いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2011年10月01日

(48)シンガポール「Restaurant Andre」

シェフは「カンテサンス」岸田さんの盟友との噂、

ソムリエは日本人。アジア最高峰、くすぐられる一軒

8月の長期ハワイ滞在に続いて、9月は1週間ほどシンガポールに出張した。

シンガポールには、マイレージを使ってプライベートで訪れたことがあるのみで、それも10年以上前。ハワイ同様に南に下るとの解放的な意識でその街に立ったぼくは、あまりの暑さに打ちひしがれた。また、リゾートや観光がメインであるハワイに比べ、当然ながらアジアを代表するビジネス拠点シンガポールは、ヒト、ビル、道路、クルマ……、そのほとんどすべてにおいて東京と変わらない。そして東京をしのぐ暑さと湿気である。ビジネスで来ているので解放されたいとは贅沢な話。とはいえ、想像と違ったことによる落差は、疲労に形を変えて押し寄せた。

ただ、かねてから楽しみにしていたレストランへの訪問は、やはりぼくに最高の時間をもたらしてくれた。今回はその、シンガポールにあるフランス料理店「Restaurant Andre」を紹介したい。

この店、イギリスの飲食専門誌「レストランマガジン」が企画する「世界のベストレストラン100」にオープン半年でランク入りするなど、実は相当キテるんだけど、まだ日本ではまったく知られていない。シェフは台湾人で、日本に暮らしたこともあり、料理の鉄人を観てフランス料理人を志し15歳で渡仏。「ジャルダン・デ・サンス」「アストランス」「ピエール・ガニエール」等で15年間修業後、シンガポールに渡ってこの店を開いたという。「アストランス」時代は、「カンテサンス」の岸田シェフとともにキッチンで働き、盟友の間柄とか。

なんとも、この事実が知れ渡れば、肩書き好き・高スペック好きの日本人なら、すかさず飛びつくはずだ。

ただぼくも、シェフの釣書(笑)を情報として知っていたのではなく、実は「Restaurant Andre」のソムリエは日本人で、ぼくの友達なのだ。
(ということで今回は、友人の働く店として、あらかじめお断りをしたい)

ソムリエの長谷川さんは、大学でフランス語を学び、語学力を生かしてソムリエやバイヤーとしての道を究めてきた根っからのワインスペシャリスト。5年ほど前にシンガポールの日本料理店で働いてみます……とのメールをいただき、その後facebook等での交流が続いていたのだが、彼のページの勤務先を見ると「Restaurant Andre」となっている。ほう、聞き慣れない名前だがフランス料理店に移ったんだなと、この店を検索してみれば、上記のようなとんでもないことがわかり、この日が来るのを心待ちにしていたのだった。

場所はシンガポール市内チャイナタウンの一角。「New Majestic Hotel」という高級ブティックホテルの隣なので、ここを目指すとよい。当初このホテル内に「Restaurant Andre」があるのかと思ってホテルに入ろうとすると、泊り客以外は通さないような厳しいセキュリティ。でも親切に「隣のドアだよ」と教えてくれた。ただ、隣のドアといっても、建物と建物の間の狭いスペースにしか見えず、しかも看板も出ていない。7時の予約に少し早く着いたので、ドアを押してみたがビクともしない。もう一軒先かなあと、さらに隣のビルものぞいてみたが、中国人専用のサロンがあるだけで、全くフランス料理店の気配はしない。

7時を過ぎて、ようやく動かなかったドアが開き、黒ずくめのレセプション嬢が姿を見せたのでホッ。早速、その日一番目の客となった。すぐに長谷川さんが出迎えてくれて再会を喜び、さっそく話題は「Restaurant Andre」について。オープンしてまだ一年にも満たない小さなこの店に、シェフの修業先だった「アストランス」のパスカル・ バルボ氏を筆頭として、フランスから有名シェフが続々と訪れているそうだ。長谷川さんは連日のそんな状況を実に楽しそうに誇らしげに語ってくれた。

ワインは、それぞれの皿に合わせた長谷川さんの構成によるグラスでの提供をチョイス。「カンテサンス」や「ラ・バリック」でもこういったオーダーができるが、「Restaurant Andre」の場合は、一度飲んで味わってみた後、銘柄が明かされるという、二度愉しめる趣向。内容は訪れてのお楽しみだが、いつの間にこんなレアなビオワインを多数集めるネットワークを築いたのかと、彼に対する瞠目の連続だった。ちなみに、ワインリストも大変ステキなので、リストから選ばずともぜひ見せてもらうことをオススメする。

そして料理。料理名が記されたメニューはないが、8品登場するすべての皿に対して、「Octaphilosophy」つまり8つの哲学を感じてもらわんと、8個の単語が書かれたカードのみが渡される。それぞれは、Salt、South、Texture、Memory等、日本人でも理解できるワードが多く、その言葉に込めたシェフの想いを自ら五感に訴えつつ口に運ぶ。

月並みだけど、美しさに驚き、匂いに繋がり、味覚へと響く。これを8回も繰り返すことができる。重ねていくうち、見た目の造形や複雑さは、口の中でどんどんストレートにピュアに変化していくのが分かってくる。美しいものをドキドキしながら壊し、舌や鼻腔を通してまた新たなまったく違うイメージが形作られる感覚。

そして、マリネしたナスの上に鴨の舌を載せるといった、日本人ともフランス人とも異なる食材組合せの妙や、時折感じるオリエンタルな香りは、シェフの出身地台湾にルーツを見る。それを国際都市シンガポールの地で味わえる不思議な昂揚感も、「Restaurant Andre」ゆえの悦楽だろう。

一方、ぼく以外のすべての客が、料理やワインボトルを写メし(中にはストロボをたく人も)、大きなノートをテーブルに広げて、逐次スタッフのしゃべる内容をメモする女性なども散見。著名レストランでの客の醜態は日本の現状と全く同じ。その点はすこぶる残念だった。アジアのレストランが、大人の空間として成熟するのはいつの日なのだろうか……。

さて、今年の年末にはミシュランのシンガポール版が出るそうで、すでに調査員が2度来ているらしい。とても結果が楽しみだけど、日本人が気づいたころにはまったく予約のとれない店になっている可能性も十分ありうる。

日本人ソムリエがお店にいるだけでもかなり高いアドバンテージ。もし食べ好きのあなたがシンガポールに行くなら、絶対に外せないことは確かだ。ただし物価もそれなりに高いシンガポール、コース料金は「カンテサンス」とほぼ同額であることも付け加えておきたい。

Restaurant Andre
アンドレ.jpg
http://restaurantandre.com/
posted by 伊藤章良 at 13:44| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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