いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2012年05月01日

(55)和歌山「オテル・ド・ヨシノ」

本州最南端のフレンチで感じた

神々しいほどのモチベーション

イチローという野球選手が、アメリカでとんでもない偉業を成し遂げ、今もその自分自身の記録に対して挑戦を続けている。多くの専門家がイチローについて分析したり語ったりしているし、それをここに書くつもりはないが、それにしても凡人にもっとも真似できないのは、あれだけの業績をずっと出し続けることのできる、モチベーションの高さである。今やイチローは、マリナーズ打線の中で最年長だそうだが、そんな立場となっても常に見据えている微動だにしない高い目標がある。

そんなイチローをも想起させるような高いモチベーションを維持し、託された店を成功に導きつつある料理人のレストランに行ってきた。和歌山の「オテル・ド・ヨシノ」である。

ヨシノというからには、もちろん日本のフランス料理界重鎮、吉野建シェフの店。吉野シェフは、ミシュランの星にこだわり続けた男として知られ、小田原に開いた自身のレストラン「ステラマリス」を閉め、改めてパリにオープン。日本人オーナー店初の星獲得に挑戦した。タイミングこそ「ひらまつ」に遅れをとったものの、その後の日本での活躍も広く知られるところである。

そんな吉野シェフをずっと支えてきたマダムの故・美智子さんが和歌山出身ということで、このスペースのオーナーから出店を打診されたと聞く。ぼくは、以前投稿していた情報ポータルサイトで、オープン当初の「タテル・ヨシノ芝」について書いた経緯から、美智子さんから直々に「オテル・ド・ヨシノ」オープンの案内をいただいていた。

ただ、関東の人が考える和歌山県と違い、関西人の思う和歌山とは、相当にツブシが効かない場所である。梅干しやミカンが有名で熊野古道や白浜といった観光名所もあるものの、大阪から1時間足らずな距離にもかかわらず、よほどのことがないと和歌山に行く機会には恵まれない。もっと言うと、そんな土壌ゆえ高級フランス料理店が脚光を浴びる、というか育つ下地さえ考えにくいのだ。

住所を見ると、建物名が「ビッグ愛」とある。当時いただいたオープン案内からは、和歌山市郊外の海に面したホテルの最上階、みたいな勝手な幻想を抱いていたんだけど、見た瞬間「え、パチンコ屋?」としか思えなかった。タクシーにビル名を告げると何の抵抗もなくスタートしたのでそれなりにランドマークなのだろう。で、近づくにつれさらに驚きは続く。「ビッグ愛」とは和歌山県の公共施設なのである。正式名称は「県民交流プラザ ビッグ愛」。それにしても、人に聞かれて答えに窮するようなネーミングのビルに高級フランス料理店……。いったいどんなところなのだろうか。不安におののきつつエレベーターホールに向かうと、合宿だの研修だのと県民施設を利用するジャージ姿の学生さんと相乗り。確かにビルの上層階には2フロアほどホテルも入っているようだが、見るからにビジネスホテルの様相。

降り立った最上階フロアは展望レストラン、とある。バイキング料理をやっていて行列ができている。恐る恐る予約名を告げようとレセプションに向かうが人はおらず、スタッフはバイキングの客をさばくのに精いっぱいだ。大声で「予約した伊藤です」というと、あっちですと顎で誘導。

いやはや、どーなるんや……と思いながら、バイキング会場とは隔てられた窓際のエントランスを通って中へと進むと、さすがにそこは別世界。銀座にあっても遜色ない美しいダイニングが登場し、今までのアプローチはこの空間との落差を感じてもらうため仕掛けではないか、と勝手に納得してガゼン高揚し始めた。

料理もサービスも、日本はおろかワールドクラスである。支配人は、もともと「タテル・ヨシノ芝」のオープン時に在籍していというが、端正さと人なっこさが同居する高級フランス料理店では理想的な接客。そんな支配人を中心に、周りで動くスタッフも見事に統制がとれていて、しかも彼ら彼女らの目の輝きは眩しいほど。自分たちの仕事をいかに誇りに思っているか、とそこに書いてある。

本州最南端和歌山の、そして「ビッグ愛」というビルの最上階レストラン、そのどこに、ここまで神々しいチームを生むモチベーションが存在するのか。手島純也料理長は自ら「吉野組」と語り、吉野シェフの強い信奉者の一人。吉野シェフが最初に独立オープンした小田原の「ステラマリス」が東京から多くの客を引き寄せていたことを手本に、大阪からの和歌山を小田原に見立て、そこで吉野シェフがやったであろうことをトレースしようと考えた。小田原と違い、和歌山の農家や漁師・猟師は、想像以上に保守的で商売っ気がなく、試食すると間違いなく全国区のブランドとなるような食材でも、地元で消費されることで十分満足に感じている。自ら「フランス料理馬鹿」と語る山梨県出身の料理長は、関西人特有の閉鎖的な壁の一つ一つと折衝し取り崩しながら、高級レストランという新しい市場があるんだよ、と説いて回った。ゆえ、今では、不思議なものが掛かったり、他に売れない小動物が獲れたりしたら、とにかく「オテル・ド・ヨシノ」に持ち込んでくるようになったそうだ。それは、例えば、吉野シェフのスペシャリテである、とても上質な野ウサギだったこともあったらしい。

そうして、一つ一つ地元の、特に漁場豊かな魚介を自分の料理の中に取り入れ構成された「オテル・ド・ヨシノ」のメニューは、すでに和歌山の地でしか実現しえない領域まで達している。

和歌山というレストラン不毛の地に、たった6年で全国からファンが集まるレベルのガストロノミーを作り上げた「オテル・ド・ヨシノ」。料理長にすごいですね、と話すと「自分だけが優秀でもレストランは育ちません」と、ぼくが前月書いたレストランとの比較を例に挙げた。「スタッフ全員のやる気やスキルが上がっていくような環境を作ることがぼくは大切だと思うんです」と締め括る。そんな料理長の元で働く若人がうらやましい。

「オテル・ド・ヨシノ」
●和歌山県和歌山市手平2-1-2 ビッグ愛 12F
●073-422-0001
●11:30〜14:00 17:30〜21:00
●月、第2火曜休
posted by 伊藤章良 at 17:52| Comment(1) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
オテル・ド・ヨシノ
訪ねて見たくなりました
素敵なレストランの様ですね
有り難うございます
Posted by ryuji_s1 at 2012年05月24日 08:12
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