いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2012年06月01日

(56)恵比寿「クニオミ ル・ネオ・ビストロ」

メニューを選ぶ喜び、ソースの存在感。

“フランス料理”らしさ溢れる新星

多少誤解を招くことを承知で書くと、久しぶりに「上級者向け」と言える、待望久しいフランス料理店が登場した。恵比寿の「クニオミ」である。

こんなボーダレスの時代となっても、未だにフランス料理は難しいと思われがちである。というか、残念ながら完全にそう認識されている。
巷の現象からも、安くて分かりやすいコースメニューを設けている店が確実に人気を博しているのがなによりの証拠だ。逆にフランス料理店として成功したければ、食べログラバーをコアターゲットとし、彼らがCPがよいと勘違いする安いコースメニュー用意すればよい、というオカシナ時代となった。それでは、いつまでたってもメニューを解析しようとの興味や努力が生まれず、永遠に難しいままになってしまう。

具体例を出せば、渋谷の「バカール」とか、前々回に書いた「L'AS」もしかり。恵比寿にできた「ビストロ間」は、オープン当初集客もままならない不安な状況だったが、安価なコースを始めた途端、急に予約の取れない人気店になり、今や二店目も出店する勢い。

メニューを隅々まで読んだり、どれを選ぼうかと迷ったりすることもない。ましてや、価格さえチェックすればメニューを見ることすらしないフィックスのコースは、すでにフランス料理店での愉しみを最初から半分にしているとぼくは考えるのだが、フランス料理が食べたいと望む意中の相手に対して、ミスなく穏便に、そして確実にカッコよくフランス料理店で過ごすには、この安くて解釈不要なコースしか選択肢がないのであろう。

雑誌のインタビューなどで、レストランでの注文を失敗しないためにはどうすればいいですか、と質問されると「メニューを熟読すること」と答えている。できるなら同席の相手より早く店に行き、先にメニューをもらって熟読するのだ。もっといえば、このメニューに込めたシェフの気持ち、今日はどれを食べてもらいたいのかというシェフのアピール、そういったものを行間から想像することさえやってみる。ぼくは今でも実践しているトレーニングである。

本来なら、一生懸命メニューを考え、食材を厳選して仕入れ、工夫してロスなく回そうと努力しているアラカルト中心の店こそ、フランス料理店としての存在を高く評価すべきだ。ただ、そんな店にてアラカルトで果敢に挑戦しようとするなら、それこそ、冒頭に書いた「フレンチ巧者」しかターゲットにならないという悲しい状況に陥っている。

さて、オープン2日目だったか。予約なしで行きずりに入ってみるのもいいかと思い、「クニオミ」の前に立った。そして、店頭に掲げられたメニューを読んだ。数分はかかっただろうか、それはアラカルトオンリー。コースは価格設定もなかったように記憶している(現在はあります)。そこには、恐ろしくおいしそうで巧みで複雑なメニュー名が、それなりの価格とともに瀟洒な文字で連ねられていた。ううむ。これは出直しだな、と判断。ふらっと入ってササッと食べるには申し訳ない、しかも自分も心の準備をして、ここまで志の高い店への久々の訪問を、もう少し盛り上げていきたかった。

そして改めて予約しての再トライ。
予想通り、というか予想以上の手ごたえがあった。

まず、フロアでサービスをする男性。すでに壮年で少しとっつきにくい雰囲気も感じる。ところが話してみると、今や伝説となりつつある「オーバカナル」一号店のスタッフだったという。ぼくがリストから選んだワインに対し、飲んだことがあるのかと問われ、昔、どこかでよく飲んだ記憶があるんだけど思い出せないと答えれば、なんとそれは、彼らが「オーバカナル」時代に強力プッシュしていたワインだった。「オーバカナル 原宿」とは、ぼくたちがフランスのエスプリをダイレクトにトウキョウで確認することのできた最初のレストラン。当サイトの家主・土田さんは、そこで結婚パーティを開いている。2012年の今、まさにそんな同時代を歩んできたサービスは、「クニオミ」のフロアにこそふさわしい人物であろう。

今さらながら、料理も圧巻である。ネオビストロという、およそ日本の食べ手には親しみのないパリの流行をうたうが、それは、ビストロ料理の現代解釈とでも思っておけばいいだろう。定番中の定番「アンドゥイエット」に添えられたブラックマスタード。例えれば極めて上質なとんかつソースのようで日本人にも郷愁のテイスト。鴨肉のローストには、コブミカンという東南アジア料理に欠かせないフレーバーをあえて投入。それが鴨の焦げ目とすばらしく調和する。

ただ、現代版といっても「カンテサンス」に代表される新しいフランス料理のカテゴリとは大きく異なる。それは、自分がリヨンで体験してきたビストロ料理のカタチをしており、大前提であるソースもたっぷりと添えられ、そして一皿にドカンドカンと盛られている。にもかかわらず、おいしさに加わった驚きという最高のスパイスが、随所に振りかけられているのだった。

メニューの難しさや真摯な姿勢と、実は対極にある食べやすさや「口に合うね」というウレシイ感覚は、普段のビストロ料理が重くなってきたなあ……とされる、それこそ上級者の面々にも、十分に受け入れられるに違いない。

「QUNIOMI le neo bistrot (クニオミ ル・ネオ・ビストロ)」
●東京都渋谷区恵比寿1-24-12 1F
●03-6721-6910
●12:00〜14:00(〜15:00土日祝)、18:00〜23:00(火〜日)
●月休
posted by 伊藤章良 at 19:18| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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