いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2021年01月01日

(141)西麻布「蕎麦たじま」

昼の蕎麦屋酒に
申し分ない西麻布の空間

あけましておめでとうございます。
飲食店、飲食関係者にとって、それこそ「禍」でしかなかった2020年。携わるすべての皆さんが、変化に対応しようと工夫や努力を続けておられる中、外食したいなあ・・・、と読者に感じていただける文章を書きたいと、日々願っております。
2021年もどうぞよろしくお願いします。

大阪から東京に居を移した30数年前。ぼくはまず、東京らしい老舗巡りからスタートした。東京→蕎麦→藪の大前提で浅草の「並木藪」を訪れたぼくは、蕎麦自体より店の客に驚いた。入店したのは午後2時を回っていたか。座敷の奥に渋い着物姿の初老男性が一人座り、とっくりで酒を飲んでいる。そこに三々五々スーツがやってきて、御用聞きだの銀行預金だのと、人目をはばからず話す。つまりここが初老男性のオフィスであり、打ち合わせ場所なのだった。カッコよかった。うどん文化の自分には想像もつかなかった蕎麦屋酒の面白さを垣間見た。

その後も、「赤坂砂場」や「泰明庵」などでも、ランチタイムのビジネスマンで混み合う中、悠然と一人酒を愉しむ諸先輩を見るたび、コレだ、ぼくも蕎麦屋酒に挑戦しようと心に念じたのだった。

さすがに平日の昼からやれるほどご隠居ではないので、土曜の昼がぼくの時間。「砂場」や「藪」、「まつや」「更科堀井」「松翁」(ぼくの中ては老舗)といったレジェンド系を選ぶときもあれば、今を走る「三合庵」「甲賀」「驀仙坊」「大川や」「蕎楽亭」「夢呆」等々、それぞれに魅力があり上げればきりがない。

こうして土曜日の昼にさすらいながらも、一軒絞るなら、広尾の「たじま」だろうか。一つの魅力は、都心の真ん中にありながら最寄りの駅から遠いことか。結果、客層がいい方向にまとめられているような気がする。エントランスを含めた店内は、蕎麦屋にしては相当モダン。いっぽう、木目や照明のやさしさが心地よく外光もそこそこ入るので、昼の蕎麦屋酒には過不足のない空間なのだ。

さらに、蕎麦屋に求めたい下町感覚の接客が意外と備わっているのだ。家族の経営なのかパート採用なのか詳しい事情はわからない。でも、昼から酒をたしなむ客への寛容さや理解があり、それに応えようとする心意気も十分。モダンな広尾の店にして、心底落ち着けるのだった。

ぼくにとって、メニューに「そばがき」があることが重要だ。蕎麦として完成する前の、あのぼそぼそとした素朴な顔と出会うのが毎回楽しみなのだ。
「たじま」の「そばがき」は、サイズがちょうどよく、香り高く、お腹にどっしりとならない歯切れのよさがある。

ぼくの場合、前菜として蕎麦屋のつまみ。「味噌」「生海苔」「おしたし」「卵焼」「鴨ロース」。この辺の完成度が高く、キリリとした純米酒を引き寄せる。「たじま」の日本酒は、蕎麦屋の域を越え、リストを眺めているだけで、その輝きにわくわくする。しかも、麹も米も吟醸香も含め、香りが前面に出すぎない、蕎麦に寄せた淡さを備えるものを重点的に集めておられるようだ。

前菜に続いてのプリモピアットが「そばがき」。噛めば噛むほど口内で味が育つのは、すすっと喉を通っていく麺との相違点。「たじま」の麺の個性を知る前哨戦でもある。少しアタックが強めの酒を口に含んで、その相乗効果を愉しむ。そしてセコンドピアットの天ぷらへと続く。

ぼくの場合、〆に選ぶのは、たいてい「かけ」。すでに「そばがき」も食べているので、麺自体の味わいというより、ヌードルスープとしての完成度を求める。多種類の日本酒を飲んだ後、少し疲れた鼻孔をくすぐるダシの香りと塩分が、口一体を洗い流してくれる原点回帰を最後の愉しみとする。レジェンド系では「かけ」も辛口で迫るが、「田島」の場合は、まるく包むような優しさがある。

昼の蕎麦屋酒。コロナ禍の2020年は特に頻度が上がった。夜は家に帰らないと妻が心配する……と悩む諸兄との席でも、大いに魅力を発揮した。店を出てもなお、まだ高い太陽に目をすがめつつ、満腹とは別の充実感に溢れるのは、野菜と穀物のセットだからだろうか。空腹を感じるまでの時間も駆け足でやってくるのは、間違いなさそうだが。

蕎麦たじま
●東京都港区西麻布3-8-6
●03-3445-6617
●11:30〜14:30LO、17:30〜21:30(祝~20:30)LO
●日、第2月、毎月最終月休

posted by 伊藤章良 at 12:57| Comment(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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