いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2016年10月01日

今月はお休みいたします

いつも「新・大人の食べ歩き」をご愛読いただき、
ありがとうございます。

今月は、伊藤章良さんの海外出張のため、お休みさせていただきます。

次回は11月1日です。よろしくお願いいたします。
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2016年09月01日

(94)御徒町「ぽん多本家」

脂身づかいから伺える
名店ならではのとんかつの極意

御徒町の裏、ぼくがもっとも使いたくない言葉あえて用いるなら、言わずと知れたとんかつの名店「ぽん多本家」がある。メニュー全体は洋食の構成だが、カツレツ発祥の店とも言われ、とんかつを語る際に決して外されることのない確固たる、いや燦然と輝く聖地なのは誰しも否定しない。著名評論家からレビュアーまでが余すところなく訪問し、とんかつ店としてプロアマ問わず高い評価を得ているのも、この「ぽん多本家」だろう。

ぼくは、全国各地で百年以上続く食堂を紹介する「ニッポン百年食堂」という番組で、幸運にも「ぽん多本家」を紹介すべくロケに訪れた。そして、テレビカメラ収録という完璧なエビデンスのなか、ご主人と2時間弱ゆっくりと店のお話を聞く時間を持つことができた。

ところで、訪問前後に多くの評論家、ライターが「ぽん多本家」の紹介記事を読み漁ったが、どの誰の文章も、自分がご主人から伺った内容を正確にトレースしていない、的を射てないという実態を知り愕然とした。素人レビュアーはともかく、名の知れたライターや評論家においてですらなのだ。

ぼくは「ニッポン百年食堂」に出演する以前は、レストランのオーナーやシェフに「取材」という形でのビジネスライクなインタビューをしたことがなかった。シリーズで出版している『東京百年レストラン』も、店のスタッフやシェフと雑談レベルでは接するものの、取材をしないで感じたことを書くという身勝手なポリシーを貫かせていただいている。
それが自分の本のスタイルであり、ひとりの客として普通に訪れた際に得られる情報のみを頼りに考察し想像することを実践したいからだ。それがグルメガイドの理想であるとの思いは今も変わりない。

ただ一般の取材環境以上に、テレビカメラが回るという嘘偽りない状況での発言は、それなりに相手側の緊張を強いるし言葉も選ぶ必要があるだろう。ゆえ、店側から発せられる内容の真実性も高いものだと判断できる。

その場でご主人の口から発せられた言葉に忠実に従うなら、レストラン取材というのはこんなにずさんなもので、なおかつそれを誰も(おそらく店側も)指摘や訂正することが難しく、市井にそのまま流れているのかと痛感した。

ぼくが「ぽん多本家」ご主人から仕入れたこの店のカツレツの神髄とは、とてもシンプルだ。
ロース肉には赤身と脂身の部分があり、それぞれに火の入れ方を変えないとおいしく仕上がらない。揚げるという調理で赤身も脂身も均一に熱を通すなら、当然ながら赤身の部分が先に食べごろに仕上がり脂身は時間がかかる。ゆえ、ぽん多流に解説するなら、今あるとんかつ店のロースかつはすべて赤身の出来具合によって油から上げるので、脂身の部分が生焼けでキチンと火が通っていないという。

それを確認すべくぽん多訪問後もさまざまにとんかつを食べてみたが、確かにロースかつの脂の部分のえぐみや胸やけのする感覚は、調理の仕方にあったのかと気づき驚く。
そこで「ぽん多本家」は、ロースの脂身の部分をすべてカットし赤身だけでかつを作る。肉質はロースだが仕上がりはほとんどヒレかつ同様となる。ただ、この次が重要で、ロースの部位は脂身のおいしさや香りも相まってその味が決まるので、カットした脂身を集めてラードを作り、それを揚げ油として使用する。つまり脂身をカットしたロース肉を、揚げる段階で自らの脂が持つうま味や香りを戻す、というか、まとわせるわけだ。
実に理に適っていて、そして気の遠くなるほど細かい仕事である。

「ぽん多本家」はカツレツ発祥の店としても知られ、それ以降でカツレツはトンかつやビフかつ、チキンかつと枝分かれをしていくわけだが、カツレツを創造した最初の段階でそこに気づき、独自の調理法を完成させながら、百年以上そのやり方を頑なに変えず実践している。結果、その手間が価格に反映するが、それもよしとしてすべてを変更することはない。

和食のひとつとして、今や西洋社会にも逆輸出するぐらいのポテンシャルであるとんかつは、衣をつけて揚げるという点だけを「ぽん多本家」から踏襲したが、脂身の火入れに着目した店はほとんど聞いたことがなく、まさに本家を除いて本家と同じ手法で揚げている店をぼくは知らない。唯一無二となりつつも、あくまで本家という名に恥じない希少で貴重な店なんだと改めて認識をした。

「ぽん多本家」のカツレツについて、ご主人はカメラの回っている空間で全くよどみなく完璧にぼくに説明をしてくれた。ところが、この番組でぼくが必ず質問する店名の由来、つまり「ぽん多」とはどういう意味ですか、に対し、唯一言いよどんだ。

ぽん多といういかにも外来語的な店名の由来は、今でも不詳とされている。完璧すぎるコンセプトや仕事ぶりに反して、その言いよどみ具合がまた人間味あふれるものだった。

「ぽん多本家」
●東京都台東区上野3-23-3
●03-3831-2351
●11:00〜13:45LO、16:30(日祝16:00)〜19:45LO
●月休(祝日の場合は火休)
posted by 伊藤章良 at 22:57| Comment(2) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月01日

今月はおやすみいたします

いつも新・大人の食べ歩きをお読みいただきありがとうございます。

今月は伊藤章良さんの海外出張と夏休みが重なったためおやすみさせていただきます。
申し訳ありません。

次回は9月1日アップでよろしくお願いいたします。
posted by 伊藤章良 at 11:28| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月01日

(93)日本橋蛎殻町 「すぎた」

任せっぱなしがおまかせではない。

客と主のやりとりで流れを作る圧巻のすし店

まったく個人的なレベルを大前提に、正統派江戸前鮨の将来に危機感を抱いている。それは、現在築地と呼ばれる仲卸も鮨職人もぼくたち食べ手もそれぞれに感じているが、ここでは食べ手側の危機を取り上げたい。

極論すれば、高級江戸前鮨は、今や金さえ払えばもっとも頭や気を使わずにすむ食事である。敷居が高いとか謎めいているとか、どうやって頼めばいいのかわからないとか様々に形容されてきたが、結局、金に糸目をつけなければバカでも簡単に食えてしまうのが高級江戸前鮨の現状である。正直、回転寿司の方が次になにを選ぼうかと頭をひねる。

まず、カウンターメインゆえ男女問わず一人で行ける。誰を誘おうとか、同席者とどういった会話をしようとか、そんなことは一切悩む必要がない。全国どこでも電話をして予約しカウンターに座ればそれでいいのだ。スタートからそんな楽な食事なんて他にあるだろうか。

そして、今やどこでも高級と称される江戸前鮨のメニューは「おまかせ」、つまり一つのコース料理のみである。すべて店側のおまかせにすることで自らの力量不足を隠し食材のロスを極力抑え、請求の計算も簡単。高額の支払いに客もおまかせだからと納得する。
それゆえ、何を食べるか飲むか、料理の順番や食材でどのようにディナーの流れを組み立てるか等々、まったく頭を使う必要がなく、ただただ出されたものを食べ高額のお金を払えば高級江戸前鮨に行ける時代、それが今である。

結果、「今月は毎晩鮨だよ」などと言ってしまうお金持ちがブロイラーのように餌を摂取する場となり、他人を誘えない、味以上に重要なコミュニケーションというテイストを食事の場に持ち込めない人たちの拠り所となり、お金だけは何の疑問も意義もとなえず払うので、鮨の価格だけが高騰し続ける。

気骨ある幾人かの鮨職人は、そんな状況を相当に憂いている。少しでも解決となる方法を模索する貴重な面々もごく少数だが存在する。「小笹すし」や「鶴八」は、かたくなに「おまかせ」を否定し「おこのみ」でしか注文を受け付けないし、その流れをくむ「しみづ」は、当日の朝からしか予約を受け付けないという、業界でも唯一無二なシステムを導入した。
ただ、そういったレアなケースを除けば、「おまかせ」しかない高級江戸前鮨店が、信じられないぐらいの勢いで続々とオープンし、経営が苦しくて閉店したという話をほとんど聞いたことがない。
それほど他人と交わらずに済む楽な栄養補給が魅力なのだろうか。そして、こんな時代ながらも、金があり余っている人、経費を含めた金を食事に自由に使える人がそこまで多いのだろうか。いや、そんな人が多くを占める訳はないにしても、高級江戸前鮨がどの店も10席程度で営業している環境からして、あくまで需要の方が多いというのが現状に違いない。

「すぎた」は、もともと別の場所で違う名前で営まれていて、比較的最近水天宮に移転したのは周知の事実だが、ぼくはそれを知らず、移転前の「都寿司」にも気が遠くなるほど前に一度行ったきり。そもそも予約の取れない店にわざわざ行かないので、移転前の「都寿司」もすでに自分のリストにはなかった。

友人に「すぎた」に行こうと誘われ、直前までとんかつ店だとばかり思っていたので、「すぎた」入店後もその話をしていたら、店主はそれをおもしろがって、「もうすぐ揚がります」などと返され、終始なごやかな時間だった。
銀座界隈の意味不明な緊張感とは別次元の、下町の鮨屋としての度量や円熟味が備わった店だと感じ久しぶりに心が動いた。例によって半年以上も予約が取れないということだが、そこは多少の手段を講じつつ一カ月後に再訪した。

夜は二回転、休日は昼も二回転だという。すんごい儲かってるんだなあと感心しながら夜の二回転目に訪問。指定された時間に遅れそうで慌てて駆け込んだものの前の客が終わっておらずしばらく待たされ、着席後も酢飯を作ってくるということで店主が席を外すが、その際の口調やちょっとしたつまみの提供等、実に見事で、客を不快にさせないさまは料理人すべてが手本にすべき対応だった。

もちろん「すぎた」も、おまかせのみである。大ぶりの切り口が頼もしい刺身や意外ときめ細かい料理がつまみとして提供され、その後にぎりとなる。もはやこの店のタネがどうだの酢飯がこうだのと紹介することになんの意味も意義も感じない。ただ、極めて圧巻で特筆すべきことがあった。

その日は、私たちの両側が都寿司以来の常連とおぼしき男性同士の二組。カウンター全員が一切写真など撮らない、スマホをカウンターに置くという無粋なことすらしない。都寿司の常連は、なんとすばらしいマナーの持ち主なのかと感極まった。そして店主は、カウンターの三組に対し、それぞれの好み、体調、酒の進み具合にあったバラバラのメニューをバラバラのタイミングで提供した。

ぼくたちにはおそらく、もっともベーシックな「すぎた」スタイルであったのだろう。一方常連二組には、それぞれの方々の持病まで熟知し軽口もたたきながら、扱う魚や量も上手に調整して過不足ない流れを作っていた。

「おまかせ」を頼みつつ、左右の客、そして自分たちとも違う料理が出てきたというのは鮨店において初めての体験だ。目の前で出来上がるつまみやにぎりに、あ、ぼくもあれが食べたいなあとか、いろいろと贅沢な思いをはせながらも、「すぎた」の常連への道は遠いだろうなあと観念したのだった。

日本橋蛎殻町 「すぎた」
●東京都中央区日本橋蛎殻町1-33-6 ビューハイツ日本橋 B1F
●03-3669-3855
●17:30〜、20:30〜(火金)、17:00〜、20:00〜(土祝)、11:00〜、13:30〜、18:00〜(日)
●月休
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2016年06月01日

(92)渋谷「ゆうじ」

焼肉店の主の姿勢に見た

“料理人”としてのプライド

食のイベントって、盛んに開催されているように感じるが、そのほとんど肉かラーメンである。
なぜ肉とラーメンばかりなのか。想像してみるに、仮設の厨房そして野外という環境では、自分の店で日常出している料理を再現することは難しいが、肉やラーメンはそれが可能な料理レベル、もしくは店と同じではなくても来場者は納得してくれる、このいずれかだと思う。さらに言えば、ラーメンは客が野外&仮設キッチンでも納得し、肉は提供する側がそんな環境であってもかまわないと判断をしているような気がする。

焼肉と呼ばれる業態は料理ではない。焼くという調理は客側で行い、店は切って出すだけだ。それゆえ、A5の和牛とか、イチボだのミスジだのと希少部位でしか差別化することができない。こういった部位による差別化も、ここ10数年で急激に叫ばれるようになり、価格も高騰。マーケティング的には大成功なのだが、つい先日まで焼肉店のメニューは、カルビとロースとタンとレバーぐらいしかなかったし、人気店や有名店でも、ハラミをロースと偽って提供していたという事例は普通にあった。

欧米、特にヨーロッパでは、牛は豚や羊や鳥と同等のポジションで価格もほぼ同じ。日本のように牛だけが突出した高級品という感覚はない。
突然のように最近は赤身肉ブームになったけど、そもそも日本の市場が霜降り霜降りと異常なだけで欧米では赤身が中心。しかも、記憶では10年以上前に「よろにく」がシルクロースと称した赤身肉のコース料理を展開して、それが10年を経てようやく「肉山」や「SATOブリアン」が追従し、やっと日の目を見たというのが業界の現状である。

それゆえ、芸能人や芸能人の息子を担いで各地でイベントを展開し、有名店を数店呼んでコラボを企画したりと、各店ごとに特色を出したり差別化を図るのが難しいので、業界全体での底上げに躍起となるわけだ。まあ、そんなテーマでのずさんなイベント展開だから、ついには食中毒も出て今後の継続が危うくなってきた。

さて、ある飲食業界の重鎮の還暦パーティが開催され、各店主やシェフが大量に参加して料理を競うという、なかば食イベントのような会だった。その会で料理を提供した渋谷の焼肉店「ゆうじ」の店主は、屋内、ホテルの宴会厨房が借りられるという恵まれた条件ながら、あとは切るだけの状態に自店で仕上げたローストビーフを持ち込んだ。

ぼくは、人気店・著名シェフがその場で調理した料理をあらかた試食したものの、「ゆうじ」のローストビーフは圧倒的に群を抜いておいしいと感じ、改めて「ゆうじ」という店は、たとえイベントといえども肉を、肉料理を知り抜いたうえで提供しているんだなと嘆息した。
それは他の焼肉店とは一線を画し、東京で唯一といっても過言ではない、焼肉用の肉を切って提供する施設ではなく、肉を料理して、もしくは客にきちんと料理させようとしている店であることを再認識した。

「ゆうじ」はご存知のように、渋谷の奥の雑踏の中にある。ダイニングも化粧室も決して不潔ではないが、きれいな雰囲気で涼しく焼肉を食べる環境ではない。肉は焼けば煙が出る。七輪は触れば熱い、そんな当たり前のことを忘れがちなぼくたちに伝え、教え、感じさせてくれる場所である。

それゆえ店主はスタッフに厳しい。その厳しさは、ひいてはぼくたちに安心・安全を保証する主張のようにも感じる。そして火の取り扱いだけではなく、きちんと正確に客に調理してもらうよう、できる限りの調整もスタッフの役目なのだ。

テーブルに七輪を、そのうえに小さな平たい鉄鍋を置いた。七輪の上で鉄鍋が安定しないのか、何度も何度も七輪や鉄鍋を回して調整する。もう十分安定してるよと思うのだが、さらに何度も何度も繰り返し鍋がテーブルと平行になるように微調整を続ける。続いてタレに漬け込まれたレバーと大量のニラが運ばれた。その鉄鍋を使って瞬間的にニラレバ炒めを作ろうというのだ。
そこで初めて、スタッフの作業に合点がいく。鮮度のいいレバーに火が入りすぎないよう、うまくニラと絡むよう、それらの食材に均等に火が入るよう、鍋の位置を調整し続けたのである。

厨房で調理され皿に丁寧に盛られ、料理人とは別の手で運ばれてきた皿がテーブルに置かれ、やっとその段階で口に運ぶ。普通のレストランの流れはこうである。ところが「ゆうじ」では、目の前で瞬時にレバーとニラに火が入り、その後誰の手も介することなく火が入ったばかりの最高の状態を、客は味わうことができる。それこそが店主の料理人としての意図であると、ぼくは解釈した。
目の前に必ず火がある焼肉店以外他のどの店にもできない、火が入った瞬間のおいしさの追求である。「ゆうじ」という店が実現しようと考えている肉料理の姿なのだ。

そこまで気づくと、改めて「ゆうじ」は、客が素直であればあるほど、ここでの経験値を積めば積むほど、他のどんな料理形態でも味わうことのできない、火を入れた瞬間の醍醐味を知ることができると分かる。

実は、密かな感動と期待の気持ちでいっぱいである。
店主の樋口裕師さんは、どんな新たな瞬間芸をテーブルの上で見せてくれるのか。次回が待ち遠しい。

「ゆうじ
●東京都渋谷区宇田川町11-1 松沼ビル 1F
●03-3464-6448
●19:00〜23:30LO(月〜金)、18:30〜23:30LO(土)
●日祝休
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2016年05月01日

(91)麻布十番「天冨良 よこ田」

頼もしい二代目とともに主も輝く

麻布十番の名店の代名詞であり続ける天ぷら店

ぼくはもう、グルメ系の雑誌を購入することはない、というか立ち読みすらしない。90年代など擦り切れるほど読んでいた時代もあったのだが……。

なによりそういった雑誌から得られる情報や知識に興味が湧かないし、特集も企画も毎年毎年同じ内容の繰り返しで、ましてや「dancyu」などは書き手もいつも同じ。そこに発見や感動はもはや生まれない。編集方針を見ていても、そんなぼくたちはすでにターゲットではないようにも思う。ただありがたいことに、その世界で活躍している諸氏と食事をしたり語り合ったりする機会にグルメ誌をいただくことは多い。

数カ月前手にしたグルメ誌。表紙を見ると麻布十番特集だった。その特集の最初に紹介されている店は天ぷら店で、下記のような見出しがついていて、本当に、本当に、ガクゼンとした。
「麻布十番にも、とうとう天ぷらの名店が登場」
そして「たきや」という店が取り上げられる。
続いて紹介の文章を読むと、
「あらゆるジャンルの一流店がそろう麻布十番でこれまで意外と少なかったのがうまい天ぷらを出す店だ」とある。

天ぷらは確かに東京の下町、東側に名店が多い、銀座・京橋・日本橋から以東に固まっているのも事実である。しかし、赤坂の「楽亭」を失った今、東京の西側で一番天ぷらの名店がある場所といえば、新宿でも渋谷でも青山でも六本木でもなく、麻布十番ではなかろうか。

若いかけ出しのライター、もしくは専門外の人が書いた文章なのだろう。ただそれは編集者が、そして見出しぐらいは編集長もチェックをするのではないか。今の食雑誌の編集者レベルって、こんなに低いものかと天を仰いだ。そりゃ誰も手に取らないし優秀なライターが育たないというのも理解できる。

「天富良よこ田」は、以前外苑東通り沿い、鳥居坂下近くにあった。1990年に発刊された山本益博氏のグルメ本によると、その当時から「よこ田」は「みかわ」「楽亭」「はやし」等と並んで東京天ぷら店の最高ランクとなっている。
現在は少し場所を移し、麻布十番商店街の六本木寄り。有名なそば店「更級堀井」の近くに構えた。

話は変わるが、こうも大量に高額鮨の新しい店が次々登場するにもかかわらず、天ぷらには若くて将来が楽しみな職人の店はほとんどオープンしない。最近でも(最近と言えるかどうか)記憶にあるのは築地の「清寿」ぐらい。
その理由を「よこ田」で尋ねて、なるほどと合点がいった。鮨の場合は、板場で店主と仕事を分け合ったり、自分の範囲で客に料理を提供したりする機会にも恵まれ後進が育ちやすい環境がある。いっぽう天ぷら店の多くは鍋がひとつなので、店主がそこに立つと後進の実践の機会が他の料理に比べて少ない。それゆえ世襲も多くなってしまうという。確かに「近藤」も「深町」も同じような傾向にある。

「よこ田」は、そんな現状を打破する店舗作りを実現。外苑東通りから一本奥まった十番商店街のビルに移転するにあたり、竹をあしらった以前の内装イメージはそのままに、カウンターを2カ所設けて2名の職人が立てるようにした。もちろんそのひとりは店主であり、そしてもうひとりが二代目となる息子さんだ。

ぼくは今回切望して、二代目の天ぷらを食した。
尊き初代と同じ種なのかどうかは確認できなかったし興味もないが、一部違うのではないかと、そんな気がする。レア過ぎず固すぎない絶妙の加減と思う「よこ田」のスタイルもそこにはあった。シンプルな調理法のなかに、最大限に季節感を表現するのが天ぷらである。特に春の苦味をまとった野菜や魚は、その閉じ込め方が絶妙で高い将来性を感じた。
清酒の品揃えは独特で、著名な地酒に頼らないお店独自のチョイスがあり、個人的には愉しめた。

溌剌として雄弁なところは父親譲りだが、初代とは違う遊び心や茶目っ気と、そしてなんでも吸収したい旺盛な好奇心が頼もしかった。
同じ和食の世界にいる同世代の職人のことも気になるようで、そんな年齢で独立できる他業界を羨望する様子もあったが、すでに「よこ田」の二代目は、自分自身のスタイルで仕事をこなしておられるようにも思えた。

天ぷらって、みんな同じ色だし写真に撮ってもあまりキレイじゃないですよね。と、二代目がポロっとつぶやいた。
とても素直でかつ職人らしいいい言葉だった。

「天冨良よこ田 」
●東京都港区元麻布3-11-3 パティオ麻布10番U 3F
●03-3408-4238
●17:30〜20:00(LO)
●水休
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2016年04月01日

(90)神楽坂「龍公亭」

百年の月日が紡ぐ圧倒的な存在感と

これから百年の未来も感じる名・中国料理店

前回はお休みをいただき、申し訳ありませんでした。
体調不良と大家さんは案内をしてくださってますが、不良だったわけではなく、命には全く別状ないプチ手術をし、その療養をしておりました。

さて、ひょんなことから案内役としてレギュラー出演している「ニッポン百年食堂」だが、おかげさまで4月から2シーズン目に突入。収録回数も増え、その結果ロケに費やす日々も多くなり、しかも療養をしていた関係で現在多忙を極めている。

こうして、全国で百年以上続いている飲食店の皆さんと会い、お話をうかがうと、ますます新規オープン店やファインダイニングばかりを追っかけ論じることの「不毛」を感じる。そして、そこにばかり注目するのは相当なマイノリティであるとも痛感させられ、一抹の寂しさもある。

一方、こうして出会う百年食堂は、そのほとんどすべてにノスタルジーと達観を感じるわけで、それが今にどう通じているのか、今とどう共存していくのかについては、厳しい現実を見ることも多い。しかし取材した百年食堂のなかで、神楽坂にある中国料理「龍公亭」は、「東京カレンダー」や「dancyu」に掲載されても違和感のない雰囲気と内装を備え、現在やこれからを見据えた確固たるコンセプトで営業をされている、貴重なレストランである。

今や神楽坂もメインストリートはチェーン系の居酒屋・レストランに席巻され、神楽坂を知り、愛する自分たちは、常に脇道をめざし通り沿いの店に入ることはない。飯田橋から神楽坂を上る、その中腹ぐらいだろうか。「龍公亭」は神楽坂沿いにあって、もっともシンプルで小さなサインが掲げられるのみ。派手で品のない看板をかき分けかき分け、やっと発見できる程度で、表から見る店のどこにも、すでに百年以上続いていることを知る要素はない。

あまりにもカッコいい。老舗ゆえの引きの美学であろうか。
「龍公亭」のロゴマーク、店内に貼られたポスターや絵画をとっても、一分のスキもない完璧な同時代性と芸術性を秘めている。百年という縛りでずっと店舗を見てきたぼくには、驚愕をもっても語りつくせない事実だ。

ダイニングでもっとも特徴的なのは、神楽坂に向かって設けられたテラス席。坂の中腹、2階のその席からは、神楽坂の上から下まで全てを掌握したようにも錯覚するパノラマで天守閣に上った気分。神楽坂からテラス席を見上げるだけでは、この風景はまったく想像できないのもさらなる驚きだ。

料理は神楽坂らしく、花街の着物の女性でも界隈の年輩の男性でも親しめる、野菜を細かく刻み脂っこくない中国料理を志向していた。神楽坂に暮らした田中角栄が好んだメニューも存在する。
ただ、現料理長の四代目は、周冨徳が料理長時代の「赤坂離宮」で修業を積んだという。その時代の話を聞くと、料理の技というより、中華厨房の熱気を一番に学んだそうだ。

例えば、麺は創業以来全て自家製、そして無化調。こういったベーシックながらなかなか実現しがたい特徴を、大きく喧伝することなく継続しているさまも老舗の矜持だろうか。番組中でもぼくは言ったが、百年の月日に甘んじることなく常に成長し続けようとする姿勢は、まさに現代の名シェフにも通じる魅力かと思う。

プライベートなこともあるので詳しくは語らないが、話を聞けば聞くほど、「龍公亭」は、四代目料理長の奥様、若女将がキーマンなことがわかる。彼女の視点、そしてネットワークが、現状に甘んじない、次の百年をも見据えた展開へと通じている。こうして長く続く店とは、その時々を司る人の才覚によって決まるんだなと、改めて感じさせられた。

「龍公亭」
●東京都新宿区神楽坂3-5
●050-5590-0259 (予約専用番号)
●03-3260-4848 (お問い合わせ専用番号)
●11:00〜14:45LO、17:00〜21:30LO
●年末年始休
posted by 伊藤章良 at 15:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月01日

今月はお休みいたします

いつも「新・大人の食べ歩き」をご愛読いただき、
ありがとうございます。

今月は、伊藤章良さんの体調不良により、お休みさせていただきます。

次回は暖かくなっているはず、の4月1日です。

よろしくお願いいたします。
posted by 伊藤章良 at 11:32| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月01日

(89)渋谷「バール・ボッサ」

スマホから離れた

アナログでおだやかなひと時を謳歌

奥目もなく書くと、ぼくは食事をしている、その時間が一番幸せだ。
何か嫌なことがあっても、ご飯を食べれば、いや食事の時間が近づいてくるにつけ、すっかり遥か彼方に追いやってしまうぐらいである。幸いなことに、食後改めて思い出すわけもなく、その余韻に嫌なことなどすっかり忘れてしまうハッピーなオトコなのである。

なので、食事の時間を粗末にチープに扱う人間が嫌いだ。最近もっとも気になる腹立たしい行為は、食事をしながら片手で卓上でスマホをいじるヤツ(あえて「いじる」と幼い表現を使わせていただく。まさにその通りだと思うからだ)。いらただしさを超え席を移動しようかと思うこともしばしば。決して他人に迷惑はかけていないじゃないかと反論されればそれまでだ。でも人生で一番大切な時間を軽んじてる、蔑んでいるヤツが近くにいる、ということだけでぼくは絶望する。隣でタバコを吸われるより、ある意味不快かもしれない。

スマホをいじりながら食事をする。それは言うなれば、生きるためにエサを口にしているだけにすぎない。であればコンビニなどで買ってどこか自分テリトリーでエサを摂取すればいいのであって、なぜ飲食店に入るのだろう。
まず、料理を作った方に失礼だ。そして、こんなに幸せで貴重な時間まで寸暇を惜しんでスマホをいじる価値がそこにあるのか、との大きな疑問にもブチあたる。単なる習慣、ながら、依存、中毒、であるなら、せめて食事をしている間だけでも、そこから離れることを願いたい。

特に悲しいのはラーメン店。まずラーメンが供されるとスマホで撮影。その後片手でスマホをいじりながらもう一方の手でときどき麺をすする。少しでも温かいうちに食べるべき、というか冷めるにつれ油っぽく不味く、そして麺も伸びてしまうのがラーメンなのに、よくスマホをいじりながら食べられるものだ。そんな面々に、ラーメンにつき云々と書かれてしまう、ラーメンのそしてその店主の悲しさを考えるといたたまれない。

さて唐突に話題を変えると、裏渋谷といわれる宇田川暗渠(宇田川という川を埋め立てて作った道なので、川のようにうねっている)のまだ裏側に「バール・ボッサ」というワインとボサノヴァを楽しむバーがある。かれこれ15年ぐらいは通っている、ぼくの至宝の一つである。

マスターの林伸次さんは、ボサノヴァなどブラジル音楽の語り手・評論家でもあり、昨今では(というか、実はずっと以前から)日々さまざまな人間が交錯するバーの経営という職業を生かしながらの人間観察、恋愛観などを日々文章にまとめておられ、その面白さ的確さが大変な評判を呼ぶ文筆家でもある。実際、本も出版されている(『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか? 僕が渋谷でワインバーを続けられた理由(DU BOOKS刊』)。

個人的にも大ファンである林さん自身のことを書き始めると多岐にわたりすぎるので「バール・ボッサ」の紹介に戻すと、この店実は、常連にならない限り一人での来店を断られる。つまり一人客のみ紹介制、とでも言おうか。

え、バーでしょ。
その通り、まさに一人でこそ訪れたい魅力的なバーにもかかわらずだ。

その理由を林さんは、いや、意外と素性の知らない一人客って、他の常連さんに話しかけたりなど、いろいろと店内でやっかいなことが多いんですよ、という。でも、ご本人に確認したわけではないが、きっと林さんは、一人で自分の店に来ても、ずっとスマホをいじっているだけなら、他の店に行くか、いや自宅に帰ればいいんじゃないの、と思っているからではないかと想像する。

さまざまな機会で公言しているが、林さんは、スマホはおろか携帯も持たない生活をしている。もはや化石なみに稀有な主張だ。
だって自分は家か店にしかいませんから、と彼はいう。実際に、ご自分の家か店にしかいないという理由で携帯を持たない料理店の店主も知っている。
ただ、こちらも想像ながら、林さんがスマホを持たない理由の一つとして、彼はアナログの楽しさ、すばらしさ、尊さを伝えたいという熱い思いがあり、それゆえ、主義としてアナログから最大にかけ離れた存在のスマホを持たないのではなのかと思うのだ。伝えたいという言葉では軽すぎるだろうか。もはやアナログの伝道師とも称することができるだろう。

それゆえ「バール・ボッサ」には、アナログ特有の緩さ、コージーさ、世界観に満ち溢れている。林さんがカウンターで飲み物や料理を作る時だけ、バチッとランプのスイッチを入れ一角がポッと明るくなる、水道をひねるとボワッと瞬間湯沸かし器の灯る音がする。化粧室の便座が木製だったりもする。もちろんお一人で営まれて忙しいときでも、片面20分足らずのアナログレコードをかけている。音量も大きくも小さくもなく、もっとも心地よいバランスだ。

アナログというぐらいだから、アナログレコードのアナログ感は実にすごい。特にCD世代、いやダウンロード世代にとって、針がレコードに落ちる音、曲がはじまるまでのカスレ音。いざ曲が始まれば、デジタルにはない録音時そのままの伸びやかで継続的な音色。先日デヴィット・ボウイが他界して連日ラジオではデヴィット・ボウイの曲ばかりが流れたが、彼の70年代から80年代の曲って、ぼくはレコードでしか聴いておらず、それが無雑音のデジタルサウンドでラジオからながれると、なんだか妙に居心地悪いなあと感じてしまうぐらい、レコードの音というのは体の芯に刻まれているのだ。

だからぼくは、「バール・ボッサ」にアナログの世界を楽しみに浸りに行く。もちろん絶対に、スマホなど無粋な機械仕掛けのオモチャを卓上に置くという愚かな行為、それどころか一切ポケットから出すこともしない。

アナログを謳歌する、それはぼくたち世代だけの特権なのかもしれない。でも、普段とは異なる意外にも身近で見つかる非日常が、実はこんなところにもあるんだよ、とは、「バール・ボッサ」が、林さんが、表現したい伝えたいことなのではないかと考える。数十分の食事の時間すらスマホいじりを止められない幼稚な世代にとって、ぜひこの環境で、何か穏やかで心地よい非日常に気づいてもらいたいものだ。

「バール・ボッサ」
●東京都渋谷区宇田川町41-23 河野ビル 1F
●03-5458-4185
●18:00〜24:00
●日祝休(祝日は営業していることもある)



posted by 伊藤章良 at 11:30| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月01日

2016年はじめによせて

今回は2016年の最初ということもあり、お店の紹介ではなく2015年を個人的に振り返りつつ、一つの考えと今年のテーマを書いてみたい。
2015年は、BSフジ「ニッポン百年食堂」という番組にて、全国に点在する百年以上続く食堂を紹介するガイドとして出演しないかとのオファーが突然舞い込み、後半とんでもなく忙しくなった。テレビ出演は人生で全く初ながら、毎週一時間番組のレギュラー。なんとか呆れられない程度に収録をこなし、来年4月以降も9月まで継続となった。
※新年1月の最初の放送は、1月5日火曜日 22時〜です。ぜひ。

第二次世界大戦以降にできて、その後現在まで継続している名店はそこそこある。しかし百年というと、確実に戦前オープンがマスト。関東大震災も経験している。そんな食堂からは、厳しい過酷な試練を幾度も越えてきたという達観を、店主や店内の随所に感じる。

ぼくは、百年食堂を巡るガイドをやらせていただくことで、イマの、話題の、有名シェフ・ミシュラン星付きで修業したシェフの店にますます興味がなくなってきた。そんな店ばかりを追いかけている一部のコレクターに振り回されることも不愉快だし、店の優劣ではなく話題性や人気、レア感の演出だけで客が集中するマスコミやSNSからの誘導も、レストラン業界にとってはまったく不健全であると思う。何より、そんな飲食店に関心を持っているのはほんの一部の好事家だけなんだ、という極めて常識的な現実に直面している。

そもそもぼくは、予約のとれない店、というかとれなくなってしまった店には、興味がなかった。ここでいう予約のとれない店とは、3か月以上先、半年後、1年待ちとか言われるような類としよう。

そんな店の多くは、予約がとりにくくなる前に行っていることが多いし、料理店を訪問するのに、そんな先まで待つ、ということ自体もナンセンス。
でも、もっとも興味が湧かない要因は、予約がとれなくなった時点で進化が止まってしまうことが多いと考えるからだ。

客は、予約のとれない店に行くことだけで満足なので、批判的な視点を持ったり進化を愉しんだりということがない。店も、来られるだけで満足する客を相手に進化をする必要性がない。いや、料理人やオーナーご自身はそうではないと思う(思いたい)が、どんなにモチベーションを高く持とうとも、イチローのような稀有の精神力ではない限り、安住してしまうだろう。ここでいう進化とは、もちろん料理だけのことではない。客をどうやって迎えるか、もてなすか等、すべての面において変わることである。

ニッポン百年食堂の取材で、小田原駅前の「そば処 橋本」という店をロケした。天保年間の創業、文字通り百年食堂である。
取材中、店主はぼくに「自分の店にいくら歴史があるからといって、創業当時と同じことをずっとやり続けていたなら、それは後退なんですよ。少しずつでも進化してやっと、お客様には昔ちっとも変わらないねと言っていただけるんです」と語った。

2015年秋、まさにそれを確信する店と出会った。京都「S」だ。
この店を例にあげることは、この店だけがそうだという意味ではない。あくまで予約のとれない店の現状を伝えたい、との気持ちである。

刺身の皿ですよ、と軽くあぶって出された赤座海老。
こんな大ぶりで身の詰まった赤座海老は初めてと興奮。ミソもしっかりと入り卵もはらんでいる。同席者は皆、会話も忘れて一心不乱に食べた。ぼくも、エビの足を一本一本引っこ抜いては口に入れ、ミソをほじくり出し卵をすする。
そんな風に夢中に食べていたら、店主がぼくたちの前に来て、出された料理はさっさと食べてもらわないと困るんだ。ぼくはそんな人は嫌いなんですよ。という。この人、いったい何を言ってるんだろう。まったく意味がわからなかった。ひと時も手を止めることなくずっと食べているのに・・・。

ふと冷静になりまわりを見てようやく合点がいった。
他の客は、赤座海老の身の部分をとりだし口に運んで、それでその皿は終了だった。誰もエビの殻を割ってミソまで食べるような客はいないのである。
果たして、どちらが正しいのか。それは単純には結論付けられない。ただ、どちらが食いしん坊か、食べることに貪欲かといえば、ぼくたちに違いないだろう。そして、予約のとれない店京都「S」が自らの客に合わせる標準は、食いしん坊、食べることに貪欲な層ではなく、赤座海老の身の部分だけを三口程度で食べ終える客が対象、ということは明らかだ。この店の時間軸は、そういった客層とともに動いている。

個人的にはとても衝撃的、かつ象徴的な出来事だった。
全てのカウンター客に目が届いていないという店主にも失望したが、何よりもここまで優れた赤座海老のミソや卵を食べずに皿を戻してしまう客が京都「S」のアベレージとなってしまったことに注目したい。

そして、そんな客のみをさばいていく間に、赤座海老のミソや卵を食べる時間は考慮に入れなくなった。こうしてぼくは、予約のとれない店は進化が止まってしまうという具体的な局面に気づかされたのである。

レストランに関する、今の情報の伝え方伝わり方には、どうしても危機感をぬぐえない。ひいては、それが予約のとれない店を生み、店の進化を止める。それをどう修正して、飲食業界の健全な発展に少しでも寄与できるか。今年のぼくのテーマである。
posted by 伊藤章良 at 13:53| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする