いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2016年06月01日

(92)渋谷「ゆうじ」

焼肉店の主の姿勢に見た

“料理人”としてのプライド

食のイベントって、盛んに開催されているように感じるが、そのほとんど肉かラーメンである。
なぜ肉とラーメンばかりなのか。想像してみるに、仮設の厨房そして野外という環境では、自分の店で日常出している料理を再現することは難しいが、肉やラーメンはそれが可能な料理レベル、もしくは店と同じではなくても来場者は納得してくれる、このいずれかだと思う。さらに言えば、ラーメンは客が野外&仮設キッチンでも納得し、肉は提供する側がそんな環境であってもかまわないと判断をしているような気がする。

焼肉と呼ばれる業態は料理ではない。焼くという調理は客側で行い、店は切って出すだけだ。それゆえ、A5の和牛とか、イチボだのミスジだのと希少部位でしか差別化することができない。こういった部位による差別化も、ここ10数年で急激に叫ばれるようになり、価格も高騰。マーケティング的には大成功なのだが、つい先日まで焼肉店のメニューは、カルビとロースとタンとレバーぐらいしかなかったし、人気店や有名店でも、ハラミをロースと偽って提供していたという事例は普通にあった。

欧米、特にヨーロッパでは、牛は豚や羊や鳥と同等のポジションで価格もほぼ同じ。日本のように牛だけが突出した高級品という感覚はない。
突然のように最近は赤身肉ブームになったけど、そもそも日本の市場が霜降り霜降りと異常なだけで欧米では赤身が中心。しかも、記憶では10年以上前に「よろにく」がシルクロースと称した赤身肉のコース料理を展開して、それが10年を経てようやく「肉山」や「SATOブリアン」が追従し、やっと日の目を見たというのが業界の現状である。

それゆえ、芸能人や芸能人の息子を担いで各地でイベントを展開し、有名店を数店呼んでコラボを企画したりと、各店ごとに特色を出したり差別化を図るのが難しいので、業界全体での底上げに躍起となるわけだ。まあ、そんなテーマでのずさんなイベント展開だから、ついには食中毒も出て今後の継続が危うくなってきた。

さて、ある飲食業界の重鎮の還暦パーティが開催され、各店主やシェフが大量に参加して料理を競うという、なかば食イベントのような会だった。その会で料理を提供した渋谷の焼肉店「ゆうじ」の店主は、屋内、ホテルの宴会厨房が借りられるという恵まれた条件ながら、あとは切るだけの状態に自店で仕上げたローストビーフを持ち込んだ。

ぼくは、人気店・著名シェフがその場で調理した料理をあらかた試食したものの、「ゆうじ」のローストビーフは圧倒的に群を抜いておいしいと感じ、改めて「ゆうじ」という店は、たとえイベントといえども肉を、肉料理を知り抜いたうえで提供しているんだなと嘆息した。
それは他の焼肉店とは一線を画し、東京で唯一といっても過言ではない、焼肉用の肉を切って提供する施設ではなく、肉を料理して、もしくは客にきちんと料理させようとしている店であることを再認識した。

「ゆうじ」はご存知のように、渋谷の奥の雑踏の中にある。ダイニングも化粧室も決して不潔ではないが、きれいな雰囲気で涼しく焼肉を食べる環境ではない。肉は焼けば煙が出る。七輪は触れば熱い、そんな当たり前のことを忘れがちなぼくたちに伝え、教え、感じさせてくれる場所である。

それゆえ店主はスタッフに厳しい。その厳しさは、ひいてはぼくたちに安心・安全を保証する主張のようにも感じる。そして火の取り扱いだけではなく、きちんと正確に客に調理してもらうよう、できる限りの調整もスタッフの役目なのだ。

テーブルに七輪を、そのうえに小さな平たい鉄鍋を置いた。七輪の上で鉄鍋が安定しないのか、何度も何度も七輪や鉄鍋を回して調整する。もう十分安定してるよと思うのだが、さらに何度も何度も繰り返し鍋がテーブルと平行になるように微調整を続ける。続いてタレに漬け込まれたレバーと大量のニラが運ばれた。その鉄鍋を使って瞬間的にニラレバ炒めを作ろうというのだ。
そこで初めて、スタッフの作業に合点がいく。鮮度のいいレバーに火が入りすぎないよう、うまくニラと絡むよう、それらの食材に均等に火が入るよう、鍋の位置を調整し続けたのである。

厨房で調理され皿に丁寧に盛られ、料理人とは別の手で運ばれてきた皿がテーブルに置かれ、やっとその段階で口に運ぶ。普通のレストランの流れはこうである。ところが「ゆうじ」では、目の前で瞬時にレバーとニラに火が入り、その後誰の手も介することなく火が入ったばかりの最高の状態を、客は味わうことができる。それこそが店主の料理人としての意図であると、ぼくは解釈した。
目の前に必ず火がある焼肉店以外他のどの店にもできない、火が入った瞬間のおいしさの追求である。「ゆうじ」という店が実現しようと考えている肉料理の姿なのだ。

そこまで気づくと、改めて「ゆうじ」は、客が素直であればあるほど、ここでの経験値を積めば積むほど、他のどんな料理形態でも味わうことのできない、火を入れた瞬間の醍醐味を知ることができると分かる。

実は、密かな感動と期待の気持ちでいっぱいである。
店主の樋口裕師さんは、どんな新たな瞬間芸をテーブルの上で見せてくれるのか。次回が待ち遠しい。

「ゆうじ
●東京都渋谷区宇田川町11-1 松沼ビル 1F
●03-3464-6448
●19:00〜23:30LO(月〜金)、18:30〜23:30LO(土)
●日祝休
posted by 伊藤章良 at 17:47| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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