いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2016年09月01日

(94)御徒町「ぽん多本家」

脂身づかいから伺える
名店ならではのとんかつの極意

御徒町の裏、ぼくがもっとも使いたくない言葉あえて用いるなら、言わずと知れたとんかつの名店「ぽん多本家」がある。メニュー全体は洋食の構成だが、カツレツ発祥の店とも言われ、とんかつを語る際に決して外されることのない確固たる、いや燦然と輝く聖地なのは誰しも否定しない。著名評論家からレビュアーまでが余すところなく訪問し、とんかつ店としてプロアマ問わず高い評価を得ているのも、この「ぽん多本家」だろう。

ぼくは、全国各地で百年以上続く食堂を紹介する「ニッポン百年食堂」という番組で、幸運にも「ぽん多本家」を紹介すべくロケに訪れた。そして、テレビカメラ収録という完璧なエビデンスのなか、ご主人と2時間弱ゆっくりと店のお話を聞く時間を持つことができた。

ところで、訪問前後に多くの評論家、ライターが「ぽん多本家」の紹介記事を読み漁ったが、どの誰の文章も、自分がご主人から伺った内容を正確にトレースしていない、的を射てないという実態を知り愕然とした。素人レビュアーはともかく、名の知れたライターや評論家においてですらなのだ。

ぼくは「ニッポン百年食堂」に出演する以前は、レストランのオーナーやシェフに「取材」という形でのビジネスライクなインタビューをしたことがなかった。シリーズで出版している『東京百年レストラン』も、店のスタッフやシェフと雑談レベルでは接するものの、取材をしないで感じたことを書くという身勝手なポリシーを貫かせていただいている。
それが自分の本のスタイルであり、ひとりの客として普通に訪れた際に得られる情報のみを頼りに考察し想像することを実践したいからだ。それがグルメガイドの理想であるとの思いは今も変わりない。

ただ一般の取材環境以上に、テレビカメラが回るという嘘偽りない状況での発言は、それなりに相手側の緊張を強いるし言葉も選ぶ必要があるだろう。ゆえ、店側から発せられる内容の真実性も高いものだと判断できる。

その場でご主人の口から発せられた言葉に忠実に従うなら、レストラン取材というのはこんなにずさんなもので、なおかつそれを誰も(おそらく店側も)指摘や訂正することが難しく、市井にそのまま流れているのかと痛感した。

ぼくが「ぽん多本家」ご主人から仕入れたこの店のカツレツの神髄とは、とてもシンプルだ。
ロース肉には赤身と脂身の部分があり、それぞれに火の入れ方を変えないとおいしく仕上がらない。揚げるという調理で赤身も脂身も均一に熱を通すなら、当然ながら赤身の部分が先に食べごろに仕上がり脂身は時間がかかる。ゆえ、ぽん多流に解説するなら、今あるとんかつ店のロースかつはすべて赤身の出来具合によって油から上げるので、脂身の部分が生焼けでキチンと火が通っていないという。

それを確認すべくぽん多訪問後もさまざまにとんかつを食べてみたが、確かにロースかつの脂の部分のえぐみや胸やけのする感覚は、調理の仕方にあったのかと気づき驚く。
そこで「ぽん多本家」は、ロースの脂身の部分をすべてカットし赤身だけでかつを作る。肉質はロースだが仕上がりはほとんどヒレかつ同様となる。ただ、この次が重要で、ロースの部位は脂身のおいしさや香りも相まってその味が決まるので、カットした脂身を集めてラードを作り、それを揚げ油として使用する。つまり脂身をカットしたロース肉を、揚げる段階で自らの脂が持つうま味や香りを戻す、というか、まとわせるわけだ。
実に理に適っていて、そして気の遠くなるほど細かい仕事である。

「ぽん多本家」はカツレツ発祥の店としても知られ、それ以降でカツレツはトンかつやビフかつ、チキンかつと枝分かれをしていくわけだが、カツレツを創造した最初の段階でそこに気づき、独自の調理法を完成させながら、百年以上そのやり方を頑なに変えず実践している。結果、その手間が価格に反映するが、それもよしとしてすべてを変更することはない。

和食のひとつとして、今や西洋社会にも逆輸出するぐらいのポテンシャルであるとんかつは、衣をつけて揚げるという点だけを「ぽん多本家」から踏襲したが、脂身の火入れに着目した店はほとんど聞いたことがなく、まさに本家を除いて本家と同じ手法で揚げている店をぼくは知らない。唯一無二となりつつも、あくまで本家という名に恥じない希少で貴重な店なんだと改めて認識をした。

「ぽん多本家」のカツレツについて、ご主人はカメラの回っている空間で全くよどみなく完璧にぼくに説明をしてくれた。ところが、この番組でぼくが必ず質問する店名の由来、つまり「ぽん多」とはどういう意味ですか、に対し、唯一言いよどんだ。

ぽん多といういかにも外来語的な店名の由来は、今でも不詳とされている。完璧すぎるコンセプトや仕事ぶりに反して、その言いよどみ具合がまた人間味あふれるものだった。

「ぽん多本家」
●東京都台東区上野3-23-3
●03-3831-2351
●11:00〜13:45LO、16:30(日祝16:00)〜19:45LO
●月休(祝日の場合は火休)
posted by 伊藤章良 at 22:57| Comment(2) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いつも外食の参考にしています。

トンカツで一つだけ言わせてください。
私が好きなトンカツ店は脂身を肉タタキで半分の薄さに叩いて、赤身と火が入るタイミングを合わせています。
揚げ油は、オランダのカメリアラードと綿実油のブレンドでしたね。

伊藤様のカツの好みはどんなタイプですか?
私は薄目のサクッとしたのが好きです。

今後のご活躍に期待する50オヤジでした。
Posted by Kizushi at 2016年09月03日 21:45
Kizushi さん、コメントありがとうございました。
なるほど「ぽん多」のように切り離すだけではなく、違う形で火の入り方に工夫をされている店があるんですね。ご教授ありかどうございます。どちらの店でしょうか。
他にも、脂身にあらかじめ細かく包丁を入れて、熱が入りやすくする店もあると教えていただきました。

とんかつの好み、そうですね。昔は衣もたっぷりと絡んでいてガリガリするぐらいが好きでしたが(笑、最近は同じく薄目のさらさらした感じが好みになってきました。こちらの方が肉の味わいも感じやすいですし。
Posted by 伊藤章良 at 2016年09月05日 14:26
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