いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2020年01月01日

(131)神奈川・子安「金剛商店138番地」

ストレスなしのワンオペが満腹へと導く。
昼はキムチ店というコスパ抜群のビストロ


あけましておめでとうございます。
2020年、日本人ばかりではなく世界中の人々が、日本の「あつさ」に驚き浮かれることでしょう。そんな中、ぶれないクールな視点で食の世界を論じていきたいと思います。

不朽の名作ドラマ「傷だらけの天使」のロケ地としても有名な代々木駅前の雑居ビルに「煮込みやなりた」なる名前の、フランス料理らしからぬ名前のビストロがあった。このビルが取り壊しになるとのことで、同じく代々木駅の反対側に移転(実はその後も長期間そのままだったものの、最近やっと工事が始まっている)。安価ですごいボリュームだけが話題となり、全く予約の取れない、縁遠い店となった。ただ、シェフの成田英壽さんは、毎年フランスに行くほどフランス料理を愛し研究し実践されていた。「煮こみや なりた」の料理は、リヨンの「ブション」を想起させる豪快ですばらしい本格的なフランス料理だったわけだが、惜しまれつつ2018年末に閉店した。

ぼくのまわりにも多くの移転前からの「煮こみや なりた」ファンがいて、自らの予約がかなわなくても、年に一度ぐらいは誰かが誘ってくださったし、そんな面々は、いつしか「なりたりあん」と呼ばれるほどになったのである。

「なりたりあん」の面々とは今でも個人的に付き合いがあり、健啖家ばかりで食事をしても楽しいメンバーだ。彼ら彼女らは今でも口々に、「なりたロス」を口にする。なかなかあれほど迫力のある現地さながらの料理店は見つからないのだ。

ところが最近、そんな「なりたロス」を忘れさせてくれる店が見つかったらしく、何度か声をかけていただき、やっと先日伺うことができた。「金剛商店138番地」という、レストランなのかと首をかしげる店名だ。場所は横浜の子安。京浜急行に乗って初めて向かったが、新子安とかJRにも子安駅があるようで意外とわかりにくいエリアだった。

駅を出て、線路の下をくぐって左折。なんとなく代々木の「なりた」へのアプローチにも似てるなあと思った瞬間に「金剛商店138番地」は登場した。入口にドアはなく防寒用の分厚い透明ビニールで囲われていて、この辺も「煮こみやなりた」とそっくりだ。ビニールを開いて中に入ると、すぐ目の前にカウンターのみ10席ほど。ただし、どうやら2階にはテーブル席があるらしい。カウンターの向こうにシェフがひとり。これでスタッフは全員だ。ちなみにトイレは、鍵を借りて外に向かう。小さいがとても清潔だった。

「金剛商店138番地」は、昼間はシェフのお母さんがキムチなどの食材売っている商店で、その横でシェフが仕込みをしていると聞いた。
毎日のメニューは黒板に書かれていて、店主が決めたルールと価格帯によって何皿か選ぶ。基本はフランス・イタリア料理。バリエーションが豊富で、特にメインの肉など何種類もあり、よくここまでひとりで揃え、仕込むなぁと舌を巻く。メニューの中にシチリア風〇〇とあったので思わず頭の中で想像してひと皿に加えると「イメージされているのとウチのは少し違ったアレンジなんですが、よろしいですかと」すかさず丁寧な注釈が入り、シェフの真面目さが伝わってくる。

その日は一番のり。カウンターの椅子に腰かけて待つ。シェフの準備が整い音楽が流れ始めるとBGMはレゲエ。飲食を待たずして、レゲエ好きのぼくの気持ちは相当アガってきた。

というか、目の前のシェフの、キッチンでの動きを観ているだけでも、中途半端な芝居より見ごたえがある。飲み物の注文を聴いて、オープンに放り込んで、フライパンを振って、ディッシュアップして、きちんと料理への説明も入る。その一連の流れに一分のスキもなく、いっときも体が止まることもないのだ。

そして、「煮込みやなりた」と一番異なるのは、料理が出てくるタイミング。「なりた」の場合、やはりなかなかひと皿目が出てこなかったし、多くのワンオペの料理店は、待たせることも値打ちのひとつ、みたいに、シェフが悠然とと対応するところも多い。
ところが「金剛商店」は、まったくストレスなく、まさにポンポンといった感じで皿が出てくる。しかも、どの料理も手が込んでいて、味付けにもさまざまな工夫があるので、夢中になってアッという間に食べてしまっても、いつの間にと、シェフのお顔をマジ見するぐらい、さっと次の皿が出てくるのだ。

最近のワンオペ傾向には、この連載で問題提起もさせていただいたが、ここまで徹底的にひとりきりのすごさを見せつけられると、グウの音も出ないのだ。

ふらっとのぞいて、満席と知り寂しそうに去る客も散見。子安まで出張してきた自分は、少し申し訳ない気もした。というのも、ここのハイボール。四ツ木や八広といった酎ハイ街道にある酒場並みの怪しさ・強烈さ。キムチをツマミに、安価で酔いたい、そんな方々の席を奪ってしまったようだ。

でも、ワンオペの痛快さと満腹になる料理をぜひ体験していただきたいと思うと、書かざるを得ないのである。

「金剛商店138番地」
●神奈川県横浜市神奈川区七島町138
●045-421-4902
●18:30〜22:30(入店20:00まで)
●日休。臨時休業アリ。

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2019年12月01日

(130)銀座「薪焼 銀座おのでら」

シェフとソムリエとの信頼が生む
納得できる料理とワインのペアリング

昨今は、予約困難店の席を確保するまでに相当の知恵や労力を費やしてしまうからなのか、食事中はできるだけ頭を使わない、そして、可能な限りボロが出ないような展開が好まれるようだ。

高級江戸前鮨では、カウンターに座って以降まったく店側とのコミュニケーションは必要もなく、ひたすら料理と酒が出てきて、最後に高額の請求が来るので躊躇なく支払う。予約をとることのできた人がもっともすばらしく、鯔背に鮨を食べたり、店の職人や同席者と会話を楽しんだりするのは二の次となった。この傾向は、天ぷら、焼鳥と、カウンター中心で、男女を問わず一人でも訪問できる環境ならば、いずれの場合も増える一方だ。

頭を使わなくていい(言い換えれば、勉強しなくていい)、ボロが出ないようにしたいという傾向は、西洋料理のテーブルでも多くみられるようになってきた。もともとコース構成が主体ではあるものの、それに合わせるワインも、ペアリングという形で店側がグラスで提供する。いいレストランになればなるほど分厚いワインリストがあり、それと長時間にらみ合いながら、最後にソムリエとも相談して何とか一本に絞り込む作業は本当に楽しかった。最近はソムリエの存在が果たして必要なのかと心配になるほど、どこの店でもペアリングはいかがですかと勧めてくる。

これについては、視力の衰えが顕著で細かいワインリストを読み解く根気が薄れてきた自分もその提案にのることが多い。また、料理にどのようなワインを合わせて完成させたいのか、シェフやソムリエの考えに興味もある。そうは言いつつ、ぼくの感覚では、半分以上はドンピシャとは思えず、ちょっと違うかなあと首をかしげてしまう。シェフはこの皿とワインを本当に合わせたかったのかと悩ましいのだ。

今年のフランス巡りでは、元三つ星を含めると5軒の星付きレストランに行った。そのうち4軒でペアリング、1軒はソムリエと相談してワインをボトルで選び、結局自分で選んだワインが一番印象的だった。

そんな中、今回取り上げる「薪焼 銀座おのでら」は、すべての皿に対し用意されたワインが驚嘆のマリアージュで、本当に驚き感動し、ペアリングの真の愉しさを堪能することができたのである。

「薪焼 銀座おのでら」は、2019年7月にオープン。鮨、天ぷら、鉄板焼などをワールドワイドに展開しているグループの印象が強い中、火力を薪にフォーカスしたフランス料理店である。場所はおのでらグループ核店舗が入るビルの一角。カウンター中心で個室もあるようだ。

種明かしをすると、「薪焼 銀座おのでら」のシェフは寺田恵一。「カンテサンス」や「神宮前 傳」等で研鑽を積んできた料理人。一方ソムリエは、市村暢央。「カンテサンス」でシェフソムリエを長く勤め、現在はおのでらグループ全体を見つつ、寺田シェフを迎え入れて二人の考える日本のフランス料理を追求する店づくりに携わる。

薪焼と銘打つだけあり、火力はほとんどが薪だ。炭を使う店は多くあるし日本人は使い方も巧みである。一方薪は、一般的にはピッツァ窯ぐらいしか知られていない。設備も大がかりになるし、何より火加減という面での熟練が必要だろう。
ただし、薪からの直接の炎で火が入るので、焦げ方から自然で香り高い。フィレンツェに、今でも薪のみでステーキを焼く名店があり、そこのステーキは本当にすばらしい。その店はガスの通らないころから薪での調理実績があるのだ。都会のビル内にて始め、4か月ながら特徴を見切っての安定した火入れや、さらに薪焼の個性を注入した新たなレシピの数々に瞠目。さらにそんな皿に対し、針の穴に通すほど細心で大胆なワインがペアリングされるのである。
あまり種明かしはしたくないが、薪焼の肉だからといっても、堂々と白ワインが供されたりする。.

ソムリエの市村さんは、「カンテサンス」時代から、もし一緒にやるならこの男だと思っていましたと、寺田シェフを評価する。二人の間に生まれるマリアージュは、単に料理とワインのペアではなく、深い信頼と愛情にあふれているんだなと強く感じた。となるとますます、ペアリングの世界は奥が深い。

薪焼 銀座おのでら
●東京都中央区銀座5-14-14サンリット銀座ビルIII 9階 
●050-3628-1295
●水、日休
●17:30 〜20:30LO



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2019年11月01日

(129)フランス・ケゼルスベール「CHAMBARD」

日本でフランス料理を食べたいと思えなくなった
フランス料理の底力を見せた一軒


先月の続き、である。
ぼくは毎年パリまでは行っているが、2019年秋、久しぶりにパリから地方へと向かった。その目的は食ではなく村だ。フランスでは「フランスの最も美しい村」を認定する協会が1982年に設立された。その厳格なルールにそって認められた美しい村が、フランス全土に150以上存在する。人口が2000人以下で、歴史的文化的遺産を持ち、景観を損ねる新たな建造物は許されない。経済発展よりも、遺産を守り観光産業に特化するという村の宣言でもあるようだ。今まで食オンリーだったフランス渡航ながら、ようやく観光らしい観光をすることに決め、パリからアルザス地方の起点となるストラスブールに移動した。ストラスブールから、アルザス一帯に点在する最も美しい村、エーグイスハイム、ユナヴィール、アンスパック、ミッテルベルカイム、リクヴィールといった村々をどのように回るか、そしてそこに息吹くワイナリーのどこに行くか検討を重ねた。

といっても、食についても忘れることはない。前回紹介した「レストラン ラシーヌ」の田中一行シェフに、今年はアルザスを回遊するので、あの辺でどこかおすすめのレストランはないかと聞いていたのである。そこで彼が紹介してくれたのは、ミシュラン二つ星の「シャンバール」という店だった。全く知らない。でも田中シェフの推薦なら、ここは外すわけにはいかない。そのレストンがあるケゼルスベールは、そうとう不便なところだ。そして、フランスの最も美し村には認定されていないが、それに匹敵する素敵な場所のようだ。

アルザスにある最も美しい村巡りの一村に加えたぼくは、さっそく予約を開始。「シャンバール」はオーベルジュ(宿泊施設付きレストラン)だったが、あえてそこには泊まらず、すぐ近くに宿をとった。チェックインの際、今日のディナーはどうするのかとホテルのフロントに聞かれたので、「シャンバール」に行くつもりだと答えると、即座に「予約はしたのか」と。とんでもない田舎にあっても、予約がないと入れないのは想定内だけど、さすがフランス、さすがミシュランガイド。日本のものとは、歴史も価値も目的すら違う。

ホテルフロントに教えられた通り、ほんの100メートル程度のメインストリートを歩き、通りに面した店のドアを開ける。まるで山小屋風の居酒屋だ。そして満席。首を傾けつつ入口に立つ真っ赤なスーツを着た長身の女性に予約の旨を告げると、ああ、それはこっちよと指示。

居酒屋を通り抜けると、突然、鹿の角が天井各所にディスプレイされた広いレセプションに出た。いかにもアルザスのレストランといった感じの、自然とモダンが融合したスペースだ。ダイニングはもちろん、二つ星をきちんとわきまえた、ゴージャスな空間。どこから来たのか、品のいい男女が、すでに多くのテーブルを囲っている。そして、ダイニングに通されて初めて、この店の入口は自分が入ったところとは別にあることに気づいた。

もちろん、事前にこのレストランを検索してみたが、ほとんど情報がなく、まして日本人が書いているものは見当たらなかった。三つ星ではないゆえ、コレクターの餌食にもならず、この辺鄙な地区にて徹頭徹尾アルザスの地方料理を昇華させてきたに違いない。

最近のフランスはどこでもそのようだが、まずは手でつまんでいただくアミューズが出る。続いてフォワグラ。最初からアルザスの名物が登場だ。「冬のアルザスのフォワグラ アルザス地方の菓子ベラベッカのソース 山のチーズ」。
ひとさじ口にして最初に思ったのは、未だかつて食べたことのない特別なおいしさ。時が止まったような気がして陶然となった。信じられないぐらいフレッシュでなめらかなフォワグラにベラベッカ、つまりドライフルーツのソース、そして素朴なチーズ。このシンプルな三位一体がとてつもなく巨大で複雑な味を創り出し、個々が小さく主張しながらも口の中で儚く消える。半分ぐらい食べたとき、もう半分しかないのかと天を仰ぎたくなった。

魚料理は「アルザスの山の岩魚 ザリガニ、エスカルゴと共に パセリのソース」。
サービススタッフは英語でトロートと言ったので、味わいや色も含めておそらくマスだろう。これは特筆すべきことは少ないものの、皿にイクラがちりばめてあり、日本的に言うと親子状態。メニューに記載はないし、フランスでも生の魚卵は食べるのですかと聞いたら、そんなに量は多くないのでとはぐらかされた。

さらなる初体験はメインの鹿。シェフ オリビエ・ナスティ自ら撃ってしとめたものだ。フランスで野性の鹿肉を食べるのは初めて。国内外であらゆる四つ足を口にしてきたつもりでも、そのどの肉とも違う、そしてどの肉からも抜きんでた食感。チープな表現だが、馬肉や牛肉、イノシシ、熊など、獣の赤身の特徴的な部分があちこちから顔をのぞかせているようだ。強烈に大きなナイフがプリセットされたのに、自重だけでもスパンと切れそうなぐらい、引き締まりつつも柔らかい肉質。肉の旨さというより、山の自然の恵みを舌に覚えさせていた。

最初に迎えてくれた真っ赤なスーツの女性は、やはりマダムだった。子供のころ日本に住んだことがあると言い、少しだけ日本語を話した。素朴で自然体な女性でミシュラン二つ星のレストランでは珍しく感じ、同席した妻は、最後まで「あの人がマダムかなあ」と言っていた。ぼくにとっては、料理もマダムも、わざわざこの地まで来なければ決して出会えない稀有な存在として呼応したのだった。

2018年は、たまたまその年の世界のベストレストランでトップだったイタリアはモデナの店に行った。でも帰国後さっそく日本のイタリア料理店にも足は向いた。ところが今回のフランス紀行は、改めてフランス料理の底力を思い知ることとなった。パリで展開されているような、見かけの美しさや驚きだけを皿の上表現した似非日本料理とは違う、地に足の着いた真のフランス料理に何度となく出会った。帰国して一か月、未だに日本でフランス料理を食べたいとは思わない。そして来年もまた、再びフランスの地方をめぐりたいと切に願った。

Le Chambard - Hotel Restaurant Alsace
●9-13 Rue du Général de Gaulle, 68240
Kaysersberg,
●+33 3 89 47 10 17


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2019年10月01日

(128)フランス・ランス「Restaurant Racine」

皿から見えるフランス料理と日本料理のアウフヘーベン。
ランスでさらなる上をめざす日本人シェフ

ぼくは毎年パリには行っているが、2019年秋、8年ぶりぐらいにパリ以外の地方を2週間かけて回った。目的はいろいろとあり、スケジュールを組むのに苦労したが、中でも最大の楽しみは、現地で活躍する日本人シェフに会うことだった。

8年前、フランスのミシュラン三ツ星オーベルジュ「レジス・マルコン」を訪れた時のこと。食事の大半が終わり、そろそろ会計かなと考えていると、サービスから厨房に日本人がいるので紹介しようかと言われた。それは願ってもないお話。登場したのは田中一行さん。彼は、厨房を案内しシェフのレジス・マルコン氏に引き合わせ、自分はガールフレンドの故郷ランスにてレストランを開くつもりだと語り、同じ「レジス・マルコン」で働くフランス人のガールフレンドにも会わせてくれた。「コンニチワ」と日本語で挨拶をした、とても可愛らしい女性だった。オーブンしたら、必ず訪ねるからねと約束し厨房を後にした。

その後田中シェフは、プラン通りランスに結婚した奥様と二人で「レストラン・ラシーヌ」を開き、オープン一年半後にミシュラン一ツ星を獲得。2年前に移転・拡張した。

出会いから8年後、ぼくはようやくランスに渡り、念願だった「レステラン・ラシーヌ」のドアを開いた。もちろん最初に出迎えてくださったのは、あの時厨房にいたフランス人のマダムだ。

エントランスの左側は全面ガラス張りの厨房、ダイニングは木目の格子を使ったりと、どことなく和を意識した落ち着いた内装の中、厨房のよく見える奥の席に通された。もちろんフロアのスタッフはマダムを中止人に全員フランス人だが、厨房は、シェフの他、料理人が4人全員が日本人、厨房の公用語は日本語だ。

料理は筆舌につくしがたく、ぼくの表現力では伝えきれないぐらいにすばらしい。特筆したいのは、今、フランス人のトップシェフたちがもっとも作りたいと切望するが、なかなかその域に到達しないレベルの、フランス料理と日本料理のアウフヘーベンがある。

一番顕著なのが魚の火入れ。限りなく生に近い状態ながら、どの段階で止めるか、その「寸止め」の感覚や技術は日本人、いや田中シェフにしかできない極み。しかも、オマール海老は1分28秒とか、ライトの熱だけで2時間とか、彼の中で最適な時間がきっちり出来上がっている。

加えて、酸の使い方である。自作したビネガーが50種類を越えるというシェフだが、酸、つまりすっぱさも、おお、と嘆息するぐらいの強い踏み込みながら、付け合せに果物を紛れ込ませ、ほのかに甘味で中和させる。その面白さは、過去を思い出しても未だ記憶のない感動だ。

シェフは噛んだ時の音まで考えて食材を組み合わせると語る。そういった地道にコツコツと育んだ要素の一つ一つが、最良の状態で皿にのるのだから、食べる喜びは、まさに日本人としての誇りだ。

二ツ星をとりたいと、シェフは素直に語る。「レジス・マルコン」にいたおかげで、それなりの食材業者とのルートはあるが、二ツ星になると、業者の方からトップクラスの食材を供してもらえるのだそうだ。よりグレードの高い食材を得るために星を獲る。まさに田中シェフらしい言葉だった。

今、「レストラン・ラシーヌ」のフランス人のお客様はわずか4割。それ以外は外国人なのだそうた。ランスという世界に冠たるシャンパーニュの地に買い付けに来るバイヤーがその魅力を知り、一年後の予約をして帰国するという。二ツ星を獲得しこの店のすごさをフランス人が知り始めると、いったいどうなるのか。想像しただけで、今からゾクゾクが止まらない。

田中シェフに、なぜラシーヌという名前にしたのかと聞いたら、根っこという意味なのですが、自分とヨメがその根っこになり大きく育てて行きたいという意味ですと話された。その意図もさすがだか、フランス人の奥様をヨメという九州の男らしい口ぶりが、印象に残った。

Restaurant Racine
●0033 326 35 16 95
●6, place Godinot 51100 Reims
●12:15~13:30、19:15~21:00
●火水休






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2019年08月01日

(126)表参道「GOSU」

美辞麗句は必要なし。
ただ純粋に、すぐれた店



一回の食事に費やすお金の価値が、本当に分からなくなってきている。
コストパフォーマンスという和製英語が食事の価格にも普通に使われ、コスパやCPがいいね、みたいな会話も日常。ところが、なにをもってコスパがいいのかと突っ込んでも、そこから明確な回答は得られない。それは単純に、コスパの意味が分からないからだ。
元々の価値の良しあしを、自分の舌ではなく情報のみに頼っている現状では、判断もつきにくいし、判断力も醸成されない。
ぼく個人は、飲食でいうコスパは、情報に影響されない満足度対価格比であってほしいし、著名なシェフの料理だから、あの漁師が獲った魚だからみたいな前提は、本来のコスパには不要なのだ。

ぼくは、中村悌二氏率いる飲食グループ「フェアグランド」の店舗が、東京で最もコスパ(情報に影響されない満足度対価格比)のいいレストランだと思っている。
ここを巣立った面々は、「高太郎」「バール・ボツサ」「酒井商会」「の元」など、各所で人気を博しているし、代表の中村悌二さんを中心に開いていたスクール出身者を合わせるとさらに数えきれない。
中村悌二さんは、どんどん独立をしてくれればいい、独立店が人気になれば、どこの出身かと必ず辿られ、ひいてはうちのグループ全体にもいい影響かあるんだよと語っている。
そんな「フェアグランド」の中から、今回は、表参道の「GOSU」を、紹介したい。
グループでも、唯一洋風の打ち出しをしている店かと思う。

「GOSU」の満足度は、とにかく総合的に優れた点だ。
もはや大多数のレストランが、「総合的にいい」を目指さなくなった。著名なシェフの元で修業した料理人、現地でワイン造りまで体験したソムリエ、海外のホテルまで手掛ける有名デザイナーの内装、生産者を回って見つけた、有機農家の〇〇さんから直接仕入れた野菜。
最近では当たり前すぎるこれらの美辞麗句は、どこまでが本当の、といえば失礼だが、語れる価値のある内容か。もっと問うなら、どこまで客がその差に気づき、興じることができるかだ。
それはたぶん、他人を誘うとき、そこに様々な尾ひれがあれば箔がつくし、相手にも興味を持ってもらいやすいのは確かだが

「GOSU」は、もしかしたらスペックで食べているひとには響かないかもしれな。いっぼう、どんなシチュエーション、どんな相手とでも、決して失敗することはない。さらに、支払いの談になれば、相当感謝されるはずだ。それこそが、総合力なのだ。
国道246号から少し奥まったビルの地下。数軒の飲食店が並ぶエリアだが、店内ではそれを感じさせる気配はなく、完全な「GOSU」の世界観に引き込まれる。それはまず、スタッフの客に対する姿勢と統一感だろう。気持ちがいい、の一言だ。さほど広いダイニングではないが、席間やレイアウトがゆったりしているのも、功を奏している。

「GOSU」の料理を伝えるのは少し難しい。言葉を選ばないと、単なる創作料理の類に見えてしまう。メニューを見ると、どれもすべて食べて観たくなるほど全方位的で食材も多岐に渡る。餃子もパスタも肉団子もあり、それらは想像や期待の常に上をいく。中華の定番マコモタケを肉巻きにして使う。うにのフリットにも驚かされた。いずれも申し分なくうまい。しかも、愛情の注がれた調理を感じ、サービスとの連携の妙も加わってくる。
さらにうれしいのは酒、特にワインだ。安価で良質な、しかも店の料理との相性も寝られたワインを世界中から探してきてリスト化している。グラスワインの種類も豊富だし飲み放題まである。
しかも、料理もワインも、それを客に伝えるグラフィックの使い方が巧みで美しい。とても理解しやすく、随所に興味をそそり、自然と指を差してしまう。それが、総合力のなせる技なのだ。

「GOSU」は、食べログでもぐるなびでも、ダイニングバーとなっている。つまり情報先行型の有象無象には、選択肢として響かないだろう。だからこそ、ずば抜けて客層がいい。
様々に研鑽を積み、試行錯誤も繰り返し、一周回ってこの位置まで来た。
知り尽くした大人が原点に戻って求める場所、そんな印象だ。ここは、もしかしたら最も先端を走るレストランなのではないか。そんな想いを巡らせながら、店を後にした。

GOSU
●03-6450-5339
●東京都渋谷区神宮前5-51-8 ラ・ポルト青山B1F
●月〜金、祝前日: 18:00〜翌0:00 (料理LO.23:00 ドリンクLO.23:00)
土、祝日: 17:00〜23:00 (料理LO.22:00 ドリンクLO22:00)
●日休
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2019年07月01日

(125)熱海「THE HIRAMATSU HOTELS&RESORTS 熱海」

高級レストランの世界的グループが仕掛ける
日仏融合の大人の遊び場


ソムリエとは、大人の日本人ならたいていその職業が分かるほどポピュラーだが、アメリカ人など英語を母国語とする人たちはほとんど知らない。オーベルジュとなるとさらに特殊で英語圏では全く通じないが、意外と日本人には理解されやすい。
オーベルジュとは、フランスにある宿泊施設付きレストランのこと。温泉旅館同様一泊二食付き。食事と宿泊が込みの料金で、飲んだお酒のみ別払いとなるのが通例だ。

フランスの著名なオーベルシュをいくつか訪問したが、パリなどで高級レストランを利用するときとは圧倒的な違いが一点ある。それは、ダイニングの座席が利用宿泊施設のランク順に、きちんと割り振られることだ。
パリの高級フランス料理店なら、確実に、アジア・中近東エリアの席に通される。料理の内容は別として、パリで食事をしているという臨場感も高揚感も、そこには生まれない。
一度、パリでぼくの通訳をしてくれている友人に頼んで、ネイティブのフランス語で「ランブロワジー」を予約してもらったら、アジア人席をスルーして奥のフランス人席に通された。パリでのレストランの予約は、ネイティプフランス人に頼むしかないなと納得した記憶が残っている。

日本でも、オーベルジュは早々に全国各地で生まれると期待をしたものの、オーベルジュと名乗りながらもペンションの延長だったり、ホテルの付け足しだったりと、料理のクオリティが伴わなかった。

そこで、やっとというか流石と唸るか、高級飲食店展開では世界唯一の一部上場企業としても過言ではない「ひらまつグループ」が、その事業に乗り出した。レストランにある程度成功を収めると、次に宿泊施設、そして学校と拡大するのは多くの飲食店運営会社を見ていると同様の流れがあるが、ひらまつグループは、日本という風土の持つ慣習や肌感覚を壊すことなく、いや、それを大胆に活用し、世界を視野に入れて日本的オーベルジュを、全国各地に作り始めた。

今回取り上げるのは「THE HIRAMATSU HOTELS&RESORTS 熱海」。ホテルズ・アンド・リゾーツでは、世界中の観光地にある大型施設の印象が強く、せっかく作ろうとしている日本的オーベルジュに逆行するような気がして少し残念に感じる。

気分を取り直し、熱海の駅からタクシーで向かう。タクシードライバーは「ひらまつ」というだけで場所を熟知しており、熱海城の上ですよと説明がある。まさに城へ攻め込まれないように作られた、迷路のようなヘアピンカーブを登り、高級和風旅館の趣もある玄関に止まった。
数人の男女スタッフが駆け出して出迎え、荷物を取る。フランスにはない和のもてなしが心地よい。個人の別荘だった純和風の物件を買い受け、そこに洋風の宿泊施設を建て回して完成させたと説明を受ける。なんとも奥ゆかしい建物だ。

もちろん和風の建物ゆえ、玄関と三和土(たたき)がある。そして意外にも靴を脱いで上がるのだ。それ以降施設を辞するまで靴を預け、館内は極上のスリッパで移動。オーベルジュと思い、ドレスアップを考えてきた女性などは相当の肩透かしではないか。ところが、元来室内では裸足で生活するDNAを持つ民族。時が経つにつれ、スリッパで過ごし、スリッパでフランス料理を食べる贅沢な寛ぎは、ここだけの体験だと高揚する。

エントランスでも度肝を抜かれたが、客室はさらに和洋折衷の極みである。ドアを開けてすぐ、部屋の半分は最高クラスのベッドルーム。ホテル客室のベッドカバーは靴のままベッドに上がった際、シーツが汚れないためにあるものだが、ここではすでに不要だ。
客室の真ん中に、部屋全体を間仕切るスライドドアがあり、そのドアを開けはなんと、ど真ん中に風呂、左右に洗面台、奥にシャワールーム。そして全面がガラス張りの巨大な窓。体がしっかり伸ばせる広い湯船には、熱海の温泉が引かれ、24時間、温度も42度に保たれている。

窓からのぞむ相模湾には、海へと視界を遮るものは一切なく、道路や民家も遥か遠くかすかに見える程度。もちろん車の音など全く聞こえない静謐な場。ここまで完璧なプライベート空間が日本の中で実現すること自体、ここは日本なのかと錯覚する。

ディナーは、ふたたび玄関のある日本家屋へと移動し、地元の食材を中心としたフランス料理を堪能。ザ・フランス料理の食材には頼らない、工夫や切り崩しが随所に見えて勢いがある。また、この環境からの和食寄りや流行りのイノベイティブなアプローチには頼らない決意が、美味しさをさらに確実なものにする。。

人生初、スリッパでのディナーに勝るとも劣らないのが、ひらまつ流というか、ひらまつの真骨頂であるサービスだ。料理やワインを何倍にも美味しく感じさせる彼ら彼女らの笑顔、そつのない動き。と、ここまでは市中のレストランにも見られるが、さらに加わるのが、客個人の個性やテーブル内の関係性、求める情報などによって、きちんと過不足なく応対できる柔軟性だろうか。

東京・品川からなら、ほんの30分。予約の取れない寿司店で信じられない高額を支払う客が絶えない東京のグルメ事情。熱海のこんな隠れ家に、どうして目が向かないのかと、日本人はつくづくお金の使い方が下手な人種だと悲しくなる。
優雅で豊かな遊びとは、こんな場所にこもってゆったりと時間を費やすことに他ならない。なお、一人でもこちらの施設は利用できる。

THE HIRAMATSU HOTELS&RESORTS 熱海
●静岡県熱海市熱海1993−237
●0557-52-3301

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2019年01月01日

(119)赤坂「タンモア」

情報や星に流されない姿勢を貫く

若き女性シェフの堂々たる料理


あけましておめでとうございます。

2019年は平成最後の年、そしてプレオリンピックイヤー。激動・激変の昨年にも比して、目まぐるしい一年が予想される。
平(たいら)に成ればいいなあと、そればかり念じて執筆活動を続けてきたが、とりわけ飲食の世界は、ますます格差が広がっている。現実には紙一重の差もないのに、どうしてここまで客は一極集中するのか。正しい正しくないに関わらず、情報の一人歩きは本当に怖い。

もう一つ、イノベイティブ、ガストロノミックと呼ばれる料理が、ますます退屈になった。
イノベイティブじゃなければ評価されないのは、調査員のレベルの低さを顕著に現わしているだけだ。でも、評価されることを目標にひたする頑張る若い料理人にとっては、低次元の評価者に合わせざるを得ない。これでは料理人の真の実力は上がらないし、客は単なる模倣の連鎖を、高額を払って食べさせられる。

えらそうに言うつもりはないけど、レストランへお金を払うのは、ある意味その店や料理人への投資ともなる。価値ある投資をするために店を選ぶ、これが最近の心境となった。

赤坂のフランス料理店「タンモア」は、まったく存在を知らなかった。評論家でもライターでも、おそらく調査員でもなく、筋金入りのフランス料理の食べ手と尊敬する方からのメールだった。そこには、移転前の「フロリレージュ」に初めて行ったとき以来の衝撃とあり、その一言に震えた。確かに今の「フロリレージュ」は、賞レースに翻弄されている部分も見受ける(がしかし、いつかまた変わるであろうことも期待している)。

メトロの駅では乃木坂が最寄りだが、赤坂からの方が楽しいので、古くから飲食店が並ぶ馴染みの通りを進む。ビルの小さな地下食堂街みたいな一角に「タンモア」を見つけた。

年配の男性に迎えられる。あれ、この人と会ったことあるなあ。そうだワイン評論家の葉山孝太郎さんだ。著書も何冊か読んだ。かなり昔、葉山さんが主催する持ち寄りワイン会にVieux Chateau Certanを用意したら、こんな説明の難しいワインはつらいなあと愉快な口調で言われたことを覚えていた。
若い女性シェフの店との前情報はあったがワイン業界の重鎮に迎えられるサプライズ。記憶に残る一夜となりそうだ。

料理は月替わりでの一種類。メインの肉料理に選択肢があった。基本のフルコース、途中にチーズをはさみデザート2種を加えて7000円。食べた12月のメニューは、フォワグラ、オマール、ブーダン・ノワール、ショコラと、シーズンをきちんと意識した構成だった。

驚くべき、地に足着いた堂々たる料理。ムースがありソースがあり酸がありスープがあり‥‥‥。見かけの美しさや繊細さより、内面に描く姿が伝わる。口にした瞬間から感じる優しさと深み。ある面では大胆で、また別の側に儚さが添えられる、極めて趣きのある皿の連続だ。久しぶりに、舌だけではなく脳が喜ぶ感触があった。

女性シェフはルックスも含めとても若い。フランスで修業し日本に戻ってオープンしたと伺った。ややこしい師弟関係や星の数や流行りすたりなど意識の外にある。古い話で恐縮だが、成澤由浩シェフがフランスから戻って小田原の早川にオープンした「ラナプール」を思い出していた。

ワインのペアリングは、フランス産オンリーとそれ以外の新世界ものと、同じ3500円で2通りの用意がある。趣向自体面白いが、ペアリングの妙はさらに流石としか言いようがなく、失望することの方が多い昨今のペアリングにあって、説明の巧みさも含め文句のつけようがなかった。
葉山さんは毎日おられるわけではなく、シェフのお父様がお友達という縁で手伝っているとのこと。シェフのお母様は美術の先生で陶芸もたしなまれ、店の食器はお母様の手によるものだとか。情報に左右されない、本当の価値が分かる大人がサポートする姿もまた、シェフの人柄、いや個性に違いない。

今から、将来が楽しみだと書くのは少々勇気がいる。ただ、ずっとブレずにこの流儀を貫いてほしいと切に願う。

「タンモワ」
●03-6447-1996
●東京都港区赤坂8-13-19インペリアル赤坂壱番館B109
●12:00~14:00(LO)土日のみ。18:00~21:00(LO)
●水休
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2018年12月01日

(118)新橋「シンバル」

激戦区新橋で安くおいしく飲み食いできる
レアな大人の空間

ぼくは現在、経営者向けの情報サイト「リーダーズ・オンライン」に連載を持っている。
https://leaders-online.jp/category/life/gourmet

たまたま宴席で隣り合わせた税理士法人代表からのご依頼。大変ありがたいご縁だった。
ぼくは、せっかく経営者向けサイトだから、単なるレストランガイドではなく、店の情報と組み合わせて飲食店の経営に踏み込んだ内容にしましょうと提案。初回から上場企業「株式会社ひらまつ」の陣内孝也社長を取材するなど、経営的にも成功している店を取り上げて、すでに10軒以上となる。

とはいえ、カジュアルフードや居酒屋チェーンなどに伺う予定はない。その後もワンダーテーブル、際コーポレーション、WDI(敬称略)等業界大手の社長にインタビューできたので、最近はもう少し専門性の高い店にシフトしつつあり、ますます楽しくなってきた。

経営と美味しい料理とを両立させて成功しているトップに訊くと、すべてではないものの、狙うターゲット層に重きを置いているケースに気づく。
数席しかない孤高の高級鮨や三つ星を取るようなレストランなど、高額や予約の取れなさでしのぎを削るカテゴリではなく、反対に数千円で飲み食いできる、居酒屋チェーンのような安いことが第一シリーズでもない。
その中間層を目指して自分の店を展開する。実は、その層は意外にも競争が少なく、さらに、今一番、客が求めているはずだと語る。

数回前の「酒井商会」でも述べたように、一万円でお釣りがくる価格帯で、おいしく飲み食いができて、すこぶる快適な大人の空間は希少。実は個人的に必死で探しているし、皆さん隠して(笑)教えてくれない分野でもある。
「和」系では、上記のウェブ連載でも紹介した中村悌二氏率いる「フェアグランド」の店など比較的見つかるけど、ワイン中心の西洋系レストランとなるとさらに難しい。ということで、今回はそれにふさわしい一軒「シンバル」をお伝えしたい。

場所は激戦区新橋。ソムリエと料理人、男性2人で営む空間だ。2人ともファーストネームに「シン」が付き場所も新橋。気軽に使ってくださいとの意味も込め「シンバル」としたようだか、まったくバルの印象はない。

二人の経歴を知ると、なるほど確かにバルではないと分かるが、あえて書く必要もなく実際に訪れてみれば納得だろう。
メニューを見ると、和の居酒屋的つまみから生ハムに至る前菜、パスタ、がっつりとしたフレンチの肉料理まで幅広く、それを家庭のキッチンかと思えるような小さなスペースで、一人黙々と作る。全ての料理において味のバランスがきっちたり整っていて、手作りの温かみとプロの技法が両輪となって加速する。

ソムリエも名だたるフランス料理店での経験を持ち、世界のワイナリーにも訪れていて、バルと呼ぶには格の違うレベルだ。しかも高額店で鍛えた舌をフル活用し、世界各地の優れたワインをできる限りの安価で揃える。へー、この味でそんな値段なの?と、毎回瞠目だ。もちろん接客も完璧でしかもイケメンである。

そんな高い技量を持つ連中ながら2人だけで切り盛りする結果、最終的にはエッと見直すほどリーズナブル。もちろんサービス料はとらず、なんらかのチャージもかぶせない。

場所は新橋の通称マッカーサー通り手前。ウェブの地図を頼っていくと入り口が分からない隠れ家感もまた遊び心がくすぐられる。
裏に回って小さな階段を上がるとそこが「シンバル」。カウンター6席とテーブルが4卓ほど。2人で回すには少々多めの客席を、そつなく、そして客にストレスを与えることなくこなすのも、過去の修業と実績の賜物だろう。

オープン2年経つが、未だ食べログに点が付かないぐらいレアで秘密の場所。
にもかかわらず、食べログからの予約も可能。そういったメディアをうまく使って人手を削減する感覚も新しい。

唯一の不満は店内が分煙、つまり禁煙ではないこと。新橋ならではの、バルと名乗ることからの必定か。それゆえ、嫌煙家をお連れするには少々気を遣う。が、時代の趨勢で間もなく全面禁煙になるだろうなと密かに期待をしている。

シンバル
●東京都港区新橋4-18-4 十合ビル 2F
●050-5595-7681
●17:00〜24:00
●日祝
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2018年09月01日

(115)大阪「かわ原」

日本料理なら大阪が一番。
全身全霊で伝える真のうまさが染み渡る

おいしい料理が食べたい。
最近外食をするといつも最初にそう願う。
おいしさの定義は、もちろん人それぞれだ。でも、料理を提供する側から、おいしいだけの料理を作りました。ぜひ食べてください、みたいな意思や愛情が感じられないケースが多くなってきた。予約が入りすぎて多忙だったり、客の着眼点がおいしさとは別にあったり、店の目指す姿もおいしさとは次元が違ったりもしているようだ。

店名を特定するつもりもないけど、世界のベストレストランで長らく一位だったレストランが東京にもできたらしい(正確には同じ店ではないが)。世界ベストで過去一位ということは、今以上に伸びる可能性は低く落ちるばかりの店。今更なぜ東京にオープンするのだろうか。バブル期にゴッホやシャガールの絵ばかり買いあさっていた日本人と非常によく似ていて、ある一定の評価を得たもの、きちんと前例のあるものにしか手を出そうとしない、自らの価値観を持たない典型だ。

ネット上でしか見たことはないけど、すごく高いお金を払ってムシや花を食べるそうだ。金持ちの変態的享楽ならそれもありだが、果たしておいしかったねーと純粋な気持ちで店を辞することができるのだろうか。

その点、大阪はシビアである。まずは、お金に厳しい。二言目にはそんな高いもん食えるか、が合言葉。大阪の高い店は、ほとんど東京の客だったりする。そこに京都への対抗意識が加わる。なぜ喰えない葉っぱや飾りつけにまで金を出さなあかんのや、とくる。
ただしその底辺には、おいしくないものに金を払いたくない強い信念がある。ゆえ、必然的においしいものへの選択と集中はすごい。

特に日本料理は、日本でもっとも大阪が優れると最近思っている。一番分かりやすいから、そして全国がライバルだからだ。
そんな大阪割烹の潮流に数えられるのが、「とよなか桜会」だ。この店は、有名政治家・H氏が密かにここで戦略会議を開いていたことでも一部で知られる。もしH氏が今後日本を変えるような政治家になったら、歴史の教科書に載るかもしれないと勝手に思っている。
「とよなか桜会」は、エスプーマで泡状にしたダシを天ぷらに添えるなど、イノベーティブな手法を取り入れた日本料理店としても知られた。しかしそれは、ダシに浸して天ぷらの衣を殺してしまうことなくダシの香りも楽しむための工夫。さらなるおいしさを求めてイノベーティブな技を取り入れたのみで、客を驚かせるためではない。というか、ここまで世界中に料理写真が配布されネタバレが連続すると、見て驚くようなイノベーティブ料理は、写真を撮られた瞬間から時代遅れだ。

「とよなか桜会」門下からは、大阪福島に「楽心」をオーブンした弟子がいて、そこも大変すばらしいものの、今回は新たに登場した同じ一門の「かわ原」を取り上げたい。
場所は中津。大分ではなく大阪市北区。大阪梅田から歩いても大した距離ではない。というか、ぼくは大学時代、この中津で暮らしていた。京都の大学に通うのにわざわざ大阪で住むことにこだわった。それだけ便利で意外と静かな優れたエリアだ。

しかも「かわ原」は、大阪の大幹線道路である新御堂筋から一本脇の路地ながら、京都の町屋風情な渋い木造二階建て。よくこんな場所を見つけたなあ。30年前に暮らした中津にこんな建物があったこと自体、驚かされた。
そこを上手にリモデルし、玄関から少し折れ曲がりつつ進むと、喧騒を打ち消す静謐なカウンター席が現れる。

料理には全国各地から優れた旬の食材を集めるが、それぞれを惜しみなく組み合わせる度量が頼もしい。果物、野菜、キノコ、魚、そして極め付けのダシ。各種の食材が皿の上での突然の出会いを喜んでいる様子が客にも伝わってくる。一つ一つで十分おいしいのに、さらにお互いを持ち上げて相乗効果をもたらすアイデアが随所にある。

そして、巧みな組合せで新たな味覚を提供されても、ほんの小量しか皿の上にないとそこを感じる前に終ることも多い。いっぽう「かわ原」は、ひと皿に十分なまで盛り込まれるので、気づき確認しそしてまた気づく、を繰り返すことができる。そこまでやってこそおいしさの提供だと言わんばかりの大阪スピリット。

「これ、おいしいでしょ。けど、けっこう仕入れ高いんですよ」みたいなことを、さらっと平気で言うのも、カッコつけない大阪たる所以。威圧的なところは微塵もなく、あくまで低姿勢を保ち座を和ませ感動を共有する。高い調理技術を持ちながら、あくまで人対人として客をもてなす心を忘れない。少々の不手際やドタバタも、さっと笑いに替えてしまう話術は、大阪で培われた賜物だろう。小さなほつれが大きなほころびとなることも多い、特に客と対面なカウンターでの食事には、さらに欠かせない魅力だ。

威風堂々なのも、苦虫を噛み潰したような表情を変えないのも、一種のスタイルだろう。だか、笑顔の中においしさの相乗効果が生まれるのも間違いのない事実だ。人間力すぺてを使って、おいしさを感じてもらおうとする料理人の精神に触れるときこそ、食べ歩きの真の愉しさを知る瞬間なのかもしれない。
「かわ原」にて、改めてそれを知ることとなった。

「かわ原」
●大阪府大阪市北区豊崎2-4-21
●06-6131-4668
●11:30〜14:00 17:30〜(LO21:00)
●不定休
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2018年08月01日

(114)軽井沢「ラ・モンタニョン」

気分も最高潮。軽井沢で出会った
魂こもった小さなビストロ

最近の東京の食シーンでは、地方で名を馳せた、というと聞こえはいいが、地方で食べログにて高い点を得た店が東京に進出してくるケースが後を絶たない。行った自慢、食べた自慢が主軸の食べログでは、わざわざ遠方の店まで出かけている自分はすごいというバイアスがかかり、採点も甘くなりがち。
その地に存在してこそ輝く店であることを評価基準とすべきだし、タイヤメーカー「ミシュラン」の販促ツール『ミシュランガイド』のように、旅をしても行くべき、みたいな考え方が理想なのだが‥‥‥。

そんなレストランが、何ゆえゴミゴミした東京の真ん中で再オープンするのか。正直、何のワクワク感も期待もない。ましてや、全国各地で異彩を放っていたからこそ貴重なので、東京に来れば、大都市で切磋琢磨している店々に埋もれてしまうばかりか、対抗するのも困難が予想される。

おそらくは、東京の資産家・投資家が、東京でやらないかと声をかけるのだろう。もちろん地方でそれなりの名声を得ても、大都市で勝負してみたいとする料理人も多いに違いない。さらに、どの店も大変な高額と聞く。そりゃ当然だ。投資家に吸い上げられる分を客は負担させなければならない。

ところが、とんでもない高額もどこ吹く風で、それなりに席は埋まっているようだ。そんな店に浸食を許すぐらい東京のレストランは脆弱なのかと気の毒かつ寂しくなる。『浮かれた』客側も、投資家に大半を吸い上げられているにもかかわらず、地方から来た料理人の店に大枚を払う。


ならば今回は、東京を離れ地方で気を吐くレストランを取り上げてみたい。
場所は軽井沢である。ぼくは軽井沢で開かれるクーカル(「食う軽井沢」からのネーミング)というイベントの立ち上げ時のメンバーのひとりで、当時、少しだけお手伝いをしていた。ゆえ、その時は頻繁に軽井沢に行き現地のレストランにも足を運んだが、これといって印象に残る店とは出会えなかった。

当然だ。軽井沢は築地と同様に巨大な観光地である。観光地にうまいものなしとは世界の共通語。ところが意外にも、軽井沢のメインストリート、旧軽銀座の片隅にその店はある。
「ラ・モンタニョン」は、4人掛けが一卓、2人用が二卓、合計8席の小さなフランス料理店。「山の民の燻製」とも銘打つように、自家製シャルキュトリ(肉の加工品)の販売も兼ねている。
いっぽう、ダイニングで食事の際、「ラ・モンタニョン」のスペシャリテは舌平目のムニエルだと軽井沢在住の民から聞かされた。そんな外枠情報だけでも、゛ぼくのワクワク感は最高潮となっていた。

そして。
シェフ一人、マダム一人のミニマムな空間ながら、ぼくが今一番食べたいフランス料理が「ラ・モンタニョン」には揃っていた。

メニューにあれば、アンドゥイエットがマストと教えられたものの、訪れた日はなくて(といっても、都心のビストロでも今やほんどお目にかかることがないが)「豚足の焼テリーヌ アピシウス風」をチョイス。食感のバラエティさ、香り複雑さ、加えて焼きが呼び込むアドレナリン。この一皿でアンドゥイエットに巡り合えなかった寂しさは一気に紛れた。

舌平目のムニエルはもう、見た目から「鰻の蒲焼ビストロ風」とでも表現しようか。分厚く香ばしくクリーミー。添えられたバターライスがさらに鰻丼感を増長する。「牛肉やトリッパ(牛の内臓)の煮込み」も、ユーラシア大陸など軽く越えて、フランスそのものに降り立った自分がいた。

わずは8席の店をここに紹介するかどうか、少し迷った。でも、軽井沢の地で一人孤独に奮闘するシェフの姿を拝見し、すばらしい料理や人柄にも接し、やはり書きたくなった。
加えて「ラ・モンタニョン」は、ガイドブック的には「ナポリタン」が名物となってウェブ等に登場する。ぼくが訪問した日も、ぼくたち以外の客は全員ナポリタンを食べていた。ナポリタンはシャルキュトリを作る際に出た切れ端の肉を使っているそうで、そりゃウマイに決まっている。それ以上に、ナポリタンを軽く凌駕するメニューの数々がこの店にはあることをお伝えしたかった。

夏の観光シーズンは少々大変かと拝察するが、1月〜3月を閉める以外は通年でオープンされるという。秋口以降、寒くなってきたら、ぼくにとって「ラ・モンタニョン」の温かい煮込み料理が毎年の定番となりそうな気配だ。

「ラ・モンタニョン」
●長野県北佐久郡軽井沢町大字軽井沢668 軽井沢ショッピングアレイ 2F
●0267-41-6401
●11:00〜20:00
●水休
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2018年06月02日

(112)滋賀「セジール」

豪快かつ繊細な焼き加減が光る
精肉店のカリスマオーナーのレストラン


滋賀県草津市に、「サカエヤ」という近江牛をメインとした精肉店がある。ご存知の方も多いことだろう。こちらの社長新保吉伸氏は、今や肉の業界で、ウェブ上ではもっとも著名な人かもしれない。
個人的にも新保さんを存じ上げているが、新保さんのブログ「牛肉魂」は、お目にかかる以前から愛読していて、そのブログで牛肉、特に熟成について密かに学んでいた。

新保さんは、但馬産の黒毛和牛をルーツに持つ近江牛の精肉店を南草津で営むが、現在では近江牛に限らず全国から消費者(特にプロの料理人)が求める牛肉を扱い、牛肉以外にも、高校生が育成すると話題の愛農ポーク等も揃える。
新保さんが優れているのは、キチンとリアルに牛の生産者と向き合いながら、流通や情報伝達にITやウェブを活用したことにつきる。

新保さんは、注文があったとしてもすべての方に「サカエヤ」の肉を卸さないと知られているものの、何度か東京で食べる機会に恵まれた。ただ、そこで味わう「サカエヤ」の肉が他とどう違うのか、あまりわからなかったし愛読していた新保さんの解説に基づいて出来上がったイメージとも合致しなかった。
それほど肉を焼くのは難しい。しかも個体差があって都度対応するノウハウも、東京のシェフや店の厨房能力では限界があるに違いないと、なんとなく感じていた。

そんな思いは、食べ手のぼく以上に新保さん自身にあったのだろう。2017年秋、「サカエヤ」店舗の隣りに(正確には移転した新店舗に併設して)「セジール」というレストランをオープン。
ぼくの周りにも新保さんファンは多く、彼自身の店を歓迎。昨年から滋賀まで出かけていたが、彼ら彼女らの話を聞くと、今一つ肉の「焼き」には、完成されているとは受け止めにくかった。
オープン8か月を過ぎたころ、新保さんはご両親を初めて店に呼んだとも伺い、そろそろ行き時と判断したぼくは、滋賀県の南草津まで出かけたのだった。

JR京都駅から20分ぐらいだろうか。この辺は京都のベッドタウンでもあり、感覚としては都心から練馬あたりに向かうムード。南草津駅で降り、そこからバスかタクシーという微妙な距離。気候もいいので歩いてみるかと、ぶらぶら行動に移した。

遠かった。そして道中はごくありふれたバス道路だった。しかし、「サカエヤ」の駐車場が見えてくると、今までの疲れが吹っ飛ばしてくれるようなカッコいい外観。併設されたレストラン「セジール」のエントランスは、ヨーロッパの郊外にあるミシュラン三ツ星レストランを想起したと言っても大げさではない。

穏やかでゆったりとしたスタッフに導かれて店内へ。きちんとレセプションがあり、ダイニングに進むと大きな窓の向こうにテラス。さらにその先が海だったら地中海沿岸にあっても不思議ではない風情。残念ながら、そこは日本のありふれた日常ではあるが。

肉を食べに来たので、肉しか眼中にはない。シャルキュトリー(ハム、ソーセージなどの肉の加工品)とタルタルを前菜に選ぶ。意外といったら失礼だが繊細で優しい味。シェフが元々フランス料理だったことが頷ける仕上がりだ。ビストロの感覚ではなく、その上の印象である。肉についてはシェフと相談。その日に用意された三種類の肉の食べ比べはいかがという。鹿児島産の熟成肉、近江牛ランプ、そして愛農ポーク。

いずれの「焼き加減」も、ここまで来てやっと納得、と膝を打つ。肉を知り尽くした職人が最適な方向で切り落とした塊を、時間をかけ入念に直火にかざしては休ませを繰り返す。肉にしっかりと熱が伝わり、やすやすとは逃げない状態にまで閉じ込めてある。二切目、三切目と食べ進んでも温度が下がらず、最初の美味しさが持続する。
さらに、脂身のうまさが特に際立つ。肉自体が上質ということもあるだろう。しかし、脂身へは赤身以上に入念に火を入れ、おいしくなるまでじっくりと焼き上げている証左だ。脂身に火が通るまで時間をかけると赤身肉はうま味が抜けてパサつくような気もする。東京で食べた「サカエヤ」の肉には、そういった傾向もみられた。ただ、さすがに「セジール」は違う。脂身も赤身も同様に、しっとりと舌に纏わりつく感じが心地よい。

テーブルに顔を出された新保さんは、やっと「サカエヤ」の肉の特徴をシェフが理解し、さらに「セジール」とは、フランス料理ではなく「肉を焼く」をメインにした料理店であることをシェフが分かり始めたと語った。

ゴールデンウイークのランチタイム。ダイニングはほぼ満席で、ほとんどのテーブルが年配の方々。人生の先輩が肉の塊に舌鼓を打つ姿は、すでに都心のレストラン以上に成熟したシーン。ヨーロッパのレストランにいるような楽しい錯覚もあった。

「セジール」とは、フランス語でつかむという意味だ。なぜ「セジール」にしたのか、新保さんに聞きそびれてしまったが、「丑」という漢字が指で締める様子を現す象形文字だと、以前林修先生の番組で解説していたのを思い出し、そんな関係もあるのかなと想像した。
でも個人的には、心臓をわしづかみにされるぐらいの感動と意味づけたくなった。

「セジール」
●滋賀県草津市追分南5-11-13
●077-561-3329
●11:30〜14:00LO、18:00〜21:00LO
●水曜日、最終火曜日
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2018年02月01日

(109)青山「ナリサワ」

日本酒とのペアリングで驚愕した
世界的シェフの変遷と進化

1995年オープンというから、もうすでに20年以上前。
今でこそ普通のことなのだけど、フランスで長く修業した料理人が日本に戻ってダイレクトに自分の店を開くのは、当時はまだ珍しかった。
齋藤壽氏、見田盛夫氏など、フランス料理の論客がこぞって待ち焦がれ、訪問して絶賛した成澤由浩シェフの「ラナプール」は、東京でも横浜でもなく、小田原の早川にあった。

遅めのランチタイムに予約を入れ東海道本線に乗ってゆっくりと移動。早川の駅から海に向かって歩く。小さな可愛らしいレストランだったが、シェフ渾身の料理はものすごい「圧」があり時間もかかる。その間にワインも進む。会話はさらに弾む。夜のディナー客が来ていて初めて日が暮れていたことに気づく。21世紀の今はもう、そんなレストランには出会えないだろうと、ふと寂しくなる。

その後成澤シェフは、南青山の大きなビル横に移転。確か「 レ・クレアシヨン・ド・ナリサワ」と、ご自身の名前がついた。もちろんオープンすぐ訪問、往年のスペシャリテ「いちごとフォアグラ」等も食べることができたが、あの港町の風景とは様変わりし自分の中でのギャップを咀嚼できずにいた。

その後も快進撃が続き、すっかり都心の最高級フランス料理店として定着。ポッと出てきた評論家に「女を落とせる一皿」との意味付けでテレビ紹介され、来店してその皿しかオーダーしない客が増えて困ったと聞いた。まあそんな具合なので自然と足は遠のく。その後「ナリサワ」とシンプルに店名を変更、炭酸水メーカーによる世界のランキングでも日本のトップとして騒がれた。そしてさらに興味が失せてしまった。

聞こえてくる料理への感想は、もはやフランス料理ではない、あれは和食だ。というもの。日本でもっともフランス本国に近かった早川の「ラナプール」は、どこへ行ってしまったのか。もうあの感覚は甦らないのか。個人的な感傷に苛まれるも、予約の取りにくい大変高額な店でもあるので、自分の中での訪問意欲はますます下がっていった。

ただ、やはり当代一流のシェフである。テレビに出ていても誌面で何かを語っても、絵になるし他を圧倒する。そんなある日、自分より一回り以上若いのにキチンと友達として付き合ってくれる和歌山の蔵元から、「ナリサワ」に行ってみたいんですけどご一緒しませんか、というオファーがあり快諾した。予約はもちろん自分から取った。その際、和歌山の蔵元と伺う旨も伝えたところ、アルコールは日本酒とのペアリングを強く勧められた。
すでにフランス料理ではないと聞く成澤流を、日本酒の蔵元と共に日本酒ペアリングで楽しむ。すばらいお膳立ては整った。

訪れた「ナリサワ」は、自分の記憶の中の空間よりもずっと小さくこぢんまりしていて、ここに世界中から客が来るなら、そりゃ席は取れないよなあと嘆息。ダイニングはすでに半分ぐらい埋っていたが、奥の団体客は、スタッフと英語で会話しそれをガイドらしき女性が中国語圏の言葉に訳している。左側は青い目のカップルだ。

料理が始まった。
幕開けは、いわゆるスペインでいうピクニック。屋内にいながら野外でのびのび育った食材のそばへと一気に旅立たせるイメージづくり。パンまでも客席で熱を入れて仕上げると凝りように、自分の気持ちがざわめき始める。
その後は、日本料理なのかフランス料理なのかスペイン料理なのか、もはや理解不能。もちろんいい意味でだ。というのも、すべて間違いなくおいしいけど、
仕上がりがいたってシンプルなのだ。うずらは焼鳥のようで、ふぐは白子鍋のごとく、すっぽんは照り焼き色に輝いて……。知っている和食がこんなにおいしかったのかと一口一口気づかされる喜び。分かりやすく素材の個性を残し少しだけ最適な味付けを加える。日本のフランスのという以前の料理の基本だし、気の遠くなるような辛抱強い仕事がここにあった。

ソムリエなのだから、もちろんワインの専門家だろう。しかし、いったいどれだけ日本酒を勉強し体験してきたのだろうかと舌を巻いた。それはまさに若き蔵元との一騎打ちだったのかもしれない。そこそこ日本酒通だと自負していたぼくも、ほとんど知らない、知っていてもそんな飲み方をしたことがないラインナップ。
毎年酒を醸して今や誰もが知る人気ブランドまで育て上げた男との対峙である。彼が首を振るところも、あまりの合致にうなだれる姿も、見守るぼくは愉快極まりない。まったく物怖じをすることのない挑戦的なソムリエの姿勢に感服だ。

さて、メインの肉料理となった。成澤シェフ曰く、これだけはフランス料理の手法で作りましたと自ら語る。日本酒は何を持ってくるのだろうか。ぼくたちの興味は極限まで達し予想合戦まで始まった。そして、なんとそこは滋賀の不老泉。水があふれんばかりに豊富で、イノシシ、熊等のジビエの名産地である琵琶湖の周りで醸された酒こそ、肉に合わせる唯一の日本酒ともいわれる。最後の最後は教科書通りなのか。何というピュアで納得のいくエンディングだろうか。

こうして「ナリサワ」でのディナーは終わった。
もちろん成澤シェフのフランス料理が好きで好きで、早川に通った一人である。でも、今までここに足を運ばなかったことを後悔してやまないほど、進化し続けるシェフの存在を感じた。そして、シェフの変遷と呼応するように広く深く突き進むソムリエの頼もしさも併せて。

日本人にフランス料理のすばらしさを伝えた第一人者である故見田盛夫さんとも、何度も「ラナプール」にご一緒した。
今、「ナリサワ」の料理に見田さんが接したなら、なんといわれるだろうな。帰り道、そんなことを考えながら空を見上げた。

「ナリサワ」
●東京都港区南青山2−6−15
●03-5785-0799
●12:00〜13:00(LO)、18:30〜20:00(LO)
●日月休
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2017年03月01日

(99)台北「RAW」

料理やワインの印象を超えるほどの
徹底した清潔感

日本の某レストランに行った時のことだ。
料理を食べるというよりは料理人の話を聞く、みたいな展開。劇場型とかいわれる存在らしい。劇場なら役者に任せて料理に専念してほしいと単純に思うわけだが、なかなか饒舌で興味深い話もするし、それを聞いた後で見る皿は認識度や感動も大きい。

ただぼくは、ひとつ大きな疑問を抱いた。
料理人が皆、汚いのである。もっといえば、見るからに不潔なのだ。
どんなに優れた技術を持ち、客の想像力をはるかに超えるアイデア表現があったとしても、料理人に一番に望みたいのは清潔であることだ。
ぼくはその瞬間に食欲をなくし気持ちまでげんなりしてしまったが、劇場型というアプローチに、日本人ですら清潔さを求めない、いや忘れてしまうのだから、ある意味成功なのか。

もちろん、ファッション・髪型・肌の色等、どのような風体や色や柄を好もうと当然個人の自由である。ただそれは、人前に出るか出ないかということとは別問題だ。客の前に出て、料理人としてご自身の持つ哲学やコンセプトを語るなら、身綺麗であることも大変重要だと考える。

日本人はとても清潔な国民だし、他人やパブリックな空間にも清潔さを求める。
その傾向はますます増長して、最近では駅のトイレもホテル並みに美しかったりする。
飲食店もしかり。アジアの国で、いや欧米を含めても日本ほど飲食店が清潔な国は類を見ない。

さて、台北にある「RAW」というフランス料理店に行ってきた。
少しこの店の解説を試みたい。ずっと以前にクーチャンネルのコラムで書いたシンガポールのフランス料理店「アンドレ」のシェフであるアンドレ・チャンは台湾人で、自分の基幹店はシンガポールに置くが、その凱旋というか祖国に錦を飾った姉妹店こそが「RAW」である。
「アンドレ」は、世界のベストレストランとかいう炭酸水のメーカーがやっているランキングにてアジアで2位(ちなみに日本のトップは「ナリサワ」で6位)、「RAW」も24位に入っていて、三ツ星の「鮨さいとう」より上である。

「RAW」は、現在台北において尋常ではないほど予約の取れない店となっている。50席程度のダイニングに日々1000件以上の予約のアクセスがあるそうで、オークションやダフ行為も横行しているとの噂も聞く。
たまたま直前に、台北のホテルコンシェルジュに人数の変更を頼んだら、今まで幾度となく海外の客に予約を頼まれたが一度も取れことがない。予約を取ることよりキャンセルの方が先なんてと嘆かれ、別件でホテルのサービスセンターと電話をしていると、お客様はRAWへ行かれるのですね。アンドレ・チャンは台湾の英雄ですと胸を張られ、ホテルのベルボーイに行先の住所を見せたら、RAWに行くのか。なんて幸運でうらやましい奴だと、真剣に羨望のまなざしを向けられた。

そして「RAW」に入店、なぜか最上の席に案内される。眼前に半オープンキッチンになっている厨房そして大人数の料理人を見た最初に、なんて美しい清潔な連中なんだ! と驚愕した。
きちんと刈り込まれた黒い頭髪、真っ白な長袖シャツ、全員お揃いのデニムのエプロン、白い肌……。最初、このシーンはすべて役者で自分が観ているのはプロジェクターから投影されたスクリーンに映る映像なのかと錯覚してしまったほどだ。

なにせ「鮨さいとう」より上位の店なのだ。料理がすばらしいことをあえて書かないが、その後も驚くことが連続した。一皿ごとに、つまりコースの一皿を下げるたびに、日本でいうデザートコースに入る前のような感じで、パン屑を掃除し皿を置くためのマットのゴミを落とし、ワイングラスやパンの位置を整える、それをサービススタッフは都度繰り返すのである。

ここから先はまったくのぼくの想像だが、台湾の英雄アンドレ・チャンは、この一軒のフランス料理店でタイワニーの食習慣までも変えようと試みているのではないか。その必然として、考えられないぐらい予約の取れない店に育て上げ、この店での食事が究極の理想なのだとタイワニーに分からせようとしているのではないか。

台湾は中国本土など他のアジア圏に比べると清潔な方だが、やはり骨付きや殻付きの料理が多いこともあって、食事が進むにつれテーブル上は所せましと食べカスで埋っていく。それも含めての臨場感とぼくも一緒に溶け込み楽しむが、西洋の食事は、常にテーブルの上をきれいに清潔に保ちながら進めていくことが通常で、日本では家庭でもそれを実践している。キレイに食事をする欧米や日本ではあたりまえの習慣、それを「RAW」を体験することでタイワニーに伝えようとしているのではないかと気づいたのである。

その視点で見ると、目に入るところすべてに、実は何も物がおかれていないことに気づく。「RAW」に雑然という言葉は存在しない。コルクを抜いたワインを冷やすワインクーラーも引き出しの中に収納される。各テーブルのカトラリーもすべてテーブルの下の引き出しに入っていて、昨今このアプローチは日本でも見る。しかし目的は日本と異なり、これについてもカトラリーを使うに際しタイワニーにさらに踏み込んで考える機会をを与える手段の一つに思えてくる。小さなゴミですら、引き出しを開けてその中に入れる所作を見て、そこまで徹底させているのかと感嘆した。

レストランの紹介に料理やワインのことを書かなくて恐縮至極である。
ただそれ以上に書きたいことがありすぎて前後編に分けたいぐらいだ。

ラストまで清潔をテーマとして続けると、特に中華圏ではトイレの汚さに閉口することが多い。女性はできるだけ店内のトイレは使いたくないという声も聞く。
「RAW」の化粧室は、一万軒以上レストランに行った中でも、もっとも度肝を抜かれた構造になっている。一瞬なんだこれはと異空間に迷い込む。こうして化粧室の重要性までタイワニーに訴えるというその英雄ぶりに、ただただ嘆息するのみだった。

RAW
posted by 伊藤章良 at 15:34| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月01日

今月はおやすみいたします

いつも新・大人の食べ歩きをお読みいただきありがとうございます。

今月は伊藤章良さんの海外出張と夏休みが重なったためおやすみさせていただきます。
申し訳ありません。

次回は9月1日アップでよろしくお願いいたします。
posted by 伊藤章良 at 11:28| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月01日

(85)代々木上原「ル・デパール」

グルメエリアとなる遥か以前から

町を静かに見つめてきたワインビストロ

2015年の今、代々木上原のレストランといえば山手線内の一等地とほぼ同じ立地感覚である。例えば、恵比寿の飲食店が飽和状態になり地代が高止まりすぎて、中目黒へと移行していったように、代々木上原も渋谷から同心円上に大人の店が逃げていくなかで、その大いなるピンポイントとしてのポジションを確保したような気がする。地元のメンバーで集う止まり木から、優れた飲食店を求めて都内一円から人が集うグルメエリアとして。
それは、あらかじめ山手線外という認識で成熟し大衆化した下北沢や三軒茶屋と異なり、静かで便利な住宅街からトレンディなレストランスポットに変化しつつあると表現しても過言ではなかろう。

そんな代々木上原にて、平成元年にオープン。その後27年間ずっとこの町の変遷を見て感じて、確かな存在感を放ち続けてきたレストランがある。「ル・デパール」という。こちらに訪問の機会を得た際、自分では初だと思い込んでいたが、ふと店の前に立つと見覚えがあった。もちろん既視感ではない。1990年代、ぼくは代々木上原から徒歩圏に住んでいたので、この店に何度か訪れたことを思い出していた。

店は贅沢なほど駅前だ。でも、27年前だからこそこんな好立地に店を構えることができたわけで、今は相当難しいのではないかとそんな想像をする。入口の佇まいからバブルの香りが漂ってくる。というか、すでにバブルを知らない世代の方がマジョリティだろうから、そんなぼくの独白も誰も気に留めないに違いないが。

店内は、クラシックでもなくモダンでもない、でも、ああこんな店に通ったなあと自分がぐいぐい若返ってくるような、少し落ち着かない、素敵なのになんだか照れくさい、そんな感覚。そして、十数年を経てこの店にまた来ることができた喜びが、じわじわと腹の底から込み上がってくる。

バブルの名残がまだ感じられた時代、「ル・デパール」には、まずは少々遠方からの客、そして戻ってきた地元民、深夜に集う同業者と、深夜2時まで三回転したと店主は語る。当時は人も雇っていたようだが、今はマスター一人。酒も料理も筋金入りである。

今も昔も、ここをワインバーと称するのだろう。というより、ワインバーとしての走りかもしれない。ただ客の全員が一斉にぐるぐるとグラスをスワリングしていた、まるで新興宗教のような一時の片鱗はなく、今はビストロ料理を出す硬派なバーとすると上手に収まる。メニューの感じも、長年の経験で歩留まりのいいいように工夫された苦労が見えるし、一皿ごとにボリュームがあって、付け合せもこれでもかという具合。仕上げに胡椒をガリガリと多用してくるところも、リヨンのブションを想起させる。オープン当初からそうだったのか、いや店内に2000年代半ばのミシュランが置いてあったので、そのころからの流れなのか。時代の変遷を越えて長く続く飲食店を追いかけているぼくは、「ル・デパール」の変化を勝手に想像することで、よりこの空間を楽しんでいた。

カウンターやバックバーには、ワイン以外のお酒をたくさん置いてあるので、当然あらゆるアルコール類を楽しむことができるのだが、カウンターに置かれたボトルをみると、アプサンやパスティスばかり。普通のオーセンティグなバーならスコッチやジンが置かれている、まさにその場所から強烈なフランスのエスプリを感じて思わず店主の顔を仰いだ。あまりにもさりげなくてカッコいいこだわりだ。

先月、仕事でハワイに半月ほど滞在した際、ホノルルで19年続いているという「カフェ・ミロ」なるフラスン料理店を訪れた。実に10年以上ぶりかもしれない。客の大半がひけた後、この店の日本人シェフとお話しをする機会を得たが、彼はその間ずっと、パスティスを手放さずに飲んでいた。ハワイというフランスの対極のような場所にいながらも、フランスのスピリットを楽しんでいる、というか決して忘れないよう心のどこかに置いておく凄さ。
「ル・デパール」のカウンターを見て、その時のことを思い出した。

「ル・デパール」
●東京都渋谷区上原1-36-15
●03-3468-6228
●19:00〜翌2:00
●日休
http://loveledepart.tumblr.com/
posted by 伊藤章良 at 11:57| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月01日

(81)新小岩「ワイン食堂 Chezとし」

客によりそった“実力”が心地よい

堂々たる地方の名フレンチ

亀戸に「メゼババ」というイタリア料理店があり、大変な人気を博している。1カ月後の予約もままならないとか。カウンター10数席なのでさもありなんと思うが、亀戸という下町にしてこの隆盛はすごいなあと驚いていた。そして、「メゼババ」の個性やこだわりを永く続けてほしいと思うゆえ、拙著『東京百年レストランV』にても取り上げた。

ところで、「メゼババ」に何度か通うなか、実は亀戸という場がこの店の人気を決める最大の要因になったのではないかと思い始めた。都心から30分余りでアクセスできる立地ながら、訪れる人の感覚を知れば知るほど、すでに地方の名店なのである。

「地方の名店」には、訪問する町々でぼくも訪れるものの、いつも感じるのは回りの評価ほどではない、という寂しい事実だ。もちろん「オテル・ド・ヨシノ」のような気を吐く店もあり皆無とは言わないが、最高の食材と人材が集まる東京とは、やはり比較の対象となりにくい。

というのも、都心から地方に遠征すると、平等な視点を持てなくなってしまう人が多いようで、自分がその地まで出かけて行ったという自慢がバイアスとなってしまう。わざわざ訪ねて行った店に低い点を付けることが悔しいのだろう。加えて、自ら地代の安い場所へ時間とお金をにかけて移動しているにもかかわらず、コスパがいいなどと、考えられない錯覚も起こす。

地方の店評価の信頼性については、フランスの『ミシュランガイド』とは雲泥の差を感じてしまうが、向こうは百年以上の歴史があるわけで、それを同等に持ち出すことには無理がある。ただ評価者が育たないと、店側もこの程度のレベルでいいのかと安住してしまう気がして不安でもあるのだ。

「メゼババ」に話を戻すと、亀戸ながら客側のこの店の扱いは、単なる地方の名店である。もしこの店が恵比寿や麻布十番にあったと想像するなら、おそらく今ほどは注目されなかっただろう。その辺もシェフ本人の戦略としたら、それは才覚なのだと思うが、現時点のブームは実力の正当な評価ではないと感じる。

今回紹介する、亀戸からもう少し先にすすんだ新小岩にあるワイン食堂「Chez とし」は、「メゼババ」とはまさに対極。銀座や六本木にあっても遜色ない高いクオリティを掲げつつ、地方の名店とはならない、というか情報で飯を食う、うつろいグルメさんは相手にしない、地に足着いたレストランである。

場所は新小岩の駅から数分。まったくおもしろみに欠ける商店街を少し外れた路地にある。辺りは当然ながら下町系居酒屋が点在するも「Chez とし」の佇まいは決して異質ではなく、どちらかというと上手に溶け込んでいるように見える。

カウンターのみ8席程度だろうか。入店してまず目を引くのは、カウンターの店にしては、重厚で立派な白い椅子。もう少し気軽なスツールタイプを選べば、増席も可能で後ろも通りやすいのだが、客をあたたかく迎えじっくり寛いでもらおうというコンセプトがそこに見えて頼もしい。

見上げると、丁寧な文字で記された板書メニューがある。そして手元にも今日のオススメ的なスペシャルが用意されている。板書メニューは、サラダ、生ハム、テリーヌ等に肉料理の数々。そして手元の紙には、今の時期らしいアスパラガスやホタルイカといった春の食材が並び、プロとして当然の差別化が施された、堂々たるフランス料理店的構成だ。

シンプルなメニュー名だが、どの皿も当たり前には出てこないに違いないと、選ぶ段階から想像力をかき立てられ、それが食欲に昇華していく。定番に後ろ髪を惹かれつつも、春のオススメからもあれこれと。考えればキリがなく、相当な皿を数えた。一皿ごともたっぷりな盛りで、ワイン食堂たる冠も裏切らない。

シェフの経歴からも、フレンチ以外からのテイスト、特に和のエスプリをまとうのは想像の範囲だが、すでに、和以外からの世界観は完成されていて、「としシェフ」オリジナル、唯一無比な料理に他ならない。食堂らしく〆の炭水化物まで、丁寧に仕込まれた圧巻の飯が途切れないのだ。

そんなワールドワイドな料理の構成や流れもあってか、ワインはスペインを中心に集められている。仏伊に比べると少々馴染みがないので瞬間的に躊躇もするが、なにせワイン食堂なのだ。どれを選んでも外れはないだろう。

食べることの愉しさ、そして寛ぎ。凡庸な表現だが、まさにありそうでなかなか存在しない「大人の店」である。エントランスに貼られている、ワインを飲まない人と子供はお断りという無粋な書き込みもまた、昨今の飲まないコドモグルメさんを拒絶しているように感じる。言うまでもないが自ら新小岩まで動いてきたわけで、大人が支払うにはとんでもなく財布に優しい。新小岩在住の方が本当にうらやましくなってきた。

「わいん食堂 Chez とし」
●03-5879-9907
●東京都葛飾区新小岩1-34-8 エヌアールビル
●17:30〜24:00LO
●日祝祭
posted by 伊藤章良 at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月01日

(71)中野「ランタン・ルージュ」

中野で意外(?)な発見。わざわざ行きたい

店主の経験が生きたステキなフレンチバル

中央線沿線在住のころはよく行ったものだが、てっきり中野には行かなくなった。食というカテゴリで中野という街から想起するのは、ホルモンやジンギスカンといった肉と煙。それらの店以外で中野を目指すことは、今はほとんどないような気がする。

さて今回、中野の劇場で関西出身の仲間と上方落語を鑑賞。その後どこかで食事をしましょう、との運びとなったのだが、リクエストはワインが飲める店。ふー、中野でワインの課題にはキツイものがあり、東中野か新宿に移動して改めて、という方向にしようかと逡巡するもふと一軒思い出した。「ランタン・ルージュ」である。

「ランタン・ルージュ」。字面通りフランス語で赤提灯を意識したのだろう。おそらくフランスで同じ意味を持つとは思えないが、まずはネーミングの魅力に吸い込まれる。

もともとこの店の主は、渋谷に1980年代から続くフランス料理店「アンドラ」で修業、その後下北沢に「酒党の店 安寅゛(もちろんアンドラと読ませる)」をオープンした。つまり、基本的に言葉のセンスにも溢れた方なのだ。

店の窓からJR線が見えるので中野駅からは最寄りかと思うが、メインストリートの商店街を横道に折れしばらく歩くと、かわいいランタンのイラストが見つかる。その横にもカジュアルなレストランがあるので、瞬間どっちかな?と迷うも、階段に吸い寄せられて2階へ。ダイニングはカウンター中心。4名がけのテーブルが一卓のみ。店の構造上しかたがないと思うけど、このテーブルは特等席。窓からの眺めも楽しめる。

ここで少し、冒頭に書いた渋谷の「アンドラ」、下北沢の「酒党 安寅゛」に話を戻したい。渋谷の「アンドラ」は、フランス料理店評価の草分け、見田盛夫・山本益博両氏にはほとんど紹介されなかったが(もしかすると拒否していたのかもしれない)、80年代初頭からビストロを冠にし、渋谷区神南という当時もっともオシャレエリアの一つだった場所で健闘していた。個人的には世界中のカキの中でも最高にうまいと思う、広島・地御前 川崎健のカキがシーズンには数種類食べることができ、それを楽しみに出かけていた記憶がある(このカキは、「ランタン・ルージュでも食べられます)。

そして「安寅゛」。ココはビストロ料理と清酒の店、とでも言おうか。そのマリア―ジュにかたくなに挑戦していて、メニューでは、料理名の横に必ずその皿に合う清酒(それ以外のも酒あったかな)が明記されていた。
言うなれば「凝りすぎ」なわけだが、ぼくはこの遊び心がとても好きでよく通ったものだ。そして「凝りすぎ」な面は料理自体にも反映。あまりに丁寧にじっくりと作るのでなかなか出てこない。出てこないから手持無沙汰で酒量が増え、必然的に「安寅゛」では飲み過ぎた。

こうして「アンドラ」「安寅゛」を経てきた店主が、続いて中野に興したのが「ランタン・ルージュ」。なぜ「安寅゛」を閉めたのか詳しく存じ上げないが、下北沢を経てきた分、「ランタン・ルージュ」はすっかり肩の力が抜け、とてもリラックスできる空間となっている。

フレンチバルと名乗り酒としてはワインを中心とするものの、清酒など日本の酒も様々に用意されている点は、下北沢の酒党の店の片鱗を見る。ただ、やはりカッチリとしたビストロ料理にはワインがうれしい。「柿と生ハム」みたいなチョイひねりのメニューもあれば、オニオングラタンスープをすすっているように濃厚な玉ねぎのキッシュも忘れがたい。料理一皿一皿にかける丁寧さは健在で、その分なかなか出てこないのも以前と同様で、やっぱり飲み過ぎる。

中野という猥雑に飲食店が林立するエリアの外れにて、可愛らしい看板に迎えられる心地よさ、そして店内での得難い寛ぎは、さまざまに飲食店を経験してきた店主だからこその成果だろう。わざわざ中野に行ってみようとすら思わせるステキな名店だと思う。

さて実際に「ランタン・ルージュ」なる言葉を紐解いてみると、自転車レースで最も総合タイムの遅い選手のことを指すらしい。つまり「赤ランプ点灯」のことだそうだ。

「ランタン・ルージュ」
●東京都中野市中の5-36-32
●03-3388-3802
●17:30〜24:30LO
●月休

posted by 伊藤章良 at 09:00| Comment(2) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月01日

(70)赤坂「レストラン カナユニ」

午年生まれの名店。受け継がれる

不変的な魅力を感じたい

冒頭から突然だが、ユニクロという社名がユニーク・クロージング・ウェア・ハウスを短くしたという「いわれ」は、広く知られていると思う。それを社長が考案したのかどこかの企画会社なのか、その辺は知る由もないけど、実はその名前の由来に一役買っているのではないかと密かに思っているレストランが元赤坂にある。「カナユニ」である。

「カナユニ」というレストランは1966年創業。来年には48歳となる年男、年女なら「丙午」生まれだろうか。それだけでもかなり強靭な印象だし、「サングリア」や「ボージョレ・ヌーボー」や「エスプレッソ」を、レストランで初めて出したと店のホームページに記してある。
常に時代の先端を走ってきた、かなりユニークな店、ゆえ「カナユニ」なのだそうだ。

「カナユニ」がある元赤坂自体、東京でもかなりユニークなエリアだと思う。まず、赤坂全体からはじき出されたというか不思議な三角地帯なのだが、別の見方をすれば、もっとも皇室の住まいに近い場所でもある。幹線道路に挟まれ巨大なオフィスビルも建つが、なぜか妙に静けさが漂う落ち着いたレジデンスでもある。そして「辻留」「よしはし」、移転してきた「はしぐち」などの名店も散見する。

「カナユニ」はその中にあって、上の三軒と比較しても、やはり異彩を放っている。木造りの重い一枚扉を開くと地下へと階段が続く。「おおっ、パリのシャンソニエにこんなアプローチがあったなあ」とか思い出しながら下ると一気にドーンと眼下広がると思いきや、意外とダイニングもバーカウンターもテーブル配置も複雑に入り組んでいる。階段を降りながら、一瞬バブル期よりもさらに以前の「サパークラプ」のような店内を想像した。ところが、ポルトガルあたりにありそうな「根付いた感」をじんわり主張する、落ち着きと今の時代にはない色が存在していた。惜しむべくは、バブル期をそのまま引き継いだような客層以外は。

接客もまた、「カナユニ」の歩みをそのまま具現したような、柔らかい物腰の老齢ウエイター。ここにも、一時の感覚や創造力では実現可能とならない古いヨーロッパ的な味があった。

「カナユニ」に来たら食べるべき料理がいくつかある。まずひとつは「オニオングラタンスープ」。何と比べ、どこと比較してどうかといった愚論は無用。まさに畢竟(ひっきょう)とか原点としか言いようのない不動の宝である。

そして「タルタルステーキ」。果たして公に書いてもいいものかと不安になるけど、公式ホームページに堂々とメニューが掲載されているので紹介したい。たぶん日本で唯一、牛肉のタルタルステーキを食べることができる。ずっと以前、このタルタルステーキについて特許を出願したそうだが、肉何グラムに対してケッパー何個とかまで指定しなければならないとのことで、それは自分たちの想いとは違うとしてそのままにしているらしい。時代がどんなに動いても自分たちは変わらない、そして変えないことが、かなりではなくもっともユニークなポイントかもしれない。

もう一品挙げるなら「クレープシュゼット」だろか。ひと言で語るには恐れ多いが、「カナユニ」の料理は基本的にはクラシックである。だが、テーブルの横にワゴンを運んでウエイター自らの手によって作られる「クレープシュゼット」は、メニューのタイトルに「今の若さと美しさを保ちたい方へ」とあるように、柑橘系のさわやかな酸が食事のシメに抜群の心地よさをもたらす、甘さを押さえた極めてモダンなデザートだった。

客はほとんどが社用族、自腹で来ている人はほとんどいない様子だった。こういった方々が、バブル崩壊後も永きに渡って「カナユニ」を支えて来たと拝察する。変わらない・変えないスゴさは気安さに置き換えられ、常に「オレの店」であり続けたのだろう。ただ、タバコの煙が充満しオッサンの野卑な笑い声ばかりが響く店内は少し寂しい。オレの店を引き継ぐ若い食べ手にもぜひ「カナユニ」の普遍的な魅力に触れていただきたいと強く願う。

「レストラン カナユニ」
●03-3404-4776
●東京都港区元赤坂1-1中井ビルB1F
●17:30〜25:30LO(月〜金)、17:30〜23:00LO(土)
●日休
http://www.kanauni.jp/


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2013年11月01日

(69)渋谷「deco」

バー仕様を超えた! 圧巻のジビエ力

ワイン力、サービス力の凄さ

ワインバーとかダイニングとかいうジャンルは、僕がもっとも行かないカテゴリーだが、今回紹介する「deco」はワインバーからのスタートであった。少し言い換えれば、ワインの販売に重きを置いた料理店だったと記憶する。今でも、お店のオフィシャルサイトによると「French&wine bar」になっている。
半地下の、いかにもバーっぽいアプローチ。ダイニングは、厨房と向かい合わせにカウンター席が大きくとられて、「飲み」が主体であることを主張する。午後8時に入店しても客はまだ半分の入りだったが、9時をこえた頃からポツポツと埋まり始め満席に……。と、まさに客の使い勝手もバー仕様のところがある。

場所は渋谷区神南。渋谷駅から原宿寄りの山手線外側の一角。この界隈は、デザイン業界筆頭の専門学校「桑沢デザイン研究所」の存在もあり、ずっと以前から、渋谷の中では治外法権的にオシャレなエリアだった。ポツポツと明かりを灯す飲食店も個性的な顔が並び、加えて坂も多くて、異国情緒も醸していた印象がある。

世の趨勢として、渋谷の街の変遷に押し流され一時の色気は失ったが、今やイタリア料理界の急先鋒となったサローネグループの「ヴィオデナミコ」がこの地に返り咲いた際、ほぼ同時期に「deco」もスタートしたと記憶する。そして当初「deco」は、「ヴィオデナミコ」の二軒目という利用のされ方が多かったのではないだろうか。

ところが、柔らかい物腰ながら独自の視点を持ち味にワインのセレクトを主張するソムリエール、卓越した技術力と食材に賭ける情熱で、簡素な厨房から信じがたい皿を創造する料理人。この両名の存在は、「ヴィオデナミコ」の二軒目としてはあまりある、というかそれをも凌駕するフランス料理店として、めきめきと頭角を現した。

客も店を変えるが、当然、スタッフのキャラクターは、もっともっと店を変化させる。「deco」のシェフとソムリエールの存在は、ワインバーとしてマックスな内装や厨房とのハンティを背負いながら、今や恐ろしくグレードの高いフランス料理店だと確信する。もちろんビストロなどと間違った呼称で呼ぶこともできない。

圧巻はこれからの時期。まさに今月紹介をさせていただきたかったのは、「deco」のジビエなのだ。店頭や庭に吊るして熟成させているレストランを見かけるが、「deco」では、熟成中の野禽類が羽付きのままトレーに載せられ、見目麗しいソムリエールによってテーブルまで運ばれてくる。客は、彼女から説明を聞き実際に熟成度合を確認しながら選ぶことができる。店の規模や動けるスタッフの頭数を考えれば、本当に頭の下がる(そして食材対する愛を感じる)時間だ。
またジビエに対するワインは、どうしてもヘビーさだけを拠り所にした平板なセレクトになってしまい、比較的冒険の選択肢がないと思う。ところが「deco」でのレコメンドは、単体で口に含むなら「キレイ」と感じるのに、いざジビエと共に味わうと、どこにそんな力を秘めていたのかと驚くぐらい大きな顔をする。シェフの料理を知り尽くしたからこその一本に、チーム力の凄さも感じた。

本当に少数精鋭の運営で、お一人が幾通りもの仕事をこなさなければならない現状は、どうしてもサーブが滞りがちとなる。ただ、その後もたられる料理やワインに接すると、待った甲斐があったねえと、誰もがうなずくことだろう。

「deco (デコ)」
●東京都渋谷区神南1-17-2 DIX神南ビル B1F
●03-6416-1151
●11:30〜14:30、18:00〜21:30(L.O)
●日祝休



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2013年06月01日

(65)代官山「Ata」

聞こえてくる高評価。“カワイイ”スタッフに和みながら

ガッツリ食べる魚介中心のフランス料理

オープン半年足らずで、ここまで高い評判を聞く店も久しぶりだ。
会う人会う人、特に外食のリテラシーが高いヒトほど、あそこはいい、と言う。
まだまだ情報がひとびとに浸透しておらず営業時間も長いので、ふと思い立って当日の電話でも予約がとれるのが喜ばしい。

雑誌の紹介記事でも食べログでも「すべてが魚介類専門のフランス料理店」との位置づけだ。しかし、少数ながら肉料理もあるし野菜料理は豊富。ぼく自身は、その点にさほど個性とか新しさとかを感じるわけではない。普通にフランス料理店に行って魚介を中心にオーダーすれば、ココと同じ流れを作ることもできよう。でも、今まではあまり存在しなかったタイプの料理店であることは確かで、その魅力のすべては、後述もするが厨房に立つ男女二人の料理人から発せられているように思う。

一方、当然、客の前で取り分ける演出=デクパージュが期待できる環境ではなく、ドーバーソールのように骨付きの魚を注文してカッコよく食べることができるか、という認識に立つと、意外とハードルは高く設定された店なのかもしれない。メニューはアラカルトオンリーで安価なコース設定がなく、しかも魚介類中心となれば、食べログラバーは敬遠するだろう。点数も低い。意識してのことかどうかはわからないものの、あらかじめ上客を選別することにも成功していて、大いに参考になる。

「Ata」は、代官山というより、どちらかと言うと渋谷にあるといっていいだろう。昔から、しぶーいレストランがポツポツと並ぶエリアで、そんな店の等間隔の灯りがふわっと緩くて、おいしさまでも匂わせる雰囲気を持っている場所だ。

かわいい階段を上り、可愛いエントランスを開けると、そこにカワイイ二人がいる。キャリアも積んだ(そして、まったく動きに無駄のない)お二人を称してカワイイとするのは恐縮だが、まさにそんな親しみやすさが先行するオープンキッチン。料理に詳しい人ではなくてもなんとなくわかる最新の調理器具が並んでいて、それをカワイイ人たちが、縦横無尽に動かす。

メニューは、キッチン上の黒板に、でっかく書かれている。
まずはスペシャリテとして、蒸した魚介と野菜をアイオリソースにディップして食べるか、ガッツリとブイヤベースを選ぶかをチョイス。加えて前菜とメインがある。まさに、食べろ!食べろ!と叫んでいるような構成で、代官山散歩の途中に立ち寄り、ちょこっと食べてその後スイーツでも・・・な客はターゲットではない。

奥に何卓かテーブルがあるようで、そちらもにぎわっていたが、「Ata」では、カウンター席以外には考えられない。おそらくテーブル席は、文字通り魚介類専門のフランス料理屋なのだろう、でも、カウンターに陣取ると、そこは、溌剌と動くカワイイ二人に見とれつつ和む、特別の空間なのである。

メニュー名は確かに少々上級かもしれない。ただ、その日の隣りの客は「パテカン」と書かれた意味を質問しており(実際には、パテカソって何ですか? と聞いていたが 笑)、そんなフランクなコミュニケーションが自然発生的に起こる環境だ。

シェフは最初に、キチンと自分の店の個性や特徴と注文の仕方を説明するし、忙しい合間にも手を止めて、こちらからの問いにも丁寧にユーモアを交えて応える。そのトークがあまりになじむので、恐縮ながら何度も質問を投げかけたくなる。

シェフは、客がオーダーしたメニューを、どの順番でもう一人の女性料理人と分担してこなしていくかをすべて大声で公開し、ホールのサービススタッフへの指示も同じように分け隔てなく大声で伝えている。特にもう一人の厨房の女性は、単なるアシスタントではなく、シェフが火の前に立つときには冷たい料理を、シェフが魚を焼くときにはソース作りを、と、見ていてオオッと感心するぐらい完璧なチームワーク。キッチン狭しと立ち位置が入れ替わる様は、まるでバトミントンのダブルスを見ているようにも映る。

最後に。最近の傾向として、というか流行る店の一つの特徴は、女性がイキイキと(悲壮感なく)働いている様子が客の視野の中にあること、ではないかと考えている。それは自分が男だからなどと偏った見方ではなく、長らく男の現場であり、しかもブラックボックスのイメージが強かった厨房が公開され、辛い仕事の象徴のような白いコックコート以外の清潔な服装で機敏に動く女性の存在。それは、食べるという欲望をさらに膨らませることに、より一層好条件として作用しているのではないか、と密かに感じているのである。

「Ata」
東京都渋谷区猿楽町2-5 1F
●03-6809-0965
●17:00-26:00
●日休
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