いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2010年12月15日

(36)恵比寿「bistroYEBISU(ビストロ エビス)」

今年もっとも印象に残った一軒。

百年後も残って欲しい

2010年、最後の回となった。今年一年も「新・大人の食べ歩き」をお読みいただきありがとうございました。昨年はやらなかったけど、2010年は、一年を通じて最も強く印象に残った東京の店を、多少の思い入れも込めて書いてみようと思う。

ところで2010年12月7日、『東京百年レストラン〜大人が幸せになれる店〜』というぼくの本が発売となった。ぼく自身の個人的な主観で恐縮だが、百年後もこの東京に存在してほしい、自分の孫・ひ孫の世代となっても、そこで楽しく食事をしているシーンが想像できる場所、とのコンセプトで選んだ店を、今まで食べ歩いてきた経験もふまえつつ紹介した。

百年後といっても、キッチリ株式も上場して安定した経営が出来上がり、確実に継続されるであろう店を予想して書いたわけではない。ぼくがレストランのよしあしを判断する普遍のスタンスとして、その店が10年、20年と、同じ場所同じスタイルで営業を続けていく意志があるかどうか。そんな側面を百という「夢のある言葉」に置き換えてみたつもりだ。

タイトルからすると、すでに燻し銀なレストランが多いような印象を与えるが、実は今年オープンも数店取り上げている。恵比寿にあるフランス料理店「bistroYEBISU」もその一軒。そしてこの「bistroYEBISU」は、2010年にオープンしたニューカマーの中で、ぼくが最もすばらしいと感じ、そして大好きな店である。

恵比寿といっても飲食店が密集する代官山方面に至るエリアではなく、渋谷に向かう明治通り沿いに「bistroYEBISU」はある。この界隈もポツリポツリと飲食店が並ぶものの、大手飲食運営会社のレストランだったり、古くからこの場所で手堅く営む店だったりと、意外にも個人店の参入に積極的なエリアではないような気がする。そういえば「bistroYEBISU」オープン当初に訪れた際、シェフは「お客様から、この場所は難しいんじゃない?と言われるんです・・・」と、不安を吐露していた。

ただ、オープンして4カ月を過ぎた再訪時には、すっかりかたさもとれ、この地で確固たるレストランを築き上げていこうとの意欲も垣間見えて安心。いやそれ以上に、シェフとマダムのお二人は眩しいぐらいに輝いていた。

「bistroYEBISU」は、俗に言うカウンターフレンチである。ただ、食べログで強烈に高評価され数カ月も予約がとれない、例えば松涛の「バカール」等とは確実に異なる点がある。それは、コース料理がないことに尽きる。

ぼくは、普段レストランでコース料理を頼むことはない。ゆえ、昨今のコース料理しか置かない店は若干苦手としている。その理由はカンタン。メニューの行間までもじっくりと読み込んで、店からのメッセージを享受したいし、熟読したメニューの中から瞬間的にピンと来るものを選べる喜びと、客側の選べる権利を獲得したいからだ。

ただ不文律として、格安のコースを設定すれば例外なくレストランは流行る。また「コース○○○○円と超リーズナブル!」、みたいなキャッチフレーズも付けやすくマスコミ受けは良好。さらに店側としても、食材のロスが少なく仕込みも段取りよくできると、双方にメリットがある。一方コース設定のないレストランでは、客がある程度食べこんでいないとメニューが組み立てられないばかりか、メニューの意味がわからなければ注文すらできず、相手の前でいい格好をしたい客には高いハードルとなりうる。

つまりコース料理を用意しない、というのはレストランにとって大英断なわけだが、その結果、客層は確実に安定し大人の集まる店になると思う。そして「bistroYEBISU」のシェフとマダムは、その意味を掌握し、自分たちの店は自分でメニューを選ぶことができる客に来てほしいと念じたであろう。

ただ、わからなければ堂々と聞けばいい。そして、メニューの順番や組み立ても、大半は店側が勝手に気を利かせてやってくれるものだ。わからないものはわからないと頭を垂れることが、レストランでの「大人」のたしなみなのだ。

また「大人」といえば、「bistroYEBISU」店内全体をまとめる木目のゆったり感、適度に落とされた照明のバランス、そしてシェフのマダムの人望。それら全てが大人を迎え入れるための十二分なアイテムとなっている。とても若いお二人で、初々しさや謙虚さが彼らの魅力でもあるけど、そこにもまた自己主張一辺倒の料理人にはない、大人の空気を醸し出す土壌があると思う。

さて、拙著『東京百年レストラン』の「bistroYEBISU」紹介の結びに、「この本で出る頃、「bistroYEBISU」が何カ月も予約が取れない店になっていなければ、まだまだ東京のレストランシーンは健全といえるだろう」と書いて、結局最終的には削除した。先日、電話した日から4日後の席が確保できたゆえ、なんとかその予想は当たったと思うが・・・。

登場の瞬間から、マスコミはおろかウェブ上に押し寄せる強烈な情報の偏りにビクともせず、それらとは対極の位置で自分たちのやりたいことをキチンと見据えてレストラン創りをしている新店は、本当に久しぶりであり、それを持ってしても今年最大の収穫と言えるだろう。

*次回は1月15日に更新予定です。

yebisu.jpg
「bistro YEBISU (ビストロ エビス)
●東京都渋谷区東3-15-8
●03-6427-3789
●18:00〜翌1:00
●月休

posted by 伊藤章良 at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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