いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2012年11月01日

(60)恵比寿「サリュー」

まったくブレないスタンスで

10年間輝き続ける街場フレンチの鑑

不況やデフレという文字が新聞などに大きく並んでも、もはや何の痛みも感じなくなった昨今。経済的な地盤沈下はすっかり受け入れられ、しかもそれに慣れてしまったぼくたちは、「格安」とか「CP最高!」と言われても、それがスタンダードだよね、としか反応できなくなってしまった。

レストラン業界においても低価格路線はすでに標準。個人的には決していいことではないと思うけど、メニューに見る値段はますますデフレ傾向にある。そして、安値のみをウリにしているような極端な店をのぞけば、フランス料理・イタリア料理のコースでも、懐石でも、まして中国料理の場合も含め、五千円台というボーダーラインがすっかり確立してしまったようだ。

客にとっては悪いことではない。でも、このボーダーラインでしか商売を始められない、今から一国一城の主となる若い料理人には相当な努力が求められる。とはいえ、天災人災の逆風が吹き荒れた以降でも着実に五千円台の料理店は登場し、ある程度のクオリティを保って食べ手の要求に応えるたくましさには、本当に頭が下がる。

ただ、その五千円台を実現するために、内装を極端にチープにしたり、客にナイフ・フォークの準備までやらせたり、実は最後のコーヒーが別料金だったり、日本料理なのに椀物がなかったりと、ボーダーラインを死守すべく様々な不便を客側にも求めていることは確かだ。

さて、今でこそこういったレストランが総じて脚光を浴びるようになったが、すでに10年前から五千円台のプリフィクスによるコース料理を設定し、チョイスできる皿はすべてコース料金の価格内(+1000円とかが一切なく)、内装にも手を抜かず、十年を経たとは想像がつかないぐらい美しく保たれ、きめ細かいすばらしいサービスを展開している店がある。イマのレストランにとっては、さまざまな面で規範となるにもかかわらず、派手な動きや飲食とは関係ない自己主張はせず、常にシェフと支配人が店にいて、すばらしいチームワークを発揮する。

そのレストランを「サリュー」という。

「サリュー」はもともと、乃木坂にある「レストラン馮」にて同僚だったシェフと支配人が独立し、恵比寿駅から少し歩いた、明治通り沿いに構えた小体な店である。オープン当初から低価格なプリフィクスコースで勝負。毎日でも来ていただけるレストランがコンセプトだった。

ところが、毎日どころか一か月先まで予約がいっぱいという時期が長く続き、もともと席数の少ないダイニングでもあることから、「電話しても予約が取れないだろう」イメージが定着して十年が過ぎた。

その間、通販を始める訳でもなく、アイアンシェフとしてブラウン管を賑わせることもない。一定の高いクオリティを保ち、必ずある定番のメニューと少し変わる季節の皿を大切に紡ぎ、それを継続してきた。

多くの食マスコミやブロガーやレビュアーが、血眼になって新規オープンのレストランを取り上げる。食べログを例にとれば、オープニングレセプションに行ったというレビューまで散見する。ハッキリ言って、レセプションにいったときの内容など、次にその店に訪問する人にとって何の参考にもならないゆえ、食べログ側も削除していくぐらいの矜持を持ってもらいたいものだ。

「サリュー」のような、まったくブレないスタンスで十年輝き続けているレストランが、交通至便で誰もが気軽に訪れるエリアにあること。それを、マスコミやレビュアーは自分たちの宝として誇るべきだろうと思う。

改めて言うまでもないが、「サリュー」は、昨今ハヤリの少量小皿ないつまでたっても満腹を感じることのできない料理ではない。チョイスは前菜・メイン・デザートの三皿構成だが、どの料理も、皿の白い部分がまったく見えなくなるぐらい、主菜、付け合せ、ソースで満ち溢れている。そして、何人が何通りの料理を一度に頼もうとも、時間的なストレスを客に感じさせることなく、最適な温度の状態で供される。シンプルに見えてなお、尋常ではないテクニックとチームワークの裏打ちが、さらに客の心を打つのだろう。

「サリュー」
●東京都渋谷区広尾1-4-10 鴻貴ビル 1F
●03-5791-2938
●12:00〜LO14:00、18:00〜LO21:30
●日曜・第3月

posted by 伊藤章良 at 23:10| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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