いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2017年04月01日

(100)投稿百回に思う

土田美登世さんが管理するこのサイトに寄稿してついに百回を迎えた。何年だろうか。あまり年月は意識しないけど、百という数字、文字はぼくにとって最大のラッキーナンバーであることに間違いない。百のおがげで本を三冊出版し、一年間テレビの食旅行番組に主演した。

ただ、こんなぼくの書き手としての登場にも土田さんが大きくかかわっている。
共通の友人を介して出会った当時、ぼくはまったく食についての原稿を書くつもりはなかったものの、食事の席では、何の役にも立たない持論を展開していた。土田さんは斎藤壽(「料理通信」顧問、北海道「美瑛料理塾」塾長)氏とともに柴田書店を退職し、ちょうど「料理王国」というズコイ雑誌を立ち上げたばかり。表紙がミシェル・ブラだったりして今からは考えられない高いクオリティだった。

そこに「連載してみない?」と声をかけてくださったのが土田さんだ。
「玄人ばかりの食雑誌の中に素人の意見で風穴をあけたいのよ」と彼女は言った。20年以上前の話である。
それ以来ずっと、土田さんと当時の編集長だった斎藤氏が自分の師匠だと思っている。土田さんから、また土田さんを通じて斎藤さんの意見や考え方がしみ込んだ。修業と修行、フレンチとフランス料理は、それぞれ意味が違う。それを理解していないライターはダメだと言われ、食事中にメモや写真を撮るのは、料理を作った人サービスした人に失礼だとも諭された。当時のぼくはトイレに駆け込んで密かにメモったことも数えきれない。
結果、食に関する文章がきちんと書けるようになり、食事中にメモや写真は撮らない伊藤章良ができあがった。
そしてぼくが、「新・大人の食べ歩き」を書き続けてる大きな理由も、師匠である土田さんに自分の原稿を編集してもらいたいからである。

ぼくが原稿を書き始めた当時、飲食店の情報は少なく限られていた。年に一度、二年に一度発売されるガイド本が頼りで、書店に並ぶのを今か今かと待っていた時代だ。その後、レストランを紹介する側とレストランとの癒着が取りざたされ、フードライターはレストランのスポークスマンであるという位置づけがなんとなく出来上がった。

レストランをレビューする、食を評論するという作業は、書物や映画等の文化的な作品の評価とは異なる。実力を上げるのに座学だけでは足りず、実践というとてもお金と時間のかかる膨大な経験が必要なのだ。となると、少々の知識や取材力より、いかに多くの経験を積んでいるかの方が勝ってくる。
それでもネット以前なら、媒体を持っているのはライターだけだったが、誰もが自由にブログにしたりレビューができたりする時代。金と時間と経験に勝る人たちからの素人情報は、プロのライターを凌駕し始めた。

それが残念ながら今の状況である。フードライターがきちんと取材して書いたものも、ブロガーの偏愛あふれる日記もレビュアーの偏見に満ちたレビューも、大同小異。すべてがそのレストランに対する総合的な評価として読む側は受けとめる。
本当に正しく信じられるのはフードライターであってほしいのだが、勉強や下調べが足りない文章も散見され、経験値とあり余った時間と金に勝る富裕層や奥様層に軍配が上がるケースも少なくない。

ゆえぼくは、新・大人の食べ歩きでは、フードライターもブロガーもレビュアーも書かない文章を創ろうと、土田さんから依頼があった当初から決めていた。極めて料理人側の土田さんとは何度も揉めて、もうやめてくださいと言われたとこともある。

でも百回を迎えた。
そして最近とみに、他の誰もが書かない文章になってきた認識もある。
上から目線だったり嫌味だったり、そこに携わる皆さんがそれぞれ片腹痛い内容に終始する展開も多い。でもそれは、ヨイショとも偏見とも違う、誰よりもレストランに愛情があるであろうと自負する自分の言霊である。

話は変わるが、つい先日、ある料理人さんから、伊藤さんって『デニーロ感』がありますよねと言われた。デニーロ、もちろんロバート・デ・ニーロのことだ。
自分が自分がと前に出ることはせず派手さはないけど、後輩から慕われ尊敬され、ご自身でも他の俳優にはできない確固たる仕事をされてきた。もしそんなイメージなら、百歳まで長生きできそうなほどうれしい。
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2016年10月01日

今月はお休みいたします

いつも「新・大人の食べ歩き」をご愛読いただき、
ありがとうございます。

今月は、伊藤章良さんの海外出張のため、お休みさせていただきます。

次回は11月1日です。よろしくお願いいたします。
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2016年09月01日

(94)御徒町「ぽん多本家」

脂身づかいから伺える
名店ならではのとんかつの極意

御徒町の裏、ぼくがもっとも使いたくない言葉あえて用いるなら、言わずと知れたとんかつの名店「ぽん多本家」がある。メニュー全体は洋食の構成だが、カツレツ発祥の店とも言われ、とんかつを語る際に決して外されることのない確固たる、いや燦然と輝く聖地なのは誰しも否定しない。著名評論家からレビュアーまでが余すところなく訪問し、とんかつ店としてプロアマ問わず高い評価を得ているのも、この「ぽん多本家」だろう。

ぼくは、全国各地で百年以上続く食堂を紹介する「ニッポン百年食堂」という番組で、幸運にも「ぽん多本家」を紹介すべくロケに訪れた。そして、テレビカメラ収録という完璧なエビデンスのなか、ご主人と2時間弱ゆっくりと店のお話を聞く時間を持つことができた。

ところで、訪問前後に多くの評論家、ライターが「ぽん多本家」の紹介記事を読み漁ったが、どの誰の文章も、自分がご主人から伺った内容を正確にトレースしていない、的を射てないという実態を知り愕然とした。素人レビュアーはともかく、名の知れたライターや評論家においてですらなのだ。

ぼくは「ニッポン百年食堂」に出演する以前は、レストランのオーナーやシェフに「取材」という形でのビジネスライクなインタビューをしたことがなかった。シリーズで出版している『東京百年レストラン』も、店のスタッフやシェフと雑談レベルでは接するものの、取材をしないで感じたことを書くという身勝手なポリシーを貫かせていただいている。
それが自分の本のスタイルであり、ひとりの客として普通に訪れた際に得られる情報のみを頼りに考察し想像することを実践したいからだ。それがグルメガイドの理想であるとの思いは今も変わりない。

ただ一般の取材環境以上に、テレビカメラが回るという嘘偽りない状況での発言は、それなりに相手側の緊張を強いるし言葉も選ぶ必要があるだろう。ゆえ、店側から発せられる内容の真実性も高いものだと判断できる。

その場でご主人の口から発せられた言葉に忠実に従うなら、レストラン取材というのはこんなにずさんなもので、なおかつそれを誰も(おそらく店側も)指摘や訂正することが難しく、市井にそのまま流れているのかと痛感した。

ぼくが「ぽん多本家」ご主人から仕入れたこの店のカツレツの神髄とは、とてもシンプルだ。
ロース肉には赤身と脂身の部分があり、それぞれに火の入れ方を変えないとおいしく仕上がらない。揚げるという調理で赤身も脂身も均一に熱を通すなら、当然ながら赤身の部分が先に食べごろに仕上がり脂身は時間がかかる。ゆえ、ぽん多流に解説するなら、今あるとんかつ店のロースかつはすべて赤身の出来具合によって油から上げるので、脂身の部分が生焼けでキチンと火が通っていないという。

それを確認すべくぽん多訪問後もさまざまにとんかつを食べてみたが、確かにロースかつの脂の部分のえぐみや胸やけのする感覚は、調理の仕方にあったのかと気づき驚く。
そこで「ぽん多本家」は、ロースの脂身の部分をすべてカットし赤身だけでかつを作る。肉質はロースだが仕上がりはほとんどヒレかつ同様となる。ただ、この次が重要で、ロースの部位は脂身のおいしさや香りも相まってその味が決まるので、カットした脂身を集めてラードを作り、それを揚げ油として使用する。つまり脂身をカットしたロース肉を、揚げる段階で自らの脂が持つうま味や香りを戻す、というか、まとわせるわけだ。
実に理に適っていて、そして気の遠くなるほど細かい仕事である。

「ぽん多本家」はカツレツ発祥の店としても知られ、それ以降でカツレツはトンかつやビフかつ、チキンかつと枝分かれをしていくわけだが、カツレツを創造した最初の段階でそこに気づき、独自の調理法を完成させながら、百年以上そのやり方を頑なに変えず実践している。結果、その手間が価格に反映するが、それもよしとしてすべてを変更することはない。

和食のひとつとして、今や西洋社会にも逆輸出するぐらいのポテンシャルであるとんかつは、衣をつけて揚げるという点だけを「ぽん多本家」から踏襲したが、脂身の火入れに着目した店はほとんど聞いたことがなく、まさに本家を除いて本家と同じ手法で揚げている店をぼくは知らない。唯一無二となりつつも、あくまで本家という名に恥じない希少で貴重な店なんだと改めて認識をした。

「ぽん多本家」のカツレツについて、ご主人はカメラの回っている空間で全くよどみなく完璧にぼくに説明をしてくれた。ところが、この番組でぼくが必ず質問する店名の由来、つまり「ぽん多」とはどういう意味ですか、に対し、唯一言いよどんだ。

ぽん多といういかにも外来語的な店名の由来は、今でも不詳とされている。完璧すぎるコンセプトや仕事ぶりに反して、その言いよどみ具合がまた人間味あふれるものだった。

「ぽん多本家」
●東京都台東区上野3-23-3
●03-3831-2351
●11:00〜13:45LO、16:30(日祝16:00)〜19:45LO
●月休(祝日の場合は火休)
posted by 伊藤章良 at 22:57| Comment(2) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月01日

(92)渋谷「ゆうじ」

焼肉店の主の姿勢に見た

“料理人”としてのプライド

食のイベントって、盛んに開催されているように感じるが、そのほとんど肉かラーメンである。
なぜ肉とラーメンばかりなのか。想像してみるに、仮設の厨房そして野外という環境では、自分の店で日常出している料理を再現することは難しいが、肉やラーメンはそれが可能な料理レベル、もしくは店と同じではなくても来場者は納得してくれる、このいずれかだと思う。さらに言えば、ラーメンは客が野外&仮設キッチンでも納得し、肉は提供する側がそんな環境であってもかまわないと判断をしているような気がする。

焼肉と呼ばれる業態は料理ではない。焼くという調理は客側で行い、店は切って出すだけだ。それゆえ、A5の和牛とか、イチボだのミスジだのと希少部位でしか差別化することができない。こういった部位による差別化も、ここ10数年で急激に叫ばれるようになり、価格も高騰。マーケティング的には大成功なのだが、つい先日まで焼肉店のメニューは、カルビとロースとタンとレバーぐらいしかなかったし、人気店や有名店でも、ハラミをロースと偽って提供していたという事例は普通にあった。

欧米、特にヨーロッパでは、牛は豚や羊や鳥と同等のポジションで価格もほぼ同じ。日本のように牛だけが突出した高級品という感覚はない。
突然のように最近は赤身肉ブームになったけど、そもそも日本の市場が霜降り霜降りと異常なだけで欧米では赤身が中心。しかも、記憶では10年以上前に「よろにく」がシルクロースと称した赤身肉のコース料理を展開して、それが10年を経てようやく「肉山」や「SATOブリアン」が追従し、やっと日の目を見たというのが業界の現状である。

それゆえ、芸能人や芸能人の息子を担いで各地でイベントを展開し、有名店を数店呼んでコラボを企画したりと、各店ごとに特色を出したり差別化を図るのが難しいので、業界全体での底上げに躍起となるわけだ。まあ、そんなテーマでのずさんなイベント展開だから、ついには食中毒も出て今後の継続が危うくなってきた。

さて、ある飲食業界の重鎮の還暦パーティが開催され、各店主やシェフが大量に参加して料理を競うという、なかば食イベントのような会だった。その会で料理を提供した渋谷の焼肉店「ゆうじ」の店主は、屋内、ホテルの宴会厨房が借りられるという恵まれた条件ながら、あとは切るだけの状態に自店で仕上げたローストビーフを持ち込んだ。

ぼくは、人気店・著名シェフがその場で調理した料理をあらかた試食したものの、「ゆうじ」のローストビーフは圧倒的に群を抜いておいしいと感じ、改めて「ゆうじ」という店は、たとえイベントといえども肉を、肉料理を知り抜いたうえで提供しているんだなと嘆息した。
それは他の焼肉店とは一線を画し、東京で唯一といっても過言ではない、焼肉用の肉を切って提供する施設ではなく、肉を料理して、もしくは客にきちんと料理させようとしている店であることを再認識した。

「ゆうじ」はご存知のように、渋谷の奥の雑踏の中にある。ダイニングも化粧室も決して不潔ではないが、きれいな雰囲気で涼しく焼肉を食べる環境ではない。肉は焼けば煙が出る。七輪は触れば熱い、そんな当たり前のことを忘れがちなぼくたちに伝え、教え、感じさせてくれる場所である。

それゆえ店主はスタッフに厳しい。その厳しさは、ひいてはぼくたちに安心・安全を保証する主張のようにも感じる。そして火の取り扱いだけではなく、きちんと正確に客に調理してもらうよう、できる限りの調整もスタッフの役目なのだ。

テーブルに七輪を、そのうえに小さな平たい鉄鍋を置いた。七輪の上で鉄鍋が安定しないのか、何度も何度も七輪や鉄鍋を回して調整する。もう十分安定してるよと思うのだが、さらに何度も何度も繰り返し鍋がテーブルと平行になるように微調整を続ける。続いてタレに漬け込まれたレバーと大量のニラが運ばれた。その鉄鍋を使って瞬間的にニラレバ炒めを作ろうというのだ。
そこで初めて、スタッフの作業に合点がいく。鮮度のいいレバーに火が入りすぎないよう、うまくニラと絡むよう、それらの食材に均等に火が入るよう、鍋の位置を調整し続けたのである。

厨房で調理され皿に丁寧に盛られ、料理人とは別の手で運ばれてきた皿がテーブルに置かれ、やっとその段階で口に運ぶ。普通のレストランの流れはこうである。ところが「ゆうじ」では、目の前で瞬時にレバーとニラに火が入り、その後誰の手も介することなく火が入ったばかりの最高の状態を、客は味わうことができる。それこそが店主の料理人としての意図であると、ぼくは解釈した。
目の前に必ず火がある焼肉店以外他のどの店にもできない、火が入った瞬間のおいしさの追求である。「ゆうじ」という店が実現しようと考えている肉料理の姿なのだ。

そこまで気づくと、改めて「ゆうじ」は、客が素直であればあるほど、ここでの経験値を積めば積むほど、他のどんな料理形態でも味わうことのできない、火を入れた瞬間の醍醐味を知ることができると分かる。

実は、密かな感動と期待の気持ちでいっぱいである。
店主の樋口裕師さんは、どんな新たな瞬間芸をテーブルの上で見せてくれるのか。次回が待ち遠しい。

「ゆうじ
●東京都渋谷区宇田川町11-1 松沼ビル 1F
●03-3464-6448
●19:00〜23:30LO(月〜金)、18:30〜23:30LO(土)
●日祝休
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2016年03月01日

今月はお休みいたします

いつも「新・大人の食べ歩き」をご愛読いただき、
ありがとうございます。

今月は、伊藤章良さんの体調不良により、お休みさせていただきます。

次回は暖かくなっているはず、の4月1日です。

よろしくお願いいたします。
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2016年02月01日

(89)渋谷「バール・ボッサ」

スマホから離れた

アナログでおだやかなひと時を謳歌

奥目もなく書くと、ぼくは食事をしている、その時間が一番幸せだ。
何か嫌なことがあっても、ご飯を食べれば、いや食事の時間が近づいてくるにつけ、すっかり遥か彼方に追いやってしまうぐらいである。幸いなことに、食後改めて思い出すわけもなく、その余韻に嫌なことなどすっかり忘れてしまうハッピーなオトコなのである。

なので、食事の時間を粗末にチープに扱う人間が嫌いだ。最近もっとも気になる腹立たしい行為は、食事をしながら片手で卓上でスマホをいじるヤツ(あえて「いじる」と幼い表現を使わせていただく。まさにその通りだと思うからだ)。いらただしさを超え席を移動しようかと思うこともしばしば。決して他人に迷惑はかけていないじゃないかと反論されればそれまでだ。でも人生で一番大切な時間を軽んじてる、蔑んでいるヤツが近くにいる、ということだけでぼくは絶望する。隣でタバコを吸われるより、ある意味不快かもしれない。

スマホをいじりながら食事をする。それは言うなれば、生きるためにエサを口にしているだけにすぎない。であればコンビニなどで買ってどこか自分テリトリーでエサを摂取すればいいのであって、なぜ飲食店に入るのだろう。
まず、料理を作った方に失礼だ。そして、こんなに幸せで貴重な時間まで寸暇を惜しんでスマホをいじる価値がそこにあるのか、との大きな疑問にもブチあたる。単なる習慣、ながら、依存、中毒、であるなら、せめて食事をしている間だけでも、そこから離れることを願いたい。

特に悲しいのはラーメン店。まずラーメンが供されるとスマホで撮影。その後片手でスマホをいじりながらもう一方の手でときどき麺をすする。少しでも温かいうちに食べるべき、というか冷めるにつれ油っぽく不味く、そして麺も伸びてしまうのがラーメンなのに、よくスマホをいじりながら食べられるものだ。そんな面々に、ラーメンにつき云々と書かれてしまう、ラーメンのそしてその店主の悲しさを考えるといたたまれない。

さて唐突に話題を変えると、裏渋谷といわれる宇田川暗渠(宇田川という川を埋め立てて作った道なので、川のようにうねっている)のまだ裏側に「バール・ボッサ」というワインとボサノヴァを楽しむバーがある。かれこれ15年ぐらいは通っている、ぼくの至宝の一つである。

マスターの林伸次さんは、ボサノヴァなどブラジル音楽の語り手・評論家でもあり、昨今では(というか、実はずっと以前から)日々さまざまな人間が交錯するバーの経営という職業を生かしながらの人間観察、恋愛観などを日々文章にまとめておられ、その面白さ的確さが大変な評判を呼ぶ文筆家でもある。実際、本も出版されている(『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか? 僕が渋谷でワインバーを続けられた理由(DU BOOKS刊』)。

個人的にも大ファンである林さん自身のことを書き始めると多岐にわたりすぎるので「バール・ボッサ」の紹介に戻すと、この店実は、常連にならない限り一人での来店を断られる。つまり一人客のみ紹介制、とでも言おうか。

え、バーでしょ。
その通り、まさに一人でこそ訪れたい魅力的なバーにもかかわらずだ。

その理由を林さんは、いや、意外と素性の知らない一人客って、他の常連さんに話しかけたりなど、いろいろと店内でやっかいなことが多いんですよ、という。でも、ご本人に確認したわけではないが、きっと林さんは、一人で自分の店に来ても、ずっとスマホをいじっているだけなら、他の店に行くか、いや自宅に帰ればいいんじゃないの、と思っているからではないかと想像する。

さまざまな機会で公言しているが、林さんは、スマホはおろか携帯も持たない生活をしている。もはや化石なみに稀有な主張だ。
だって自分は家か店にしかいませんから、と彼はいう。実際に、ご自分の家か店にしかいないという理由で携帯を持たない料理店の店主も知っている。
ただ、こちらも想像ながら、林さんがスマホを持たない理由の一つとして、彼はアナログの楽しさ、すばらしさ、尊さを伝えたいという熱い思いがあり、それゆえ、主義としてアナログから最大にかけ離れた存在のスマホを持たないのではなのかと思うのだ。伝えたいという言葉では軽すぎるだろうか。もはやアナログの伝道師とも称することができるだろう。

それゆえ「バール・ボッサ」には、アナログ特有の緩さ、コージーさ、世界観に満ち溢れている。林さんがカウンターで飲み物や料理を作る時だけ、バチッとランプのスイッチを入れ一角がポッと明るくなる、水道をひねるとボワッと瞬間湯沸かし器の灯る音がする。化粧室の便座が木製だったりもする。もちろんお一人で営まれて忙しいときでも、片面20分足らずのアナログレコードをかけている。音量も大きくも小さくもなく、もっとも心地よいバランスだ。

アナログというぐらいだから、アナログレコードのアナログ感は実にすごい。特にCD世代、いやダウンロード世代にとって、針がレコードに落ちる音、曲がはじまるまでのカスレ音。いざ曲が始まれば、デジタルにはない録音時そのままの伸びやかで継続的な音色。先日デヴィット・ボウイが他界して連日ラジオではデヴィット・ボウイの曲ばかりが流れたが、彼の70年代から80年代の曲って、ぼくはレコードでしか聴いておらず、それが無雑音のデジタルサウンドでラジオからながれると、なんだか妙に居心地悪いなあと感じてしまうぐらい、レコードの音というのは体の芯に刻まれているのだ。

だからぼくは、「バール・ボッサ」にアナログの世界を楽しみに浸りに行く。もちろん絶対に、スマホなど無粋な機械仕掛けのオモチャを卓上に置くという愚かな行為、それどころか一切ポケットから出すこともしない。

アナログを謳歌する、それはぼくたち世代だけの特権なのかもしれない。でも、普段とは異なる意外にも身近で見つかる非日常が、実はこんなところにもあるんだよ、とは、「バール・ボッサ」が、林さんが、表現したい伝えたいことなのではないかと考える。数十分の食事の時間すらスマホいじりを止められない幼稚な世代にとって、ぜひこの環境で、何か穏やかで心地よい非日常に気づいてもらいたいものだ。

「バール・ボッサ」
●東京都渋谷区宇田川町41-23 河野ビル 1F
●03-5458-4185
●18:00〜24:00
●日祝休(祝日は営業していることもある)



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2016年01月01日

2016年はじめによせて

今回は2016年の最初ということもあり、お店の紹介ではなく2015年を個人的に振り返りつつ、一つの考えと今年のテーマを書いてみたい。
2015年は、BSフジ「ニッポン百年食堂」という番組にて、全国に点在する百年以上続く食堂を紹介するガイドとして出演しないかとのオファーが突然舞い込み、後半とんでもなく忙しくなった。テレビ出演は人生で全く初ながら、毎週一時間番組のレギュラー。なんとか呆れられない程度に収録をこなし、来年4月以降も9月まで継続となった。
※新年1月の最初の放送は、1月5日火曜日 22時〜です。ぜひ。

第二次世界大戦以降にできて、その後現在まで継続している名店はそこそこある。しかし百年というと、確実に戦前オープンがマスト。関東大震災も経験している。そんな食堂からは、厳しい過酷な試練を幾度も越えてきたという達観を、店主や店内の随所に感じる。

ぼくは、百年食堂を巡るガイドをやらせていただくことで、イマの、話題の、有名シェフ・ミシュラン星付きで修業したシェフの店にますます興味がなくなってきた。そんな店ばかりを追いかけている一部のコレクターに振り回されることも不愉快だし、店の優劣ではなく話題性や人気、レア感の演出だけで客が集中するマスコミやSNSからの誘導も、レストラン業界にとってはまったく不健全であると思う。何より、そんな飲食店に関心を持っているのはほんの一部の好事家だけなんだ、という極めて常識的な現実に直面している。

そもそもぼくは、予約のとれない店、というかとれなくなってしまった店には、興味がなかった。ここでいう予約のとれない店とは、3か月以上先、半年後、1年待ちとか言われるような類としよう。

そんな店の多くは、予約がとりにくくなる前に行っていることが多いし、料理店を訪問するのに、そんな先まで待つ、ということ自体もナンセンス。
でも、もっとも興味が湧かない要因は、予約がとれなくなった時点で進化が止まってしまうことが多いと考えるからだ。

客は、予約のとれない店に行くことだけで満足なので、批判的な視点を持ったり進化を愉しんだりということがない。店も、来られるだけで満足する客を相手に進化をする必要性がない。いや、料理人やオーナーご自身はそうではないと思う(思いたい)が、どんなにモチベーションを高く持とうとも、イチローのような稀有の精神力ではない限り、安住してしまうだろう。ここでいう進化とは、もちろん料理だけのことではない。客をどうやって迎えるか、もてなすか等、すべての面において変わることである。

ニッポン百年食堂の取材で、小田原駅前の「そば処 橋本」という店をロケした。天保年間の創業、文字通り百年食堂である。
取材中、店主はぼくに「自分の店にいくら歴史があるからといって、創業当時と同じことをずっとやり続けていたなら、それは後退なんですよ。少しずつでも進化してやっと、お客様には昔ちっとも変わらないねと言っていただけるんです」と語った。

2015年秋、まさにそれを確信する店と出会った。京都「S」だ。
この店を例にあげることは、この店だけがそうだという意味ではない。あくまで予約のとれない店の現状を伝えたい、との気持ちである。

刺身の皿ですよ、と軽くあぶって出された赤座海老。
こんな大ぶりで身の詰まった赤座海老は初めてと興奮。ミソもしっかりと入り卵もはらんでいる。同席者は皆、会話も忘れて一心不乱に食べた。ぼくも、エビの足を一本一本引っこ抜いては口に入れ、ミソをほじくり出し卵をすする。
そんな風に夢中に食べていたら、店主がぼくたちの前に来て、出された料理はさっさと食べてもらわないと困るんだ。ぼくはそんな人は嫌いなんですよ。という。この人、いったい何を言ってるんだろう。まったく意味がわからなかった。ひと時も手を止めることなくずっと食べているのに・・・。

ふと冷静になりまわりを見てようやく合点がいった。
他の客は、赤座海老の身の部分をとりだし口に運んで、それでその皿は終了だった。誰もエビの殻を割ってミソまで食べるような客はいないのである。
果たして、どちらが正しいのか。それは単純には結論付けられない。ただ、どちらが食いしん坊か、食べることに貪欲かといえば、ぼくたちに違いないだろう。そして、予約のとれない店京都「S」が自らの客に合わせる標準は、食いしん坊、食べることに貪欲な層ではなく、赤座海老の身の部分だけを三口程度で食べ終える客が対象、ということは明らかだ。この店の時間軸は、そういった客層とともに動いている。

個人的にはとても衝撃的、かつ象徴的な出来事だった。
全てのカウンター客に目が届いていないという店主にも失望したが、何よりもここまで優れた赤座海老のミソや卵を食べずに皿を戻してしまう客が京都「S」のアベレージとなってしまったことに注目したい。

そして、そんな客のみをさばいていく間に、赤座海老のミソや卵を食べる時間は考慮に入れなくなった。こうしてぼくは、予約のとれない店は進化が止まってしまうという具体的な局面に気づかされたのである。

レストランに関する、今の情報の伝え方伝わり方には、どうしても危機感をぬぐえない。ひいては、それが予約のとれない店を生み、店の進化を止める。それをどう修正して、飲食業界の健全な発展に少しでも寄与できるか。今年のぼくのテーマである。
posted by 伊藤章良 at 13:53| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月01日

今月はおやすみいたします

いつも新・大人の食べ歩きをお読みいただきありがとうございます。

今月は伊藤章良さんの海外出張と夏休みが重なったためおやすみさせていただきます。
申し訳ありません。

次回は9月1日アップでよろしくお願いいたします。
posted by 伊藤章良 at 10:39| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月01日

(77)大阪「フジマル醸造所」

東京のイキリに疲れた僕を、本当にいい店とは? と、

フリだしに戻してくれた大阪ワインバー

二回連続で大阪の店である。
大阪出身、ということもあるが、最近とみに大阪の店はええなあと感じてしまうことが多い。というのも、大阪弁でいうイキリが東京の店には多くて、東京で生活を始めた平成の初期はそれもおもしろいと感じたが、だんだん年齢を重ねるにつれ疲れるようになってきた。イキリってうまく説明できないけど、検索すると、キザとかカッコつけることだそうで、まさその通りかも。

2014年の4月ごろだったか。
東京は浅草橋に「フジマル」というワインバーができた。
この店は、もともと大阪でワインショップを経営していた会社が、同じ大阪は松屋町に「フジマル醸造所」という店内でワインを醸すワイナリーに併設したワイン食堂を作った。その成功を背景に東京に進出、ということだろう。
ぼくは大阪の店が未訪だったが、いい評判を聞くので、まずは東京からと「フジマル」に出かけた。ブルータスの酒場特集で巻頭を飾るぐらいの鳴物入り、であった。

正直、浅草橋の「フジマル」は、期待とは異なる部分が多かった。
オープン当初だからかもしれないが、まず、ワインを飲ませる・売る店なのに、併設されたウオークインワインセラーのラインナッフも含めキチンと説明できるスタッフが少ない。飲む気満々で来ているのに気勢を殺がれた。料理も、メニュー名こそ心地いいんだけど、一皿が少量で味のベクトルもどっちつかず……。
もしかしたら東京というイキリの市場をキッチリとマーケテイングした後、作りあげられたのか。ゆえ、自分のテイストとずれているのかもしれない。ただ、もし大阪もコレなら(自分の知っている大阪であれは)決して流行るとは思えなかったのである。

それゆえ、ずっと大阪の本家「フジマル醸造所」にも行ってみたいと念じていて、少し前だが、やっと本家をのぞくことができた。そして、あまりの東京との違いに唖然としたのだった。

大阪は、前回の「たこりき」でも書いた松屋町にある。松屋町は人形を売る店が多いことで知られ、その点で浅草橋と全く同じ。また川(運河?)沿いに立っている物件を選んだ点なども、とても近いものがある。でも、一番に違うのは、メニューの創意工夫、こだわらない幅広いワインのチョイス、そしてなによりスタッフの情熱だろう。

まず、大阪の「フジマル醸造所」は、一階部分には大きなタンクが据えられ、そこでワインが醸造されている。二階のテーブル席は、そのタンクを眺めながらの飲食で、なかなか優雅なものだ。店内ではそこで醸したワインを飲むことができる。ブドウも大阪の自社畑で育てたものというのでシャルドネをトライ。自分で嗅ぎ分けられる範囲のシャルドネではなかったものの、そこは格別の爽やかさを堪能しよう。
一方、「フジマル醸造所」は国産ワインにこだわっているわけではなく、世界各国のすばらしいワインを平等に届けたいという意図を強く感じた。過日は一説にワイン発祥の地域といわれるジョージア(グルジア)のワインが安く飲めるフェアを開催しており、安価ながらに葡萄酒の真髄を垣間見る瞬間を体験した。

今回のジョージアワインを提供するフェアも、テーブルに来るスタッフがそれぞれの意見やテイストで魅力を語っていく。関西人特有のおせっかいかもしれないけど、ワインが好きでたまらなく客にもその愛情を伝えたくてたまらない、そんな面々の話を聞いているだけでグラスが空く。というか早く空けて次にいきたくなる。

料理がこれまた、本当にすばらしい。東京もなぜ大阪のメニューの提供を受けないのかと不思議に思う。確かに大阪を含めた関西の地名が付く食材を使ったメニューが多く東京では再現できないのかもしれないが。
前菜はポテトサラダをはじめ、いずれもひとヒネリどころか、二つも三つもヒネられていて塩も過不足なく、フレッシュな醸したてワインに合う。さらにパスタは瞠目。季節や大阪の食材を使った旬のものもよく知る定番も、久しぶりにバスタを食べて唸った。シェフは「ポンテ・ベッキオ」出身と聞いて納得。居酒屋の延長で来ている客にガツンといわせている。

この、東京とのあまりの差はなんなのか。
東京に暮らして25年。ようやく東京と大阪の違いがわかり始め、フリダシに戻った感覚を、これからのバネにしようと思う。

「フジマル醸造所」
http://wineshop.exblog.jp/i32
●大阪市中央区島之内1丁目1−14 三和ビル1F
●06-4704-6666
●13時〜22時
●水休
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2014年11月01日

(76)大阪「たこりき」

大阪ならではの至極の楽しみ。

たこやきをつまみつつ、ワイン

大阪の食といえば、すぐに思いつくのが、お好み焼き・たこ焼だと思う。
ぼくは大阪生まれ大阪育ちで、子供のころから家での日曜の昼はお好み焼きと相場が決まっていたし、たこ焼き専用のガスコンロと鉄板も当然我が家にあり、おやつはたこ焼きが定番。およそ当時の大阪の家は、ほぼ同じようなランチタイムだったと想像する。なので、実際今でも、ぼくはお好み焼きを焼けるし竹串でたこ焼きをひっくり返すことも無難にできる。それこそ三つ子の魂百まで、なのである。

大阪はそんな土壌ゆえ、子供のころから愛してやまないお好み焼きやたこ焼きというソウルフードをベースに置きつつ、あくまで炭水化物として食事のラストに提供。それまでは全く違うジャンル、とくに西洋料理等を前菜やメインとして、ワインとともに出す店なんかも登場し始めた。東京には、というより大阪以外の街では決して生まれそうにない、でも生まれたなら確実に全国で受け入れられるだろうという、本当に大阪らしい楽しい形態なのだ。
そんな中、しばらくは会員制的に運営をしてきたが、基本誰でもオッケーの外に向けて営業を展開し始めた「たこりき」を今回は紹介したいと思う。

「たこりき」は、人形屋と問屋街が並ぶ、東京で言うところの浅草橋に匹敵する松屋町と呼ばれるエリア。界隈の雰囲気も少し似ている気がするその下町を、大阪人は親しみを込めて、まっちゃ町と呼ぶ。

実はぼくが大学を出て初めて就職をした会社がこのまっちゃ町にあった。今訪れても、どのビルだったかまったく記憶にないぐらいに変わってしまった(というか、単に自分の記憶が薄れているだけかもしれないが)。
当時ぼくが通っていたビルの一階に洋食屋があって、そこのメニューに「ビーフストロガノ風 ライス添え」なるものがあった。
これはギャグなのかと聞いたら、当時のマダムにキョトンとされたので真面目なのだろう。なんとなく大阪らしいエピソード。まっちゃ町に行くとこの店がまだあるかなあと探すが、もうすでに見つけることはできない。

そんな松屋町筋とは直角に交わる位置に、空堀(からほり)商店街という昔ながらの商店街がある。関西以西に行くと、やはり雨が多い土地柄なのか、どんなに小さくても商店街と呼ばれる道にはアーケードが設置される。ショップストリートとしての集中力はさすがだが、どの店も繁盛しているとは限らず、逆に外光を遮断するアーケードがより薄暗い雰囲気にしてしまっているケースもある。ただ、空堀商店街は道中とても楽しく、なかなか健闘しているように思えた。そんな商店街と名残を惜しみつつ左折してしばらく。「たこりき」が見えてくる。

通りに面したドアの左側はたこ焼きスペース。いわゆる屋台のたこ焼き屋同様、通りのお客さんから見える位置で、黙々とたこ焼きを焼いている。ドアを開けて中に入れば、七席のカウンター。といっても単にたこ焼きを売るための店と違って、ワインバー風にデコレーションされており、座った瞬間から居心地は抜群だ。

たった7席の店にスタッフは3人。たこ焼きの焼き手、ガス台と冷たい料理の作り手、そしてソムリエール。座って数分もすれば、その3人には恐ろしく高いスキルがあるのがわかり始める。そして、空堀商店街を歩いているときは、たこ焼きを数個いただいて帰ろうとか考えていた自分を失笑しつつ、まずは長居することに決めメニューを物色。

前菜として、親店の「豚玉」でも有名なポテサラ、そして大好きな山うに豆腐(豆腐の味噌漬け)。早々にビールからボトルワインへと移行。ワインは基本的にビオのようで、東京では、日本ソムリエ協会のガチガチなヒエラルキーに反旗を翻す逞しい集団が担ぐ酒のイメージが強いが、「たこりき」もなんとなく代々木公園「アヒルストア」的な香りはする。

そしてたこ焼き。家庭ではなかなか実現できないプロのたこ焼きの極意とは、あくまで個人的視点ではあるが、ほんの薄皮程度にカリッと焼かれた表面につつまれ、中身はほぼ均一にとろりと軟らかく、中にいくほど緩くなっていくようでは決してダメ。確実にセンターにタコがあり、食べると、ほんのり紅生姜の食感と香りがアクセントになる。とまあ言葉で書くとこんな風だろうか。

そして「たこりき」のたこ焼きは、完璧にこの文章通り。しかも、昨今のモノより小ぶりゆえ、一口で食べやすい。その旨伝えると、実は道頓堀で二軒並ぶ「大たこ」が大きいたこ焼きを作り始め、多くのたこ焼きサイズが大きくなってしまったということだった。なるほど。特に女性が一口では食べにくいサイズの大きなたこ焼きは、子供のころにはなかったような気がしてきた。

「たこりき」ではまず、なにも付けずに食べることを推奨。それがシャンパンに合うらしい。もちろんトッピングは数種あり、ソース系と醤油マヨネーズ系に分かれてチョイスできる。
「たこ焼き温泉」なるスープたこ焼きや、「塩チーズたこ焼き」(シンプルながら絶品)など、脇にいつでもツマメるたこ焼きを置きつつ、ワインをあおるなんて、まさに大阪でしかできない至極の時だ。いやー、幸せ。

「たこりき」
●大阪府大阪市中央区瓦屋町1-6-1
●06-6191-8501
●15:00〜23:00(月〜金)、12:00〜23:00(土日祝)
●火休
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2014年10月01日

(75)新宿「富の蔵」

名店の技を受け継ぐ主と女将さんとが

夫唱婦随の連携で築きあげる愛あるそば屋

虎ノ門、外堀通りに面したビルの地下に「本陣房」という蕎麦屋があった。現在その場所がどうなっているのか、最近界隈に行っておらず確認ができていない。確か、1990年ぐらいにこの場所に移転し、台頭し始めた記憶がある。

当時の保守的な蕎麦屋感をブレイクスルーし、今では普通になった、茶そば、ゆず切り、しそ切り等さまざまな食材と一緒に練り込んで打つ「変わりそば」を季節替りで実施。灘の樽酒が定番のところに地酒を提供。天ぷらをはじめ、蕎麦以外の料理を少しずつ広げ夜の客単価を上げることにも成功し、新橋界隈にほとんど同じスタイルの支店を増やし始めた。

そんな「本陣房」グループといえば、印象的な屋根付きの行燈と、黒い大きめの四角い器で刻みネギを。そしてメニューは必ず手書きで、失礼ながらその字がヘタだった。店名は違えどまるで同じ店が目と鼻の先に何軒もできて大丈夫なのかと少し思ったけど、持ちつ持たれつで着実に成長。確か現在の本店は、ニュー新橋ビル一階に移転したはずだ。

ぼくは、そんな「本陣房」の中でも「揚げ玉そば」が特にお気に入り。良質の天ぷらを提供しているので揚げ玉だけでもおいしいが、その中にドンと大きなドンコがひとつ入っていて、それとつゆとの相性が抜群。真夏でも冷たい蕎麦を選ばず「揚げ玉そば」にしていた記憶がある。

それから25年。新橋自体に行くことが少なくなり、「本陣房」にも顔を出さなくなってしまったが、先日新宿御苑を歩いていて、まさに本陣房関係の店だとすぐに分かる、屋根付きの行燈を見つけた。「富の蔵」という。

思わず、ドンコ入りの「揚げ玉そぱ」を求めて入店。まずメニューを見ると、伝統的な手書きで、うれしいことに字がヘタである。内容もほとんど「本陣房」を踏襲している。躊躇せず「揚げ玉そば」を注文。まったく同じテイストながら、残念なことにドンコが入っていない。

にも関わらず、ぼくはこの店の密かなリピーターとなった。
なにがいいって、女将さんがとてもステキなのである。
女将さんはおそらく接客のプロではない。客をいなしたり、ましてや、おべんちゃら等はまったく言えないタイプ。なのに、存在感があり、かわいらしくて、そして細かい点までの気配りがすばらしい。なんというのだろう。ご主人と独立を果たした二人の店を、ご主人を支えつつ盛り上げていこうとする「愛」なのだろうか。

さらに、滑舌がいい。いらっしゃい「ませ」。ありがとうござい「ました」。こういった飲食店での基本的な挨拶を語尾まではっきりと言い、そして気持ちを伝える。自分に向けられてものではなくても、その声を聴いているだけで、すがすがしくなる。忙しいランチタイムでも、キチンと人の話を聞き、自分の意図も伝えようとする。今月からの新しいメニュー「です」今、こちらをオススメして「おります」。こうして丁寧に礼儀正しく言われると、「あ、それ」「それも」とオーダー、ランチ時でもあっという間に千円を超える。でも、まったくしてやられた(笑)感がないのだ。当方も十分満足なのである。

後半、というか辞する際にも、できる限りレジまで戻って挨拶し、つり銭をやさしく渡し、深々と頭を下げるオープンしたてのころ、せっかく香り高い蕎麦を打っているのにダイニングが煙っていてとても残念な気がしたので、せめてランチタイムぐらいは禁煙にされたらどうですかと伝えて帰ったら、次から禁煙になっていた。

「富の蔵」には年配の客が多いのも、若いスタッフにぞんざいな対応をされ、気分を害した経験をお持ちの方なのだろうと想像する。年配の女性も、ずっと女将さんを自分たちの会話の中に入れて離さない。

長いサービス経験がなくても、料理に関する深い知識を持たなくても、気持ちや愛情、その人それぞれの育ちや経験が接客、というかコミュニケーションを形作るんだなと、つくづく思う。もしかすると、とんでもなく詳しい方なのかもしれないが。

もちろん「富の蔵」は、「本陣房」仕込みの蕎麦、そして日本料理全般、絞り込まれた地酒に、先進性と技量が見える。そしてなによりも、夫唱婦随の連携が「富の蔵」最大のソフト力となって、ダイニングや料理といった形あるものをさらに魅力的にしていると思う。

「新宿手打ちそば 富の蔵」
●東京都新宿区新宿1丁目3−5
●03-6380-4445
●月〜金11:30〜14:00、17:30〜22:00 (LO21:00)、土11:30〜15:00、17:30〜20:00
●日祝休
http://www.tominokura.jp/
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2014年09月01日

申し訳ありません。もう1回おやすみさせていただきます

いつも新・大人の食べ歩きを読んでいただき、ありがとうございます。

9月1日より再開させていただきたく、伊藤さんに原稿をお願いし、

昨日ギリギリまで店選びを悩んでくださいましたが、8月いっぱいの海外での長期出張と重なって

自信を持っておすすめいただける店がなかなか絞れないということで、

もうちょっと考える時間が欲しいとのことでした。いつも確認をしてから原稿をまとめる方ですので、

理解をし、もうしばらくお待ちすることにしました。ずっとおやすみになっていて

誠に申し訳ありません。今後ともよろしくお願いいたします。
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2014年08月01日

おやすみさせていただきます

いつも新・大人の食べ歩きを読んでいただき、ありがとうございます。

まだ管理側のサイトがご覧いただけない状態になっています。

大変申し訳ありません。

9月1日より再開させていただきたく存じます。

もうしばらくお待ちくださいませ。今後ともよろしくお願いいたします。
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2014年04月01日

(73)ハワイ「PALACE SAIMIN」

見事に完成されたスープでまとめられた

ハワイ・ローカルフードの麺店

日本国内の店も書きたいところはいろいろとあるのだが、先週少しハワイに行っていて、そこで接した麺につ
いて、今回は考察と紹介をしたいと思う。

ハワイにもラーメン店は数多くある。そして意外にも、そのほとんどは日本からの観光客そして現地駐在の日本人が席を占めている。ほんの数日間滞在の貴重な食事の中で、なぜ日本でも食べられるラーメンを選ぶのか、そんな議論もしたくなるが、マクドナルドとスターバックスにしか行かず、ひたすら買い物をしてたという話も頻繁に聞くので、まあ、典型的な日本人らしいハワイへのアプローチなのであろう。

日本において、和洋中を問わずうまいといわれるほとんどの麺は、自家製である。うどんもそばも、そしてパスタも、その店内でオリジナルのおいしい麺を打っている。いっぽうラーメンはスープに力を注いだ結果、麺への注目が薄い時代か続き、他のヌードルに比べ自家製麺への対応が遅れてしまった。
ぼくはその点が、もっとも日本のラーメンに満足できないポイントだと思うし、麺のウマさで引っ張るつけ麺形態では、未だまったく魅力を感じていない。ただ、多くのラーメンスペシャリストが注目し指摘していく中で、ラーメンの麺に対する意識も上がり、今の進化形はスープ以上に麺が重要となってきたのは喜ばしい。

今回のハワイで新に知った事実として、ハワイを含む全米の日本式ラーメン店の麺はすべて同じ製麺会社で作られている、という事実。海外でのラーメン店展開を考えれば、大手の製麺所と組まざるを得ない状況は理解できるものの、誤解を恐れずあえて言うなら、アメリカでは、どこでラーメンを食べてもほとんど同じ麺である、という結論だ。ラーメンが世界的な和食となっている話題が最近のニュースでは喧(かまびす)しいけど、上記のような日本国内でのラーメン発展過程を考えれば、アメリカでおいしいラーメンにありつける日は相当先だろうと思う。

いっぽう製麺所と共同歩調の日式ラーメンとは別に、ハワイには「サイミン」と呼ばれる麺が、かなり昔から存在している。サイミンとは細緬がなまったとも言われ、その風貌やレイアウトから沖縄そばにもルーツを感じるが、いわゆるハワイへの移民がもたらした、というか創造した、ハワイローカルフードの典型であろうか。

ハワイには「ポキ」と呼ばれる代表的なローカルフードがある。これは、簡単に言ってしまえば生マグロのピリ辛マリネ。魚を生食するなんて南の島では考えにくい状況ながら、今やハワイのスーパー総菜コーナーには必ず置いてあるポピュラーメニューである。
きちんと調べたわけではないが、これはハワイに移住した日本人が、やっぱりマグロは生で食べるのが一番うまいという認識と切望から、ハワイで考案されたメニューではないかと推測する。ちなみに「yelp」という、アメリカ全域での、食べログみたいな一般人によるグルメ投稿サイトで、全米1位が、この「ポキ」をご飯の上に載せた「ポキ丼」を提供する店なのだ。

さて、ぼく自身もアメリカにおいては、地図アプリと連動している便利さもあり「yelp」をかなり活用して(特にB級グルメにおいては)動く。今回取り上げる、オアフ島でカリヒと呼ばれる地区にある「PALACE SAIMIN」も、最初はこのサイトで見つけて訪れた。

カリヒ地区というのは、日本人が大好きなワイキキからクルマで20分ぐらいだろうか。工場兼倉庫が建ち並ぶ風情で完全にローカル、というか下町。日本人はもとより、観光客の訪れるエリアでは当然ない。日本でいう質流れ品や倒産品を集めたかと思われるような、下着やシャツ等を大量販売している巨大なモールなども存在し、低所得者層の住宅地でもあるようだ。

そんな下町エリアゆえか、安くてウマくて、ローカライズされた飲食店の宝庫ともいえよう。。

「PALACE SAIMIN」は、そんな中の一軒。あらかじめ情報を入手していなければ到底行きつかない目立たない店。オモテからは、営業しているのかどうかすら分かりにくい(海外にはそういった店は多いけど)。ワイキキでこそサイミン専門店、というかサイミンを食べさせる店ですら見当たらなくなったけど、カリヒ界隈では「PALACE SAIMIN」以外にも、カウンター形式のサイミンスタンドが何店かあるようで、庶民の軽食として今でも愛されていることがよく分かる。

「PALACE SAIMIN」は、創業68年だそうだ。もちろん日本軍が真珠湾攻撃を仕掛けるずっと以前からそこにあった。そしてそのサイミンは、70年前の関西以西の日本人なら、きっとこんなスープで麺を食べていたんだなあと思わせる原型が、そこに残っている。化学調味料ができる前からの味、とでも言おうか。ワインに詳しい人ならフィロキセラ以前と例えてもご理解いただけるかもしれない。

化学調味料という味覚の大きな標準化があり、それに疑問を感じた料理人によるさまざまな試みがなされる現代の厨房だが、今の日本で、化学調味料以前を感じさせる食べ物に出くわすことは、不可能に近いだろう。
多少大仰かもしれないけど、ぼくにとってハワイの「PALACE SAIMIN」は、それを感じるテイストがあった。

もちろんこの店は、自分たちのサイミンの味が一般的に薄いモノであることを知っていて、必ずカラシが添えられる。客はそれを醤油で溶いてスープに継ぎ足し自分の味を調える。また強めのタレで味付けたBBQスティックも、ほとんどの人がサイドオーダーとして注文し、サイミンに投入する。

でも、当然ながら何も足すことなく「PALACE SAIMIN」のスープは完成していて、文字通りそこはかとなく、はかなく、そして日本人としての矜持を改めて認識する立ち位置をキッチリと守っている品だった。
麺屋を志す人はもちろん、料理全般に興味のある方には、ぜひ一度訪れてご意見をうかがいたいものだ。

なお、ハワイのサイミンが、すべて「PALACE SAIMIN」の味ではない。というか、色々と食べてみたが、この味はココだけ、である。多くのローカル定食屋にもサイミンはあるが、それらはすべて、化学調味料以降の味であるのは、残念ながら言うまでもない。

「PALACE SAIMIN」
http://www.palacesaimin.com/
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2014年03月01日

更新、もう少しお待ちください

いつも新・大人の食べ歩きをお読みくださり、ありがとうございます。

著者の伊藤章良さんが「これだ!」と感じられるような店を探していて、今回は執筆まで、もう少し時間がかかります。

もうしばらくお待ちくださいませ。
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2013年08月01日

今月はお休みです

いつも新・大人の食べ歩きをお読みいただき、ありがとうございます。

今月、伊藤章良さんが海外出張のためお休みです。大変申し訳ありません。

次回は9月1日になります。

よろしくお願いいたします。
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2013年04月01日

今月は1回お休みです

4月1日、新年度が始まりました。

ただ、フレッシュな時に大変申し訳ありません。著者都合により今月号はお休みさせていただきます。

次回は5月1日です。おいしいトピックを2か月分のパワーでアップしてくださることでしょう。

引き続き新・大人の食べ歩きをよろしくお願いいたします。
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2013年01月01日

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

いつも新・大人の食べ歩きをお読みいただき、ありがとうございます。

次回は2月1日のアップとなります。

今年もよろしくお願い申し上げます。

『東京百年レストランII――通えば心が温まる40の店(亜紀書房)』発売中です。
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2012年01月01日

(51)茅場町「アメ」

“がむしゃら感”からの遠さが生み出す

新感覚の心地よいワインバー

あけましておめでとうございます。
今年も新・大人の食べ歩きをよろしくお願いします。

                ***

ここ1〜2年、日本の飲食シーンに関して強く感じていることのひとつに、レストラン運営に携わる皆さんの、意識の変化がある。

まともな収入も得られない長期の下積みや修業を経てやっと独立、とまではいいが、新たな開業に際し多大な投資が必須だった一昔前。料理人として大成したいなら、まずは良家の女性をゲットすること、と普通に言われた過去もあった。

ところが最近、特に若い料理人の独り立ちを見ていると「まずはやってみようよ」との彼らの声が聞こえてきそうな、「独立」の二文字にプレッシャー感のないレストランが多いように感じる。

もちろん当のご本人は本当にタイヘンだろう。でも、20年前と比較して、修業という過程に対するストレスの低さや、物件の価格下落、ネット口コミの発達で立地条件と店の繁盛にはあまり関係がなくなってきたことも大きい。でも、ぼくが個人的に一番変わった気がするのは、飲食店における女性の存在である。

一時代前の保守的な食の世界において、日本の場合、女性は陰で出資者となるか、マダムや女将といわれつつも一人のサービススタッフとして主人を支えるかの2通りだった。ところが最近は、女性の持つスキルや今まで培った経験もふまえ、自分達2人の店なんだから、「共に働こうよ」という強い空気が伝わってくるのだ。

それにはまず、男性側の理解と協調が必要となろう。もっとさかのぼれば、封建的な厨房内にて長期にわたる追い回しを体験したなら、男はなかなかそんな気分にはなれない。だけど、修業形態の近代化もあり(多くの人が未だに間違うが、修行ではなくやっと修業と言えるようになった)、自分ひとりがイバるより、協力して店を盛り上げていった方が、楽しいし合理的だとの変化が生まれたに違いない。

そして、リベラルというかフラットというか平等というか……、ぼくのような年齢からすると一番ピタッと来る言葉は「ほほえましい」ワケだが、そういった店側の雰囲気や意欲は必ずダイニングの客にも伝わり、確実に居心地のよさや再訪への意欲へと置き換わっていく。

ここ最近オープンした店で例を挙げると、「ビストロエビス」「アヒルストア」「たく庵」「くろいわ」など和洋も問わない。
料理には、一過性ではなくキチンと学んできた技量を十分感られる反面、毎日100%の力を出し切ろうという気負いは薄い。そして、意外にも彼ら2人から、5年後10年後の自分達のグランドデザインを聞かされることもあって密かに唸る。「がむしゃら」とか「ひたすら」といった言葉が普通に似合っていた飲食業界において、こんなにも最近の若い連中は冴えているのかと、「ひたすら」感心するのだった。

今回取り上げる「アメ」もまた同様に男女2人で営むワインバー。東京メトロの茅場町と水天宮前が駅としては近いので、路線で選ぶとよいだろう。長めのカウンターとテーブルが一卓、そして小さな立ち飲みスペース。カウンターの奥で腕を振るうシェフは、料理のウマさでも知られる「山利喜」という居酒屋からイタリアに渡り、日本に戻って「アメ」のオープンに参加した。明るくてゆるいキャラも魅力的だが、いったん背中を見せて鍋を持つと、その手際から料理の質の高さは容易に想像できる。加えて、共に働く女性が爽やかで美しい。シェフ同様にワインの特徴を語り栓を抜く。さらに、彼女の担当はパン。日替わりで何種類かの個性的なパンがメニューのトップにオンリストされていて、アミューズにも前菜にも主食にもなる幸せ。普段のぼくは、パンをつまみにワインを飲むことをほとんどしないが、久しぶりにそのマリアージュの素晴らしさを実感した。

こんな感じのノリから、「アメ」は東の「アヒルストア」とも称されるらしい。激混みの渋谷店より入れる茅場町店、が、最近の狙い目とのこと。

ところで、「アメ」なる店名は、「雨降って地固まる」から取ったそうだ。まるで結婚式や政治家の挨拶のようだが、そんな不思議な感覚もまた、「がむしゃら」からもっとも遠いところにある。

なお、この「アメ」という店。ウェブサイトによれば、意外にも多店舗展開をしているチェーンの一店のようである。例え現実にはそうであっても、店の成り立ちや個性を考えれば、立ち飲みバルチェーンの一形態というウェブでの打ち出しにはあまり感心しない。

「ワインバー アメ」
●東京都中央区日本橋箱崎町5-15エヴァーグリーンマツモト 1F
●Tel:03-3662-3226
●18:00〜翌2:00(月〜金)
●17:00〜23:30(土)
●日祝休
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2011年11月01日

(49)中目黒「ヒナアゲ嫡嫡(チャキチャキ)」

素揚げのコース1本で勝負!

大人のフライドチキン店

ぼくはニワトリがとても好きである。

大阪で生活をしているときには、チキンよりは肉(牛肉)文化な土地柄ゆえ、どちらかというと焼鳥や鳥料理のプライオリティは低く、定期的に通える店は少なかったが、東京に出てきて、かくも多種多様な鳥料理店があることに大変喜んだ。

加えて、定食屋のメニューに鶏の唐揚げを見つければ、まずはそこから注文する。蕎麦屋では「かしわ南蛮」だし、宮崎料理でもひたすら「地鶏の炭火焼」と「チキン南蛮」を食う。鶏一羽それぞれの部位をナマで提供する(現在は未確認)蒲田の「鳥樹」に出会った折には本当に感動した。

9.11の同時多発テロがあったおかげで断念したが、2000年の初めごろ、ニューヨークで焼鳥屋が開けないかと真剣に物件まで探したこともある。

世界最高峰としてフランスはブレス地方の地鶏が挙げられるが、そのブレス産地鶏をこれまた最高の調理法で食べさせる、ミシュラン三ツ星レストラン「ジョルジュ・ブラン」にも遠征してきた。

とは言いつつ、もっともオイシイ鶏の調理法は、限りなくB級に近いフライドチキンかローストチキンだと思っている。ナゼかというと、上記につらつらと書いてきた料理はそのほとんどが骨なし(骨抜きとも言えそう)だが、フライドチキンもローストチキンも、骨付きのままに調理されガシガシとかぶりつけるのがいいのだ。

現在のところローストチキンのマイベストは、ハワイ オアフ島でワイキキから車で1時間ぐらい走った島のちょうど真ん中辺にある「マウイ・マイクス」。いっぽうフライドチキンとなると、これは頭を抱えてしまうぐらいに迷う。

そんな中で、新たにぼくを悩ませるフライドチキン店が中目黒に登場した。「ヒナアゲ嫡嫡」である。

中目黒といっても、山手通り沿いでも商店街でもなく、駒沢通りと山手通りの交差点から少し恵比寿側に入って目黒方面に進んだ辺り。ジンギスカンの「まえだや」やワインバー「モノポール」の並びといえばわかりやすいだろうか。

ここは、エントランスの構えや洗練された内装から、レストラン運営のプロというかマーケティング的に計算された印象も受ける。つき出しにオニオンスライスを出すなど、自由が丘の有名店を模した感じも否めない。

でも、雛鳥の素揚げコース一本(現在のところ2000円)で勝負をしている潔さと自信に、フライドチキン好きとしてまず強い興味を覚えた。

食べ放題のオニオンスライスと、もう一品のお通し。砂肝もしくはナンコツ揚げいずれかと、手羽そしてモモの素揚げ、ラストのスープ。以上の流れがコースで、サイドメニューも野菜天ぷらやお新香等、数種しかない。この品揃えは、客には若干の寂しさも感じさせるが、素揚げ一本で行列を作っている自由が丘の有名店を模範とすれば、十分に勝算があると見たのだろう。

また、立石の「鳥房」や自由が丘の「とよ田」、蒲田で名店「なか川」の流れを汲む「うえ山」等に比べると、換気がすばらしいのは油を扱う店として特筆すべきで、火入れの絶妙さもピカイチ。席は、ゆったりと幅広くとってあり(その分はコストには跳ね返るが)大人仕様でもある。

そんな点も意識してか、油も塩も良質で全体的にマイルドな仕上げ。塩も控えめで、足りなければ別途テーブルで追加する仕組みは大変喜ばしい。また、ドンペリやクリスタルといった高級シャンパンがメニューにあるのも、そういったターゲットに対するアプローチだろう(個人的にはここで飲む人がいるとは思えないけど)。

なお「ヒナアゲ嫡嫡」は、チャキチャキと読ませ、江戸っ子らしい店を目指すコンセプトだそうだが、実際にはチャクチャクとしか読めないような気がする。個人的には、江戸っ子らしい威勢のいいチャキチャキ感というより、良家の嫡男が責任とプライドを持ってじっくり仕事をこなしている落ち着いた店、としてオススメしたい。

ヒナアゲ嫡嫡
●東京都目黒区 中目黒1-6-15ノブジィーハウス101
●03-5734-1318
●16:00〜23:00
●日休
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