いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2018年02月01日

(109)青山「ナリサワ」

日本酒とのペアリングで驚愕した
世界的シェフの変遷と進化

1995年オープンというから、もうすでに20年以上前。
今でこそ普通のことなのだけど、フランスで長く修業した料理人が日本に戻ってダイレクトに自分の店を開くのは、当時はまだ珍しかった。
齋藤壽氏、見田盛夫氏など、フランス料理の論客がこぞって待ち焦がれ、訪問して絶賛した成澤由浩シェフの「ラナプール」は、東京でも横浜でもなく、小田原の早川にあった。

遅めのランチタイムに予約を入れ東海道本線に乗ってゆっくりと移動。早川の駅から海に向かって歩く。小さな可愛らしいレストランだったが、シェフ渾身の料理はものすごい「圧」があり時間もかかる。その間にワインも進む。会話はさらに弾む。夜のディナー客が来ていて初めて日が暮れていたことに気づく。21世紀の今はもう、そんなレストランには出会えないだろうと、ふと寂しくなる。

その後成澤シェフは、南青山の大きなビル横に移転。確か「 レ・クレアシヨン・ド・ナリサワ」と、ご自身の名前がついた。もちろんオープンすぐ訪問、往年のスペシャリテ「いちごとフォアグラ」等も食べることができたが、あの港町の風景とは様変わりし自分の中でのギャップを咀嚼できずにいた。

その後も快進撃が続き、すっかり都心の最高級フランス料理店として定着。ポッと出てきた評論家に「女を落とせる一皿」との意味付けでテレビ紹介され、来店してその皿しかオーダーしない客が増えて困ったと聞いた。まあそんな具合なので自然と足は遠のく。その後「ナリサワ」とシンプルに店名を変更、炭酸水メーカーによる世界のランキングでも日本のトップとして騒がれた。そしてさらに興味が失せてしまった。

聞こえてくる料理への感想は、もはやフランス料理ではない、あれは和食だ。というもの。日本でもっともフランス本国に近かった早川の「ラナプール」は、どこへ行ってしまったのか。もうあの感覚は甦らないのか。個人的な感傷に苛まれるも、予約の取りにくい大変高額な店でもあるので、自分の中での訪問意欲はますます下がっていった。

ただ、やはり当代一流のシェフである。テレビに出ていても誌面で何かを語っても、絵になるし他を圧倒する。そんなある日、自分より一回り以上若いのにキチンと友達として付き合ってくれる和歌山の蔵元から、「ナリサワ」に行ってみたいんですけどご一緒しませんか、というオファーがあり快諾した。予約はもちろん自分から取った。その際、和歌山の蔵元と伺う旨も伝えたところ、アルコールは日本酒とのペアリングを強く勧められた。
すでにフランス料理ではないと聞く成澤流を、日本酒の蔵元と共に日本酒ペアリングで楽しむ。すばらいお膳立ては整った。

訪れた「ナリサワ」は、自分の記憶の中の空間よりもずっと小さくこぢんまりしていて、ここに世界中から客が来るなら、そりゃ席は取れないよなあと嘆息。ダイニングはすでに半分ぐらい埋っていたが、奥の団体客は、スタッフと英語で会話しそれをガイドらしき女性が中国語圏の言葉に訳している。左側は青い目のカップルだ。

料理が始まった。
幕開けは、いわゆるスペインでいうピクニック。屋内にいながら野外でのびのび育った食材のそばへと一気に旅立たせるイメージづくり。パンまでも客席で熱を入れて仕上げると凝りように、自分の気持ちがざわめき始める。
その後は、日本料理なのかフランス料理なのかスペイン料理なのか、もはや理解不能。もちろんいい意味でだ。というのも、すべて間違いなくおいしいけど、
仕上がりがいたってシンプルなのだ。うずらは焼鳥のようで、ふぐは白子鍋のごとく、すっぽんは照り焼き色に輝いて……。知っている和食がこんなにおいしかったのかと一口一口気づかされる喜び。分かりやすく素材の個性を残し少しだけ最適な味付けを加える。日本のフランスのという以前の料理の基本だし、気の遠くなるような辛抱強い仕事がここにあった。

ソムリエなのだから、もちろんワインの専門家だろう。しかし、いったいどれだけ日本酒を勉強し体験してきたのだろうかと舌を巻いた。それはまさに若き蔵元との一騎打ちだったのかもしれない。そこそこ日本酒通だと自負していたぼくも、ほとんど知らない、知っていてもそんな飲み方をしたことがないラインナップ。
毎年酒を醸して今や誰もが知る人気ブランドまで育て上げた男との対峙である。彼が首を振るところも、あまりの合致にうなだれる姿も、見守るぼくは愉快極まりない。まったく物怖じをすることのない挑戦的なソムリエの姿勢に感服だ。

さて、メインの肉料理となった。成澤シェフ曰く、これだけはフランス料理の手法で作りましたと自ら語る。日本酒は何を持ってくるのだろうか。ぼくたちの興味は極限まで達し予想合戦まで始まった。そして、なんとそこは滋賀の不老泉。水があふれんばかりに豊富で、イノシシ、熊等のジビエの名産地である琵琶湖の周りで醸された酒こそ、肉に合わせる唯一の日本酒ともいわれる。最後の最後は教科書通りなのか。何というピュアで納得のいくエンディングだろうか。

こうして「ナリサワ」でのディナーは終わった。
もちろん成澤シェフのフランス料理が好きで好きで、早川に通った一人である。でも、今までここに足を運ばなかったことを後悔してやまないほど、進化し続けるシェフの存在を感じた。そして、シェフの変遷と呼応するように広く深く突き進むソムリエの頼もしさも併せて。

日本人にフランス料理のすばらしさを伝えた第一人者である故見田盛夫さんとも、何度も「ラナプール」にご一緒した。
今、「ナリサワ」の料理に見田さんが接したなら、なんといわれるだろうな。帰り道、そんなことを考えながら空を見上げた。

「ナリサワ」
●東京都港区南青山2−6−15
●03-5785-0799
●12:00〜13:00(LO)、18:30〜20:00(LO)
●日月休
posted by 伊藤章良 at 13:46| Comment(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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