いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2017年11月01日

(106)渋谷「さかな庵 澪つくし」

人気イタリア料理店が仕掛けた
シェリーも置く注目の魚介和食店

もう10年以上前のこと。
目黒の裏通りを歩いていたら「ランテルナ・マジカ」というイタリア料理店のオープンを偶然発見した。
まだオープンして間もない様子ながら、そこから放たれる熱量はすさまじく、人通りもまばらで周りに飲食店のない立地でも、この店は瞬く間に人気店になるだろうと予感。すぐさま訪問して当時寄稿していた情報ポータルサイトに紹介したりした。

その後、自らの予想通り繁昌店となり、白金台、西麻布、北参道へと姉妹店が広がっていった。他にも「ランテルナ・マジカ」のコンセプトを引き継いだ独立組が数軒あり、その系譜はきちんと把握できていないのが現状だ。このグループの特徴はイタリア語の店名が長いこと。当時はそれも個性として際立っていたものの、昨今長い店名のレストランが増えて一般的となりつつあるように思う。

そして2013年ごろオープンした「ボガマリ・クチーナ・マリナーラ」あたりから、このグループにも新しい特徴が際立ってきた。ショーケースに並んだどっさりある魚介の中からすきな食材と調理法を選ぶ、という注文方法だ。これは、香港でもニューヨークでも、もちろんイタリアにても体験したが、なかなか日本で実現しないのは、せっかちな日本人には魅力やワクワク感を楽しめないからなのかと考えていた。

でも、いろいろな魚を目の当たりにし、解説を聞きながら今日はどれを食べようかと悩み考えるのはとてもエキサイティングだ。加えて、的鯛には体の真ん中にホントウに的のような文様があるとか、金目鯛は実際は鯛の仲間ではないとか、現物を見ながらの魚介ウンチクは面白いほどストンと頭に入ってくる。まさに、注文から調理に至るライブ感、そして出来上がったときの登場感は、文言や写真を見て注文するのとは大きく違うことが確認できた。。

店側も、きっちりと食材を見せて鮮度も訴えつつそれを料理するわけで、手抜きや失敗は許されないリアルな状況に置かれ、緊張もするだろう。一匹一匹個体差のある魚介ばかりを扱うわけで、料理人にも柔軟性や対応力が要求される。

「ボガマリ・クチーナ・マリナーラ」は、レストランを愛する客にとって申し分のないイタリア料理店だったが、コンセプトはそっくりそのままに、今度は日本料理をやるという。それは期待倍増である。イタリアと日本はよく似ているといわれるように、魚介を好むし料理の種類もバリエーションも豊富だ。

お店の名前は「さかな庵 澪つくし」。長いイタリア語の店名が定番だったはずが、日本語となると一気にシンプルで分かりやすくなった。飲食を知り抜いたメンバーによる満を持しての展開だろう。入口から店内への隙のないアプローチ。ダイニングも明るくゆったりとして入った瞬間から寛ぎを確信する。もちろん最初に目に飛び込んでくるのは、魚介がどっさりと並ぶショーケースだ。

イタリア料理の場合カルパッチョ以外は基本火を入れて提供する。それか日本料理となるとお造りが花形である。つまり、より高い品質や鮮度の魚が求められるわけだ。まずは刺身から吟味。話を聞きながらチョイスする。みな魚の目がきれいに澄みヒレもピンとしていて、素人目にも新鮮さは伝わってくる。

そして火を入れた料理へと続く。こちらもイタリアンの姉妹店だけあって、素材のよさを認識しながらも、さらに手数や組み合わせを工夫した展開。いぶして薫香を付けたりキノコに巻いて串焼きにしたりと、総じていえばラテンな感覚の和食店なのがうれしく、この店の最大の個性と言えようか。

酒はオーナーの出身が広島、料理長が青森だそうで、キッチリと広島青森産が並ぶ。種類はさほど多くはないが、いずれの県も日本酒の産地として名高いゆえ十分なラインナップ。そしてワインはもちろんシェリーの、しかも特に魚介との相性がいいとされるマンサニージャ ラ・ヒターナを置いているのはうれしかった。つい先月、サンルーカル・デ・バラメダを訪れ、大阪にもいたことがあるというイダルゴ・ラ・ヒターナ社長とお目にかかってきたばかりだ。実はスペインから戻って最初の日本料理にここを選んだ。すると訪問した蔵元のシェリーに出会えるというご縁もいただいたのである。

「魚庵 澪つくし」
●東京都渋谷区渋谷2-10-6 山田青山ビル 1F
●03-6427-1205
●12:00~14:00(LO13:30)、17:30〜24:00(LO22:00)
●日休
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2017年01月01日

(97)新橋「割烹 山路」

今年も期待。大人の作品を描く
若き日本料理人

あけましておめでとうございます。
今年もどうぞ宜しくお願いします。

そろそろ、この新・大人の食べ歩きも100回を数えるということで、書き始めた当初はいろいろと方向性を模索していたものの、最近は自分が書きたいことを比較的完結に書けるようになってきたかなと感じています。少しずつブレイクスルーした自分を、今年もこのページに表現していきたいと思います。

TBSのバラエティ番組で、数枚の絵をパネラー見せてその中で一枚だけ何億円もするものを当てるというコーナーがある。ぼくもテレビを観ながら考えるが、絵の質感や色がテレビだとよく分からないこともあり、何億もする絵画を当てるのは相当難しい。もちろん回答者も外す人が続出する。しかも、その高価な絵画以外は小学生が描いているとの種明かしもある。今の小学生ってすごいなといつも関心しっぱなしだ。

さて、最近特に料理の世界で思うのは、ああ、このお皿って、たいへん上手に描けた子供の絵と同様だなと感じるケースが頻繁にあることだ。特に和食系に顕著。加えて言えばそんな子供の料理に何万も出す人の多いことか。

子供の絵と何億もする芸術作品との違い、それは、キャンバスの中にどれだけ無駄がないか、その中で可能な限り取捨選択、いや引き算ができているかだと考える。概念的には分かっているものの、四角い中にそれを見つける能力や経験は自分にはない。いっぽう料理の世界では、経験だけは長年積んできたので、これは子供の上手な絵なのか、きちんと大人が描いた作品といえるのか、そこに高額の価値があるのか。ある程度判断できるような気がする。

2016年を振り返って、東京の日本料理店で大人の作品だなあと強く印象に残ったのは新橋の「割烹 山路」。意外にもかなり若手の料理人だった。
店は烏森神社脇の飲食店街、ビルの2階である。つい先日まで別の形態の店が営業していた空間をそのまま引き継いでいるようにも見え、店舗からは料理人本人の個性や主張はほとんど感じられない。あえて言うなら、「山路」という暖簾ぐらいだろうか。

そんなシンプルな環境下で食事はスタートしたが、皿が自分の前に置かれるたび、静かに心が震えるような感動を久しぶりに経験した。店主はこれと決めて入手した食材をさらに一つ一つ吟味し、食材を際立たせる調味料を自作し、それ以外は何も加えず足さず仕上げる。今日は魚河岸にすごくおいしそうなハタハタがあったのでと、シンプルに焼いて供するが、見たこともない大きなハタハタで身は締まり、たっぷり卵も詰まっていて別種の味わいがあり、そこにほんの少し添えられたオリジナルの調味料との組み合わせで、シンプルな焼き魚にも3度の楽しみをもたらす。

料理人もそれを紹介するライターも「食材の持ち味を生かす」と安易に表現するが、基本的に食材の持ち味を生かせなくてはプロの料理人ではない。ぼくたちは、食材の持ち味が生かされた次の段階を心待ちにしているのだ。単に持ち味をいただくなら、わざわざ料理店に足を運ぶ必要はない。

たとえば、とても渋い野菜があったとして、ほんの少しの調味料や調理技術でその渋さを損なわず、逆に上手に印象づけながら美味しいと感じさせる。食べ手側は、「え、何か手を加えた?」と首をかしげるぐらいな引き算のなせる技。「割烹 山路」の料理にはそれがあった。

若いながらも彼のなかに、きちんと食材そして調味料が整理されていて、一皿一皿それぞれの戸棚を開いて提供するのだろう。高級品や希少品を乱暴、いや無謀に組み合わせて豪華に皿に盛り付け、客の舌よりは情報が詰まった左脳にのみ働きかける。さあどうだと眼前に置かれても、それはやっぱりたいへん上手な子供の絵なのだ。そこにぼくは技も洗練も魅力も愛情も感じることができない。

清酒の選択も彼らしい。自分は酒のことがあまり分からないので、二軒の酒屋さんに対し、コースの最初、中盤、ラストに合うとの観点で三本持ってきてくださいとオーダーするそうだ。「割烹 山路」には二軒の酒屋が競う銘酒が、マリアージュも考慮され常に6本揃っている。実にクレバーなやり方だと思う。

食べてこそ美味しい、それは食べた本人だけしか味わえないからこそ価値がある。将来が楽しみな店との出会いは、客自身をも若返らせる。

「割烹 山路」
●東京都港区新橋2-9-12 フロンティアビル 2F
●050-5590-8896(専用予約)
●12:00〜(なくなり次第終了)、18:00〜23:00(L.O.22:00)
●日祝休
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2016年11月01日

(95)南青山「いち太」

締めは秀逸のそば。東京らしい日本料理を

踏襲する若き主の攻めの舞台

日本料理は、そこに訪れる客の潜在意識として、京都の料理、つまり京料理とのイメージが強い。関西にも東京にも暮らしたことのあるぼくは、その両方の良さや残念な面を多数体験し私見も持っているが、一番残念に思うのは、日本料理に限って言えば、東京の人はあまりにも京都の匠を神格化しすぎで、京都はまたそんな東京を自分たちより下に見て(あくまで日本料理の世界に限るが)、利用しようという意識が感じられる点だ。

東京から関西方面、特に京都の高級割烹に大挙して訪れ、それが京都での一大マーケットを形成する。京都を神格化している美食家たちは、掛け値なしにうまいすごいと言いつつ高額の支払いをするので、京都にとってはそんなありがたい客はいない。というのも、京都のハイクラスな客層である旦那衆の目は極めて厳しいからだ。「宵越しの金は持たない」とひと晩で散財してしまう江戸の気質と、お金は穢いものとして財布すら持ち歩かない旦那衆とでは、そもそもの立脚点が異なるわけだ。

さらに京都における勘違いを上げれば、例えば薄味とかで画一的に括られるような料理ばかりではないこと。さらにダシが決め手としても、その味わい、香り、うま味すべてにおいて、店主が調味料をどのように使うかとの最終判断はバラバラ。相対的にみれば確かに塩は控えめと思うが、それも習慣や気候風土の問題で京都全体の決まりごとではない。また、祇園の「ユキフラン佐藤」のように、東京の「和幸」で修業をして京都に独立の場を求めた料理人もいて、ぼくが思うには、「京都の料理」と一元化することはかなり困難で、実際は玉石混交なのである。

ただ、東京人の京都信仰もあってか、東京には「京味」に代表されるように京のつく料理店が多い。そしてその料理店のほとんどすべてが京料理ではない。
ぼくが京料理ではないと思う最大の理由は、もちろんきちんと京料理を修めた優れた料理人ながら、東京の人たちに好まれるよう密かに、もしくは堂々とアレンジをしているからだ。

たとえば甘味。京都の場合、塩が強くても弱くても、甘味に対しては一定の基準や申し合わせがあるのではないかと勘ぐるぐらいに安定している。というか、料理の中に出る甘さという味覚は、素材本来のもの以外ほとんど感じさせるつもりもないとさえ思う。いっぽう東京で食べる日本料理には、どこかに甘さを感じるケースが多く、それはきっと関東の人たちがその点を好むからなんだろうなというのが、両方で暮らしたぼくの経験だ。

なので、京都や関西圏で修業をしても実際のマーケットを意識して甘味を加えるなら、初めから東京の地で育まれた日本料理を、きちんと京料理とは違うカテゴリと認識しながら食べる方が愉しいし間違いないと考える。

そして、東京の日本料理だなあとつくづく思う店に、銀座と新宿御苑にて営む「矢部」がある。「矢部」には、新宿御苑の前で、今はお弟子さんの「せお」になっている場所にて開業した最初のころから通っているが、その場所を譲り受けた「せお」をはじめ、西麻布の「豪龍久保」と、大変優れた東京発らしい料理を提供する独立組があるが、今回取り上げるのは「いち太」である。

「いち太」は南青山の奥、どちらかというとアパレルやファッション関係のブティックや会社が集まってそうなエリアにあるが、この界隈にはポツポツと光る飲食店も存在する。メトロの最寄り駅からは少し離れていて、しかも、外苑西通りを下るというロマンチックなアプローチもあり、カップルでぶらぶらと歩きながら訪れるにもふさわしいエリアなので、できればタクシーを使わず、最寄駅から徒歩で訪れたい。

「いち太」は、入口が判別しにくい比較的大きなビルの一角にある。もちろん暖簾もでているが、初めて訪れたときビルを一周してしまった。
店に入ると、いかにも若い料理人がきびきびと働けそうな機能性や効率のよさを秘めたバランスのいいレイアウト。昨今の和食系に見られる画一的な照明やカウンターとは異なり、奥行きと可能性を蓄えた感じが好みだ。

もともと「矢部」の最初の店は大変狭く、狭い厨房に若い衆がひしめき合っていたので、より「いち太」が広く見えるといこともあるだろう。
店主は若く、若々しく、声にも張りがあり歯切れがいい。カウンターなど対面式の料理人には願ってもないキャラクターだ。同業者、客を問わず、先輩にも後輩にも好感を持たれるタイプで、料理が出てくる前にすでにすっかり魅了されていた。

料理人にはもちろん様々な型があるが、店主は常に前向きに攻める派。ひとつひとつ丁寧に料理や食材に対し言葉を費やすことを厭わない。それをよしとするか否か。べらべらしゃべるのは言い訳や自信のなさとも受け止められがちだ。それゆえある程度好みに分かれるとこだが、店主の受け答えはそれをよしとするに足る誠実さと意欲、なにより食材への愛にあふれていた。

前述の「豪龍久保」もそうだが、「いち太」も修業先のテイストを感じさせられる部分はほとんどない。総じて修業先からのブレイクスルーに成功しているからこそ独自性が見つかるのかもしれない。ただ「いち太」は、最後にそばを出す。そのそばのあまりのうまさに驚き唸る。表現はあまりふさわしくないが、今まで食してきた料理のすべてを忘れそうになるぐらいなのだ。

修業先の「矢部」もコース料理の最後にそばを出しランチタイムはそばを中心にした展開である。その点だけは修業先のままを貫く(ランチのそばはやっていないが)。そして自分も、そのこだわりが東京における日本料理の魅力とオリジナリティではないかなと考える。

京料理を想起した場合、最後のご飯に栗や豆などを使用し一番の甘みを感じたりすることも多い。いっぽう、最後をキリッと辛口のそぱでしめる。まして様々に飲み食いしてきた後の麺ののどごしの快感は誰もが頬を緩めることだろう。
それを「いち太」が踏襲した点も、東京で日本料理を営む上でのある種の匂いを嗅ぎ取っているのではないかと感じた。最後の炭水化物はご飯である必要はない。まして、そば打ちに対する見識も技量も一流とあらば。
そば屋でもないのに、あのそばをもう一度食べたい。そんな再訪動機もまた、食べ手にとっては重要なのだ。

「いち太」
●東京都港区南青山3-4-6 AOYAMA346-1F
●03-6455-4023
●17:30〜LO21:00
●日祝休
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2015年12月01日

(88)金沢「鰯組」

かの主が自身のリセットに訪れる

金沢の隠れた名店

北陸新幹線は、今年のヒット商品番付ナンバーワンだそうである。そんな話題の高速鉄道に乗って、金沢に行ってきた。

すでにたくさんニュースになっているのでご存知の方も多いと思うが、JRの金沢駅には度肝を抜かれる。入口にそびえる巨大な鼓門、そしてバス停での長蛇の列……。金沢に陸路で入るのは、もちろん初めての経験。
JR金沢駅自体通過点に過ぎなかったり、小松空港からタクシーで移動した経験しかない自分には、まさに最初から異次元。ただその駅前も、見慣れてくると、なんだか札幌にも福岡にも似てるように思える。JRのターミナル駅って結局このような形でしか帰結しないんだなあと、今さらながら気づかされる。

いろいろと話を聞いていると、特にタクシーの運転手さんや料理店の店主から耳するのは「格差」である。大量に人が入ってくることにより、大型バスを止めて誘導しやすい名所、例えば兼六園やひがし茶屋街や近江町市場等ばかりに集中。宿泊は、繁華街の中心にいくつもそびえる異常に高い「アパホテル」は避け金沢駅前を選ぶので、飲食店は金沢駅前ばかりが栄えはじめ、香林坊と呼ばれる旧来の繁華街から人を奪っていく。
名所のひとつ、近江町市場にも訪れたが、一杯三千円もする海鮮丼の店にも長蛇の列。丼によそったゴハンの上に刺身を載せるだけの何の調理もない料理に……と、観光地での金銭感覚に天を仰ぎたくなる。

かと思えば、金沢に来たからには、もうすぐ閉店する「小松弥助」に行かなきゃとか、鮨ならやっぱり「めくみ」だよとか、今からでも「乙女寿司」なら取れるかもと、多数の囁きが聞こえてくるが、何カ月も前から必死で予約を取り、スタンプラリーのように訪問したことだけで満足するグルメコレクションには、最近まったく興味がなくなった(以前からなかったですが 笑)。

そして目指すのは「鰯組」。金沢に来て、なぜ鰯料理店? しかも、なんとベタな店名。ノドグロやブリやガス海老を食べなきゃ。思いは同じなのか、店に向かうタクシーの運転手さんにも、どこか別の店を紹介するとまで言われた。もちろん食事は一回ではないので地の魚介に接する機会もゼロではないが、何しろメインイベントは、この鰯料理なのだ。

この店に魅かれ目指したのは、ひとつ理由がある。日本ジビエの大家とも、鮒ずしをはじめとする発酵の錬金術師とも称される名店のご主人が、金沢に行くと必ず立ち寄る店としてご紹介をいただいたからだ。
そのご主人は、ご自身をリセットする目的で、金沢に来ると必ずこの店を訪ねるという。

「鰯組」、入店すると、小道具や調度品にちょっと工夫を加えた、と居心地のいい居酒屋風情。二階もあるのか、二階から宴会のさんざめきが聞こえるが、一階のカウンター席は、一人客も多く静謐そのもの。カウンターの向こうも、寡黙に作業する料理人が、まな板と包丁の音でハーモニーを奏でる。

実にいさぎのいい見事なメニューだ。すべての料理のどこかにイワシ。刺身の盛り合わせにはイワシ以外の地の魚も入るようだが、それには目もくれず、まずは、イワシの刺身、たたき、南蛮漬け。そしてイワシと大根煮、イワシのコロッケ、なんとイワシ餃子まで。聞けば、鮮度を重視する料理については近海のもの、それ以外は別の地域と、イワシ自体も使い分けているという。

これらのメニュー、本当にイワシという一つの食材から出来上がったのかと首をかしげたくなるぐらい、個々に異なる味わいがあり特徴が顔を出し、そしておいしさが追いかける。その道を極めた料理人が、自分をリセットしたいと、そんな哲学的なことを念じるまでもなく、マジックを見ているがごとく不思議で愉しくて、そして確実に笑顔になる味がそこにあるのだ。しかも、たたきも南蛮漬けも餃子もコロッケも、イワシから作ったというより、もともと存在する料理がベース。普通にその味を確認しながら最後にイワシが登場する。いずれも、いい意味でイワシが強く主張することがない。ゆえにイワシ独特の臭みが嫌いな方も、何も気にせず、ホントにイワシ料理なの? と首をかしげながら愉しむことができよう。

圧巻は、「いわしいしるラーメン」。古くから加賀地方に伝わるイワシでつくった魚醤「いしる」をかえしに使い、干しイワシでダシをとったという。おそろしくうまい。すべてのラーメンフリークに体験いただきたい、魚介系スープの概念が変わる逸品である。

すべてイワシの料理でありながら、前述したように、どれを食べても違うテイストなのに加え、付け合せの生野菜にもすべて違うドレッシングが使われていて、思わず野菜サラダを追加注文した。もちろんこのサラダのドレッシングも新しい味覚だった。

すべてのメニューを制覇したくなったが、それにはさすがに体がついていかない。それでも目の前に作り置きしてあるイワシのばってらは食べてみたい。聞けば持ち帰りも可能という。そしてこのばってらが、翌日のぼくの最高の朝食となったのは、言うまでもないだろう。

「鰯組」
●石川県金沢市片町1-7-13
●076-224-1493
●17:00〜23:00 (L.O.22:30)
●日休
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2015年10月01日

(86)麻布十番「赤星とくまがい」

ニューヨークから凱旋帰国したふたりが奏でる

日本酒と料理が出会う「今」の形

そろそろキノコが出始めるという素敵な季節に、スペインのミシュランガイド三つ星店を4軒回ってきた。
とある店のメニューに「UMAMI」とあったのでその意味を問うと、人間の舌が持つ4種の味覚、酸味、甘味、苦味、塩味のそれぞれから総合的に感じられる味覚と店側は説明した。ぼくの記憶では、20世紀初頭に日本人が発見したグルタミン酸が、うま味という五番目の味覚と理解していたが、どうやら異なる説のようだ。試してみたその料理を大雑把に表現すれば、それぞれの4種の味覚が感じられる食材が皿に並べられ、別添えされたトロロ昆布をそれに絡めて食べるという趣向だった。うま味が何かはご承知のようである。
また別の店では、どう考えてもシメサバとしか思えない切り身の上に大量にゴマがふってあって、ゴマサバかと突っ込みたくなった。パリで立ち寄ったネオビストロのメニューにも、ゴマ塩の文字があった。その店のメインデッシュのソースには豆豉が使われていた。

和食とは、もうすでに箸を使って食べる場合の料理でしかないのかもしれない。
といつつも、先日テレビの食レポを見ていたら、おバカタレントと称される十代後半の女性が、箸で食べるのが苦手なのてフォーク使いまーすと言って、和食をフォークで食べていた。

そんな世の中だから、ニューヨークで長く日本酒バルをやっていた方が日本に戻って、ニューヨークさながらの店を出すという流れも、ごく普通の出来事なのだろう。今回紹介する「赤星とくまがい」は、まさにそんな空間である。

赤星とくまがい、つまり赤星さんとくまがいさんとで始めた店ということだ。赤星さんが清酒のソムリエで、くまがいさんは料理人。ともにニューヨークで修業というよりは、お互い第一線で、しかもかなり長期間働いていたそうだ。
シェフ・ソムリエそれぞれの名前を店名にして、もし喧嘩別れしたらどーするんだろうと友人は言ったが、それを払拭するような暖かくて優しく包み込むような人柄が、赤星さんの第一印象だった。

麻布十番の真新しい飲食ビル最上階にある「赤星とくまがい」は、皿数によって分けられているいくつかのコース料理と、それに合う清酒をペアリングで提供するというのが基本スタイル。内装は基本的に洋風だが、壁一面に清酒蔵のラベルデザインが何種類も貼り出されるという異次元。つまり洋風のカウンター席に座り顔を上げると、まるで清酒居酒屋さながらのラベルの漢字やひらがなが圧倒的な迫力で目を奪う。清酒居酒屋では気づかなかったが、清酒のラベル文字にここまでの美しさやデザイン性が秘められていたのかと驚く。まさに逆輸入といった表現がふさわしいが、そこに違和感は存在しない。

料理も、まったく何料理なのか判断がつかない。というか、そんな無粋な考えは「赤星とくまがい」を楽しむなかで、すでに捨てている。くまがいシェフはニューヨークのイタリア料理店にいたそうだが、それを感じさせるヒントは、いい意味で見つけられなかった。イタリアンのシェフという前に日本人なのである。

ここは日本で清酒の国。赤星さんから、なぜこの料理にこの酒を合わせたのか、なぜこの温度にしたのか、そしてなぜこのグラスを選んだのかなど、熱意のこもった丁寧な説明に納得しつつ杯を合わせると、料理の一つ一つと清酒との国際結婚は理想的な形で成立する。さらに、微妙な温度管理から様々な形のグラスまでを吟味して提供する姿は、ソムリエという言葉で片付けたくはない、日本国の酒を極限まで見極める伝道師とでも言いたいイメージだった。

冒頭にも書いたが、料理や酒に国別地域別みたいな仕分けはすでにない、いちいち考えること、いや、問題意識を持つこと自体もナンセンスだと思う。
純粋に、日本の英知・世界の英知をぼくたちの五つの味覚で感じとり、感動や未体験や、時折違和感も交えた世界について席を隣り合わせた同士で語り合う、それがあたりまえに楽しめる時代になってきたことを、「赤星とくまがい」がさりげなく教えてくれた。

さて、壁一面の清酒のラベルデザインをみながら、ふと不安になった。
すかさずぼくは質問する。
「この壁に貼られた蔵は、時々入れ替わるんですか」
すると赤星さんは少し困りながら、本当はそうしたいんですが、実はこの壁面を製作するのに大変なお金がかかるんですよ……と照れた。

「赤星とくまがい」
●東京都港区麻布十番3-3-9 COMS AZABUJYUBAN 7F
●03-6459-4589
●18:00〜翌4:00(LO翌3:00)
●日休
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2015年01月01日

(78)恵比寿「おやまだ」

あえて鶏料理と清酒で硬派に味わう。

男前の主人が仕切る女性が憩う和食店

あけましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします。

さて、最初に少し告知です。百年後にも存在していてほしいとぼくが願う料理店、という縛りだけで選んで紹介しているシリーズの第三弾が出来上がりました。『幸せになれる43の料理店 ―東京百年レストランIII』です。第三弾では以前にも増して、それぞれのレストランから感じる「継承」をテーマに据えて書き込み、序章では、ぼくのレストラン訪問や執筆に対する「こだわり」を改めてまとめてみました。どうぞよろしくお願いします。では、今月の店へ。

ぼくは、書くこと以外に、日常はイベントプロデュースという仕事をしている。イベントや各種ステージを展開していくなかで、モデル、コンパニオン、ナレーター等を派遣する事務所とのかかわりがある。きれいな女性と一緒に仕事ができていいですねともよく言われるが、実はそんな甘くやさしいものではない。

バブルが終わってすぐのころだったか、女性の人材を抱える事務所が「ざんぐり」という居酒屋も経営していることを、その事務所からの年賀状で知った。長い間行きたいなあと思いつつも結局叶わずだったが、そこと同じ名前の店のオープンを偶然に見つけ、早速訪問となる。

まずは店主の男前ぶりに驚き、料理の力量、人柄、そして清酒にたいする知識と情熱に惚れ込み、しばし通うようになった。その後の経過はここでは割愛するが、「ざんぐり」の店主だった小山田さんは、晴れて恵比寿駅に独立開業を果たし、「おやまだ」という日本料理と酒の店をスタートさせた。立地は、恵比寿駅西口から、線路沿いの急な坂をハーハーいいつつ上がっていくとすぐ。西口に7時で待ち合わせをしても、7時の予約で十分お店に失礼はない。

今までの小さなカウンターのイメージからいうとかなり広く、小上がりとテーブル席が中心となっていて、どちらかというと多品種の酒よりは料理に徹する決意の現れとも感じられる。いずれにしてもぼくはカウンターを所望し、背中に女性グループの喧騒を受けながら陣取ることにした。

小山田さんが勤めた以前の店は、モデル事務所が経営しているといいつつスゴく硬派な印象があったので、この女性客の多さ、女性に支持されているさまには少々面食らう。しかも、「おやまだ」のウリである清酒、焼酎に手が出るわけではなく、ゆず酒やワインといった「逃げ」で置いてあると思えるアルコール類のオーダーが飛び交う状況にさらに疑問符が付く。

自分が勝手に硬派だと思っていた小山田さんの店は、すっかり恵比寿西口界隈で働く女性の憩いの場となっている様子。そして、改めて気づいたのは小山田さんの男っぷりだ。店主のルックスが全てと思わないが、なるほど女性客を集める重要な要素なのだなと感心する。そういえば、オープン当初はほとんど誰にも気づかれず、いつでも入れたし清酒や焼酎をなめているオッサンばかりだったのだが。

「おやまだ」の店主は、恵比寿という土地柄を愛し恵比寿にこだわり続けた人というイメージが出来上がっているので、この地にこんな隠れ家的なステキな店を開けば、酒を飲まない客で満席になるだろうとはわかっていたと思えるが、きっとそれも含めての「おやまだ」なのだと解釈することにした。

料理は、「和食 おやまだ」と名のるだけあって、新鮮な刺身を中心に魚介が豊富にそろう。酒肴としてへしこなんかも置いてあり、清酒党なら目を細めるであろう。ただぼくは、ここでは鶏と決めている。「ざんぐり」時代のメインは鶏で、ご主人がいつも鶏をさばいていた記憶が強いし、その当時から魚というよりは鶏に合う強めの清酒に重きを置いていた。いっぽう「おやまだ」のメニューは、客層も鑑みて広い範囲に揃えている様相。その中での鶏料理は、ちらっと見ただけでは埋没しているようにも感じてしまうが、ぼくにとっては砂金のように輝いている。

とびきり新鮮な品を生で扱うだけではなく、塩麹、昆布、バルサミコ酢等で一手間かけたものがさらに秀逸。またモノが最上級なので、あぶり焼きや唐揚げにしても、普段定食屋のランチなどで口にするものとあまりに違い、そのジューシーさに脱帽だ。

当然、酒は清酒しか目に留まらない。鶏料理は、比較的塩が強くタレなどの濃い味付けもあるので、どちらかというと焼酎派だが、こと「おやまだ」では、そもそも鶏に合う清酒がご主人の眼力を通じて揃えてある。あとは、相談しながらそれをどのように組み合わせるだけだ。

少し心配なのは、というか老婆心ながら清酒のメニューに価格が書かれていない。その意味を尋ねることができなかったが、清酒の価格が書かれていないので、キチンと値段が書いてあるゆず酒やワインを客は選ぶのかもしれないと感じた。加えて相当の地酒猛者ではないと、この店のラインナッフには食指が動かないだろう。でも重ねて強く言いたいけど「おやまだ」では清酒である。

もうひとつ。「おやまだ」のエントランスに掛かる暖簾には、クラシックともモダンとも判断のつかない、極めてカッコいいロゴが染め抜かれている。山の形を表す図形の下に田を意味する地図記号。こんなところに垣間見るセンスの良さも「おやまだ」の魅力といえよう。

「おやまだ」
●東京都渋谷区恵比寿南1丁目13−11 ヴェール1F
●03-6412-7566
●18:00〜23:00LO(月〜金)、18:00〜21:00LO(土)
●日休(祭日・祝日は要確)
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2014年05月01日

(74)滋賀「湖里庵」

琵琶湖湖畔で日本食文化を継承する

創業230年の料亭の圧倒的な存在感

狐狸庵先生、遠藤周作。違いがわかるオトコの……、というCM、ご記憶だろうか。インスタントコーヒーながら、実は高級品であることを印象づける優れたメッセージ広告だったと思う。

その狐狸庵先生 遠藤周作が愛した料亭が、琵琶湖の湖北マキノ町にある。先生はエリア一帯を奥琵琶湖と称するのだが、その店は立地にちなんで「湖里庵(こりあん)」と呼ばれ、まさに、狐狸庵先生が命名した。遠藤周作は北欧を愛していたそうで、湖の際に佇む「湖里庵」からの眺めが、小さな北欧もイメージしたという。

琵琶湖というと日本で一番大きな湖で、もろこや鮎といった淡水の魚介に恵まれ、東側の湖畔には近江なる商人の町が形成された。そんな一般的な琵琶湖イメージと直結する東側と異なり、「湖里庵」のある湖西・湖北は、のどかで自然が残る地域ながら、琵琶湖畔の美しさは随一。別荘が立ち並ぶ砂浜はリゾートの海岸線を想起させる。

いっぽう、マキノ町のエリアは古い町名を海津といい、若狭湾の海の幸を京都に運ぶ間の要所として栄え、一体を鯖街道と呼ばれていた。上記したような別荘地の一面と同時に、古くからの作り酒屋や佃煮屋などが軒を連ねて、日本の原風景を感じるすばらしさも同居している。

「湖里庵」は、そんな一角にひっそりと位置し、古い町並みにしっとり溶け込んだ抜群の風情。地元の特産である、日本古来の発酵食品「鮒すし」を中心とした店舗販売と料亭の二つの構えで、実に創業230年を数えるという。

お部屋に通され席に着くと、眼前に広がる湖畔の風景と遠方の緑、そして界隈では今年最後の桜。それはもう、瞬間的には息を呑みつつ時間が経っても飽きることのない日本の美。日が傾くにしたがってゆっくりと辺りが闇の中に溶け込んでいくさまも、その変化の妙だけでご飯をいただけそうだ。

といっても、やはりこちらの名物は伝統の鮒すし。鮒寿しとは、琵琶湖で獲れる上質のフナの内臓を抜き取り、飯を詰めて発酵させた、この界隈に古くから伝わる保存食。文字通り寿司の原点とも言われている。確かに強い発酵臭はあるが、匂いのデータ的には納豆とほとんど変わらないそうだ。

「湖里庵」にて鮒すし懐石を選ぶと、それぞれの皿のいずれかの場所に必ず鮒すしを入り込ませた、すばらしいコース料理が供される。ひとつは鮒すしの形そのものを残し、あるいは甘露煮にしたりチーズを巻いたり。一方、単なる香り付けだったり、パスタと絡めてソースに使われていたり。最後はお茶漬けの材料として効果的に〆られたり。

アイデアの豊富さ、熟練した皿の構成、そして、食べ始めはけっこう香りが強くて初めての体験だなあと逡巡しつつも、どんどん鮒寿しが好きになり最後にはクセになってしまいそうなコースの流れ。鮒すしという強烈な個性がここまで変化に富んだ料理の主役となるさまに唸りっぱなしだ。

酒は、道を隔てて斜め前にある吉田酒造の「竹生嶋」。「湖里庵」の鮒すしを洗うものと同じ水を使って醸したという。まさにこれしかないというハマりのチョイスである。

滋賀や岐阜あたりは、熊や雉、鴨といった日本のジビエを食べさせる料理店、料理旅館がいくつかあり、特に素人投稿サイト等では好評を博しているようだ。

それらも確かにすばらしいが、「湖里庵」は圧倒的に異なる存在である。

野山で獲れた食材ありきの料理に比して、古くから培って来た地元の加工品に新旧様々な手法を用い創造性豊かなイマの料理に昇華している「湖里庵」の形は、フランスやスペインの、都市部でなく地方というより片田舎にて独自に形成された、たとえば「ミシェル・ブラ」や「レジス・マルコン」といったオーペルジュを想起させる。

なによりも、日本の文化と伝承を感じる大人の店である。

「湖里庵」
●滋賀県高島市マキノ町海津2307
●0740-28-1010
●11:30〜13:00 17:00〜18:30 (予約制)
●火休(祝日の場合は営業)
http://www.korian.net/
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2014年02月01日

(72)銀座「明日葉」

レストラン評における“ぼく”の核を支え続ける

銀座の隠れ家割烹

ぼくは、このサイトの大家さんとの出会いがきっかけで、90年代後半から雑誌に寄稿するようになった。その後、情報ウェブサイト等にも広く記事を書く機会を経て、『東京百年レストラン』という、新規オープンや話題の店ばかりを追う料理マスコミやブロガー、レビュアーとは一線を画する、百年続いてほしいと願う独自の視点で選んだレストランガイドをシリーズで上梓するに至った。

今回は、自分が雑誌に書き始める以前から定期的に通い、雑誌やウェブサイト等で折に触れて紹介して来た思い出の店を改めて取り上げてみたいと思う。

その店「明日葉」は銀座一丁目にある。ご承知のように銀座の飲食店は、晴海通りを挟んで新橋側と京橋側では異なる顔を見せる。新橋側が夜の街になのに対し、京橋側は、銀座としながら「三州屋」に代表されるような庶民的な店も多く、かつ新橋側よりは飲食店の密集度が低いので「食べ歩き」の楽しさもある。

そんな一角、ビルの三階に「明日葉」は今日もひっそりと営業している。京都で修業し、本人曰く京都にいられなくなって東京に流れ銀座で旗を上げた。ぼくが東京に移ってきたとき、すでにこの店はあったので、少なくとも25年以上、銀座という地で営業を続けておられることになろうか。
若いスタッフがいた時期もあったようなような気もするが、調理はすべて店主ひとり。手際・機転・アイデア・経験、そのすべてをフル活動させて、カウンター10席とテーブル3卓分の厨房を切り盛りしている。

そんな孤高の料理人ゆえ、味も20年来ほとんど変わらないし、銀座の地においてもなお、完璧な京都なまりである。昔はキッチンでタバコを切らすことのないスモーカーだったが、今はすっかりやめて、その分顔色もよくなり、「毎日しんどいわー」と軽口をたたきつつも、健康的なイメージすら出てきた。

昔から、冬の時期に味わっている店の定番料理に「ぶりシャプ」がある。文字通り、ブリのしゃぶしゃぶ。今はブリ以外にも魚の切り身をしゃぶしゃぶ形式にして食べる料理を散見するが、20年前の当時はかなり新鮮だった。しかも、しゃぶしゃぶというと、薄い牛肉をさっと湯通しして・・・の印象から、ブリもそのように薄いものかと想像するが、「明日葉」のブリは分厚く、湯通しという感覚よりは湯洗いが近い。表面のみを強火で焼いて味を閉じ込めたステーキのごとく、噛めば、閉じ込められたブリ特有のうま味が口中に広がり、刺身でも照焼にしても引き出せない隠れた魅力を発見することになろう。これぞ出世魚の最終形と感嘆するに違いない。

もうひとつの特徴は、一握りの牛肉が「ぶりシャブ」に添えられていること。ブリを食べ終えた後のダシに改めて牛肉を投入。その対比は絶妙で牛肉のミルキーさが際立つのがおもしろい。

今回「明日葉」を紹介するに当たって、10年前に書いた紹介記事を読み直してみた。多少文章の表現力はついたかなあと思うものの、書いている内容はほとんど同じだった。これは、店が不変だからなのだと、いい方向に解釈することにしたい。

なお、最近とてもステキな「明日葉」のウェブサイトができて、食べる前後に目でも楽しませてくれる。でも、20年以上店主を知っているぼくは、そのウェブサイトのできばえに一番驚いている。

http://ashitaba.org/

「明日葉」
●東京都中央区銀座1-5-1太陽ビル3階
●03-3564-4675
●11:30〜13:00、17:00〜24:00
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2013年05月01日

(64)京都「割烹 たいら」

京都観光はここで十分と思わせる

スピリチャルでトラディショナルなパワー溢れる割烹

ずいぶん以前だが、高名な料理評論家の方が「本格的な日本料理のだしの味を知るために、毎月京都の同じ店に一年間通い、その味を会得した」と、何かに書かれていて、なるほど! と思った。そして、自分もダシの味がわかるようになりたいとの一念で、その店を久しぶりに再訪したことがあった。古い出来事なのであまり詳細な記憶はないが、ぼくはその店で上記の料理評論家の言葉を、恐れ多くも店主にぶつけてみた。すると店主は、「だしの味がわかるヒトになるより、店からも愛される客になってください。うちの店は、毎月毎月一年通っても、その後まったく来なくなる方は客ではない。毎年一回でもいいから十年以上通ってくださる方が当店のお客様です」と言われた。

この言葉に強く感銘を受けた。そして、ぼくが『東京百年レストラン』という本をシリーズで著そうと意図した原動力となっている。つまり、料理店にとっては、一時に続けて何度も来る人より、末永く愛し末永く通ってくださる方こそが自分たちのお客様だ、という気持ちを持って営業されているということを再認識したからだ。

その言葉を受け、ぼくはその店に毎年通った。ただ大台を迎える前に、なんとなく気持ちが離れその店から遠ざかってしまうことになった。最大の理由は、その店がミシュランで三ツ星を獲得したからだろうと思う。まったく店の責任ではないので恐縮至極ではある。でも、ぼくにとってのミシュランとは、そこまで程度の低いものなのだ。フランス料理店についてはさほど感じないけど、ミシュランで高いランクを獲得している日本料理店には、その評価基準に首をかしげる。自分が生涯かけて通おうとした店が高評価されている事実を、素直に喜べなかったのだろう。

ところが昨年、実は待ちに待っていた新規オープンの情報を得る。

ポールボキューズに影響を与えたとまでいわれる、他界された先代と大女将との全盛期に入店。それ以降、息子兄弟が板場に立つ時代を経て、兄の二代目となっても板場の定位置で店を支えて来た平 智明さんが、21年目にして独立。激戦区の祇園を離れて四条烏丸駅から最寄りの静かな住宅街の中に新店を構えた。「たいら」という。

以前の店も祇園の中心にあり、それなりに割烹として申し分のない店構え。2階には座敷も設けて料亭としても使える立派なものだったが、「たいら」は、東京人の誰もが憧れる町屋の一角。引き戸をあけても、その瞬間は割烹とは思えず、呉服屋の番頭さんが座っていて「おいでやす」と頭を下げるような風情。入口側は、クルマの往来も激しく近くに小学校があって昼間は子供の声も聞こえ、店の奥側は小さな庭があり、たくさんの緑が静かにきらめく。そして、その間を心地よい自然の風が通る。これぞ日本家屋、我が国が誇る文化と機能性。真ん中に設けられたカウンターに座って、マンション暮らしからは考えられない高い天井を見上げつつ、日本人に生まれた悦びさえ感じてしまう。

昼に訪れた際、同席者は当初、食事の後に銀閣寺に行ってみようとか、龍安寺の石庭を見たいと、京都観光に思いを馳せていたが、「たいら」の店内からあふれるスピリチュアルでトラディショナルなパワーに接した結果だろうか、もうどこに行かなくても京都はここで十分。と悟った。

平さんは、20年以上の修業から経験値は十分だと思うが、見かけはまだまだ青年である。ピンと張りつめた空気感がよくも悪くも前の店での特徴だった中に、板場の隅っこでいつも笑顔を絶やさずもくもくと仕事をこなしていた姿は、客の心を和ませ、カレをいじることで客は店へのメッセージを間接的に伝えた。ぼくは鱧の時期に訪れることが多かったこともあり、平さんがいつも、シャリッシャリッと鱧の骨切りをしていた姿が目に焼き付いている。

飲物を聞かれ、まず清酒のメニューに惹かれた。すばらしい。特に最近ぼくが東京でも好んで選んでいる「七本槍」や「不老泉」など、滋賀県中心の品揃えがお膝元の個性だ。

そして、一皿に多くの料理を盛り込まず小皿で一品ずつ提供する、それこそフランスのヌーベルキュイジーヌのルーツといわれる「千花」スタイルは踏襲。だが、出される料理の流れ、選ぶ食材や調味料は、よりシンプルにそぎ落とされていて、お椀に至っては老成さすら感じるできばえだ。

食事の途中に、何度か先代の言葉、先代の手法を、平さんの口から聞いた。彼の料理哲学の中には、きっと先代の教えがぎっしり詰まっているのだろう。先代の料理も何度か体験したものの、今の自分にその記憶は薄い。

平さんの中にその先代の魂が再び灯っているとするなら、新しい若い力との融合こそが、食べ手にとってもっとも頼もしい形に違いない。

「たいら」
●京都府京都市下京区仏光寺通柳馬場西入ル
●075-341-1608
●月休、月一回日休
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2012年03月01日

(53)銀座「銀座しまだ」

立ち飲みスタイルに高級割烹出身の腕がさえる

定食屋さながらの多彩な料理

銀座はコリドー街と電通通りの間、こんなところに道が存在したのかとも思える細い路地に「藍」という小さな割烹があった。食に関して深い信頼を置く文芸春秋社のk氏をして、もっとも銀座らしいといわしめる店。ぼくは、最寄の蕎麦屋「ふく留」にしばしば通っていたので「藍」の存在は知っていたが、k氏から話を伺うまで、ここがそんなスバラシイ店とは想像もしなかった。食べログを見ても、その歴史ある名店に関しデータの登録はあるもののレビューは1件もない。

k氏にいつかお連れいただこうとタイミングを測るも、そのk氏より「藍」が閉店してしまうことを知る。それを惜しんで訪れたk氏は、「藍」の女将さんから、次にできる「しまだ」という店もご贔屓にと、引継ぎまでされたそうだ。そして、「藍」には訪問が叶わなかったゆえ早々に顔を出したのが、同じ場所にオープンした「銀座しまだ」である。

ここで一つ、面白い現象を紹介しよう。「藍」が銀座で何年営まれていたかは詳らかではないが、上述したように食べログには1件のレビューもなかった。ところが「銀座しまだ」は、オープンしてまだ1か月にも関わらず、原稿を書いている時点で22件の書き込みがあり、しかも得点はすでに4点を超えている。

これこそが、口コミという最も信頼できるコミュニケーションの形態を、すっかりマス化して疑心暗鬼にさせてしまった食べログというサイトの特徴といえよう。

食べログレビュアーというか食べログラバーは、レイティングにはぜひ参加したいがそのためには必ずレビューを書かなければならない。プロでさえ四苦八苦する食に関する記述は、語彙も多くは流通しておらず、ほとんどの表現が生涯最高とかCP抜群程度に終始してしまう。となると、その店自体のスペックやメニューの品数が豊富であればあるほどレビューのボリュームを増やせるという、食べログラバーにはウレシイ状況となる。

さて「銀座しまだ」に戻ろう。店主の島田博司は、ミシュラン東京で三ツ星を取っている「幸村」出身。つまり、レビューを書く際こんなにおいしいスペックはない。さらに、高級割烹で修業したにもかかわず店内は立ち飲みスタイル。メニューが豊富にあってしかも安価等々、表現の巧拙が問われる具体的な記述に至らないまでも、事実として書けるポイントが事欠かないのだ。よって、以前の「藍」では1件もなかったレビューが1か月で22件にもなりtop500店入りも果たすわけだ。

こうして説明してくると、食べログのレイティングは全く参考にならないことが分かる。しかし、ここに取り上げるからには、本当にいい店なのである。

ガラッと開けて店内に入るとすでに客層が若者ばかりなのは、食べログ高得点ゆえ「ま、しゃーないな」とあきらめるが、店主がそれを望んだのかどうかは疑問だ。ただ、多くのレビュアーが「新しいスタイル」と書くほど新しい点があるわけではなく、浪速割烹「喜川」のやり方を店のスペースの都合で立ち飲みカウンターにしたと思えば分かりやすい。といっても、浪速割烹「喜川」スタイルが東京では全く認識されていないので、実際には新しいのかな。
(なお、浪速割烹スタイルについては、(26)二戀 の記事で解説を試みているので参照してください)

料理は高級割烹出身からは想像できないバリエーションである。カツも唐揚げもバター焼きもコロッケもある。と書くとさしずめ定食屋のようだが、使う食材は白子、白魚、ズワイガニ、さつま揚げと、当然ながら修業で蓄えた職人としての技は冴える。くわいチップやおひたし、きんぴら等のちょっとした小鉢も、さまざまにひとヒネリして用意されている。

ぼくが訪れた際、メニュー黒板の冒頭に「バチコそば」なる6000円もするものがあった。その他は2000円程度が最高ランクで、1000円のものも500円のものもある中に、ひときわ輝いていた。

バチコとは、三味線のバチに似ていることからその名がついた、いわば京都流の呼び方で、本来はくちこという。聞けば、そんな高級珍味を蕎麦の上に惜しみなく振りかけた料理らしい。しばし検討の後、一段階安価な「からすみそば」1600円に落ち着いたが、固めに茹でた蕎麦の上に大量のからすみ粉が緬が見えなくなるぐらい振ってあるシンプルなもの。なんとなく「銀座しまだ」のコンセプト、というかやりたいコトが、この「からすみそば」に凝縮しているような印象を受けた。

次回、まだメニューに「バチコそば」があれば挑戦してみたい。

「銀座しまだ」
●東京都中央区銀座8-2-8 高坂ビル1F
●03-3572-8972
●17:00〜23:00LO
●日祝休

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2011年05月15日

(44)新宿「割烹 宍倉」

新宿に帰ってきた渋い板長がしきる

男同士が似合う割烹

15年ほど前、ぼくは初めて雑誌に連載を持った。その連載は、毎月自分で決めたテーマに基づき1200字ぐらいで飲食店を紹介するという企画。ぼくはその誌面で新宿2丁目にある「百千(ももち)」という割烹を取り上げたことがあった。

新宿2丁目は、ご承知の通りかなり趣向の偏った街として全国的に有名である。同性愛者の集う場所がこのような一地域にかたまるという情景は、世界でもなかなか類を見ないそうだが、かの地の独特な雰囲気と最近の女装家ブームによって、同性愛者ならずとも好んで訪れる人が多くなってきた。そんな中に、まったく街のカラーに染まらず孤高の立ち位置でひっそりと営なんでいた割烹。それが「百千」だった。

店内がどんな様子だったか、あまり覚えていない。記憶にあるのは、ドーンと真ん中にカウンターが一本あるだけのシンプルな造作と落とし気味の照明。渋い面構えの作務衣姿の男が黙々と料理を作る。少し濃いめの味付けでボリュームもある中、比較的安価な価格。深酒しながらじっくり語りたい夜などには、ドストライクな店だ、ということぐらいか。

ランチタイムもキッチリ開いていて、割烹の昼飯らしいプロの味が楽しめる割に席も確保しやすかったのでもよく訪れたものだが、いつの間にか違う店になっていた。こうしてぼくの記憶は薄れ相当の年月が過ぎたと思う。

なにかの記事かウェブの書き込みで、その当時の板長だった宍倉さんが新宿に戻ってきた、との情報を得た。ただ、その店がどんな名前でどこにあるのかについては、ぼくのメモには詳らかに書かれていなかった……。

さて、映画化もされて一気に日本人にも需要が増えつつあるfacebook。その中に「外食産業を勝手に救済しよう」というfacebookページ(参加者が自由に書き込み閲覧できるコミュニティのようなもの)がある。東日本大震災の影響で元気のない外食産業にせっせと足を運んでお金を使おう、なる趣旨を「勝手に救済」とのイキな言葉で表現した秀逸のページなのだ。
ぼくもそこに少し参加していて時々勝手に救済した(笑)情報を書き込むのだが、このページのオーナーでもある柏原光太郎さんが書き込んだ「割烹 宍倉」という名前を発見し小躍りした。まさに「百千」の板長が新たに新宿に興した店。いつか縁があればまた行きつくかなあとぼんやり考えていたけど、やっとその機会が到来。そして訪問となった。

場所はかなりわかりにくい。なにゆえココに?と、まず店主宍倉さんに質したが、やはり彼は自分の古巣「新宿」にこだわった。独立するなら「新宿」と決めていたようだ。といっても、チェーン居酒屋が立ち並ぶ日本最大のターミナルというより、すでに大久保寄りか。歌舞伎町の北のはずれで、ビジネスホテル・ラブホテルが混在するエリア。そんな雑居ビルの2階。扉の前まで来ても、ここがかの「百千」かと、少しひるむぐらいの変化。

ドアを開けると、壁が白いせいもあるが、かなり明るい。これについては結局聞かなかったものの、「百千」は薄暗かった記憶がある(若いゆえ、そう感じたのかもしれないが)ので、この明るさ、全体的な白っぽさには面食らった。とはいいつつ、宍倉さんの渋さは相変わらず。以前の店では雇われ板長で、仕入れの原価率等にもチェックが入ったが、「割烹 宍倉」はオーナーゆえ、自分の裁量で決めることができ仕入れに気合が入ります、との談。「割烹 宍倉」では「百千」より格段に素材はよくなっていると胸を張る。

座るなり仕入れにまつわる話をうかがって期待感は増大。
そんな「割烹 宍倉」の料理とは、無骨なまでの潔さ。
決して王道とは言えないまでも、ずっと板場で地道に鍛え続けてきた技術を見事に昇華させたストーリー。訪れた日もそうだったが、まさに男同士が似合う店。

そして、男たちの期待にこたえるべく地酒のラインナップはなかなか巧み。業界に長いだけあって酒のそろえ方にも主張と年季が入る。しかも、杯を重ねるために仕組まれたコースといっても過言ではないほど、料理は隅々まで酒と語り合う。〆のご飯に至ってもなお、体は酒を欲していた。

こうして完璧にできあがった二人を温かく迎えてくれるであろう歌舞伎町。「割烹 宍倉」よりさらに硬派なバーで、ハードリカーに切り替えたのだった。

「割烹 宍倉」
●東京都新宿区歌舞伎町2-20-11 玉野ビル 2F
●03-3207-5804
●18:00〜24:00LO(月〜金)、〜22:30(土祝)
●第3月休み
●日曜日は前日までに予約があった場合のみ営業
http://www.posh.jp/t2/ex/hp.php?w=az1knnjgwc
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2011年01月15日

(37)銀座「ぎんざ 一二岐」

銀座の離れに花開く

“力強い”日本料理

あけましておめでとうございます。

今年も、月二回のペースでゆっくりと続けていきたく思っていますので、どうぞよろしくお願いします。

年初め、ということもあり、まずは日本料理の話題から。

話はさかのぼるが、今年のお節は、京都の「御料理はやし」に求めた。

「御料理はやし」は大変すばらしい料理店であるが、特に東京の客には手厳しく、この店の最高の実力を知るには、まずは関西に住み、そして相当通わなければならないように感じている。

以前、ぼくの横にいた東京からの客は、どこの店でもやっているだろう雰囲気で、お造りの魚の産地を問うた際、店主は馬鹿丁寧に、すべての魚の産地はおろか、添えられたツマや葉物、わさびや皿の産地までも延々と説明。その後に「私はプロで、そのプロが目利きした食材でございます。産地などお気になさらなくても、常にその時期の最高のものを入れております。どうぞご安心ください」と皮肉たっぷりに言った。

残念ながら、東京からの客はその店主の言葉を京都一流の皮肉と理解するには至っていない感じだったが、それこそが京都の洗礼といえよう。

ぼくは、「御料理はやし」で東京から普通に食事に来て、他の常連客が食べているものと同じクオリティのものをいただくには相当の時間を要するなあと感じていたが、機会あってお節を頼むことができた。一斉に作るお節なら、東京の客として軽んじられることもなく、他の地元常連客同様に「御料理はやし」の真の実力が見えるというものだ。

そして、その予想はストレートに当たった。箸を動かすたび、驚きのあまり吸い込んだ息の吐き出すタイミングを失うほど感激した。香ばしいものは香ばしい、酸っぱいものは酸っぱい、甘いものは甘い。それ以外の味がしない。針の穴レベルにまで焦点が来ている。当たり前だが、当たり前を何のてらいもなく堂々と表現する。極めて整然と幾何学的に並べられたお重の中から、料理人のしてやったりという「どや顔」を垣間見る。

化学調味料以前に味覚を確立した、ぼくのもっとも信頼する舌の持ち主、つまり母をも、一口、一口ごとに唸らせ、逆説的だが、齢80歳を過ぎる母をして「もう、死んでもええわ」と言わせた。

やはり京都のレベルは別格だ。今回のお節で、悔しいながらもその点に関する認識のゆらぎは微塵もなかった。では東京の和食店に京都とは違う個性は見いだせるのか。というと、ひとつ思い当たる点が個人的にはあった。それは「力強さ」である。

今回の「御料理はやし」は、お節という仕出し形態ゆえ、料理は落ち着き、いい意味で枯れているのも当然といえよう。ただ、京都にてカウンターで食する機会と比較しても、東京のイマの日本料理店は力強いなあと頼もしく思う。

一般的には、フレンチやイタリアンの力強い料理に疲れて、和食でも・・・となるのが普通だ。ただ同じ和食と接する場合にも、力強いものを食べて、パワーをもらいたいとする機会もしばしば訪れる。

東京と京都を比較した場合、京都の和食店は、それこそ他の日本料理店のみがライバルだが、東京の場合は、鮨、天ぷらなども同等の客単価で名店がひしめくため、どうしてもそれらとも競合せざるを得ない。つまり、鮨・天ぷらなどのコアなカテゴリ勝負の店と対抗するためにも、東京の日本料理店は力強くあるべきなのだ。

そんなニュアンスで、最近印象に残った店がいくつかあるが、代表格は銀座の「一二岐」だろうか。

「一二岐」は「いぶき」と読せる。これは「息吹き」と引っかけてのネーミングでとても秀逸だと思うと同時に、店名に漢数字を入れるのが若い和食の料理人の間でハヤリなのかな、とも感じてしまう。

場所は銀座。店名も正式には「ぎんざ 一二岐」とするが、いわゆる銀座ではない。住宅街とはいわないまでも、夜はほとんど人通りもなくなる銀座の外れである。ゆえ、立地の妙はすばらしく、最寄駅から店までの夜道のアプローチもなかなか色っぽい。

階段を地下に降りる。スペース的には銀座のプライドを捨てておらず若干の閉塞感は否めない。というか、カウンター側(客席側スペース)に比して厨房の比率が大きいように感じた。これは悪い意味ではなく、できるだけ広い場所で伸び伸びといい料理を作っていただければ、座って食べるだけの客は本望だ。

将来的に変化をすることは承知でいうなら、高知の食材にスポットを当てて多用している点がとても面白い。当然ながら「いごっそう」を目指すわけではなく、東京の料理店の中でも塩はかなり控え目だ。豪快な食材を繊細に仕上げていく技術力は若いながらも確立されていて、そんなところが力強さを見出す所以なのかもしれない。

加えていえば、狭いダイニングスペースで孤軍奮闘する女将さんも、たいそう魅力的である。いったん店の外に出て化粧室に行く無粋さも、彼女の導きならいっこうに苦にならない。それでいてサービス料をとらないので、支払の段には、意外なほど安価に感じる幸せも加わることを約束しておこう。

「ぎんざ 一二岐」
ibuki.jpg
●東京都中央区銀座2-14-6第2松岡ビル B1F
●03-6278-8110
●日休
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2010年06月01日

(26)二戀

浪速料理の牽引者を師匠に持つ

板さんが立つ西麻布の割烹


ぼくの「日本料理の原点」といっても過言ではない、印象的な店がある。大阪ミナミ 法善寺横丁の「浪速割烹 喜川(ただし喜は七がみっつの旧漢字)」。

ここは、京都の料理とは一線を画する「浪速料理」と自ら称し、大阪で独自の潮流を作った上野修三氏が約40年前にオープン。上野修三氏は、現在すでに料理の世界を引退し、食随筆家としてなにわの食文化を後世に伝える仕事をされており、現在は二代目が腕を振るう。

上野修三氏は、そのお人柄か多数の弟子を輩出していて、「喜川 高嶋」「喜川 浅井」など、大阪ミナミにも北新地にも薫陶を受けた料理人の店が多数存在する。それらは全て、喜川の料理や浪速割烹としての提供スタイルを踏襲しつつ、いずれの店も賑わっていて、すっかり大阪の味として定着している。

思い出話で恐縮だが、ぼくが大阪で就職して半年ほど経ったころ、当時の会社が自分を正社員として認めてくれたのか、専務がぼくを食事に誘った。で、連れて行かれたのが「浪速割烹 喜川」だった。

「伊藤、何食ってもええぞ」と専務に言われ、ぼくは迷わず「松茸のホイル焼き」と応えた。「おまえなあ・・・」と苦笑しつつ注文する専務とぼくを、ニコニコしながら頷いていた上野修三氏の特徴ある風貌を今でも鮮明に覚えている。その後、「伊藤は喜川で松茸を頼みよった」と、専務から何度もからかわれたものだ。

そんな四半世紀前から今に至るまで、浪速割烹として続くスタイルとは、百は超えるであろう特徴ある様々なアラカルト料理。それを、巻物のような横長の紙に延々と書き連ねた日替わりメニュー。客は自ら料理を選ぶと、店主が提供する順番を決めタイミングを図りつつ厨房のメンバーに次々と指示を出す。その丁々発止のやりとりや賑わいが商人の街大阪らしく、出される料理も、シンプルで懐石的なものからグラタンやコロッケまでと幅広い。味覚だけではなく、心までも賑わう美味しさが特徴だ。

ただ、ぼくの知る限り「浪速割烹 喜川」の味とスタイルを東京で継承するのは吉祥寺の「美しま」のみ。確かに、大阪の人間はなかなか東京に出たがらない、というのは同じ大阪出身のぼくもなんとなく分かる。そんな「浪速割烹 喜川」で修業した料理人が板場に立つ店が2009年末西麻布にできたと聞き、やっと訪問。その名を「二戀(にこ)」という。

実際に取材をしたわけではないゆえ精度に欠けるが、「二戀」は、表参道にある宝石店がオーナーのようで、店舗設計はその宝石店のデザインも手がけた森田恭通氏による。

西麻布・宝石店がオーナー・森田恭通デザイン。だけであれば、まずぼくが足を運ぶことはないだろう(笑)。でも「浪速割烹 喜川」で修業を積んだ料理人が東京にやってくることを、本当に心待ちにしていたのだった。

入店すると早速、いかにも西麻布らしい香水の匂いとアクセサリーがこすれるジャラジャラ音、オトコにアピールしたい女性特有の嬌声。そしてぼくの右隣には、この店をデザインしたロングヘアーの御仁。着物姿の上品な女性から酒を聞かれ、少し質問するも回答は要領を得ず。まあいいかと好みを頼んだら品切れ・・・。江戸切子の美しい猪口を出すのはいい。それに当たった照明も確かに美しい。でもまず充実すべきは中身の酒だろう。

やっちまったかなあ。お誘いした先輩にすまないと思いつつも、気持ちを切り替え、最大の目的「二戀」の料理と向き合うことに。
そして、とてもとてもすばらしかった。筆舌に尽くせない嬉しい経験もたくさんあった。

理由は後述するが、現在はコース料理のみ(ぼくが行った時点では10,000円と15,000円の二種)で提供している。
まず、コースの組み立てが巧み。柔らかいもの固いもの、苦いもの酸っぱいもの、味の強いもの優しいもの・・・。見る人食べる人を飽きさせない流れと絶妙なタイミングは、さすがに浪速割烹で鍛えた賜物と納得。

そして、きっと東京の人もこの味が好きだろうなあと感じる、薄くもなく決して重すぎないダシ加減。京料理の顔をしつつ、東京人の好みに合わせて塩加減や寝かせる時間を変えるパフォーマンスとは一線を画する。また、多少過剰かなとも思う手間や異次元の素材の組み合わせも、それを乗り越える分かりやすさと旨さがある。

特に、シメの炊き込みご飯(その日は筍とホタルイカ)の唸るような出来栄えに真骨頂を見た。もちろんいずれの日本料理店も最後のご飯まで手を抜くことはないが、ここで全てを収める形ではなく、ココまで昇ってきたか、とまで思わせる迫力だ。

いつしか入店当時の憤りも忘れ、ひたすら料理に相対していた。もちろん料理のすばらしさもあるが、板長にタメ口をきく西麻布女子も、店にとっては超VIPであろうロングヘアーの御仁に対しても、いっさい動じることもへりくだることもなく、平常心で接する板長の度量に救われたところも大きい。

そんな彼と、少し話しをする機会があった。
喜川といっても大阪には多々あるが、板長は本流である法善寺横丁「浪速割烹 喜川」で、上野修三氏と息子の二代に仕えたとのこと。まさに筋金入りの浪速割烹出身だ。じゃ、アラカルトもやらないとね。と言うと、「今はぼくと彼の二人でやってますんで、そこまでは無理なんですよ。でもいつかはやらへんと、おやっさんに叱られるやろなあ」と。

そして彼は、なんと奥様を神戸に残しての単身赴任だそうだ。スピリットはまだ西に置いてあるという気持ちの表れか。「でも、東京、特に西麻布という場所は、おもろいとこですわ。毎日がとても楽しいです」と意欲的。東京で喜川系列出身の料理人は「美しま」しかいないと思っていたが、実は老舗江戸前鮨店の二代目も法善寺横丁で共に修業したとのレア情報もゲット。

お店を辞する際、今度来るときはクリームコロッケ(喜川名物のひとつ)が食べたいなあと、つぶやくと、「あれは、仕込みが大変ですねん。どうしようかなあ」との思案顔。そんな板前としての自信みなぎる容貌に、遠い昔の上野修三氏の笑顔が重なった。

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「二戀」
●03-3498-3330
●東京都港区西麻布4-2-9 シーズンズ西麻布1F
●18:00〜
●不定休
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2010年03月15日

(21)赤寶亭

東京で味わう日本料理のなかで、もっとも

西のテイストに近いと思う1軒

東京には、店名に「京」の文字をつけて京料理を標榜する料理店が多数あるが、そのほとんどは「京風」に過ぎないと思う。

ある詳しい方に聞いた話。たとえば魚についていうと、京都はしっとりしたテイストを好むので、料理店では塩を打ってから数時間寝かせる。反面、東京は弾力性のある魚が好きらしく、京都で修業経験のある料理人でも好みに合わせて短時間しか寝かせず、食感の違うものに仕上げるという。また東京の人が思い描く京料理みたいな幻想は実は京都にはなく、京料理と呼ばれるモノが何を指すのかも定まってはいないようだ。

いっぽう客も、宵越しの金は持たずその日に使い切ってしまう東京気質と、不浄とされるお金のやり取りはお店ではせず信用のみで遊び、請求が半年後ぐらいに送られて来る京都とでは、大きく食文化にも影響しているに違いない。

ただ、ひとついえる重要なことは、京都の著名な日本料理店はその多くが世襲。親から受け継いだ身代を絶やすことなく自分の子孫に引き継ぐという重要な責務を背負って日々営業されている点を見逃してはならない。つまり、ちょっとした行き違いやミスが末代まで祟ってしまうことになりかねず、信用ある常連客をひたすら大切にし真摯に気を配るさまはさすがだなあと思う。

ぼくは京都のある有名な割烹に長く通ったことがあった。通い始めて4〜5年経った頃だろうか。お支払いの段になって「今日の分は送らせてもらいまひょ」とご主人が言う。即座にその意味が理解できなかったが、それは、ぼくが店に信用され他の旦那さんと同等に認められたに他ならず、やっと京都の食べ手として第一歩を踏み出したかなあと、感慨ひとしおだった。

さて、そんなむずかしいというか自分流の日本料理解釈はこれぐらいにして、神宮前にある「赤寶亭」の話を進めよう。「赤寶亭」は、それこそ東京で食べることができる日本料理の中で、もっとも西のテイストに近い一軒じゃないかなと個人的には推している料理店。つまり、自分の故郷に一番近い東京の店である。

場所は、多少わかりにくい。
およそ日本料理店があるとは思えない、アパレルメーカーが軒を連ねる神宮前の一角。1970年代に大阪から東京に進出したコシノジュンコがオフィスを構えた通りを「東京キラーとなれ」との想いを込めて堺屋太一氏が名づけたともいわれる(これについては諸説あります)キラー通り。そこから表参道の方へ折れてしばらく行った左側に、小さな赤い看板が見つかるだろう。まさにそんなストリートのそばに、ぼくが西にもっとも近いと感じる料理店があるとは、きっと何かのえにしかもしれない。

エントランスも少々わかりにくい。
大きな門や黒い塀や厳粛な看板も一流料理店に必要なアイテムかもしれない。ただ「赤寶亭」の慎ましやかな入口は、料理店として決して居丈高ではなく、迎え入れる方おひとりおひとりをキチンと通すための配慮のような気がする。

引き戸を開けると、いつも着物姿の女性が正座で迎えてくださるので毎回気持ちが引き締まるが、これから始まる幸福への序章なんだと切り替える作業も実は嬉しかったりする。

ぼくが「赤寶亭」に行き始めたころは、全室個室対応で個室料もとらなかった。その後改装されて、今は個室と普通のダイニングに分け個室料をとるようになった。それでも「赤寶亭」の個室の一角に鎮座することがすっかりお気に入りとなっているぼくは、未だ個室以外に入ったことがない。

料理は納得できる価格に見合った真っ当なコースが数種類。一番安価でも充分にの店の魅力を知ることが可能。上を選べば選ぶほど、高級食材をでしゃばらせることなく盛り込んだ巧みな技を堪能でき、いずれも懐具合に応じてオススメ。

さらに、ぼくが日本料理を前にして気にするひとつは、料理長がどうしてこのような構成でコースを組み立てたのかという点。たとえば、店の味を決めるダシの存在をどう散りばめるか、塩加減や酸のバランスと各皿同士の統一感、どこにコース料理のピークをもってくるかなど興味は尽きない。ひと皿ひと皿に「オオッ」と目を見開くスグレものがあっても、次に出てくる料理とガラッと流れが変わってしまうと、残念に感じてしまうことも多い。

ぼくが特に「赤寶亭」ですばらしいと思うのは、流れの淀みなさである。もちろんすべての料理自体が「高み」に位置しているが、ずっとラストまで集中を切らすことなくそのポジションを維持し続ける。ゆえに、「最後のお食事となりますが」との声がかかったなら、毎回「え、もうラストか……」と、アニメ番組が終わったあとの子供のようなせつない気持ちになり、この心地よい流れが断ち切れてしまうことへの後ろ髪は相当なのだ。ま、量的にもうひと皿ぐらい多くてもいいかな、とも思うが。

お酒については、たぶん好まれる方が店側に少ないように感じるラインナップ。自分の嗜好とは若干異なるけど、選択肢は比較的多くあるのでさほどストレスは感じない。

最後に。若干ぼくらしくない話だが、「赤寶亭」は2010年のミシュランガイド東京で一ツ星から二つになった。「石かわ」や「かんだ」に三ツ星を与えるガイドゆえその真偽は言わずもがなだけど、最初は一ツ星でスタートし二年後に二ツ星、続いてさらに上を目指さんとするさまこそ、毎年どうなるかと気が気じゃないフランス本国の本家赤本を彷彿とさせる、オリジナルのミシュランガイドらしい展開とは思いませんか。

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「赤寶亭 (せきほうてい)」
●03-5474-6889
●東京都渋谷区神宮前3-1-14
18:00〜23:00
12:00〜14:00(木〜土)
●日曜日
posted by 伊藤章良 at 23:46| Comment(1) | TrackBack(0) | 日本料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月01日

(16)未能一

銀座の雑居ビルでオーラを放つ

食の猛者が強く薦めた日本料理店


時間のほとんどを会社に費やしてきた中堅ビジネスマンの場合、外食の相手が同じ会社か取引先に限定されるのはやむをえない。実際自分の周りを見ても、普段話題に登場するヒト自体、ほとんどが社内か取引先関係者で、仕事が終わって飲みに行くメンバーも固定されている。

ところがぼくは、本業のイベントプロデュースで出会った取引先やスタッフ、技術などとも頻繁に食事をするが、それと同様に、卒業して四半世紀以上になる学生時代の友達とも今でもよく会ってテーブルを囲む。

それができることをシアワセに思うし、そんな旧友の存在は自慢でもある。加えて友人の側も、飲み食いこそ嫌いじゃなければ毎回ぼくに「店選び」を任せることができ、彼らの意中にかなう店をもれなく知ることができるので好都合に違いない。

いっぽう、ぼく同様に食べ歩きが大好きで独自の自分店リストを持っている猛者もいる。建設系大手に席を置くM君は、業種上ぼくが普段飲食をともにすることの少ない面々と出かけることも多く行動範囲が比較的重ならない。ゆえに彼との食談義は興味津々で、推薦してくれた店には足を運んでみるのが常だ。

今回取り上げる銀座の日本料理店「未能一」もそんな一軒。
先日忘年会がてら鍋をつついた帰りがけにM君はひと言「伊藤、銀座の未能一はええで。いっぺん行ってみ」と訴える。お互い相当酔っていたのでM君は覚えていないかもしれないが、ぼくはきっちりと頭に刻み翌日すぐに予約の電話を入れた。

一風変わった店名もその存在も、そしてミシュランガイドで一ツ星を取ったことも一応知ってはいたが、ぼくの要訪問リストのなかではあまり上位にランクされていなかった。にもかかわらず、M君の言葉で一足飛びにトップに躍り出たわけだ。

銀座8丁目。いわゆる夜の蝶が飛び交うもっともコアで下世話な雑居ビル街。「未能一」はこの辺だなと見当をつけ、看板の店名を一文字一文字確認して歩いたのに、いったんは通り過ぎてしまう。それほど雑踏に埋没しているが、ようやく見つかり目的のフロアまでたどり着いた。

銀座という世界有数の歓楽街で、周辺を女性の接客のみで運営する店に囲まれつつも、フロアの片隅の店は確固たる生命力を鈍く放っている。そのオーラに一瞬身がすくんだが意を決してドアを開けた。

靴を脱いで小ぶりな玄関を上がると、予想よりもずっとずっと小さな店内。カウンター4席と座敷の合計8席程度。そこを年配のご夫婦が切り盛りする。とりわけ歓迎されている風でもない、でもけっしてぞんざいには扱われない。そんな幕開けだった。

M君からはコースを頼めと言われていたので予約時にそう伝えた。改めてメニューを開くとアラカルトも充実しているがとても高く、そこだけは銀座の高級フランス料理店のようだ。その分コース料理の割安感もまた引き立つ。

最初の突き出しにチーズが出された。個人的におつまみ用のうまいチーズがある和食店に間違いはないとの不文律がある。そしてその日もまた自分の不文律が確信に変わる瞬間を体験することになった。

ご主人は関西なまりだが、東京含めた関東地区ですでに25年の経験をお持ちとのこと。銀座でしばらく店を営んだ後いったん小田原に移り、5年前に再び銀座の全く同じビルに戻ってきたそうだ。薄味をこよなく求めるぼくには、関西風というよりすでに東京の味。でも、決して角張ることがない。素材の優しさに料理人の一つまみの主張を加えたバランスに、熱燗がおもしろいように身体に吸い込まれていった。

酒は各ジャンルごとに一種類しか用意されていない。小さい店だし置く場所にも困るゆえの結論かと察するが、ぼくは、一種類でもそれがうまい酒なら逆に選択に悩むことなく好ましいと思っている。最初から最後まで燗酒で通せる飽きの来ない逸品で、銘柄確認を失念するぐらい満足。

さて「未能一」とは、未だ一に能わず、との意味だそうだ。「一人前」という言葉の重みがそろそろ見えてきた大人にこそふさわしいスペースがそこにある。そんなご主人の姿勢をうかがっていると酔いは陶酔に近いものに昇華したが、不思議と心の根っこは覚醒していて、少しは自分も大人になったかなと安堵した。

最後にご主人は、ぼくの横で機嫌よく酒を飲んでいた連れに「テレビによく出ておられる方ですよね」と問うた。誰と思ったのだろう? 女優か? 女子アナか? いや女芸人か? ふたりしてそれは否定したが、帰り道彼女のテンションがさらに上がったのは、ココたけの話にしておこう。

「未能一」
minoichi.jpg
●東京都中央区銀座8-7-19 すずりゅうビル 5F
●03-3289-3011
●12:00〜15:00、17:00〜22:30
●日休



posted by 伊藤章良 at 22:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月15日

(15)かみはら

驚異的なグレートバリュー。

本当は教えたくない和の隠れ家

ぼくが仕事で東京に出てきたとき、事務所を構えようと最初に思った場所が恵比寿だった。かれこれ20年以上も前の話。当時恵比寿は、先端のアパレル系が闊歩する代官山と外国人を含めた高級富裕層の広尾に挟まれつつも、不思議なぐらい庶民的な街だった。

もちろん恵比寿ガーデンプレイスはなく、JRの駅舎もボロボロで、駅の周りは昭和な市場や飲み屋に囲まれていた。いっぽう、山手線で南北を地下鉄〜東横線で東西の要所を簡単に手にすることができ、幾本もの私鉄や地下鉄が折り重なるターミナルよりずっとわかりやすく便利だった。そして大阪出身のぼくは、その場に降り立って恵比寿の雑多な風情に浸りながら渋谷や銀座にはない大阪っほさも見つけていた。

2009年の現在に至って恵比寿はことごとく変貌し、料理人がもっとも出店したい東京屈指のグルメエリアとなった。そんな今の恵比寿も大好きだが、不安と夢を抱えながら事務所を探した当時が未だに残る場所と出会うと、やはり恵比寿っていいよな、とほくそ笑んでしまう。

今回紹介する割烹「かみはら」も、まさにそんな庶民派恵比寿の片鱗がうかがえるヘソの、さらに奥で見つけたとっておきの場所。ここが本当に恵比寿かといぶかるほど古いビル地下飲食街の一角。ビルの名前は恵比寿第一マンション。いかにも恵比寿で最初に建ったのかと思わせるネーミング。しかも地下への誘導サインは場末の温泉街のよう。昭和歌謡カラオケと銘打つ緑の看板も鈍く光る。

地下に降りるとフロア全体が「すでに役割を終えた」感も漂うが、「かみはら」の大きなノボリが目印となろう。ドアを引くと店内はカウンター10席ほど。どちらかというと洋の雰囲気で、ギターがディスプレイされカントリーミュージックが流れる表現が難しいフシギな空間。ただ、割烹着姿の女将さんに「嗚呼、和食店なんだな」と認識。ビルのイメージを一新する清潔さも相まって、入店するまでの違和感と緊張から心身ともに開放される。

もともとはカントリーミュージック好きのオーナーとふたりで営んでおられたが、こんな店におじさんの存在も不自然なので女性ひとりで切り盛りすることにしたと言う。そんな女将さんは楚々として慎ましやかな反面、何事にもあわてず動じないマイペースさも秘めている。ここで働くまでは別の仕事をされていて料理も専門ではないと語るが、温泉旅館のお膳のように、カウンターにあらかじめ鍋をセットし火をつければ料理が完成するなど、ひとりでどのようにストレスなく客と対応していくか、についてのアイデアが随所にある。

そして「かみはら」最大の特徴は、和食のコース料理に飲み放題(ビール2本、麦・芋焼酎、日本酒)がついて、なんと5,500円ポッキリ。30年間で1万件以上の飲食店を見てきたぼくをしても、驚異的なグレートバリューと目を瞠るばかり。

料理の基本線は酒のつまみの延長で高級食材も期待できないが、ちょっとした手間や工夫と淀みのない流れ、土鍋で炊かれるラストのご飯に至る満腹感まできちんと練られている。また、飲み放題となると出所のわからない酒を使ったサワー類に偏りがちだ。ところが、女将さんは利酒師の資格もお持ちだそうで、焼酎・日本酒とも、きちんとした銘柄を調達。それぞれ1種類ずつしかない点こそ残念だけど、飲み放題を前にしては文句のつけようがない。

この「かみはら」、シンプルでステキなオフシャルサイトをお持ちで、「ぐるなび」からも情報を得られる。にもかかわらず、2009年末現在「食べログ」には一件の口コミもアップされていない。そんな事実からも、本当は誰にも教えてたくない隠れ家であり、来店したお客様すべてに愛されているんだな、と感服するばかりだ。
(書いてしまったこと、どうかお許しください……)

kamihara.jpg

「かみはら」
●東京都渋谷区恵比寿南2-3-3 第一恵比寿マンションB1
●03-3794-7620
●17:00〜23:00(LO22:00) 
●日祝休

posted by 伊藤章良 at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする