いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2015年07月01日

(84)大阪「87(オッタンタ・セッテ)」

フランチャコルタで喉の渇きを癒したい。

在伊13年半の小さなイタリア料理店

「87」Ottanta Sette(オッタンタ・セッテ)というイタリア料理店が大阪にある。夫妻で切り盛りするとても小さな店だ。ご夫妻は、イタリア本国にてオステリアを営んでいたにもかかわらず、日本に、大阪に戻って新たにレストランを開き、合わせて心酔するイタリア産スパークリングワイン「フランチャコルタ」の日本での拡販に尽力する、そんな面々なのだ。

「オッタンタ・セッテ」とは不思議な店名だと思う。店の回りに87に関係している地名や番地などは皆無である。マダムにその理由聴くと明快でおもしろい答えが返ってきた。

以前イタリアで店をされているとき、夕暮れになると「オータンタ・セーテ オータンタ・セーテ」とつぶやきながら馴染みの客が入ってくる。オータンタ・セーテとは、Ho Tanta Sete = I am very thirsty(あー、ノドが渇いた) という意味だ。

ご夫妻は「オータンタ・セーテ」って87(オッタンタ・セッテ)と発音が似てるよねとその当時から話していたそうだ。そして日本に戻り大阪で店を開く際、当時のなじみ客の合言葉「オータンタ・セーテ」に似た「オッタンタ・セッテ」という店名にしたというのである。
先日、アブルッツォ出身のイタリア人マッシモにそのことを話したら、日本人とは思えないすばらしい言葉のセンスだ! と、感心していた。

イタリアを、そしてフランチャコルタを愛する二人が、日本で初めてのフランチャコルタ専門イタリア料理店を、大阪はキタの外れにオープンしたのが昨年(2014年)のこと。大阪はぼくが生まれ育った土地だし、キタには母が住むので、「87」の界隈にもそれなりに土地勘があると思っていた。父が写経に通い、没後の葬儀に来ていただいた院主の菩提寺も近い。ただ、自分が暮らしていた30年前に、当時の条例で風俗関係は一掃されたはずだったが、それらが業態を変えつつ存在し続けているようで、街並みは一変していた。加えて、大阪経済の凋落とともに町全体が枯れつつあり、自分の生まれ故郷なのに、東南アジアの片隅にでもいるような不思議な空気がモワっと流れているのを感じた。

そんなわけで、風を切ってとはいかずあちこち迷いながら「87」に向かう。
以前は焼鳥屋だったという店内。カウンター5席とテーブル2卓。そんな小さな空間を二人の熱すぎる情熱で、歩いていけるイタリアへと変化させた。店全体にイタリアの色、イタリアの空気、イタリアの香り、そしてイタリアの味が、折り重なるように存在している。

決して厨房の環境が万全とは見受けられないが、前菜・パスタ・メインとそれぞれに魅力的なアイテムがメニューに並ぶ。
まずはおつまみとして置かれていた「猫の舌」と呼ばれるスナックを一口。
おや、とても優しい味だ。ググッとワインをかき込みたくなる塩辛さはない。続いて、トリッパやパスタもトライするが、同様に深みのあるおだやかなテイスト。ただ、その控えめな塩がシャンパーニュ方式(瓶内2次発酵)のスパークリングワイン「フランチャコルタ」の味わいを邪魔せず、逆に改めて魅力に気づかせるバランスのようにも感じる。

某イタリアンのように、酒を多く売りたいがために強調する塩辛さも、店を経営していくためには必須なのかなあとも思う。確実にその方が客の酒も進むだろう。しかし「87」では、フランチャコルタの魅力を感じてもらえるレベルの塩加減に徹しているようだ。つまり、あくまで主体は「フランチャコルタ」なんだよと、そこに深い愛情と決意を見出す。

シェフはイタリアに13年半もいたそうだ。しかも後半の2年は修業ではなくレストランを営んでいた。そんなに長くイタリアに留まっていた料理人は、東京にも存在するだろうか。自分の記憶には上がらない。
そんなシェフに、「87」の料理の塩加減ってイタリアと比べてどうなんですかと聞いてみた。すると彼はボクトツに「いや、おんなじですよ。別に違うことはしていません」と答えた。

シェフが修業をし、その後独立してマダムと営んだ店は、フランチャコルタ生産地域の街イゼオだったと聞く。イタリアにいた時点ですでに、彼の料理は、のどが渇いてフランチャコルタが飲みたいと切望する人に向けて作られていたのだろうと解釈した。

「オッタンタ・セッテ」、東京にはまず存在しえないレストランだろう。
泡好き、イタリア料理好き、そしてイタリア好きなら、大阪はさほど遠くない。

「オッタンタ・セッテ」
●大阪府大阪市北区曾根崎1丁目6−23
●06-6360-9508
●18:00〜25:00
●日祝休
posted by 伊藤章良 at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | イタリア料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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