いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2010年06月15日

(27)目黒「ビストロ ラ・メゾン・ダミ」

料理にワイン、値段にボリューム

ツボを抑えたビストロのニューフェイス

目黒から白金に向かう大通りを右に入った閑静な住宅街に、「ラ・フィーユ・リリアル」というフランス料理店があった。

お母様のお名前「ゆり子」さんをレストラン名にし、ダイニングは、そんなお母様の小さな写真が飾られる心温まる空間。そして8年以上にも渡るフランスでの修業経験から生み出される個性溢れる料理の数々。ロケーションの非日常さも相まって、よく訪問させていただいた。

ところが「ラ・フィーユ・リリアル」は、2010年1月末でいったん幕を閉じた。同店のホームページには、しばし充電の後復活しますとのシェフのメッセージが現在も掲載されている。

ホームページといえば、「ラ・フィーユ・リリアル」のもう一つ特筆すべき点は、お店のウェブサイト。一般に利用できる無料ブログをプロ顔負けにカスタマイズし、大変すばらしい凝ったページとなっていた。料理人個人の力で本当にコツコツと更新を続けてこられた労作である。雑誌の記事等でレストランや料理人のウェブサイトを紹介する機会があれば、常にこの「ラ・フィーユ・リリアル」と浜松の「弁いち」を、その最良の例として取り上げさせていただいた。

そんな凝り性な性格ゆえからも、いったんの休業宣言は残念だが納得せざるをえない。ゆっくり休んで、またぜひ私たちを楽しませてほしいと願うばかりだ。

さて、目黒から徒歩5分。この静かで素敵な場所は、さすがにほって置かれることはなかった。そこに新たに誕生したのが、「ビストロ ラ・メゾン・ダミ」である。

ひとつの時代を終えた飲食店が新たな料理人や経営者を迎えて生まれ変わることは多々ある。ただ、ここは以前はこんなだったなと思い出す箇所が幾つかは残されているものだ。ところが、「ラ・メゾン・ダミ」に到着して一番に驚いたのが、以前の店とエントランスの場所が違うという点。よりビストロらしさを打ち出す意図か、エントランスが大通りに近い側に移動していて、通りを曲がった瞬間に遠目にキラキラと輝くディスプレイが見える。

当の本人は、入口がまさか移動しているとは思わず、別の店かと勘違いし通り過ぎようとするも、お店のスタッフに声をかけられ、ようやく気づいて入店。

「ラ・メゾン・ダミ」とは友達の家という意味だが、そんな軽いノリではなく、ダイニングは日本人がイメージする完璧なビストロ。内装はもちろん照明や店内に流れるフランス語のラジオ放送もいかにも現地している。新店舗ゆえ、当然すべてが新品なのは残念だが、使い込まれ燻しがかかってくると、ますますその完璧さは増すと思う。

ただ、フランス、特にパリのビストロはこうではない。最も違うのは、客にとっては逆にありがたいことだけど、テーブルとテーブルの間に余裕がありすぎる。皮肉な話だが、話題を呼んで人気が出たら少しツメツメになり、より本場らしくなるかなと想像したり。

当店の料理人、どんな経歴の方か存じ上げないが、まずはメニューの価格帯に驚く。前菜は1000円を切るものが大半で、メインも2000円を切る範囲で構成。一皿がごく少量かと思いきや、ビストロとの看板を偽らない量は盛られている。そしてどの皿にもきちんとフランスのエスプリがこもっていて、内装の新品さに比べ料理はすでに「こなれた」域。

さらに今ニッポンでも大流行りの、フランス調理器具メーカー ストウブ社のココットを使った「当店自慢」と称する料理がずらずらと並ぶ。ココットのメニューは、日本で最初のアラン・デュカスの店「スプーン」で食べて以来のファン。メニューのどれもが垂涎のラインナップで、全て制覇したくなる気持ちを押さえて、トリップと仔羊を選ぶ。

ワインは、棚に整然と並ぶボトルに値段が書かれ、それがリストとなっている。フランス各地の良品をまんべんなく網羅しつつ、価格帯もボトルで何本も開けたくなる辺りに収めてお手ごろ。しかも、フランスはボーヌ在住でワインをシゴトにしている友人をも唸らせる良心的な値付けである。

おまけに、今のところ定休日はなく夜も24時までオープンのようだ。

流行っている店や好きな店を丹念に研究し、それぞれの特徴を余すところなく取り入れ完成させた、まさに理想的なビストロ。過ごした時間もお財布も快適で、その理想を充分に堪能させていただいた。

ただ、若干難もあるかな。マーケティングからハード面、料理・ワインと隙なくこなしてきた反面、お店のサービススタッフが、その完璧すぎる空間から浮いてしまった。というか、ビストロらしいヤンチャさや、いい意味での押しつけがましさがあってもいいのではないかと感じた。

申し分のないセットを生かすも殺すも役者次第。もっとご自分の個性やフランスへの愛情を前面に押し出して接客してほしいと願う。確かに贅沢な要望ではあるが。

dami.jpg
03-3280-3700
「ビストロ ラ・メゾン・ダミ」
●東京都品川区上大崎3-4-9 SEIWAビル1F
●17:00〜24:00
●年末年始休
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2010年04月01日

(22)ルカンケ

西麻布の名店から巣立ったシェフによる

白金の可憐かつ主張あるビストロ

ここに、たまたま1985年版の東京・関西フランス料理店ガイド「グルマン」がある。「グルマン」とは、先般他界された見田盛夫氏と山本益博氏が編んだ、日本で最初の本格的なフランス料理店指南。

ミシュランと同じ採点方法で、三つを最高ランクとした星の数でレストランを評価する。今から25年前「グルマン」は日本に於いて唯一無比のグルメガイドだったが、今現在、星の数ほどの情報が巷に溢れ、真偽のほどが判断つかないような書き込みにも右往左往する人たちが多数いるとは、見田盛夫さんも想像がつかなかっただろう。

その1985年版「グルマン」で星を獲得している店のなかに、ビストロと冠が付く店は、赤坂にあった「ビストロ・サンノー」を筆頭に8軒。そして8軒のうち、1軒を除いてすべて今は存在していない。

その1軒は「ビストロ・ド・ラ・シテ」。外苑西通りと並走する西麻布の裏道を通称「ビストロ通り」と呼ぶのは、おそらくこの「ビストロ・ド・ラ・シテ」の存在が由来であり、通りの名前となるほど、昔から輝き続けている貴重な一軒だ。

さらに「グルマン」1985年版によると、「ビストロ・ド・ラ・シテ」のシェフは姉妹店の「オー・シザーブル」と同様に勝又登氏。今現在の勝又さんといえは、日本フランス料理界の重鎮であり、ぼくが手にした「グルマン」の翌年には、日本で最初のオーベルジュ「オーベルジュ オー・ミラドー」をオープンしている。

そして昨年暮れ、東京に残るもっとも本格的で古いビストロ「ビストロ・ド・ラ・シテ」からひとりの料理人が巣立ち、新たに白金台に「ルカンケ」を開いた。

とまあ、久しぶりにグルメライターみたいな原稿で冒頭から突っ走ってしまったが、そこにはやはり、歴史に対する敬意と思い入れがある。いっぽう、シテ自体は、日本のフランス料理店としてずっと先頭を走ってきた分、様々に紆余曲折(特に価格で)してるよなあ、みたいな印象を持ってしまう。そんな長い歴史のなかでも、特に輝いていた最近の数年間を率いたのが「ルカンケ」のシェフだといえよう。

「ルカンケ」は、白金台のプラチナ通りから脇に入った路地に面する一軒家、というかレンガ造りのビル。外観は小さなペンションのような造りで、階段を数歩上がってエントランスがある。師匠かつ理想である「オーベルジュ オー・ミラドー」を少し意識されたのかなあと、ぼくはどうしてもそこに結び付けたくなってしまう。

ダイニングはペンションの流れを引き継ぐように女性向きのラブリーな感じ。シテのように、匂いそうな強烈燻し銀のイメージを引きずって行くと、その可憐さは増長する。そして、お揃いのストライプシャツを着た女性陣のサービスも優しくノープル。新規オープン店ゆえの固さなのか若干、慇懃無礼すぎかな、と感じる面もあったが、そこは日々新しいお客さまを迎えていくことによってこなれていくに違いない。

料理は、力強く重厚感のあるテイストでビストロのエスプリを強く出すものが中心だが、いっぽうで、ビストロの領域を超える、凝ったソース、奥深いスープなどへの工夫と驚きや、日本人らしい繊細さで食材と向き合う丁寧な姿勢がひしひしと伝わってくる。そんな厨房からのメッセージは、ダイニングのやわらかいフィルターを通じて提供されると、さらに洗練を加えた完成度の高いものとなる。

ソムリエールが推してくるワインも、そのダイニングの雰囲気と波長を合わせるがごとく香り高くソフトなものが多かった。ワインだけでテスティングすると料理からは弱いような気もするんだけど、いざ合わせてみると、決して負けておらず底辺から主張してくる力があって、セレクトの妙を感じた。

畏友さとなおさんは、彼のサイトsatonao.comで「ブーダン・ノワールのパートフィロー包み」「カスレ」を食べたと書いていて、確かにぼくも以前「ビストロ・ド・ラ・シテ」で口にした記憶がある。きっとこの辺りはシェフのスペシャリテのはずで、ここ「ルカンケ」でもまさに同じメニューを目にし口にした。ところが、その時の記憶がまったく呼び戻せないぐらい別の個性をその皿に感じ、さらに幸せになった。

quinquer.jpg
ルカンケ
http://requinquer.jp/
●03-5422-8099
●東京都港区白金台5-17-11
●11:30〜14:00LO(火〜日)、18:00〜21:30LO
●月休(祝日の場合は営業。翌火休)

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2010年01月15日

(17)銀座シェ・トモ

ゴージャスながら財布にやさしい

銀座での次なる挑戦にエール

「料理人のパソコン使い」というタイトルで、某雑誌に数ページを寄稿したことがある。ぼく自身パソコンの達人というわけでもないんだけど、食の情報をウェブで発信する立場では当時最右翼にいたので白羽の矢が当たったらしい。誌面では、料理人の日々の想いや自分の店の情報、その日の入荷食材等、パソコンというよりはインターネットをすでに活用している彼らのサイト紹介をはじめ、料理人に有益そうな画像ソフトや翻訳サイト、ウェブで聴ける海外のラジオ放送などをつらつらと掲載。

そして、その中での目玉企画として(ぼくの起案ではないが)、シェフが初めて取り組むブログ、というものがあった。インターネットのことがあまりわからないシェフに対し、ブログの作り方からぼくが教えてその過程を写真とともに追いつつ解説。料理人の皆さんも独自にどんどん発信しましょう、との内容である。

その挑戦者というか、企画の趣旨に賛同して登場してくださったのが、昨年末新たに銀座に進出したフランス料理店「シェ・トモ」の市川知志シェフだった。市川シェフは、素材を重視し修業先からの薫陶を尊ぶ実直な料理とは裏腹に、背も高く、業界でも屈指のコワモテ。お目にかかるまでは多少緊張したが、とても真面目で素直で、しかもぼくをきちんと師匠目線で接してくださり逆に恐縮するほどだった。

その後市川シェフは、「昨日自分が飲み食いしたもの」のみを毎日綴るという奇想天外なブログをスタート。料理人としてはパンツを脱ぐぐらいに恥ずかしいとプロフィールには表しながらも、毎日毎日自分が口にした料理をコツコツと書き続け、加えて、新たなメニュー捻出の苦悩やミシュラン星獲得後の多忙さ等をほんの数行それに続ける。自分が教えたというご縁ではなく、ひとりの職人が書く研ぎ澄まされた散文としてぼくは捉え、日々読むのが楽しみだった。

そんなシェフのブログは、2009年3月4日に突然終わった。「あれっ、どうしたのかなあ」と心配したものの、シェフに改まって伺うことも失礼かと思い、新たに再開されないかと日々チェックだけは続けていた。でも、日付は3月4日で止まったまま。その後シェフとお話をする機会があり「パソコンの調子が悪くなって直そうと思っているうちに時間が経ってしまった・・・」と言っておられた。しかしぼくは、ちょうどこのころから市川シェフの忙しさが倍増し、ブログには書けないナイショの行動が増えたのではないか、と密かに想像したのだ。そう、銀座への出店である。

「銀座シェ・トモ」は、銀座通りに面した化粧品メーカー「ポーラ」のビル最上フロアに2009年10月にオープンした。晴海通りを挟んでちょうど対称の位置には、同じく資生堂の「ロオジエ」があることから、市川シェフもそしてポーラも相当に気合が入っただろうなと想像がつく。ぼくは「ロオジエ」については今の場所やダイニングのデザインよりも、改装前のほうがクラシックで好きなんだけど、同じくポーラビルの改装前も別のフランス料理店だったらしいが、その存在はまったく知らなかった。

ビルの11階・12階フロアに「銀座シェ・トモ」は陣取り、11階は白を基調とした比較的モダンな内装で、銀座通りに面したカウンター席(姉妹店のフランス郷土料理「ラ・ピッチョリードルル」のメニューを提供するとのこと)もあり。一転して12階は、11階の上に浮かんでいるようなフシギな空間で、団体利用から2人用までの色使いも様々な個室を含めたシックで伝統的な造りになっていて、さすがに銀座らしい使い分けを見せる。

11階でエレベーターを降りレセプションに向かう。多種多様の銀座の客が訪れる日々に未だ戸惑いがあるのか、担当女性の表情は硬く脱いだコートも預かっていただけない。あれれ?、そんな若干の不安を感じつつテーブルに案内されると、「白金シェ・トモ」で見知った顔に向えられてひと安心。吹き抜けのガラス窓から銀座の夜景が望める好位置のテーブルで早速食事がスタートした。

ディナーのコースメニュー構成は、ぼくの記憶ではほどんど「白金シェ・トモ」と同じ内容。そしてもっとも驚愕するのは価格も同じ5,780円。将来的には変えていかれるであろうとも想像するが、スタート時点では、銀座でも最高の場所に位置するフランス料理店としては、瞠目のグレートバリュー。

メニューでいえば、ぼくは「白金シェ・トモ」の市川シェフ手書きの大胆な文字が好きだったので、銀座のメニューはタイプ打ちゆえその点は少し残念。実際、手書きの方が美味しそうに感じるのはぼくだけではあるまい。

それと、基本は5,780円だけど、プリフィクスゆえ+1000円とかのメニューも多く、それならオートクチュールとの銘打たれた10,000円のコースにしてみようと選んだら、ほとんどがプリフィクスの抜粋で+αの割高感が減ったぐらいの印象。であればオートクチュールというメニュー名はイメージしにくいと思う。

料理の内容は、すっかりアミューズとなってしまったスペシャリテ「生ウニの貴婦人風」や見た目やテイストばかりではなく、食べる楽しさや野菜の美しさをも改めて感じさせてくれる「季節の有機野菜30種盛り合わせ」が健在。コワモテシェフが作り出すとは思えない、優しく繊細に語りかけるような流れが銀座でも絶妙に冴えている。

そして、ワインリストにも工夫があった。シャンパーニュ以外はすべて価格帯別。つまり、8800円ならその価格の中でフランス各地区のワインがリストアップされている。初心者でも選びやすいし、銀座的な見栄に対するアンチテーゼでもあるかなと唸る。もちろん価格自体も十分に練られ抑えられている。ただ、なぜかシャンパーニュだけは価格別になっておらず、しかも銀座レベルなのは違和感があった。

エレベーターホールでスタッフの皆様に見送っていただくまで、グランドメゾンで食事をしたような快適さ・ゴージャスさに加え、お財布にもやさしい展開は、市川シェフの新たな挑戦に快哉を叫ぴたい。そして、ここまで充実した店舗を開くには、ブログを続けることも困難だったんだろうなあと十分に納得させられた。

ところが、11階から1階まで下るエレベーターに乗った瞬間。上りの際はさほど感じなかったが、レストランとして申し分のない照明のなかで長時間過ごしたぼくの目には、カゴ内があまりにも真っ白で眩しすぎ。「銀座シェ・トモ」での至福の記憶は、エレベーターの白すぎる壁のように遠くへとかすんでいってしまった。

せめても、夜だけはエレベーターの照明を落とすことはできないだろうか。それを切に願う。

tomo.jpg
銀座シェ・トモ
●東京都中央区銀座 1-7-7 ポーラ銀座ビル 11-12F
●03-5524-8868
●11:30〜15:00 (LO)、18:00〜22:30 (LO)
●月休

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2009年11月15日

(13) オマージュ

いつもお読みいただきありがとうこざいます。
クーチャンネルでの連載も1年が経過し、なんとなくペースもつかめてきたので、今月より月2回更新を目指したいと思います。どうぞよろしくお願いします。

***


新店舗にはシェフ念願の広い厨房。

浅草に花開く骨太フレンチ

2004年のことだからもう5年前になるが、当時寄稿していた情報サイトの担当者より「浅草特集をするのでどこかレストランを一軒紹介してください」と頼まれた。その時書いた原稿を読み返すと、観光客相手に変わりゆく浅草を憂い形骸化した下町に失望しつつも、天ぷら・うなぎ・寿司といった江戸の代表ではなく、あえてぼくなりの直球、フランス料理店を取り上げていた。

そこで紹介した「オマージュ」へは、山手線内にある拙宅がら片道1時間以上かけて、その後も定期的に通っている。そして、シェフの様々な仕掛けや挑戦に毎回瞠目し、次々と充実していくスタッフの著しい成長にも目を細めていた。

当時の「オマージュ」は、ダイニングも決して広くはないけど、テーブルに着くまで右側に見える厨房があまりにも手狭。ますます巨漢になるシェフを含め彼を慕う多くの若者が、よくこんなに入って調理できるものだと感心した、というよりは危惧していた。そして、2008年の暮れだったか、シェフの口から具体的に来年秋の新店舗への移転計画を聞かされ、初訪問の機会を心待ちにしていた。

場所は浅草寺の裏、つまり裏浅草と聞いた。ぽつぽつと灯りが点る店を一軒一軒訪ねて歩きたくなるほど渋いグルメエリア。5656会館の横の道をまっすぐ進んだ右側で以前の店舗より少し近くなっているはず。でも見つからない……。

新装「オマージュ」は、デザイナーズマンション入口のようなモダンな外観で、旧来あったファサードや国旗といった目印もなくゆえ、素通りしてしまったようだった。

新天地はシェフのご実家を改装されたとのこと。2フロアに渡って展開していて、1階はレセプションと厨房のみ(ウェイティングを兼ねた小さなテーブル席もあり)、そして階段を上がった2階がダイニング。そう、積年の想い「広い厨房」をやっと実現されたんだなあ。しばし感慨にふける。

ダイニングは、天井は高いし配色に赤を使うなど、クラシカルな旧店舗とは異なるモダンな装い。いっぽうそんな中でひときわ目立つのは、日本料理出身のシェフのフィアンセが、マダム(女将さん?)として割烹着姿で接客に当たられていること。また、メニューの随所にも浅草を意識し積極的に取り込んでいて、浅草の店というより浅草から発信するレストランへの脱皮が印象的。となると、赤い配色も浅草のイメージなのかな、とか思ったり。

ただし料理には、あくまで「オマージュ」らしさが輝いている。最高のキノコ料理で知られるフランスの三ツ星「レジス・マルコン」(シェフの修業先)仕込みのきのこ扱いの巧みさ。そして以前より「羊を焼くのが好きです」とメニューにまで主張していた(今は書いてません)羊に代表する肉料理。

ぼくたちが訪れた日に今年初めて入荷したという、北海道は足寄産サウスダウン種仔羊のモモ肉。料金アップながらテーブルを囲む全員が一致してそれを選んだので、「かたまりで焼くことができました」とシェフが相好を崩す。見事な火入れと幾層にも肉が重なったボリュームに、しばし会話も忘れて食べることに夢中。

ワインも、おそらくは新店舗を見込んで昨年からお目見えしたイケメンのソムリエ氏がすっかり店になじんで、割烹着のマダムとのチームワークもなかなか。銘柄日替わりで値段統一というシャンパーニュの趣向もおもしろいし、飲み頃な年代のワインを安価でリストアップしてあるのがうれしい。

なお「オマージュ」のホームページも、実にこの店らしい手づくり感と純朴さに溢れているのでぜひご一読願いたい。しかも、ネット上でも予約状況が確認できる。予約の有無を天気予報仕立てにしたのは一興だが、満席のときが雨マークなのがちょっと寂しいかな。


オマージュ.jpg
「オマージュ」
●東京都台東区浅草4-10-5
●03-3874-1552
● [月〜金] 11:30〜13:30LO、18:00〜21:00LO
  [土・日・祝] 12:00〜13:30LO、18:00〜21:00LO
●月休


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2009年06月15日

(8) ポワソン・ルージュ

混沌とした町にたたずむ

地元民が通う小さなビストロ

1990年代後半、大井町に「廣田」という居酒屋があり、画期的なオリジナルメニューで脚光を浴びた猿渡浩之なる料理人がいた。通い始めた当初はひとりの客として、最近では料理に関する疑問を解決してくれる大切な友人として、ぼくは彼と親交を続けている。

現在の猿渡さんの活躍については別の機会を見つけるとして、今回は彼のウェブサイトで高く評価されていた、同じく大井町のフランス料理店「ポワソン・ルージュ」を取り上げてみたい。

場所はJR大井町駅から徒歩5分ぐらい。煙モウモウの路地裏イメージも強いが、そんなエリアとは反対側。オフィスビルの谷間に「ポワソン・ルージュ」は小さく息づいている。界隈はフランス料理店の雰囲気とは程遠いけど、一角だけはオレンジの灯りがたまらなくいい表情だ。

その印象はダイニングにても変わらない。クロスのかからないそっけないテーブルだし、グループの客が多いのかレイアウトも今ひとつ収まり悪いが、半オープンキッチンから漂う薫りと音は、食いしん坊の気持ちを昂ぶらせるに十分。

料理は、ブックになったグランドメニューも黒板の今日のオススメもまさにビストロ。メニューを熟読してもなお迷うが、涼げなスープ、今シーズン最後になりそうな野菜、旬を迎えた魚、安心定番の肉と読み上げていく。

ワインリストはさらに圧巻。猿渡さんのサイトにも「毎週定期的にワインの試飲会会場として使われ、ワインに対するレベルは上昇するばかり」とある。それを裏付けるように、見ているだけでフランスの大地に草の根を広げたような充実感を抱く。

そして「ポワソン・ルージュ」の意外な個性は、ビストロを看板にするには珍しく塩が控えめなこと。料理に強く塩を振れば、比較的ワインを合わせやすいし量も出るだろう。でも、塩を控えて素材をあらわにし、小さな針の穴に糸を通すように、寸分狂いのないマリアージュの一本を用意していただいた。

その心意気に快哉を叫びながらも、ここは各テーブル上に塩、コショウを用意してもいいのかもしれない。パリの「ランブロワジー」も、そして東京の「コート・ドール」も、塩が足りない方はどうぞ迷わずお使いくださいと言わんばかりに、自然な形で置かれている。

ただ、少し寂しく感じたのはこの店の客層。大井町という混沌にきらめく金魚(ポワソン・ルージュ)のはずなのに、ハレの意識が薄い女性グループ、子供が泣き叫んでもお構いなしの子連れ……。さらに悲しいのは、ぼくたちのテーブル以外、誰もボトルワインを飲んでいないコトだ。コーラやジュースばかり運ばれるテーブルもある。確かに安価で気軽でおいしくて、塩も控えめゆえ接しやすいことはわかる。でも、週一でワイン会を開くなど日々研鑽を積み、所狭しとセラーが置かれる店内。客にはもっとワインに目を向けていただきたく願う。

いっぽう訪問前にひと通りネット検索を試みるも、猿渡さん以外できちんとこの店の魅力を伝えているページには行き当たらなかった。シェフの経歴もオープン年といった情報も全く入手できない。グルメブロガーが跋扈する昨今では、多少奇異な印象すら受けるぐらいだ。

ふと、最近どこの料理店でも必ず目にとまる、写真撮影にかかりっきりで会話も料理も楽しめない系の人たちも、ここにはいないことに気づいた。どおりでネット上に登場しないわけだ。

果していずれがベターなのか。いずれもベターじゃないよなと考えつつ寂しい気持ちを引きずって帰路に着いた。大井町の雑踏は、ぼくのそんな想いにおかまいなくやっぱり混沌としていた。

poisson.jpg
「ポワソン・ルージュ」
●03-3775-1660
●東京都品川区大井1-53-8
●(火〜土) 11:30〜13:30(LO)、17:30〜22:30(LO)
(月)17:30〜22:30(LO)
●日休、月ランチ休
●カード不可

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2009年05月15日

(7) インダルジ

アメリカ仕込みの

エンターテインメント

ミシュランガイドが、ダイニング全体の評価から料理ひと皿へと審査基準を変更したのも影響し、昨今のスゴイといわれるレストランは、なにしろ料理に盛り込まれたインパクトを重視する。

すぐれた料理とは、何度聞いても同じ場面で笑い泣ける名人の落語のようなもの、つまり何回食べてもいつも幸せになれるのが真骨頂だと漠然と思っていた。もちろんそんな料理は今でもいくらでもあるけど、世の趨勢はいかに一皿で客を引きつけるか、驚かせることができるかにシフトしているようだ。

誰も口にはしないけど、ぼくはそれを「料理のアメリカ化」じゃないかと密かに危惧する。なんでもかんでも世界の頭を取りたいアメリカは(すでにほとんど世界一なのだが)、歴史とか文化とか伝統がない国ともいわれ大きなコンプレックスを抱いているのも事実。ただ文化や伝統がない分、コンプレックスを覆すごとくエンターテインメントの世界で天下を奪った。ディズニーもブロードウェイもハリウッドもすべてアメリカ発。たとえば映画は、1970年代ぐらいまでフランスやイタリアも優れた作品を残していたものの、エンターテインメントという点でハリウッドに完璧に凌駕され今や斜陽の一途である。

そして、料理の世界でもアメリカがトップになりたいと思わないはずはない。味オンチのアメリカ人と揶揄されることは屈辱以外のナニモノでもない。文化がないならエンターテインメントな食空間で勝負しようじゃないか。アメリカのサービススタッフがいつも「ENJOY!」と叫ぶように、伝統がない分、楽しさや驚きに置き換えようじゃないか。

そして今、世界の食はアメリカがほくそ笑む方向へと突き進んでいるように思える。日本で開催された世界料理サミットも、小泉元首相が挨拶をすること自体、アメリカ化の後押しだよね。

田原町の「 インダルジ 」にやっと行って来た。大きなレストランで働く“雇われシェフ”を除けば、「 インダルジ 」のシェフは、アメリカで料理の勉強をし、アメリカのレストランで修業をして、日本で個人店を開いた最初の人であろう。ついに日本にもそんな時代が来たかと感慨深い。

店のタイトルには「プライベート・コンテンポラリー・フレンチ・ダイニング」とある。が、ぼくが接したコース料理には、バターやクリームといったフレンチの定番はほとんど使われず、ほんの少量のオリーブオイルで火を入れる。純然たるネオアメリカ料理だよなとアメリカを食べ歩いた頃を思い出す。おいしくて美しくてヘルシー。おそらくレシピの上でも、きちんとヨーロッパの料理とセグメントしておられるのだろう。

ちなみに「 インダルジ 」とは非日常との英語だと店主から聞かされたが(本来の英語の意味とは違うような気もするけど、アメリカ生活の長い店主なりのニュアンスだと思う)、店自体はおそらく日本の西洋料理店ではもっとも料理人と距離が近い、シェフ割烹とでも形容すべきアットホームな空間である。大仰な装飾を施したダイニングで恭しくお辞儀をする給仕にサービスされる至福の時を非日常とするなら、まさに正反対。

目の前にいるシェフからは、日本人っぽい歌舞伎役者的風貌と、シャイな話しぶりの中に自己主張をしてくる大和魂と、そして、店舗と自分自身のすべてを「 インダルジ 」として演出するアメリカ仕込みのエンターテインメント性を感じた。自然体でいるようで、強烈な個性と驚き、そして楽しい時間をもたらすシェフの創造力に感服した。

田原町の仏壇街を歩きながら、フシギにアメリカに思いを寄せた夜だった。

indalge.jpg

インダルジ
●東京都台東区寿3-19-17
●03-5828-2228
●前日までに要予約/昼夜各1組(1〜5名)
posted by 伊藤章良 at 16:35| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月16日

(6) レヴェランス

ソムリエとシェフが作る

驚きと感動と高揚の時間

オーナーシェフという日本語がある。料理長が店の経営者を兼ねることを指すが、街場のレストランにはたいていオーナーシェフがいて、経営権の有無にかかわらずそう呼ばれることが有利であり美徳のようだ。ただ、最近やっとオーナーソムリエ、オーナーメートル等、料理人以外が店のリーダーを標榜する店も増え、それらはおおむね魅力的な場合が多い。

たとえば、プロデューサーとディレクターが切磋琢磨してすばらしい映画や舞台を完成させるように、店の中で圧倒的な権限を持つひとりが一方的にモノをリリースするより、卓越した見識を持ちながらモノは作らない別のフィルターを通して提供する流れは、確実に一歩先を行くはずだ。

最近ぼくが特に印象に残ったレストランは、ソムリエがオーナーを務める天現寺のフランス料理店「 レヴェランス 」。訪問前にオフィシャルサイトをのぞいたら、オーナーソムリエとシェフは同学年で同窓。しかも同時期にフランスでの修業経験あり。これはてっきり「30歳になったら一緒に店をやろうぜ!」と誓い合った間柄かと思いきや、ソムリエが面接でシェフを決めたという。こうした偶然の出会い話からスタートした「 レヴェランス 」でのディナー。驚きと感動と高揚と、30歳で独立した若い二人の力に圧倒され続けた時間だった。

メニューを開く。敏感な方だとフランス語と日本語の意味が若干異なる(もしくは日本語の方に形容が多い)ことに気づくだろう。それは、シェフの料理を試食してフランス語のメニューをもらった後、オーナーソムリエが、よりお客様に伝わりやすいよう新たな言葉を紡ぎだすそうだ。

そんなひとつの所作からもわかるように、メニュー構築にはサブとして参加しつつ、ひと皿ひと皿を目と舌に焼き付ける逸品へと仕上げる。料理以外の担当はすべて自分なのだと、内装、調度品、グラス、メニュー、そしてチーズやカフェに至るまで、持てる感性とフランスでの経験を注いで「 レヴェランス 」という箱を完成させている。当然ながら、彼が説明しチョイスしたワインの味わいは、小気味よいほどその口調の通りでソムリエとしての力量にも唸った。

夜のコースは13,000円(税・サ別)。チーズもコーヒーも別料金だが、前述のように自ら選び、盛り付け、ブレンドしたとの話を聞くうち思わずトライしたくなる。もちろん食後酒談義にも花が咲く。結果的にかなりの支払い額となったものの、あまりの充実度に高いとは感じなかった。

若い二人が、大人を楽しませるには驚かせるにはどうしたらいいか。それを、決して驕らず文字通りレヴェランス(敬意)な視点で作り上げる空間。ひとりのフランス料理ファンとして長く見守っていける場所を見つけた幸せに浸りつつ席を立った。

唯一難をいえば、店の外観がコンビニのように殺風景なこと。ここがフランス料理店と気づかず通り過ぎる人も多いらしい。お店を失礼する際オーナーソムリエの亀山さんに「パリのアルページュみたいだよな」と言うと、にこっと微笑んで「今一番ここを変えたいんです」と、ドアノブを握った。

レヴェランス
reverence.jpg
http://www.rest-reverence.jp
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2008年12月15日

(2) ル・カフェ プルス・アー

あえて言う。

今、“うまい”西洋料理店に行きたいならココ

ミシュランガイド東京が発刊される20年前から、日本には料理評論の先達である見田盛夫・山本益博両氏が編んだ「グルマン」というフランス料理店ガイドがあった。彼らは東京や関西のフランス料理店を、ミシュラン同様に三ツ星を最高として評価。今と違い、インターネットもなく情報の少なかった当時は、星の数の興味より以上に早く翌年のガイドが出版されないかと待ち望んでいた。その「グルマン」にて、今はなき赤坂の「ビストロ・サンノー」や駒沢の「ラ・プリムール」などとともに、ずっと二ツ星を取り続けた名店があった(ゴージャスさに多少欠けるのか三ツ星はかなわなかったが)。

広尾の「プティ・ポワン」である。
予約の電話から幸せな気持ちになるマダムの応対。広尾駅からの喧騒を少し離れると見えてくる緑の可愛らしいファサード。そして、大きな体躯のシェフが繰り出す堂々として豊かな料理……。

ただ、そのころの「プティ・ポワン」も今はない。
ところが、寂しさを凌駕しさらに興奮させられる新しい展開がぼくたち食べ手を待っていた。以前と同じ場所を2フロアに改装。上では「プティ・ポワン」の名を残しつつ、メニューを2コースに絞ってシェフの英知すべてを味わうサロン的空間。シェフの手書きイラスト&メニューは額に入れておきたいぐらいだ。1階は長い修業を経て戻ったシェフのご子息が「ル・カフェ プルス・アー」をオープン。2007年末、形態の違った2つのレストランが誕生したのだ。父親が真上で孤高のコース料理を展開するなら、息子は気軽で親しみやすいカフェを志向。ダイニングは小さなテーブル群とカウンターで構成され、天気のいい日には外苑西通りに向いてオープンエアにもなる。

と、それだけを目指すなら二ツ星シェフのサラブレッドとして国内外の名だたるレストラン修業は不要かもしれない。「 ル・カフェ プルス・アー 」は、なにせ料理がスバラシイ。うますぎる。誤解を恐れず言うなら、ここはカフェではない。堂々たる料理店なのだ。

メニューにはカレーもパスタもサンドイッチもあるので、通りすがりにのぞけばそれなりにカフェであろう。でも、なにげなくチョイスした「海老グラタン」のクリームソースが優しさに溢れて絶品だったり、カレーもものすごく奥が深かったり……。そして「16種の焼野菜釜」に至れば、2008年に日本で食べた西洋料理のなかでも、もっとも印象に残ったと叫べるぐらいの感動モノ。とにかく気軽においしいものを食べたくなったら思い出してほしい。

ただ大人の視点から見れば、レストランとして物足りない面もある。カフェを気取ってのことなのか小さなテーブルに無意味にフランスの飲料系ロゴが入った大きな灰皿が置いてあり、とてもじゃま。昼も夜もコース料理にはナゼかお得感がない。カフェにあってほしい食前・食後酒はほとんど期待できず、ワインもボトル5000円のものが1種類とは悲しい限り……。

でももう一度。とにかく美味しい西洋料理が食べたい時には、ぜひ「 ル・カフェ プルス・アー 」へ。

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ル・カフェ プルス・アー
●東京都港区南麻布4-2-48 TGKビル1F
●03-3449-3975
●11:00〜22:00(L.O)
●無休
http://www.petitpoint.co.jp

posted by 伊藤章良 at 10:38| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月15日

(1) オー・ギャマン・ド・トキオ

見渡すかぎりキッチン

「粋に食べるコト」だけに没頭できる空間

原宿から明治通りを千駄ヶ谷方面に進み、左に大きく曲がる角の突き当たり。フェイスビルと呼ばれる建物の地下に、イタリア料理店「バスタパスタ」があった。店の真ん中に全く遮蔽物のないキッチンがドカンと居座りその周りをテーブル席で囲むという斬新かつ劇場的レイアウトと、ライト感覚な都会的メニューの数々で、トウキョウイタリアンの予兆ともなる「江戸前イタリアン」と称せられた。その店を設計した人物もシェフも当時はもてはやされ時代の寵児となったが、最近はどうされているのだろう。そしてまた、「バスタパスタ」自体も現在ニューヨークにしか存在しないが、そこを巣立った料理人の多くが、イマのイタ飯を支える礎となっているのは興味深い。

さて、ふとそんな「バスタパスタ」を思い起こすようなフランス料理店と白金で出会った。「 オー・ギャマン・ド・トキオ 」である。明治通りから首都高に入る古川橋の入口。その辺りから住宅街に入り高名な焼き肉店「金竜山」の人だかりを見つけたら斜め前の2階。まずエントランスがステキだ。普通のマンション表示のような一行の英文によるシンプルな店名。そこの階段を上がってドアを開けると、「レセプションのスペースさえもったいないなかったんです……」と聞こえてきそうなほど、入ったその場所からカウンターがぐるりとキッチンを囲む。ビルの2階ゆえ天井も低く「バスタパスタ」ほどの劇場性はないけど、板前割烹の全方位型のような厨房を眼前にして気持ちが高揚しない食いしん坊はいないだろう。奥の半個室をのぞけば、店内のほとんどをキッチンとカウンターが占め、自席に着くまでは、人ひとりが通れる程度のスペースしかない。この窮屈さも、逆に大人の節度と集中力を高めてくれるだろう。

「 オー・ギャマン・ド・トキオ 」は、基本的にサービススタッフ不在の店である。顔を上げるヒマさえなさそうな料理人が気の効いた接客も担当する。当然だか料理の説明は的確だし、3人グループのお客様だからと、シェアしにくい料理をあらかじめ3皿に分ける心遣いは、厨房からダイレクトに客席が見えている所以だ。とうもろこしのムースを前菜に選び、口にして思わず「ホントにとうもろこしだ!」と叫ぶなら、すかさず「そうでしょー」と厨房から突っ込みが入る。興味ある食材・珍しい野菜などはサッと現物が登場。いっぽう「あそこでローストされているのはぼくの頼んだ肉だろ、ちょっと焼きすぎじゃないか」とか、不安にもなる。この臨場感や意外性は板前割烹をも凌駕する。また、客側も自分達の会話や食べることだけに専念しちゃうと少々つまらないかも。

もともとはプラチナ通りにある「モレスク」(ワイン飲み中心の店)から拡張したそうだ。当然ながらワインのストックもありスペシャリストもおられることだろうが、ワインの選択肢は少ない。その少なさがまた「 オー・ギャマン・ド・トキオ 」としての線引きなのかもしれない。

TOKIO1.jpg

オー・ギャマン・ド・トキオ
●東京都港区白金5-5-10 2F
●03-3444-4991
●日祝休


posted by 伊藤章良 at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする