いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2019年10月01日

(128)フランス・ランス「Restaurant Racine」

皿から見えるフランス料理と日本料理のアウフヘーベン。
ランスでさらなる上をめざす日本人シェフ

ぼくは毎年パリには行っているが、2019年秋、8年ぶりぐらいにパリ以外の地方を2週間かけて回った。目的はいろいろとあり、スケジュールを組むのに苦労したが、中でも最大の楽しみは、現地で活躍する日本人シェフに会うことだった。

8年前、フランスのミシュラン三ツ星オーベルジュ「レジス・マルコン」を訪れた時のこと。食事の大半が終わり、そろそろ会計かなと考えていると、サービスから厨房に日本人がいるので紹介しようかと言われた。それは願ってもないお話。登場したのは田中一行さん。彼は、厨房を案内しシェフのレジス・マルコン氏に引き合わせ、自分はガールフレンドの故郷ランスにてレストランを開くつもりだと語り、同じ「レジス・マルコン」で働くフランス人のガールフレンドにも会わせてくれた。「コンニチワ」と日本語で挨拶をした、とても可愛らしい女性だった。オーブンしたら、必ず訪ねるからねと約束し厨房を後にした。

その後田中シェフは、プラン通りランスに結婚した奥様と二人で「レストラン・ラシーヌ」を開き、オープン一年半後にミシュラン一ツ星を獲得。2年前に移転・拡張した。

出会いから8年後、ぼくはようやくランスに渡り、念願だった「レステラン・ラシーヌ」のドアを開いた。もちろん最初に出迎えてくださったのは、あの時厨房にいたフランス人のマダムだ。

エントランスの左側は全面ガラス張りの厨房、ダイニングは木目の格子を使ったりと、どことなく和を意識した落ち着いた内装の中、厨房のよく見える奥の席に通された。もちろんフロアのスタッフはマダムを中止人に全員フランス人だが、厨房は、シェフの他、料理人が4人全員が日本人、厨房の公用語は日本語だ。

料理は筆舌につくしがたく、ぼくの表現力では伝えきれないぐらいにすばらしい。特筆したいのは、今、フランス人のトップシェフたちがもっとも作りたいと切望するが、なかなかその域に到達しないレベルの、フランス料理と日本料理のアウフヘーベンがある。

一番顕著なのが魚の火入れ。限りなく生に近い状態ながら、どの段階で止めるか、その「寸止め」の感覚や技術は日本人、いや田中シェフにしかできない極み。しかも、オマール海老は1分28秒とか、ライトの熱だけで2時間とか、彼の中で最適な時間がきっちり出来上がっている。

加えて、酸の使い方である。自作したビネガーが50種類を越えるというシェフだが、酸、つまりすっぱさも、おお、と嘆息するぐらいの強い踏み込みながら、付け合せに果物を紛れ込ませ、ほのかに甘味で中和させる。その面白さは、過去を思い出しても未だ記憶のない感動だ。

シェフは噛んだ時の音まで考えて食材を組み合わせると語る。そういった地道にコツコツと育んだ要素の一つ一つが、最良の状態で皿にのるのだから、食べる喜びは、まさに日本人としての誇りだ。

二ツ星をとりたいと、シェフは素直に語る。「レジス・マルコン」にいたおかげで、それなりの食材業者とのルートはあるが、二ツ星になると、業者の方からトップクラスの食材を供してもらえるのだそうだ。よりグレードの高い食材を得るために星を獲る。まさに田中シェフらしい言葉だった。

今、「レストラン・ラシーヌ」のフランス人のお客様はわずか4割。それ以外は外国人なのだそうた。ランスという世界に冠たるシャンパーニュの地に買い付けに来るバイヤーがその魅力を知り、一年後の予約をして帰国するという。二ツ星を獲得しこの店のすごさをフランス人が知り始めると、いったいどうなるのか。想像しただけで、今からゾクゾクが止まらない。

田中シェフに、なぜラシーヌという名前にしたのかと聞いたら、根っこという意味なのですが、自分とヨメがその根っこになり大きく育てて行きたいという意味ですと話された。その意図もさすがだか、フランス人の奥様をヨメという九州の男らしい口ぶりが、印象に残った。

Restaurant Racine
●0033 326 35 16 95
●6, place Godinot 51100 Reims
●12:15~13:30、19:15~21:00
●火水休






posted by 伊藤章良 at 23:03| Comment(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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