いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2017年09月01日

( (104)ハワイ「Hihimanu Sushi」

カオスな近未来空間で味わう
レイモンドが握るハワイのSUSHI

ハワイに行ってきた。今年で19回目となる夏の仕事である。
ハワイの、特にハワイの食については、2017年は相当に刺激的だった。
ハワイの地場で形成されてきたオリジナルな料理やその手法はすでに過去のものとなり、アメリカ本土、南米、そして日本と、いわゆる外来種の最高峰料理店・料理人がハワイに続々と進出。すでにハワイの食を植民地化しつつある。

大きく話題になった、ハワイ「すし匠」。超一流ホテル リッツカールトン内に店を構え、江戸前に基づきつつハワイ前と称したコンセプトを掲げ、日本の魚や米を使わずハワイもしくはアメリカ本土の食材のみで創り上げる。なんといっても、東京トップクラスの鮨職人だった中澤圭二氏が、ご自身の四ツ谷の店「すし匠」を後進に譲り、すべてを断ってハワイに移住と、そのすごい決断も話題を呼んだ。

ぼくは10年近く前に、中澤さんを取材したことがある。
酢飯を二種類使い分けたり、つまみと握りを交互に出すという荒業も見事に定着させる。業界では異端児ながら、同門だけにとらわれない、すべての後輩から慕われる素晴らしい職人である。取材がご縁で「すし匠」にて18kで飲み食いをさせていただいた恩義もある。
この流れなら、いの一番にハワイ「すし匠」に訪れるべき、いや訪れるつもりでいた。ところが、結局今回は行かなかった。その最大の理由は、ハワイで暮らすアッパーなアメリカ人の友人たちから、あの店が美味しい素晴らしいという評判が聞こえてこなかったからである。

彼らの率直な意見として、むちゃくちゃ価格が高い。お酒やチップも含めれば、日本円で一人6万から7万ほど。
ゲーテという雑誌のウェブ版にハワイのスシ店特集を見つけ、「すし匠」のところを読んでみると、中澤さんの談話として「いずれいい魚は高騰し、世界の富裕層だけのものになってしまう。(中略)ハワイでやるからには、その土地のネタで旨いすしを握りたい」とあるが、すでにハワイの「すし匠」は、世界の超がつく富裕層だけしかいけない価格となっている。しかも、ホテル側の工期が遅れた結果、二年間賃貸料をフリーにしたという話もハワイのセレブには知れ渡っている。

ところが、ハワイの富裕層にとって、高額なのが最大の問題ではない。ハワイで暮らす人たちにしてみれば、なぜ、自分の身の回りで獲れる魚がこんな高額な支払いになるのかが腑に落ちないのだ。逆に、すべてニホンの築地から入れているとするなら、まだ納得できるというのである。

そして、もっとなるほどと思った彼らの意見は、日常は焼いてしか食べたことのないハワイの魚をナマで食べても大丈夫? という健康上の不安。築地の魚なら、すでに何百年もの間星の数以上の人間が生食を経験し、その実績があるが、果たしてハワイの魚はオッケーなのか、というのだ。

言い換えれば、中澤さんという日本トップクラスの鮨職人が参戦したとしても、これが世界の鮨に対する標準的な感覚、そして評価なのだと思う。日本人と違って当然だけど、評価軸が完全にずているという悔しさすら感じたのだった。

そんな中、あるアメリカ人セレブの女性から紹介されたすし店があった。彼女曰く「すし匠」と同じような『創作寿司』で、「すし匠」の5分の1ぐらいの価格で食べられ十分おいしいの、という触れ込みだ。これはぜひ行ってみるしかない。

韓国系の店が多く並ぶと言われる怪しげな路地。店の外まで音楽がガンガン鳴っているダーツバー、いやクラブと称するべきか。真っ暗な店内で立って飲んで騒ぐ大勢の若者の間を縫って奥に進むと、貧相なカウンターにスツールが7つ。ここが彼女が推薦するスシバー「Hihimanu Sushi」だった。

店主は、沖縄の米軍基地で18歳まで育ったアメリカ人。その後ハワイで日本料理とスシを学んできたという。鮨職人より、巨大マフィアに潜入するCIAの捜査官といった風情。彼はレイモンドという名前で、愛称であるレイと日本語のエイの発音が似ていたので、店名はエイを意味するハワイ語にした。日本人は誰も、エイとレイの発音が似ているとは思わないし、ましてエイは鮨タネではない。その感覚の違いこそ、スシという料理のすべてに共通してくることになる。

店の環境は、まるで「ブラックレイン」や「ブレードランナー」といったリドリー・スコットの映画の世界。東西の夜の文化が混在するカオスそのものである。純粋に清潔で明るい環境下で鮨を食べに来たなら、顔をしかめる人も多いかもしれない。でもぼくはこの近未来な、日本ではありえないシチュエーションを楽しんだ。

そしてレイのスシはとても美味しかった。もちろん創作寿司としか表現できないカテゴリで、だからこそできる、客からストップがかかるまで提供するスタイル。おそらく、日々の仕入れやレパートリーの広さにもそれなりに自信があるのだろう。

自分の舌からすれば、中澤さんの鮨との差は歴然ながら、しっかりとスシや和食をハワイで修業し書物・文献等でも勉強しているバックボーンを強く感じたことも確かだ。なにより、鮨タネだけではなく酢飯にも注力し、炊き加減や酢の配分へもきちんとフォーカスしているのが頼もしい。上質なすし酢がないからと、お酢まで自分で作るという凝りようは、お江戸の鮨職人にも通じるスピリットである。半分ぐらいは日本から仕入れた魚との話ながら、九州のイワシなど日本で食べるよりおいしいかなと驚く。魚の調理ポイントも、実はちゃんと押さえている実力がうかがえた。

レイは沖縄で暮らした経験から、カタコトの日本語ができる。
どこから来たんだという英語の質問に対しトウキョウと答えると、
「トウキョウ イイネ」と日本語で何度も繰り返す。その言葉が嫌味ではなく純粋に日本文化への憧憬と受け止め思わず微笑んでしまった。

このレイ。驚くべきことに来年には、「すし匠」があるリッツカールトンと並ぶ高級ホテルチェーン、フォーシーズンズリゾートハワイ内に自分の店を出すそうだ。つまり、オアフ島において、すし匠中澤と並び称されるポジションに着くわけである。
江戸前鮨をずっと食べてきた日本人のぼくにとっては複雑な心境だ。でも、アメリカの、いや巨大ホテルチェーンのマーケティング力を考えれば世界的なSushiに対する評価はここなのだと想像する。それが今の時点で分かっただけでも、今回のハワイの旅は価値があった。ただし、レイのスシがフォーシーズンズ内の店で幾らに跳ね上がって登場するのかについては、少々不安を覚えるが。
posted by 伊藤章良 at 13:28| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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