いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2018年06月02日

(112)滋賀「セジール」

豪快かつ繊細な焼き加減が光る
精肉店のカリスマオーナーのレストラン


滋賀県草津市に、「サカエヤ」という近江牛をメインとした精肉店がある。ご存知の方も多いことだろう。こちらの社長新保吉伸氏は、今や肉の業界で、ウェブ上ではもっとも著名な人かもしれない。
個人的にも新保さんを存じ上げているが、新保さんのブログ「牛肉魂」は、お目にかかる以前から愛読していて、そのブログで牛肉、特に熟成について密かに学んでいた。

新保さんは、但馬産の黒毛和牛をルーツに持つ近江牛の精肉店を南草津で営むが、現在では近江牛に限らず全国から消費者(特にプロの料理人)が求める牛肉を扱い、牛肉以外にも、高校生が育成すると話題の愛農ポーク等も揃える。
新保さんが優れているのは、キチンとリアルに牛の生産者と向き合いながら、流通や情報伝達にITやウェブを活用したことにつきる。

新保さんは、注文があったとしてもすべての方に「サカエヤ」の肉を卸さないと知られているものの、何度か東京で食べる機会に恵まれた。ただ、そこで味わう「サカエヤ」の肉が他とどう違うのか、あまりわからなかったし愛読していた新保さんの解説に基づいて出来上がったイメージとも合致しなかった。
それほど肉を焼くのは難しい。しかも個体差があって都度対応するノウハウも、東京のシェフや店の厨房能力では限界があるに違いないと、なんとなく感じていた。

そんな思いは、食べ手のぼく以上に新保さん自身にあったのだろう。2017年秋、「サカエヤ」店舗の隣りに(正確には移転した新店舗に併設して)「セジール」というレストランをオープン。
ぼくの周りにも新保さんファンは多く、彼自身の店を歓迎。昨年から滋賀まで出かけていたが、彼ら彼女らの話を聞くと、今一つ肉の「焼き」には、完成されているとは受け止めにくかった。
オープン8か月を過ぎたころ、新保さんはご両親を初めて店に呼んだとも伺い、そろそろ行き時と判断したぼくは、滋賀県の南草津まで出かけたのだった。

JR京都駅から20分ぐらいだろうか。この辺は京都のベッドタウンでもあり、感覚としては都心から練馬あたりに向かうムード。南草津駅で降り、そこからバスかタクシーという微妙な距離。気候もいいので歩いてみるかと、ぶらぶら行動に移した。

遠かった。そして道中はごくありふれたバス道路だった。しかし、「サカエヤ」の駐車場が見えてくると、今までの疲れが吹っ飛ばしてくれるようなカッコいい外観。併設されたレストラン「セジール」のエントランスは、ヨーロッパの郊外にあるミシュラン三ツ星レストランを想起したと言っても大げさではない。

穏やかでゆったりとしたスタッフに導かれて店内へ。きちんとレセプションがあり、ダイニングに進むと大きな窓の向こうにテラス。さらにその先が海だったら地中海沿岸にあっても不思議ではない風情。残念ながら、そこは日本のありふれた日常ではあるが。

肉を食べに来たので、肉しか眼中にはない。シャルキュトリー(ハム、ソーセージなどの肉の加工品)とタルタルを前菜に選ぶ。意外といったら失礼だが繊細で優しい味。シェフが元々フランス料理だったことが頷ける仕上がりだ。ビストロの感覚ではなく、その上の印象である。肉についてはシェフと相談。その日に用意された三種類の肉の食べ比べはいかがという。鹿児島産の熟成肉、近江牛ランプ、そして愛農ポーク。

いずれの「焼き加減」も、ここまで来てやっと納得、と膝を打つ。肉を知り尽くした職人が最適な方向で切り落とした塊を、時間をかけ入念に直火にかざしては休ませを繰り返す。肉にしっかりと熱が伝わり、やすやすとは逃げない状態にまで閉じ込めてある。二切目、三切目と食べ進んでも温度が下がらず、最初の美味しさが持続する。
さらに、脂身のうまさが特に際立つ。肉自体が上質ということもあるだろう。しかし、脂身へは赤身以上に入念に火を入れ、おいしくなるまでじっくりと焼き上げている証左だ。脂身に火が通るまで時間をかけると赤身肉はうま味が抜けてパサつくような気もする。東京で食べた「サカエヤ」の肉には、そういった傾向もみられた。ただ、さすがに「セジール」は違う。脂身も赤身も同様に、しっとりと舌に纏わりつく感じが心地よい。

テーブルに顔を出された新保さんは、やっと「サカエヤ」の肉の特徴をシェフが理解し、さらに「セジール」とは、フランス料理ではなく「肉を焼く」をメインにした料理店であることをシェフが分かり始めたと語った。

ゴールデンウイークのランチタイム。ダイニングはほぼ満席で、ほとんどのテーブルが年配の方々。人生の先輩が肉の塊に舌鼓を打つ姿は、すでに都心のレストラン以上に成熟したシーン。ヨーロッパのレストランにいるような楽しい錯覚もあった。

「セジール」とは、フランス語でつかむという意味だ。なぜ「セジール」にしたのか、新保さんに聞きそびれてしまったが、「丑」という漢字が指で締める様子を現す象形文字だと、以前林修先生の番組で解説していたのを思い出し、そんな関係もあるのかなと想像した。
でも個人的には、心臓をわしづかみにされるぐらいの感動と意味づけたくなった。

「セジール」
●滋賀県草津市追分南5-11-13
●077-561-3329
●11:30〜14:00LO、18:00〜21:00LO
●水曜日、最終火曜日
posted by 伊藤章良 at 16:25| Comment(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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