いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2019年02月01日

(120)恵比寿「イル・バロンドーロ」

料理とサービスのペアリングが
resutaurantの存在意義を再認識させてくれる

西麻布に「ペレグリーノ」というイタリア料理店があった。
良質な生ハムを常備、ベーシックなメニューもおいしく、なによりいつでも予約が取れた。もう少し混んでもいいのにねと、そんな会話を友人と交わした記憶がある。
その「ペレグリーノ」のシェフ、高橋隼人さんは近所に移転した。スタッフを減らし、極端に席数を減らし、休みを増やし、客単価を大幅に上げた。そして予約がとれない店となった。これだけが理由ではないだろうが、結果、食べログ東京イタリア料理部門一位になる。高級食材を多用できる環境ゆえ出すものは変わるだろうけど、作っている人は同じだ。この現象、驚きを通り越して、違和感しかない。

もう一点、亀戸「メゼババ」の登場によって、客はどんなに虐げられ、劣悪な環境でも、おいしい料理をいただくためなら、辛抱強く待ち、言われた金額を素直に払うことに慣れてしまった。
「メゼババ」のシェフ高山大さんは、お店以外の場所で会うと、とても腰の低い好青年である。ただ、彼の流儀で店では威厳を崩さず高圧的だ。客がまだかまだかと料理を待っていても悠然と洗い物をしている。
客にへりくだるより、そんな態度をとる方がよほどキツイと思うが、高山シェフは流儀を貫いた。結果、客のほうがマゾヒスティックに耐え忍ぶことを覚え、「メゼババ」での高額支払い告白までが横行するようになった。

上記の二例はシェフ批判ではない。いずれも、シェフご自身の信念のもとに、考えたこと決めたことをやっているだけ。他人の評価ばかりを気にして自分で良し悪しの判断ができない、というか、しようとしない客側に問題がある。
そして、こんなビジネスモデルが拡大するなら、人を雇わなくても劣悪なダイニング環境でもタップリ稼げるなら、世の中からレストランは激減し、どんどん「高額一膳飯屋」ばかりが増える。あまりにも寂しくて悲しい現状が今である。

2018年晩秋、恵比寿にオープンした「イル・バロンドーロ」のシェフ、岩田正記さんは、いらっしゃいませの代わりに「ボナ・セーラ」と叫ぶボナセラ系イタリアンとして一時代を席巻した「イル・ボッカローネ」出身。恵比寿のこの店で19年勤め、恵比寿しか知らないので恵比寿で独立しましたと語るように、白金へと続くバス通りの裏道でひそかにオープンした。同じ通りのほんの50m間に、すでにイタリア料理店が2軒。さらに2018年暮れ、もともと居酒屋だった広い店舗がイタリアンになり、今だに恵比寿はイタリア料理店の激戦区だ。

入口から右側にカウンター席があり、ここはバー使いもできる。奥にもカウンターとテーブルがある細長い構造だ。こぢんまりとしているが、待合的なエントランスのバーの造りなど意外と機能的でモダンなレイアウト。

テーブルについてメニューを見ながら検討していると、長身の男性がスムーズかつにこやかに会話の中に入ってくる。料理もワインも当然だが、イタリアという国自体に造詣が深くネタは尽きることがない。ぼくはシェフのお顔を知らなかったので、あれ、この方がシェフで厨房にいるのはアシスタントかなと、普通に感じたぐらい。もっと席数の多いリストランテでも十分に支配人としてやっていける力量だ。こんなサービス担当が一緒にやっていこうと決めたシェフなら、きっと間違いはない。

感じた通り、シェフはしなやかなのに手堅く、しかも早い。職人として圧倒的だ。オーソドックスなメニューの数々だが、そこにスキがなく見た目以上のおいしさが詰まっている。イタリア料理は、やっぱりこうじゃなくっちゃとぼくの体が叫んでいる。料理がシンプルゆえか余計なことを考えずに済み、胃腸だけではなく頭も疲れない。食べ終わって店を辞して初めて、なんでこんなにおいしかったのか楽しかったのかと改めて振り返るぐらい、食べること飲むことにのめり込んでいた。
それがシェフやサービスの「キャリア」なのだろう。そして、restaurantの語源である回復するための場所にふさわしい存在感である。

もともと外食の場所は、キッチンから料理係が運んできた大皿料理を大テーブルにドンと載せ、それぞれに腰かけた赤の他人が自分の分だけ取り分けて食べていた。それではあまりにもプライバシーがなかろうと、テーブルを小さく分け個々で使えるようにし、そこに給仕係が生まれ、今のカタチのレストランとして発展した。

外食形態は多様であるから面白いし、ぼくもそれを愉しむ一人である。でも、ある種の後退ともいうべき一膳飯屋化する料理店より、restaurantに一軒でも多く通って、その努力を応援したいと思う。

「イル・バロンドーロ」
●東京都渋谷区恵比寿1丁目24−10 アリエス恵比寿ビル 1F
●03-5422-8977
●18時〜26時
posted by 伊藤章良 at 09:22| Comment(0) | イタリア料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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