いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2018年01月01日

(108)経堂「鮨処 喜楽」

客層のよさも店の格。ベテランの技を酒とともに
じっくり味わいたい昨年ベスト1の鮨店

あけましておめでとうございます。

今年も、食を愛する皆さんへ、胸のすく、溜飲が下がる、快哉を叫びたくなるような文章をお届けしたいです
といいつつ、昨年暮れの話題から……。

2017年、クリスマスイブは日曜日だった。
数年前から人込みに出かけることすらしなくなった12月24日。昨年も家で原稿を書いていて気分転換でもしようかとパンを買いに出た。

凄い数のカップルだ。一年分ぐらい見た気がした。バブル期のステレオタイプかと思いきや、今でもクリスマスデートやディナーは日本人にとってマストのようである。

ずっと以前「レストランひらまつ」の平松シェフがパリにレストランを出したころ、日本の「ひらまつ」は12月24日が一年で一番忙しいけど、パリの「ひらまつ」はその日は休みだよ、と苦笑いされていた。
西洋のクリスマスは自宅で家族と祝う行事、逆に新年は友達と過ごすのが通例だそうだ。日本と真逆である。ただ、西洋人にとってさらに滑稽なのは、日本人はクリスマスに「ケンタッキー・フライドチキン」を買うことだという。特別な日になぜファストフート? 確かにそうか。

ぼくは、12月後半に特別メニューを設ける店には、バブル期を含め行ったことがない(あくまで、それを否定するわけではないが)。行くなら和食と決めている。 2017年、そのうちの一軒は鮨。経堂の「喜楽」を選んだ。

「喜楽」は、拙著『東京百年レストラン』でも紹介しているお気に入りの一軒で何度か訪れているものの、ここしばらく時間があいていた。

「喜楽」の店主、太田龍人さんとは、新橋の「しみづ」でお目にかかったことがある。というか、お帰りになった後、清水さんに聞いて初めて認識した次第。その後ずっと行きたいと密かに考えていた。
同じ業種である鮨店にも、ふらっと気兼ねなく奥様と出かけるような、そんなギラつかない料理人がぼくは好きだ。まして、そこが、個人的に江戸前鮨の最高峰と位置付ける「しみづ」なら、なおさらだ。

「喜楽」太田さんの近況はフェイスブックを見て知ることができる。最近の彼は、台湾やイタリア各地によく出かけていて、しかも聞いたことのないレストランや行ったことのない場所に足を運んでおられる様子。加えて「ゆうじ」の樋口裕師さんと一緒に船で釣りをしたりと、国内でも驚きのフットワークと交流の広さを垣間見ていた。

そして久しぶりの「喜楽」の鮨は、本当にすばらしかった。2017年、ぼくにとってベストの鮨だった。
ぼくが鮨店の「おまかせ」に一番望んでいるのは、素材一つ一つの個々の魅力より料理の流れや味の濃淡のつけ方にある。そこに鮨職人の瞬発力や技量が溢れていると思う。「喜楽」は、まったくブレや淀みがない。ツマミの火の入れ方、タネの状態や温度管理も、客との会話をはさみながら飄々とこなされているようで一分の隙も見つからない。これは、今の若手鮨職人には真似のできない、まさにベテランたる面目躍如。
そして小さな料理の中に込めるおいしさの大きいこと。
同業、他業種に限らず、フラットな感覚で他流試合を臨み、料理人にだけではなく様々にクリエイティブな人たちと交流されている人間性から放たれる魅力か、とも感じた。

さすがだ。ぼくはこういう鮨が食べたかったんだと、しみじみ感激した。

そしてさらに、客層がすごくいい。太田さんが酒好きで詳しいということも講じてか、全員酒を飲んでいる。単純なようでこれは極めて重要なこと。
上品でかくしゃくとした91歳だという男性と、可愛らしく恥じらいを身にまとう85歳の奥様。お互い燗酒と冷酒をカッカッと飲んでおられる。沿線の他の駅から「喜楽」まで通い、ここで飲む酒が最高の楽しみと朗らかに笑う。反対側は女性二人。座るなり、ブルーノ・パイヤールをセレクト。ご主人がボトルを冷蔵庫に入れたのでグラスで頼んだのかと思いきや、何度もそこから出してつぎ足す。泡が空くと続いてご主人の勧めによってアルザスの二本目だ。カッコよすぎる。

ぼくには、赤ワインで鮨を試してごらん、との太田さんの勧めで、人生初、赤ワインとスシ。これがなぜかおもしろい。

東京都心にある高額鮨店の客層の貧弱さにはつらくなることもしばしばだ。だから楽しくないのかと改めて気づかされる。いや、鮨店にとっての上質な客は「喜楽」のような場所で寛いでいたのかと逆に安堵した。
「喜楽」は突然2017年にミシュランで一つ星を取ったそうだが、店内では単なるギャグのごとく語られ、それがまた客同士の距離を縮めていた。

ネット社会、さらなるSNS情報の氾濫で客の焦点が定まらず、枯渇した難民のごとく流行りの飲食店をうつろう中、経堂のここは、治外法権、いや、フランスの中のモナコ公国のような異彩を放っている。枯渇した難民の流入をことごとくせき止めて、今のままで永遠に続いていくことを願ってやまない。

「鮨処 喜楽」
●東京都世田谷区経堂1-12-12
●03-3429-1344
●11:30〜14:00、17:30〜23:00(日祝〜22:30)
●水休
posted by 伊藤章良 at 22:08| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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