いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2021年02月04日

(142)渋谷「ビストロ・バー・ア・ヴァン・コダマ」

いつも読んでくださり、ありがとうございます。伊藤さんは締め切り内に原稿をくださっていたのですが、トラブルがあってアップが遅れました。大変申し訳ありませんでした。以降、気をつけます。今後ともよろしくお願いいたします。今月も、この状況下ではありますが、足を運びたくなる魅力的な一軒をご紹介します。          管理人より

フランス好きなら通いたくなる、驚愕に安く、
ド・ストレートなビストロ料理

フランスに行くと、星の数が煌めくレストランで、向学のため、いや、何ゆえこの店に星が与えられたのかを知りたいために、食事もする。
でもここ数年は、行けば行くほど、そういった店にて、誰もが描くフランスの料理と出会うことがむずかしくなってきた気がする。これはいったいどこの国の料理なのだろうと思ってスタッフに尋ねると、フランスの昔からの伝統のように、堂々と「ダシ」を使っていますと答える。分厚いオーブラックのステーキに味噌がたっぷりぬってあって、日本の方はお好きでしょうと、したり顔だ。

いっぽう地元・ご近所さんでワイワイ賑わう場所に行って、怪しい東洋人が入ってきたなというサービススタッフの視線に臆することなく、目についたおいしそうな皿を指さし、大きなポーションにがっつき、周りに負けまいとぐいぐいワインを飲むと、フランス料理に触れている実感を堪能するのだ。

新型コロナのせいで、現地での食事はおろか渡航もかなわなくなって一年以上。かの地が遠くなればなるほど、かの地の料理に魅せられた記憶があればあるほど、そんな土着感覚をひたすら味わいたいのが今の自分である。

日本のフードライターは、ためらいなく現地のままと書く。便利な言葉である。だが、何をもって現地のまま、なのか。それは、できあがった皿ではなくシェフの思い入れ、振り切った志に他ならない。現地のままなのかどうかわかる日本人はほとんどいないだろうし、訳知り顔で語っても、おそらく後付けだ。

しかし、シェフ自身が自分の信じるままの現地の料理をストレートに出すのだと決めた瞬間、フランスを経由してエスプリをまとい、客の前に到達するのだと思う。渋谷の「ビストロ・バー・ア・ヴァン・コダマ」は、そんな店である。

ビストロと称する店のメニューにあれば頼むことの多い、「フロマージュ・ド・テット」や「エスカルゴ・ア・ラ・ブルギニオン」、「オニオングラタンスープ」、「コルドンブルー」や「バベットステーキ」など、そのほとんどすべてが黒板にのる。そしてシェフ自ら、バベットステーキは、ハラミじゃないよ、と注釈を入れる。詳細まで現地にこだわる姿だ。一皿の量はたっぷりなのに隅々まで技と心意気が行き届いていて、さらに驚くのが価格。あまりにも安価なのだ。これでやっていけるのか、という心配の傍ら、経営努力に恐れ入る。

メインにコルドンブルーとフリカッセを頼んだら、コルドンブルーの付け合わせがフリカッセと近い味付けなので、普通のサラダに代えようかと、シェフから提案があった。客としては一番ありがたいお話だ、だが、それを言ってくれる店はシェフならず、サービススタッフでもあまりいない。普通の生野菜のサラダとそのドレッシングはあまりにもうまくて、次回はこのサラダだけを注文しようと密かに考える。

少し前まで、代々木に「煮込みやなりた」というビストロがあった。化粧室に洗面台がなく、床はガタガタ、席はツメツメ、たばこの煙がモウモウ。新しい生活様式での営業はむずかしかったかもしれない。しかし、ここのフランス料理は日本では唯一無二。ああ、もう少し整った快適な環境でこの料理が食べられないものかと天を仰いだものだ。こういう書き方は児玉拓未シェフに少し失礼かもしれない。でもぼくは「煮込みやなりた」の再来、しかも以前とは違う最高の環境での既視感を少し覚えた。

シェフは、マスコミに名前が出るのが嫌いらしい。ビストロの料理がわからずに評判や得点だけで来店する面々の対応に苦慮するからだろう。すべての日本人にとって、ビストロの料理が食べやすく親しみやすいものではないのは当たり前だ。シェフはそれを一番よくご存じで、そこに迎合するつもりはないと考えておられると拝察する。

多くのなりたりあん(「煮込みやなりた」のコアな常連をこう呼ぶらしい)を含めたフランス料理好きなら、「ビストロ・バー・ア・ヴァン・コダマ」には、懐かしさを覚えるほどすぐに、馴染めることだろう。

「ビストロ・バー・ア・ヴァン・コダマ」
・東京都渋谷区渋谷1丁目6−4 せいこうビル 1B
・03-5962-7726
*コロナウイルスによる緊急事態宣言中のため、営業日、営業時間などは随時ご確認ください。
posted by 伊藤章良 at 09:58| Comment(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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