いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2009年12月15日

(15)かみはら

驚異的なグレートバリュー。

本当は教えたくない和の隠れ家

ぼくが仕事で東京に出てきたとき、事務所を構えようと最初に思った場所が恵比寿だった。かれこれ20年以上も前の話。当時恵比寿は、先端のアパレル系が闊歩する代官山と外国人を含めた高級富裕層の広尾に挟まれつつも、不思議なぐらい庶民的な街だった。

もちろん恵比寿ガーデンプレイスはなく、JRの駅舎もボロボロで、駅の周りは昭和な市場や飲み屋に囲まれていた。いっぽう、山手線で南北を地下鉄〜東横線で東西の要所を簡単に手にすることができ、幾本もの私鉄や地下鉄が折り重なるターミナルよりずっとわかりやすく便利だった。そして大阪出身のぼくは、その場に降り立って恵比寿の雑多な風情に浸りながら渋谷や銀座にはない大阪っほさも見つけていた。

2009年の現在に至って恵比寿はことごとく変貌し、料理人がもっとも出店したい東京屈指のグルメエリアとなった。そんな今の恵比寿も大好きだが、不安と夢を抱えながら事務所を探した当時が未だに残る場所と出会うと、やはり恵比寿っていいよな、とほくそ笑んでしまう。

今回紹介する割烹「かみはら」も、まさにそんな庶民派恵比寿の片鱗がうかがえるヘソの、さらに奥で見つけたとっておきの場所。ここが本当に恵比寿かといぶかるほど古いビル地下飲食街の一角。ビルの名前は恵比寿第一マンション。いかにも恵比寿で最初に建ったのかと思わせるネーミング。しかも地下への誘導サインは場末の温泉街のよう。昭和歌謡カラオケと銘打つ緑の看板も鈍く光る。

地下に降りるとフロア全体が「すでに役割を終えた」感も漂うが、「かみはら」の大きなノボリが目印となろう。ドアを引くと店内はカウンター10席ほど。どちらかというと洋の雰囲気で、ギターがディスプレイされカントリーミュージックが流れる表現が難しいフシギな空間。ただ、割烹着姿の女将さんに「嗚呼、和食店なんだな」と認識。ビルのイメージを一新する清潔さも相まって、入店するまでの違和感と緊張から心身ともに開放される。

もともとはカントリーミュージック好きのオーナーとふたりで営んでおられたが、こんな店におじさんの存在も不自然なので女性ひとりで切り盛りすることにしたと言う。そんな女将さんは楚々として慎ましやかな反面、何事にもあわてず動じないマイペースさも秘めている。ここで働くまでは別の仕事をされていて料理も専門ではないと語るが、温泉旅館のお膳のように、カウンターにあらかじめ鍋をセットし火をつければ料理が完成するなど、ひとりでどのようにストレスなく客と対応していくか、についてのアイデアが随所にある。

そして「かみはら」最大の特徴は、和食のコース料理に飲み放題(ビール2本、麦・芋焼酎、日本酒)がついて、なんと5,500円ポッキリ。30年間で1万件以上の飲食店を見てきたぼくをしても、驚異的なグレートバリューと目を瞠るばかり。

料理の基本線は酒のつまみの延長で高級食材も期待できないが、ちょっとした手間や工夫と淀みのない流れ、土鍋で炊かれるラストのご飯に至る満腹感まできちんと練られている。また、飲み放題となると出所のわからない酒を使ったサワー類に偏りがちだ。ところが、女将さんは利酒師の資格もお持ちだそうで、焼酎・日本酒とも、きちんとした銘柄を調達。それぞれ1種類ずつしかない点こそ残念だけど、飲み放題を前にしては文句のつけようがない。

この「かみはら」、シンプルでステキなオフシャルサイトをお持ちで、「ぐるなび」からも情報を得られる。にもかかわらず、2009年末現在「食べログ」には一件の口コミもアップされていない。そんな事実からも、本当は誰にも教えてたくない隠れ家であり、来店したお客様すべてに愛されているんだな、と感服するばかりだ。
(書いてしまったこと、どうかお許しください……)

kamihara.jpg

「かみはら」
●東京都渋谷区恵比寿南2-3-3 第一恵比寿マンションB1
●03-3794-7620
●17:00〜23:00(LO22:00) 
●日祝休

posted by 伊藤章良 at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/135633218
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック