いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2019年11月01日

(129)フランス・ケゼルスベール「CHAMBARD」

日本でフランス料理を食べたいと思えなくなった
フランス料理の底力を見せた一軒


先月の続き、である。
ぼくは毎年パリまでは行っているが、2019年秋、久しぶりにパリから地方へと向かった。その目的は食ではなく村だ。フランスでは「フランスの最も美しい村」を認定する協会が1982年に設立された。その厳格なルールにそって認められた美しい村が、フランス全土に150以上存在する。人口が2000人以下で、歴史的文化的遺産を持ち、景観を損ねる新たな建造物は許されない。経済発展よりも、遺産を守り観光産業に特化するという村の宣言でもあるようだ。今まで食オンリーだったフランス渡航ながら、ようやく観光らしい観光をすることに決め、パリからアルザス地方の起点となるストラスブールに移動した。ストラスブールから、アルザス一帯に点在する最も美しい村、エーグイスハイム、ユナヴィール、アンスパック、ミッテルベルカイム、リクヴィールといった村々をどのように回るか、そしてそこに息吹くワイナリーのどこに行くか検討を重ねた。

といっても、食についても忘れることはない。前回紹介した「レストラン ラシーヌ」の田中一行シェフに、今年はアルザスを回遊するので、あの辺でどこかおすすめのレストランはないかと聞いていたのである。そこで彼が紹介してくれたのは、ミシュラン二つ星の「シャンバール」という店だった。全く知らない。でも田中シェフの推薦なら、ここは外すわけにはいかない。そのレストンがあるケゼルスベールは、そうとう不便なところだ。そして、フランスの最も美し村には認定されていないが、それに匹敵する素敵な場所のようだ。

アルザスにある最も美しい村巡りの一村に加えたぼくは、さっそく予約を開始。「シャンバール」はオーベルジュ(宿泊施設付きレストラン)だったが、あえてそこには泊まらず、すぐ近くに宿をとった。チェックインの際、今日のディナーはどうするのかとホテルのフロントに聞かれたので、「シャンバール」に行くつもりだと答えると、即座に「予約はしたのか」と。とんでもない田舎にあっても、予約がないと入れないのは想定内だけど、さすがフランス、さすがミシュランガイド。日本のものとは、歴史も価値も目的すら違う。

ホテルフロントに教えられた通り、ほんの100メートル程度のメインストリートを歩き、通りに面した店のドアを開ける。まるで山小屋風の居酒屋だ。そして満席。首を傾けつつ入口に立つ真っ赤なスーツを着た長身の女性に予約の旨を告げると、ああ、それはこっちよと指示。

居酒屋を通り抜けると、突然、鹿の角が天井各所にディスプレイされた広いレセプションに出た。いかにもアルザスのレストランといった感じの、自然とモダンが融合したスペースだ。ダイニングはもちろん、二つ星をきちんとわきまえた、ゴージャスな空間。どこから来たのか、品のいい男女が、すでに多くのテーブルを囲っている。そして、ダイニングに通されて初めて、この店の入口は自分が入ったところとは別にあることに気づいた。

もちろん、事前にこのレストランを検索してみたが、ほとんど情報がなく、まして日本人が書いているものは見当たらなかった。三つ星ではないゆえ、コレクターの餌食にもならず、この辺鄙な地区にて徹頭徹尾アルザスの地方料理を昇華させてきたに違いない。

最近のフランスはどこでもそのようだが、まずは手でつまんでいただくアミューズが出る。続いてフォワグラ。最初からアルザスの名物が登場だ。「冬のアルザスのフォワグラ アルザス地方の菓子ベラベッカのソース 山のチーズ」。
ひとさじ口にして最初に思ったのは、未だかつて食べたことのない特別なおいしさ。時が止まったような気がして陶然となった。信じられないぐらいフレッシュでなめらかなフォワグラにベラベッカ、つまりドライフルーツのソース、そして素朴なチーズ。このシンプルな三位一体がとてつもなく巨大で複雑な味を創り出し、個々が小さく主張しながらも口の中で儚く消える。半分ぐらい食べたとき、もう半分しかないのかと天を仰ぎたくなった。

魚料理は「アルザスの山の岩魚 ザリガニ、エスカルゴと共に パセリのソース」。
サービススタッフは英語でトロートと言ったので、味わいや色も含めておそらくマスだろう。これは特筆すべきことは少ないものの、皿にイクラがちりばめてあり、日本的に言うと親子状態。メニューに記載はないし、フランスでも生の魚卵は食べるのですかと聞いたら、そんなに量は多くないのでとはぐらかされた。

さらなる初体験はメインの鹿。シェフ オリビエ・ナスティ自ら撃ってしとめたものだ。フランスで野性の鹿肉を食べるのは初めて。国内外であらゆる四つ足を口にしてきたつもりでも、そのどの肉とも違う、そしてどの肉からも抜きんでた食感。チープな表現だが、馬肉や牛肉、イノシシ、熊など、獣の赤身の特徴的な部分があちこちから顔をのぞかせているようだ。強烈に大きなナイフがプリセットされたのに、自重だけでもスパンと切れそうなぐらい、引き締まりつつも柔らかい肉質。肉の旨さというより、山の自然の恵みを舌に覚えさせていた。

最初に迎えてくれた真っ赤なスーツの女性は、やはりマダムだった。子供のころ日本に住んだことがあると言い、少しだけ日本語を話した。素朴で自然体な女性でミシュラン二つ星のレストランでは珍しく感じ、同席した妻は、最後まで「あの人がマダムかなあ」と言っていた。ぼくにとっては、料理もマダムも、わざわざこの地まで来なければ決して出会えない稀有な存在として呼応したのだった。

2018年は、たまたまその年の世界のベストレストランでトップだったイタリアはモデナの店に行った。でも帰国後さっそく日本のイタリア料理店にも足は向いた。ところが今回のフランス紀行は、改めてフランス料理の底力を思い知ることとなった。パリで展開されているような、見かけの美しさや驚きだけを皿の上表現した似非日本料理とは違う、地に足の着いた真のフランス料理に何度となく出会った。帰国して一か月、未だに日本でフランス料理を食べたいとは思わない。そして来年もまた、再びフランスの地方をめぐりたいと切に願った。

Le Chambard - Hotel Restaurant Alsace
●9-13 Rue du Général de Gaulle, 68240
Kaysersberg,
●+33 3 89 47 10 17


posted by 伊藤章良 at 23:22| Comment(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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