いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2011年02月15日

(39)新宿「鳥茂」

新宿の老舗串焼き店に移転話。

新しい展開にもエールを送りたい

新宿駅は乗降客世界最大のターミナル。特にJRの新宿駅はとてつもなくデカく広く、そして、増床を続けて迷路になってしまった温泉旅館を思わせる、いびつな構造でもある。

中央線や山手線ホームの端からさらに代々木駅方面へと延びる埼京線や湘南新宿ラインのホームに立つと、隣の代々木駅から発車チャイムが聞こえてくるほどで、代々木駅は新宿駅に併合されるのでは、との話も聞く。ぼくも日々新宿駅を利用するけれど、東京に来て20年、いつも駅のどこかが工事中で、デコボコやガタガタの部分を必ず通る印象がある。

すでに出来上がった感の西口東口に比べ、開発の度合いが著しい南口界隈は、飲食店もめまぐるしく移り変わっているが、その場所で、昭和24年以来ずっと営業を続けている串焼き店「鳥茂」を、今回は取り上げたい。

まず、わざわざ「串焼き店」と書いたのは、この店は焼鳥店ではない。文献やネットを当たっても、未だに焼鳥と書いている人も多くいて、人は店で食べている肉が何の肉なのか、という仔細にはあまりこだわらないんだなあということがわかる。

戦後すぐは、串にさして焼いたものは何でも「鳥」と称し、当時総理大臣だった吉田茂の「茂」を合わせて、「鳥茂」にした。と、すでに三代目となる、未だ青年のような若き店主から聞いた。

検索すると、東京都内だけでも「鳥茂」という店がいくつもある。それが暖簾分けなのかどうか詳しく調べたわけではないが、ロゴが似ている店もあるので、その多くは新宿南口が発祥であろうと想像する。

また、前述の若き店主の談によると、新橋の「三政」、渋谷の「鳥由」を初め、今や日本中の串系の店が採用している「箸を出さない」スタイルも、新宿の「鳥茂」が発祥らしい。箸を出さないとは、箸の代用として、肉を焼くときに使う竹串を用いる、ということだ。「鳥茂」を訪れると、すでにテーブルには箸置きと竹串2本がプリセットされている。

店を始めた当初は、経費節減や、仕入れた割り箸の数による来客数予測を逃れる節税対策といった、店側の利点のみが脚光を浴びたに違いないが、割り箸を使わず再生可能な竹串を代用するとは、21世紀のイマになってみれば、エコの最先端。まさに時代が追いついたとも表現できよう。

ネギをどっさりとのせた新鮮な生肉、丁寧に火を通した大ぶりの串焼き、今や串料理のスタンダード「ピーマンの肉詰め」に代表されるオリジナル串への工夫、鉄のやかんで供される清酒、雑炊・カレーなど〆の炭水化物と、料理と酒は申し分なく、新宿駅から徒歩1分にして60年間守られてきた昭和レトロな雰囲気は何物にも換えがたく、新宿の「鳥茂」には、それこそ東京に移った当初から今に至る20年以上の間、2年に1度ぐらいの割合で訪問してきた。

ただ、決して安い店ではない(それだけ良質の食材を使っているが)し、1階、2階とも強烈にツメツメで居心地が抜群とは言えず、注文したものがナカナカ出てこないという、呑兵衛が好む類の店としては残念な点も多かったゆえ、こうして文章にすることはなかった。

ただ、先日ラッキーにも焼き場すぐ横のカウンターに陣取ることができ、そこから発せられる、老舗串焼き店のレジェンドとも言うべき頑なな姿勢を垣間見て、小文にまとめたくなった。

予約、フリの客を含め、ひっきりなしに訪れる面々を、それはそれはきめ細かくかつ大胆に回し、常連には、たとえ次の予約まで30分しか空かないとしても、一杯一串の楽しみを味あわせて帰らせる。

大変な賑わい、そして窮屈際まりない環境ながら、常連とおぼしき年配客が絶えず、あちこちのテーブルで油を売るつわものもいて、半ば昭和のサロン状態ともなってくる。

そして、ここに取り上げた理由はもう一つある。

「鳥茂」は、2011年8月末で移転するというのだ。居酒屋としては文化財的価値も出そうな店舗を取り壊すとは、まさに「ええっ!」であるが、冒頭にも書いたように、ついに新宿駅南口界隈の再開発計画の波に飲まれ、移転せざるをえないとのこと。なんと「鳥茂」の後には京王百貨店が建つらしい。

ただ、先代の急逝により、若いながらも「鳥茂」の身代を引き継いだ三代目が実に頼もしく、新生「鳥茂」を、その彼がどのように展開していくのかが楽しみだ。移転の結果、もしかすると今までの常連が多少は遠のくかもしれない。でも、過去様々に問題と捉えられた点も大きく好転するのではないかと、そんな密かな期待を寄せている。

「鳥茂」
torishige.jpg
●東京都渋谷区代々木2-8-5
●03-3379-5188
●17:00〜25:00
●日休
posted by 伊藤章良 at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 焼鳥・居酒屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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