いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2015年06月01日

(83)渋谷「くろ崎」

メンドウクサイ薀蓄はさておいて

店主の人柄からまずは味わいたい

久しぶりに鮨店を取り上げてみたい。

さまざまな食ジャンルのなかでも、もっとも好きなのは鮨と公言しているだけに、新規オープンの店にはそれなりに足を運び研鑽を積むようにしているが、ここ最近、どうもコレという店に出会わない。自分の感覚がなまっているのかなあと内省するも、それ以外のジャンルでは何軒も特筆したいレストランと出会っていることを鑑みると、鮨の分野、とくに東京では出色の登場があまりないのかもしれない。

私見だが、鮨は、メシの上にのっている魚の質や施された仕事を取り上げる場合が多いが、適度な硬さや弾力を持つ冷たいタネと、基本軟らかく温かい酢飯の瞬間的な結合が最重要だと思う。それをどのように創りあげるのか、という点が、すべて職人の力量にかかっている。つまり、硬さも温度も違う両者がヒトの口の中で咀嚼され、ほとんど同時に消えていくことが理想だ。タネか酢飯のいずれかだけが最後まで残るなら、完成度はまだまだといわざるをえない。

しかしまあ、こんなメンドクサイとことばかり考えていたから結局楽しめなかったんじゃないのかと、痛感させられる店と出会った。

渋谷の「くろ崎」である。

渋谷、としながらも、場所はかなり渋いロケーションだ。宮益坂を上がって左折。飲食店の灯りが途切れかけたエリアにポッツリとある。注意しないとたいていやりすごすだろう。エントランスからカウンターに至るまでもゆとりがあって、入店即つけ場という慌ただしさがない。カウンターの奥からも人声が聞こえてきたので、個室もしつらえているようだ。個人的には鮨屋に個室は不要かと思うが。
店主の話では、とにかく目立たないところに店を構えたかったという。本来ならなかなか飲食店での許可はおりない場所だそうだが、ほとんど熱をつかわない鮨屋という形態ゆえオッケーがでたという。
客はさすがに渋谷だろうか、短パンにTシャツ、ビーサンという輩もいたが、決してチャライタイプではないところが、この界隈の典型的な成功者なのだろう。もちろん一心不乱に写真を撮っている類の鮨フリークの姿はなく、ただそれだけでも快適極まりない。

店主はすこぶる爽やかなオトコだ。予約の時間に入店すると先客がいて少々待たされたが、それに対するお詫びも軽やかでよどみなく、瞬時にそんな店の不手際など忘れてしまいそうなほどだ。
ツマミばかりを先に出すとおなかがいっぱいになってにぎりを味わっていただけないので、交互に出させていただきますね、と冒頭に言う。
つまみとにぎりを交互に出す店はすでに当たり前にはなったが、最初にこんな説明をされたことってあったかなあと(きっとあったはずなのだが)、あまりにも自然体な流れに改めて納得してしまう。

酒、特に日本酒は店主もかなり詳しいようだ。
「まつもと」が一番好きなんですよ、といいつつ、「旭興」「大賀」などが普通に出てくる。それに比してワインリストは少々しんどかったかなあ。日本酒が全く飲めず鮨にもワインというメンバーが一人いたが、それでもビオワインは鮨には合わないよと選択肢の少なさに嘆いていた。ただし、ぼくは鮨店でワインを自ら選ぶことはないので、どうでもいいことなのたが。

そしてツマミもにぎりも、一定の高水準をクリアしているのは大前提として、特徴的なことはあまりない。いい意味で普通なのだ。だからこそ邪念が入らず快適で寛げるのだとわかる。ただ、酢飯はもう少しキッチリと固めていただいた方が食べやすいし、完成度の高さも感じるに違いない。その辺まで極めてからの独立という道もあったかもしれないが、それらを凌駕する人間的魅力や接客業としてのセンスが店主にはあり、一人立ちすることをすすめる諸先輩も多かったのだろうなと感じる。それほどの好青年なのである。

店主の立ち振る舞いに呼応して、他のスタッフもすこぶる気持ちがいい。女性はアルバイトなのかもしれないが、ときおり繰り出す天然な行為や言動も、ピリピリとした鮨屋にありがちな緊張感をほどよく緩和してくれている。

こうしてトータルで愉しい鮨屋、心地よい鮨屋って、渋谷という立地も相まって貴重な、というかそんなエラそうじゃなく単純に、嬉しくてありがたい存在だなあと、気持ちよく後ろ髪を引かれながら店を後にした。
なにより、今後もずっと鮨オタに占領されないでいてくれたらいいなあと願いつつ。

「くろ崎」
●東京都渋谷区渋谷1-5-9
●03-6427-7189
●17:30〜24:00
●水休

posted by 伊藤章良 at 17:54| Comment(1) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
食べログには「くろ崎」で登録されている様ですが、「くろ埼」が正しいのでしょうか?
Posted by TOMIT at 2015年07月03日 02:03
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