いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2017年12月01日

(107)五反田「大衆酒場PING」

グラナダのバルに思わず重ねた
五反田の居酒屋パラダイス

二か月前、こちらの連載で紹介した、スペイン・アンダルシアのレストラン「アポニエンテ」が、ミシュランガイド2018、スペイン・ポルトガル版で三ツ星に昇格した。
すでに評価が出来上がった店にすり寄ったり後追いするのではなく、これから伸びてくる、評価が高まる店が紹介できてこそ自分の仕事かなと思う。なんとも喜ばしい。

今回のスペイン南部の旅行では、そんな星付き店とは別に、さらに感動した飲食体験があった。それはグラナダという町でのこと。グラナダは、スペインで最も有名な観光地の一つ「アルハンブラ宮殿」の城下町、との認識しかぼくにはなく、あまり飲食に期待しなかった自分を恥じる出来事だった。

グラナダ到着後、まずはランチをと最初に入ったバル。飲み物を注文すると料理が一皿合わせて出てくる。かなり本格的な骨付きチキンのソテーだ。野菜も添えられている。グラナダのバルは、飲み物に必ず一皿料理が付くという前情報はホントウらしい。だが、にわかに信じられない。次に頼んだらどうなるのかと疑問と期待が膨らむ。
次に飲み物を注文すると、イカのトマト煮込み、いかにもスペインっぽい料理が来た。一皿つくのは間違いないようだ。ならば、何杯も何杯も永遠に頼んでみたくなる。そして実践した(笑)。杯を重ねるたび違う料理が必ず供される。後半は、頼んだ酒に合う料理を選んで持ってきてくれているのではないかと、サービススタッフの愛まで感じたぐらいだ。

店を変えてみた。どの店もどの店も、バルは必ず同じスタイル。若者向きのモダンな店舗では、一杯の酒に付ける料理を自ら選べとメニューを渡された。
結果ぼくはグラナダの町で、たった一度も料理にお金を払うことなく腹いっぱいになり、もちろん大いに酔っ払った。
なんという場所だ、まさに酒飲みのパラダイスじゃないか。楽しくて楽しくて、ここもかな、こっちもかなと確かめたくて、何軒も何軒もハシゴした。そして全て変わりのないスタイルだった。

もちろん日本人の先達は何人もグラナダに行って感動しただろう。飲食経営の会社にはグラナダという社名まである。こんな夢のようなシステムを日本でも実現したいと考えないはずはない。でも、どうしても日本はお酒が高すぎて断念せざるを得なかったのではないだろうか。

若者は酒を飲まなくなったと言われる。もちろん酒や酒を取り巻く環境がめんどくさいこともあろう。でも一番はお酒が高いからなんじゃないかと、グラナダで改めて考えた。お酒の大半は税金だ。そこを根本的に考え直す時期にきているのだ。

さて、こんな話だけをするつもりではなく、グラナダに触発されるがごとく、酒税のバカ高い日本においても、すばらしい酒場があることを今回のテーマにしたい。

その酒場は五反田の「大衆酒場PING」。店名の意味はピン、つまり一人で来ても楽しめる店とのコンセプトから端を発している。
五反田は魅力的な大衆酒場の並ぶ大好きなエリア。過去にもここで紹介した店があるし、最近の発展や集中も目覚ましい。「大衆酒場PING」もその一角。五反田駅西口を出て両側に酒場が並ぶ道を少し歩いた右側。

「大衆酒場PING」は、酒場だから当然のことかもしれないが席の予約は取らない。でも、電話して自分の電話番号を告げると席が空けば連絡をくれる。それこそピンの客も多いので比較的回転が速く、頼んでおけば意外とすぐに席にありつける。というか、忙しい店内でスタッフの皆さんにとっては大変面倒なサービスながら、ちゃんと対応されていることがすばらしい。

メニューを見て、ものすごく正直な店だなあと微笑む。
ホッピーは焼酎とキンミヤを使ったものとで百円の価格差を設けていて、この焼酎ってどんなお酒? と聞くと、ああ、体にわるーいやつ、ですよ(笑)との答えが返ってきた。じゃ、その体に悪いやつ一杯。みたいなやりとりだ。
日本酒なども、市中の居酒屋に比べ、こんな地酒もあるのかと膝を打つ品揃えながら、どれも抑えた価格でさらに頼もしい。

料理は驚くほど幅広いバリエーション。中でも、もつ焼きがメイン。料理もとても安いのだけど、丁寧にカットした部位をキレイに串に刺し、しっかりと火を通す。酒場のもつ焼きとして十分過ぎるクオリティ。
すべてのつまみ類も、ピンで飲む人のサイズを考慮した小さいポーションながら、安価できちんと手仕事を加えてあり、しかも酒が進むものばかり。

こうした小さなこだわりや努力を一つ一つ積み重ね、最大に居心地のいい空間を創り上げることに成功している。一長一短にでも、机上のコンサルティング作業でも、決してできないコツコツとした精進と、理想の酒場を作りたいとの信念だろうか。おそらく、大規模なチェーン展開など眼中にないだろう。

興味があったので少し調べてみると、経営母体は建築設計事務所であることが分かった。想像するに、いろいろな店舗設計に携わる中、自らが行きたいと思う酒場を作ろうと考えたのだろうか。
そこには、飲食店経営で大きな夢を叶えたい(稼ぎたい)と頑張る、例えば「てっぺん」のような店とは異なる、落ち着きや品がある。客と応対するスタッフの皆さんすべてに、そんな気持ちが徹底されている。

スペインのグラナダとは違うものの、東京にも酒飲みのパラダイスと呼べる店があることを、改めてお伝えし、そして感謝したい。

「大衆酒場 PING」
●東京都品川区西五反田2-4-6ハイホーム五反田1F
●03-3492-1337
●17:00〜25:00(月〜木)、17:00〜27:00(金土祝前)、17:00〜24:00(日祝)
posted by 伊藤章良 at 14:23| Comment(0) | 焼鳥・居酒屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月01日

(87)渋谷「まるこ」

どぶづけに突っ込まれた酒に魅力的な惣菜。

ふだん着感覚の酒場感がとにかく楽しい

先日、今福岡でももっとも人気のある居酒屋の一軒たという「炉端百式」を訪問した。いわゆる九州の特徴的な魚介に触れられて、炉端らしい活気に満ち溢れ、すばらしい、というより楽しく愉快な店だった。

というのも、炉端を取り巻くカウンターの前には、常に冷却水で満たされた幅50cmほどのステンレス水槽、通称どぶづけがあり、ビール、スパークリング・白ワイン、ソフトドリンク、そして水がストックされている。どぶづけは、お祭りの屋台などでよくみられる簡易の冷蔵庫。毎日使うとメンテナンスが大変だろうなと心配になるが、なにせそこから好きな飲物を勝手に取り出せるので、確実に普段の1.5倍は飲んでしまうし、水もスタッフに都度お願いする必要がなく、とても気が楽だ。

さらに、日本酒についてもセルフサービスが基本。
スタッフに声をかけて持ってきてもらうこともできるが、自ら日本酒セラーの前までいき、好きな酒を選んで注ぐ。自分で温度管理をしつつ燗酒も作れる。そしてさらに飲み過ぎるのだ。

料理はすでに完成の域。友人が取り置きを頼んでくれた「ごまさば」に始まり、炉端を活かした山海の食材がいかにも九州らしく味付けされる。それ以外にも、名物として「ウニの牛肉巻き」「バリバリピーマン」、面白いなあと注文したのが「大根の唐揚げ」等々。特にピーマンは添えられた肉味噌につけてモロキュウ感覚でいただくのだが、キャベツやキュウリ、根菜類でこういった食べ方をしたことはあるが、ピーマンとは驚き。さらにそのピーマンは肉厚ですごくおいしいのである。一度行ったぐらいでは全く物足りないラインナップに、福岡で暮らす人をうらやましく思ったぐらいだ。

そしてここからが本題。
つい先日渋谷におもしろい居酒屋ができたよと聞いて訪れたのが「まるこ」。この店は高円寺辺りで何軒か営んでいるグループが渋谷に進出した居酒屋とのこと。ただぼくは、この「まるこ」に入った瞬間に、ここは福岡の「百式」や、と思ってしまった。

店の造り自体は、「百式」よりずっと簡素化されていてシンプル。酒場感でムンムンだ。椅子やカウンターも客の長居を意識していない様子。カウンター中心の細長い店ながらテーブル席もある。
なんといってもカウンター前にあるどぶづけ。ここには、福岡と同様に、国内外のビール、ワイン、ソフトドリンク、そして水が冷やされていて、客はそれを選ぶことからスタート。日本酒はさすがにセルフサービスではないが、良質なモノを安価に多数そろえている。

かつおの藁焼きが名物だそうで、それ以外にも居酒屋らしい焼き物揚げ物が充実している。どぶづけの向こうの冷蔵のショーケースに惣菜が並べられ、あれもそれも注文したくてたまらない。そしていずれも廉価だ。

これまた嬉しいことに、〆に炊き立てのご飯が食べられる。白飯でもいいし鯛めしなどの炊き込みもある。ここで最後にご飯をいただけるなら、ふらふらと炭水化物を求めてラーメン店に入ってしまうこともないだろう。特に炊き立てのご飯は酔った脳を覚醒させる作用もあるように思う(医学的根拠はまったくないが)。

普段着感覚で楽しく愉快なひとときを。
ぼくが訪れたときは年配客が大多数だったが、渋谷という土地柄、こういった酒場の存在やここでの過ごし方をおもしろいと感じていただければ、文化も継承されるに違いない。

ところで、「まるこ」が「百式」をかなり意識し参考にしているのは、オペレーションだけではなくメニューにも見いだせた。上記の「百式」名物、ピーマンや大根は「まるこ」に存在したが、でき上がりそのものは残念ながら一日の長を感じてしまったことを少し付け加えておこう。

「まるこ」
●東京都渋谷区道玄坂1-18-4 和田ビル 102
●03-5784-1626
●16:00〜23:30(L.O.)
●無休
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2015年05月01日

(82)五反田「かね将」

この町にしかない、自分しかできない。

そんなポリシーが響いてくる銘居酒屋

フランス料理が好きな人は居酒屋について論じないと思うし、居酒屋フリークは結婚式以外でフランス料理を食べることもないだろう。
フランス・イタリアを歴訪するメンバーはハワイには行かないに違いなく、同じく香港や台湾のリピーターもハワイに食指は動くまい。

ただぼくは、日本中の世界中のすべてに顔を出す。自分にとってはあらゆる食が同じ土壌に載っているからだ。もっと言えば、食の興味に貴賤がないからだ。しかもそれは、広く浅くではなく、広く深くである自負も持っている。
よって、居酒屋フリークにも、フレンチ・イタリアンラバーとも、ハワイ通でも、ヨーロッパを歴訪する面々にさえも、なんとか同等についていけると思っている。

でも、とりわけ居酒屋が好きだ。
それは、居酒屋で飲むという時間が掛け値なく楽しいのとともに、居酒屋で働く人集う人に加わり交わるのが震えるほど興味深いからだ。高級フランス料理や江戸前鮨などでは、ワインも日本酒も飲まず、レストラン情報以外の話題で同席者と会話することもなく、デジイチで一心不乱に写真を撮っている、とまあそんなヤカラばかりを散見するトウキョウ。本当に食べること飲むことを、独りでもカップルでもグループでも、心の底から楽しもうとする人種は、昨今居酒屋にこそ存在するのだと感じている。

もちろん、居酒屋というのは、今や日本中のどんな駅に降りても、駅前にまったく同じ看板やサインばかりがギラギラと目を引くチェーン店ではない。「いざかや、いかがっすか」と兄ちゃんがチラシを配る、みたいな店は、対象外というか最初から規格外である。

基本、その街にそこしかない店、いや東京中にそこしかない店を目指す。
街にヒトに根付き、店としての矜持やポリシーがあり、スタッフも皆、誇りを持って働いていて、大将やスタッフは、常連から〇〇ちゃーんと愛称で呼ばれる。そんな世界。
たとえ駅から15分歩くことになっても、駅前のチェーン店に吸い込まれることは決してない。いや、15分歩けば幾倍もの楽しみや喜びがあふれるのに、それを体験しようしないこと自体、天を仰ぎたくなる。

こういった店は、山手線の上側以北か東側にしかなかなか見つかりにくいのが今の東京だが、五反田にも貴重なる一軒がある。「かね将」という。
「かね将」とは、マツケンやキムタク同様、店主の名前を縮めた愛称だそうだ。店主は金子章治というが、そこは「章」ではなく「将」と収めたところがカッコいい。意外にも五反田駅から徒歩すぐ。多くのチェーン居酒屋やラブホテルに囲まれながら、ご自身の愛称を掲げて切り盛りし続けてこられた。その生業がストレートに頼もしい。

入口が複数あるので中の様子はある程度掴めるが、意外と奥に深くて客席数も多いので回転も速く、居酒屋より酒場と言うにふさわしい。店内はとても賑やかで混雑時には外にまで客があふれる。お店のファサードにもfacebookページでも、焼きとん酒場とタイトルが付いている。にもかかわらず、食べログ等のサイトでは焼鳥との表記も散見するが焼鳥は存在しない。

ベースのもつ焼きのみ活字で、それ以外のメニューはすべて手書きか板書。こうも活気のある酒場にいると、手書きの短冊や板書のメニューのみが目を引き、活字のもつ焼きはすでにそんな中に埋もれている。焼きとんを看板にスタートしたけど、やがて店主の才覚や趣味か高じつつ、客の求めるものを揃えるなかで、どんどん変化していく。そんなさまが、壁じゅう所せましと貼られた短冊を見ていると感じてくる。

店主奥様の故郷の味として「牛すじトマト煮」が名物と言われる。それにガーリックトーストを添えるのが定番らしい。ワインとでも言いたくなるが、「かね将」ではすっかり甲類焼酎のお供として定着。酒のピッチも加速度的に早まっていく。

加えて愛すべきは、店で働くスタッフだろう。客層はほとんど自分の親の世代に違いないが、そういった人生の先輩から目を細められることなく、実に上手に接しておられて、とても気持ちがいい。店内がキチンと清潔でトイレもきれいなのも、こういった若いスタッフの気配りかと頭が下がる。

回転も速いと冒頭に書きつつ、あまりに居心地がいいので、あっという間に3時間が経った。ふと見上げると、混雑時には3時間で・・・という貼り紙。2時間ではないところが、さらにチェーンにはできない心配りかと、あわてて席を立った。

なお、食べログには予約不可となっているものの、18時までなら予約も受け付けていただけるようだ。当然ながら喫煙率は高く、それが自分を居酒屋から遠ざける最大の要因となっている。ただ、予約できれば喫煙者と相席をさせられることもなく、豪炎ならぬ豪煙からは多少逃れることもできる。

「かね将」
●東京都品川区西五反田2-6-1
●03-3495-4677
●16:30〜23:30
●水休
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2015年03月01日

(80)中目黒「まるや」

中目黒というキャラ濃い場所に

ゆるやかに馴染むもつ焼き屋

ぼくは、まったくそうではないのにやたら高いものばかりを食べていると思われがちだ。本当に何度も書いてきたことなので、またかと言われる可能性も気にしつつ「高いものではなくおいしいものを」というのがまぎれもない事実である。それは、ものすごく高いときもあれば、エッというほど安価なものも存在する。

今はどのように教科書に記載されているのだろうか、ぼくたちが学んだ日本という国は高度成長時代に加工貿易で栄えた。資源の乏しい我が国では、原材料を海外から輸入し持ち前の知恵で加工。製品としての付加価値をつけて輸出する。その差益がひいては日本の国益となる。石炭を輸入すれば大量消費のプラスチック製品になり、同じ元素ながらダイヤモンドの場合はゴージャスな装飾品に変化する。

料理もまた同じで、使う食材が安ければ低価格で提供できリーズナブルとかコスパがいいと言われ、原価が高ければ高級料理となってしまう。ところがいずれも間違いで、料理に高級・低級は一切ない、というのが、石炭とダイヤの例のこどくぼくの持論だ。

今月紹介するのは 中目黒のもつ焼き店「まるや」。もつ、つまり獣の内臓は、一部でホルモン(関西弁で捨てるもの)とも呼ばれるほど、21世紀の今、安価な食材の代表である。ただ、新鮮でなければ価値がないだけに、と畜時の仕分けやその後の流通、保存手段を考えると、高値で取引される正肉と同等、もしくはそれ以上の手間がかかるのではないかとも想像する。つまり、もつが安いのは、霜降り肉を食べて「きゃー、とろけるぅ〜」と叫んでいる方々に大部分を肩代わりしていただいているからかなと、密かに感謝だ。

もつ焼は、焼鳥とともに日式串焼きの代表格。ある意味一人前がもっとも少量の料理である。言い換えれば一人飲み用としても最適なツマミだと思う。ところでこの「新・大人の食べ歩き」で大変お世話になっている「クーチャンネル」大家の土田美登世さんが、昨年末『やきとりと日本人』という本を光文社新書から上梓された。焼鳥という大衆食文化を、気の遠くなるような文献や取材の積み重ねと緻密で重厚な文体で学術的に紐解いていく労作である。本来なら、ここで好みの焼鳥の一軒でもと考えたが、思いついたのは、もつ焼の「まるや」だった。大家の土田さんは『モツ・キュイジーヌ』なる西洋の内臓料理の本も編集者として出してるし、串焼きのルーツをたどる以上、もつと焼鳥は切り離せない。この本の中でも幾度か言及しておられるが、「鳥◯」との店名ながら、関東以北ではもつ焼きを提供することが許される土壌もある(ちなみに、拙著『幸せになれる43の料理店』では、もつ焼店を二軒紹介しているが、「鳥茂」「鳥平」とも鳥の文字が入っている)。

「まるや」はなぜまるやというのか詳らかではない。高名な野方の「秋元屋」の流れを汲むとも聞くが、自分にとってあまり重要ではない。なにより中目黒というキャラの濃い場所にふさわしい快適な空間を作り上げているところにまず注目する。もちろんオシャレでもデコラティプでもない、真ん中に焼き台がある普通のコの字カウンターではある。ただ、ほとんどのもつ焼店が、座席のすぐ後ろが壁で席間もぎゅうぎゅう詰めで、焼き台とタバコの煙でモウモウなのは当たり前にもかかわらず、「まるや」は店内がとてもゆったりして窮屈さをまったく感じさせない。中目黒という土地柄か下町に比べ喫煙率も低い。そしてBGM代わりに流れるAMラジオが店内の雰囲気とマッチして、さらにゆるく心地よいのである。

もつについては、まずは半焼をチョイスしレアな食感を楽しむことからスタート。この半焼に使われている塩がまた絶妙。オススメのごま油でさらに香りも増幅する。以降はお好みで。味付けはシオシオと連呼せず店主に任せるのが一番かとも思うが、秋元屋系の個性として味噌もぜひ。ニンニクと味噌の甘味が過不足なく絡まっておいしさに頬がすぼむ。このまろやかさだとキレの悪さも危惧してしまうが、スッと消えて行く後味もまた格別である。

酒はブランド焼酎も数々並ぶものの、「まるや」ではシャリキンの酎ハイもしくはホッピーだろうか。シャリキンとは「キンミヤ焼酎」をシャーペット状に凍らせて、それを割るやり方。いつまでたっても水っぽくならずウマイのは当然というか、確実に酔いが早い。

長居したくなるもつ焼き店、というのは「まるや」にとって名誉なことなのかどうかは客が決めることになるだろう。ただし、ぼくはキッチリ他のもつ焼店の2倍は消費してかつ4倍の幸福を得た。

「まるや」
●東京都目黒区上目黒1-5-10 中目黒マンション 114
●03-6452-3995
●17:00〜22:00LO
●日休
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2015年02月02日

(79)北千住「田中屋」

*アップが1日遅れました。大変申し訳ありませんでした。

魚料理ととんかつに囲まれて

やたらと楽しい北の玄関口の居酒屋

北千住と聞くと、東京の北の玄関口という印象は確かにある。ただ、東京に出てきて以来、中央線沿線か山手線沿線にしか住んだことがないので、北の方に千回住めるという北千住は、ここまで食や酒に興味を持たなければ訪れることはなかっただろう。

JRもメトロも私鉄も、いくつもが乗り入れ、もともとはここから日光街道・奥州街道の起点となっていて、現在も埼玉方面へ大きく延びている。駅前や駅から広がる商店街は、日本中どこでもある風景と同じで駅舎から出た瞬間はわびしくなるが、メインストリートから少し裏へと外れれば一気に飲屋街となり、カオスぶりは東京屈指ともいえよう。

一軒ずつ訪ね歩きたいぐらいの魅力的な店舗が並ぶが基本は「和」。特に、居酒屋、焼鳥屋、もつ焼き屋といった、一人でも入りやすくポーションが小さめで安価が魅力。といっても、どこも同じように見えて個性や異彩を放つ店も多く選択に迷う。

界隈に暮らさないと都心からは(東京の西側からは)かなりの時間がかかるので、早い時間からスタートして数軒をハシゴしたくなる気持ちはわかる。しかし個人的には、地元民ではない人間がぞろぞろと下町界隈に繰り出し、大人の遠足とか称してハシゴする姿は、北千住や京成押上線沿線では何度も遭遇した。そんな行為は、決して好ましいものではなく店にとっても迷惑であろう。居酒屋の名店「大はし」は店内での撮影を禁止としているし、料理がウマいことで知られる「徳多和良」は、明らかにそういった客は排除しようと1グループの人数制限を設けている。

とはいっても、当該の店は立ち飲みだったり短時間決戦だったりして、じっくりと根をおろして飲むというタイプではない。となると、ターミナルとして使うか地元民ではないと、ハシゴを前提としなければ時間をうまく使えない場合も多くて残念だ。

では、じっくりと腰を落ち着けて楽しめ、かつ、西側から北千住界隈まで出向く価値があるという店を一軒紹介しよう。北千住からは少し歩くが、京成線沿線千住大橋駅前の「田中屋」である。

駅前は実に殺風景で典型的な没個性ベットタウンの趣。個人的にはもう少し秀逸な飲み屋が連なっているエリアかと想像していたのでガクゼンとする。そして、線路沿いというか文字通り「駅前」で、ここにコンビニがあっても不思議ではない立地に「田中屋」はある。

看板には「とんかつ魚河岸料理」。そして「道灌」の文字。看板を提供しているのであろう酒蔵「大田酒蔵」の清酒だ。あまり居酒屋や酒に関心のない人なら普通に見過ごしてしまうだろうが、もっとも相反する生鮮品ととんかつ、そして東京ではあまり見ることのない滋賀県の清酒。この三位一体の違和感は、なかばこのエリアにおける治外法権な存在にも思えてくる。

引き戸を開けると、まずは白木のカウンター、そして奥に小上がり。というより、目を引くのは旅館の宴会料理まで出せそうなぐらい広々とした厨房。やたら広くて気持ちがいい。しかもとても清潔で美しい。もちろんカウンターに面してフルオープンキッチンだからということもあるが、それ以上に働く人たちの魂がこもってる感じがグングン迫ってくる。

こんな厨房を目にしつつ、さぞや大量のメニューがここから生まれるのだろうかと思いきや、アイテムはごくごく少数に絞られていてメニューは細長いカード一枚。エッと思うが、この中に、刺身、焼き魚、酒肴等一通りの魚河岸料理ととんかつを中心とした揚げ物がひしめく。

料理のメニューより酒のメニューのほうがずっと大きいのだが、定番の酒類はなかば時が止まった感のある所在なさに反して、絞られた地方の銘酒が目を引く。そして道灌は一番ベーシックな燗酒として供するようだ。なるほど、看板に偽りはない。

では刺身からいただくことにする。見渡すと皆さん刺身を盛り合わせで注文しているようだが、イタリア料理の前菜でも天ぷらでも、盛り合わせという主体性のない頼み方は好まないので、気になる旬の魚を数点。徹底して吟味された感のある上質さ。なによりグレイトバリューなことに安堵する。そしてとんかつ。これこそが治外法権なのかもしれない。上野や神田界隈にある名店と肩を並べるレベルで、かつフリークには全く荒らされていない(おそらく気づかれてもいない)肉は相当分厚く比較的硬めに仕上げられているが、その分噛んだときのキレ具合も、シャキーンと音が聞こえるようだ。ころもの質感も肉のうま味をじゃましないやさしさと節度を持っている。

なにゆえ「とんかつ魚河岸料理」なのか、店を辞したあと帰路においても問いかけ続けたが、結論は出ない。また、きっと魚河岸かとんかつのいずれかが先で、その後もういっぽうを追従させたのだと想像したが、厨房をくまなく観察してもそれすらわからない。唯一いえるのは、魚河岸料理ととんかつに囲まれて、やたら楽しいということだ。それは、いずれもが中途半端ではなく一流であるゆえ成せる業だろう。

「田中屋」
●東京都足立区千住橋戸町13
●03-3882-2200
●17:00-21:30
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2011年02月15日

(39)新宿「鳥茂」

新宿の老舗串焼き店に移転話。

新しい展開にもエールを送りたい

新宿駅は乗降客世界最大のターミナル。特にJRの新宿駅はとてつもなくデカく広く、そして、増床を続けて迷路になってしまった温泉旅館を思わせる、いびつな構造でもある。

中央線や山手線ホームの端からさらに代々木駅方面へと延びる埼京線や湘南新宿ラインのホームに立つと、隣の代々木駅から発車チャイムが聞こえてくるほどで、代々木駅は新宿駅に併合されるのでは、との話も聞く。ぼくも日々新宿駅を利用するけれど、東京に来て20年、いつも駅のどこかが工事中で、デコボコやガタガタの部分を必ず通る印象がある。

すでに出来上がった感の西口東口に比べ、開発の度合いが著しい南口界隈は、飲食店もめまぐるしく移り変わっているが、その場所で、昭和24年以来ずっと営業を続けている串焼き店「鳥茂」を、今回は取り上げたい。

まず、わざわざ「串焼き店」と書いたのは、この店は焼鳥店ではない。文献やネットを当たっても、未だに焼鳥と書いている人も多くいて、人は店で食べている肉が何の肉なのか、という仔細にはあまりこだわらないんだなあということがわかる。

戦後すぐは、串にさして焼いたものは何でも「鳥」と称し、当時総理大臣だった吉田茂の「茂」を合わせて、「鳥茂」にした。と、すでに三代目となる、未だ青年のような若き店主から聞いた。

検索すると、東京都内だけでも「鳥茂」という店がいくつもある。それが暖簾分けなのかどうか詳しく調べたわけではないが、ロゴが似ている店もあるので、その多くは新宿南口が発祥であろうと想像する。

また、前述の若き店主の談によると、新橋の「三政」、渋谷の「鳥由」を初め、今や日本中の串系の店が採用している「箸を出さない」スタイルも、新宿の「鳥茂」が発祥らしい。箸を出さないとは、箸の代用として、肉を焼くときに使う竹串を用いる、ということだ。「鳥茂」を訪れると、すでにテーブルには箸置きと竹串2本がプリセットされている。

店を始めた当初は、経費節減や、仕入れた割り箸の数による来客数予測を逃れる節税対策といった、店側の利点のみが脚光を浴びたに違いないが、割り箸を使わず再生可能な竹串を代用するとは、21世紀のイマになってみれば、エコの最先端。まさに時代が追いついたとも表現できよう。

ネギをどっさりとのせた新鮮な生肉、丁寧に火を通した大ぶりの串焼き、今や串料理のスタンダード「ピーマンの肉詰め」に代表されるオリジナル串への工夫、鉄のやかんで供される清酒、雑炊・カレーなど〆の炭水化物と、料理と酒は申し分なく、新宿駅から徒歩1分にして60年間守られてきた昭和レトロな雰囲気は何物にも換えがたく、新宿の「鳥茂」には、それこそ東京に移った当初から今に至る20年以上の間、2年に1度ぐらいの割合で訪問してきた。

ただ、決して安い店ではない(それだけ良質の食材を使っているが)し、1階、2階とも強烈にツメツメで居心地が抜群とは言えず、注文したものがナカナカ出てこないという、呑兵衛が好む類の店としては残念な点も多かったゆえ、こうして文章にすることはなかった。

ただ、先日ラッキーにも焼き場すぐ横のカウンターに陣取ることができ、そこから発せられる、老舗串焼き店のレジェンドとも言うべき頑なな姿勢を垣間見て、小文にまとめたくなった。

予約、フリの客を含め、ひっきりなしに訪れる面々を、それはそれはきめ細かくかつ大胆に回し、常連には、たとえ次の予約まで30分しか空かないとしても、一杯一串の楽しみを味あわせて帰らせる。

大変な賑わい、そして窮屈際まりない環境ながら、常連とおぼしき年配客が絶えず、あちこちのテーブルで油を売るつわものもいて、半ば昭和のサロン状態ともなってくる。

そして、ここに取り上げた理由はもう一つある。

「鳥茂」は、2011年8月末で移転するというのだ。居酒屋としては文化財的価値も出そうな店舗を取り壊すとは、まさに「ええっ!」であるが、冒頭にも書いたように、ついに新宿駅南口界隈の再開発計画の波に飲まれ、移転せざるをえないとのこと。なんと「鳥茂」の後には京王百貨店が建つらしい。

ただ、先代の急逝により、若いながらも「鳥茂」の身代を引き継いだ三代目が実に頼もしく、新生「鳥茂」を、その彼がどのように展開していくのかが楽しみだ。移転の結果、もしかすると今までの常連が多少は遠のくかもしれない。でも、過去様々に問題と捉えられた点も大きく好転するのではないかと、そんな密かな期待を寄せている。

「鳥茂」
torishige.jpg
●東京都渋谷区代々木2-8-5
●03-3379-5188
●17:00〜25:00
●日休
posted by 伊藤章良 at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 焼鳥・居酒屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月01日

(31)大塚「蒼天」

グルメ系焼き鳥の最右翼は

日本酒のラインナップもドストライク

焼鳥には、最高級の素材を仕入れ、タレや塩にもこだわり、絶妙の焼き加減で提供するグルメ系の店と、そこそこの素材を塩やタレも強めにして焼き、安価な酒のつまみとして楽しむ飲兵衛の店とに大別されるが、そのいずれもぼくのストライクゾーンである。

そしてぼくの個人的な好みでいくと、飲兵衛の店としての最右翼は、ここ数年目黒の「鳥芳」が不動(そこから巣立った若者たちによる「鳥芳 恵比寿店」は以前こちらで紹介した)。

グルメ系は、十数年前に中目黒の「鳥よし」で受けた衝撃に始まり、気位も値段も高いけど確かにうまい麻布十番の「世良田」、白金で新境地を見出した「酉玉」、「鳥よし」から巣立った面々による「鳥しき」「笹や」などの新規店も応援しつつ、やはり大塚の「蒼天」に軍配かなあと思っている。

焼鳥を食べに大塚に出かける。池袋での乗り換え利用など行動範囲が最寄りではないと少し行きにくい向きもある。だがそこは、「おいしいものを食べるためだけに、その町にでかける」ミシュラン精神で、多少の遠方は厭わない。

「蒼天」は、もともと大塚の北口で営業開始。その後新店舗を南口にも出し、しばらく南北双方で頑張っておられたが、現在は南口店に統一。JR大塚駅南口から、しばらく坂を上がり、飲食店もまばらになってきたあたりでポツンと見つかる。

夜の場合、薄明かりの中ではじっくり見ないと気づかないが、「蒼天」の木彫りの看板はベースが鮮やかな青。こんなところにも潔いこだわりが感じられて、入店前から期待値はオーバーフロー気味。

店内は、厨房を囲むように大きく幅広のL字カウンターがドンとあり、かなりゆったり目。麻布十番辺りにありそうな焼鳥ダイニング系を想起させるが、威勢のいいお兄さんたちの声や厨房の活気に、「らしさ」を発見してホッとする。
奥にはテーブルもあるようだが未確認。焼鳥でも天ぷらでも鮨でも、セオリーであるカウンター席に座らないと落ち着かない。

すすめられるまま鳥の刺身を盛り合わせで。これが、いつどの順番で箸をつけようかとタイミングすら悩んでしまうほどの美しさと、実際に食べた直後、お皿からなくなってしまったことを後悔するぐらいのうまさ。

ぼくは焼鳥では比較的焼酎で合わせることが多いが、「蒼天」の刺身は確実に清酒を求めている。そこで改めてメニューを見ると、意図せずニンマリしてしまった。「蒼天」にきらめく最大の個性と魅力、それは焼鳥店でありながらこの清酒のラインナップだろう。決して多くはないが、地酒好き、特に純米酒好きの嗜好にドストライクの品揃え。清酒を飲むためだけに「蒼天」に誘ったとしても、清酒党から決して文句は出まい。

そして焼鳥に移る。門外漢ゆえ感覚でしかお伝えできないが、「蒼天」の焼鳥は熱い。もちろん他店がアツアツではないとはいわない。「蒼天」がひときわ高温に感じるのだ。鶏肉の表面を強い温度で炙り瞬時に旨味を内部に閉じ込める。できるだけ短時間で一気に火を通した後、絶妙のタイミングで客席へ。と、そんな仮説を立ててみるのも一興だろう。この温度管理の絶妙さは、元々本店だった北口店では、店主の立つ焼き場が客前から遠かったことに対する反省と改善に違いない。

清潔かつ広々とした店内で、スタッフの皆さんも男前で感じがよく、生でも焼いても煮てもうまいとなると、ここはぜひカップルで訪れてほしい。比較的新しい店ながらも、燻し吟な男たちの真摯な仕事ぶりには、意中の相手も必ずや目を細めることだろう。


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「蒼天」
●03-5944-8105
●東京都豊島区南大塚3-39-13
●17:30〜23:00(火〜金)、17:00〜23:00(土、日)
●月休

◆◆2ヶ月連続で申し訳ございません。今月も海外出張のため、
15日の更新はお休みをさせていただきます。次回は10月1日です。◆◆
posted by 伊藤章良 at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 焼鳥・居酒屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月15日

(23)千羽

呑ん兵衛の垂涎ネタとして

語り継がれるべき串焼きの名店

今さら宣言するまでもないが、ぼくはかなりの酒飲みである。
そして、フレンチ・イタリアン・鮨・天ぷらなど、柴田書店が分類するところの「専門料理」ばかりで飲み食いしているわけではなく、無類の居酒屋好きでもある。隠し持っている(といっても隠しているつもりはないけど)居酒屋系は、かなりの数にのぼると思う。

と同時に、居酒屋を探訪する好事家のブログを読むのが楽しみだ。あえてここには紹介しないが、相当数お気に入りに登録し日々回遊しながら、忙しい時期などバーチャル居酒屋気分にひたらせていただく。さすがに酒好きの同輩が描く日常は、写真+その注釈でしかない多くのグルメブログとは一線を画し、読み応えも十分。

また、こういった酒に目がない面々と、ゆるーい交流もある。お互いにブロガーや熱心なネットサーファーであることは臆面にも出さず、アナログおっさん感覚で痛飲に徹するのが流儀。そんな関係の中でも、一種のアンタッチャブルな存在価値を放つ一軒の串焼屋があった。「千羽」という。

場所は神泉。駅の目の前。といっても、ほぼ間違いなく渋谷から徒歩で向かうだろう。看板は掲げられるものの入り口は奥まっていて、一見には入りにくい拒絶感に暖簾は重い。

店内も居酒屋の居抜き風。看板に冠として書かれる串焼のイメージではない。半オープンの厨房ながら串焼屋の良心かつダイナミズムである焼き場が客の位置からは見えないのだ。しかも、ご主人の手元も隠れているのだが、「うちの串がうまいのはね、焼く直前に串を打つからなんですよ」と実況する。「多くの焼鳥店はそんな手間のかかることはせず、仕込みで串を打っておき冷蔵庫に保管します。すると串を打った穴から、旨みが外に出ちゃうんですよ」。

「千羽」のご主人、相当のご年配である(年齢は聞いたが忘れてしまった)。脱サラをし、現在の奥まった場所ではなく表通りで焼鳥店を始めた。その後界隈では知られる存在となったが、歳も歳ゆえ一度店を閉める。後述するが、こちらのスペシャリテも、教えてほしいと乞われるままにレシピを伝え、そこで出してもらうように段取りもした。ところが、常連はソレを許さなかった。

何度も何度も再開してくれと懇願され、根負けしたご主人は、常連が見つけてきた今の場所にて再スタート。真剣かつ優雅に深夜までマイペースで営業をされている。そして、そんな店主に付き合ってサービス面を切り盛りする夫唱婦随の女将さんもまた魅力的だ。

こちらのショップカードには「うわさの千羽焼」とある。そう、スペシャリテのひとつ。一見するとつくねに思える。だが、食すとニラ等の青菜を練りこんだ餅のようでもある。本来ならコレが何かと論ずるべきなんだろうけど(ご主人や女将さんからも、中身を聞かれるのが恒例となっている)、こと「千羽」では、アレコレ考える自体不要な気がする。「ああ、おいしー。なんか、なつかしい味やなあ」とつぶやき、ホクホクと食べるのだ。

他にも「カレー味の煮込み」は、過去に食べた東京三大煮込みって何? と唸らせるぐらいの個性と上品な旨みに満ちている。わざわざ「たれ焼」と称するメニューを選ぶ。ぼくの場合、甘口のタレが苦手で、お店から強くススメられない限りタレで食べることはない。いっぽう「千羽」の「たれ焼き」はぜひ。甘味を外したタレがどれほど鶏肉と絡み美味しさを増幅させるかが分かるだろう。

「お新香」を箸休め感覚で頼むと、ナスとキュウリの浅漬けを薄くスライスしショウガの千切りと和えた、ぼくが漬物の中でもっともウマイと信じてやまない逸品が出てくる。

酒の種類は多くないが厳選されている。「千羽」の料理にはやはり焼酎が合うと思うし、芋なら「なかむら」がある。普通に買うと定価の3倍は取られるプレミア焼酎なのに、「千羽」では普通に飲める。

さて、「千羽」は本来、呑ん兵衛の垂涎ネタとして語り継がれるべき店であり、ウェブ上でお店紹介として書くことが適切かどうか、今でも悩んでいる。ここに導いてくれた友人も書いてほしくないなあと伝えてきた。

ただぼくは、外食することにおいて性善説だし、多くの読者の方も同じ嗜好だと信じている。ゆえ、足を運んでもらいたいと強く願うお店については、どうしても発信したくなる。場所を確保してまで店主を迎え入れた常連の皆様には、ご理解をいただきたく……。

体力的にも大変じゃないかなあとの心配をよそに、平日の営業は、夜型人間を迎え入れる時間的な余裕がある。料理を生業とする方々も、仕事が終わって静かに一息つきつつ適度な刺激も受ける隠れ家として最適だと思う。

お会計の段になり、電卓をたたくご主人がワォと声をあげて、あわてて検算する一幕があった。おそらく合計金額がご主人の予想を超えていたからと拝察するが、それにしても2人で1万円に収まっていた。

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千羽
●03-3780-0285
●東京都渋谷区円山町17-2
●18:00〜翌2:00頃
●日祝休


posted by 伊藤章良 at 18:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 焼鳥・居酒屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月01日

(14)鳥芳 恵比寿

彼女と行きたい。昭和から平成へ

引き継がれる名焼鳥店の三号店

以前雑誌の誌面に、東京には「焼き」大阪には「揚げ」の食文化がある、と書いた。東京は焼鳥に代表されるように、素材を厳選し、串に刺して塩を振って焼くだけ。そのままの姿を丸裸で堂々と提供する潔さが真骨頂だ。いっぽう大阪は、串揚げのごとく、実際の食材はコロモに隠れていて見えず、しかも濃い黒いソースにどっぷりと着ける。中身に何を使っていても「ウマけれゃええやん」との発想である。

これを書いた当時、串揚げ(串カツ)はまだまだ東京で市民権を得ていなかったゆえ、ぼくのコラムも今ひとつ反響が薄かったように覚えているが、大阪の串カツがお江戸でも大ブームの今なら、もっと実感していただけたかもしれない。

ぼくは東京に来てすでに20年。焼鳥はやっぱり東京に軍配が上がると今でも思うし、東京の焼鳥店がミシュランで星を取るまでになって、話題も事欠かない(ワインを置いていれば取れるんだろ、というごもっともな説もあるが)。でも、やっぱり焼鳥は庶民の酒のつまみの代表で、焼鳥「でも」行くか、の「でも」が冴える選択肢でもある。

そんな焼鳥はもちろん大好きで頻繁に通うし、中でも目黒近辺は東京屈指の焼鳥エリアだと密かに熱い視線を送っている。おしゃれ系の焼鳥として今や東京全域を席巻しつつある「鳥よし」も中目黒が発祥。そこで修業をした二人の若い焼き手が、目黒駅の内側と外側に君臨し人気を博している。

ただ、そんなぼくが目黒でもっとも好きな店は、おなじ「とりよし」でも「鳥芳」。権助坂をはさんで本店と二号店があり、煙モクモクの狭い店内に客がひしめき合い、注文の怒号が飛び交い、大ぶりの串がドカンと運ばれる。うまい、やすい、きたない。典型的な昭和の飲み屋ここにあり、である。

この「鳥芳」に通い出したのは、鳥好きを自認するぼくとしては歴史が浅く、多くを語るのは常連の皆様にいささか失礼ではある。でもぼくが紹介したいのは、この「鳥芳」が恵比寿に出した三店目、「恵比寿店」のこと。

長らく2舗でやってこられたので、恵比寿に出店されたときにはとにかく驚いた。しかも恵比寿といっても、フラっと寄りたい駅前ではなく、駅から徒歩10分以上はかかろう広尾との中間に位置する住宅街の中。巷の人気店でいえば「賛否両論」の近く、で想像していただけるだろうか。あの界隈は、有名もつやき店のその前も庶民派フランス料理店のその後も焼鳥だったが、いずれも長くは続かず途絶えてしまった、目黒権助坂「鳥芳」の活気とは対極の静かな場所なのだ。

しかも「鳥芳 恵比寿店」は、ニューオープニングだから当然新装である。というか“まあたらしい”とでも表現したくなるピッカピカの店舗。本店も二号店もオープン当初はキレイだっただろうが、そういった物理的な新しさではなく、焼鳥店として斬新なのである。

まず、焼鳥屋といえば、鋳こした炭をパタパタとはたきつつ串の火の通りを見ながら回していく様が定番。シズル感もたっぷりだ。ところが「恵比寿店」では焼いている場所が客席から見えない。「はい砂肝」と、最初の皿が出されたときには、おもわず「えっ」と叫んでしまった。一体どこで焼いているんだろう……。また、奥にもある厨房では電子レンジのチンという音が頻繁に聞える。「鳥芳」に電子レンジ。もっとも似つかわない。

回りの客とスタッフとの会話を聞くともなく聞いていると、どうやらここを切り盛りするのは「本店」の二代目のよう。若い今風のハンサム君達が実に平成らしい自然体で働いている。焼き手の手元が見えないのもチンチンと音が聞えてくるのも、ここが目黒の「鳥芳」であることを忘れ、ひたすら居心地のいいモダン焼鳥と信じて溶け込めば全くの別世界。新しいコンセプト登場、と納得。

もちろんウレシイことに、値段もメニューもほとんど目黒と変わらない。名物抹茶割りもあるしタタキの歯ごたえのよさも抜群。つくねだけがイマイチなのも残念ながら同じ。

もしあなたがガールフレンドに、「焼鳥に連れて行って」とせがまれたら最高峰の一軒としてオススメできよう。加えて相手が目黒の「鳥芳」に行ったことがあればさらにいい。恵比寿駅からてくてくと、どこに連れて行かれるのだろうと不安になりつつやっとたどり着いても、同じ店名ながらここが目黒の「鳥芳」三号店とは決して想像がつくまい。メニューを見て、たたきを注文して、抹茶割りを飲み、若いてきぱきと動くスタッフの面影を感じ始めて、やっと「あっ」とつぶやくことだろう。

昭和から平成へ。こういった形で焼鳥店が引き継がれていくのを見るのも、2つの時代を生きた酒飲みの特権だな、とひとり微笑むのだった。

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「鳥芳 恵比寿店」
●03-5789-7789
●東京都渋谷区恵比寿2-5-6
●18:00〜24:30
●日休
posted by 伊藤章良 at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 焼鳥・居酒屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする