いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2013年02月01日

(62)麻布十番「ナポレオンフィッシュ」

料理長が思うがままに展開する

不思議な中国地方料理の世界

食べ好きの方に対しては釈迦に説法と自覚するが、中国料理のフィールドは実に幅広く多彩だ。大まかには四種類に分類されるとして長く語り継がれてきたものの、そんな区分けも今や形骸化して、広い国家と世界一の人口が成せるそれぞれの地での料理の実態は、少しずつだがやっと理解されるようになってきた。

とはいうものの、やはり主流は広東料理。高級食材オンパレードで客単価も高い。誰もが好む接待系な用途でしか個人的には選択肢に上がらない。そんなに払うならいっそのこと香港に行こうと思ってしまう。そして、辛さや廉価のパワーで麻痺させられる四川料理。中国の本場にて四川料理を食した経験はないけど、日本の四川料理はどうも、麻や辣よりも塩の方が強いように感じて多種類を食べているとつらくなってくる。

そんな中、2012年夏「ナポレオンフィッシュ」なる中国地方料理店がオープンした。ここは「club子羊」など、看板のない不思議な飲食店を何店か経営している会社がオーナー。こう書くと、奇をてらった隠れ家系の新業態かと一瞬思える。ところが、ココが他のハヤリ先行型と一線を画する点は、一旦決めたコンセプトをずっと持続しそれを醸成する体力というか、ベタな表現だが根性があるように感じる。

何度か業態を変化させつつ今は、発酵をベースに据えて何店舗かを動かしている。そのうちの一店、渋谷のラブホ街にある「月世界」は何度か訪れ面白さの片鱗を発見したものの、立地や照明の怪しさに反して客層がキャピキャピすぎで、純粋に飲食を楽しみたいぼくには違和感があった。

「ナポレオンフィシュ」は、そんな「月世界」のシェフを担いで、食べることを第一目的とした人が集まる場にふさわしい、麻布十番のビルの二階にお目みえした。

「ナポレオンフィッシュ」とは、取りようによってはバーにもビストロにもなり得る。にもかかわらず、中国の貴州を中心とした地方の料理と発酵食品を組み合わせた、店名を凌駕する斬新な展開。しかも今度こそ小さいながらも堂々とサインが出ている。きっちり看板を出し料理で勝負できる店を、と考えつつ機が熟したのだろう。

それにしても、「月世界」という、雰囲気はハマっているが料理はまったくイメージできない怪しい空間から、日本人に馴染みのない魚の名前を冠し、その珍しい食材を店のメインに提供する英断はすばらしいと思う。そして、その意気込みすら上回るぐらい、不思議で珍しく、しかもおいしい料理の数々には本当に驚き、そして楽しんだ。

料理は、希少な中国食材を取り寄せ、それを発酵させたり形を変えたりしてメニューを構成。ここを任された料理長は、本当に自分が思うがまま縦横無尽に展開していて、日本人に馴染みの薄い中国地方料理を紹介したい強い思いは、メニュー名からダイレクトに体感できる。たとえば「貴州名物 黒わらび春雨の冷製」。黒わらび春雨の実態は最後まで把握できなかったものの、黒酢のタレに浸かった春雨の弾力や喉ごしは格別。また、別名「白い麻婆豆腐」とも言われるこちらの「正宗麻婆豆腐」。しびれる辛さに強いスッパさが加わり強烈に後を引く味。こちらも外せない。また、オンメニューにはなっていないようだが、「ナポレオンフィッシユ」のポテトチップは瞠目のテイスト。ぜひスタッフに尋ねてほしい。

店内は、意外にも明るくカジュアルでエントランス付近には大きなワインセラーもあり、スタッフのスマートさや人なつっこさとも相まって中国料理店には感じない。が、漂う香りやシャカシャカとリズミカルな鍋の音はまさに中国。そして、大皿を取り分けながら、各所で「なにこれ〜」とか「おいしー」との声が上がる和やかな空気もまた、中国料理を味わうときならではの悦楽であろう。

「ナポレオンフィッシュ」
●東京都港区麻布十番1-6-7 2F
●03-3479-6687
●11:30〜14:00LO(火〜日祝)、18:00〜22:30LO(火〜金)、17:00〜21:00LO(土日祝)
●月休
posted by 伊藤章良 at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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