いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2017年07月01日

(103)恵比寿「いまり」

東京屈指の大阪の味
海外を視野に入れた本場のお好み焼き

もう10年近く前になろうか。何度か買い物をしたことのある恵比寿の雑貨店が、突然お好み焼店になった。
僕は大阪出身で、お好み焼にはひとかたならぬ思い入れがある。東京で暮らして約30年。既存店はもちろん、新しい店ができたと聞けば、とにかく一度は顔を出すのが習慣だ。

ただそのお好み焼店、今では名前も忘れてしまったし料理も印象に残らなかった。そしてほどなく閉店。その後、お好み焼仕様のカウンター店舗はとうなるのだろうと動向が気になっていたところ、名前が代わって、いわゆる居ぬきで新たなお好み焼店がスタートした。「いまり」といった。
お店の経営者が代わったなら、もちろん料理も変わるだろうとの確信で再び訪問。今では考えられない、まだ他の客が誰もいない時代だった。

カウンターの向こうに、背の高い精悍な若い男性が一人。容姿だけではなく、ハキハキキビキビとして、すこぶる気持ちがいい。関西弁を隠すことなく武庫之荘から来ましたと言い、実は俳優志望で東京に出てきたんですが、実家の稼業がお好み焼で、いっちょそれを東京でやってみようかと決心しましたと、ご自身のプライベートも開陳する。
敵を作らない笑顔、誰もが好感を持つ素直でストレートな関西人が焼くお好み焼。これはもう、食べる前から流行るだろうなあとの予感があった。
しかも、うまい。そのとき受けた印象も、そして今も、東京でトップクラスにうまい関西のお好み焼かと思う。

店主は鉄板の前でじっと待つ。つまりじっくりすぎるほど火を通す必要性を身に着けている。客はぼくたちだけ。すでに十分火が通っているやに見えるお好み焼も、決して動かさず最良のときが来るのを辛抱強く見守っている。ぼくは、その時間のかけ方に感心した。まして経験を積んできたわけではなく、始めたばかりの店でこの度胸。

実家に敬意を表して「おかんの」と名付けた料理の数々。これがまた一味も二味も折り重なる深みがあって、単純に粉モノと括れない完成度なのだ。

ぼくが『東京百年レストラン』という本を最初に著したとき、百年続いてほしい店として「いまり」も取り上げた。後々に、その当時の「いまり」は取材拒否店だったことを聞き、勝手なことをしたなあと反省もした。
でも店主はぼくの本を店に置いて、スタッフにも、これを書いてくださった方だとぼくを紹介。さらにうれしかったのは、「いまり」を気に入ってくれた著者が他にどんな店を選んでいるのかと興味を持ち、本に掲載した他の店にもあれこれと通っているとの話を、他の店の店主から聞いたときだった。

この味を知ってか知らずか、またたく間にフリでは入れなくなった。無理やり調整して入っても、女性ばかりが鉄板を囲み、料理も食べずグラスは乾いた状態を何度か見た。それでも店主は、丁寧に個々の客に接し、いつもいつも変わらぬさわやかさと笑顔を保っていた。

いつしか「いまり」は、恵比寿駅の反対側に、カウンターのみの最初の店から想像もつかない広いダイニングの店舗をオープン。そして2017年春、五反田に3店目を出店した。彼らしい、地道に一歩ずつ進み続け、自ら百年続いてほしいと願った通りの持続可能性を見せてくれている。

彼を慕うメンバーがどんどん集い始め、そんなメンバーにもチャンスをとの思いで新たな出店を決めたのだろう。オーナーの背中を見て後を追う若手も、礼儀正しく清潔で、なによりカッコいい男たちばかりなのだ。

先日3店目の五反田店を訪問。改めてその進化を確認してきた。オーナーの彼も店にいて、多くのスタッフをある時は助け、ある時は束ねて、オープンしたばかりの五反田店も満員の盛況だった。

オーナーと少し話し、海外出店という夢も聞くことができた。そういえば恵比寿の小さな店にて一人でやっていたころ、彼がニューヨークに行くと聞いたので、いろいろとニューヨークのお店を教えたことを思い出した。あのころの青年は、すでに海外を視野に入れた実業家と成長していて、眩しかった。

「いまり」
●東京都渋谷区恵比寿西2-3-11 メゾン ド エビス 1F
●03-6455-0993
●18:00(土日祝17:00〜)〜25:00
posted by 伊藤章良 at 20:09| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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