いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2020年08月01日

(136)静岡「三河屋」

静岡名物以外もうまい。
酒飲みをくすぐる横丁の名店


静岡県は横に広く商圏がいくつかに分かれていることはよく知られており、新幹線で1時間の静岡市はもうほとんど首都圏である。宇都宮、前橋、甲府といった町と同等の距離感だ。いっぽう、それらを含めた首都圏の都市が特徴や個性を作ろうと躍起になっているのに比して、静岡にはガツガツとしたところがあまりみられない。その分、街は穏やかできれいで洗練された印象だ。静岡市の民は、東京近郊の地方都市としてのモチベーションは低く、東京に類似した感覚や物品が手に入ればいいという考え方なのかもしれない。旅行時の個人的定番である食料品売場を巡るために、静岡伊勢丹の地下に行ってみた。静岡の名産やご当地の特産品はほとんど見当たらず、東京の伊勢丹とあまり違いはなかった。駅前の鮨店でも、地場の魚を訊くとないと言われ、日本酒を頼むと麒麟山が出てきた。

そんな中、静岡を冠にしたご当地グルメ「静岡おでん」は少々異質だ。元々駄菓子屋で売られていたので、おでん種はすべて食べやすいように串にささっているというが、現在の専門店では、串の形状で値段をカウントするための方便のようだ。有名なおでん種が黒はんぺん。これは、東ではさつま揚げ西では天ぷらと称する練物の類で、あのふわふわさはない。

「静岡おでん」に出会うには、それを専門に扱う店が集まった二つの横丁を目指すのが手っ取り早い。一つは「静岡おでん」を看板にする店のみ、もう一方はそれ以外にも様々な料理店で構成される大きな飲み屋街。じっくりと一軒一軒見分したい魅力を持つストリートだ。残念ながらぼくは、「静岡おでん」店のみが密集する青葉横丁の「三河屋」しか知らず、よそ者としても多くを語る資格はない。ただこの店は、地元の皆さんから先生と呼ばれる名士の導きで訪れ、酒場好きとしては大変に心地よく、長年の研鑚で極められたオペレーションの妙も見事だった。

ビールをオーダーすると、赤星(サッポロのラガー)大瓶が出てくる。それだけでも酒場好きはアガるのだ。ところが先生曰く、「三河屋」は、某ビールメーカーが企画した全国ご当地ビールの静岡代表店だったらしい。と、そんな話をしながら、おでんを所望する。だしは黒っぽく、牛スジからとるとのこと。見かけよりも塩味は薄く香りも儚い。だからなのか、駄菓子の名残なのか、魚粉を振りかけてコクを加えるスタイル。ぼくは魚粉などなくても、自然のままのバランスに安堵する。

「三河屋」は、店主と女将さんによる構成でカウンター10席ほど。左にいわゆる全国共通のおでん鍋。真ん中は脂が煮える揚げ物用。斜め前に揚げ物のソース鉢。そして右にはガスコンロにのせられた鉄板。この狭い空間にて、煮る・揚げる・焼くを二人でこなす絶妙のレイアウト。ゆえ「静岡おでん」だけではなく、アジフライやモツの串揚げ、餃子の餡を餅でくるんだ餅餃子や焼きナスなど、おでん以外のメニューも限りなくうまいし、出来上がってくる過程がまた一見の価値ありなのだ。しかも、ガスコンロでは、常にやかんに湯が沸いていて、それで洗い物までこなしてしまう流れである。

翌日の「うなぎ」をメインに静岡までの小旅行を企画。前夜に静岡おでんの「三河屋」を訪れるとこができて本当によかった。もう一つ驚いたのは、数坪の小さな店ばかりが並ぶ青葉横丁ながら、すべての店が店内に化粧室を持つこと。これは飲食店の矜持として特筆したい。


先日大学生に静岡おでんの話をしたら、私たち世代の静岡は「さわやかのハンバーグ」なんですよと教えられた。次回はおでんにハンバーグか。

「三河屋」
●静岡県静岡市葵区常磐町1-8-7 青葉横丁内
●054-253-3836
●17:00〜22:00
●日、第2・3月休
posted by 伊藤章良 at 09:41| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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