いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2020年04月01日

(134)白金「すし 良月(あきら)」

謙虚さと探求心、チャレンジ精神が
ほどよく同居した若きすし職人の新店


少し以前は、鮨店の新規オープンには敏感だったし、誰々の元にいた人が独立するらしいよ、みたいな前情報を入手することも多かった。ところが最近、すっかり興味が失せた。できる店できる店が全て、同じ内装、同じような顔、そしておしなべて高額なのだ。高級鮨店のチェーン化とでもいおうか。あれっ、今日はどこにいるんだっけと錯覚することもしばしばだ。

何か、他とは違うことをやろうとする店が現れないものかと期待するも、これだけの高額でも客が途切れない昨今では、あえて危険を冒す必要もないし、ミシュランガイドの二つ星店が、「初音鮨」「喜邑」「天本」とくれば、いったい何を目標にして頑張れば次のステップに上がれるのかも分からない気がする。

そんな中、一見しただけでは大きく違わないし、そこそこ高額なのだけど、知性と挑戦の二文字がはっきりと浮かび上がるフレッシュな店が、広尾寄りの白金にオープンした。「すし 良月」と書いて「あきら」という。店主・前岩和則さんの祖父の名前が朗(あきら)で、その字で店名の二文字を構成し、あきらとしたそうだ。何となく、ぼくの名前「章良(あきら)」との共通項を感じながら、自分の店に対する思い入れや工夫の度合いに、独特のインテリジェンスを見た。

店主は若干29歳。鮨店で長く修業をしてもしょうがないと主張する人も多くなってきたが、それにしても若い。スリムな体系で物腰に品もあり、鮨職人というよりは西洋料理でもやっていそうだ。聞けば西麻布の「すし匠まさ」に5年間在籍したという。「すし匠ハワイ」の中澤さんが、「すし匠まさ」は、自分の弟子の中でも一番やんちゃな男だとぼくに語っていたし、師匠とは全く違うキャラである。

この場所での前の営業も鮨店で居ぬきとはいえ、誰に出資を頼るわけでもなく自らの力で主となり、Max8席の店内に、店主をのぞくスタッフが3名もいて、全員がよく教育され、しっかりとコミュニケーションもとれている。食事をスタートする前から、驚き、感心することばかりなのだ。

店主との話の中で、和歌山県海南市出身だと聞いた。海南市といえば「紀土」の平和酒造だねとつぶやくと、はいと嬉しそうな表情だ。そしてビールには、平和酒造の「平和クラフト」、続いて平和酒造のプレミアム日本酒「無量山」が登場。次に定番の「紀土」純米吟醸と続き、深い郷土愛にこちらも感激。平和酒造の山本社長とは懇意なので、今度お連れするよと約束までしてしまった。

つまみから始まりにぎりへと、すし匠系のスタイルを踏襲しないオーソドックスな流れの中に、創意工夫と熱心な勉強や研究の成果が現れる。見かけはあくまでクールながら秘めた情熱も美味しさへの期待となる。
いっぽう、熟練の鮨職人の味にも接している自分には、若いなあと勇み足に感じる部分もある。しかし、それはあくまで伸びしろとしておこう。

店主が立つまな板の近くに、上からランプがいくつか吊るしてある。手元明かりかなあと思いきや、西洋料理でデシャップ時に冷めないよう使われる熱源ライトだった。どうやら、冷蔵庫から出してすぐの冷たすぎるすしタネの温度を調整するつもりのようだ。特にウニなどは冷たすぎてせっかくの旨味が感じられない場合も多々ある。それをデシャップ用のライトを使って管理しようという試み。特注で作ってもらったとか。そのアイデアと奇抜な発想には舌を巻いた。

店を辞する際名刺をいただいたので自分のものを渡すと、はっとして顔を上げ「ご著書は拝読しております」との言葉が返ってきた。正直、こんな若い料理人に言われたのは初めてだ。書店の料理本コーナーに入り浸って、本を物色するのが何よりの楽しみだそうだ。彼の見識の高さや柔軟性はどうりで、と認識し、やはり年齢や経験だけではないのだと悟る。今まで出会ったことのない特別な存在感のある若者が見送ってくれる姿は、いつまでもいつまでも店の前で眩しく輝いていた。

「すし良月」
●東京都渋谷区恵比寿2-37-8 グランデュオ広尾 1F
●050-3390-0121
●18:00〜22:30最終入店(月~土)、17:00〜21:30最終入店(日祝)
(ランチ営業は貸し切りのみ)
●不定休。
posted by 伊藤章良 at 11:21| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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