いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2019年07月01日

(125)熱海「THE HIRAMATSU HOTELS&RESORTS 熱海」

高級レストランの世界的グループが仕掛ける
日仏融合の大人の遊び場


ソムリエとは、大人の日本人ならたいていその職業が分かるほどポピュラーだが、アメリカ人など英語を母国語とする人たちはほとんど知らない。オーベルジュとなるとさらに特殊で英語圏では全く通じないが、意外と日本人には理解されやすい。
オーベルジュとは、フランスにある宿泊施設付きレストランのこと。温泉旅館同様一泊二食付き。食事と宿泊が込みの料金で、飲んだお酒のみ別払いとなるのが通例だ。

フランスの著名なオーベルシュをいくつか訪問したが、パリなどで高級レストランを利用するときとは圧倒的な違いが一点ある。それは、ダイニングの座席が利用宿泊施設のランク順に、きちんと割り振られることだ。
パリの高級フランス料理店なら、確実に、アジア・中近東エリアの席に通される。料理の内容は別として、パリで食事をしているという臨場感も高揚感も、そこには生まれない。
一度、パリでぼくの通訳をしてくれている友人に頼んで、ネイティブのフランス語で「ランブロワジー」を予約してもらったら、アジア人席をスルーして奥のフランス人席に通された。パリでのレストランの予約は、ネイティプフランス人に頼むしかないなと納得した記憶が残っている。

日本でも、オーベルジュは早々に全国各地で生まれると期待をしたものの、オーベルジュと名乗りながらもペンションの延長だったり、ホテルの付け足しだったりと、料理のクオリティが伴わなかった。

そこで、やっとというか流石と唸るか、高級飲食店展開では世界唯一の一部上場企業としても過言ではない「ひらまつグループ」が、その事業に乗り出した。レストランにある程度成功を収めると、次に宿泊施設、そして学校と拡大するのは多くの飲食店運営会社を見ていると同様の流れがあるが、ひらまつグループは、日本という風土の持つ慣習や肌感覚を壊すことなく、いや、それを大胆に活用し、世界を視野に入れて日本的オーベルジュを、全国各地に作り始めた。

今回取り上げるのは「THE HIRAMATSU HOTELS&RESORTS 熱海」。ホテルズ・アンド・リゾーツでは、世界中の観光地にある大型施設の印象が強く、せっかく作ろうとしている日本的オーベルジュに逆行するような気がして少し残念に感じる。

気分を取り直し、熱海の駅からタクシーで向かう。タクシードライバーは「ひらまつ」というだけで場所を熟知しており、熱海城の上ですよと説明がある。まさに城へ攻め込まれないように作られた、迷路のようなヘアピンカーブを登り、高級和風旅館の趣もある玄関に止まった。
数人の男女スタッフが駆け出して出迎え、荷物を取る。フランスにはない和のもてなしが心地よい。個人の別荘だった純和風の物件を買い受け、そこに洋風の宿泊施設を建て回して完成させたと説明を受ける。なんとも奥ゆかしい建物だ。

もちろん和風の建物ゆえ、玄関と三和土(たたき)がある。そして意外にも靴を脱いで上がるのだ。それ以降施設を辞するまで靴を預け、館内は極上のスリッパで移動。オーベルジュと思い、ドレスアップを考えてきた女性などは相当の肩透かしではないか。ところが、元来室内では裸足で生活するDNAを持つ民族。時が経つにつれ、スリッパで過ごし、スリッパでフランス料理を食べる贅沢な寛ぎは、ここだけの体験だと高揚する。

エントランスでも度肝を抜かれたが、客室はさらに和洋折衷の極みである。ドアを開けてすぐ、部屋の半分は最高クラスのベッドルーム。ホテル客室のベッドカバーは靴のままベッドに上がった際、シーツが汚れないためにあるものだが、ここではすでに不要だ。
客室の真ん中に、部屋全体を間仕切るスライドドアがあり、そのドアを開けはなんと、ど真ん中に風呂、左右に洗面台、奥にシャワールーム。そして全面がガラス張りの巨大な窓。体がしっかり伸ばせる広い湯船には、熱海の温泉が引かれ、24時間、温度も42度に保たれている。

窓からのぞむ相模湾には、海へと視界を遮るものは一切なく、道路や民家も遥か遠くかすかに見える程度。もちろん車の音など全く聞こえない静謐な場。ここまで完璧なプライベート空間が日本の中で実現すること自体、ここは日本なのかと錯覚する。

ディナーは、ふたたび玄関のある日本家屋へと移動し、地元の食材を中心としたフランス料理を堪能。ザ・フランス料理の食材には頼らない、工夫や切り崩しが随所に見えて勢いがある。また、この環境からの和食寄りや流行りのイノベイティブなアプローチには頼らない決意が、美味しさをさらに確実なものにする。。

人生初、スリッパでのディナーに勝るとも劣らないのが、ひらまつ流というか、ひらまつの真骨頂であるサービスだ。料理やワインを何倍にも美味しく感じさせる彼ら彼女らの笑顔、そつのない動き。と、ここまでは市中のレストランにも見られるが、さらに加わるのが、客個人の個性やテーブル内の関係性、求める情報などによって、きちんと過不足なく応対できる柔軟性だろうか。

東京・品川からなら、ほんの30分。予約の取れない寿司店で信じられない高額を支払う客が絶えない東京のグルメ事情。熱海のこんな隠れ家に、どうして目が向かないのかと、日本人はつくづくお金の使い方が下手な人種だと悲しくなる。
優雅で豊かな遊びとは、こんな場所にこもってゆったりと時間を費やすことに他ならない。なお、一人でもこちらの施設は利用できる。

THE HIRAMATSU HOTELS&RESORTS 熱海
●静岡県熱海市熱海1993−237
●0557-52-3301

posted by 伊藤章良 at 18:10| Comment(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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