いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2015年02月02日

(79)北千住「田中屋」

*アップが1日遅れました。大変申し訳ありませんでした。

魚料理ととんかつに囲まれて

やたらと楽しい北の玄関口の居酒屋

北千住と聞くと、東京の北の玄関口という印象は確かにある。ただ、東京に出てきて以来、中央線沿線か山手線沿線にしか住んだことがないので、北の方に千回住めるという北千住は、ここまで食や酒に興味を持たなければ訪れることはなかっただろう。

JRもメトロも私鉄も、いくつもが乗り入れ、もともとはここから日光街道・奥州街道の起点となっていて、現在も埼玉方面へ大きく延びている。駅前や駅から広がる商店街は、日本中どこでもある風景と同じで駅舎から出た瞬間はわびしくなるが、メインストリートから少し裏へと外れれば一気に飲屋街となり、カオスぶりは東京屈指ともいえよう。

一軒ずつ訪ね歩きたいぐらいの魅力的な店舗が並ぶが基本は「和」。特に、居酒屋、焼鳥屋、もつ焼き屋といった、一人でも入りやすくポーションが小さめで安価が魅力。といっても、どこも同じように見えて個性や異彩を放つ店も多く選択に迷う。

界隈に暮らさないと都心からは(東京の西側からは)かなりの時間がかかるので、早い時間からスタートして数軒をハシゴしたくなる気持ちはわかる。しかし個人的には、地元民ではない人間がぞろぞろと下町界隈に繰り出し、大人の遠足とか称してハシゴする姿は、北千住や京成押上線沿線では何度も遭遇した。そんな行為は、決して好ましいものではなく店にとっても迷惑であろう。居酒屋の名店「大はし」は店内での撮影を禁止としているし、料理がウマいことで知られる「徳多和良」は、明らかにそういった客は排除しようと1グループの人数制限を設けている。

とはいっても、当該の店は立ち飲みだったり短時間決戦だったりして、じっくりと根をおろして飲むというタイプではない。となると、ターミナルとして使うか地元民ではないと、ハシゴを前提としなければ時間をうまく使えない場合も多くて残念だ。

では、じっくりと腰を落ち着けて楽しめ、かつ、西側から北千住界隈まで出向く価値があるという店を一軒紹介しよう。北千住からは少し歩くが、京成線沿線千住大橋駅前の「田中屋」である。

駅前は実に殺風景で典型的な没個性ベットタウンの趣。個人的にはもう少し秀逸な飲み屋が連なっているエリアかと想像していたのでガクゼンとする。そして、線路沿いというか文字通り「駅前」で、ここにコンビニがあっても不思議ではない立地に「田中屋」はある。

看板には「とんかつ魚河岸料理」。そして「道灌」の文字。看板を提供しているのであろう酒蔵「大田酒蔵」の清酒だ。あまり居酒屋や酒に関心のない人なら普通に見過ごしてしまうだろうが、もっとも相反する生鮮品ととんかつ、そして東京ではあまり見ることのない滋賀県の清酒。この三位一体の違和感は、なかばこのエリアにおける治外法権な存在にも思えてくる。

引き戸を開けると、まずは白木のカウンター、そして奥に小上がり。というより、目を引くのは旅館の宴会料理まで出せそうなぐらい広々とした厨房。やたら広くて気持ちがいい。しかもとても清潔で美しい。もちろんカウンターに面してフルオープンキッチンだからということもあるが、それ以上に働く人たちの魂がこもってる感じがグングン迫ってくる。

こんな厨房を目にしつつ、さぞや大量のメニューがここから生まれるのだろうかと思いきや、アイテムはごくごく少数に絞られていてメニューは細長いカード一枚。エッと思うが、この中に、刺身、焼き魚、酒肴等一通りの魚河岸料理ととんかつを中心とした揚げ物がひしめく。

料理のメニューより酒のメニューのほうがずっと大きいのだが、定番の酒類はなかば時が止まった感のある所在なさに反して、絞られた地方の銘酒が目を引く。そして道灌は一番ベーシックな燗酒として供するようだ。なるほど、看板に偽りはない。

では刺身からいただくことにする。見渡すと皆さん刺身を盛り合わせで注文しているようだが、イタリア料理の前菜でも天ぷらでも、盛り合わせという主体性のない頼み方は好まないので、気になる旬の魚を数点。徹底して吟味された感のある上質さ。なによりグレイトバリューなことに安堵する。そしてとんかつ。これこそが治外法権なのかもしれない。上野や神田界隈にある名店と肩を並べるレベルで、かつフリークには全く荒らされていない(おそらく気づかれてもいない)肉は相当分厚く比較的硬めに仕上げられているが、その分噛んだときのキレ具合も、シャキーンと音が聞こえるようだ。ころもの質感も肉のうま味をじゃましないやさしさと節度を持っている。

なにゆえ「とんかつ魚河岸料理」なのか、店を辞したあと帰路においても問いかけ続けたが、結論は出ない。また、きっと魚河岸かとんかつのいずれかが先で、その後もういっぽうを追従させたのだと想像したが、厨房をくまなく観察してもそれすらわからない。唯一いえるのは、魚河岸料理ととんかつに囲まれて、やたら楽しいということだ。それは、いずれもが中途半端ではなく一流であるゆえ成せる業だろう。

「田中屋」
●東京都足立区千住橋戸町13
●03-3882-2200
●17:00-21:30
posted by 伊藤章良 at 11:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 焼鳥・居酒屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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