いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2014年05月01日

(74)滋賀「湖里庵」

琵琶湖湖畔で日本食文化を継承する

創業230年の料亭の圧倒的な存在感

狐狸庵先生、遠藤周作。違いがわかるオトコの……、というCM、ご記憶だろうか。インスタントコーヒーながら、実は高級品であることを印象づける優れたメッセージ広告だったと思う。

その狐狸庵先生 遠藤周作が愛した料亭が、琵琶湖の湖北マキノ町にある。先生はエリア一帯を奥琵琶湖と称するのだが、その店は立地にちなんで「湖里庵(こりあん)」と呼ばれ、まさに、狐狸庵先生が命名した。遠藤周作は北欧を愛していたそうで、湖の際に佇む「湖里庵」からの眺めが、小さな北欧もイメージしたという。

琵琶湖というと日本で一番大きな湖で、もろこや鮎といった淡水の魚介に恵まれ、東側の湖畔には近江なる商人の町が形成された。そんな一般的な琵琶湖イメージと直結する東側と異なり、「湖里庵」のある湖西・湖北は、のどかで自然が残る地域ながら、琵琶湖畔の美しさは随一。別荘が立ち並ぶ砂浜はリゾートの海岸線を想起させる。

いっぽう、マキノ町のエリアは古い町名を海津といい、若狭湾の海の幸を京都に運ぶ間の要所として栄え、一体を鯖街道と呼ばれていた。上記したような別荘地の一面と同時に、古くからの作り酒屋や佃煮屋などが軒を連ねて、日本の原風景を感じるすばらしさも同居している。

「湖里庵」は、そんな一角にひっそりと位置し、古い町並みにしっとり溶け込んだ抜群の風情。地元の特産である、日本古来の発酵食品「鮒すし」を中心とした店舗販売と料亭の二つの構えで、実に創業230年を数えるという。

お部屋に通され席に着くと、眼前に広がる湖畔の風景と遠方の緑、そして界隈では今年最後の桜。それはもう、瞬間的には息を呑みつつ時間が経っても飽きることのない日本の美。日が傾くにしたがってゆっくりと辺りが闇の中に溶け込んでいくさまも、その変化の妙だけでご飯をいただけそうだ。

といっても、やはりこちらの名物は伝統の鮒すし。鮒寿しとは、琵琶湖で獲れる上質のフナの内臓を抜き取り、飯を詰めて発酵させた、この界隈に古くから伝わる保存食。文字通り寿司の原点とも言われている。確かに強い発酵臭はあるが、匂いのデータ的には納豆とほとんど変わらないそうだ。

「湖里庵」にて鮒すし懐石を選ぶと、それぞれの皿のいずれかの場所に必ず鮒すしを入り込ませた、すばらしいコース料理が供される。ひとつは鮒すしの形そのものを残し、あるいは甘露煮にしたりチーズを巻いたり。一方、単なる香り付けだったり、パスタと絡めてソースに使われていたり。最後はお茶漬けの材料として効果的に〆られたり。

アイデアの豊富さ、熟練した皿の構成、そして、食べ始めはけっこう香りが強くて初めての体験だなあと逡巡しつつも、どんどん鮒寿しが好きになり最後にはクセになってしまいそうなコースの流れ。鮒すしという強烈な個性がここまで変化に富んだ料理の主役となるさまに唸りっぱなしだ。

酒は、道を隔てて斜め前にある吉田酒造の「竹生嶋」。「湖里庵」の鮒すしを洗うものと同じ水を使って醸したという。まさにこれしかないというハマりのチョイスである。

滋賀や岐阜あたりは、熊や雉、鴨といった日本のジビエを食べさせる料理店、料理旅館がいくつかあり、特に素人投稿サイト等では好評を博しているようだ。

それらも確かにすばらしいが、「湖里庵」は圧倒的に異なる存在である。

野山で獲れた食材ありきの料理に比して、古くから培って来た地元の加工品に新旧様々な手法を用い創造性豊かなイマの料理に昇華している「湖里庵」の形は、フランスやスペインの、都市部でなく地方というより片田舎にて独自に形成された、たとえば「ミシェル・ブラ」や「レジス・マルコン」といったオーペルジュを想起させる。

なによりも、日本の文化と伝承を感じる大人の店である。

「湖里庵」
●滋賀県高島市マキノ町海津2307
●0740-28-1010
●11:30〜13:00 17:00〜18:30 (予約制)
●火休(祝日の場合は営業)
http://www.korian.net/
posted by 伊藤章良 at 10:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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