いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2011年04月15日

(42)田町「ナビリオ」

変わらない料理と空間に

激動の今、癒される

5年ぐらい前だろうか。少しの間、雑誌等からレストラン取材の仕事を引き受けていた時期があった。その後しばらくして、編集長に気に入られるような原稿を書くことに疲れ、積極的には引き受けなくなった。が、普段の自分では決してすることのない、シェフや店舗オーナーへのオフィシャルなインタビューはとても楽しかった。

料理人やオーナーの側も、いつもなら若い女性ライターから話を聞かれるはずが、突然髭面のオッサンが現れれば皆さん構えるし、ぼくの場合、とりあえず行ったことのある店の数だけは多いので、訪問時の経験を織り交ぜれば、それはそれは盛り上がる。中には、情報ポータルサイト時代のぼくを知っていて、会うことを楽しみにしてくださった方もいた。

そんな短い活動期間の中で出会ったシェフに池ノ谷昌宏さんがいた。彼は、西麻布の「トレ・ディ・マッジオ(現在は移転)」「クアトロ・ルーリオ」の2店舗で、イタリアンなら西麻布と言われた全盛期のころ長く料理長を務め、田町は芝浦側の運河沿いに、今回取り上げる「ナビリオ」を開いた人だ。

「ナビリオ」とは、イタリアはミラノにある運河の街NAVIGLIOからとったという。ミラノの下町地区にある運河のイメージが芝浦と少し似ているとのこと。ミラノ下町の運河と芝浦倉庫街の名残運河では、あまり似ているとは思えないものの、未訪ゆえ詳細はわからない。

この界隈はバブル全盛期のころ、ディスコ「ジュリアナ東京」や、ライブハウス「インクスティック芝浦」に大勢の人が集まり、運河沿いにテーブルを並べた「Tango」といったレストランが最先端を極めていた。

そんな浮世離れした時代から数十年を経て、再び運河沿いに小さなイタリア料理店が産声を上げる。オープン当初は、バブル時代の回顧もできる運河沿いの小空間として食マスコミにも取り上げられていた記憶があるが、シェフの経歴やイタリアに対する憧憬とは異なると感じていたし、実際に取材をしてみると、シェフの狙いはそこにはなかったことがわかった。

シェフの池ノ谷さんがこだわったのは、あくまで「港区」という場所だった。西麻布にて長い間シェフを務め独立する際、やっぱり自分の店を出すなら港区。「ここは、本当に港区の端っこかもしれませんが、間違いなく港区なんですから」との言葉をよく覚えている。

ナビリオというミラノの運河の街に自分の新しい店を投影し、あくまで港区で開くことにこだわる。飄々としてさわやかな風貌からは予想がつかない、レストランを営んでいく上でのこだわりや頑固さを感じて、この店はいいなあ。ずっとこの場所で末永く続けてほしいなあ。というのが取材時のぼくの願いだった。

そしてすでに5年が経過。2011年に6年目を迎える「ナビリオ」に久しぶりに再訪。シェフを見知ったレストランを紹介するのは自分のポリシーに反するような気もして恐縮だが、取材以降、まったく顔を出すことがなかったゆえ、池ノ谷シェフも、来店したぼくのことはすっかり忘れていたと思う。

交通量の多い幹線道路に面した入口は小さく、節電の影響もあって注意しないと通り過ぎてしまう。ただ、店内は奥に長く突きあたりは全面窓でウワサの運河を望める趣向。ダイニングは、厨房を囲むカウンターと運河に開かれた窓に面した席(テラスも可)、そして3卓ほどのテーブル。当日は仲間5人との食事で、5人以上座るレイアウトにできたかどうか記憶が不確かだったが、エントランス付近は少し広くなっており、大人数にも対処できるレイアウトが組める。

田町の芝浦側にオフィスを構えていた博報堂やJTB等の大企業が移転し、そして大震災……。5年ぶりの「ナビリオ」は静かすぎるぐらいの穏やかな空間だった。でも、5年の年月を経ても、どんな環境下でも、決して変わることのない居心地のよさが「ナビリオ」の真骨頂だなあと改めて認識できた。ひとえに、シェフの心と体が強靭であることによると思う。

食したものをひとことで言うと、逆らわない料理、そんな気がする。季節の食材というとことで、ソラマメ、ホタルイカ、ホワイトアスパラ、菜の花などに集中してお願いしたが、甘く濃くそして苦い春のテイストを十二分に楽しんだ。

もちろん、あたりまえのことだが、逆らわない料理はぶれない料理でもある。大人数だったので多種類のパスタを頼んだが、すべてにおいて最良のゆで加減。しかも、ソースとのからみもそれぞれのパスタの特徴をとらえて離さない。

こうして、5年前とまったく変わらない空気と時間の流れに浸りつつ、これほどまでの激動の年の心の疲れがみるみる癒えていくのを実感していた。次の5年、そして10年。ずっと変わらない居心地の「ナビリオ」を期待してやまない。

ナビリオ.jpg
「ナビリオ」
●東京都港区芝浦3-20-4 1F
●03-5419-2061
●11:30〜14:00LO、18:00〜22:00LO
●日休
posted by 伊藤章良 at 11:30| Comment(0) | TrackBack(0) | イタリア料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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