いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2011年07月01日

(45)渋谷「鮨あい澤」

海外出張帰りを癒した

鮨、期待の新店

長期出張の関係で、2回も休んでしまい申し訳ありませんでした。

チェコのプラハ〜オーストリアのウィーン、いったん帰国しすぐに京都(京都では「おいと」へ行ってきました)。それから再び、プラハ〜ウィーン。東欧という、とりたてて傑出した料理が味わえる土地柄ではなかったものの、震災に原発にと、混迷する梅雨時の日本を脱出できたこと。そして、改めて外から日本を見る機会を得たことに感謝しています。

さて、こうした長期海外出張の後、日本に戻って最初になにを食うか。現地で仕事に追われている段階から、徐々に「それだけが」唯一の楽しみになってくる。当然ながら和食を欲するわけだが、今回は、居酒屋と鮨屋の2軒に絞っていた。

実は、国土が海に面しておらず魚を食べるには適さないチェコやオーストリア滞在中、一度だけ鮨を食べる機会があった。ウィーンでは、メインストリート、ケルントナー通りに沿いにある「グランドホテル」に宿泊。このホテルは日本料理にとても力を入れており、最上階のメインダイニング「雲海」では、札幌出身の日本人シェフによる鮨と日本料理が味わえるし、セールスマネージャーにも大下さんという好青年が在籍しているほど、なのだ。

自分たちの仕事の中で生じたほころびに対し、大下さんを筆頭に、同じ日本人として「雲海」のシェフにも骨を折っていただいた恩義があり、表敬訪問のつもりで「雲海」を訪ねたのである。大下さんいわく、ヨーロッパでも有数の日本料理店として自負している、とのこと。失礼ながら、その言葉を半分ぐらいに受け止めていたものの、実際には「確かにそうかも」と思えるぐらいの高いクオリティ。特に鮨は、少なくともパリで一番と言われている店(ZAGATの鮨部門でトップの店)よりも「雲海」の方が上だと感じた。

とはいえ、帰国した最初の夜は、やはり鮨。そして狙いを、2011年4月にオープンしたばかりの、渋谷「あい澤」に定めた。渋谷といっても、JRの渋谷駅からは歩いて15分、いわゆる宇田川暗渠沿いを脇に入った静かな好立地である。ただ、以前は都内でも有数の大好きな飲み屋街だった宇田川町界隈も、最近は「てっぺん」のようなツマラナイ店に浸食されて寂しい限り。そこに、新たに灯った大人の店として、多大な期待を込めて暖簾をくぐった。そして実際に、その期待値を大きく上回るほどの幸せな時間が、出張帰りの疲れた体を癒してくれたのである。

宇田川を埋め立てて作ったといわれる暗渠をしばらく歩き、右に折れてすぐ。住所表記は一階だが、トントンと少し階段を上る。店内には、細くてしなやかな風情の若い男性がひとり。一瞬お弟子さんかな?と思うも、その応対にて店主と認識。店内は充分に広くゆったりとくつろげて、個室風の小上がりも設けてある。ただ、当面は店主ひとりで営業とのことで、こちらは今後の展開らしい。

夕食には少し遅い時間だったが、客は私たちのみ。このまま、静かに食事が進むかと思いきや、結局、その後もポツポツと席が埋まり満席となる。

あまり店主の経歴を勉強してこなかったが(というか、基本的にあまり興味がない)、同席者が六本木の「なかむら」にて修業をされたことを教えてくれた。「なかむら」は、鮨屋特有の威勢のよさや騒々しさとは対極で、独特の間のとり方・使い方が巧みな店との印象がある。まさにここ「あい澤」もその利点をキッチリ引き継いで、実にゆったりとした流れ。プラハでさんざん聴かされたチェコの名曲「モルダウ」が、再び耳によみがえってくるような優雅さだ。
(ちなみに、チェコ航空がプラハ空港に到着すると「モルダウ」が流れ、チェコ国民は皆、鼻歌を歌いだすのだった)

つまみは比較的少量で、煮炊きしたモノのみ。生はすべてにきりに集中させる様子。その酒肴的な4種も、すべてがやさしい味だったので、このまま次のにぎりも、女鮨を代表する「なかむら」のような感じかなあと思いきや、そこからは180度転換する。

にぎりは、タネこそ丁寧にゆっくりとさばかれ、外気になじませるように時を置いて提供するものの、酢飯はかなり硬質で強く、いわゆるアルデンテの仕上げ。にぎり自体もおおきめで、個人的にはドンピシャの好み。最初に出されたにぎりを口に運んだ瞬間、思わず店主の顔をまじまじと見てしまったぐらいのウレシイ意外性。

たまらずそれを言葉にすると、お客様の口の中でしっかり噛んでもらいたいと考えて、酢飯を硬くしている。鮨は、咀嚼して最終的にタネと酢飯が混ざり合うことで完成される。そんな最後の完成形を色々と想像した結果が「あい澤」のにぎりだという。

まさにぼくのにぎりに対する想いと同じ。ぜひぜひ今後もその意志を貫いてほしいと懇願。オープン当初は酢飯を硬く仕上げていても、客から硬い硬いとクレームを言われて、いつの間にか力がなく弱々しいモノなってしまった鮨店を何軒も知っている。

そしてもうひとつすばらしいのは、酒器だ。清酒のラインナップは、コアな地酒ファンを納得させる銘柄ぞろいで及第点。それにも増してスズの銀酒器が印象的だった。初期投資はかかるが、結局割れないし、磨けばいつまでも美しいスズ製のものを選んだ、との店主の話にも納得。酒飲みゆえ、さまざまな酒器を試したが、冷たい酒を飲むにはスズ製が一番と個人的には思っている。

というより、一国一城の主として、自分の店にとことんこだわっている姿勢が頼もしい。鮨店には多くみられる神棚も、つけ場センターの好位置に違和感なく収まっていて、「ステキですね」と話したら、場所や高さ、設置方法などにもこだわって、自分が毎日拝みやすい位置を選び、店舗デザイナーに指示したという。

にぎり自体は、一貫一貫に魂がこもるとでも形容しようか。目の前ら置かれるまでの仕込みの苦労を一切見せない所作だが、口にするとその過程がよみがえってくるような深みも感じる。ただ穴子だけは弱かった。というより、最近ほとんど鮨店で、すばらしいと思える穴子に出会えなくなった。それは、穴子そのもののパワーが失われているからなのだろう。寂しい限りである。

まだまだ席が埋まらないんですよ・・・と弱気な発言もあったが、その言葉ほど店主は気にしていない様子。細い体躯ながら、店づくりに対する一貫したコンセプトの中にも垣間見る強靭な精神力は相当のようだ。電話して、「すみませんっ」と断られる日もそう遠くはないかな、と思いながら、店を後にした。

「鮨 あい澤」
●東京都渋谷区宇田川町42−15 中島ビル1F
●03-5784-3309
●17:00〜23:30(22:30最終入店)
●不定休
posted by 伊藤章良 at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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