いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2013年07月01日

(66)銀座「鮨 わたなべ」

つまみににぎりと、流れるような「おまかせ」の仕掛け

銀座では破格の値段設定に、主の心意気を見た

久しぶりに鮨店の紹介である。

いろいろなところで書いているが、外食の中で何が一番好きかと問われれば、今でも鮨と答えるし、江戸前鮨の行脚は現在もずっと続けている。特に最近は、一人15000円前後で収まる店を見つけることに心血を注いでいる。

もちろん金銭的な注目だけではなく、仕入れの吟味、つまり魚の旬をうまく取り入れることで高級食材に頼らない工夫がある。もっといえば、大トロやウニ等を外してでも客が十分に満足できる「おまかせ」を組み立てることができる。そんな店が理想。新・大人の食べ歩きでも、同様の縛りで何軒か紹介をしてきたし、その全ての店が今でも高いクオリティを保っていると思う。

今回取り上げる「わたなぺ」は、過去に紹介して来た若手の店に比べるとすでに大御所。ご主人は、柳橋「美家古鮨」四代目に師事した最後の弟子、とかいうふれこみも見かける。そこを巣立った「鶴八」「しみづ」は、確固たるファンとポジションを確立していることでも有名だ。「わたなぺ」のご主人も、銀座に出る前は、湯島の「一心」にて、独自の技量と師匠の教えに磨きをかけてこられた。

いわゆる銀座の雑居ビル。バー、クラブ、小料理屋、鮨などが肩を寄せ合いひしめき合う中に「わたなべ」もある。ここのスペースが過去からどのように売られて来たのかは不明だけど、「わたなべ」のカウンターに座るまでの道程は、とてもよくできている。エレベーターホールこそ狭いが、そこから入り口までの、暗くて渋いアプローチは、わずかな距離ではあるが「雑居」なイメージをリセット。入口の引き戸を開けると一瞬で全貌がつかめる「わたなべ」のL字カウンターが待っている。

最近オープンする鮨屋、特に若い鮨職人が手がける店は、ほとんどみんな同じデザインの内装・照明で、同じような顔つき・佇まい・ユニフォームの職人が立っていて、高級鮨チェーンかと勘違いしてしまう、とよく書いている。確かに、魚への仕事も酢飯の仕上がりも似通っていて、魚の中卸の巧みさを見たり、修業先の指導が行き届いているよなあと、皮肉にも感じたりする。ところが、「わたなべ」はさすがである。同様に清潔で美しく明るいカウンターながら、ほんの少しだけデコラティブ。細かい小さなところで装飾のこだわりがある。「お前ら、若い連中とはひと味違うぞ、見てごらん」と余裕で主張されているようでもあり、そのセンスにまず脱帽する。

「おまかせ」は13000円だという。「菊鮨」など一部を除けば、銀座では破格値だ。というか、この価格をボーダーラインとして、そこに意識的にご自身の仕事を集中させていったと解釈するに足る、考え抜かれたつまみとにぎりだった。

つまみはもちろん魚介類と少量の野菜のみ。鮨屋としてのフィールドを逸脱することなく豊富で飽きさせない展開である。刺身にはそれぞれ異なる下処理がしてあって、香りや触感、味わいが、魚介の持つ様々な可能性を客に堪能させる。酒がすすむのはもちろんだが、さらっとジュンサイの酢の物なども供され、口に残った清酒の甘みがすっきりと緩和した。

にぎりは一転、おなかを満たす食事としての満足感も加味される。もちろん、酢飯の炊き加減・温度はいうまでもないが、実際にそうなのか技法なのか、口に運ぶと、上に載ったタネが少し分厚く感じられ、最初に噛んだときの反発やその後の持続性に、食べる喜びがさらに一枚加わるような気がした。

さて、柳橋「美家古鮨」から「鶴八」「しみづ」へと引き継がれる、トロ・中トロ・赤身の三種類を使った太い鉄火巻がある。「わたなべ」で「おまかせ」をひととおりいただいた後、どのような鉄火巻を出されるのか興味があって追加でお願いしてみた(ちなみに、最後はかんぴょう巻だった)。
「わたなべ」では、文字通り細巻の鉄火が出たので、そのうまみを堪能しつつ「太い鉄火巻はやっておられないんですか」と尋ねてみた。すると渡部さんは「うちは鶴八とは違いますからね」と相好を崩し、小さく胸を張った。

間違いなく自分が大好きであろうことが確信できた店なので、銀座への移転後、一刻も早く訪問したくてスケジュールの調整を何度も試みたが、不覚にも、たどり着くまで半年もかかってしまった。そんな自分を、久しぶりに後悔し叱咤した。

「鮨 わたなべ」
●東京都中央区銀座5-6-14 銀座ビルディング 3F
●03-3572-3330
●17:00〜23:00
●日祝休

posted by 伊藤章良 at 13:42| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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