いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2010年06月01日

(26)二戀

浪速料理の牽引者を師匠に持つ

板さんが立つ西麻布の割烹


ぼくの「日本料理の原点」といっても過言ではない、印象的な店がある。大阪ミナミ 法善寺横丁の「浪速割烹 喜川(ただし喜は七がみっつの旧漢字)」。

ここは、京都の料理とは一線を画する「浪速料理」と自ら称し、大阪で独自の潮流を作った上野修三氏が約40年前にオープン。上野修三氏は、現在すでに料理の世界を引退し、食随筆家としてなにわの食文化を後世に伝える仕事をされており、現在は二代目が腕を振るう。

上野修三氏は、そのお人柄か多数の弟子を輩出していて、「喜川 高嶋」「喜川 浅井」など、大阪ミナミにも北新地にも薫陶を受けた料理人の店が多数存在する。それらは全て、喜川の料理や浪速割烹としての提供スタイルを踏襲しつつ、いずれの店も賑わっていて、すっかり大阪の味として定着している。

思い出話で恐縮だが、ぼくが大阪で就職して半年ほど経ったころ、当時の会社が自分を正社員として認めてくれたのか、専務がぼくを食事に誘った。で、連れて行かれたのが「浪速割烹 喜川」だった。

「伊藤、何食ってもええぞ」と専務に言われ、ぼくは迷わず「松茸のホイル焼き」と応えた。「おまえなあ・・・」と苦笑しつつ注文する専務とぼくを、ニコニコしながら頷いていた上野修三氏の特徴ある風貌を今でも鮮明に覚えている。その後、「伊藤は喜川で松茸を頼みよった」と、専務から何度もからかわれたものだ。

そんな四半世紀前から今に至るまで、浪速割烹として続くスタイルとは、百は超えるであろう特徴ある様々なアラカルト料理。それを、巻物のような横長の紙に延々と書き連ねた日替わりメニュー。客は自ら料理を選ぶと、店主が提供する順番を決めタイミングを図りつつ厨房のメンバーに次々と指示を出す。その丁々発止のやりとりや賑わいが商人の街大阪らしく、出される料理も、シンプルで懐石的なものからグラタンやコロッケまでと幅広い。味覚だけではなく、心までも賑わう美味しさが特徴だ。

ただ、ぼくの知る限り「浪速割烹 喜川」の味とスタイルを東京で継承するのは吉祥寺の「美しま」のみ。確かに、大阪の人間はなかなか東京に出たがらない、というのは同じ大阪出身のぼくもなんとなく分かる。そんな「浪速割烹 喜川」で修業した料理人が板場に立つ店が2009年末西麻布にできたと聞き、やっと訪問。その名を「二戀(にこ)」という。

実際に取材をしたわけではないゆえ精度に欠けるが、「二戀」は、表参道にある宝石店がオーナーのようで、店舗設計はその宝石店のデザインも手がけた森田恭通氏による。

西麻布・宝石店がオーナー・森田恭通デザイン。だけであれば、まずぼくが足を運ぶことはないだろう(笑)。でも「浪速割烹 喜川」で修業を積んだ料理人が東京にやってくることを、本当に心待ちにしていたのだった。

入店すると早速、いかにも西麻布らしい香水の匂いとアクセサリーがこすれるジャラジャラ音、オトコにアピールしたい女性特有の嬌声。そしてぼくの右隣には、この店をデザインしたロングヘアーの御仁。着物姿の上品な女性から酒を聞かれ、少し質問するも回答は要領を得ず。まあいいかと好みを頼んだら品切れ・・・。江戸切子の美しい猪口を出すのはいい。それに当たった照明も確かに美しい。でもまず充実すべきは中身の酒だろう。

やっちまったかなあ。お誘いした先輩にすまないと思いつつも、気持ちを切り替え、最大の目的「二戀」の料理と向き合うことに。
そして、とてもとてもすばらしかった。筆舌に尽くせない嬉しい経験もたくさんあった。

理由は後述するが、現在はコース料理のみ(ぼくが行った時点では10,000円と15,000円の二種)で提供している。
まず、コースの組み立てが巧み。柔らかいもの固いもの、苦いもの酸っぱいもの、味の強いもの優しいもの・・・。見る人食べる人を飽きさせない流れと絶妙なタイミングは、さすがに浪速割烹で鍛えた賜物と納得。

そして、きっと東京の人もこの味が好きだろうなあと感じる、薄くもなく決して重すぎないダシ加減。京料理の顔をしつつ、東京人の好みに合わせて塩加減や寝かせる時間を変えるパフォーマンスとは一線を画する。また、多少過剰かなとも思う手間や異次元の素材の組み合わせも、それを乗り越える分かりやすさと旨さがある。

特に、シメの炊き込みご飯(その日は筍とホタルイカ)の唸るような出来栄えに真骨頂を見た。もちろんいずれの日本料理店も最後のご飯まで手を抜くことはないが、ここで全てを収める形ではなく、ココまで昇ってきたか、とまで思わせる迫力だ。

いつしか入店当時の憤りも忘れ、ひたすら料理に相対していた。もちろん料理のすばらしさもあるが、板長にタメ口をきく西麻布女子も、店にとっては超VIPであろうロングヘアーの御仁に対しても、いっさい動じることもへりくだることもなく、平常心で接する板長の度量に救われたところも大きい。

そんな彼と、少し話しをする機会があった。
喜川といっても大阪には多々あるが、板長は本流である法善寺横丁「浪速割烹 喜川」で、上野修三氏と息子の二代に仕えたとのこと。まさに筋金入りの浪速割烹出身だ。じゃ、アラカルトもやらないとね。と言うと、「今はぼくと彼の二人でやってますんで、そこまでは無理なんですよ。でもいつかはやらへんと、おやっさんに叱られるやろなあ」と。

そして彼は、なんと奥様を神戸に残しての単身赴任だそうだ。スピリットはまだ西に置いてあるという気持ちの表れか。「でも、東京、特に西麻布という場所は、おもろいとこですわ。毎日がとても楽しいです」と意欲的。東京で喜川系列出身の料理人は「美しま」しかいないと思っていたが、実は老舗江戸前鮨店の二代目も法善寺横丁で共に修業したとのレア情報もゲット。

お店を辞する際、今度来るときはクリームコロッケ(喜川名物のひとつ)が食べたいなあと、つぶやくと、「あれは、仕込みが大変ですねん。どうしようかなあ」との思案顔。そんな板前としての自信みなぎる容貌に、遠い昔の上野修三氏の笑顔が重なった。

nico.jpg
「二戀」
●03-3498-3330
●東京都港区西麻布4-2-9 シーズンズ西麻布1F
●18:00〜
●不定休
posted by 伊藤章良 at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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