトツに「いや、おんなじですよ。別に違うことはしていません」と答えた。

シェフが修業をし、その後独立してマダムと営んだ店は、フランチャコルタ生産地域の街イゼオだったと聞く。イタリアにいた時点ですでに、彼の料理は、のどが渇いてフランチャコルタが飲みたいと切望する人に向けて作られていたのだろうと解釈した。

「オッタンタ・セッテ」、東京にはまず存在しえないレストランだろう。
泡好き、イタリア料理好き、そしてイタリア好きなら、大阪はさほど遠くない。

「オッタンタ・セッテ」
●大阪府大阪市北区曾根崎1丁目6−23
●06-6360-9508
●18:00〜25:00
●日祝休
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2015年06月01日

(83)渋谷「くろ崎」

メンドウクサイ薀蓄はさておいて

店主の人柄からまずは味わいたい

久しぶりに鮨店を取り上げてみたい。

さまざまな食ジャンルのなかでも、もっとも好きなのは鮨と公言しているだけに、新規オープンの店にはそれなりに足を運び研鑽を積むようにしているが、ここ最近、どうもコレという店に出会わない。自分の感覚がなまっているのかなあと内省するも、それ以外のジャンルでは何軒も特筆したいレストランと出会っていることを鑑みると、鮨の分野、とくに東京では出色の登場があまりないのかもしれない。

私見だが、鮨は、メシの上にのっている魚の質や施された仕事を取り上げる場合が多いが、適度な硬さや弾力を持つ冷たいタネと、基本軟らかく温かい酢飯の瞬間的な結合が最重要だと思う。それをどのように創りあげるのか、という点が、すべて職人の力量にかかっている。つまり、硬さも温度も違う両者がヒトの口の中で咀嚼され、ほとんど同時に消えていくことが理想だ。タネか酢飯のいずれかだけが最後まで残るなら、完成度はまだまだといわざるをえない。

しかしまあ、こんなメンドクサイとことばかり考えていたから結局楽しめなかったんじゃないのかと、痛感させられる店と出会った。

渋谷の「くろ崎」である。

渋谷、としながらも、場所はかなり渋いロケーションだ。宮益坂を上がって左折。飲食店の灯りが途切れかけたエリアにポッツリとある。注意しないとたいていやりすごすだろう。エントランスからカウンターに至るまでもゆとりがあって、入店即つけ場という慌ただしさがない。カウンターの奥からも人声が聞こえてきたので、個室もしつらえているようだ。個人的には鮨屋に個室は不要かと思うが。
店主の話では、とにかく目立たないところに店を構えたかったという。本来ならなかなか飲食店での許可はおりない場所だそうだが、ほとんど熱をつかわない鮨屋という形態ゆえオッケーがでたという。
客はさすがに渋谷だろうか、短パンにTシャツ、ビーサンという輩もいたが、決してチャライタイプではないところが、この界隈の典型的な成功者なのだろう。もちろん一心不乱に写真を撮っている類の鮨フリークの姿はなく、ただそれだけでも快適極まりない。

店主はすこぶる爽やかなオトコだ。予約の時間に入店すると先客がいて少々待たされたが、それに対するお詫びも軽やかでよどみなく、瞬時にそんな店の不手際など忘れてしまいそうなほどだ。
ツマミばかりを先に出すとおなかがいっぱいになってにぎりを味わっていただけないので、交互に出させていただきますね、と冒頭に言う。
つまみとにぎりを交互に出す店はすでに当たり前にはなったが、最初にこんな説明をされたことってあったかなあと(きっとあったはずなのだが)、あまりにも自然体な流れに改めて納得してしまう。

酒、特に日本酒は店主もかなり詳しいようだ。
「まつもと」が一番好きなんですよ、といいつつ、「旭興」「大賀」などが普通に出てくる。それに比してワインリストは少々しんどかったかなあ。日本酒が全く飲めず鮨にもワインというメンバーが一人いたが、それでもビオワインは鮨には合わないよと選択肢の少なさに嘆いていた。ただし、ぼくは鮨店でワインを自ら選ぶことはないので、どうでもいいことなのたが。

そしてツマミもにぎりも、一定の高水準をクリアしているのは大前提として、特徴的なことはあまりない。いい意味で普通なのだ。だからこそ邪念が入らず快適で寛げるのだとわかる。ただ、酢飯はもう少しキッチリと固めていただいた方が食べやすいし、完成度の高さも感じるに違いない。その辺まで極めてからの独立という道もあったかもしれないが、それらを凌駕する人間的魅力や接客業としてのセンスが店主にはあり、一人立ちすることをすすめる諸先輩も多かったのだろうなと感じる。それほどの好青年なのである。

店主の立ち振る舞いに呼応して、他のスタッフもすこぶる気持ちがいい。女性はアルバイトなのかもしれないが、ときおり繰り出す天然な行為や言動も、ピリピリとした鮨屋にありがちな緊張感をほどよく緩和してくれている。

こうしてトータルで愉しい鮨屋、心地よい鮨屋って、渋谷という立地も相まって貴重な、というかそんなエラそうじゃなく単純に、嬉しくてありがたい存在だなあと、気持ちよく後ろ髪を引かれながら店を後にした。
なにより、今後もずっと鮨オタに占領されないでいてくれたらいいなあと願いつつ。

「くろ崎」
●東京都渋谷区渋谷1-5-9
●03-6427-7189
●17:30〜24:00
●水休

posted by 伊藤章良 at 17:54| Comment(1) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月01日

(82)五反田「かね将」

この町にしかない、自分しかできない。

そんなポリシーが響いてくる銘居酒屋

フランス料理が好きな人は居酒屋について論じないと思うし、居酒屋フリークは結婚式以外でフランス料理を食べることもないだろう。
フランス・イタリアを歴訪するメンバーはハワイには行かないに違いなく、同じく香港や台湾のリピーターもハワイに食指は動くまい。

ただぼくは、日本中の世界中のすべてに顔を出す。自分にとってはあらゆる食が同じ土壌に載っているからだ。もっと言えば、食の興味に貴賤がないからだ。しかもそれは、広く浅くではなく、広く深くである自負も持っている。
よって、居酒屋フリークにも、フレンチ・イタリアンラバーとも、ハワイ通でも、ヨーロッパを歴訪する面々にさえも、なんとか同等についていけると思っている。

でも、とりわけ居酒屋が好きだ。
それは、居酒屋で飲むという時間が掛け値なく楽しいのとともに、居酒屋で働く人集う人に加わり交わるのが震えるほど興味深いからだ。高級フランス料理や江戸前鮨などでは、ワインも日本酒も飲まず、レストラン情報以外の話題で同席者と会話することもなく、デジイチで一心不乱に写真を撮っている、とまあそんなヤカラばかりを散見するトウキョウ。本当に食べること飲むことを、独りでもカップルでもグループでも、心の底から楽しもうとする人種は、昨今居酒屋にこそ存在するのだと感じている。

もちろん、居酒屋というのは、今や日本中のどんな駅に降りても、駅前にまったく同じ看板やサインばかりがギラギラと目を引くチェーン店ではない。「いざかや、いかがっすか」と兄ちゃんがチラシを配る、みたいな店は、対象外というか最初から規格外である。

基本、その街にそこしかない店、いや東京中にそこしかない店を目指す。
街にヒトに根付き、店としての矜持やポリシーがあり、スタッフも皆、誇りを持って働いていて、大将やスタッフは、常連から〇〇ちゃーんと愛称で呼ばれる。そんな世界。
たとえ駅から15分歩くことになっても、駅前のチェーン店に吸い込まれることは決してない。いや、15分歩けば幾倍もの楽しみや喜びがあふれるのに、それを体験しようしないこと自体、天を仰ぎたくなる。

こういった店は、山手線の上側以北か東側にしかなかなか見つかりにくいのが今の東京だが、五反田にも貴重なる一軒がある。「かね将」という。
「かね将」とは、マツケンやキムタク同様、店主の名前を縮めた愛称だそうだ。店主は金子章治というが、そこは「章」ではなく「将」と収めたところがカッコいい。意外にも五反田駅から徒歩すぐ。多くのチェーン居酒屋やラブホテルに囲まれながら、ご自身の愛称を掲げて切り盛りし続けてこられた。その生業がストレートに頼もしい。

入口が複数あるので中の様子はある程度掴めるが、意外と奥に深くて客席数も多いので回転も速く、居酒屋より酒場と言うにふさわしい。店内はとても賑やかで混雑時には外にまで客があふれる。お店のファサードにもfacebookページでも、焼きとん酒場とタイトルが付いている。にもかかわらず、食べログ等のサイトでは焼鳥との表記も散見するが焼鳥は存在しない。

ベースのもつ焼きのみ活字で、それ以外のメニューはすべて手書きか板書。こうも活気のある酒場にいると、手書きの短冊や板書のメニューのみが目を引き、活字のもつ焼きはすでにそんな中に埋もれている。焼きとんを看板にスタートしたけど、やがて店主の才覚や趣味か高じつつ、客の求めるものを揃えるなかで、どんどん変化していく。そんなさまが、壁じゅう所せましと貼られた短冊を見ていると感じてくる。

店主奥様の故郷の味として「牛すじトマト煮」が名物と言われる。それにガーリックトーストを添えるのが定番らしい。ワインとでも言いたくなるが、「かね将」ではすっかり甲類焼酎のお供として定着。酒のピッチも加速度的に早まっていく。

加えて愛すべきは、店で働くスタッフだろう。客層はほとんど自分の親の世代に違いないが、そういった人生の先輩から目を細められることなく、実に上手に接しておられて、とても気持ちがいい。店内がキチンと清潔でトイレもきれいなのも、こういった若いスタッフの気配りかと頭が下がる。

回転も速いと冒頭に書きつつ、あまりに居心地がいいので、あっという間に3時間が経った。ふと見上げると、混雑時には3時間で・・・という貼り紙。2時間ではないところが、さらにチェーンにはできない心配りかと、あわてて席を立った。

なお、食べログには予約不可となっているものの、18時までなら予約も受け付けていただけるようだ。当然ながら喫煙率は高く、それが自分を居酒屋から遠ざける最大の要因となっている。ただ、予約できれば喫煙者と相席をさせられることもなく、豪炎ならぬ豪煙からは多少逃れることもできる。

「かね将」
●東京都品川区西五反田2-6-1
●03-3495-4677
●16:30〜23:30
●水休
posted by 伊藤章良 at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 焼鳥・居酒屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月01日

(81)新小岩「ワイン食堂 Chezとし」

客によりそった“実力”が心地よい

堂々たる地方の名フレンチ

亀戸に「メゼババ」というイタリア料理店があり、大変な人気を博している。1カ月後の予約もままならないとか。カウンター10数席なのでさもありなんと思うが、亀戸という下町にしてこの隆盛はすごいなあと驚いていた。そして、「メゼババ」の個性やこだわりを永く続けてほしいと思うゆえ、拙著『東京百年レストランV』にても取り上げた。

ところで、「メゼババ」に何度か通うなか、実は亀戸という場がこの店の人気を決める最大の要因になったのではないかと思い始めた。都心から30分余りでアクセスできる立地ながら、訪れる人の感覚を知れば知るほど、すでに地方の名店なのである。

「地方の名店」には、訪問する町々でぼくも訪れるものの、いつも感じるのは回りの評価ほどではない、という寂しい事実だ。もちろん「オテル・ド・ヨシノ」のような気を吐く店もあり皆無とは言わないが、最高の食材と人材が集まる東京とは、やはり比較の対象となりにくい。

というのも、都心から地方に遠征すると、平等な視点を持てなくなってしまう人が多いようで、自分がその地まで出かけて行ったという自慢がバイアスとなってしまう。わざわざ訪ねて行った店に低い点を付けることが悔しいのだろう。加えて、自ら地代の安い場所へ時間とお金をにかけて移動しているにもかかわらず、コスパがいいなどと、考えられない錯覚も起こす。

地方の店評価の信頼性については、フランスの『ミシュランガイド』とは雲泥の差を感じてしまうが、向こうは百年以上の歴史があるわけで、それを同等に持ち出すことには無理がある。ただ評価者が育たないと、店側もこの程度のレベルでいいのかと安住してしまう気がして不安でもあるのだ。

「メゼババ」に話を戻すと、亀戸ながら客側のこの店の扱いは、単なる地方の名店である。もしこの店が恵比寿や麻布十番にあったと想像するなら、おそらく今ほどは注目されなかっただろう。その辺もシェフ本人の戦略としたら、それは才覚なのだと思うが、現時点のブームは実力の正当な評価ではないと感じる。

今回紹介する、亀戸からもう少し先にすすんだ新小岩にあるワイン食堂「Chez とし」は、「メゼババ」とはまさに対極。銀座や六本木にあっても遜色ない高いクオリティを掲げつつ、地方の名店とはならない、というか情報で飯を食う、うつろいグルメさんは相手にしない、地に足着いたレストランである。

場所は新小岩の駅から数分。まったくおもしろみに欠ける商店街を少し外れた路地にある。辺りは当然ながら下町系居酒屋が点在するも「Chez とし」の佇まいは決して異質ではなく、どちらかというと上手に溶け込んでいるように見える。

カウンターのみ8席程度だろうか。入店してまず目を引くのは、カウンターの店にしては、重厚で立派な白い椅子。もう少し気軽なスツールタイプを選べば、増席も可能で後ろも通りやすいのだが、客をあたたかく迎えじっくり寛いでもらおうというコンセプトがそこに見えて頼もしい。

見上げると、丁寧な文字で記された板書メニューがある。そして手元にも今日のオススメ的なスペシャルが用意されている。板書メニューは、サラダ、生ハム、テリーヌ等に肉料理の数々。そして手元の紙には、今の時期らしいアスパラガスやホタルイカといった春の食材が並び、プロとして当然の差別化が施された、堂々たるフランス料理店的構成だ。

シンプルなメニュー名だが、どの皿も当たり前には出てこないに違いないと、選ぶ段階から想像力をかき立てられ、それが食欲に昇華していく。定番に後ろ髪を惹かれつつも、春のオススメからもあれこれと。考えればキリがなく、相当な皿を数えた。一皿ごともたっぷりな盛りで、ワイン食堂たる冠も裏切らない。

シェフの経歴からも、フレンチ以外からのテイスト、特に和のエスプリをまとうのは想像の範囲だが、すでに、和以外からの世界観は完成されていて、「としシェフ」オリジナル、唯一無比な料理に他ならない。食堂らしく〆の炭水化物まで、丁寧に仕込まれた圧巻の飯が途切れないのだ。

そんなワールドワイドな料理の構成や流れもあってか、ワインはスペインを中心に集められている。仏伊に比べると少々馴染みがないので瞬間的に躊躇もするが、なにせワイン食堂なのだ。どれを選んでも外れはないだろう。

食べることの愉しさ、そして寛ぎ。凡庸な表現だが、まさにありそうでなかなか存在しない「大人の店」である。エントランスに貼られている、ワインを飲まない人と子供はお断りという無粋な書き込みもまた、昨今の飲まないコドモグルメさんを拒絶しているように感じる。言うまでもないが自ら新小岩まで動いてきたわけで、大人が支払うにはとんでもなく財布に優しい。新小岩在住の方が本当にうらやましくなってきた。

「わいん食堂 Chez とし」
●03-5879-9907
●東京都葛飾区新小岩1-34-8 エヌアールビル
●17:30〜24:00LO
●日祝祭
posted by 伊藤章良 at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月01日

(80)中目黒「まるや」

中目黒というキャラ濃い場所に

ゆるやかに馴染むもつ焼き屋

ぼくは、まったくそうではないのにやたら高いものばかりを食べていると思われがちだ。本当に何度も書いてきたことなので、またかと言われる可能性も気にしつつ「高いものではなくおいしいものを」というのがまぎれもない事実である。それは、ものすごく高いときもあれば、エッというほど安価なものも存在する。

今はどのように教科書に記載されているのだろうか、ぼくたちが学んだ日本という国は高度成長時代に加工貿易で栄えた。資源の乏しい我が国では、原材料を海外から輸入し持ち前の知恵で加工。製品としての付加価値をつけて輸出する。その差益がひいては日本の国益となる。石炭を輸入すれば大量消費のプラスチック製品になり、同じ元素ながらダイヤモンドの場合はゴージャスな装飾品に変化する。

料理もまた同じで、使う食材が安ければ低価格で提供できリーズナブルとかコスパがいいと言われ、原価が高ければ高級料理となってしまう。ところがいずれも間違いで、料理に高級・低級は一切ない、というのが、石炭とダイヤの例のこどくぼくの持論だ。

今月紹介するのは 中目黒のもつ焼き店「まるや」。もつ、つまり獣の内臓は、一部でホルモン(関西弁で捨てるもの)とも呼ばれるほど、21世紀の今、安価な食材の代表である。ただ、新鮮でなければ価値がないだけに、と畜時の仕分けやその後の流通、保存手段を考えると、高値で取引される正肉と同等、もしくはそれ以上の手間がかかるのではないかとも想像する。つまり、もつが安いのは、霜降り肉を食べて「きゃー、とろけるぅ〜」と叫んでいる方々に大部分を肩代わりしていただいているからかなと、密かに感謝だ。

もつ焼は、焼鳥とともに日式串焼きの代表格。ある意味一人前がもっとも少量の料理である。言い換えれば一人飲み用としても最適なツマミだと思う。ところでこの「新・大人の食べ歩き」で大変お世話になっている「クーチャンネル」大家の土田美登世さんが、昨年末『やきとりと日本人』という本を光文社新書から上梓された。焼鳥という大衆食文化を、気の遠くなるような文献や取材の積み重ねと緻密で重厚な文体で学術的に紐解いていく労作である。本来なら、ここで好みの焼鳥の一軒でもと考えたが、思いついたのは、もつ焼の「まるや」だった。大家の土田さんは『モツ・キュイジーヌ』なる西洋の内臓料理の本も編集者として出してるし、串焼きのルーツをたどる以上、もつと焼鳥は切り離せない。この本の中でも幾度か言及しておられるが、「鳥◯」との店名ながら、関東以北ではもつ焼きを提供することが許される土壌もある(ちなみに、拙著『幸せになれる43の料理店』では、もつ焼店を二軒紹介しているが、「鳥茂」「鳥平」とも鳥の文字が入っている)。

「まるや」はなぜまるやというのか詳らかではない。高名な野方の「秋元屋」の流れを汲むとも聞くが、自分にとってあまり重要ではない。なにより中目黒というキャラの濃い場所にふさわしい快適な空間を作り上げているところにまず注目する。もちろんオシャレでもデコラティプでもない、真ん中に焼き台がある普通のコの字カウンターではある。ただ、ほとんどのもつ焼店が、座席のすぐ後ろが壁で席間もぎゅうぎゅう詰めで、焼き台とタバコの煙でモウモウなのは当たり前にもかかわらず、「まるや」は店内がとてもゆったりして窮屈さをまったく感じさせない。中目黒という土地柄か下町に比べ喫煙率も低い。そしてBGM代わりに流れるAMラジオが店内の雰囲気とマッチして、さらにゆるく心地よいのである。

もつについては、まずは半焼をチョイスしレアな食感を楽しむことからスタート。この半焼に使われている塩がまた絶妙。オススメのごま油でさらに香りも増幅する。以降はお好みで。味付けはシオシオと連呼せず店主に任せるのが一番かとも思うが、秋元屋系の個性として味噌もぜひ。ニンニクと味噌の甘味が過不足なく絡まっておいしさに頬がすぼむ。このまろやかさだとキレの悪さも危惧してしまうが、スッと消えて行く後味もまた格別である。

酒はブランド焼酎も数々並ぶものの、「まるや」ではシャリキンの酎ハイもしくはホッピーだろうか。シャリキンとは「キンミヤ焼酎」をシャーペット状に凍らせて、それを割るやり方。いつまでたっても水っぽくならずウマイのは当然というか、確実に酔いが早い。

長居したくなるもつ焼き店、というのは「まるや」にとって名誉なことなのかどうかは客が決めることになるだろう。ただし、ぼくはキッチリ他のもつ焼店の2倍は消費してかつ4倍の幸福を得た。

「まるや」
●東京都目黒区上目黒1-5-10 中目黒マンション 114
●03-6452-3995
●17:00〜22:00LO
●日休
posted by 伊藤章良 at 19:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 焼鳥・居酒屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする