いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2017年03月01日

(99)台北「RAW」

料理やワインの印象を超えるほどの
徹底した清潔感

日本の某レストランに行った時のことだ。
料理を食べるというよりは料理人の話を聞く、みたいな展開。劇場型とかいわれる存在らしい。劇場なら役者に任せて料理に専念してほしいと単純に思うわけだが、なかなか饒舌で興味深い話もするし、それを聞いた後で見る皿は認識度や感動も大きい。

ただぼくは、ひとつ大きな疑問を抱いた。
料理人が皆、汚いのである。もっといえば、見るからに不潔なのだ。
どんなに優れた技術を持ち、客の想像力をはるかに超えるアイデア表現があったとしても、料理人に一番に望みたいのは清潔であることだ。
ぼくはその瞬間に食欲をなくし気持ちまでげんなりしてしまったが、劇場型というアプローチに、日本人ですら清潔さを求めない、いや忘れてしまうのだから、ある意味成功なのか。

もちろん、ファッション・髪型・肌の色等、どのような風体や色や柄を好もうと当然個人の自由である。ただそれは、人前に出るか出ないかということとは別問題だ。客の前に出て、料理人としてご自身の持つ哲学やコンセプトを語るなら、身綺麗であることも大変重要だと考える。

日本人はとても清潔な国民だし、他人やパブリックな空間にも清潔さを求める。
その傾向はますます増長して、最近では駅のトイレもホテル並みに美しかったりする。
飲食店もしかり。アジアの国で、いや欧米を含めても日本ほど飲食店が清潔な国は類を見ない。

さて、台北にある「RAW」というフランス料理店に行ってきた。
少しこの店の解説を試みたい。ずっと以前にクーチャンネルのコラムで書いたシンガポールのフランス料理店「アンドレ」のシェフであるアンドレ・チャンは台湾人で、自分の基幹店はシンガポールに置くが、その凱旋というか祖国に錦を飾った姉妹店こそが「RAW」である。
「アンドレ」は、世界のベストレストランとかいう炭酸水のメーカーがやっているランキングにてアジアで2位(ちなみに日本のトップは「ナリサワ」で6位)、「RAW」も24位に入っていて、三ツ星の「鮨さいとう」より上である。

「RAW」は、現在台北において尋常ではないほど予約の取れない店となっている。50席程度のダイニングに日々1000件以上の予約のアクセスがあるそうで、オークションやダフ行為も横行しているとの噂も聞く。
たまたま直前に、台北のホテルコンシェルジュに人数の変更を頼んだら、今まで幾度となく海外の客に予約を頼まれたが一度も取れことがない。予約を取ることよりキャンセルの方が先なんてと嘆かれ、別件でホテルのサービスセンターと電話をしていると、お客様はRAWへ行かれるのですね。アンドレ・チャンは台湾の英雄ですと胸を張られ、ホテルのベルボーイに行先の住所を見せたら、RAWに行くのか。なんて幸運でうらやましい奴だと、真剣に羨望のまなざしを向けられた。

そして「RAW」に入店、なぜか最上の席に案内される。眼前に半オープンキッチンになっている厨房そして大人数の料理人を見た最初に、なんて美しい清潔な連中なんだ! と驚愕した。
きちんと刈り込まれた黒い頭髪、真っ白な長袖シャツ、全員お揃いのデニムのエプロン、白い肌……。最初、このシーンはすべて役者で自分が観ているのはプロジェクターから投影されたスクリーンに映る映像なのかと錯覚してしまったほどだ。

なにせ「鮨さいとう」より上位の店なのだ。料理がすばらしいことをあえて書かないが、その後も驚くことが連続した。一皿ごとに、つまりコースの一皿を下げるたびに、日本でいうデザートコースに入る前のような感じで、パン屑を掃除し皿を置くためのマットのゴミを落とし、ワイングラスやパンの位置を整える、それをサービススタッフは都度繰り返すのである。

ここから先はまったくのぼくの想像だが、台湾の英雄アンドレ・チャンは、この一軒のフランス料理店でタイワニーの食習慣までも変えようと試みているのではないか。その必然として、考えられないぐらい予約の取れない店に育て上げ、この店での食事が究極の理想なのだとタイワニーに分からせようとしているのではないか。

台湾は中国本土など他のアジア圏に比べると清潔な方だが、やはり骨付きや殻付きの料理が多いこともあって、食事が進むにつれテーブル上は所せましと食べカスで埋っていく。それも含めての臨場感とぼくも一緒に溶け込み楽しむが、西洋の食事は、常にテーブルの上をきれいに清潔に保ちながら進めていくことが通常で、日本では家庭でもそれを実践している。キレイに食事をする欧米や日本ではあたりまえの習慣、それを「RAW」を体験することでタイワニーに伝えようとしているのではないかと気づいたのである。

その視点で見ると、目に入るところすべてに、実は何も物がおかれていないことに気づく。「RAW」に雑然という言葉は存在しない。コルクを抜いたワインを冷やすワインクーラーも引き出しの中に収納される。各テーブルのカトラリーもすべてテーブルの下の引き出しに入っていて、昨今このアプローチは日本でも見る。しかし目的は日本と異なり、これについてもカトラリーを使うに際しタイワニーにさらに踏み込んで考える機会をを与える手段の一つに思えてくる。小さなゴミですら、引き出しを開けてその中に入れる所作を見て、そこまで徹底させているのかと感嘆した。

レストランの紹介に料理やワインのことを書かなくて恐縮至極である。
ただそれ以上に書きたいことがありすぎて前後編に分けたいぐらいだ。

ラストまで清潔をテーマとして続けると、特に中華圏ではトイレの汚さに閉口することが多い。女性はできるだけ店内のトイレは使いたくないという声も聞く。
「RAW」の化粧室は、一万軒以上レストランに行った中でも、もっとも度肝を抜かれた構造になっている。一瞬なんだこれはと異空間に迷い込む。こうして化粧室の重要性までタイワニーに訴えるというその英雄ぶりに、ただただ嘆息するのみだった。

RAW
posted by 伊藤章良 at 15:34| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月01日

今月はおやすみいたします

いつも新・大人の食べ歩きをお読みいただきありがとうございます。

今月は伊藤章良さんの海外出張と夏休みが重なったためおやすみさせていただきます。
申し訳ありません。

次回は9月1日アップでよろしくお願いいたします。
posted by 伊藤章良 at 11:28| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月01日

(85)代々木上原「ル・デパール」

グルメエリアとなる遥か以前から

町を静かに見つめてきたワインビストロ

2015年の今、代々木上原のレストランといえば山手線内の一等地とほぼ同じ立地感覚である。例えば、恵比寿の飲食店が飽和状態になり地代が高止まりすぎて、中目黒へと移行していったように、代々木上原も渋谷から同心円上に大人の店が逃げていくなかで、その大いなるピンポイントとしてのポジションを確保したような気がする。地元のメンバーで集う止まり木から、優れた飲食店を求めて都内一円から人が集うグルメエリアとして。
それは、あらかじめ山手線外という認識で成熟し大衆化した下北沢や三軒茶屋と異なり、静かで便利な住宅街からトレンディなレストランスポットに変化しつつあると表現しても過言ではなかろう。

そんな代々木上原にて、平成元年にオープン。その後27年間ずっとこの町の変遷を見て感じて、確かな存在感を放ち続けてきたレストランがある。「ル・デパール」という。こちらに訪問の機会を得た際、自分では初だと思い込んでいたが、ふと店の前に立つと見覚えがあった。もちろん既視感ではない。1990年代、ぼくは代々木上原から徒歩圏に住んでいたので、この店に何度か訪れたことを思い出していた。

店は贅沢なほど駅前だ。でも、27年前だからこそこんな好立地に店を構えることができたわけで、今は相当難しいのではないかとそんな想像をする。入口の佇まいからバブルの香りが漂ってくる。というか、すでにバブルを知らない世代の方がマジョリティだろうから、そんなぼくの独白も誰も気に留めないに違いないが。

店内は、クラシックでもなくモダンでもない、でも、ああこんな店に通ったなあと自分がぐいぐい若返ってくるような、少し落ち着かない、素敵なのになんだか照れくさい、そんな感覚。そして、十数年を経てこの店にまた来ることができた喜びが、じわじわと腹の底から込み上がってくる。

バブルの名残がまだ感じられた時代、「ル・デパール」には、まずは少々遠方からの客、そして戻ってきた地元民、深夜に集う同業者と、深夜2時まで三回転したと店主は語る。当時は人も雇っていたようだが、今はマスター一人。酒も料理も筋金入りである。

今も昔も、ここをワインバーと称するのだろう。というより、ワインバーとしての走りかもしれない。ただ客の全員が一斉にぐるぐるとグラスをスワリングしていた、まるで新興宗教のような一時の片鱗はなく、今はビストロ料理を出す硬派なバーとすると上手に収まる。メニューの感じも、長年の経験で歩留まりのいいいように工夫された苦労が見えるし、一皿ごとにボリュームがあって、付け合せもこれでもかという具合。仕上げに胡椒をガリガリと多用してくるところも、リヨンのブションを想起させる。オープン当初からそうだったのか、いや店内に2000年代半ばのミシュランが置いてあったので、そのころからの流れなのか。時代の変遷を越えて長く続く飲食店を追いかけているぼくは、「ル・デパール」の変化を勝手に想像することで、よりこの空間を楽しんでいた。

カウンターやバックバーには、ワイン以外のお酒をたくさん置いてあるので、当然あらゆるアルコール類を楽しむことができるのだが、カウンターに置かれたボトルをみると、アプサンやパスティスばかり。普通のオーセンティグなバーならスコッチやジンが置かれている、まさにその場所から強烈なフランスのエスプリを感じて思わず店主の顔を仰いだ。あまりにもさりげなくてカッコいいこだわりだ。

先月、仕事でハワイに半月ほど滞在した際、ホノルルで19年続いているという「カフェ・ミロ」なるフラスン料理店を訪れた。実に10年以上ぶりかもしれない。客の大半がひけた後、この店の日本人シェフとお話しをする機会を得たが、彼はその間ずっと、パスティスを手放さずに飲んでいた。ハワイというフランスの対極のような場所にいながらも、フランスのスピリットを楽しんでいる、というか決して忘れないよう心のどこかに置いておく凄さ。
「ル・デパール」のカウンターを見て、その時のことを思い出した。

「ル・デパール」
●東京都渋谷区上原1-36-15
●03-3468-6228
●19:00〜翌2:00
●日休
http://loveledepart.tumblr.com/
posted by 伊藤章良 at 11:57| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月01日

(81)新小岩「ワイン食堂 Chezとし」

客によりそった“実力”が心地よい

堂々たる地方の名フレンチ

亀戸に「メゼババ」というイタリア料理店があり、大変な人気を博している。1カ月後の予約もままならないとか。カウンター10数席なのでさもありなんと思うが、亀戸という下町にしてこの隆盛はすごいなあと驚いていた。そして、「メゼババ」の個性やこだわりを永く続けてほしいと思うゆえ、拙著『東京百年レストランV』にても取り上げた。

ところで、「メゼババ」に何度か通うなか、実は亀戸という場がこの店の人気を決める最大の要因になったのではないかと思い始めた。都心から30分余りでアクセスできる立地ながら、訪れる人の感覚を知れば知るほど、すでに地方の名店なのである。

「地方の名店」には、訪問する町々でぼくも訪れるものの、いつも感じるのは回りの評価ほどではない、という寂しい事実だ。もちろん「オテル・ド・ヨシノ」のような気を吐く店もあり皆無とは言わないが、最高の食材と人材が集まる東京とは、やはり比較の対象となりにくい。

というのも、都心から地方に遠征すると、平等な視点を持てなくなってしまう人が多いようで、自分がその地まで出かけて行ったという自慢がバイアスとなってしまう。わざわざ訪ねて行った店に低い点を付けることが悔しいのだろう。加えて、自ら地代の安い場所へ時間とお金をにかけて移動しているにもかかわらず、コスパがいいなどと、考えられない錯覚も起こす。

地方の店評価の信頼性については、フランスの『ミシュランガイド』とは雲泥の差を感じてしまうが、向こうは百年以上の歴史があるわけで、それを同等に持ち出すことには無理がある。ただ評価者が育たないと、店側もこの程度のレベルでいいのかと安住してしまう気がして不安でもあるのだ。

「メゼババ」に話を戻すと、亀戸ながら客側のこの店の扱いは、単なる地方の名店である。もしこの店が恵比寿や麻布十番にあったと想像するなら、おそらく今ほどは注目されなかっただろう。その辺もシェフ本人の戦略としたら、それは才覚なのだと思うが、現時点のブームは実力の正当な評価ではないと感じる。

今回紹介する、亀戸からもう少し先にすすんだ新小岩にあるワイン食堂「Chez とし」は、「メゼババ」とはまさに対極。銀座や六本木にあっても遜色ない高いクオリティを掲げつつ、地方の名店とはならない、というか情報で飯を食う、うつろいグルメさんは相手にしない、地に足着いたレストランである。

場所は新小岩の駅から数分。まったくおもしろみに欠ける商店街を少し外れた路地にある。辺りは当然ながら下町系居酒屋が点在するも「Chez とし」の佇まいは決して異質ではなく、どちらかというと上手に溶け込んでいるように見える。

カウンターのみ8席程度だろうか。入店してまず目を引くのは、カウンターの店にしては、重厚で立派な白い椅子。もう少し気軽なスツールタイプを選べば、増席も可能で後ろも通りやすいのだが、客をあたたかく迎えじっくり寛いでもらおうというコンセプトがそこに見えて頼もしい。

見上げると、丁寧な文字で記された板書メニューがある。そして手元にも今日のオススメ的なスペシャルが用意されている。板書メニューは、サラダ、生ハム、テリーヌ等に肉料理の数々。そして手元の紙には、今の時期らしいアスパラガスやホタルイカといった春の食材が並び、プロとして当然の差別化が施された、堂々たるフランス料理店的構成だ。

シンプルなメニュー名だが、どの皿も当たり前には出てこないに違いないと、選ぶ段階から想像力をかき立てられ、それが食欲に昇華していく。定番に後ろ髪を惹かれつつも、春のオススメからもあれこれと。考えればキリがなく、相当な皿を数えた。一皿ごともたっぷりな盛りで、ワイン食堂たる冠も裏切らない。

シェフの経歴からも、フレンチ以外からのテイスト、特に和のエスプリをまとうのは想像の範囲だが、すでに、和以外からの世界観は完成されていて、「としシェフ」オリジナル、唯一無比な料理に他ならない。食堂らしく〆の炭水化物まで、丁寧に仕込まれた圧巻の飯が途切れないのだ。

そんなワールドワイドな料理の構成や流れもあってか、ワインはスペインを中心に集められている。仏伊に比べると少々馴染みがないので瞬間的に躊躇もするが、なにせワイン食堂なのだ。どれを選んでも外れはないだろう。

食べることの愉しさ、そして寛ぎ。凡庸な表現だが、まさにありそうでなかなか存在しない「大人の店」である。エントランスに貼られている、ワインを飲まない人と子供はお断りという無粋な書き込みもまた、昨今の飲まないコドモグルメさんを拒絶しているように感じる。言うまでもないが自ら新小岩まで動いてきたわけで、大人が支払うにはとんでもなく財布に優しい。新小岩在住の方が本当にうらやましくなってきた。

「わいん食堂 Chez とし」
●03-5879-9907
●東京都葛飾区新小岩1-34-8 エヌアールビル
●17:30〜24:00LO
●日祝祭
posted by 伊藤章良 at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月01日

(71)中野「ランタン・ルージュ」

中野で意外(?)な発見。わざわざ行きたい

店主の経験が生きたステキなフレンチバル

中央線沿線在住のころはよく行ったものだが、てっきり中野には行かなくなった。食というカテゴリで中野という街から想起するのは、ホルモンやジンギスカンといった肉と煙。それらの店以外で中野を目指すことは、今はほとんどないような気がする。

さて今回、中野の劇場で関西出身の仲間と上方落語を鑑賞。その後どこかで食事をしましょう、との運びとなったのだが、リクエストはワインが飲める店。ふー、中野でワインの課題にはキツイものがあり、東中野か新宿に移動して改めて、という方向にしようかと逡巡するもふと一軒思い出した。「ランタン・ルージュ」である。

「ランタン・ルージュ」。字面通りフランス語で赤提灯を意識したのだろう。おそらくフランスで同じ意味を持つとは思えないが、まずはネーミングの魅力に吸い込まれる。

もともとこの店の主は、渋谷に1980年代から続くフランス料理店「アンドラ」で修業、その後下北沢に「酒党の店 安寅゛(もちろんアンドラと読ませる)」をオープンした。つまり、基本的に言葉のセンスにも溢れた方なのだ。

店の窓からJR線が見えるので中野駅からは最寄りかと思うが、メインストリートの商店街を横道に折れしばらく歩くと、かわいいランタンのイラストが見つかる。その横にもカジュアルなレストランがあるので、瞬間どっちかな?と迷うも、階段に吸い寄せられて2階へ。ダイニングはカウンター中心。4名がけのテーブルが一卓のみ。店の構造上しかたがないと思うけど、このテーブルは特等席。窓からの眺めも楽しめる。

ここで少し、冒頭に書いた渋谷の「アンドラ」、下北沢の「酒党 安寅゛」に話を戻したい。渋谷の「アンドラ」は、フランス料理店評価の草分け、見田盛夫・山本益博両氏にはほとんど紹介されなかったが(もしかすると拒否していたのかもしれない)、80年代初頭からビストロを冠にし、渋谷区神南という当時もっともオシャレエリアの一つだった場所で健闘していた。個人的には世界中のカキの中でも最高にうまいと思う、広島・地御前 川崎健のカキがシーズンには数種類食べることができ、それを楽しみに出かけていた記憶がある(このカキは、「ランタン・ルージュでも食べられます)。

そして「安寅゛」。ココはビストロ料理と清酒の店、とでも言おうか。そのマリア―ジュにかたくなに挑戦していて、メニューでは、料理名の横に必ずその皿に合う清酒(それ以外のも酒あったかな)が明記されていた。
言うなれば「凝りすぎ」なわけだが、ぼくはこの遊び心がとても好きでよく通ったものだ。そして「凝りすぎ」な面は料理自体にも反映。あまりに丁寧にじっくりと作るのでなかなか出てこない。出てこないから手持無沙汰で酒量が増え、必然的に「安寅゛」では飲み過ぎた。

こうして「アンドラ」「安寅゛」を経てきた店主が、続いて中野に興したのが「ランタン・ルージュ」。なぜ「安寅゛」を閉めたのか詳しく存じ上げないが、下北沢を経てきた分、「ランタン・ルージュ」はすっかり肩の力が抜け、とてもリラックスできる空間となっている。

フレンチバルと名乗り酒としてはワインを中心とするものの、清酒など日本の酒も様々に用意されている点は、下北沢の酒党の店の片鱗を見る。ただ、やはりカッチリとしたビストロ料理にはワインがうれしい。「柿と生ハム」みたいなチョイひねりのメニューもあれば、オニオングラタンスープをすすっているように濃厚な玉ねぎのキッシュも忘れがたい。料理一皿一皿にかける丁寧さは健在で、その分なかなか出てこないのも以前と同様で、やっぱり飲み過ぎる。

中野という猥雑に飲食店が林立するエリアの外れにて、可愛らしい看板に迎えられる心地よさ、そして店内での得難い寛ぎは、さまざまに飲食店を経験してきた店主だからこその成果だろう。わざわざ中野に行ってみようとすら思わせるステキな名店だと思う。

さて実際に「ランタン・ルージュ」なる言葉を紐解いてみると、自転車レースで最も総合タイムの遅い選手のことを指すらしい。つまり「赤ランプ点灯」のことだそうだ。

「ランタン・ルージュ」
●東京都中野市中の5-36-32
●03-3388-3802
●17:30〜24:30LO
●月休

posted by 伊藤章良 at 09:00| Comment(2) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月01日

(70)赤坂「レストラン カナユニ」

午年生まれの名店。受け継がれる

不変的な魅力を感じたい

冒頭から突然だが、ユニクロという社名がユニーク・クロージング・ウェア・ハウスを短くしたという「いわれ」は、広く知られていると思う。それを社長が考案したのかどこかの企画会社なのか、その辺は知る由もないけど、実はその名前の由来に一役買っているのではないかと密かに思っているレストランが元赤坂にある。「カナユニ」である。

「カナユニ」というレストランは1966年創業。来年には48歳となる年男、年女なら「丙午」生まれだろうか。それだけでもかなり強靭な印象だし、「サングリア」や「ボージョレ・ヌーボー」や「エスプレッソ」を、レストランで初めて出したと店のホームページに記してある。
常に時代の先端を走ってきた、かなりユニークな店、ゆえ「カナユニ」なのだそうだ。

「カナユニ」がある元赤坂自体、東京でもかなりユニークなエリアだと思う。まず、赤坂全体からはじき出されたというか不思議な三角地帯なのだが、別の見方をすれば、もっとも皇室の住まいに近い場所でもある。幹線道路に挟まれ巨大なオフィスビルも建つが、なぜか妙に静けさが漂う落ち着いたレジデンスでもある。そして「辻留」「よしはし」、移転してきた「はしぐち」などの名店も散見する。

「カナユニ」はその中にあって、上の三軒と比較しても、やはり異彩を放っている。木造りの重い一枚扉を開くと地下へと階段が続く。「おおっ、パリのシャンソニエにこんなアプローチがあったなあ」とか思い出しながら下ると一気にドーンと眼下広がると思いきや、意外とダイニングもバーカウンターもテーブル配置も複雑に入り組んでいる。階段を降りながら、一瞬バブル期よりもさらに以前の「サパークラプ」のような店内を想像した。ところが、ポルトガルあたりにありそうな「根付いた感」をじんわり主張する、落ち着きと今の時代にはない色が存在していた。惜しむべくは、バブル期をそのまま引き継いだような客層以外は。

接客もまた、「カナユニ」の歩みをそのまま具現したような、柔らかい物腰の老齢ウエイター。ここにも、一時の感覚や創造力では実現可能とならない古いヨーロッパ的な味があった。

「カナユニ」に来たら食べるべき料理がいくつかある。まずひとつは「オニオングラタンスープ」。何と比べ、どこと比較してどうかといった愚論は無用。まさに畢竟(ひっきょう)とか原点としか言いようのない不動の宝である。

そして「タルタルステーキ」。果たして公に書いてもいいものかと不安になるけど、公式ホームページに堂々とメニューが掲載されているので紹介したい。たぶん日本で唯一、牛肉のタルタルステーキを食べることができる。ずっと以前、このタルタルステーキについて特許を出願したそうだが、肉何グラムに対してケッパー何個とかまで指定しなければならないとのことで、それは自分たちの想いとは違うとしてそのままにしているらしい。時代がどんなに動いても自分たちは変わらない、そして変えないことが、かなりではなくもっともユニークなポイントかもしれない。

もう一品挙げるなら「クレープシュゼット」だろか。ひと言で語るには恐れ多いが、「カナユニ」の料理は基本的にはクラシックである。だが、テーブルの横にワゴンを運んでウエイター自らの手によって作られる「クレープシュゼット」は、メニューのタイトルに「今の若さと美しさを保ちたい方へ」とあるように、柑橘系のさわやかな酸が食事のシメに抜群の心地よさをもたらす、甘さを押さえた極めてモダンなデザートだった。

客はほとんどが社用族、自腹で来ている人はほとんどいない様子だった。こういった方々が、バブル崩壊後も永きに渡って「カナユニ」を支えて来たと拝察する。変わらない・変えないスゴさは気安さに置き換えられ、常に「オレの店」であり続けたのだろう。ただ、タバコの煙が充満しオッサンの野卑な笑い声ばかりが響く店内は少し寂しい。オレの店を引き継ぐ若い食べ手にもぜひ「カナユニ」の普遍的な魅力に触れていただきたいと強く願う。

「レストラン カナユニ」
●03-3404-4776
●東京都港区元赤坂1-1中井ビルB1F
●17:30〜25:30LO(月〜金)、17:30〜23:00LO(土)
●日休
http://www.kanauni.jp/


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2013年11月01日

(69)渋谷「deco」

バー仕様を超えた! 圧巻のジビエ力

ワイン力、サービス力の凄さ

ワインバーとかダイニングとかいうジャンルは、僕がもっとも行かないカテゴリーだが、今回紹介する「deco」はワインバーからのスタートであった。少し言い換えれば、ワインの販売に重きを置いた料理店だったと記憶する。今でも、お店のオフィシャルサイトによると「French&wine bar」になっている。
半地下の、いかにもバーっぽいアプローチ。ダイニングは、厨房と向かい合わせにカウンター席が大きくとられて、「飲み」が主体であることを主張する。午後8時に入店しても客はまだ半分の入りだったが、9時をこえた頃からポツポツと埋まり始め満席に……。と、まさに客の使い勝手もバー仕様のところがある。

場所は渋谷区神南。渋谷駅から原宿寄りの山手線外側の一角。この界隈は、デザイン業界筆頭の専門学校「桑沢デザイン研究所」の存在もあり、ずっと以前から、渋谷の中では治外法権的にオシャレなエリアだった。ポツポツと明かりを灯す飲食店も個性的な顔が並び、加えて坂も多くて、異国情緒も醸していた印象がある。

世の趨勢として、渋谷の街の変遷に押し流され一時の色気は失ったが、今やイタリア料理界の急先鋒となったサローネグループの「ヴィオデナミコ」がこの地に返り咲いた際、ほぼ同時期に「deco」もスタートしたと記憶する。そして当初「deco」は、「ヴィオデナミコ」の二軒目という利用のされ方が多かったのではないだろうか。

ところが、柔らかい物腰ながら独自の視点を持ち味にワインのセレクトを主張するソムリエール、卓越した技術力と食材に賭ける情熱で、簡素な厨房から信じがたい皿を創造する料理人。この両名の存在は、「ヴィオデナミコ」の二軒目としてはあまりある、というかそれをも凌駕するフランス料理店として、めきめきと頭角を現した。

客も店を変えるが、当然、スタッフのキャラクターは、もっともっと店を変化させる。「deco」のシェフとソムリエールの存在は、ワインバーとしてマックスな内装や厨房とのハンティを背負いながら、今や恐ろしくグレードの高いフランス料理店だと確信する。もちろんビストロなどと間違った呼称で呼ぶこともできない。

圧巻はこれからの時期。まさに今月紹介をさせていただきたかったのは、「deco」のジビエなのだ。店頭や庭に吊るして熟成させているレストランを見かけるが、「deco」では、熟成中の野禽類が羽付きのままトレーに載せられ、見目麗しいソムリエールによってテーブルまで運ばれてくる。客は、彼女から説明を聞き実際に熟成度合を確認しながら選ぶことができる。店の規模や動けるスタッフの頭数を考えれば、本当に頭の下がる(そして食材対する愛を感じる)時間だ。
またジビエに対するワインは、どうしてもヘビーさだけを拠り所にした平板なセレクトになってしまい、比較的冒険の選択肢がないと思う。ところが「deco」でのレコメンドは、単体で口に含むなら「キレイ」と感じるのに、いざジビエと共に味わうと、どこにそんな力を秘めていたのかと驚くぐらい大きな顔をする。シェフの料理を知り尽くしたからこその一本に、チーム力の凄さも感じた。

本当に少数精鋭の運営で、お一人が幾通りもの仕事をこなさなければならない現状は、どうしてもサーブが滞りがちとなる。ただ、その後もたられる料理やワインに接すると、待った甲斐があったねえと、誰もがうなずくことだろう。

「deco (デコ)」
●東京都渋谷区神南1-17-2 DIX神南ビル B1F
●03-6416-1151
●11:30〜14:30、18:00〜21:30(L.O)
●日祝休



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2013年06月01日

(65)代官山「Ata」

聞こえてくる高評価。“カワイイ”スタッフに和みながら

ガッツリ食べる魚介中心のフランス料理

オープン半年足らずで、ここまで高い評判を聞く店も久しぶりだ。
会う人会う人、特に外食のリテラシーが高いヒトほど、あそこはいい、と言う。
まだまだ情報がひとびとに浸透しておらず営業時間も長いので、ふと思い立って当日の電話でも予約がとれるのが喜ばしい。

雑誌の紹介記事でも食べログでも「すべてが魚介類専門のフランス料理店」との位置づけだ。しかし、少数ながら肉料理もあるし野菜料理は豊富。ぼく自身は、その点にさほど個性とか新しさとかを感じるわけではない。普通にフランス料理店に行って魚介を中心にオーダーすれば、ココと同じ流れを作ることもできよう。でも、今まではあまり存在しなかったタイプの料理店であることは確かで、その魅力のすべては、後述もするが厨房に立つ男女二人の料理人から発せられているように思う。

一方、当然、客の前で取り分ける演出=デクパージュが期待できる環境ではなく、ドーバーソールのように骨付きの魚を注文してカッコよく食べることができるか、という認識に立つと、意外とハードルは高く設定された店なのかもしれない。メニューはアラカルトオンリーで安価なコース設定がなく、しかも魚介類中心となれば、食べログラバーは敬遠するだろう。点数も低い。意識してのことかどうかはわからないものの、あらかじめ上客を選別することにも成功していて、大いに参考になる。

「Ata」は、代官山というより、どちらかと言うと渋谷にあるといっていいだろう。昔から、しぶーいレストランがポツポツと並ぶエリアで、そんな店の等間隔の灯りがふわっと緩くて、おいしさまでも匂わせる雰囲気を持っている場所だ。

かわいい階段を上り、可愛いエントランスを開けると、そこにカワイイ二人がいる。キャリアも積んだ(そして、まったく動きに無駄のない)お二人を称してカワイイとするのは恐縮だが、まさにそんな親しみやすさが先行するオープンキッチン。料理に詳しい人ではなくてもなんとなくわかる最新の調理器具が並んでいて、それをカワイイ人たちが、縦横無尽に動かす。

メニューは、キッチン上の黒板に、でっかく書かれている。
まずはスペシャリテとして、蒸した魚介と野菜をアイオリソースにディップして食べるか、ガッツリとブイヤベースを選ぶかをチョイス。加えて前菜とメインがある。まさに、食べろ!食べろ!と叫んでいるような構成で、代官山散歩の途中に立ち寄り、ちょこっと食べてその後スイーツでも・・・な客はターゲットではない。

奥に何卓かテーブルがあるようで、そちらもにぎわっていたが、「Ata」では、カウンター席以外には考えられない。おそらくテーブル席は、文字通り魚介類専門のフランス料理屋なのだろう、でも、カウンターに陣取ると、そこは、溌剌と動くカワイイ二人に見とれつつ和む、特別の空間なのである。

メニュー名は確かに少々上級かもしれない。ただ、その日の隣りの客は「パテカン」と書かれた意味を質問しており(実際には、パテカソって何ですか? と聞いていたが 笑)、そんなフランクなコミュニケーションが自然発生的に起こる環境だ。

シェフは最初に、キチンと自分の店の個性や特徴と注文の仕方を説明するし、忙しい合間にも手を止めて、こちらからの問いにも丁寧にユーモアを交えて応える。そのトークがあまりになじむので、恐縮ながら何度も質問を投げかけたくなる。

シェフは、客がオーダーしたメニューを、どの順番でもう一人の女性料理人と分担してこなしていくかをすべて大声で公開し、ホールのサービススタッフへの指示も同じように分け隔てなく大声で伝えている。特にもう一人の厨房の女性は、単なるアシスタントではなく、シェフが火の前に立つときには冷たい料理を、シェフが魚を焼くときにはソース作りを、と、見ていてオオッと感心するぐらい完璧なチームワーク。キッチン狭しと立ち位置が入れ替わる様は、まるでバトミントンのダブルスを見ているようにも映る。

最後に。最近の傾向として、というか流行る店の一つの特徴は、女性がイキイキと(悲壮感なく)働いている様子が客の視野の中にあること、ではないかと考えている。それは自分が男だからなどと偏った見方ではなく、長らく男の現場であり、しかもブラックボックスのイメージが強かった厨房が公開され、辛い仕事の象徴のような白いコックコート以外の清潔な服装で機敏に動く女性の存在。それは、食べるという欲望をさらに膨らませることに、より一層好条件として作用しているのではないか、と密かに感じているのである。

「Ata」
東京都渋谷区猿楽町2-5 1F
●03-6809-0965
●17:00-26:00
●日休
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2012年12月01日

(61)恵比寿「ビストロ ジャズキッサ」

つまらない男は連れて行きたくない。

姉妹による気品ある料理が魅力のビストロ

まず始めに、少し告知をさせてください。
先月、大家の土田さんにもブログで紹介していだたきましたが、このたび、『東京百年レストランU』を出版いたしました。
この本は前作に引き続き、百年後も存在していてほしいという、ぼくの独自の視点で40軒のレストランを厳選し、紹介しています。食マスコミもブロガーもレビュアーも、新しくオープンした店ばかりを必死で追いかける昨今、こういったコンセプトの本や活動を地道に続けていきたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。

*******

さて、今回の本題。

「ラ・シュエット」という、静かに追っかけてきたレストランがある。

例によってぼくは、店のシェフやスタッフに根掘り葉掘り聞くこともないし、ブログやレビューを読み漁ることもしない。正確なウラもとらずに記憶のままを振り返ってみると、「ラ・シュエット」に初めていったのは、もう20年近く前だろう。白金高輪の、マンションの2階のような場所にその店はあり、オーナーがすさまじいワインのコレクターということで、彼の秘蔵ワインをかなりの適正価格で飲ませていただくサロンのような店だった。

ただ「ラ・シュエット」は、単に高級ワインサロンと呼ぶにはふさわしくない。すぐれたフランス料理も合わせて提供されるのだ。ぼくの記憶は、卓越した料理が味わえるフレンチレストランで、加えて、それに合わせるワインも充実。と、捉えていたかと思う。

時期を同じくしてかどうか定かではないが、西麻布にも「ラ・シュエット」は存在した。確か「バー・ラジオ」にいた方が出した「バー・ラジオ」そっくりの店の跡に(もしくは、同じビルだけだったかもしれないが)入っていたはずだ。白金高輪よりはワイン中心だった気がするが、こちらの格別な居心地良さも、きちんと覚えている。

白金高輪の店を移転させたのだったか、銀座に、こちらはフランス料理店として出店されていた。ウッディで重厚感のあるダイニングにて、あまり銀座らしからぬ夜を楽しんだ。

それと、白金高輪におられたシェフが沼津でフランス料理店をオープンされたことを知り、泊りがけで沼津まで食べに行ったこともあった。沼津という漁港で名を馳せた小都市とは思えない落ち着いた品のあるレストランで、ときを忘れるほど幸せな体験は、クリアに頭に残っている。

アメリカに行く機会がなくなってしまったので残念ながら未訪だが、「ラ・シュエット」は、違う名前でサンフランシスコにも出店。ザガットやミシュランでもその店の女性シェフが高い評価を得ていると聞いた。

そんなレストランシーンを、日本とアメリカの各所で静かに長い時間をかけて創りあげてきた「ラ・シュエット」は今、銀座は名前や経営が変わり、西麻布は六本木に移転。現在日本の拠点は、六本木に集約された様子。残念ながら、最終形の六本木の店は未訪である。ただ今回は、そこを巣立って、恵比寿にカウンターのみのビストロを開いた姉妹の店を紹介したい。「ビストロ ジャズキッサ」という。

場所は、日赤通りから明治通りを超え恵比寿ガーデンプレイスへと続く細い道沿い。以前ここでも紹介した中国料理「廣安」や、「トシヨロイヅカ」「くろいわ」「蟻月」などがひしめくグルメストリートだけど、最も分かりやすく言うなら、界隈でも老舗になってしまった「フミーズ・グリル」の下である。

この場所、定点観測ほど見ていたワケではないものの、ずっと和系(焼鳥屋とか焼酎・清酒を飲ませる店)が入っていて、しかもなかなか定着していなかった。反面、ここを巣立って恵比寿駅の反対側に立派な店を構えた「おやまだ」など、成功している店もある、そんな小さな空間。

足を踏み入れると、サービス担当でやさしい感じの妹さんが迎えてくださり、カウンターの向こうには、コックコートをキリリと着こなす姉さん。いずれもタイプの異なる美しい方々で、まず(男なら誰でも)オッとなる。店の内装はほとんど手を入れていないというが、ちょっとした品のいい置物や、「ジャズキッサ」たる所以のレコードジャケットなどを施しただけで、瞬時にカウンタービストロへと変身する。なにより、今までのオッサン系とは180度異なる、姉妹二人の醸す雰囲気が最大の特徴だろう。

店内にはジャズが薄く流れ、料理のメニューとワインリストはレコードジャケットを使うなど、ジャズ喫茶なところも多少はあるが、もちろんワインとフランス料理を楽しむレストラン。元々料理人だった姉さんが、妹さんと二人で店をやろうと決意。妹さんは飲食ではなかったそうだが、その気持ちに賛同し、レストランでサービスの修業をされたと聞く。

料理ができあがるまでをカウンターから眺めていると、まったく危なっかしいところがなくすでに完成された力量だ。手際もよく、時間がかかる料理の前には小さな野菜の皿をサッとサービスしてくれるなど、心憎い。

恵比寿、広尾。いずれの最寄駅からも少し遠い立地だが、ゆったりとした空気感と丁寧で気品のある料理。なりより姉妹の謙虚でけなげな振る舞いは、東京にビストロ多しといえども得難い魅力だと確信。

そして、つまらない男だけは、絶対に連れて行きたくないと心に誓うのだった。

「ビストロ ジャズキッサ」
●東京都渋谷区恵比寿2-1-5 佐々木ビル B102
●03-6721-7988
●18:00〜翌2:00LO
●不定休
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2012年11月01日

(60)恵比寿「サリュー」

まったくブレないスタンスで

10年間輝き続ける街場フレンチの鑑

不況やデフレという文字が新聞などに大きく並んでも、もはや何の痛みも感じなくなった昨今。経済的な地盤沈下はすっかり受け入れられ、しかもそれに慣れてしまったぼくたちは、「格安」とか「CP最高!」と言われても、それがスタンダードだよね、としか反応できなくなってしまった。

レストラン業界においても低価格路線はすでに標準。個人的には決していいことではないと思うけど、メニューに見る値段はますますデフレ傾向にある。そして、安値のみをウリにしているような極端な店をのぞけば、フランス料理・イタリア料理のコースでも、懐石でも、まして中国料理の場合も含め、五千円台というボーダーラインがすっかり確立してしまったようだ。

客にとっては悪いことではない。でも、このボーダーラインでしか商売を始められない、今から一国一城の主となる若い料理人には相当な努力が求められる。とはいえ、天災人災の逆風が吹き荒れた以降でも着実に五千円台の料理店は登場し、ある程度のクオリティを保って食べ手の要求に応えるたくましさには、本当に頭が下がる。

ただ、その五千円台を実現するために、内装を極端にチープにしたり、客にナイフ・フォークの準備までやらせたり、実は最後のコーヒーが別料金だったり、日本料理なのに椀物がなかったりと、ボーダーラインを死守すべく様々な不便を客側にも求めていることは確かだ。

さて、今でこそこういったレストランが総じて脚光を浴びるようになったが、すでに10年前から五千円台のプリフィクスによるコース料理を設定し、チョイスできる皿はすべてコース料金の価格内(+1000円とかが一切なく)、内装にも手を抜かず、十年を経たとは想像がつかないぐらい美しく保たれ、きめ細かいすばらしいサービスを展開している店がある。イマのレストランにとっては、さまざまな面で規範となるにもかかわらず、派手な動きや飲食とは関係ない自己主張はせず、常にシェフと支配人が店にいて、すばらしいチームワークを発揮する。

そのレストランを「サリュー」という。

「サリュー」はもともと、乃木坂にある「レストラン馮」にて同僚だったシェフと支配人が独立し、恵比寿駅から少し歩いた、明治通り沿いに構えた小体な店である。オープン当初から低価格なプリフィクスコースで勝負。毎日でも来ていただけるレストランがコンセプトだった。

ところが、毎日どころか一か月先まで予約がいっぱいという時期が長く続き、もともと席数の少ないダイニングでもあることから、「電話しても予約が取れないだろう」イメージが定着して十年が過ぎた。

その間、通販を始める訳でもなく、アイアンシェフとしてブラウン管を賑わせることもない。一定の高いクオリティを保ち、必ずある定番のメニューと少し変わる季節の皿を大切に紡ぎ、それを継続してきた。

多くの食マスコミやブロガーやレビュアーが、血眼になって新規オープンのレストランを取り上げる。食べログを例にとれば、オープニングレセプションに行ったというレビューまで散見する。ハッキリ言って、レセプションにいったときの内容など、次にその店に訪問する人にとって何の参考にもならないゆえ、食べログ側も削除していくぐらいの矜持を持ってもらいたいものだ。

「サリュー」のような、まったくブレないスタンスで十年輝き続けているレストランが、交通至便で誰もが気軽に訪れるエリアにあること。それを、マスコミやレビュアーは自分たちの宝として誇るべきだろうと思う。

改めて言うまでもないが、「サリュー」は、昨今ハヤリの少量小皿ないつまでたっても満腹を感じることのできない料理ではない。チョイスは前菜・メイン・デザートの三皿構成だが、どの料理も、皿の白い部分がまったく見えなくなるぐらい、主菜、付け合せ、ソースで満ち溢れている。そして、何人が何通りの料理を一度に頼もうとも、時間的なストレスを客に感じさせることなく、最適な温度の状態で供される。シンプルに見えてなお、尋常ではないテクニックとチームワークの裏打ちが、さらに客の心を打つのだろう。

「サリュー」
●東京都渋谷区広尾1-4-10 鴻貴ビル 1F
●03-5791-2938
●12:00〜LO14:00、18:00〜LO21:30
●日曜・第3月

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2012年08月01日

(58)西麻布「アムール」

海外、一流店での修業経験を謳うシェフ過剰の時代。実力と

幸運を兼ね備えたフランス料理人がアロマフレスカ系に登場

前月の「レカイヨ」でも書いたが、今年はフランス料理店、特に、プロもアマもこぞって「グランメゾン」と間違ったフランス語で呼ぶ、高額フランス料理店が何軒かオープンしている。ただ、こういったグランメゾン(笑)だけではなく、大家の土田さんがブログで紹介した「ル・ボーズ」を筆頭に、様々な形態のフランス料理店も多く開き始めた印象がある。

一方それに乗じて、「俺のフレンチ」といった低価格レストランの台頭も話題になっている。多種のフランス料理店が新しくオープンするだけなら期待に胸をワクワクさせるのだが、「俺のフレンチ」なる安売店が出回り始めると、少し不安な気持ちにもなる。いったんユニクロを着てしまえば再び一流ブランドに手を出すのがしんどくなるのを例にとり、価格破壊そのものを危惧する声が多いけど、ぼくの不安はもっと別なところにある。

「俺のフレンチ」というレストランの形態を知れば知るほど、ぼくは、駅前や地下街にてハデなランプが回っている10分1000円の低価格理髪店を思い出す。というより、「俺のイタリアン」「俺のフレンチ」なるコンセプトは、この低価格理髪店を見ているうちに思いついたのではないか、とすら感じている。低価格理髪店は、理容師としての資格は当然所有するが自分の店を持てない、もしくはなんらかの理由で普通の理髪店に就職したくない人たちをうまくリクルートして始めたと聞いた。そして、それは度重なる不況の影響で店や仕事を失った理容師が、大幅にあまり出したことにも起因する。

その点を「俺のフレンチ」に当てはめるなら、自分の店は持てない、もしくは一国一城の主になろうという意欲はない料理人を上手に集めたと同時に、逆の見方をすれば、上の理容師同様、フレンチの料理人がすでにダブついていて、レストランのトータル席数が、日常的にフランス料理店を利用する人数をかなり上回っているのではないかと心配なのだ。

いっぽう、海外の星付きレストランや都内の有名店で修業を重ねた料理人が余り始めた時代に、今や全国規模で高級レストランを展開するアロマフレスカグループの代表が惚れ込んだという、幸運プラス実力を備えた料理人の店が西麻布に誕生した。「アムール」である。

実際に、オーナーからもシェフからも、どういう経緯で出店するに至ったかとの話を聞いた訳ではないけど、レストラン建屋の名前を「Maison510」つまり後藤祐輔というシェフの名前を冠に据えるぐらいだから、「あなたの名前を付けて待ってます」という意味にとらえても、あながちハズしてはいないだろう。

ただ、過去にアロマフレスカグループが展開してきた、ダイニングのカッコよさ、キュートさ、粋が、西麻布にもともとあった一軒家に再現されていないのは、個人的に最初のつまずきだった。ぼくは「アロマフレスカ」の広尾時代がタイヘンなファンなので、どうしてもそこから離れることができないのかもしれない。でも「アムール」は、ダイニングが広すぎるのだ。よって、過去の「アロマフレスカ」の店舗のように、キュッと音が聞こえてきそうなほど引き締まった感じの心地よさは、全体的に緩めな「アムール」に見つけることができない。だからといって居心地が悪いわけではなく、どちらかというと「ひらまつ」的なゴージャス感は充分に備えていて、サービス陣の、フレンドリーながらつかず離れずの接客もサスガである。

少し驚いたのは、ソムリエがとても長身なこと。長身・体育会系のソムリエは、意外と「アムール」のダイニングには溶け込んでいて好印象。さらにワインリストは、大きなフランスの地図上にワインの産地別に分けて表記されており、初代「アロマフレスカ」のリストを懐かしく思い出した。

シェフは「レカン」や「カンテサンス」を経て「アムール」に迎えられたと聞く。きっと真面目な方なのだろう、それぞれの店のエスプリをキチンと踏まえつつ、自分のオリジナリティも加えた、バランスのいい料理構成になっている。ただ、個人的には、器と料理の相性があまりよくないように、というか凝りすぎかなあとも感じた。せっかくの料理が引き立たない、もしくは食べにくい場面が何度かあったからだ。

メニューは、シェフのスペシャリテが詰まった定番コースと、少し価格を上げた季節のコースの2種類になるようで、こちらも「アロマフレスカ」を踏襲する。そんな様々な点を見ても、オーナーは、フランス料理版の原田シェフを育てていこうと考えておられるのだろう。それほど見込んだシェフゆえ、とても優れた将来ある方なのだとは思う。

実は後藤シェフ、“美食の王様”来栖けいがオーナーである「エキュレ」の初代シェフである。ただ、ぼくたちにとって、引退した「来栖けい」に対するアレルギーというか違和感は拭い去りようもなく、「こちらがエキュレ時代のスペシャリテです」と言われた瞬間、その料理が色あせてしまうのは、悲しい現実としか言いようがない。

*夏休みと海外出張のため、次回の「新・大人の食べ歩き」はお休みいたします。

「アムール」
●東京都港区西麻布4-10-3 2F
●03-3409-1331
●12:00〜13:30LO、18:00〜21:00LO
●月休
http://maison510.jp/
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2012年07月01日

(57)銀座「レカイヨ」

情報にまどわされず、自分の目で、

純粋にレストランを愉しめる客かどうかが試される

「レカイヨ」のオープンを知ったのは、当サイトの大家、土田さんのブログだった。昨年2011年は、震災の影響もありさすがに銀座、六本木といった一等地での高級レストランの出店は控えられたようだが、その反動か、2012年になって堰を切ったように動き始め、「レカイヨ」もその筆頭に挙げられる一店である。

ぼくは不思議でしょうがないのだが、未だにこういった「レカイヨ」のような高級フランス料理店に対し「グランメゾン」という意味不明の言葉が使われること。ブロガーやレビュアーなど見よう見まねの素人だけではなく、マスメディアに至ってもだ。誰が、文法的にも間違っているフランス語「グランメゾン」の、日本のレストランシーンにおける意味を説明できるのだろうか。
「レカイヨ」「フィネス」「アムール」「エスキス」、今年上半期に続々登場のグランメゾン・・・。それぞれコンセプトも想いも違う形でオープンしたフランス料理店を、グランメゾンという説明不可能な言葉でくくってしまう不作法は、もうそろそろやめるべきだ。
※なお、古い記事ですが、ここにぼくが考えるグランメゾンの意味とそれに対する考察を書いています。
http://eatout.jp/archives/2005/05/post_118.html

さて、「レカイヨ」は、当サイトの大家も料理長やソムリエを応援していると聞くし、設計・デザインは、当サイトで「レストランの空間考」を担当し友人でもある西森陸雄さん。となると、ぼくがここであれこれ書く際、言葉を入念に選んでしまう恐れもある。
だが、スタッフの経歴や店のスペックばかりが先行した多くの紋切評価やレビューがあるいっぽうで、ぼく自身は純粋に素直に愉しめたレストランゆえ、それをきちんと表しておきたいと考えた。

というのも、なぜ、オーナーが元「シェ・イノ」だとかシェフがサラブレッドだとか、そういった経歴が重要なのだろう。なぜ、シルバーがレイノーだとかカップがベルナルドといった、見れば誰でもわかる枝葉末節にこだわるのだろう。高額の支払いに対し客自身に納得がいかないからだろうか。
反面、ぼくが目にした書き込みのいずれにも、数多く掲げられた名画に対する賞賛の声もなければ、陰影や反射、ぎりぎりまで絞り込んだ色の扱いなど、内装・デザインのすはらしさへの評価も見つけられなかった。

レストランへは、何を求め、何を愉しむために訪れるのか? この店から感じとれる各人の評価によって、それが十分にわかっているヒトなのかどうかを判断することができる。前回の「クニオミ」にも書いたが、「レストランの上級者」、つまりレストランでの愉しみ方を理解しているかどうかの違いである。シェフやソムリエの経歴といった前情報、レストランとしてのスペック、支払った金額に対する満足度。そういった部分にしか着目できない人たちには、残念ながら「レカイヨ」の素晴らしさに気づかないと思う。

「レカイヨ」のアラカルトメニューにスープの欄を見つけ、過日はスープのチョイスからメニューを構成することにした。まず、メニューにきちんと何品かスープを揃えている点に、ググッと惹かれたからだ。もちろん選んだのはコンソメ。重厚な雰囲気に抗(あらが)うような、どことなくフレッシュ感のある爽やかなテイストだった。

ワインついてはソムリエの意見を問うた。その際に軽く「リーズナブルなものでお願いします」と言ったところ、「おねだん以上ニトリの精神で選びます」と言われた。
グランメゾンに、スターシェフや高いスペックを求めてやってきた面々にとっては、もしかしたらこの言葉は大いなる肩すかしなのかもしれない。でもぼくにとって、「レカイヨ」でこのひと言を聞いた瞬間、これからの愉しい時間はすでに約束されたな、と感じるのだ。

1950年代の絵画で飾られた店内。そこから放たれるアートのうねりには、当然ながらクラシックな料理で波長を合わせてくる。でも、そのクラシックさとは、伝統のコピーではなく伝統の解釈であると感じた。特にグランドメニュー外ではあったが、食感の妙を愉しむべく計算されたオマールとアスページュの取り合わせには瞠目させられた。

店主と少し話した際、一定期間を過ぎたらすべての絵画をモダンな現代物に替えようと考えている、と聞いた。きっとその時には、「レカイヨ」の新たなダイニングに調和した料理が待っているのだろうなと、再訪への期待感も膨らんでくる。

個人的に、唯一残念に思ったのは店のロゴである。「レカイヨ」のロゴからは、フランスの、そしてフランス料理のエスプリがあまり感じられない。ゆえ、店の近くまで来て最初にロゴを目にしたら、「ここは建築事務所か何かかな。フランス料理店ではないよな」と素通りしてしまうことだろう。
もしかすると、それも意図したとコト、との説明がなされるかもしれない。でも、新たに銀座に登場したフランス料理店であり、そこに来る客に、最初にフランスのエスプリを感じてもらえなければ、それはロゴの意味をなさないと思う。

レカイヨ
●東京都中央区銀座6-4-16 花椿ビル
●03-5537-7071
●11:30〜14:00LO、 18:00〜21:00LO
●日休
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2012年06月01日

(56)恵比寿「クニオミ ル・ネオ・ビストロ」

メニューを選ぶ喜び、ソースの存在感。

“フランス料理”らしさ溢れる新星

多少誤解を招くことを承知で書くと、久しぶりに「上級者向け」と言える、待望久しいフランス料理店が登場した。恵比寿の「クニオミ」である。

こんなボーダレスの時代となっても、未だにフランス料理は難しいと思われがちである。というか、残念ながら完全にそう認識されている。
巷の現象からも、安くて分かりやすいコースメニューを設けている店が確実に人気を博しているのがなによりの証拠だ。逆にフランス料理店として成功したければ、食べログラバーをコアターゲットとし、彼らがCPがよいと勘違いする安いコースメニュー用意すればよい、というオカシナ時代となった。それでは、いつまでたってもメニューを解析しようとの興味や努力が生まれず、永遠に難しいままになってしまう。

具体例を出せば、渋谷の「バカール」とか、前々回に書いた「L'AS」もしかり。恵比寿にできた「ビストロ間」は、オープン当初集客もままならない不安な状況だったが、安価なコースを始めた途端、急に予約の取れない人気店になり、今や二店目も出店する勢い。

メニューを隅々まで読んだり、どれを選ぼうかと迷ったりすることもない。ましてや、価格さえチェックすればメニューを見ることすらしないフィックスのコースは、すでにフランス料理店での愉しみを最初から半分にしているとぼくは考えるのだが、フランス料理が食べたいと望む意中の相手に対して、ミスなく穏便に、そして確実にカッコよくフランス料理店で過ごすには、この安くて解釈不要なコースしか選択肢がないのであろう。

雑誌のインタビューなどで、レストランでの注文を失敗しないためにはどうすればいいですか、と質問されると「メニューを熟読すること」と答えている。できるなら同席の相手より早く店に行き、先にメニューをもらって熟読するのだ。もっといえば、このメニューに込めたシェフの気持ち、今日はどれを食べてもらいたいのかというシェフのアピール、そういったものを行間から想像することさえやってみる。ぼくは今でも実践しているトレーニングである。

本来なら、一生懸命メニューを考え、食材を厳選して仕入れ、工夫してロスなく回そうと努力しているアラカルト中心の店こそ、フランス料理店としての存在を高く評価すべきだ。ただ、そんな店にてアラカルトで果敢に挑戦しようとするなら、それこそ、冒頭に書いた「フレンチ巧者」しかターゲットにならないという悲しい状況に陥っている。

さて、オープン2日目だったか。予約なしで行きずりに入ってみるのもいいかと思い、「クニオミ」の前に立った。そして、店頭に掲げられたメニューを読んだ。数分はかかっただろうか、それはアラカルトオンリー。コースは価格設定もなかったように記憶している(現在はあります)。そこには、恐ろしくおいしそうで巧みで複雑なメニュー名が、それなりの価格とともに瀟洒な文字で連ねられていた。ううむ。これは出直しだな、と判断。ふらっと入ってササッと食べるには申し訳ない、しかも自分も心の準備をして、ここまで志の高い店への久々の訪問を、もう少し盛り上げていきたかった。

そして改めて予約しての再トライ。
予想通り、というか予想以上の手ごたえがあった。

まず、フロアでサービスをする男性。すでに壮年で少しとっつきにくい雰囲気も感じる。ところが話してみると、今や伝説となりつつある「オーバカナル」一号店のスタッフだったという。ぼくがリストから選んだワインに対し、飲んだことがあるのかと問われ、昔、どこかでよく飲んだ記憶があるんだけど思い出せないと答えれば、なんとそれは、彼らが「オーバカナル」時代に強力プッシュしていたワインだった。「オーバカナル 原宿」とは、ぼくたちがフランスのエスプリをダイレクトにトウキョウで確認することのできた最初のレストラン。当サイトの家主・土田さんは、そこで結婚パーティを開いている。2012年の今、まさにそんな同時代を歩んできたサービスは、「クニオミ」のフロアにこそふさわしい人物であろう。

今さらながら、料理も圧巻である。ネオビストロという、およそ日本の食べ手には親しみのないパリの流行をうたうが、それは、ビストロ料理の現代解釈とでも思っておけばいいだろう。定番中の定番「アンドゥイエット」に添えられたブラックマスタード。例えれば極めて上質なとんかつソースのようで日本人にも郷愁のテイスト。鴨肉のローストには、コブミカンという東南アジア料理に欠かせないフレーバーをあえて投入。それが鴨の焦げ目とすばらしく調和する。

ただ、現代版といっても「カンテサンス」に代表される新しいフランス料理のカテゴリとは大きく異なる。それは、自分がリヨンで体験してきたビストロ料理のカタチをしており、大前提であるソースもたっぷりと添えられ、そして一皿にドカンドカンと盛られている。にもかかわらず、おいしさに加わった驚きという最高のスパイスが、随所に振りかけられているのだった。

メニューの難しさや真摯な姿勢と、実は対極にある食べやすさや「口に合うね」というウレシイ感覚は、普段のビストロ料理が重くなってきたなあ……とされる、それこそ上級者の面々にも、十分に受け入れられるに違いない。

「QUNIOMI le neo bistrot (クニオミ ル・ネオ・ビストロ)」
●東京都渋谷区恵比寿1-24-12 1F
●03-6721-6910
●12:00〜14:00(〜15:00土日祝)、18:00〜23:00(火〜日)
●月休
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2012年05月01日

(55)和歌山「オテル・ド・ヨシノ」

本州最南端のフレンチで感じた

神々しいほどのモチベーション

イチローという野球選手が、アメリカでとんでもない偉業を成し遂げ、今もその自分自身の記録に対して挑戦を続けている。多くの専門家がイチローについて分析したり語ったりしているし、それをここに書くつもりはないが、それにしても凡人にもっとも真似できないのは、あれだけの業績をずっと出し続けることのできる、モチベーションの高さである。今やイチローは、マリナーズ打線の中で最年長だそうだが、そんな立場となっても常に見据えている微動だにしない高い目標がある。

そんなイチローをも想起させるような高いモチベーションを維持し、託された店を成功に導きつつある料理人のレストランに行ってきた。和歌山の「オテル・ド・ヨシノ」である。

ヨシノというからには、もちろん日本のフランス料理界重鎮、吉野建シェフの店。吉野シェフは、ミシュランの星にこだわり続けた男として知られ、小田原に開いた自身のレストラン「ステラマリス」を閉め、改めてパリにオープン。日本人オーナー店初の星獲得に挑戦した。タイミングこそ「ひらまつ」に遅れをとったものの、その後の日本での活躍も広く知られるところである。

そんな吉野シェフをずっと支えてきたマダムの故・美智子さんが和歌山出身ということで、このスペースのオーナーから出店を打診されたと聞く。ぼくは、以前投稿していた情報ポータルサイトで、オープン当初の「タテル・ヨシノ芝」について書いた経緯から、美智子さんから直々に「オテル・ド・ヨシノ」オープンの案内をいただいていた。

ただ、関東の人が考える和歌山県と違い、関西人の思う和歌山とは、相当にツブシが効かない場所である。梅干しやミカンが有名で熊野古道や白浜といった観光名所もあるものの、大阪から1時間足らずな距離にもかかわらず、よほどのことがないと和歌山に行く機会には恵まれない。もっと言うと、そんな土壌ゆえ高級フランス料理店が脚光を浴びる、というか育つ下地さえ考えにくいのだ。

住所を見ると、建物名が「ビッグ愛」とある。当時いただいたオープン案内からは、和歌山市郊外の海に面したホテルの最上階、みたいな勝手な幻想を抱いていたんだけど、見た瞬間「え、パチンコ屋?」としか思えなかった。タクシーにビル名を告げると何の抵抗もなくスタートしたのでそれなりにランドマークなのだろう。で、近づくにつれさらに驚きは続く。「ビッグ愛」とは和歌山県の公共施設なのである。正式名称は「県民交流プラザ ビッグ愛」。それにしても、人に聞かれて答えに窮するようなネーミングのビルに高級フランス料理店……。いったいどんなところなのだろうか。不安におののきつつエレベーターホールに向かうと、合宿だの研修だのと県民施設を利用するジャージ姿の学生さんと相乗り。確かにビルの上層階には2フロアほどホテルも入っているようだが、見るからにビジネスホテルの様相。

降り立った最上階フロアは展望レストラン、とある。バイキング料理をやっていて行列ができている。恐る恐る予約名を告げようとレセプションに向かうが人はおらず、スタッフはバイキングの客をさばくのに精いっぱいだ。大声で「予約した伊藤です」というと、あっちですと顎で誘導。

いやはや、どーなるんや……と思いながら、バイキング会場とは隔てられた窓際のエントランスを通って中へと進むと、さすがにそこは別世界。銀座にあっても遜色ない美しいダイニングが登場し、今までのアプローチはこの空間との落差を感じてもらうため仕掛けではないか、と勝手に納得してガゼン高揚し始めた。

料理もサービスも、日本はおろかワールドクラスである。支配人は、もともと「タテル・ヨシノ芝」のオープン時に在籍していというが、端正さと人なっこさが同居する高級フランス料理店では理想的な接客。そんな支配人を中心に、周りで動くスタッフも見事に統制がとれていて、しかも彼ら彼女らの目の輝きは眩しいほど。自分たちの仕事をいかに誇りに思っているか、とそこに書いてある。

本州最南端和歌山の、そして「ビッグ愛」というビルの最上階レストラン、そのどこに、ここまで神々しいチームを生むモチベーションが存在するのか。手島純也料理長は自ら「吉野組」と語り、吉野シェフの強い信奉者の一人。吉野シェフが最初に独立オープンした小田原の「ステラマリス」が東京から多くの客を引き寄せていたことを手本に、大阪からの和歌山を小田原に見立て、そこで吉野シェフがやったであろうことをトレースしようと考えた。小田原と違い、和歌山の農家や漁師・猟師は、想像以上に保守的で商売っ気がなく、試食すると間違いなく全国区のブランドとなるような食材でも、地元で消費されることで十分満足に感じている。自ら「フランス料理馬鹿」と語る山梨県出身の料理長は、関西人特有の閉鎖的な壁の一つ一つと折衝し取り崩しながら、高級レストランという新しい市場があるんだよ、と説いて回った。ゆえ、今では、不思議なものが掛かったり、他に売れない小動物が獲れたりしたら、とにかく「オテル・ド・ヨシノ」に持ち込んでくるようになったそうだ。それは、例えば、吉野シェフのスペシャリテである、とても上質な野ウサギだったこともあったらしい。

そうして、一つ一つ地元の、特に漁場豊かな魚介を自分の料理の中に取り入れ構成された「オテル・ド・ヨシノ」のメニューは、すでに和歌山の地でしか実現しえない領域まで達している。

和歌山というレストラン不毛の地に、たった6年で全国からファンが集まるレベルのガストロノミーを作り上げた「オテル・ド・ヨシノ」。料理長にすごいですね、と話すと「自分だけが優秀でもレストランは育ちません」と、ぼくが前月書いたレストランとの比較を例に挙げた。「スタッフ全員のやる気やスキルが上がっていくような環境を作ることがぼくは大切だと思うんです」と締め括る。そんな料理長の元で働く若人がうらやましい。

「オテル・ド・ヨシノ」
●和歌山県和歌山市手平2-1-2 ビッグ愛 12F
●073-422-0001
●11:30〜14:00 17:30〜21:00
●月、第2火曜休
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2012年04月01日

(54)南青山「L'AS」

「コストパフォーマンスよし」なのか?

徹底的にコストカットした店作り

不況という二文字の重圧で誰もが下を向いてしまった2012年の日本に、逆風を覆すような興味深いレストランがオープンした。骨董通りを少し脇に入ったところにある「L'AS」。

個人的には、この「L'AS」こそは、イマの料理店におけるコスト削減の成功法は何か、という最重要な課題に、数々の正解を(今のところ)出しているレストラン、という捉え方をしてみた。どんなスタッフが、この店の内装を作り、オペレーションを考え、料理やサービスを実践しているのか、詳しいところはシェフの経歴程度しか知らない。ただ、敏腕の経営コンサルタントが知恵を絞りきって協議しても、こういった優れた展開は生まれなかったであろう気がする。

オープン数日後に訪れたものの、入店すると何となくすでに古い感じを受ける。色使いにもよるが、決して高級な調度品を持ち込んでいるわけではない。さらに驚くのは厨房だ。ダイニングとまったくフラットな位置関係にあり、壁やパネルの隔たりは一切ない。いわゆるフルオープンキッチン。一瞬、先ごろ流行りの合コン専門キッチンスタジオに踏み込んだ感覚だった。換気や夏場の冷房効率などはまだまだ未知数だけど、内装費の初期投資では、相当なコストダウンに成功したであろう。

テーブルにクロスは掛かっておらずナプキンもない。狭いテーブルスペースを確保するためか、カマボコ板のような細長いパン皿に安定感の悪いパンが置かれる(これはそのうち改善されるに違いない)。カトラリー(ナイフ・フォーク)は、テーブルの下に引出しがあって、そこから客が必要なモノを出して使うという段取り。

この仕組みはすでに知っていたので、訪問時まず引出しを開けてみたら何も入っていない。さっそく評判が悪くて廃止したのかと思いきや、入れ忘れていただけ、というさらに悪いパターンだった。こちらも、サービススタッフの作業工数を減らすことによる人件費のコストダウンである。しかも、クロスが掛けられていないテーブルの上にそのまま置くより、なんとなく清潔感もある。

そんなことより、なんといってもスゴイと感心したのが料理。週末のランチも日々のデイナーも同じ内容の5,250円コースのみ。2週間ごとに変えていくというが、1種類しかない同じコース料理を2週間昼夜出し続けるフランス料理店って他にあるだろうか。2週間分の食材を計画的に仕入れロスが出ないように使い切れば、相当なコストダウンだ。また、この方法ではポーションを小さくすればするほど利益が上がる。そして、メインを除けば「L'AS」のポーションはとても小さい。ぼくレベルでは全く満腹にならない。何人か女性にも聞いてみたが、満腹にはならなかったと応えた人もいた。

多くのレビュアーやブロガーがこの店のコスパが最高と書く。ただしそれは、上記の点から見ても単に量が少なくて安価なだけなのだ。しかし、デザートを2品出すなど視覚的な満足度も含め、トータルでは不満が出にくい構成に仕上げているのはサスガだと思う。

しかも、エッと驚くほどダイニングには客が詰め込まれている。入口近くには3名掛け程度の丸テープルに5名が肩寄せあって座るといった光景も見られた。ゆえ、満席になればかなりの騒々しさで、隣の会話も丸聞こえ。はっきり言ってデート向きではない。

などなど、決してあまのじゃくではなく普通に食事をして受け止めた感想なんだけど、こうして様々にコストカットされた部分が、180度反対の「魅力」として受け止められ、グルメブログや食べログレビューで大絶賛されているのだ。

料理自体は、量を除けば決して悪いものではなく、コート・ドール等シェフの修業先からのエスプリも十分に含んでいる。欧州本場への憧憬も感じられる。メニューの作り方も、キッチンの環境・客層・利益など、いくつかのポイントを決めて、きちんとそこに照準を定めているのだと思う。あまりにも科学的・データ的な取り組みで、一料理人の発想とはなかなか考えにくい。

いっぽう、対客という立場で言えば、レストランは客単位での独立したプライベートな集合体であり、オープンキッチンを受け入れるのは好事家の一部。しかも、舞台裏を見せることは、手品のネタ晴らしとかがいい例で、初回は大変な感動を覚えるが、それ以降は逆効果となる可能性が強い。ナイフ・フォークを格納した引き出しも使いにくく、ナイフは、刃の部分を持たないと取り出せない。

節約・節電・省エネ・・・。ぼくたちは日々我慢を強いられて、それに対し強く反発や憤りも感じながら今を生きている。でも、「L'AS」における窮屈な感覚や客側への要求のほとんどが、この店の新しさや個性として捉えられているところが、なんともスゴイとしか言いようがない。本当にうまい。

ただ、フルオープンキッチンやナイフ・フォークを引き出しに格納するといったレストランも過去何軒か見てきたが、そのいずれもが現在まで存続していない印象がある。「L'AS」が百年続くレストランと思えるかどうか。今後の展開と軌道修正が注目される。

なお、「L'AS」の公式ホームページには、すでに予約受付時間を14:00〜18:00、22:00〜24:00に限定する旨が表記されている。オープン当初から予約の電話がジャンジャン鳴ることを想定した防御策。やはり只者ではない。

「L'AS」
●東京都港区南青山 5-16-5 MA FIVE 1F
●03-3406-0880
●17:30〜22:30 L.O(日・祝〜22:00 L.O)
●火曜日を中心に月6回程休
●予約受付時間14:00〜18:00 / 22:00〜24:00
http://www.las-minamiaoyama.com/
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2011年10月01日

(48)シンガポール「Restaurant Andre」

シェフは「カンテサンス」岸田さんの盟友との噂、

ソムリエは日本人。アジア最高峰、くすぐられる一軒

8月の長期ハワイ滞在に続いて、9月は1週間ほどシンガポールに出張した。

シンガポールには、マイレージを使ってプライベートで訪れたことがあるのみで、それも10年以上前。ハワイ同様に南に下るとの解放的な意識でその街に立ったぼくは、あまりの暑さに打ちひしがれた。また、リゾートや観光がメインであるハワイに比べ、当然ながらアジアを代表するビジネス拠点シンガポールは、ヒト、ビル、道路、クルマ……、そのほとんどすべてにおいて東京と変わらない。そして東京をしのぐ暑さと湿気である。ビジネスで来ているので解放されたいとは贅沢な話。とはいえ、想像と違ったことによる落差は、疲労に形を変えて押し寄せた。

ただ、かねてから楽しみにしていたレストランへの訪問は、やはりぼくに最高の時間をもたらしてくれた。今回はその、シンガポールにあるフランス料理店「Restaurant Andre」を紹介したい。

この店、イギリスの飲食専門誌「レストランマガジン」が企画する「世界のベストレストラン100」にオープン半年でランク入りするなど、実は相当キテるんだけど、まだ日本ではまったく知られていない。シェフは台湾人で、日本に暮らしたこともあり、料理の鉄人を観てフランス料理人を志し15歳で渡仏。「ジャルダン・デ・サンス」「アストランス」「ピエール・ガニエール」等で15年間修業後、シンガポールに渡ってこの店を開いたという。「アストランス」時代は、「カンテサンス」の岸田シェフとともにキッチンで働き、盟友の間柄とか。

なんとも、この事実が知れ渡れば、肩書き好き・高スペック好きの日本人なら、すかさず飛びつくはずだ。

ただぼくも、シェフの釣書(笑)を情報として知っていたのではなく、実は「Restaurant Andre」のソムリエは日本人で、ぼくの友達なのだ。
(ということで今回は、友人の働く店として、あらかじめお断りをしたい)

ソムリエの長谷川さんは、大学でフランス語を学び、語学力を生かしてソムリエやバイヤーとしての道を究めてきた根っからのワインスペシャリスト。5年ほど前にシンガポールの日本料理店で働いてみます……とのメールをいただき、その後facebook等での交流が続いていたのだが、彼のページの勤務先を見ると「Restaurant Andre」となっている。ほう、聞き慣れない名前だがフランス料理店に移ったんだなと、この店を検索してみれば、上記のようなとんでもないことがわかり、この日が来るのを心待ちにしていたのだった。

場所はシンガポール市内チャイナタウンの一角。「New Majestic Hotel」という高級ブティックホテルの隣なので、ここを目指すとよい。当初このホテル内に「Restaurant Andre」があるのかと思ってホテルに入ろうとすると、泊り客以外は通さないような厳しいセキュリティ。でも親切に「隣のドアだよ」と教えてくれた。ただ、隣のドアといっても、建物と建物の間の狭いスペースにしか見えず、しかも看板も出ていない。7時の予約に少し早く着いたので、ドアを押してみたがビクともしない。もう一軒先かなあと、さらに隣のビルものぞいてみたが、中国人専用のサロンがあるだけで、全くフランス料理店の気配はしない。

7時を過ぎて、ようやく動かなかったドアが開き、黒ずくめのレセプション嬢が姿を見せたのでホッ。早速、その日一番目の客となった。すぐに長谷川さんが出迎えてくれて再会を喜び、さっそく話題は「Restaurant Andre」について。オープンしてまだ一年にも満たない小さなこの店に、シェフの修業先だった「アストランス」のパスカル・ バルボ氏を筆頭として、フランスから有名シェフが続々と訪れているそうだ。長谷川さんは連日のそんな状況を実に楽しそうに誇らしげに語ってくれた。

ワインは、それぞれの皿に合わせた長谷川さんの構成によるグラスでの提供をチョイス。「カンテサンス」や「ラ・バリック」でもこういったオーダーができるが、「Restaurant Andre」の場合は、一度飲んで味わってみた後、銘柄が明かされるという、二度愉しめる趣向。内容は訪れてのお楽しみだが、いつの間にこんなレアなビオワインを多数集めるネットワークを築いたのかと、彼に対する瞠目の連続だった。ちなみに、ワインリストも大変ステキなので、リストから選ばずともぜひ見せてもらうことをオススメする。

そして料理。料理名が記されたメニューはないが、8品登場するすべての皿に対して、「Octaphilosophy」つまり8つの哲学を感じてもらわんと、8個の単語が書かれたカードのみが渡される。それぞれは、Salt、South、Texture、Memory等、日本人でも理解できるワードが多く、その言葉に込めたシェフの想いを自ら五感に訴えつつ口に運ぶ。

月並みだけど、美しさに驚き、匂いに繋がり、味覚へと響く。これを8回も繰り返すことができる。重ねていくうち、見た目の造形や複雑さは、口の中でどんどんストレートにピュアに変化していくのが分かってくる。美しいものをドキドキしながら壊し、舌や鼻腔を通してまた新たなまったく違うイメージが形作られる感覚。

そして、マリネしたナスの上に鴨の舌を載せるといった、日本人ともフランス人とも異なる食材組合せの妙や、時折感じるオリエンタルな香りは、シェフの出身地台湾にルーツを見る。それを国際都市シンガポールの地で味わえる不思議な昂揚感も、「Restaurant Andre」ゆえの悦楽だろう。

一方、ぼく以外のすべての客が、料理やワインボトルを写メし(中にはストロボをたく人も)、大きなノートをテーブルに広げて、逐次スタッフのしゃべる内容をメモする女性なども散見。著名レストランでの客の醜態は日本の現状と全く同じ。その点はすこぶる残念だった。アジアのレストランが、大人の空間として成熟するのはいつの日なのだろうか……。

さて、今年の年末にはミシュランのシンガポール版が出るそうで、すでに調査員が2度来ているらしい。とても結果が楽しみだけど、日本人が気づいたころにはまったく予約のとれない店になっている可能性も十分ありうる。

日本人ソムリエがお店にいるだけでもかなり高いアドバンテージ。もし食べ好きのあなたがシンガポールに行くなら、絶対に外せないことは確かだ。ただし物価もそれなりに高いシンガポール、コース料金は「カンテサンス」とほぼ同額であることも付け加えておきたい。

Restaurant Andre
アンドレ.jpg
http://restaurantandre.com/
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2011年09月01日

(47)恵比寿「ル・マリアージュ・ドゥ・ガク」

フランス料理を心から愛する面々が

静かに訪れて欲しい

8月はほとんどハワイにいた。
日々宿泊先のホテルから仕事先のイベントの会場、もしくは日本の会社のハワイ支社で打合せ。ホテルに戻って、台本の執筆、イベントのマニュアル類作成……。確かに、くそ暑いトウキョウを脱して避暑としてステイするにはハワイは最高である。ただそれは、バケーションであれば、の話。

基本的に、人が食事を楽しんでいる時間帯が、まさにイベント屋であるぼくのコア稼働域。外食が大好きでも普通の営業時間にテーブルにつくことは難しい。ハワイに何度か訪れたことのある方なら想像できると思うが、ぼくの晩メシは、ほとんどABC(ハワイで最もポピュラーなコンビニ)定番の「ざるそば」か「そうめん」。ハッキリ言って恐ろしくマズイのだけど、仕事が終わった後の解放感とライトなアメリカンビールとで、毎夜流し込んでいた。

そしてハワイを発つ前日、現地在住の友人が連れて行ってくれたのは、渋谷に本店のある居酒屋「成ル」。またその前日、イベントの打ち上げで集まったのが、博多ラーメンの「めんちゃんこ亭」。アメリカ合衆国50番目の州に行きながらも、いつナイフ・フォークを使ったのか思いだせないぐらいのジャパニーズぶり。

ということで、東京に戻ってからも特に「和」を欲することもなく、帰京の翌日からフランス料理三昧。そんな中の一軒が今回取り上げる「レ・マリアージュ・ドゥ・ガク」である。

ここは、オープンしてすでに1年半ぐらい。恵比寿は外食するにもっとも好きな街でもあり、開店当初からもちろん存在は知っていた。ところが、隣にあった天ぷら店「さわき」(今は別の店)、反対隣の居酒屋「ほりこし亭」には訪れるものの、この場所に以前あったカフェはまったく未訪。しかもカフェをフランス料理店へとリモデルするには、厨房スペースなど無理があるのではないかと想像していた。

表に掲げられたメニューを見ると、男性用と女性用の二種類のコースがあるらしい。ランチには顔を出してみたものの、短時間の滞在もあって、カフェだったサイズの店舗をよくここまでフランス料理店にしたなあとの感慨ぐらい。それ以上の印象を持つに至らなかった。

そして今回、ハワイ長期滞在中に友人がディナーの予約を入れてくれていて、帰国後すぐの訪問。ぼくが今まで持っていた先入観とも言える軽い思い込みは、大きく崩れ去ることとなった。

さて、メールをくれた友人が場所の案内のために添付したのが食べログ。「レ・マリアージュ・ドゥ・ガク」の点数はかなり高い。食べログの点が高いと、「食べログの点が高い店に行く」ことをモットーとする皆さんが殺到するので、その店の実力とは関係なく、客層が乱れ予約が全くとれなくなる。ひいては、店自身が思い描くコンセプトとは別の方向へと勝手に店のイメージが作り上げられていく。「フロリレージュ」「くろぎ」などが顕著な例だが、ぼくはこれを、もう一軒その代表的なレストランにちなんで「バカール現象」と呼んでいる。

食べログでバカール現象を生む条件はおよそ二つ。必ずわかりやすい低価格のコースを設け、シェフやスタッフが有名店出身であること。「レ・マリアージュ・ドゥ・ガク」はその条件を完璧に満たしているようだ。

それを裏付けるかのごとく、客はぼくたちグループ以外すべて女性。すでにオープン当初の男性用メニュー、女性用メニューというコンセプトは形骸化していて(ここまで女性ばかりだとそうなるよなあ……)、結局は一部選択制のコース5,250円のみ。

そんな不安をよそに、いったん席に着いてしまうと、狭いながらもとても落ち着く内装で、目線に様々な画を施すなど随所に細かな工夫がなされていることに気づく。しかも恵比寿駅から徒歩2分程度の好立地(というか駅前すぎ)ながら、スタッフの温かく人懐っこい対応で、アットホームな雰囲気も醸し出している。

心地よくて、なんかこの場所に根を生やしそう、と目を細めつつメニューの説明を聞く。一つのコースゆえみんなで同じものを食べるのかと思いきや、前菜にもメインにも、この店の特徴である、箸で食べる最後の炭水化物にも選択肢があるので、さあ皆さんイッセーに、というブロイラー状態は避けられそうだ。

そして肝心の料理だが、これこそ特筆に値する。女性ばかりが席を埋めるには悲しいぐらいのしっかしたポーション。前菜は、すべて同じ食材を用いながら、温かい料理か冷たい料理を選ぶというエンターテインメント性。ワンコースのみにしては多少時間を要するが、丁寧さと実力派としての力量との双方が皿の中にみなぎるメイン、フランス料理人としての立ち位置で生まれるラストの和テイスト。

また、絞りに絞ったワインリストも秀逸。この規模の店ゆえ大量のラインナップは期待できないものの、きちんと吟味してきれいなデザインのリストにまとめ、客の希望を聞いておだやかに提供する。その姿勢とそれに見合う価格、そして料理とのマリアージュも、さすがに店名につけるだけあって納得できた。

今回は、厨房を背にするテーブル席で食事をしたので、次回はカウンターでディナーをと、ぼくの中での再訪意欲も高い。また化粧室がとてもかわいらしく、手狭なダイニングから抜け出るような解放感の演出も工夫されている。

バカール現象にて予約がとれなくなってしまう前に(といっても少々手遅れ気味だが)、本当にフランス料理を愛する面々が静かに訪れてほしい良店だと思う。しいていえば、もう少しアクセスが不便で駅から離れていた方が、この店本来の個性が光ったかなあ……。

「ル・マリアージュ・ドゥ・ガク」
●東京都渋谷区恵比寿1-4-1 恵比寿アーバンハウス105
●03-6450-4743
●18:00〜21:30LO
(ランチはしばらく土のみ。12:00〜限定20食)
●日、第1月休
http://gaku-san.com/index.html
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2011年04月01日

(41)渋谷「リベルタン」

フランスのエスプリを蓄えた

大胆な“男メシ”ビストロ

3〜4年前だったか、代々木上原にDJブース付きのビストロがオープンしたとの情報を得た。フランスの大都市には多少そういった店もあると聞くが、東京では初らしい。店名を「ル・キャバレー」といった。

なんとなく、DJブースとビストロってどっちつかずな第一印象だったし、妙齢の女性にキャバレーに行こうよとも誘いにくい。「ル・キャバレー」の訪問期待度はどんどんと他店に先を越され、ぼくの未訪リストでは下がるばかりたったものの、ある信頼できる筋から、実は料理がとてもいい、というウワサを聞いた。

それではと、さっそく訪問。代々木八幡から上原へと通じる一本道。ポツポツと好みの店やバーがあるエリアで「ル・キャバレー」の場所は充分に把握していたものの、思った以上に狭い空間。どこが厨房かもよくわからない。しかも、DJブースはまったく形骸化している様子なのに、スタッフは、ビストロというよりはまるでDJのごとく、ヒップホッパーな面々ばかり。

にもかかわらず、板書されたメニューと分厚いワインリストは妙に充実している。フレンチ熟練者ではないと、なかなかメニューを解読したりワインをチョイスすることは難しそうだ。レストランとしての強い主張が出ていて、決して客に対して媚びるタイプではないようだ。

おー、いいねえ。

そして、その後供された料理もワインもすべて想像以上だった。
そこで、およそDJチームの一員としか思えない紫藤喜則シェフも初めて知った。

場所柄も含め「ル・キャバレー」の熱心な客ではなかったけど、それでも紫藤シェフが外苑前の「レジドア」(今は閉店)に異動したことを知り、そちらにも向かう。相変わらず料理人らしからぬ飄々とした青年が作り出す皿の数々に、ウマくてしかも大量であることを必須とするぼくにとっては、頬を緩めざるを得なかった。

その後、「レジドア」は閉店したそうだが、そういった寂しい話は全く耳に入らず。いっぽう、シェフの紫藤さんが渋谷に「リベルタン」なる新店をオープンしたとの朗報は、「葡呑」のオーナー中湊さんを通じてバッチリ知った。

渋谷から裏原宿に続く、キャットストリートと呼ばれる道。その渋谷側の起点辺りに「リベルタン」はある。ロゴはレストランらしからぬし、外観もブティックのようで、うっかりすると通り過ぎてしまうが、そこは店内の賑わいを感じてキッチリ引き戻される。

「リベルタン」。それにしてもカッコいい店名だ。デカダンスな感じがフランスっぽいうえ語感や響きも完結。昨今のややこしいフランス料理店名と比べても、すぐに覚えられる。よく今まで同じ名前のレストランが東京になかったものだ。まさにそんな冴えた言葉の印象をそのまま具現化するような、2人の男が「リベルタン」には待っていた。

店内の入るとそのままダイニング。一段上がって厨房を囲むようにカウンター席がある。厨房にはDJ(料理人)とおぼしき男一人。ターンテーブルを回すようなノリでフライパンを振ったりまな板を叩いたり。そしてサービスの彼は、対照的に人懐っこい笑顔でフロアを走り回る。

メニューは店の一番奥の壁に書かれ、ワインはカウンターに並んだものから選ぶ。はっきり言って、かなりわかりにくい。でもいいや。そんなことより、少しでも早く"男メシ"にたどり着くのだ。

そう、「リベルタン」の料理は、まさに"男メシ"と呼ぶにふさわしい、大胆かつ豪快ながら、きちんと隅々までフランスのエスプリを蓄える。リエットを頼んでみると、チーズケーキ大のものが3個分ぐらい出てくる。サラダも普通なら4人前だろう。シュークルートやハンバーグに至っては、過去に日本の一流レストランにて出会った皿では最大級。でも、食べ飽きることも見飽きることもなく、少しずつ減っていくのが悲しくなるぐらい、後を引くウマさだ。

ワインがもう少し充実するとなあ、とか、DJ風な割には意外と店内に流れる音がよくないなど、気になるところもある。でも、これから幾らでも手を加えることのできる点ばかりだと思う。まずは、待望久しかった男メシビストロの誕生を素直に喜び、そしてメニューを全制覇すべく食べまくるのだ。

「Libertin(リベルタン)
libertin.jpg
●東京都渋谷区渋谷1-22-6伊藤ビル1階 
●l03-6418-4885
●19:00-26:00
●日休

posted by 伊藤章良 at 09:17| Comment(2) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月15日

(36)恵比寿「bistroYEBISU(ビストロ エビス)」

今年もっとも印象に残った一軒。

百年後も残って欲しい

2010年、最後の回となった。今年一年も「新・大人の食べ歩き」をお読みいただきありがとうございました。昨年はやらなかったけど、2010年は、一年を通じて最も強く印象に残った東京の店を、多少の思い入れも込めて書いてみようと思う。

ところで2010年12月7日、『東京百年レストラン〜大人が幸せになれる店〜』というぼくの本が発売となった。ぼく自身の個人的な主観で恐縮だが、百年後もこの東京に存在してほしい、自分の孫・ひ孫の世代となっても、そこで楽しく食事をしているシーンが想像できる場所、とのコンセプトで選んだ店を、今まで食べ歩いてきた経験もふまえつつ紹介した。

百年後といっても、キッチリ株式も上場して安定した経営が出来上がり、確実に継続されるであろう店を予想して書いたわけではない。ぼくがレストランのよしあしを判断する普遍のスタンスとして、その店が10年、20年と、同じ場所同じスタイルで営業を続けていく意志があるかどうか。そんな側面を百という「夢のある言葉」に置き換えてみたつもりだ。

タイトルからすると、すでに燻し銀なレストランが多いような印象を与えるが、実は今年オープンも数店取り上げている。恵比寿にあるフランス料理店「bistroYEBISU」もその一軒。そしてこの「bistroYEBISU」は、2010年にオープンしたニューカマーの中で、ぼくが最もすばらしいと感じ、そして大好きな店である。

恵比寿といっても飲食店が密集する代官山方面に至るエリアではなく、渋谷に向かう明治通り沿いに「bistroYEBISU」はある。この界隈もポツリポツリと飲食店が並ぶものの、大手飲食運営会社のレストランだったり、古くからこの場所で手堅く営む店だったりと、意外にも個人店の参入に積極的なエリアではないような気がする。そういえば「bistroYEBISU」オープン当初に訪れた際、シェフは「お客様から、この場所は難しいんじゃない?と言われるんです・・・」と、不安を吐露していた。

ただ、オープンして4カ月を過ぎた再訪時には、すっかりかたさもとれ、この地で確固たるレストランを築き上げていこうとの意欲も垣間見えて安心。いやそれ以上に、シェフとマダムのお二人は眩しいぐらいに輝いていた。

「bistroYEBISU」は、俗に言うカウンターフレンチである。ただ、食べログで強烈に高評価され数カ月も予約がとれない、例えば松涛の「バカール」等とは確実に異なる点がある。それは、コース料理がないことに尽きる。

ぼくは、普段レストランでコース料理を頼むことはない。ゆえ、昨今のコース料理しか置かない店は若干苦手としている。その理由はカンタン。メニューの行間までもじっくりと読み込んで、店からのメッセージを享受したいし、熟読したメニューの中から瞬間的にピンと来るものを選べる喜びと、客側の選べる権利を獲得したいからだ。

ただ不文律として、格安のコースを設定すれば例外なくレストランは流行る。また「コース○○○○円と超リーズナブル!」、みたいなキャッチフレーズも付けやすくマスコミ受けは良好。さらに店側としても、食材のロスが少なく仕込みも段取りよくできると、双方にメリットがある。一方コース設定のないレストランでは、客がある程度食べこんでいないとメニューが組み立てられないばかりか、メニューの意味がわからなければ注文すらできず、相手の前でいい格好をしたい客には高いハードルとなりうる。

つまりコース料理を用意しない、というのはレストランにとって大英断なわけだが、その結果、客層は確実に安定し大人の集まる店になると思う。そして「bistroYEBISU」のシェフとマダムは、その意味を掌握し、自分たちの店は自分でメニューを選ぶことができる客に来てほしいと念じたであろう。

ただ、わからなければ堂々と聞けばいい。そして、メニューの順番や組み立ても、大半は店側が勝手に気を利かせてやってくれるものだ。わからないものはわからないと頭を垂れることが、レストランでの「大人」のたしなみなのだ。

また「大人」といえば、「bistroYEBISU」店内全体をまとめる木目のゆったり感、適度に落とされた照明のバランス、そしてシェフのマダムの人望。それら全てが大人を迎え入れるための十二分なアイテムとなっている。とても若いお二人で、初々しさや謙虚さが彼らの魅力でもあるけど、そこにもまた自己主張一辺倒の料理人にはない、大人の空気を醸し出す土壌があると思う。

さて、拙著『東京百年レストラン』の「bistroYEBISU」紹介の結びに、「この本で出る頃、「bistroYEBISU」が何カ月も予約が取れない店になっていなければ、まだまだ東京のレストランシーンは健全といえるだろう」と書いて、結局最終的には削除した。先日、電話した日から4日後の席が確保できたゆえ、なんとかその予想は当たったと思うが・・・。

登場の瞬間から、マスコミはおろかウェブ上に押し寄せる強烈な情報の偏りにビクともせず、それらとは対極の位置で自分たちのやりたいことをキチンと見据えてレストラン創りをしている新店は、本当に久しぶりであり、それを持ってしても今年最大の収穫と言えるだろう。

*次回は1月15日に更新予定です。

yebisu.jpg
「bistro YEBISU (ビストロ エビス)
●東京都渋谷区東3-15-8
●03-6427-3789
●18:00〜翌1:00
●月休

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2010年11月01日

(33)表参道「レフェルヴェソンス」

日常食を取り入れた遊び心の現代フランス料理が

日本人にどこまでうけるか?

10年ほど前、西麻布の奥の奥、正確に言うと、旧フジフィルム本社の裏に「サイタブリア」という尖った店がオープンした。「尖ってた」というのは、店の内装や雰囲気だけではなく文字通り料理も尖っていた。

「Sex and the City」の撮影に使われるほど当時のニューヨークで人気絶頂だった「Gotham Bar & Grill」を模して、料理を尖らせるというか高く高く盛り付けるテクニックを取り入れ、ニューアメリカ料理の今をトウキョウに伝える数少ない貴重なレストランといえた。

エントランスには、少々シェラトンホテルのロゴに似た不気味なほどデカイ「S」の文字が配され、店の性格上、客の半分は外国人。交通至便とはいいがたい立地ながら、ひろいダイニング、地下の怪しげな個室に加え、脇にシガーバーも設けるほどの大箱ながら、いつも席が埋まっていて、東京の他の店には例をみないスノビッシュなざわめきも楽しむことができた。

ヒタヒタと近づくネオアメリカンの脅威に気づかないヨーロッパ偏重の日本の飲食店やマスコミをわき目に、「サイタブリア」は孤高ともいえる立ち位置をくずさず頑張っていた。ぼくは仕事の打ち上げや壮行会など、オフィシャルな食事会にも利用し、この店の面白さを口コミで伝えてきたつもりだった。

ただ、最近の「サイタブリア」は、ニューアメリカ料理をさらに極めるというよりは、広いダイニングかつ隠れ家的な利点を生かした結婚式や外国人向けパーティ需要の店として様変わりし、いつしか訪れる回数も減っていった。

そしてついに、2010年9月「サイタブリア」は閉店し、新たに「レフェルヴェソンス」という現代フランス料理店が誕生した。どこかのブログで「レフェルヴェソンス」は元結婚式場の後にできたと書かれていたのを見かけたが、「サイタブリア」もそこまで落ちていたのかと思うと、日本におけるニューアメリカ料理の衰退を同時に感じさせる。ただ、90年後半から様々に奇抜な料理を創造し続けていたニューアメリカ料理も逆にヨーロッパのレストランがその手法を取り入れるといった、「enjoy」や「surprise」のお株を奪われる事態ともなっていて、世界の料理の先端はすっかり垣根のないものとなっていることは確かだ。

まさにその例にたがわず「レフェルヴェソンス」のシェフは、ロンドン郊外にあるミシュラン三ツ星店「ザ・ファットダック」の厨房にいた人物。特に最近の傾向として、ヨーロッパのレストランは日本人の料理人を厨房のそれなりのポジションにおいて、彼らの潜在能力や技術を使おうとするが、パリの三ツ星レストラン「アストランス」に在席し、日本に凱旋した「カンテサンス」の岸田シェフなどと同様のケースに感じられる。

そして「レフェルヴェソンス」では、修業先の「ザ・ファットダック」が好んでやっている、ジャンクフードや目玉焼きのような日常食の形を借りたギミックな手法にて、コース料理の幕が開く。

それは、筒状の紙のパッケージに入った「こどもの日の思い出〜ジ・アップルパイ」という料理。メニューが英語というのもイギリスのレストラン出身者らしいが、ファストフードで100円程度で売られるチープな包みをまとったもの。ファストフードのアップルパイ同様、紙のケースを手に持って、中身を引き出ししながら食べる。ファストフードではケースごと電子レンジで温められるように工夫されたであろうやり方を、客単価20,000円のレストランに持ち込む大胆さ。ただ、この遊び心を日本人の客がどの程度受け入れるかどうか。これを受け入れられないのが日本の客の限界、ともいえる気もするが。
もう少し希望を言えば、その紙包みに店のロゴを入れるなど、さらなる工夫が欲しかった。あの単純な赤さは、こどもの日の思い出ではなく、現在の世界的ファストフードチェーンを想起させる。

メニューは、フランス語の光と陰。野菜中心の料理と魚・肉の料理との説明を受けるが、野菜中心の料理にも魚も肉もあり、その言葉上の違いはあまりよく分からなかった。

前菜以降の料理は、真空低温調理のオンパレード。どのように火を入れているのだろうかと悩んでしまう半ば化学実験のような野菜、魚、肉と続く。見た目、ナイフを入れた感じ、そして口の中で咀嚼する瞬間、すべてに違う顔を見せるカブ、内臓として機能していたことが理解できないような美しいフォアグラ。そんな中で普通にポワレされたホタテにやたら驚いたりする。

どの皿も想像を超えた創造力を見せつけながら、料理としては意外にスーッとナチュラルに入ってきたし、低温調理のふにゃふにゃ感をウマイとするか老人食のようだとするかはギリギリのところだが、ぼくは前者に軍配だった。

ただ、やっぱり残念なのはあまりにも広すぎるダイニングだろうか。エントランス付近は変わったものの、結局「サイタブリア」時代とほとんんど変わらない印象のダイニングに、「ルミエール(光)」や「オンブル(陰)」といったタイトルの料理が親しむとはあまり思えない。その点が内装を含めた統一感のある「カンテサンス」とは違うところだろう。

一品一品に相当な手を加えて作っていることも分かるので、逆にパーティ需要に向くとも考えられない。なかなか今後が楽しみなレストランではあるが、将来をどのように切り開いていくのか、ちょっと不安な気はする。

レフェルヴェソンス
LEFFERVESCENCE.jpg
●東京都港区西麻布2-26-4
●03−5766−9500
●12:00〜14:00LO、18:00〜21:30LO
●月休

posted by 伊藤章良 at 23:01| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする