いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2013年05月01日

(64)京都「割烹 たいら」

京都観光はここで十分と思わせる

スピリチャルでトラディショナルなパワー溢れる割烹

ずいぶん以前だが、高名な料理評論家の方が「本格的な日本料理のだしの味を知るために、毎月京都の同じ店に一年間通い、その味を会得した」と、何かに書かれていて、なるほど! と思った。そして、自分もダシの味がわかるようになりたいとの一念で、その店を久しぶりに再訪したことがあった。古い出来事なのであまり詳細な記憶はないが、ぼくはその店で上記の料理評論家の言葉を、恐れ多くも店主にぶつけてみた。すると店主は、「だしの味がわかるヒトになるより、店からも愛される客になってください。うちの店は、毎月毎月一年通っても、その後まったく来なくなる方は客ではない。毎年一回でもいいから十年以上通ってくださる方が当店のお客様です」と言われた。

この言葉に強く感銘を受けた。そして、ぼくが『東京百年レストラン』という本をシリーズで著そうと意図した原動力となっている。つまり、料理店にとっては、一時に続けて何度も来る人より、末永く愛し末永く通ってくださる方こそが自分たちのお客様だ、という気持ちを持って営業されているということを再認識したからだ。

その言葉を受け、ぼくはその店に毎年通った。ただ大台を迎える前に、なんとなく気持ちが離れその店から遠ざかってしまうことになった。最大の理由は、その店がミシュランで三ツ星を獲得したからだろうと思う。まったく店の責任ではないので恐縮至極ではある。でも、ぼくにとってのミシュランとは、そこまで程度の低いものなのだ。フランス料理店についてはさほど感じないけど、ミシュランで高いランクを獲得している日本料理店には、その評価基準に首をかしげる。自分が生涯かけて通おうとした店が高評価されている事実を、素直に喜べなかったのだろう。

ところが昨年、実は待ちに待っていた新規オープンの情報を得る。

ポールボキューズに影響を与えたとまでいわれる、他界された先代と大女将との全盛期に入店。それ以降、息子兄弟が板場に立つ時代を経て、兄の二代目となっても板場の定位置で店を支えて来た平 智明さんが、21年目にして独立。激戦区の祇園を離れて四条烏丸駅から最寄りの静かな住宅街の中に新店を構えた。「たいら」という。

以前の店も祇園の中心にあり、それなりに割烹として申し分のない店構え。2階には座敷も設けて料亭としても使える立派なものだったが、「たいら」は、東京人の誰もが憧れる町屋の一角。引き戸をあけても、その瞬間は割烹とは思えず、呉服屋の番頭さんが座っていて「おいでやす」と頭を下げるような風情。入口側は、クルマの往来も激しく近くに小学校があって昼間は子供の声も聞こえ、店の奥側は小さな庭があり、たくさんの緑が静かにきらめく。そして、その間を心地よい自然の風が通る。これぞ日本家屋、我が国が誇る文化と機能性。真ん中に設けられたカウンターに座って、マンション暮らしからは考えられない高い天井を見上げつつ、日本人に生まれた悦びさえ感じてしまう。

昼に訪れた際、同席者は当初、食事の後に銀閣寺に行ってみようとか、龍安寺の石庭を見たいと、京都観光に思いを馳せていたが、「たいら」の店内からあふれるスピリチュアルでトラディショナルなパワーに接した結果だろうか、もうどこに行かなくても京都はここで十分。と悟った。

平さんは、20年以上の修業から経験値は十分だと思うが、見かけはまだまだ青年である。ピンと張りつめた空気感がよくも悪くも前の店での特徴だった中に、板場の隅っこでいつも笑顔を絶やさずもくもくと仕事をこなしていた姿は、客の心を和ませ、カレをいじることで客は店へのメッセージを間接的に伝えた。ぼくは鱧の時期に訪れることが多かったこともあり、平さんがいつも、シャリッシャリッと鱧の骨切りをしていた姿が目に焼き付いている。

飲物を聞かれ、まず清酒のメニューに惹かれた。すばらしい。特に最近ぼくが東京でも好んで選んでいる「七本槍」や「不老泉」など、滋賀県中心の品揃えがお膝元の個性だ。

そして、一皿に多くの料理を盛り込まず小皿で一品ずつ提供する、それこそフランスのヌーベルキュイジーヌのルーツといわれる「千花」スタイルは踏襲。だが、出される料理の流れ、選ぶ食材や調味料は、よりシンプルにそぎ落とされていて、お椀に至っては老成さすら感じるできばえだ。

食事の途中に、何度か先代の言葉、先代の手法を、平さんの口から聞いた。彼の料理哲学の中には、きっと先代の教えがぎっしり詰まっているのだろう。先代の料理も何度か体験したものの、今の自分にその記憶は薄い。

平さんの中にその先代の魂が再び灯っているとするなら、新しい若い力との融合こそが、食べ手にとってもっとも頼もしい形に違いない。

「たいら」
●京都府京都市下京区仏光寺通柳馬場西入ル
●075-341-1608
●月休、月一回日休
posted by 伊藤章良 at 13:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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