いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2016年05月01日

(91)麻布十番「天冨良 よこ田」

頼もしい二代目とともに主も輝く

麻布十番の名店の代名詞であり続ける天ぷら店

ぼくはもう、グルメ系の雑誌を購入することはない、というか立ち読みすらしない。90年代など擦り切れるほど読んでいた時代もあったのだが……。

なによりそういった雑誌から得られる情報や知識に興味が湧かないし、特集も企画も毎年毎年同じ内容の繰り返しで、ましてや「dancyu」などは書き手もいつも同じ。そこに発見や感動はもはや生まれない。編集方針を見ていても、そんなぼくたちはすでにターゲットではないようにも思う。ただありがたいことに、その世界で活躍している諸氏と食事をしたり語り合ったりする機会にグルメ誌をいただくことは多い。

数カ月前手にしたグルメ誌。表紙を見ると麻布十番特集だった。その特集の最初に紹介されている店は天ぷら店で、下記のような見出しがついていて、本当に、本当に、ガクゼンとした。
「麻布十番にも、とうとう天ぷらの名店が登場」
そして「たきや」という店が取り上げられる。
続いて紹介の文章を読むと、
「あらゆるジャンルの一流店がそろう麻布十番でこれまで意外と少なかったのがうまい天ぷらを出す店だ」とある。

天ぷらは確かに東京の下町、東側に名店が多い、銀座・京橋・日本橋から以東に固まっているのも事実である。しかし、赤坂の「楽亭」を失った今、東京の西側で一番天ぷらの名店がある場所といえば、新宿でも渋谷でも青山でも六本木でもなく、麻布十番ではなかろうか。

若いかけ出しのライター、もしくは専門外の人が書いた文章なのだろう。ただそれは編集者が、そして見出しぐらいは編集長もチェックをするのではないか。今の食雑誌の編集者レベルって、こんなに低いものかと天を仰いだ。そりゃ誰も手に取らないし優秀なライターが育たないというのも理解できる。

「天富良よこ田」は、以前外苑東通り沿い、鳥居坂下近くにあった。1990年に発刊された山本益博氏のグルメ本によると、その当時から「よこ田」は「みかわ」「楽亭」「はやし」等と並んで東京天ぷら店の最高ランクとなっている。
現在は少し場所を移し、麻布十番商店街の六本木寄り。有名なそば店「更級堀井」の近くに構えた。

話は変わるが、こうも大量に高額鮨の新しい店が次々登場するにもかかわらず、天ぷらには若くて将来が楽しみな職人の店はほとんどオープンしない。最近でも(最近と言えるかどうか)記憶にあるのは築地の「清寿」ぐらい。
その理由を「よこ田」で尋ねて、なるほどと合点がいった。鮨の場合は、板場で店主と仕事を分け合ったり、自分の範囲で客に料理を提供したりする機会にも恵まれ後進が育ちやすい環境がある。いっぽう天ぷら店の多くは鍋がひとつなので、店主がそこに立つと後進の実践の機会が他の料理に比べて少ない。それゆえ世襲も多くなってしまうという。確かに「近藤」も「深町」も同じような傾向にある。

「よこ田」は、そんな現状を打破する店舗作りを実現。外苑東通りから一本奥まった十番商店街のビルに移転するにあたり、竹をあしらった以前の内装イメージはそのままに、カウンターを2カ所設けて2名の職人が立てるようにした。もちろんそのひとりは店主であり、そしてもうひとりが二代目となる息子さんだ。

ぼくは今回切望して、二代目の天ぷらを食した。
尊き初代と同じ種なのかどうかは確認できなかったし興味もないが、一部違うのではないかと、そんな気がする。レア過ぎず固すぎない絶妙の加減と思う「よこ田」のスタイルもそこにはあった。シンプルな調理法のなかに、最大限に季節感を表現するのが天ぷらである。特に春の苦味をまとった野菜や魚は、その閉じ込め方が絶妙で高い将来性を感じた。
清酒の品揃えは独特で、著名な地酒に頼らないお店独自のチョイスがあり、個人的には愉しめた。

溌剌として雄弁なところは父親譲りだが、初代とは違う遊び心や茶目っ気と、そしてなんでも吸収したい旺盛な好奇心が頼もしかった。
同じ和食の世界にいる同世代の職人のことも気になるようで、そんな年齢で独立できる他業界を羨望する様子もあったが、すでに「よこ田」の二代目は、自分自身のスタイルで仕事をこなしておられるようにも思えた。

天ぷらって、みんな同じ色だし写真に撮ってもあまりキレイじゃないですよね。と、二代目がポロっとつぶやいた。
とても素直でかつ職人らしいいい言葉だった。

「天冨良よこ田 」
●東京都港区元麻布3-11-3 パティオ麻布10番U 3F
●03-3408-4238
●17:30〜20:00(LO)
●水休
posted by 伊藤章良 at 10:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 天ぷら | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月15日

(19)美かさ

わざわざ足を運ぶ価値有り。

江戸前とは一線を画す匠の天ぷら

日本中の日本料理店をこつこつとまわっている友人がいる。ここではK君としよう。彼は、京都といった王道に限らず全国津々浦々に名店を見つけては訪れている。K君はもちろんグルメマスコミ系ではなくブロクやウェブといった表現方法も持っていないのは残念だが、その分レアな話を直接聞けることが楽しみだ。

たとえば新潟の「蘭(あららぎ)」。ここを知ってから鴨と寒ぶりのシーズンには必ず新潟へ出むくようになったが、教えてくれたのがK君。また、なにかの折にぼくの親友が滋賀のマキノ町に住んでいるんだよ、と話したときにも、「あ、マキノには『湖里庵』という地場の素材を生かしたとてもいい料理旅館があるんですよ」とポンポンと出てくる。

K君は田園都市線沿線に住んでいて、「田園都市線沿線って二子玉川を越えるとなかなかいい店がないねえ」と盛り上がったことがあった。そのときK君は「一軒だけ伊藤さんにも推薦できる天ぷら店があるんですよ。『美かさ』というんです」。さすがにK君の推薦、気持ちは傾いたものの都心で訪問していない天ぷらもまだまだあるのに、そこまで遠征するのはよっぽどチャンスがないとなあ……。残念ながら話はその場限りですぐには実現に至らずに終わった。

それから10年近く経つだろうか。先日やっと機会を作って訪問することができた。そして、なぜもっと早く伺わなかったのかと後悔の念にさいなまれるほどすばらしい店だった。

「美かさ」は、田園都市線宮崎台から歩いて数分のところにある。駅前にはお約束のコンビニばかりといった、まさに「閑静な」住宅街。目指す「美かさ」に近づくと子供たちのはしゃぐ声が聞こえてくる。そう、「美かさ」のすぐ上は学習塾だった。

ただ引き戸を開け店内に入ると風景は一新する。地代の高い都心のせせこましいスペースとは異なり、靴を脱いで上がると、ドンと広く取られたL字のカウンター。そして反対側には待合用のテーブルスペース。

「美かさ」は完全予約制で、17時半、19時半の2回転。予約の時間より少し早く着いた私たちは、その待合スペースでしばし待つことになった。

話はそれるが、ぼくはこういったお店側に時間を決められての一斉スタートが苦手である。まるでブロイラーのように、決められたタイミングで出されては食べる、を一斉に団体行動で繰り返すさまは滑稽だし、それを劇場と称する(おそらくマスコミ側が言い出したとは思うが)チープな語彙にも恐れ入る。

個人的な見解をいえば、料理人としての技術力のなさを露呈している、もしくは食材等の効率のみを追求した儲け主義だと思うのだがいかがだろうか。料理人を自負するならは、客のどんな勝手な注文にも手際よく対応しつつ自分の表現したい料理を作ってほしいものだ。

ただ「美かさ」では、その考えも改めなければならないと痛感。「美かさ」のご主人は、天ぷらを揚げる際タネによってすべて油の温度を変えていて油全部取り替えるときもあった。そう、それを実現するためには全員を一斉にスタートさせないと、鍋がひとつ、揚げ手がひとりでは無理なのだ。

「美かさ」の天ぷらの特徴は、上記のように食材によって温度や時間を調整して揚げることによる究極のレア感だろう。その程度のことはどこの著名な天ぷら店でもやっているよと言われそうだが、さらにブラッシュアップしたものとご理解いただきたい。特に魚介類では、火が通るか通らないかのギリギリのところで引き上げて提供する。うまみがにじみ出てきてしかも外まであふれ出ない瞬間を見極める。

魚介類以外で特に印象に残ったのはレンコン。強く揚げているわけではないのになぜか香ばしい。聞くと、鍋の底にレンコンをこすり付けて意識的に表面を焦がすのだそうだ。なるほど、そういった細かな工夫も随所に見られる。

食事が終わってご主人と少しお話をする時間があった。
日本料理全般を志し、家族の都合もあってこの場所で天ぷら店として一人立ちされたそうだ。毎日毎日さまざまな天ぷら粉を仕入れては試し、食材を選び、油を替えた。近隣の胃袋を満たすために天丼や定食を作りながら孤独に研究を続けてきた。

結果、都心で食べる江戸前天ぷらとは一線を画する「美かさ」流のスタイルがてきあがったのだろう。それは逆の意味で、舌の肥えた可処分所得の高い客の確保も難しいが、コレクターの悪態やピント外れの評価に悩まされることは少なく自分流を磨くにはベターな環境だったにちがいない。

お嬢様がおふたりゆえ「美かさ」は一代で終わるだろうなあ、とご主人。やっと食通に認められ、都内各地からここを目指して集まるようになった。ますますその巧みさ、おもしろみには増してくるはずなのに、継承者がいないのは誠に残念。「美かさ」こそ、ミシュランでいうところの、わざわざそこに行くために旅をする価値のある都内では数少ない料理店。確かに満員の田園都市線に揺られるのは試練だが。

さて、かのグルメタレントがコチラの店を取材させてくれと申し込んだそうだがご主人はその申し出を断ったという。いっぽう、待合のテーブルには数冊「味の手帖」が置かれていて、「美かさ」を読者の方が紹介したページには丁寧にしおりがはさんであった。そんな、お客様に対してのみ向いたご主人の見識もまた卓越している。

mikasa.jpg
「美かさ (みかさ)」
●044-853-1819
●神奈川県川崎市宮前区宮崎2-9-15
●17:30〜21:30(19:30で入れ替え)
●水休
●完全予約制

posted by 伊藤章良 at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 天ぷら | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする