いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2010年01月01日

(16)未能一

銀座の雑居ビルでオーラを放つ

食の猛者が強く薦めた日本料理店


時間のほとんどを会社に費やしてきた中堅ビジネスマンの場合、外食の相手が同じ会社か取引先に限定されるのはやむをえない。実際自分の周りを見ても、普段話題に登場するヒト自体、ほとんどが社内か取引先関係者で、仕事が終わって飲みに行くメンバーも固定されている。

ところがぼくは、本業のイベントプロデュースで出会った取引先やスタッフ、技術などとも頻繁に食事をするが、それと同様に、卒業して四半世紀以上になる学生時代の友達とも今でもよく会ってテーブルを囲む。

それができることをシアワセに思うし、そんな旧友の存在は自慢でもある。加えて友人の側も、飲み食いこそ嫌いじゃなければ毎回ぼくに「店選び」を任せることができ、彼らの意中にかなう店をもれなく知ることができるので好都合に違いない。

いっぽう、ぼく同様に食べ歩きが大好きで独自の自分店リストを持っている猛者もいる。建設系大手に席を置くM君は、業種上ぼくが普段飲食をともにすることの少ない面々と出かけることも多く行動範囲が比較的重ならない。ゆえに彼との食談義は興味津々で、推薦してくれた店には足を運んでみるのが常だ。

今回取り上げる銀座の日本料理店「未能一」もそんな一軒。
先日忘年会がてら鍋をつついた帰りがけにM君はひと言「伊藤、銀座の未能一はええで。いっぺん行ってみ」と訴える。お互い相当酔っていたのでM君は覚えていないかもしれないが、ぼくはきっちりと頭に刻み翌日すぐに予約の電話を入れた。

一風変わった店名もその存在も、そしてミシュランガイドで一ツ星を取ったことも一応知ってはいたが、ぼくの要訪問リストのなかではあまり上位にランクされていなかった。にもかかわらず、M君の言葉で一足飛びにトップに躍り出たわけだ。

銀座8丁目。いわゆる夜の蝶が飛び交うもっともコアで下世話な雑居ビル街。「未能一」はこの辺だなと見当をつけ、看板の店名を一文字一文字確認して歩いたのに、いったんは通り過ぎてしまう。それほど雑踏に埋没しているが、ようやく見つかり目的のフロアまでたどり着いた。

銀座という世界有数の歓楽街で、周辺を女性の接客のみで運営する店に囲まれつつも、フロアの片隅の店は確固たる生命力を鈍く放っている。そのオーラに一瞬身がすくんだが意を決してドアを開けた。

靴を脱いで小ぶりな玄関を上がると、予想よりもずっとずっと小さな店内。カウンター4席と座敷の合計8席程度。そこを年配のご夫婦が切り盛りする。とりわけ歓迎されている風でもない、でもけっしてぞんざいには扱われない。そんな幕開けだった。

M君からはコースを頼めと言われていたので予約時にそう伝えた。改めてメニューを開くとアラカルトも充実しているがとても高く、そこだけは銀座の高級フランス料理店のようだ。その分コース料理の割安感もまた引き立つ。

最初の突き出しにチーズが出された。個人的におつまみ用のうまいチーズがある和食店に間違いはないとの不文律がある。そしてその日もまた自分の不文律が確信に変わる瞬間を体験することになった。

ご主人は関西なまりだが、東京含めた関東地区ですでに25年の経験をお持ちとのこと。銀座でしばらく店を営んだ後いったん小田原に移り、5年前に再び銀座の全く同じビルに戻ってきたそうだ。薄味をこよなく求めるぼくには、関西風というよりすでに東京の味。でも、決して角張ることがない。素材の優しさに料理人の一つまみの主張を加えたバランスに、熱燗がおもしろいように身体に吸い込まれていった。

酒は各ジャンルごとに一種類しか用意されていない。小さい店だし置く場所にも困るゆえの結論かと察するが、ぼくは、一種類でもそれがうまい酒なら逆に選択に悩むことなく好ましいと思っている。最初から最後まで燗酒で通せる飽きの来ない逸品で、銘柄確認を失念するぐらい満足。

さて「未能一」とは、未だ一に能わず、との意味だそうだ。「一人前」という言葉の重みがそろそろ見えてきた大人にこそふさわしいスペースがそこにある。そんなご主人の姿勢をうかがっていると酔いは陶酔に近いものに昇華したが、不思議と心の根っこは覚醒していて、少しは自分も大人になったかなと安堵した。

最後にご主人は、ぼくの横で機嫌よく酒を飲んでいた連れに「テレビによく出ておられる方ですよね」と問うた。誰と思ったのだろう? 女優か? 女子アナか? いや女芸人か? ふたりしてそれは否定したが、帰り道彼女のテンションがさらに上がったのは、ココたけの話にしておこう。

「未能一」
minoichi.jpg
●東京都中央区銀座8-7-19 すずりゅうビル 5F
●03-3289-3011
●12:00〜15:00、17:00〜22:30
●日休



posted by 伊藤章良 at 22:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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