いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2011年03月01日

(40) 西麻布「鮨 来主(くるす)」

夫婦ふたりが6席で醸す

いい空気感の鮨店

鮨店の紹介をする際には、少なからず躊躇する。酢飯のちょっとした温度の差や塩加減、硬さなどで味覚や印象は変わるし、まして個体差の激しい魚介を主な材料とするわけで、それはそれは難しい。

そんな困難さや好みの分かれる点をぼくは十分に承知しているつもりなので、ソコにはほとんど言及しない。ただ、以前ここで書いた「太一」にも同様のことが言えたが、どのタネが良かった悪かっただけの瑣末なポイントのみに終始する評価が巷に溢れ、それが本人の耳に入って若い有望な職人を大いに惑わすことになる。鮨フリークは鮨の値段が高い高いと言うが、そのようにタネそれぞれの優劣にこだわればこだわるほど、握る側も素材のいい部分ばかりしか使えず価格は高騰するに違いない。フランス料理でも日本料理でも全体の構成や緩急があるように、鮨もつまみから握りに至る流れをトータルに受け入れることも大切なのではないだろうか。

そんな中、わずか6席の、しかも西麻布の絶好の場所にある鮨店を紹介する気持ちになるまでには、少なからず時間を要した。ただ、握り一個一個の出来不出来ではなく、鮨店の持つ飲食空間としてのすべてを享受し愉しむことのできる方に、ひとりでも多く知っていただきたく、ここに書くことに決めた。

西麻布交差点から六本木方面に向かって坂を上る。立ち退きもほぼ終了し、ようやく取り壊しが始まる気配のホテルメンテルス六本木角を左に折れ、西麻布界隈ではすでに老舗だけど一度も行ったことのない「OZ CAFE」の角を右に。半ば超高級外車の駐車場と化した袋小路の奥。そこに「鮨 来主」はある。来主とは、来るお客さんが常に主である、との志を忘れずにいるためにつけたとは、つけ場に立つご本人からの談。まさにその言葉通りのホスピタリティに満ちた賑やかで寛げる店だった。

エントランスは立派な和食店の様相で入店するまではどんなレイアウトになっているのか想像がつかないが、店内はわずか6席ゆえ最大でも3組程度。そこをご主人と女将さんの二人で動かす最小編成。

私事だが、訪問の日、たまたまクライアントの美容メーカーから難題が出され(その関係で電話が何度もかかってきて)、弱ったなあ……とカウンターでぼやいていたところ、なんと女将さんは元美容師、と聞いて青くなった。

そして普段なら決して聞くことのない「馴れ初め」を、その照れ隠し次いでに尋ねると、お互い通っていた飲食店で隣り合わせたのがキッカケとか。鮨職人が、同じ刃物を使いながらもまったく別分野の職人を伴侶に選ぶ。その事実こそが「鮨 来主」の個性と魅力を醸し出している土壌かなあとまぶしく感じた。

ご主人は、時折高笑いをして客の心を和ませつつ、ひょうひょうとして柔和な人柄だが、さまざまな環境で修業を重ねてきたバックボーンを感じる所作。つまみが出てくるタイミングにも全く過不足がない。しかも、酒飲みのツボを心得た内容には恐れ入る。

清酒は3種類ほど。夫婦でテスティングをして店に置くかどうか決めるという。
いろいろと客からの要望もあるのでもう少し置きたいんですけどねえ……との釈明には大反対をした。この規模なら3種類で十分。しかもお二人のフィルターが通っているならさらに申し分はない。

いっぽう、握り始めると急に寡黙で一徹な職人と化する。ていねいに丁寧に小ぶりで美しい握りが出来上がってくる。一瞬つけ場から姿を消して奥からガリガリッと音が聞えた後、赤貝が出てきた。「むきたてですね」と声をかけると、少しだけ相好を崩したご主人が、「この規模だからできるんですけどね」と応える。わざわざ目の前でモタモタと剥いてみせるパフォーマンスも散見するが、裏仕事は裏で処理する姿勢に、改めて「鮨 来主」の真骨頂を見た。

酢飯の硬さはドンピシャだが、しいて言えば、もう少し酢を効かせた方が好みではある。さらに個人的にはもうちょっと大きな酢飯の方が「握りを食べた」という満足感が得られるような気もする。ただそんな点は、ぼくにとっての「鮨 来主」全体からは瑣末なこと。お二人が醸成する美味しい料理と究極の居心地。そして新たな鮨激戦区西麻布でも納得の低価格。それだけで文句のつけようはない。

「鮨 来主 」
●東京都港区西麻布1-8-12
●03-3478-7525
● 18:00〜翌1:00(月〜金)、12:00〜22:00(土)
●日、祝
posted by 伊藤章良 at 09:00| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
まぁ、いつの間にっ!(笑)
私は今宵も堪能して参りましたよ。
Posted by く〜みん at 2011年03月19日 01:13
く〜みんさん。コメント、並びにご紹介ありがとうございます。文章の中でく〜みんさんのことにも触れようと思ったんですが、世を忍ぶ仮の姿、とも伺っておりましたので(笑)。
Posted by 伊藤章良 at 2011年03月22日 11:01
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