いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2017年02月02日

(98)渋谷「池湖」

システムの不具合でアップが1日遅くなりましたこと、深くお詫びいたします
***


高額の波が押し寄せる本格中国料理において安価。
立地でもたげるオトコの下心を抑制できる上質な料理

前回、「たいへん上手に描けた子供の絵」を題材にしたので、今月も少し絵画を例にとって話を始めたい。
ここ何百年間で描かれた巨匠とよばれる画家の作品は、当然ながら世界的に高く評価され、とてつもない高額で取引されている。とりわけ日本人は、この「世界的に高く評価された」ことが大好きで、評価と価格が高いから、この絵は優れていると認識。個人の好き嫌いとか感性に合うとは関係なく展示会に出かけ、金持ちはこぞって購入する。どこもかしこも、ゴッホやシャガールばかりである。

誰もが優れていると認めてしまった(すでに終了した)ものへの憧憬や投資ってワクワクするのだろうか。もちろん投機のために動かす人たちもいるだろう。それは芸術を金儲けに使うわけで、さらに卑しいともいえるが。

近いことが東京の外食の世界でも起こっている。
予約が全く取れなくなった超人気店ばかりを集め星やアワードを授与したりパトロンになったりという金銭や労力を、底辺を引き上げ埋もれている価値を見出す方向に繋げていけないものだろうか。
すでに価値や名声を確立した料理人や店より、自分自身や自分の仲間で密かに楽しめ共有する、そんなキラリと光る店を見つける悦楽を享受しないのか。

他人が、というより多くの人が散々に引いたレールを単にトレースするだけの、安全で退屈なスタンプラリーばかりを近くで見ていると、やっぱりここでも、結局は子供の課題解決手法なのかと思わざるをえない。大人にしかできない、というかもっと皆で大人になって大人の愉しみ、応援の歓びを感じたいものだ。

今回取り上げる中華バル「池湖」は、東急文化村から渋谷のホテル街に上がる坂の途中にある。自ら中華バルとオフィシャルサイトで名乗っているのでしかたがないが、〇〇バルと称するだけで、最初から料理はイマイチですと言い訳をしているようにも見え、しかも黒く埋もれたビルの4階。食べること以外の目的がないと選択肢にはなりにくい環境だ。

ところが。
中華バルなのに料理がめっぽうウマイ。2017年2月現在、男性が一人で営むが、つき出しのえびせんから、客が来るたびにひとつひとつ丁寧に揚げて用意する。名物である焼豚も注文を受けてから火を入れ始める。カウンター中心で店主の動きが逐一見渡せ、よどみなくテキパキと対応しつつ料理のすべてに手間を惜しまず真面目一徹なのを確認する。

メニューにXO醤を使った料理があったので、自家製ですかと聞いたら、醤の作り方は修業先で学んできたが、一から作ると採算がとれないので仕入れています。でもいつかは自家製でやりたい、との言葉が返ってきた。
ただ、ほとんどの調味料は自家製。食材のロスを極力なくすための小さな工夫がちりばめられ、玄人をも唸らせる技巧を随所に備える。
そう、店主はアイアンシェフ脇屋友詞氏のもとで、約10年じっくりと修業を積み、脇屋氏と中国各地も回ったという。

さらに言えば、大丈夫なのかと心配するぐらい安価だ。安さゆえ客層が荒れることも先回りして不安になる。昨今、鮨だけではなく中国料理にまで高額の波が押し寄せ天を仰ぎたくなるが、ここではそんな不安も一掃。未だ食べたことはないが、フカヒレ(6,000円)もメニューにあるので、いつかトライしてみたい。

さて『東京いい店やれる店』という黄色い本をご存知だろうか。
やれるかどうかという視点で飲食店を評価する画期的なガイドだが、やれるためには、下心を封印しつつそれを上回る驚きや意外性、ひいては感動を与える店を選ばなくてはならない。「池湖」こそ、立地といい味といい、いい店やれる店の秀逸なる一軒ともいえよう。
店名の「池湖」は、店主が池田さんなので、池よりも大きな湖に成長したいとの思いでつけたそうだ。ただ一説には、店主が通っていたゲイバーでイケコと呼ばれていたからだとも聞く。そんな店主ゆえ、さらに「やれる店」としてオトコの味方となってくれるような気がする。

「池湖」
●東京都渋谷区道玄坂2-22-6 CREA道玄坂 4F
●03-6455-1550
●11:30〜14:30、18:00〜23:30
●月休

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2016年04月01日

(90)神楽坂「龍公亭」

百年の月日が紡ぐ圧倒的な存在感と

これから百年の未来も感じる名・中国料理店

前回はお休みをいただき、申し訳ありませんでした。
体調不良と大家さんは案内をしてくださってますが、不良だったわけではなく、命には全く別状ないプチ手術をし、その療養をしておりました。

さて、ひょんなことから案内役としてレギュラー出演している「ニッポン百年食堂」だが、おかげさまで4月から2シーズン目に突入。収録回数も増え、その結果ロケに費やす日々も多くなり、しかも療養をしていた関係で現在多忙を極めている。

こうして、全国で百年以上続いている飲食店の皆さんと会い、お話をうかがうと、ますます新規オープン店やファインダイニングばかりを追っかけ論じることの「不毛」を感じる。そして、そこにばかり注目するのは相当なマイノリティであるとも痛感させられ、一抹の寂しさもある。

一方、こうして出会う百年食堂は、そのほとんどすべてにノスタルジーと達観を感じるわけで、それが今にどう通じているのか、今とどう共存していくのかについては、厳しい現実を見ることも多い。しかし取材した百年食堂のなかで、神楽坂にある中国料理「龍公亭」は、「東京カレンダー」や「dancyu」に掲載されても違和感のない雰囲気と内装を備え、現在やこれからを見据えた確固たるコンセプトで営業をされている、貴重なレストランである。

今や神楽坂もメインストリートはチェーン系の居酒屋・レストランに席巻され、神楽坂を知り、愛する自分たちは、常に脇道をめざし通り沿いの店に入ることはない。飯田橋から神楽坂を上る、その中腹ぐらいだろうか。「龍公亭」は神楽坂沿いにあって、もっともシンプルで小さなサインが掲げられるのみ。派手で品のない看板をかき分けかき分け、やっと発見できる程度で、表から見る店のどこにも、すでに百年以上続いていることを知る要素はない。

あまりにもカッコいい。老舗ゆえの引きの美学であろうか。
「龍公亭」のロゴマーク、店内に貼られたポスターや絵画をとっても、一分のスキもない完璧な同時代性と芸術性を秘めている。百年という縛りでずっと店舗を見てきたぼくには、驚愕をもっても語りつくせない事実だ。

ダイニングでもっとも特徴的なのは、神楽坂に向かって設けられたテラス席。坂の中腹、2階のその席からは、神楽坂の上から下まで全てを掌握したようにも錯覚するパノラマで天守閣に上った気分。神楽坂からテラス席を見上げるだけでは、この風景はまったく想像できないのもさらなる驚きだ。

料理は神楽坂らしく、花街の着物の女性でも界隈の年輩の男性でも親しめる、野菜を細かく刻み脂っこくない中国料理を志向していた。神楽坂に暮らした田中角栄が好んだメニューも存在する。
ただ、現料理長の四代目は、周冨徳が料理長時代の「赤坂離宮」で修業を積んだという。その時代の話を聞くと、料理の技というより、中華厨房の熱気を一番に学んだそうだ。

例えば、麺は創業以来全て自家製、そして無化調。こういったベーシックながらなかなか実現しがたい特徴を、大きく喧伝することなく継続しているさまも老舗の矜持だろうか。番組中でもぼくは言ったが、百年の月日に甘んじることなく常に成長し続けようとする姿勢は、まさに現代の名シェフにも通じる魅力かと思う。

プライベートなこともあるので詳しくは語らないが、話を聞けば聞くほど、「龍公亭」は、四代目料理長の奥様、若女将がキーマンなことがわかる。彼女の視点、そしてネットワークが、現状に甘んじない、次の百年をも見据えた展開へと通じている。こうして長く続く店とは、その時々を司る人の才覚によって決まるんだなと、改めて感じさせられた。

「龍公亭」
●東京都新宿区神楽坂3-5
●050-5590-0259 (予約専用番号)
●03-3260-4848 (お問い合わせ専用番号)
●11:00〜14:45LO、17:00〜21:30LO
●年末年始休
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2014年06月01日

今月はお休みさせていただきます

いつも新・大人の食べ歩きを読んでいただき、ありがとうございます。

諸事情により、管理側のサイトがご覧いただけない状態になっています。

大変申し訳ありません。

復旧次第、改めて情報をお届けしたいと思います。

今月号はお休みさせてください。

よろしくお願いいたします。
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2013年10月01日

(68)赤坂「うずまき別館」

すでに予約困難か。中国料理の名店のシェフが

シェフズキッチン的スタイルで復活

「ロンフウフォン(龍虎鳳)」という白金にあった中国料理店を、読者の皆さんは覚えておられるだろうか。日本人の持つ中国料理の認識を塗り替えたと言っても過言ではない名店だった。

スナックのような内装で、わずか14席。潤沢な厨房環境もなかったと拝察するが、そこから繰り出される料理は、出される皿ごとにこれが中国料理なのかと嘆息する内容。当然ながら予約は何カ月も先までとれなくなった。
ぼくが書いた当時の原稿の中で、その状況を「電話が鳴るたび、受話器を取るたび謝り、説明し、そして予約の依頼を断る。その精神的苦悩は、私たちには考えも及ばないであろう」と書いている。それほどのプラチナシートだった。

人気店となっても料理のクオリティが変化することはありえず、シェフの集中と努力は常に切れることがなかったが、結果、体調を崩して休業に至ったと記憶する。

そんな「ロンフウフォン」のシェフが、先ごろ遂に活動を再開。まさに待望久しかった、あの料理と相見えるチャンスが到来したのである。
「ロンフウフォン」のシェフが復活したお店は、なぜか「うずまき別館」という。中国料理にアンテナを張っておられる方ならアレっと思うであろう、赤坂・コロンビア通りにある名店「うずまき」の別館を語って、暖簾を揚げた。
予約の電話を入れた当初、「うずまき別館」というのだから「うずまき」の場所の横とか上とか、極端に言えは、その軒を借りてはじめられたとの解釈をしたが、場所は同じ赤坂でもまったく違うのでご注意を。なにかの仁義で別館を語られているかと思うけど、同じ赤坂の住所でどちらも地下1階なので、早合点をする客は多いのではないだろうか。

別館の方は、東京メトロ赤坂見附駅からも近く、赤坂見附から虎ノ門へと続く幹線道路から一本内側の通り沿い。飲食店もポツポツとあるものの、ちょっとした裏道風情のエリア。B級の香りが詰まった飲食ビルの地下に見つかる。
細い階段を降りると、以前はカウンターのみの店だったんだろうなあとわかる細長い空間。そのカウンター席はすべて取り払われ、4名掛けのテーブルが1卓のみ。出迎えるはシェフおひとり。カウンターの店に無理矢理テーブルを置く形で少々の違和感もあるが、まさにシェフズキッチン。贅沢極まりない設定に心も踊る。

シェフひとりによるオペレーションなので、飲み物のサービスもシェフ自ら。少々手狭なダイニングゆえ客席の後ろに冷蔵庫があり、飲み物の注文をすると申し訳なさそうにシェフが客の背中側を通る。でも冒頭からのそんなやりとりは、意外にもシェフと客の距離を縮める効果があり、微妙に漂っていた緊張感が一気に消えて行くのがわかる。

料理が始まれば、一気呵成である。絶妙のタイミングで次々と出てくる皿の多くは、未だ体験したことのないようなカテゴリーの料理だが、小手先の創作や多国籍の寄り合いではなく、確実に中国の香りをまとっている。しかも、シェフが自らのポリシーとして課しているのではないかと感じてしまう、ぎりぎりまで高められた透明度は、人工的な力で味が増幅された中国料理に麻痺した舌が、どんどん洗われていくようだ。

店を辞する時、うかうかしていたらまた二度と来れなくなるなと、すぐさま次の予約のことを考えていた。そして、卓を囲むメンバーには、「中華料理はどうも苦手で・・・」と語っていた何人かの友人の顔がすぐに浮かんだ。

「うずまき別館」
●東京都港区赤坂3-6-6 B1
●03-3583-2073
●月〜金11:00〜15:00(お弁当とお惣菜のみ)、17:30〜22:00
●日祝休
●コース1万円〜。完全予約制。できれば二日前まで。
posted by 伊藤章良 at 20:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月01日

(62)麻布十番「ナポレオンフィッシュ」

料理長が思うがままに展開する

不思議な中国地方料理の世界

食べ好きの方に対しては釈迦に説法と自覚するが、中国料理のフィールドは実に幅広く多彩だ。大まかには四種類に分類されるとして長く語り継がれてきたものの、そんな区分けも今や形骸化して、広い国家と世界一の人口が成せるそれぞれの地での料理の実態は、少しずつだがやっと理解されるようになってきた。

とはいうものの、やはり主流は広東料理。高級食材オンパレードで客単価も高い。誰もが好む接待系な用途でしか個人的には選択肢に上がらない。そんなに払うならいっそのこと香港に行こうと思ってしまう。そして、辛さや廉価のパワーで麻痺させられる四川料理。中国の本場にて四川料理を食した経験はないけど、日本の四川料理はどうも、麻や辣よりも塩の方が強いように感じて多種類を食べているとつらくなってくる。

そんな中、2012年夏「ナポレオンフィッシュ」なる中国地方料理店がオープンした。ここは「club子羊」など、看板のない不思議な飲食店を何店か経営している会社がオーナー。こう書くと、奇をてらった隠れ家系の新業態かと一瞬思える。ところが、ココが他のハヤリ先行型と一線を画する点は、一旦決めたコンセプトをずっと持続しそれを醸成する体力というか、ベタな表現だが根性があるように感じる。

何度か業態を変化させつつ今は、発酵をベースに据えて何店舗かを動かしている。そのうちの一店、渋谷のラブホ街にある「月世界」は何度か訪れ面白さの片鱗を発見したものの、立地や照明の怪しさに反して客層がキャピキャピすぎで、純粋に飲食を楽しみたいぼくには違和感があった。

「ナポレオンフィシュ」は、そんな「月世界」のシェフを担いで、食べることを第一目的とした人が集まる場にふさわしい、麻布十番のビルの二階にお目みえした。

「ナポレオンフィッシュ」とは、取りようによってはバーにもビストロにもなり得る。にもかかわらず、中国の貴州を中心とした地方の料理と発酵食品を組み合わせた、店名を凌駕する斬新な展開。しかも今度こそ小さいながらも堂々とサインが出ている。きっちり看板を出し料理で勝負できる店を、と考えつつ機が熟したのだろう。

それにしても、「月世界」という、雰囲気はハマっているが料理はまったくイメージできない怪しい空間から、日本人に馴染みのない魚の名前を冠し、その珍しい食材を店のメインに提供する英断はすばらしいと思う。そして、その意気込みすら上回るぐらい、不思議で珍しく、しかもおいしい料理の数々には本当に驚き、そして楽しんだ。

料理は、希少な中国食材を取り寄せ、それを発酵させたり形を変えたりしてメニューを構成。ここを任された料理長は、本当に自分が思うがまま縦横無尽に展開していて、日本人に馴染みの薄い中国地方料理を紹介したい強い思いは、メニュー名からダイレクトに体感できる。たとえば「貴州名物 黒わらび春雨の冷製」。黒わらび春雨の実態は最後まで把握できなかったものの、黒酢のタレに浸かった春雨の弾力や喉ごしは格別。また、別名「白い麻婆豆腐」とも言われるこちらの「正宗麻婆豆腐」。しびれる辛さに強いスッパさが加わり強烈に後を引く味。こちらも外せない。また、オンメニューにはなっていないようだが、「ナポレオンフィッシユ」のポテトチップは瞠目のテイスト。ぜひスタッフに尋ねてほしい。

店内は、意外にも明るくカジュアルでエントランス付近には大きなワインセラーもあり、スタッフのスマートさや人なつっこさとも相まって中国料理店には感じない。が、漂う香りやシャカシャカとリズミカルな鍋の音はまさに中国。そして、大皿を取り分けながら、各所で「なにこれ〜」とか「おいしー」との声が上がる和やかな空気もまた、中国料理を味わうときならではの悦楽であろう。

「ナポレオンフィッシュ」
●東京都港区麻布十番1-6-7 2F
●03-3479-6687
●11:30〜14:00LO(火〜日祝)、18:00〜22:30LO(火〜金)、17:00〜21:00LO(土日祝)
●月休
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2012年10月01日

明日までお待ちください

先月お休みだった伊藤章良さんの「新・大人の食べ歩き」の更新日ですが、明日までお待ちください。

というのは、原稿はいつものとおりきっちりいただいたのですが、客観的な目線で見たときに勘違いされる書き方のように思え、手を加えてもらっています。

伊藤さんのきっちりとしたお人柄ゆえ、1日ください、とのことでした。もう少しお待ちください。

申し訳ありません。よろしくお願いします。  
posted by 伊藤章良 at 19:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月01日

(50)恵比寿「廣安」

外食ストリート根づいて欲しい

新生、中国料理店

恵比寿の裏通り、というか、恵比寿ガーデンプレイスから明治通りを横切って日赤病院の方へと抜ける道を歩いていた時のこと。この通りは、バブル期には「フミーズグリル」来店者による駐車車両渋滞が懐かしく思い出されるし、移転拡張した「ノミの市」やオープン当初は生ビール券も配っていた「蟻月」の賑わい、「ヨロイヅカ」の大行列もあった。最近では「くろいわ」という秀逸の日本料理店も登場するなど、外食ファンにはなかなか注目のストリートである。

ただ、こんな通りにもなかなか飲食店が定着しない物件があった。詳しく覚えきれないほど通るたびに店が変わっている印象の場所。つい先日はカキ食べ放題の海鮮料理店だった記憶があるのだが、「廣安」という中国料理店へと改装中であることに気づいた。

今度はどんな店になるのだろう、期待を胸に近づいてみると、ベビーカーに子供を乗せた感じのいい夫妻がその店先にいて、オープン前の様子が心配で見に来た風情。

「ぼくは伊勢廣って焼鳥屋なんですが、ここ、友達がオープンする店なんです。彼、腕がいいから必ずいい店になりますよ」と言う。さらっと聞き流しそうになったが、「伊勢廣って、あの……」「はい、そうです。三代目になります」と、にこやかに応えた。

おお、それはなかなかの注目株だ。とはいうものの、この通り沿いにも古くから中国料理店があり、明治通りとの交差点近くには、「カーディナスシノワ」の後に、グランドハイアット六本木の厨房にいたシェフによる秀逸の中国料理店「ジャスミン」ができている。もともと「廣安」場所は、間口が小さくて奥に長い俗に言ううなぎの寝床のようなダイニング。幹線道路に面したガラス張りの「ジャスミン」に比べても相当なハンディが予想された。

その後しばらく自分の中の選択肢に登場しなかったのだが、先日ふと、明治通り沿いの「ジャスミン」に行く代わりに、一度「廣安」をのぞいてみようと思い立った。

とても真面目なシェフなのだろう。店の前まで行くと、いろいろなサービスやオープン記念コースなどを設けて、エントランスにも掲示しているわけだが、プロの飲食オペレーションチームが手掛けたとも感じられる「ジャスミン」に比べ垢抜けず、価格やとっつきやすさをメインとし、良質の飲食店を想起させない風情も少し残念。しかも冠は上海四川料理とあり、結局どっちつかずなんじゃないかと不安になる、とはいえ、伊勢廣三代目の言葉を信じてドアを開けた。

前回までのレイアウトをほとんど覚えていなかったが、入店した瞬間、そういえば左にカウンター右にテーブルの、奥に長いダイニングだったなあと思いだす。基本的には変えていないようだ。

案内されてメニューを見る。頼みたいものが多すぎるぐらいの爽快に驚く。エントランスに置かれた掲示やオープン企画のコース料理からは決して見えてこない、料理人としての主張や絞込みも伝わってくる。

「ピータンのたまご巻」といったオリジナルのものから、魚香茄子、麻婆豆腐など四川の代表料理、フカヒレや酢豚まで、この辺は確かに上海四川料理店ではあるけど、だらだらと大量に寄せ集めるのではなく、キッチリと自分自身の領域でセグメントされた意思が見える。

ぼくの最近の中国料理でのポイントは、オイルの使い方にあると考えている。いかに適量で適温の油を使って最適の時間で調理するか。当たり前のことなんだけど、それがうまくいかない市井の中華料理屋は、必然的にうま味調味料や塩に頼らざるを得ないし、東京の著名な中国料理店でも、中国本土や台湾とは一日の長を感じてしまう。

その観点で見る「廣安」の料理は、オイルのバランスのよさが際立っていた。カリッと揚げる料理は画期的に油臭さが落ちていて爽やか、そしてしっとり油を吸わせる皿においても、香りとキレのよさに唸った。

シェフに、上海四川料理とは? と聞いてみたところ、シェフ自身は上海料理の方が得意なのだが、煮込みが主体の上海料理に比べ、四川料理は個性のあるメニューが多く味もハッキリしていて酒のつまみにもなる。それで、両方をメニューに並べてみることにしたんです、とのこと。なるほど、お店にもウェブサイトのどこにも書かれてはいないが、明快だし客側にもありがたい発想だと思った。

お店自体の上手なアピール方法に始まり、店内レイアウトやサービスの面など課題は多い。でも、ラーメンだけで帰る客にも逐次厨房から顔を出して頭を下げるシェフの姿勢は謙虚で、ニコッと笑う面構えも頼もしい。なんとかこの地に定着して、中国料理の新しい担い手に成長されんことを願う。

「廣安」
●東京都渋谷区広尾5-23-2
●03-6277-2623
●11:30〜14:00、17:00〜22:30
●無休
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2010年08月01日

(30)赤坂「龍滕(ロンタン)」

暑さを吹き飛ばす上質の四川料理を

まだ空席が目立った穴場の店で

こう暑いと、ヒーヒーと唸るほど辛いものでも行きたいね、みたいな話になる。辛い食べ物の代表といえば、タイ料理・インド料理、そして中国は四川料理あたりに考えは至る。ということで、今回は四川料理の店を取り上げてみたい。

誤解を恐れず言えば、フランス理やイタリアの料理は、コロッケやトンカツのごとく日本風にアレンジされたり、分厚いピザのようにアメリカの外食産業を経由して日本で定着した時期があり、オリジナルにぼくたちが迫れるようになったのは、ついこの30年ぐらいのようである。

ただ、30年での成長と変化は極めて激しく、今やすでに本国を凌ぐイキオイで、良質かつクリエイティブな料理を東京で体験できるようになったのは、ココに暮らすひとりとして喜ばしい限りだ。

いっぽう中国の料理はどうだろうか。日本に近い、広東・上海・北京エリアならば大量に本場の料理人が渡ってくることもあり、八宝菜や酢豚といった昔ながらの和風中華から、よりリアルな料理が味わえるようになっている。

そのなかで、中国四大料理のうち大陸の奥地である四川料理は、他と比べあまり深く日本の風土には馴染まなかった。しかし、鉄人シェフ陳健一の父であり東京で本格的な四川料理店を開いた陳建民が、麻婆豆腐や回鍋肉、坦坦麺といった代表的な四川料理を日本人にも食べやすくアレンジし、料理教室などでレシピを伝えた結果、市井の中華料理店でも陳建民風を出すようになったといわれる。エビチリとの愛称で親しまれるエビのチリソース煮も、もともとは「乾焼蝦仁」(カンシャオシャーレン)なる四川料理を陳建民がアレンジしたものだとそうだ。ぼくがホテルで勤めていた30年ぐらい前は、陳建民のレシピでありながら「乾焼蝦仁」と客に言えと、料理長が説明していた記憶がある。

ただそれは、スパゲティナポリタンやマカロニグラタンなどと同様に、本国にありそうで決して存在しない、日本独自のアレンジ。そして四川料理についても、ようやく最近になって食べ手はその違いに気づき、いわゆる日本アレンジではない本場に近い四川料理店の需要が急速に増え始めた。

今回紹介する「四川菜 龍滕(ロンタン)」もそんな中のニューフェイス。いかにも中国料理店らしい珍しい店名である。藤の草かんむりがない「滕」という文字を初めて見たような気がするが、普通にパソコンでも出るのに二度驚いた。

住所は赤坂。最寄り駅は大江戸線の六本木となろうか。位置的には東京ミッドタウンの裏に当たる。上手にミッドタウンの中を抜けていく道をたどれば、そこそこ涼しいエリアで距離は稼げるが、それにしても少し遠く、店に着くまでに汗だくとなる可能性は高い。ただ、それをおしても訪ねる価値がある、と確信する。

ミッドタウン側から坂を下り続けるとすでにあたりは住宅街。ようやくたどり着く目的のビル以外にほとんど飲食店はない。そしてこの不思議なビルは、地下、1〜3階、すべてが飲食関係らしく、しかもいずれも中国料理に関係している模様。「龍滕」のウェブサイトによれば、オーナーは台湾の会社らしい。

台湾の経営者による四川料理か・・・。と若干不安になりながらも、ウェブで予習した「龍滕」のメニューには、「宮保鶏丁」「水煮牛肉」など四川料理の王道がずらずらと並んでいて、餃子もエビチリもスブタもない潔さに覚悟を決めた。

地下に入ると、ここは以前ダイニングバーだったんだろうと思わせる広々としてモダンな造り。奥のコーナーには、天井からプロジェクターも吊られ、中国のテレビ番組ではなく環境映像が流れている。四川四川と気合を入れてきた自分には、いかにも合コンな席に案内され、ちょっと出鼻をくじかれた気分。

いっぽう厨房は、そちらも以前の店の名残りだったのか、ガラス張りのオープンキッチン。シャカシャカと炒める中国料理特有のイイ音がタイミングよく聞こえてきて、音だけでお腹や舌が敏感になってくる。メニューが渡されるやいなや、すでにほとんど決まっている料理名を次々と(まるで暗記してきたかのように)告げてしまった。ああ、料理が待ち遠しい。

味はまさに期待通り。赤面するぐらい食欲を感じてしまう香り、望んだままのホット加減、そして、花椒による舌の痺れ具合もバツグンの心地よさだ。

しかも値段が驚くほど安い。前菜類は4人で取り分けても丁度いいくらいの量があって、すべて千円以下。肉や魚のメイン料理も大半が千数百円である。久しぶりに、すごいコストパフォーマンスだなあと、テーブルを囲んだ一同関心しきり。

そして最後に。
確かに最寄り駅からは少し遠いけど、こんなに素晴らしい料理店なのに(今のところ)まだまだ空席が目だつ。昨今の飲食店に対する情報の偏りには情けなくて天を仰ぎたくなるが、ここまで情報の狭間に埋もれてしまう店では決してない。

安くておいしくて清潔な空間で、ワイワイと暑気払いをされたいなら、2010年夏、最右翼な店のひとつとしてぜひオススメしたい。

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四川菜 龍滕
●03-3560-1512
●東京都港区赤坂6-19-46 I.C.O.Kビル B1F
●11:30〜17:00、18:00〜23:00
●日休

■■
毎度お読みいただきありがとうございます。
まことに勝手ではありますが、8月15日アップ分は、
夏休みということでお休みをさせていただきたく、よろしくお願いいたします。
リフレッシュして、9月よりますますガンバリます。
                         伊藤章良
posted by 伊藤章良 at 09:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする