いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2020年12月01日

(140)下北沢「タウラ」

コロナ禍でのニューオープンに負けない
魂を込めた本気のスペイン郷土料理とワイン


2020年は、地球規模で大変な一年だった。特に新型コロナ感染拡大の要因のひとつとされた会食。極端に回数が減り、場所も次々と閉じていった。いっぽうぼくは、緊急事態宣言の出た4月を除いては、5月初旬から京都・奈良に食べに出かけたし、それ以降も、さほどペースを落としたわけではない。

ぼくの中で、それを仕事と位置付けていた部分もあり、大好きな店に対し少しでも足しになればとの気持ちもあった。2020年夏ごろまでは、なじみの店巡りが中心で、その後、堰(せき)を切ったような新規オープンラッシュの店へ、もしくは自粛前に開店し、満を持して客を迎え入れていた店などにも訪れた。それぞれがニューノーマルに相対すべく、あれこれと頼もしさを見せていた時期である。

中でも、ぼくの気持ちを大いに捉えたのは、下北沢にあるスペイン料理店「タウラ」だ。芝居が好きで日参した時期もある下北沢も、すっかり様相が変化し、小田急線の駅のホームも地上に出ても、ここがどこなのかとクラクラしてしまう。土地勘を全く失いつつ、それでもなんとか「タウラ」の方角を見つけて歩き出す。しばらく知らない土地を彷徨って、ようやく既視感のある界隈へと足を踏み入れたことに気づく。昔ながらの飲み屋街の一角にてやたらと真新しい一軒、それが「タウラ」である。

シェフは“田浦さん”ではなく“高橋さん”だ。高橋翔太氏がシェフを務める。「タウラ」とは、カタルーニャの言葉でテーブルのことらしい。いかにもスパニッシュのシェフといった佇まいで、フレンチやイタリアンの料理人とはタイプが異なり、ストレートで気合十分な美丈夫。浅草「アメッツ」の服部公一氏や「イレーネ」の数井理央氏とも同様、スペインへの愛も強烈なのだ。今年のヨーロッパ訪問がかなわなかったぼくにとって、高橋氏が漂わせる熱気、会話の力点や立ち振る舞いだけでもうれしすぎる。オープン当初は他のスタッフもいたそうだが、自粛以降は、座席を間引いてワンオペで切り盛りする。

最初にカヴァを所望したら、カヴァの乱立に憂慮した優良なメーカー9社が、新たな組織「CORPINNAT コルピナット」を作り、そこがリリースした数本が並べられる。時代はもはやカヴァの一歩先に進んでいるのだ。

メニューにある料理名も相当マニアックで、ほとんどどんなものか想像がつかないものの、適確で臨場感のある説明によりすでに食べた気になるのに、実際口にすると想像をはるかに凌駕する奥深さとおいしさに舌を巻く。基軸はスペイン北部の郷土料理。一皿目に出された「エンパナーダ」はパン生地で具を包んで焼いたスペイン語圏では比較的メジャーな料理。良質な泡との相性のためだけに入魂された逸品だった。サクサク感だけに終わらない生地と具がコルピナットに紐解かれていく。「ハチノスの煮込み」といったシンプルなメニューにもスペインらしいスピリットを注ぎ込む。

サバは一度冷凍してアニサキスを処理した後、調理をする。実際スペインでは、どのようにしているのか情報はないものの、きめ細かい食材の扱いや食べる側への心遣いは、日本人らしさも垣間見たりする。

スペインの風土を具体化する明るさや華やかさ、シェフの説明に耳を傾けながら料理を想像する楽しさ、そして丁寧な仕込みに裏打ちされた、わかりやすく落ち着いた味わい。出口の見えない飲食業界において、一筋の光明を感じる、眩しく頼もしい、これからの存在に思えた。

「タウラ」
●東京都世田谷区北沢3丁目34?6 北沢グリーンビル 1F
●03-5738-8534
●18:00〜LO24:00(火〜土)
18:00〜LC23:00(日)
●月休・月1回不定休
*コロナ禍のため営業日、営業時間が異なる通常と可能性があります。店に確認してください。
posted by 伊藤章良 at 10:09| Comment(0) | スペイン料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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