いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2010年05月15日

(25)クラリタ ダ マリッティマ

トップサービスマンが作り出す

江ノ島の海に輝く空間と地元ならではの料理

前回、「アロマフレスカ」から独立したシェフの店を取り上げたが、もう一度今回も「アロマフレスカ」にまつわる話題から始めてみたい。

広尾にオープンした初代「アロマフレスカ」を皮切りに、品川のビル内にできた「アロマティコ」、麻布十番の「カーザ・ヴィニタリア」〜「アロマフレスカ」。そして、名古屋は栄のデパート食堂街にある「アロマフレスカ名古屋」、熱海の山側にひっそりと佇む料亭「和び」まで。ずっとアロマフレスカグループのサービスの要として働き続けた方がいる。

植野剛史さん。ぼくは植野さんの接客がとても好きで、30年食べ歩き続けて出会ったなかでも、トップクラスのサービスマンだと尊敬している。植野さんが、麻布十番の「アロマフレスカ」を去られて以降、すっかり「アロマフレスカ」には興味がなくなってしまったほどである。

ただ、上記のように長くマネージャの責務を全うされていても、植野さんのスタイルは、人気絶頂店のリーダーとしてそれらをまとめる支配人的なタイプとは異なる。常に個々の客と1対1で向き合い、均等に平等になるよう気を配るのだ。動きも静かで優しくサービスの節目節目にタメがあり、たとえれば日本舞踊のよう。決してタキシードが似合う堂々たる体躯ではないが、その所作に溢れんばかりの誠意がある。

そんな彼が、アロマフレスカグループを辞して独立開業の準備に入ったとの話を聞いた。生まれ故郷の湘南にて、が希望とのこと。そして2009年2月、アロマフレスカグループの料理人と共同で、江ノ島にてスタートしたレストランが今回取り上げる「クラリタ ダ マリッティマ」である。

江ノ島は首都圏の一大観光地ではあるが、すでに街としてピークを過ぎ、サザンが歌うようなオシャレなエリアとは言いがたい。でも、「クラリタ」のある場所は、江ノ島へと続く土産物街道とは一線を引いた静かな江ノ電沿い。付近には、観光客相手ではない老舗とおぼしき干物店が軒を連ねる。

ダイニングは16席程度でさほど広くなく、植野さん一人が仕切る。
席に着いてしばらくすると、このダイニング最大の魅力に気づく。江ノ電が通る側に面した大きな窓。そこには、色も形も様々なクルマの往来ではなく、大きなストリートカーが窓一面に一定間隔で繰り返し通り過ぎていく様子が見える。こんなシーンは、ポルトガルのリスボンやカナダのトロントでしか記憶がなく、あまりにも非日常な風景。普段見慣れない動きの連続も面白いし、店の壁に大きなスクリーンがあって、そこに秀逸な環境映像が映し出されているような効果もある。植野さんに、江ノ電が通るのがいいですね。と聞くと、「それが魅力でこの場所に決めました」と即答だった。

また、植野さんらしい心配りやサービスは店の随所で見つかるが、客席全てに配置される、日時と予約者の名前入りメニューがその象徴といえよう。毎日毎日、日付と名前を入力し人数分のメニューを刷る。これが自分の店で一番やりたかったと彼は言うが、手間は大変なことだろう。

「お飲み物は?」の問いに、ワインはおまかせしますよと返すも、「一度ワインリストをご覧くださいよ」と渡される。なるほど、すぐにその意図を理解した。広尾の初代「アロマフレスカ」当時と同じように、ワインリストが巻物になっている。わー懐かしい、巻物ですね。と言うと、待ってましたとばかりに「前は塩ビでしたけどね」と相好を崩す。

ところで、「クラリタ ダ マリッティマ」とは、「輝き、海辺より」との意味だそうだ。文字通り、嘘偽りなく、目の前の地物で勝負する。植野さんが一冊ずつメニューを刷り、帰りに客に持たせるのは、そういった海の輝きを忘れずお持ち帰りくださいとの想いもこめられているのだろう。それが証拠に、メニューには、江の島産、腰越産、長井産、三崎産と湘南の地名がずらりと並ぶ。肉料理も「やまゆりポーク」と神奈川産出の豚肉だ。

中でも、スペシャリテの言葉どおり「腰越産生しらすのリゾット」は忘れがたい一皿。生シラス丼を求めてあちこちで行列を作る人たちを尻目に、正真正銘、目の前の浜で取れた生シラスが、芯を残しつつもしっとりとスープに絡んだリゾットの上に載っている。シラスからは、新鮮さを現す潮の香りとともに、ほのかに生姜が加わる。口に運ぶと、歯ごたえと苦味がシラスの生命力を舌に伝え、遥かイタリアとも重なり合う。前回の「アーリア」でも書いたが、当然のようにアロマ(香り)は、アロマフレスカから継承されていて、地元の食材の魅力を引き出す一助になっていると思う。

厨房で機敏に動く料理人を見ると、まさに海の男のように皆さん真っ黒だ。聞けば、仕事の合間に寸暇を惜しんで海に向かうそうだ。植野さんが「休憩時間にはサーフィンもできるよ」と口説き落としたのかもしれない。植野さんも日焼けしてますね、と返すと「いやー、ぼくは通勤の自転車焼けです」と、広尾の頃から変わらないシャイな笑顔を見せた。

clarita.jpg
「クラリタ ディ マリッティマ」
●0466-47-3544
●神奈川県藤沢市片瀬海岸1-6-11 1F
●11:30〜15:00(LO14:00)、17:30〜22:00(LO20:30)
●月休、毎月最終火休

posted by 伊藤章良 at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | イタリア料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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