いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2015年04月01日

(81)新小岩「ワイン食堂 Chezとし」

客によりそった“実力”が心地よい

堂々たる地方の名フレンチ

亀戸に「メゼババ」というイタリア料理店があり、大変な人気を博している。1カ月後の予約もままならないとか。カウンター10数席なのでさもありなんと思うが、亀戸という下町にしてこの隆盛はすごいなあと驚いていた。そして、「メゼババ」の個性やこだわりを永く続けてほしいと思うゆえ、拙著『東京百年レストランV』にても取り上げた。

ところで、「メゼババ」に何度か通うなか、実は亀戸という場がこの店の人気を決める最大の要因になったのではないかと思い始めた。都心から30分余りでアクセスできる立地ながら、訪れる人の感覚を知れば知るほど、すでに地方の名店なのである。

「地方の名店」には、訪問する町々でぼくも訪れるものの、いつも感じるのは回りの評価ほどではない、という寂しい事実だ。もちろん「オテル・ド・ヨシノ」のような気を吐く店もあり皆無とは言わないが、最高の食材と人材が集まる東京とは、やはり比較の対象となりにくい。

というのも、都心から地方に遠征すると、平等な視点を持てなくなってしまう人が多いようで、自分がその地まで出かけて行ったという自慢がバイアスとなってしまう。わざわざ訪ねて行った店に低い点を付けることが悔しいのだろう。加えて、自ら地代の安い場所へ時間とお金をにかけて移動しているにもかかわらず、コスパがいいなどと、考えられない錯覚も起こす。

地方の店評価の信頼性については、フランスの『ミシュランガイド』とは雲泥の差を感じてしまうが、向こうは百年以上の歴史があるわけで、それを同等に持ち出すことには無理がある。ただ評価者が育たないと、店側もこの程度のレベルでいいのかと安住してしまう気がして不安でもあるのだ。

「メゼババ」に話を戻すと、亀戸ながら客側のこの店の扱いは、単なる地方の名店である。もしこの店が恵比寿や麻布十番にあったと想像するなら、おそらく今ほどは注目されなかっただろう。その辺もシェフ本人の戦略としたら、それは才覚なのだと思うが、現時点のブームは実力の正当な評価ではないと感じる。

今回紹介する、亀戸からもう少し先にすすんだ新小岩にあるワイン食堂「Chez とし」は、「メゼババ」とはまさに対極。銀座や六本木にあっても遜色ない高いクオリティを掲げつつ、地方の名店とはならない、というか情報で飯を食う、うつろいグルメさんは相手にしない、地に足着いたレストランである。

場所は新小岩の駅から数分。まったくおもしろみに欠ける商店街を少し外れた路地にある。辺りは当然ながら下町系居酒屋が点在するも「Chez とし」の佇まいは決して異質ではなく、どちらかというと上手に溶け込んでいるように見える。

カウンターのみ8席程度だろうか。入店してまず目を引くのは、カウンターの店にしては、重厚で立派な白い椅子。もう少し気軽なスツールタイプを選べば、増席も可能で後ろも通りやすいのだが、客をあたたかく迎えじっくり寛いでもらおうというコンセプトがそこに見えて頼もしい。

見上げると、丁寧な文字で記された板書メニューがある。そして手元にも今日のオススメ的なスペシャルが用意されている。板書メニューは、サラダ、生ハム、テリーヌ等に肉料理の数々。そして手元の紙には、今の時期らしいアスパラガスやホタルイカといった春の食材が並び、プロとして当然の差別化が施された、堂々たるフランス料理店的構成だ。

シンプルなメニュー名だが、どの皿も当たり前には出てこないに違いないと、選ぶ段階から想像力をかき立てられ、それが食欲に昇華していく。定番に後ろ髪を惹かれつつも、春のオススメからもあれこれと。考えればキリがなく、相当な皿を数えた。一皿ごともたっぷりな盛りで、ワイン食堂たる冠も裏切らない。

シェフの経歴からも、フレンチ以外からのテイスト、特に和のエスプリをまとうのは想像の範囲だが、すでに、和以外からの世界観は完成されていて、「としシェフ」オリジナル、唯一無比な料理に他ならない。食堂らしく〆の炭水化物まで、丁寧に仕込まれた圧巻の飯が途切れないのだ。

そんなワールドワイドな料理の構成や流れもあってか、ワインはスペインを中心に集められている。仏伊に比べると少々馴染みがないので瞬間的に躊躇もするが、なにせワイン食堂なのだ。どれを選んでも外れはないだろう。

食べることの愉しさ、そして寛ぎ。凡庸な表現だが、まさにありそうでなかなか存在しない「大人の店」である。エントランスに貼られている、ワインを飲まない人と子供はお断りという無粋な書き込みもまた、昨今の飲まないコドモグルメさんを拒絶しているように感じる。言うまでもないが自ら新小岩まで動いてきたわけで、大人が支払うにはとんでもなく財布に優しい。新小岩在住の方が本当にうらやましくなってきた。

「わいん食堂 Chez とし」
●03-5879-9907
●東京都葛飾区新小岩1-34-8 エヌアールビル
●17:30〜24:00LO
●日祝祭
posted by 伊藤章良 at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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