いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2020年01月01日

(131)神奈川・子安「金剛商店138番地」

ストレスなしのワンオペが満腹へと導く。
昼はキムチ店というコスパ抜群のビストロ


あけましておめでとうございます。
2020年、日本人ばかりではなく世界中の人々が、日本の「あつさ」に驚き浮かれることでしょう。そんな中、ぶれないクールな視点で食の世界を論じていきたいと思います。

不朽の名作ドラマ「傷だらけの天使」のロケ地としても有名な代々木駅前の雑居ビルに「煮込みやなりた」なる名前の、フランス料理らしからぬ名前のビストロがあった。このビルが取り壊しになるとのことで、同じく代々木駅の反対側に移転(実はその後も長期間そのままだったものの、最近やっと工事が始まっている)。安価ですごいボリュームだけが話題となり、全く予約の取れない、縁遠い店となった。ただ、シェフの成田英壽さんは、毎年フランスに行くほどフランス料理を愛し研究し実践されていた。「煮こみや なりた」の料理は、リヨンの「ブション」を想起させる豪快ですばらしい本格的なフランス料理だったわけだが、惜しまれつつ2018年末に閉店した。

ぼくのまわりにも多くの移転前からの「煮こみや なりた」ファンがいて、自らの予約がかなわなくても、年に一度ぐらいは誰かが誘ってくださったし、そんな面々は、いつしか「なりたりあん」と呼ばれるほどになったのである。

「なりたりあん」の面々とは今でも個人的に付き合いがあり、健啖家ばかりで食事をしても楽しいメンバーだ。彼ら彼女らは今でも口々に、「なりたロス」を口にする。なかなかあれほど迫力のある現地さながらの料理店は見つからないのだ。

ところが最近、そんな「なりたロス」を忘れさせてくれる店が見つかったらしく、何度か声をかけていただき、やっと先日伺うことができた。「金剛商店138番地」という、レストランなのかと首をかしげる店名だ。場所は横浜の子安。京浜急行に乗って初めて向かったが、新子安とかJRにも子安駅があるようで意外とわかりにくいエリアだった。

駅を出て、線路の下をくぐって左折。なんとなく代々木の「なりた」へのアプローチにも似てるなあと思った瞬間に「金剛商店138番地」は登場した。入口にドアはなく防寒用の分厚い透明ビニールで囲われていて、この辺も「煮こみやなりた」とそっくりだ。ビニールを開いて中に入ると、すぐ目の前にカウンターのみ10席ほど。ただし、どうやら2階にはテーブル席があるらしい。カウンターの向こうにシェフがひとり。これでスタッフは全員だ。ちなみにトイレは、鍵を借りて外に向かう。小さいがとても清潔だった。

「金剛商店138番地」は、昼間はシェフのお母さんがキムチなどの食材売っている商店で、その横でシェフが仕込みをしていると聞いた。
毎日のメニューは黒板に書かれていて、店主が決めたルールと価格帯によって何皿か選ぶ。基本はフランス・イタリア料理。バリエーションが豊富で、特にメインの肉など何種類もあり、よくここまでひとりで揃え、仕込むなぁと舌を巻く。メニューの中にシチリア風〇〇とあったので思わず頭の中で想像してひと皿に加えると「イメージされているのとウチのは少し違ったアレンジなんですが、よろしいですかと」すかさず丁寧な注釈が入り、シェフの真面目さが伝わってくる。

その日は一番のり。カウンターの椅子に腰かけて待つ。シェフの準備が整い音楽が流れ始めるとBGMはレゲエ。飲食を待たずして、レゲエ好きのぼくの気持ちは相当アガってきた。

というか、目の前のシェフの、キッチンでの動きを観ているだけでも、中途半端な芝居より見ごたえがある。飲み物の注文を聴いて、オープンに放り込んで、フライパンを振って、ディッシュアップして、きちんと料理への説明も入る。その一連の流れに一分のスキもなく、いっときも体が止まることもないのだ。

そして、「煮込みやなりた」と一番異なるのは、料理が出てくるタイミング。「なりた」の場合、やはりなかなかひと皿目が出てこなかったし、多くのワンオペの料理店は、待たせることも値打ちのひとつ、みたいに、シェフが悠然とと対応するところも多い。
ところが「金剛商店」は、まったくストレスなく、まさにポンポンといった感じで皿が出てくる。しかも、どの料理も手が込んでいて、味付けにもさまざまな工夫があるので、夢中になってアッという間に食べてしまっても、いつの間にと、シェフのお顔をマジ見するぐらい、さっと次の皿が出てくるのだ。

最近のワンオペ傾向には、この連載で問題提起もさせていただいたが、ここまで徹底的にひとりきりのすごさを見せつけられると、グウの音も出ないのだ。

ふらっとのぞいて、満席と知り寂しそうに去る客も散見。子安まで出張してきた自分は、少し申し訳ない気もした。というのも、ここのハイボール。四ツ木や八広といった酎ハイ街道にある酒場並みの怪しさ・強烈さ。キムチをツマミに、安価で酔いたい、そんな方々の席を奪ってしまったようだ。

でも、ワンオペの痛快さと満腹になる料理をぜひ体験していただきたいと思うと、書かざるを得ないのである。

「金剛商店138番地」
●神奈川県横浜市神奈川区七島町138
●045-421-4902
●18:30〜22:30(入店20:00まで)
●日休。臨時休業アリ。

posted by 伊藤章良 at 19:26| Comment(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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