いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2016年06月01日

(92)渋谷「ゆうじ」

焼肉店の主の姿勢に見た

“料理人”としてのプライド

食のイベントって、盛んに開催されているように感じるが、そのほとんど肉かラーメンである。
なぜ肉とラーメンばかりなのか。想像してみるに、仮設の厨房そして野外という環境では、自分の店で日常出している料理を再現することは難しいが、肉やラーメンはそれが可能な料理レベル、もしくは店と同じではなくても来場者は納得してくれる、このいずれかだと思う。さらに言えば、ラーメンは客が野外&仮設キッチンでも納得し、肉は提供する側がそんな環境であってもかまわないと判断をしているような気がする。

焼肉と呼ばれる業態は料理ではない。焼くという調理は客側で行い、店は切って出すだけだ。それゆえ、A5の和牛とか、イチボだのミスジだのと希少部位でしか差別化することができない。こういった部位による差別化も、ここ10数年で急激に叫ばれるようになり、価格も高騰。マーケティング的には大成功なのだが、つい先日まで焼肉店のメニューは、カルビとロースとタンとレバーぐらいしかなかったし、人気店や有名店でも、ハラミをロースと偽って提供していたという事例は普通にあった。

欧米、特にヨーロッパでは、牛は豚や羊や鳥と同等のポジションで価格もほぼ同じ。日本のように牛だけが突出した高級品という感覚はない。
突然のように最近は赤身肉ブームになったけど、そもそも日本の市場が霜降り霜降りと異常なだけで欧米では赤身が中心。しかも、記憶では10年以上前に「よろにく」がシルクロースと称した赤身肉のコース料理を展開して、それが10年を経てようやく「肉山」や「SATOブリアン」が追従し、やっと日の目を見たというのが業界の現状である。

それゆえ、芸能人や芸能人の息子を担いで各地でイベントを展開し、有名店を数店呼んでコラボを企画したりと、各店ごとに特色を出したり差別化を図るのが難しいので、業界全体での底上げに躍起となるわけだ。まあ、そんなテーマでのずさんなイベント展開だから、ついには食中毒も出て今後の継続が危うくなってきた。

さて、ある飲食業界の重鎮の還暦パーティが開催され、各店主やシェフが大量に参加して料理を競うという、なかば食イベントのような会だった。その会で料理を提供した渋谷の焼肉店「ゆうじ」の店主は、屋内、ホテルの宴会厨房が借りられるという恵まれた条件ながら、あとは切るだけの状態に自店で仕上げたローストビーフを持ち込んだ。

ぼくは、人気店・著名シェフがその場で調理した料理をあらかた試食したものの、「ゆうじ」のローストビーフは圧倒的に群を抜いておいしいと感じ、改めて「ゆうじ」という店は、たとえイベントといえども肉を、肉料理を知り抜いたうえで提供しているんだなと嘆息した。
それは他の焼肉店とは一線を画し、東京で唯一といっても過言ではない、焼肉用の肉を切って提供する施設ではなく、肉を料理して、もしくは客にきちんと料理させようとしている店であることを再認識した。

「ゆうじ」はご存知のように、渋谷の奥の雑踏の中にある。ダイニングも化粧室も決して不潔ではないが、きれいな雰囲気で涼しく焼肉を食べる環境ではない。肉は焼けば煙が出る。七輪は触れば熱い、そんな当たり前のことを忘れがちなぼくたちに伝え、教え、感じさせてくれる場所である。

それゆえ店主はスタッフに厳しい。その厳しさは、ひいてはぼくたちに安心・安全を保証する主張のようにも感じる。そして火の取り扱いだけではなく、きちんと正確に客に調理してもらうよう、できる限りの調整もスタッフの役目なのだ。

テーブルに七輪を、そのうえに小さな平たい鉄鍋を置いた。七輪の上で鉄鍋が安定しないのか、何度も何度も七輪や鉄鍋を回して調整する。もう十分安定してるよと思うのだが、さらに何度も何度も繰り返し鍋がテーブルと平行になるように微調整を続ける。続いてタレに漬け込まれたレバーと大量のニラが運ばれた。その鉄鍋を使って瞬間的にニラレバ炒めを作ろうというのだ。
そこで初めて、スタッフの作業に合点がいく。鮮度のいいレバーに火が入りすぎないよう、うまくニラと絡むよう、それらの食材に均等に火が入るよう、鍋の位置を調整し続けたのである。

厨房で調理され皿に丁寧に盛られ、料理人とは別の手で運ばれてきた皿がテーブルに置かれ、やっとその段階で口に運ぶ。普通のレストランの流れはこうである。ところが「ゆうじ」では、目の前で瞬時にレバーとニラに火が入り、その後誰の手も介することなく火が入ったばかりの最高の状態を、客は味わうことができる。それこそが店主の料理人としての意図であると、ぼくは解釈した。
目の前に必ず火がある焼肉店以外他のどの店にもできない、火が入った瞬間のおいしさの追求である。「ゆうじ」という店が実現しようと考えている肉料理の姿なのだ。

そこまで気づくと、改めて「ゆうじ」は、客が素直であればあるほど、ここでの経験値を積めば積むほど、他のどんな料理形態でも味わうことのできない、火を入れた瞬間の醍醐味を知ることができると分かる。

実は、密かな感動と期待の気持ちでいっぱいである。
店主の樋口裕師さんは、どんな新たな瞬間芸をテーブルの上で見せてくれるのか。次回が待ち遠しい。

「ゆうじ
●東京都渋谷区宇田川町11-1 松沼ビル 1F
●03-3464-6448
●19:00〜23:30LO(月〜金)、18:30〜23:30LO(土)
●日祝休
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2016年05月01日

(91)麻布十番「天冨良 よこ田」

頼もしい二代目とともに主も輝く

麻布十番の名店の代名詞であり続ける天ぷら店

ぼくはもう、グルメ系の雑誌を購入することはない、というか立ち読みすらしない。90年代など擦り切れるほど読んでいた時代もあったのだが……。

なによりそういった雑誌から得られる情報や知識に興味が湧かないし、特集も企画も毎年毎年同じ内容の繰り返しで、ましてや「dancyu」などは書き手もいつも同じ。そこに発見や感動はもはや生まれない。編集方針を見ていても、そんなぼくたちはすでにターゲットではないようにも思う。ただありがたいことに、その世界で活躍している諸氏と食事をしたり語り合ったりする機会にグルメ誌をいただくことは多い。

数カ月前手にしたグルメ誌。表紙を見ると麻布十番特集だった。その特集の最初に紹介されている店は天ぷら店で、下記のような見出しがついていて、本当に、本当に、ガクゼンとした。
「麻布十番にも、とうとう天ぷらの名店が登場」
そして「たきや」という店が取り上げられる。
続いて紹介の文章を読むと、
「あらゆるジャンルの一流店がそろう麻布十番でこれまで意外と少なかったのがうまい天ぷらを出す店だ」とある。

天ぷらは確かに東京の下町、東側に名店が多い、銀座・京橋・日本橋から以東に固まっているのも事実である。しかし、赤坂の「楽亭」を失った今、東京の西側で一番天ぷらの名店がある場所といえば、新宿でも渋谷でも青山でも六本木でもなく、麻布十番ではなかろうか。

若いかけ出しのライター、もしくは専門外の人が書いた文章なのだろう。ただそれは編集者が、そして見出しぐらいは編集長もチェックをするのではないか。今の食雑誌の編集者レベルって、こんなに低いものかと天を仰いだ。そりゃ誰も手に取らないし優秀なライターが育たないというのも理解できる。

「天富良よこ田」は、以前外苑東通り沿い、鳥居坂下近くにあった。1990年に発刊された山本益博氏のグルメ本によると、その当時から「よこ田」は「みかわ」「楽亭」「はやし」等と並んで東京天ぷら店の最高ランクとなっている。
現在は少し場所を移し、麻布十番商店街の六本木寄り。有名なそば店「更級堀井」の近くに構えた。

話は変わるが、こうも大量に高額鮨の新しい店が次々登場するにもかかわらず、天ぷらには若くて将来が楽しみな職人の店はほとんどオープンしない。最近でも(最近と言えるかどうか)記憶にあるのは築地の「清寿」ぐらい。
その理由を「よこ田」で尋ねて、なるほどと合点がいった。鮨の場合は、板場で店主と仕事を分け合ったり、自分の範囲で客に料理を提供したりする機会にも恵まれ後進が育ちやすい環境がある。いっぽう天ぷら店の多くは鍋がひとつなので、店主がそこに立つと後進の実践の機会が他の料理に比べて少ない。それゆえ世襲も多くなってしまうという。確かに「近藤」も「深町」も同じような傾向にある。

「よこ田」は、そんな現状を打破する店舗作りを実現。外苑東通りから一本奥まった十番商店街のビルに移転するにあたり、竹をあしらった以前の内装イメージはそのままに、カウンターを2カ所設けて2名の職人が立てるようにした。もちろんそのひとりは店主であり、そしてもうひとりが二代目となる息子さんだ。

ぼくは今回切望して、二代目の天ぷらを食した。
尊き初代と同じ種なのかどうかは確認できなかったし興味もないが、一部違うのではないかと、そんな気がする。レア過ぎず固すぎない絶妙の加減と思う「よこ田」のスタイルもそこにはあった。シンプルな調理法のなかに、最大限に季節感を表現するのが天ぷらである。特に春の苦味をまとった野菜や魚は、その閉じ込め方が絶妙で高い将来性を感じた。
清酒の品揃えは独特で、著名な地酒に頼らないお店独自のチョイスがあり、個人的には愉しめた。

溌剌として雄弁なところは父親譲りだが、初代とは違う遊び心や茶目っ気と、そしてなんでも吸収したい旺盛な好奇心が頼もしかった。
同じ和食の世界にいる同世代の職人のことも気になるようで、そんな年齢で独立できる他業界を羨望する様子もあったが、すでに「よこ田」の二代目は、自分自身のスタイルで仕事をこなしておられるようにも思えた。

天ぷらって、みんな同じ色だし写真に撮ってもあまりキレイじゃないですよね。と、二代目がポロっとつぶやいた。
とても素直でかつ職人らしいいい言葉だった。

「天冨良よこ田 」
●東京都港区元麻布3-11-3 パティオ麻布10番U 3F
●03-3408-4238
●17:30〜20:00(LO)
●水休
posted by 伊藤章良 at 10:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 天ぷら | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月01日

(90)神楽坂「龍公亭」

百年の月日が紡ぐ圧倒的な存在感と

これから百年の未来も感じる名・中国料理店

前回はお休みをいただき、申し訳ありませんでした。
体調不良と大家さんは案内をしてくださってますが、不良だったわけではなく、命には全く別状ないプチ手術をし、その療養をしておりました。

さて、ひょんなことから案内役としてレギュラー出演している「ニッポン百年食堂」だが、おかげさまで4月から2シーズン目に突入。収録回数も増え、その結果ロケに費やす日々も多くなり、しかも療養をしていた関係で現在多忙を極めている。

こうして、全国で百年以上続いている飲食店の皆さんと会い、お話をうかがうと、ますます新規オープン店やファインダイニングばかりを追っかけ論じることの「不毛」を感じる。そして、そこにばかり注目するのは相当なマイノリティであるとも痛感させられ、一抹の寂しさもある。

一方、こうして出会う百年食堂は、そのほとんどすべてにノスタルジーと達観を感じるわけで、それが今にどう通じているのか、今とどう共存していくのかについては、厳しい現実を見ることも多い。しかし取材した百年食堂のなかで、神楽坂にある中国料理「龍公亭」は、「東京カレンダー」や「dancyu」に掲載されても違和感のない雰囲気と内装を備え、現在やこれからを見据えた確固たるコンセプトで営業をされている、貴重なレストランである。

今や神楽坂もメインストリートはチェーン系の居酒屋・レストランに席巻され、神楽坂を知り、愛する自分たちは、常に脇道をめざし通り沿いの店に入ることはない。飯田橋から神楽坂を上る、その中腹ぐらいだろうか。「龍公亭」は神楽坂沿いにあって、もっともシンプルで小さなサインが掲げられるのみ。派手で品のない看板をかき分けかき分け、やっと発見できる程度で、表から見る店のどこにも、すでに百年以上続いていることを知る要素はない。

あまりにもカッコいい。老舗ゆえの引きの美学であろうか。
「龍公亭」のロゴマーク、店内に貼られたポスターや絵画をとっても、一分のスキもない完璧な同時代性と芸術性を秘めている。百年という縛りでずっと店舗を見てきたぼくには、驚愕をもっても語りつくせない事実だ。

ダイニングでもっとも特徴的なのは、神楽坂に向かって設けられたテラス席。坂の中腹、2階のその席からは、神楽坂の上から下まで全てを掌握したようにも錯覚するパノラマで天守閣に上った気分。神楽坂からテラス席を見上げるだけでは、この風景はまったく想像できないのもさらなる驚きだ。

料理は神楽坂らしく、花街の着物の女性でも界隈の年輩の男性でも親しめる、野菜を細かく刻み脂っこくない中国料理を志向していた。神楽坂に暮らした田中角栄が好んだメニューも存在する。
ただ、現料理長の四代目は、周冨徳が料理長時代の「赤坂離宮」で修業を積んだという。その時代の話を聞くと、料理の技というより、中華厨房の熱気を一番に学んだそうだ。

例えば、麺は創業以来全て自家製、そして無化調。こういったベーシックながらなかなか実現しがたい特徴を、大きく喧伝することなく継続しているさまも老舗の矜持だろうか。番組中でもぼくは言ったが、百年の月日に甘んじることなく常に成長し続けようとする姿勢は、まさに現代の名シェフにも通じる魅力かと思う。

プライベートなこともあるので詳しくは語らないが、話を聞けば聞くほど、「龍公亭」は、四代目料理長の奥様、若女将がキーマンなことがわかる。彼女の視点、そしてネットワークが、現状に甘んじない、次の百年をも見据えた展開へと通じている。こうして長く続く店とは、その時々を司る人の才覚によって決まるんだなと、改めて感じさせられた。

「龍公亭」
●東京都新宿区神楽坂3-5
●050-5590-0259 (予約専用番号)
●03-3260-4848 (お問い合わせ専用番号)
●11:00〜14:45LO、17:00〜21:30LO
●年末年始休
posted by 伊藤章良 at 15:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月01日

今月はお休みいたします

いつも「新・大人の食べ歩き」をご愛読いただき、
ありがとうございます。

今月は、伊藤章良さんの体調不良により、お休みさせていただきます。

次回は暖かくなっているはず、の4月1日です。

よろしくお願いいたします。
posted by 伊藤章良 at 11:32| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月01日

(89)渋谷「バール・ボッサ」

スマホから離れた

アナログでおだやかなひと時を謳歌

奥目もなく書くと、ぼくは食事をしている、その時間が一番幸せだ。
何か嫌なことがあっても、ご飯を食べれば、いや食事の時間が近づいてくるにつけ、すっかり遥か彼方に追いやってしまうぐらいである。幸いなことに、食後改めて思い出すわけもなく、その余韻に嫌なことなどすっかり忘れてしまうハッピーなオトコなのである。

なので、食事の時間を粗末にチープに扱う人間が嫌いだ。最近もっとも気になる腹立たしい行為は、食事をしながら片手で卓上でスマホをいじるヤツ(あえて「いじる」と幼い表現を使わせていただく。まさにその通りだと思うからだ)。いらただしさを超え席を移動しようかと思うこともしばしば。決して他人に迷惑はかけていないじゃないかと反論されればそれまでだ。でも人生で一番大切な時間を軽んじてる、蔑んでいるヤツが近くにいる、ということだけでぼくは絶望する。隣でタバコを吸われるより、ある意味不快かもしれない。

スマホをいじりながら食事をする。それは言うなれば、生きるためにエサを口にしているだけにすぎない。であればコンビニなどで買ってどこか自分テリトリーでエサを摂取すればいいのであって、なぜ飲食店に入るのだろう。
まず、料理を作った方に失礼だ。そして、こんなに幸せで貴重な時間まで寸暇を惜しんでスマホをいじる価値がそこにあるのか、との大きな疑問にもブチあたる。単なる習慣、ながら、依存、中毒、であるなら、せめて食事をしている間だけでも、そこから離れることを願いたい。

特に悲しいのはラーメン店。まずラーメンが供されるとスマホで撮影。その後片手でスマホをいじりながらもう一方の手でときどき麺をすする。少しでも温かいうちに食べるべき、というか冷めるにつれ油っぽく不味く、そして麺も伸びてしまうのがラーメンなのに、よくスマホをいじりながら食べられるものだ。そんな面々に、ラーメンにつき云々と書かれてしまう、ラーメンのそしてその店主の悲しさを考えるといたたまれない。

さて唐突に話題を変えると、裏渋谷といわれる宇田川暗渠(宇田川という川を埋め立てて作った道なので、川のようにうねっている)のまだ裏側に「バール・ボッサ」というワインとボサノヴァを楽しむバーがある。かれこれ15年ぐらいは通っている、ぼくの至宝の一つである。

マスターの林伸次さんは、ボサノヴァなどブラジル音楽の語り手・評論家でもあり、昨今では(というか、実はずっと以前から)日々さまざまな人間が交錯するバーの経営という職業を生かしながらの人間観察、恋愛観などを日々文章にまとめておられ、その面白さ的確さが大変な評判を呼ぶ文筆家でもある。実際、本も出版されている(『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか? 僕が渋谷でワインバーを続けられた理由(DU BOOKS刊』)。

個人的にも大ファンである林さん自身のことを書き始めると多岐にわたりすぎるので「バール・ボッサ」の紹介に戻すと、この店実は、常連にならない限り一人での来店を断られる。つまり一人客のみ紹介制、とでも言おうか。

え、バーでしょ。
その通り、まさに一人でこそ訪れたい魅力的なバーにもかかわらずだ。

その理由を林さんは、いや、意外と素性の知らない一人客って、他の常連さんに話しかけたりなど、いろいろと店内でやっかいなことが多いんですよ、という。でも、ご本人に確認したわけではないが、きっと林さんは、一人で自分の店に来ても、ずっとスマホをいじっているだけなら、他の店に行くか、いや自宅に帰ればいいんじゃないの、と思っているからではないかと想像する。

さまざまな機会で公言しているが、林さんは、スマホはおろか携帯も持たない生活をしている。もはや化石なみに稀有な主張だ。
だって自分は家か店にしかいませんから、と彼はいう。実際に、ご自分の家か店にしかいないという理由で携帯を持たない料理店の店主も知っている。
ただ、こちらも想像ながら、林さんがスマホを持たない理由の一つとして、彼はアナログの楽しさ、すばらしさ、尊さを伝えたいという熱い思いがあり、それゆえ、主義としてアナログから最大にかけ離れた存在のスマホを持たないのではなのかと思うのだ。伝えたいという言葉では軽すぎるだろうか。もはやアナログの伝道師とも称することができるだろう。

それゆえ「バール・ボッサ」には、アナログ特有の緩さ、コージーさ、世界観に満ち溢れている。林さんがカウンターで飲み物や料理を作る時だけ、バチッとランプのスイッチを入れ一角がポッと明るくなる、水道をひねるとボワッと瞬間湯沸かし器の灯る音がする。化粧室の便座が木製だったりもする。もちろんお一人で営まれて忙しいときでも、片面20分足らずのアナログレコードをかけている。音量も大きくも小さくもなく、もっとも心地よいバランスだ。

アナログというぐらいだから、アナログレコードのアナログ感は実にすごい。特にCD世代、いやダウンロード世代にとって、針がレコードに落ちる音、曲がはじまるまでのカスレ音。いざ曲が始まれば、デジタルにはない録音時そのままの伸びやかで継続的な音色。先日デヴィット・ボウイが他界して連日ラジオではデヴィット・ボウイの曲ばかりが流れたが、彼の70年代から80年代の曲って、ぼくはレコードでしか聴いておらず、それが無雑音のデジタルサウンドでラジオからながれると、なんだか妙に居心地悪いなあと感じてしまうぐらい、レコードの音というのは体の芯に刻まれているのだ。

だからぼくは、「バール・ボッサ」にアナログの世界を楽しみに浸りに行く。もちろん絶対に、スマホなど無粋な機械仕掛けのオモチャを卓上に置くという愚かな行為、それどころか一切ポケットから出すこともしない。

アナログを謳歌する、それはぼくたち世代だけの特権なのかもしれない。でも、普段とは異なる意外にも身近で見つかる非日常が、実はこんなところにもあるんだよ、とは、「バール・ボッサ」が、林さんが、表現したい伝えたいことなのではないかと考える。数十分の食事の時間すらスマホいじりを止められない幼稚な世代にとって、ぜひこの環境で、何か穏やかで心地よい非日常に気づいてもらいたいものだ。

「バール・ボッサ」
●東京都渋谷区宇田川町41-23 河野ビル 1F
●03-5458-4185
●18:00〜24:00
●日祝休(祝日は営業していることもある)



posted by 伊藤章良 at 11:30| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月01日

2016年はじめによせて

今回は2016年の最初ということもあり、お店の紹介ではなく2015年を個人的に振り返りつつ、一つの考えと今年のテーマを書いてみたい。
2015年は、BSフジ「ニッポン百年食堂」という番組にて、全国に点在する百年以上続く食堂を紹介するガイドとして出演しないかとのオファーが突然舞い込み、後半とんでもなく忙しくなった。テレビ出演は人生で全く初ながら、毎週一時間番組のレギュラー。なんとか呆れられない程度に収録をこなし、来年4月以降も9月まで継続となった。
※新年1月の最初の放送は、1月5日火曜日 22時〜です。ぜひ。

第二次世界大戦以降にできて、その後現在まで継続している名店はそこそこある。しかし百年というと、確実に戦前オープンがマスト。関東大震災も経験している。そんな食堂からは、厳しい過酷な試練を幾度も越えてきたという達観を、店主や店内の随所に感じる。

ぼくは、百年食堂を巡るガイドをやらせていただくことで、イマの、話題の、有名シェフ・ミシュラン星付きで修業したシェフの店にますます興味がなくなってきた。そんな店ばかりを追いかけている一部のコレクターに振り回されることも不愉快だし、店の優劣ではなく話題性や人気、レア感の演出だけで客が集中するマスコミやSNSからの誘導も、レストラン業界にとってはまったく不健全であると思う。何より、そんな飲食店に関心を持っているのはほんの一部の好事家だけなんだ、という極めて常識的な現実に直面している。

そもそもぼくは、予約のとれない店、というかとれなくなってしまった店には、興味がなかった。ここでいう予約のとれない店とは、3か月以上先、半年後、1年待ちとか言われるような類としよう。

そんな店の多くは、予約がとりにくくなる前に行っていることが多いし、料理店を訪問するのに、そんな先まで待つ、ということ自体もナンセンス。
でも、もっとも興味が湧かない要因は、予約がとれなくなった時点で進化が止まってしまうことが多いと考えるからだ。

客は、予約のとれない店に行くことだけで満足なので、批判的な視点を持ったり進化を愉しんだりということがない。店も、来られるだけで満足する客を相手に進化をする必要性がない。いや、料理人やオーナーご自身はそうではないと思う(思いたい)が、どんなにモチベーションを高く持とうとも、イチローのような稀有の精神力ではない限り、安住してしまうだろう。ここでいう進化とは、もちろん料理だけのことではない。客をどうやって迎えるか、もてなすか等、すべての面において変わることである。

ニッポン百年食堂の取材で、小田原駅前の「そば処 橋本」という店をロケした。天保年間の創業、文字通り百年食堂である。
取材中、店主はぼくに「自分の店にいくら歴史があるからといって、創業当時と同じことをずっとやり続けていたなら、それは後退なんですよ。少しずつでも進化してやっと、お客様には昔ちっとも変わらないねと言っていただけるんです」と語った。

2015年秋、まさにそれを確信する店と出会った。京都「S」だ。
この店を例にあげることは、この店だけがそうだという意味ではない。あくまで予約のとれない店の現状を伝えたい、との気持ちである。

刺身の皿ですよ、と軽くあぶって出された赤座海老。
こんな大ぶりで身の詰まった赤座海老は初めてと興奮。ミソもしっかりと入り卵もはらんでいる。同席者は皆、会話も忘れて一心不乱に食べた。ぼくも、エビの足を一本一本引っこ抜いては口に入れ、ミソをほじくり出し卵をすする。
そんな風に夢中に食べていたら、店主がぼくたちの前に来て、出された料理はさっさと食べてもらわないと困るんだ。ぼくはそんな人は嫌いなんですよ。という。この人、いったい何を言ってるんだろう。まったく意味がわからなかった。ひと時も手を止めることなくずっと食べているのに・・・。

ふと冷静になりまわりを見てようやく合点がいった。
他の客は、赤座海老の身の部分をとりだし口に運んで、それでその皿は終了だった。誰もエビの殻を割ってミソまで食べるような客はいないのである。
果たして、どちらが正しいのか。それは単純には結論付けられない。ただ、どちらが食いしん坊か、食べることに貪欲かといえば、ぼくたちに違いないだろう。そして、予約のとれない店京都「S」が自らの客に合わせる標準は、食いしん坊、食べることに貪欲な層ではなく、赤座海老の身の部分だけを三口程度で食べ終える客が対象、ということは明らかだ。この店の時間軸は、そういった客層とともに動いている。

個人的にはとても衝撃的、かつ象徴的な出来事だった。
全てのカウンター客に目が届いていないという店主にも失望したが、何よりもここまで優れた赤座海老のミソや卵を食べずに皿を戻してしまう客が京都「S」のアベレージとなってしまったことに注目したい。

そして、そんな客のみをさばいていく間に、赤座海老のミソや卵を食べる時間は考慮に入れなくなった。こうしてぼくは、予約のとれない店は進化が止まってしまうという具体的な局面に気づかされたのである。

レストランに関する、今の情報の伝え方伝わり方には、どうしても危機感をぬぐえない。ひいては、それが予約のとれない店を生み、店の進化を止める。それをどう修正して、飲食業界の健全な発展に少しでも寄与できるか。今年のぼくのテーマである。
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2015年12月01日

(88)金沢「鰯組」

かの主が自身のリセットに訪れる

金沢の隠れた名店

北陸新幹線は、今年のヒット商品番付ナンバーワンだそうである。そんな話題の高速鉄道に乗って、金沢に行ってきた。

すでにたくさんニュースになっているのでご存知の方も多いと思うが、JRの金沢駅には度肝を抜かれる。入口にそびえる巨大な鼓門、そしてバス停での長蛇の列……。金沢に陸路で入るのは、もちろん初めての経験。
JR金沢駅自体通過点に過ぎなかったり、小松空港からタクシーで移動した経験しかない自分には、まさに最初から異次元。ただその駅前も、見慣れてくると、なんだか札幌にも福岡にも似てるように思える。JRのターミナル駅って結局このような形でしか帰結しないんだなあと、今さらながら気づかされる。

いろいろと話を聞いていると、特にタクシーの運転手さんや料理店の店主から耳するのは「格差」である。大量に人が入ってくることにより、大型バスを止めて誘導しやすい名所、例えば兼六園やひがし茶屋街や近江町市場等ばかりに集中。宿泊は、繁華街の中心にいくつもそびえる異常に高い「アパホテル」は避け金沢駅前を選ぶので、飲食店は金沢駅前ばかりが栄えはじめ、香林坊と呼ばれる旧来の繁華街から人を奪っていく。
名所のひとつ、近江町市場にも訪れたが、一杯三千円もする海鮮丼の店にも長蛇の列。丼によそったゴハンの上に刺身を載せるだけの何の調理もない料理に……と、観光地での金銭感覚に天を仰ぎたくなる。

かと思えば、金沢に来たからには、もうすぐ閉店する「小松弥助」に行かなきゃとか、鮨ならやっぱり「めくみ」だよとか、今からでも「乙女寿司」なら取れるかもと、多数の囁きが聞こえてくるが、何カ月も前から必死で予約を取り、スタンプラリーのように訪問したことだけで満足するグルメコレクションには、最近まったく興味がなくなった(以前からなかったですが 笑)。

そして目指すのは「鰯組」。金沢に来て、なぜ鰯料理店? しかも、なんとベタな店名。ノドグロやブリやガス海老を食べなきゃ。思いは同じなのか、店に向かうタクシーの運転手さんにも、どこか別の店を紹介するとまで言われた。もちろん食事は一回ではないので地の魚介に接する機会もゼロではないが、何しろメインイベントは、この鰯料理なのだ。

この店に魅かれ目指したのは、ひとつ理由がある。日本ジビエの大家とも、鮒ずしをはじめとする発酵の錬金術師とも称される名店のご主人が、金沢に行くと必ず立ち寄る店としてご紹介をいただいたからだ。
そのご主人は、ご自身をリセットする目的で、金沢に来ると必ずこの店を訪ねるという。

「鰯組」、入店すると、小道具や調度品にちょっと工夫を加えた、と居心地のいい居酒屋風情。二階もあるのか、二階から宴会のさんざめきが聞こえるが、一階のカウンター席は、一人客も多く静謐そのもの。カウンターの向こうも、寡黙に作業する料理人が、まな板と包丁の音でハーモニーを奏でる。

実にいさぎのいい見事なメニューだ。すべての料理のどこかにイワシ。刺身の盛り合わせにはイワシ以外の地の魚も入るようだが、それには目もくれず、まずは、イワシの刺身、たたき、南蛮漬け。そしてイワシと大根煮、イワシのコロッケ、なんとイワシ餃子まで。聞けば、鮮度を重視する料理については近海のもの、それ以外は別の地域と、イワシ自体も使い分けているという。

これらのメニュー、本当にイワシという一つの食材から出来上がったのかと首をかしげたくなるぐらい、個々に異なる味わいがあり特徴が顔を出し、そしておいしさが追いかける。その道を極めた料理人が、自分をリセットしたいと、そんな哲学的なことを念じるまでもなく、マジックを見ているがごとく不思議で愉しくて、そして確実に笑顔になる味がそこにあるのだ。しかも、たたきも南蛮漬けも餃子もコロッケも、イワシから作ったというより、もともと存在する料理がベース。普通にその味を確認しながら最後にイワシが登場する。いずれも、いい意味でイワシが強く主張することがない。ゆえにイワシ独特の臭みが嫌いな方も、何も気にせず、ホントにイワシ料理なの? と首をかしげながら愉しむことができよう。

圧巻は、「いわしいしるラーメン」。古くから加賀地方に伝わるイワシでつくった魚醤「いしる」をかえしに使い、干しイワシでダシをとったという。おそろしくうまい。すべてのラーメンフリークに体験いただきたい、魚介系スープの概念が変わる逸品である。

すべてイワシの料理でありながら、前述したように、どれを食べても違うテイストなのに加え、付け合せの生野菜にもすべて違うドレッシングが使われていて、思わず野菜サラダを追加注文した。もちろんこのサラダのドレッシングも新しい味覚だった。

すべてのメニューを制覇したくなったが、それにはさすがに体がついていかない。それでも目の前に作り置きしてあるイワシのばってらは食べてみたい。聞けば持ち帰りも可能という。そしてこのばってらが、翌日のぼくの最高の朝食となったのは、言うまでもないだろう。

「鰯組」
●石川県金沢市片町1-7-13
●076-224-1493
●17:00〜23:00 (L.O.22:30)
●日休
posted by 伊藤章良 at 06:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月01日

(87)渋谷「まるこ」

どぶづけに突っ込まれた酒に魅力的な惣菜。

ふだん着感覚の酒場感がとにかく楽しい

先日、今福岡でももっとも人気のある居酒屋の一軒たという「炉端百式」を訪問した。いわゆる九州の特徴的な魚介に触れられて、炉端らしい活気に満ち溢れ、すばらしい、というより楽しく愉快な店だった。

というのも、炉端を取り巻くカウンターの前には、常に冷却水で満たされた幅50cmほどのステンレス水槽、通称どぶづけがあり、ビール、スパークリング・白ワイン、ソフトドリンク、そして水がストックされている。どぶづけは、お祭りの屋台などでよくみられる簡易の冷蔵庫。毎日使うとメンテナンスが大変だろうなと心配になるが、なにせそこから好きな飲物を勝手に取り出せるので、確実に普段の1.5倍は飲んでしまうし、水もスタッフに都度お願いする必要がなく、とても気が楽だ。

さらに、日本酒についてもセルフサービスが基本。
スタッフに声をかけて持ってきてもらうこともできるが、自ら日本酒セラーの前までいき、好きな酒を選んで注ぐ。自分で温度管理をしつつ燗酒も作れる。そしてさらに飲み過ぎるのだ。

料理はすでに完成の域。友人が取り置きを頼んでくれた「ごまさば」に始まり、炉端を活かした山海の食材がいかにも九州らしく味付けされる。それ以外にも、名物として「ウニの牛肉巻き」「バリバリピーマン」、面白いなあと注文したのが「大根の唐揚げ」等々。特にピーマンは添えられた肉味噌につけてモロキュウ感覚でいただくのだが、キャベツやキュウリ、根菜類でこういった食べ方をしたことはあるが、ピーマンとは驚き。さらにそのピーマンは肉厚ですごくおいしいのである。一度行ったぐらいでは全く物足りないラインナップに、福岡で暮らす人をうらやましく思ったぐらいだ。

そしてここからが本題。
つい先日渋谷におもしろい居酒屋ができたよと聞いて訪れたのが「まるこ」。この店は高円寺辺りで何軒か営んでいるグループが渋谷に進出した居酒屋とのこと。ただぼくは、この「まるこ」に入った瞬間に、ここは福岡の「百式」や、と思ってしまった。

店の造り自体は、「百式」よりずっと簡素化されていてシンプル。酒場感でムンムンだ。椅子やカウンターも客の長居を意識していない様子。カウンター中心の細長い店ながらテーブル席もある。
なんといってもカウンター前にあるどぶづけ。ここには、福岡と同様に、国内外のビール、ワイン、ソフトドリンク、そして水が冷やされていて、客はそれを選ぶことからスタート。日本酒はさすがにセルフサービスではないが、良質なモノを安価に多数そろえている。

かつおの藁焼きが名物だそうで、それ以外にも居酒屋らしい焼き物揚げ物が充実している。どぶづけの向こうの冷蔵のショーケースに惣菜が並べられ、あれもそれも注文したくてたまらない。そしていずれも廉価だ。

これまた嬉しいことに、〆に炊き立てのご飯が食べられる。白飯でもいいし鯛めしなどの炊き込みもある。ここで最後にご飯をいただけるなら、ふらふらと炭水化物を求めてラーメン店に入ってしまうこともないだろう。特に炊き立てのご飯は酔った脳を覚醒させる作用もあるように思う(医学的根拠はまったくないが)。

普段着感覚で楽しく愉快なひとときを。
ぼくが訪れたときは年配客が大多数だったが、渋谷という土地柄、こういった酒場の存在やここでの過ごし方をおもしろいと感じていただければ、文化も継承されるに違いない。

ところで、「まるこ」が「百式」をかなり意識し参考にしているのは、オペレーションだけではなくメニューにも見いだせた。上記の「百式」名物、ピーマンや大根は「まるこ」に存在したが、でき上がりそのものは残念ながら一日の長を感じてしまったことを少し付け加えておこう。

「まるこ」
●東京都渋谷区道玄坂1-18-4 和田ビル 102
●03-5784-1626
●16:00〜23:30(L.O.)
●無休
posted by 伊藤章良 at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 焼鳥・居酒屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月01日

(86)麻布十番「赤星とくまがい」

ニューヨークから凱旋帰国したふたりが奏でる

日本酒と料理が出会う「今」の形

そろそろキノコが出始めるという素敵な季節に、スペインのミシュランガイド三つ星店を4軒回ってきた。
とある店のメニューに「UMAMI」とあったのでその意味を問うと、人間の舌が持つ4種の味覚、酸味、甘味、苦味、塩味のそれぞれから総合的に感じられる味覚と店側は説明した。ぼくの記憶では、20世紀初頭に日本人が発見したグルタミン酸が、うま味という五番目の味覚と理解していたが、どうやら異なる説のようだ。試してみたその料理を大雑把に表現すれば、それぞれの4種の味覚が感じられる食材が皿に並べられ、別添えされたトロロ昆布をそれに絡めて食べるという趣向だった。うま味が何かはご承知のようである。
また別の店では、どう考えてもシメサバとしか思えない切り身の上に大量にゴマがふってあって、ゴマサバかと突っ込みたくなった。パリで立ち寄ったネオビストロのメニューにも、ゴマ塩の文字があった。その店のメインデッシュのソースには豆豉が使われていた。

和食とは、もうすでに箸を使って食べる場合の料理でしかないのかもしれない。
といつつも、先日テレビの食レポを見ていたら、おバカタレントと称される十代後半の女性が、箸で食べるのが苦手なのてフォーク使いまーすと言って、和食をフォークで食べていた。

そんな世の中だから、ニューヨークで長く日本酒バルをやっていた方が日本に戻って、ニューヨークさながらの店を出すという流れも、ごく普通の出来事なのだろう。今回紹介する「赤星とくまがい」は、まさにそんな空間である。

赤星とくまがい、つまり赤星さんとくまがいさんとで始めた店ということだ。赤星さんが清酒のソムリエで、くまがいさんは料理人。ともにニューヨークで修業というよりは、お互い第一線で、しかもかなり長期間働いていたそうだ。
シェフ・ソムリエそれぞれの名前を店名にして、もし喧嘩別れしたらどーするんだろうと友人は言ったが、それを払拭するような暖かくて優しく包み込むような人柄が、赤星さんの第一印象だった。

麻布十番の真新しい飲食ビル最上階にある「赤星とくまがい」は、皿数によって分けられているいくつかのコース料理と、それに合う清酒をペアリングで提供するというのが基本スタイル。内装は基本的に洋風だが、壁一面に清酒蔵のラベルデザインが何種類も貼り出されるという異次元。つまり洋風のカウンター席に座り顔を上げると、まるで清酒居酒屋さながらのラベルの漢字やひらがなが圧倒的な迫力で目を奪う。清酒居酒屋では気づかなかったが、清酒のラベル文字にここまでの美しさやデザイン性が秘められていたのかと驚く。まさに逆輸入といった表現がふさわしいが、そこに違和感は存在しない。

料理も、まったく何料理なのか判断がつかない。というか、そんな無粋な考えは「赤星とくまがい」を楽しむなかで、すでに捨てている。くまがいシェフはニューヨークのイタリア料理店にいたそうだが、それを感じさせるヒントは、いい意味で見つけられなかった。イタリアンのシェフという前に日本人なのである。

ここは日本で清酒の国。赤星さんから、なぜこの料理にこの酒を合わせたのか、なぜこの温度にしたのか、そしてなぜこのグラスを選んだのかなど、熱意のこもった丁寧な説明に納得しつつ杯を合わせると、料理の一つ一つと清酒との国際結婚は理想的な形で成立する。さらに、微妙な温度管理から様々な形のグラスまでを吟味して提供する姿は、ソムリエという言葉で片付けたくはない、日本国の酒を極限まで見極める伝道師とでも言いたいイメージだった。

冒頭にも書いたが、料理や酒に国別地域別みたいな仕分けはすでにない、いちいち考えること、いや、問題意識を持つこと自体もナンセンスだと思う。
純粋に、日本の英知・世界の英知をぼくたちの五つの味覚で感じとり、感動や未体験や、時折違和感も交えた世界について席を隣り合わせた同士で語り合う、それがあたりまえに楽しめる時代になってきたことを、「赤星とくまがい」がさりげなく教えてくれた。

さて、壁一面の清酒のラベルデザインをみながら、ふと不安になった。
すかさずぼくは質問する。
「この壁に貼られた蔵は、時々入れ替わるんですか」
すると赤星さんは少し困りながら、本当はそうしたいんですが、実はこの壁面を製作するのに大変なお金がかかるんですよ……と照れた。

「赤星とくまがい」
●東京都港区麻布十番3-3-9 COMS AZABUJYUBAN 7F
●03-6459-4589
●18:00〜翌4:00(LO翌3:00)
●日休
posted by 伊藤章良 at 16:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月01日

(85)代々木上原「ル・デパール」

グルメエリアとなる遥か以前から

町を静かに見つめてきたワインビストロ

2015年の今、代々木上原のレストランといえば山手線内の一等地とほぼ同じ立地感覚である。例えば、恵比寿の飲食店が飽和状態になり地代が高止まりすぎて、中目黒へと移行していったように、代々木上原も渋谷から同心円上に大人の店が逃げていくなかで、その大いなるピンポイントとしてのポジションを確保したような気がする。地元のメンバーで集う止まり木から、優れた飲食店を求めて都内一円から人が集うグルメエリアとして。
それは、あらかじめ山手線外という認識で成熟し大衆化した下北沢や三軒茶屋と異なり、静かで便利な住宅街からトレンディなレストランスポットに変化しつつあると表現しても過言ではなかろう。

そんな代々木上原にて、平成元年にオープン。その後27年間ずっとこの町の変遷を見て感じて、確かな存在感を放ち続けてきたレストランがある。「ル・デパール」という。こちらに訪問の機会を得た際、自分では初だと思い込んでいたが、ふと店の前に立つと見覚えがあった。もちろん既視感ではない。1990年代、ぼくは代々木上原から徒歩圏に住んでいたので、この店に何度か訪れたことを思い出していた。

店は贅沢なほど駅前だ。でも、27年前だからこそこんな好立地に店を構えることができたわけで、今は相当難しいのではないかとそんな想像をする。入口の佇まいからバブルの香りが漂ってくる。というか、すでにバブルを知らない世代の方がマジョリティだろうから、そんなぼくの独白も誰も気に留めないに違いないが。

店内は、クラシックでもなくモダンでもない、でも、ああこんな店に通ったなあと自分がぐいぐい若返ってくるような、少し落ち着かない、素敵なのになんだか照れくさい、そんな感覚。そして、十数年を経てこの店にまた来ることができた喜びが、じわじわと腹の底から込み上がってくる。

バブルの名残がまだ感じられた時代、「ル・デパール」には、まずは少々遠方からの客、そして戻ってきた地元民、深夜に集う同業者と、深夜2時まで三回転したと店主は語る。当時は人も雇っていたようだが、今はマスター一人。酒も料理も筋金入りである。

今も昔も、ここをワインバーと称するのだろう。というより、ワインバーとしての走りかもしれない。ただ客の全員が一斉にぐるぐるとグラスをスワリングしていた、まるで新興宗教のような一時の片鱗はなく、今はビストロ料理を出す硬派なバーとすると上手に収まる。メニューの感じも、長年の経験で歩留まりのいいいように工夫された苦労が見えるし、一皿ごとにボリュームがあって、付け合せもこれでもかという具合。仕上げに胡椒をガリガリと多用してくるところも、リヨンのブションを想起させる。オープン当初からそうだったのか、いや店内に2000年代半ばのミシュランが置いてあったので、そのころからの流れなのか。時代の変遷を越えて長く続く飲食店を追いかけているぼくは、「ル・デパール」の変化を勝手に想像することで、よりこの空間を楽しんでいた。

カウンターやバックバーには、ワイン以外のお酒をたくさん置いてあるので、当然あらゆるアルコール類を楽しむことができるのだが、カウンターに置かれたボトルをみると、アプサンやパスティスばかり。普通のオーセンティグなバーならスコッチやジンが置かれている、まさにその場所から強烈なフランスのエスプリを感じて思わず店主の顔を仰いだ。あまりにもさりげなくてカッコいいこだわりだ。

先月、仕事でハワイに半月ほど滞在した際、ホノルルで19年続いているという「カフェ・ミロ」なるフラスン料理店を訪れた。実に10年以上ぶりかもしれない。客の大半がひけた後、この店の日本人シェフとお話しをする機会を得たが、彼はその間ずっと、パスティスを手放さずに飲んでいた。ハワイというフランスの対極のような場所にいながらも、フランスのスピリットを楽しんでいる、というか決して忘れないよう心のどこかに置いておく凄さ。
「ル・デパール」のカウンターを見て、その時のことを思い出した。

「ル・デパール」
●東京都渋谷区上原1-36-15
●03-3468-6228
●19:00〜翌2:00
●日休
http://loveledepart.tumblr.com/
posted by 伊藤章良 at 11:57| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする